箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

夢はチカラになる

2018年06月30日 14時54分27秒 | 校長からのメッセージ



ご存知のように、ホンダのキャッチフレーズは、
「The Power of Dreams」
です。

直訳すれば、「夢のチカラ」となります。

おそらく、ホンダがいいたいことは、

「夢が私たちを動かす原動力だ」

であると、わたしは解釈します。

その原動力を維持することで、自信が生まれます。

先行きに不透明感が増す、いまのご時世です。

私の中学生時代は、わが国は高度経済成長時代でした。

努力すれば、それなりの見返りがあると、見えていた時代でした。

しかし、「失われた20年」の時代を経て、日本経済は「停滞期」が続いたままです。

中学生が将来を展望するにも、なかなか明るく話題は見つかりにくくなっています。

そんな時代にあっても、三中の生徒には夢をもち、アクティブに行動するダイナミックな人になってほしいと思うのです。
コメント

やめたらそこで終わり

2018年06月29日 12時35分35秒 | 校長からのメッセージ




今日で、やっと期末テストが終わりました。

学習に意欲を出し、学習が好きな生徒がいます。

学習が苦手で、あまり好きでないという生徒もいます。

しかし、どの子にとっても、定期考査という存在は大きなものです。

ですから、トップの写真のように、テストが終わったときの安堵感や解放感は、どの子も感じます。

親御さんまでもが、ホッとされていることでしょう。

来週からはテスト返却になります。

返ってきた点数の受け止め方には、いろいろあることでしょう。


テスト学習がんばった→だからいい点数がとれた。

テスト学習がんばった→でも、思った点数が取れなかった

テスト学習がんばりきれなかった→やはり、結果はよくなかった

テスト学習がんばりきれなかった→でも、意外といい点数だった

このように、中学生に対しては学習の結果がついてきます。その結果に対して、どう感じるかは生徒により、さまざまです。


部活動に対しても、結果が出ます。その結果に対する捉え方が、その後に影響を与えます。


中学生の部活動での試合や大会では、当然、勝者と敗者が生まれます。

当然ですが、勝つとうれしいです。負けると悔しいです。

ただ、負けたときにどう受け止めるかによって、その後の生徒の成長には、大きなな違いが出てきます。

負けたとしても、そのあとのstoryを作り出すかどうかは、その生徒自身です。

負けても終わりではない。しかし、やめたら終わりだ。

A man is not finished when he is defeated.
He is finished when he quits.


第37代アメリカ大統領ニクソンが言った言葉です。

彼は、数々の困難にひるまず、大統領になり、アメリカの一時代を築き、自分のstoryを作りました。

大統領をやめて、後ろを振り返ってみると、この言葉が出てきたのかもしれません。

失敗して、失意のなかで、「もうやめよう」と思っている生徒に投げかけたい言葉です。

あきらめない、努力をやめない箕面三中生になれ。
コメント

習慣が天性になる

2018年06月28日 10時36分49秒 | 校長からのメッセージ


1学期期末テスト1日目昨日の午後、三中では教職員の救命救急研修を行いました。

三中には、約550名の生徒が在籍しています。

これだけの生徒がいれば、これからの時期、熱中症になる生徒が出る心配があります。

さらに、この前の大阪北部地震のような天災でケガをする生徒が出て救急対応が必要となることもあります。

また、食物アレルギーで、アナフィラキシーショックを起こす生徒もいます。その場合には、救急車が来るまでにエピペンの注射を打つ場合もあります。

心肺蘇生が必要となる生徒、人工呼吸が必要となる生徒もいます。また、AEDの使い方も熟知していなければなりません。

そこで、エピペンやAEDの使い方を研修しました。

また、心肺蘇生法の胸骨圧迫の仕方、人工呼吸も研修しました。



さらに、三中の生徒が昼食後の体育の時間に、昼に食べたものの影響で、アナフィラキシーショックを起こしたと仮定して、その対応を救急車が来るまで、教職員がどう動くかの模擬訓練を行いました。

