箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

干し柿に想う

2017年10月31日 09時36分15秒 | 校長からのメッセージ



三中では、いま、干し柿を作っています。

柿を見ると、自分の少年時代を思い出します。

ときは、高度経済成長の時代でした。

日本社会は、活気に満ちていました。

努力すれば、今よりいい暮らしができるという展望がありました。

ある意味で、科学は万能だと、思えました。

そんな中で、少年時代を過ごしました。

能勢の田舎にも、科学万能の活気がありました。

でも、一方では、自然の中で育まれた私は、学校の帰りに友だちと柿をとっては、洗いもせず食べていました。

まだ、さほど食べ物やお菓子が多く巷に出ていないころで、そのときの柿は美味しかったです。

時々、食べると渋柿にあたり、顔をゆがめて吐き出したりしたこともあります。

家に帰ると.おばあちゃんが軒先に座り、渋柿の皮をむき、干し柿を作っていました。

「ああ、いま帰ったんか。おかえり」

「ただいま」

三中で干し柿を見ると、かわいがってくれたという感謝と情景が鮮やかに蘇ってきます。

まだ、物質的には、今ほど豊かではなかった。でもこころは豊かに少年時代を過ごしました。

昨今の自然災害のすさまじさを思うと、いくら科学が発展しても、大自然の力の前には、ひとたまりもない。

こう思います。

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人の思いを自分のことのように

2017年10月30日 15時19分04秒 | 校長からのメッセージ



最近、「共感」という言葉が時代のはやり言葉のように、よく使われます。

わたしも、ブログの中で、何度か使っています。

でも、「共感」とはなにかと、あらためて聞かれると、明確に説明できる人は少ないのではないでしょうか。

共感とは、わたしの解釈では、他者の思いを自分のことのように感じることではないでしょうか。

他者の悲しみや痛みを想像でき、同じ気持ちになれることだと思います。

共感できる人は、他者のものを盗ったり、傷つけたりできないはずです。

ものを盗られたり、傷ついた人の痛みを、自分のことのように感じることができるからです。

他者を傷つけたりしないでおこうという意識は、傷ついた人の痛み・憤りやその人の家族までを悲しませることを経験して知っています。

共感できない場合には、人のものを盗ったら犯罪になるという抑止力や法律で、行動を規制したいく必要が出てきます。

しかし、法律だけで規制していくなら、「誰にもわからなければ、見つからなければ」と、本人がおもったときの歯止めにはなりません。

しかし、共感は、どんな状況であっても攻撃性やほかの人ははどうでもいいという自分本位の歯止めになります。

生徒たちには、共感性を育てたいと思います。
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公共性を引き出す

2017年10月29日 09時20分09秒 | 校長からのメッセージ


人は、なにかに出くわしたとき、自分の身の処し方を考えます。

かかわるか、放っておくか、見て見ぬふりをするかなどです。

人間は、基本的に利己主義であり、自分の利害関係、つまり、自分にとってメリットになるか、そうでないかを判断して、行動する。

このように言う人もいます。

たとえば、給食のときに、配膳されたおかずを食べ終わらないうちから、余っているおかずを取りに来る生徒を見たとき、おかわりしたいと思っている生徒は、「ずるい」と思ったり、言ったりするかたがあります。

しかし、おかわりを望んでいない生徒は、何も言わなかったたり、黙認するかもしれません。

また、中学生が昔も今も、先生に求める態度で一番にくるのは、「えこひいきしない先生」「どの生徒も公平に扱ってくれる先生」だといいます。

したがって、子どもがたくさん集まり、いっしょに生活する場面では、「公共性」という価値観を高めることが重要であると考えます。

自分には直接のメリットはなくても、それを守ることが巡り巡って自分たちの利益につながるような仕組みが、クラスや学年のなかに築かれていることが、「公共性」だと、私は考えます。

そのような文化・習慣を、本来、私たちはもっていると考えます。

しかし、昨今、車を追い抜かれたからと激怒して、相手を追い回す事件が話題になります。

あまりにも、気持ちのゆとりをなくしていると思われる事件が散見されます。

私たちは、いま、子どもたちに「公共性」を学ばせたい。

いじめを止めるとか、傍観者にならないとか、よく話題になります。

人はだれかをいじめるのはしかたないことだと考える人もいるでしょう。

しかし、今年度の3年生は、「いじめは、どんな理由があっても、許されることではない」と考える生徒が9割を超えています。(平成29年度全国学力学習状況調査より)


学校だからこそ、子どもたちは「公共性」を学び、体得していく機会があると思うのです。


この意味で、「いじめZERO」などの生徒の自主活動は、生徒から忘れられつつある「公共性」を引き出す活動として、おおいに意義があります。
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子育ての極意は稲作にあり

2017年10月28日 16時56分57秒 | 校長からのメッセージ



私の家では、私が20歳過ぎまで、稲作をしていました。

私の子どもの頃の稲作は、機械を導入する前には、家族総出で田植えや稲刈りをしました。

さて、稲作は人育てと同じだと、私は考えます。

ほかの作物は、土に直接種を植えます。しかし、コメは田植えをします。

稲はそれほど強い植物ではありません。種を地面に直接まくと、雑草などに負けてしまいます。

成長の早さでは、雑草のほうが圧倒的に稲よりまさっています。

また、雑草に栄養分をとられてしまい、実(米)をつけられなくなります。つけたとしても痩せた実しかできません。

だから、「6歳」になるまでは、ほかの草に邪魔されないように、苗代という田んぼに離して、大事に保護して育てます。

そして、青い葉が6枚出た頃(6歳)に、苗代から田んぼ(水田)に植えかえます。これが田植えです。

苗代から稲の苗を抜くとき、抜き加減が大切です。雑に引き抜くと、根が痛み枯れてしまいます。

でも、丁寧に抜き過ぎると、弱い稲になり、田んぼの雑草にやられ、実をつけなくなります。

つまり、ある程度、根が傷つくように抜くのが、お百姓さんのコツです。

私の祖父は、苗代をつくっていましたが、おそらくそのコツを心得ていたのだと思います。

コメづくりは、奥が深いと思うのです。

傷ついた根を自分で回復させ、立ち直った稲はしっかり育ち、秋には大きな稲穂をつけます。

小さな頃には、保護をするが、ある程度大きくなっら、困難なことにも出会わせる。
その困難の程度が重要なのです。

私は、自分の少年の頃を思い出すと、稲作はまさに中学生までの子育てと同じだと、しみじみと思うのです。
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面白さを知る人は無敵

2017年10月27日 13時55分45秒 | 校長からのメッセージ



昨年の三中職場体験では、左官の仕事をどうしてもしたいという女子生徒がいました。

学年で探してても、体験先がなかなか見つからず、私の知っている卒業生の保護者だった工務店の社長さんに、無理をきいてもらいました。

その生徒が、壁を実際に塗っているところに、私が訪問しました。

彼女は、高い集中力をもって壁を塗る醍醐味を味わっていたように、私には感じられました。

醍醐味を味わうことで、意欲がひきだされます。

仕事の面白さを感じるからこそ、学びが生まれます。働くことが定着します。

楽しさこそが仕事や行動の根源になります。

私も教員の育成にかかわっていますが、教職に楽しさを見いだした教員は無敵であると思うのです。
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外からの評価を気にしない