生徒はランニング中に倒れました。「気分が悪い、息苦しい」と訴えています。

養護教諭と校長が、公用で不在。その状況下で生徒がアナフィラキシーショックを起こしました。
生徒は、呼吸困難になり、意識がなくなりつつあります。

教職員はいろいろな役割に分かれ、実地訓練を行いました。


発症した生徒の役をする教員
体育の授業を担当する教師役
周りの生徒の役をする教員
周りの生徒に対応する教員役
指揮をとる教頭
現場で応急処置をする教員役
AEDを取りに行く教員役
校内放送で職員を参集する教員役
生徒に関する情報を準備する教員役
救急車を要請する教員役
救急車を校内に誘導する教員役
保護者に連絡を入れる教員役
職員室にいて現場に向かう教員役
消防署員の役割をする教員
・・・・・・・
などを各教職員が担当して、いかに効果的に救命救急対応を行うかを訓練しました。

終了後は、ふりかえりをして、できていた点、改善した方がいい点などを確認しました。

いざ救命救急処置が必要な場合には、とまどうこともやはりあります。

どのように教職員が動けば、またどう教職員が連携しあえば効果的な対応となるかは、訓練をしていないと身につくものではありません。

そのため、救命救急研修は大切です。

訓練を積むと、行動が習慣になり、いざというときには、適切な行動がとりやすくなります。

「習慣は第二の天性なり」というキケロ(古代ローマの哲学者)の言葉が思い出されます。
コメント

定期テストから感じたこと

2018年06月27日 10時25分48秒 | 校長からのメッセージ


雨上がりのむし暑いなか、本日より、1学期期末テストが始まりました。

教室は、今週からエアコンを入れています。



私が教科担当をしていた頃は、この時期、生徒たちは汗を流しながらテストに取り組んでいたのを思い出します。

思えば、以前は、7月には「短縮授業」という期間がありました。終業式前に午前中授業があった時代です。


保護者の中学時代にも、あったのではなかったでしょうか。

あの頃は、学校ではまだ時間がゆっくりと流れていたように思います。

その後、社会からの教育への期待度がますます高まり、学校は授業時数確保、学校向上に取り組むようになりました。

そのぶん、学校の教育環境は飛躍的に整備され、エアコンがつき、トイレは美装化されました。

箕面市の学校のトイレは3K(汚い、臭い、怖い)を脱して、掃除は床に水を流さない掃除に変わりました。

ウォシュレットや「音姫」がついているトイレもあります。

全国の自治体に先駆けて、箕面市は学校耐震化100パーセントを達成しました。

これらのことを想うと、隔世の感があります。

しかし、教育環境が整備され、学力向上に学校の教育活動がシフトしていっても、こと教育に関しては、生徒と教職員の信頼関係が下地にあり、三中教育は縦糸と横糸を織り成していくことに変わりはありません。

生徒のテストのようすを眺め、このようなことを考えていました。

私の想いを知ることなく、涼しいなかで、生徒たちは熱心に集中力を高め、テストに臨んでいました。

コメント

揺るがないのが自信

2018年06月26日 14時12分45秒 | 校長からのメッセージ


人はとかく他者からの評価を気にします。

よく評価されたり、ほめられたりすると、うれしくなり、喜ぶ。

でも、悪く言われたり、けなされたりすると、落ち込む。

でも、考えてみれば、そんなことは、つまらないものです。

だって、それらのことぐらいで、自分自身の価値が、変わるものではないからです。

もちろん、他者が言うことに無関心で、独善的であってはいけません。

が、他者からの評価で一喜一憂することなく、常に自己を律して、自己研鑽に励む。感情的になるのは、あまり意味のないことだと思います。

揺るがぬ価値を自分の中に見出していることが、大切なのだと思います。

不動の価値を自分に見出していることを、自信というのでしょう。。
コメント

地震の爪痕 ここにも

2018年06月25日 12時57分07秒 | 校長からのメッセージ


地震による被害が、給食室のリフトに及んでいることが、先週末にわかりました。

そこで、修理してリフトが安全に使えるまでの今日と明日、ワゴン類は2階の渡りローカまでエレベーターで運びました。ごはんおかずなどを人力で3・4階まで上げ、生徒がそれを取りにきます。