2017年10月26日 17時11分44秒 | 校長からのメッセージ



「勝ち組」「負け組」という言葉が流行りだしたのは、2000年を過ぎてからだったようです。

ZARDの『かけがえのないもの』という曲に、この言葉が出てきたので覚えています。

バブルがはじけたあと、日本社会は低成長期に入り、終身雇用制が崩れ、正規雇用が非正規雇用にとってかわり、「競争社会」が到来しました。

競争社会で勝ち残った者が「勝ち組」、敗れた人は「負け組」と言われます。

しかし、競争に勝った者が勝ち誇り、敗れた者が絶望的になる。

このような社会が好ましいものだとは、私はけっして思いません。

強い人がいるかと思えば、弱い人がいます。陽気な性格の人がいる一方で、沈みがちな性格の人もいる。そこに人間としての価値に差はありません。

このことは、中学生にもしっかりと学んでほしいと思います。

私は校長をしていますが、基本的に自分は弱者であると思っています。

さほど勉強ができたわけではない、運動能力が優れているわけでもない。不器用で、子どもの頃からコンプレックスのかたまりでした。

高校のときは、授業であてられるのだはないかと思うだけで、心臓がバクバクしました。あてられて発表するときは、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるほどでした。

学校の先生からも、よく思われていなかったようです。

ただし、弱者としての私が、教職についたのは、結果としてはよかったと思います。

思いどおりに自分を表現できない中学生の心境が伝わってきます。

生きることに「勝ち」も「負け」もありません。つくづくそう思います。

ただ生きているだけが困難な世の中だから、ただ生き抜くことだけがどれほど尊いことか。

外からの評価など不確かなもの。三中の子にも、生きていることこそが尊いことを伝えたいのです。
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英語の力をはかる英検IBA

2017年10月25日 14時58分22秒 | 校長からのメッセージ



今日は、PTA同好会「マミューズ・クラブ」の活動で、ハーバリウムづくりが、会議室でおこなわれました。

ハーバリウムは、ガラス容器に専用オイルを浸し、その中にドライフラワーを入れて作ります。

見た目が涼しげな「花の標本」です。

インテリア・アイテムとして、最近、流行っています。




また、今日は、1限目に、英検IBAのテストを3年生が受けました。

筆記テストが25分間、その後20分間のリスニングテストでした。

このテストは、団体向けの短時間の英語能力判定テストです。

3年生は、何度もやっているので、マークシートによる解答は慣れています。

熱心に取り組んでいました。

後日、個人成績票をお渡しします。

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人は感情で動く

2017年10月24日 18時40分48秒 | 校長からのメッセージ


先日入ったファミリーレストランでのこと。

トイレにはいると、さりげなく貼ってある張り紙に、私はハッとしました。

それが冒頭の写真です。

感心しました。

いい点を突いている言葉だと、感激しました。

大や小は排泄するもの、もはや価値のないものと思い込んでいるところに、この言葉。

キャッチャブルなこの言葉に、目が釘付けになり読む返して感心していました。

そして、あらためて思ったこと。それは、人は理屈ではなく、感情で動くものだということです。

大や小は、排泄物です。しかし、体の調子を教えてくれている。

ほんとうにそうだなあと、しみじみと張り紙に見入って、賛同したのは、私が感情を動かされたからです。


その意味で、私は朝礼などで、生徒たちに話をするときは、できるだけ感情に訴えるような話し方をしたいと思っています。

話を聴いてくれた生徒が、「校長の言う通りやなあ」と思うのは、立て板に水を流したような理路整然とした話ではなく、感情に働きかける話であると思うのです。

まだまだ、そのレベルには至っていないかもしれませんが、日々精進します。
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折れやすい竹

2017年10月23日 19時41分55秒 | 校長からのメッセージ



人は思いどおりにいかないとき、失敗をしたときには、投げやりになることがあります。

「どうせ、わたしなんか」と自暴自棄になる子がいます。

しかし、つらいときでも、ひたむきに努力を重ねると、たくましく成長できます。

ぬるま湯につかっていたら、つらくはないかもしれない。

しかし、困難なことに直面したとき、挫折しやすいのだと思います。

「竹は温暖なところでは、節と節の間がのんびりと伸びてしまうので、強風にあうと折れやすいのです」と藤沢武夫さんは言いました。

そういえば、昨日の台風21号は強烈な風をもたらしました。

近くでは、幹の直径が40cmくらいはある木が風になぎ倒され、今朝道をふさいでいました。

私の家の横でも、折れた竹が無残にぶら下がっているものもあれば、暴風に耐えしっかりと立っている竹もありました。



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親が相談相手をもつ

2017年10月22日 13時24分01秒 | 校長からのメッセージ



以前の日本社会では、親には子育ての相談相手がいました。

近所の子育てを経験したおばちゃんがいて、相談にのってくれました。

家の中では、おじいちゃん、おばあちゃんが、助けてくれました。

でも、核家族が増え、地域の人間関係が薄くなり、相談相手は探さないと見つからなくなりました。

濃い人間関係は、縛りが強く、きつくもありましたが、子育ての相談相手がいることで、親は孤立せずにすみました。

いまは、子育てについて、親は外部からの氾濫する子育て情報に振り回され、かつ孤立する傾向が出てきています。

このとき、父親が子育てに加わらないと、母親は子どもに密着する、不安からストレスを抱えるか、さまざまな子育ての難しさが出てきます。

時代が変わったいま、父親の子育て参加は、こどを健全に育む必須条件となっています。

かりに、父親が仕事で多忙で、母親が子育ての主になろうとも、父親は母親の子育ての相談相手として、関心をもち話を共感して聴く必要があります。

そして、以前からよく言われてきたように、どちらか一方が子どもを厳しく叱らなければならないときは、他方は聴き役になります。

親も、お互いに、違う環境で育ってきたのだから、子育てに対する考えかたが異なっていて当然です。

後ほど、両親がゆっくり話し合うことが大切です。

こうすれば、子育てに対する考えかたの幅が広くなるとともに、母親にとっては父親が、父親にとっては母親が相談相手になるでしょう。

夫婦の共同活動としての子育てが、今ほど求められる時代はないのです。

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期待しすぎは重荷になる

2017年10月21日 19時07分52秒 | 校長からのメッセージ



今回の話題は、10月16日のブログの続きです。

教師や親が子どもの成長する力を信じることは、子どもの心のエネルギーにはなります。

ただし、信じることは、こちら側のスタンスであって、「こうなってくればいいな」と希望する程度にとどめておきます。

希望するのならいいのですが、期待しすぎは好ましい効果をもたらさない場合が多いようです。

期待しすぎは、子どもにとって重荷となることがあります。

励ましたり、希望したりするのはいいのですが、期待しすぎは、子どもがそれに応えられない自分に気づきます。

「自分はここにいていいのだろうか」と疑問や不安を抱く子どもがいます。

そうではなくて、「どんな子であろうと、あなたがいてくれることだけでうれしいの」というおとなの思いを伝えたいし、おとながそう思っていることを感じさせたいのです。

子どもがこのおとなの思いを知ったとき、外へ向けた一歩を踏み出せるのです。

このような心のエネルギーをもった子は、中学生ともなると、学校でもたくましく生活を送っていきます。
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文科省というところ