少し不便でしたが、調理員さん、教職員と生徒の協力により、今日は給食を実施できました。

三中では、幸い、リフトの縦に伸びているレールは歪んでいなかったので、レールに添わすコマの交換で済みそうです。

市内では、給食室の損傷が大きく、給食再開のメドが立ちにくい学校もあります。

プールのブロック塀を撤去する学校もあります。

あらためて、今回の地震が残した爪痕は大きいと思います。
コメント

家庭像のすりあわせ

2018年06月24日 10時59分58秒 | 校長からのメッセージ




私が英語の授業を担当していた頃、今思い出すと自分の中学時代に教わった英語の先生の授業のやり方を意識していたことに気がつきます。

自分の生い立ちや経験の影響力はけっこう大きいものです。

子育ても同じではないでしょうか。親が自分の育った家庭を、無意識のうちに頭の中において、それを原型に子育てをしているのではないでしょうか。

そうすると、夫婦はもともと別々の生い立ちで育ってきたのだから、父親が描く家庭像と母親が描く違う場合が多いと考えられます。

もし、その思い描くイメージが大きく違えば、子育てに関する考え方も一致しません。

そこで、両者のすりあわせが必要になります。

イタズラをしたとき、親から押入れに閉じこめられて、怖かった。

週末には、親と一緒にでかけた。1年に1回は家族旅行をした。

学校から帰ると、お母さんに話を聞いてもらった。

このような経験や思い出を夫婦で話し合い、わが子にはこうしていこうとか、こうして育てていこうと、相談して自分の子育てに臨んでいきたいものです。

ちなみに、ひとり親家庭の場合は、その親御さんがどのような子育てを受けてきたかを思い出してください。

両親で相談しあう必要がない分、お忙しいなかでも、できるだけお子さんの話を聞く機会を確保してくだるだけで十分だと思います。
コメント

マニュアルに血を通わせる 地震の朝

2018年06月23日 07時11分29秒 | 校長からのメッセージ


昨日も、けっこう多くの保護者の方が、「大人の登校日」に、来てくださり、アンケートにもご協力いただき、ありがとうございました。

「子どもと一緒に、授業を受けていた感覚でした。楽しかったです」などの感想をもらいました。


さて、先週は大阪北部地震で始まりましたが、私も学ぶことがたくさんありました。


地震当日の対応を通して、あらためて感じたこと。

それは、「現実は常に公式からはみ出す」ということです。

箕面市は防災マニュアルを出しています。

それに準じて、箕面三中も防災マニュアルを作っています。

このマニュアルは、地震一つを取り出してみても、起こりうるまざまな場合を考え、「この場合は、こうする」「その場合でも、こんな状況下では、別途こうする」など、決められています。

たとえば、授業中に地震が起きたら、すぐに教科担任は、生徒に机の下にもぐらせる。

安全が確認されたら、避難経路を通り、生徒を引率して、グランドに落ち着いて避難させる。

震度5弱の地震が起きたら、登校せず、学校を休校とする。

・・・・・・。

マニュアルは、もちろん大切ですし、必要です。これがないと、災害への対応がスムーズにできなくなります。

しかし、ここで考えておかなけれればならないのは、「現実は、常に公式からはみ出す」ということです。

だから、公式だけにとらわれてはならないのです。


実際、今回の地震の場合、登校時間の途中で起こりました。

最初こそ、登校していた生徒は、少数でしたが、その中には、クラブの朝練をしている生徒もいました。

彼女たちは、グランドでまるくなって集まり、不安そうにじっとしていて、教職員が来ると安心して、クラスの列に入りました。

そのうちに、続々と登校してくる生徒が増えてきました。

校舎には入れずに、グランドへ避難させる誘導の教職員が必要。

登校してきた生徒のなかには、かたい表情の子がいました。とっさにどうケアするか。

出欠をどう確認するか。学級担任で出勤できていないクラスは、学年教職員がクラスを掌握する。

蛍池駅から電車が動かないので、走って三中まで出勤してきた教職員が、グランドに合流しました。

その内に、雨がポツリポツリと降り出しました。

生徒を校舎の中に誘導するか、しないか。

雨をしのぐため、体育館に入れるか。すると、体育館は屋根から落ちてきた白い粉が、フロアに広がっていることが判明。

ならば、学年ごとに分散させ、安全な場所へ導くか。

保護者の迎えはあるのか、あるなら、いつ頃まで生徒をグランドに置いておくか。

これらは、すべて現場での即決が求められました。マニュアルには書いていないことも、次々に起こり、判断が私に求められました。

「こうした方がいいと思います」と私に進言してくれた教職員もいました。

すべてが適切な判断だったとは言えないこともあったと思いますが、三中の教職員は、「自分が、この役割をしなければ」と、自発的に、柔軟に動いてくれ、役割と役割のすき間を埋め合わせてくれました。