2017年10月20日 17時22分06秒 | 校長からのメッセージ



文部科学省(文科省)は、以前、文部省という名称でした。

この省は、もちろん日本の教育はどうあるべきかな方針を出すところです。

文科省の出す教育育政策は、都道府県教育委員会→市町村教育委員会→各学校へと伝わってきます。

文科省→大阪府教育委員会→箕面市教育委員会→箕面三中という流れで、文科省の教育政策は全国の津々浦々の学校に浸透するというしくみです。

例えば英語学習を、国が東京オリンピックの年度に小学校で拡充するとなれば、全国の小学校でまんべんなく実施することになります。

もっとも、箕面市の場合は、この政策を前倒ししています。

小学校5・6年の英語学習は、すでに小学校3年から週1時間の学習を開始しています。また15分間の英語活動を小1から行っています。

中学校では、箕面市は独自に週4時間の英語授業に加え、教育課程特例制度を使い、英語コミュニケーション科の週1時間の計5時間を実施しており、三中でもやっています。

それはともかく、今回は文科省についての感想です。

全般話題になった文科省幹部の天下り問題。これだけでおさまらず、「文書がなかった」と弁明したかと思えば、翻って「やはり、ありました」と言う始末。

また、文科省はもうすぐ週1時間の道徳の時間を、一つの教科として位置づけるほど重要視しています。

いみじくも、子どもの教育を担うところが、ウソを言っていいのか、道徳を語れるのか。

文科省のこの右往左往ぶりにがっかりしたのは、私だけでなく、国民・市民のみなさんも同じでないでしょうか。



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笑顔を見たい

2017年10月19日 13時04分32秒 | 校長からのメッセージ



歌手のAIさんは、アメリカのロスアンゼルスで産まれました。

彼女の曲の中でも、「story」は私の好きなナンバーです。

この曲は、三中の文化祭で、いま高1になっている学年が全体合唱しました。

また、昨年度の合唱祭でうたったクラスもありました。


AIさんは、幼い頃から異文化のなかで育まれました。

その後、鹿児島に移り住みましたが、母親のバーバラ植村さんは、夏休みを使いAIさんを毎年アメリカへ連れて行ったそうです。

「異なる文化に触れて、さまさまな経験をしてほしかったそうです。

母自身は、アメリカで産まれ、アメリカで育ちました。

でも、ハーフ(ダブル)だからと、日本語学校に入学できませんでした。

そこで、現地校に通いましたが、父親をみて「日本人だから」と誰もあいさつを交わしてくれなくなりました。

差別を受けた経験があるので、AIさんには、誰にでもあいさつができ、仲良くする人になってほしいと思ってきたそうです。

家庭の中では、お互いに必ず目をあわせて、笑顔で「ありがとう」と発するよう、AIさんに言ってきかせました。

こうして、AIさんは、中学卒業後、アメリカに渡り、ロスアンゼルスの芸術校に進学しました。

バーバラさんが、娘を学校に迎えに行くと、AIさんは「そのメイクいいね。かわいいね」と笑顔で同級生とハグしていたそうです。

人のいい点を見つけて、誰とでも仲良しになれるAIさんは、このように育てられてきたのでした。

この背景を考えたとき、「story」に出てくる歌詞「一人じゃないから 私が君を守るから あなたの笑う顔が見たいと思うから」に、彼女の生き方が表れていると思うのです。
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焦点を定めて学習する

2017年10月18日 16時46分11秒 | 校長からのメッセージ



今日で中間テストが終わりました。

中学校以上の勉強は学習は、定期テストになると、その密度が濃くなります。

平素は、家庭で一定程度の学習に時間を割きます。

それを支えているのは、学習習慣です。

そして、定期テスト前やテスト中は、学習時間を長くとり、学習する内容も濃くなります。

中川一政さんは、人の人生について次のように言いました。

「人の一生には 焦点がある。

学問も経験も才能も そこに集まって 燃える時がある。

その時を標準にしなければ その一生はつまらない。」


つまり、彼の言葉を借りれば、中学時代には燃えるように、学習に励む。

そのような学習体験は、その人が生涯にわたって学習する軸になり、一生が豊かなものになる。

私は、このように、この言葉の教えを読み解きます。

勉強が好きな生徒も、嫌いな生徒もいますが、その子なりに精を出して取り組むことは、大切だと思います。

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久しぶりに晴れてきた

2017年10月17日 15時44分49秒 | 校長からのメッセージ



本日は、中間テストの1日めでした。

真剣に答案に向かう生徒の姿が印象的でした。





このところ、ずっと雨が降り続いていましたが、ようやく昼前から雨があがりました。

そのときを見計らって、昼過ぎに卒業アルバム用の職員写真と3年学年団の写真を撮影しました。

くっきりと写った写真は、卒業アルバムにのります。
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