ふりかえって思いますが、マニュアルは、血を通わせてこそ、生きてきます。

血とは「一人たりとも被害にあう子を出さない。生徒の安全を最優先させる」という、教職員の強い思いです。

マニュアルどおりにいかないことに直面しても、現場での迅速で的確な判断と血の通ったマニュアルで、なんとか対応していける。

こう実感したのも、三中の生徒たちの、教職員を信頼した、落ち着いた規律ある行動と教職員の血の通った動きと対応に助けられたからです。
コメント

言葉は、最後が残る

2018年06月22日 07時28分21秒 | 校長からのメッセージ




今週は、大阪北部地震が月曜日、登校してきた生徒を帰らせて、火曜日は4限まで授業の給食なし。

すると、水曜日には臨時休校。これで、テスト1週間前。
大雨が降るといいながら、幸い土砂崩れなどの被害がなく、木曜日の連絡をまわしました。

その間に、金曜日に予定していた三中校区の教職員研究会を中止にする連絡を小学校、幼稚園、保育園、保育所にまわし、木曜日からは給食の再開し、平常授業に戻り、本日金曜日も6限授業。

①「今週はいろいろなことがあった。でも、これが学校だ。」

いいことも、よくないことも1週間まるごと受け入れると、上の言葉が出ます。

しかし、
②「学校はいろいろある。それにしてもこの1週間はたいへんだった。」

①と②を比べます。

①は、受け入れようとする言葉で、②は不満や愚痴につながる言葉です。

聞く側にしてみても同じです。言葉というものは、最後のフレーズが残るのです。

「あの人は人に厳しいことを言うけど、相手のことを親身に考えてくれる」と言えば、親切さというイメージが残ります。

ところが、「あの人は親身になって考えてくれるけど、人に厳しいからな」と聞けば、厳しい人は避けたいなと思います。

教師は、この心理を活用して、子どものことを話す場合が多いのです。

「あの子は忘れものは多いけど、友だちには本当に優しいね」というように。

人を元気づけ、励まして、聞く人を同調させる言葉を自然に発する人は、周りの雰囲気をやわらげます。

大人だけでなく、子どもも同じで、そんな子はクラスのみんなから慕われます。

そういえば、全日本女子バレーセッターの宮下遥は言いました。
(相手のきついサーブをレシーブして、上げるのはたいへんだとわかるよ。でも、とにかく拾って。)全部わたしにもってきていいからね!」

こう言われれば、みんなが「がんばろう」という気持ちになれると思います。
コメント

三中生につけたい学力

2018年06月21日 20時42分04秒 | 校長からのメッセージ




今年度、三中は「確かな学びを育む学校」(TM校)の指定を、大阪府教育委員会から受けています。

今年度の三中生に「つけたい力」は、

自分の考えを書き表したり、他者に伝えたりする力

です。

この力を授業で育てています。

この力は、三中生がこれからの社会を生きていくために必要不可欠となると考えています。

そのための授業はどうあるべきかを、学校全体で研究して、日々の授業で実践する。

このような研究推進を、学校関係者は「授業研究」と呼んでいます。



少し専門的にはなりますが、50分間の授業は基本的に3つの場面で組み立てられます。

①導入:学習への興味づけ
(例)
百姓一揆のスライドを見る。
江戸時代の人びとが飢えに苦しむ様子を理解する。幕府に対する不満が爆発寸前までたまってきた。この段階で、教室は江戸時代にタイムスリップします。

②展開:教師からの発問があり、生徒が自分で答えを考える。友だちの考えを聞き、さらに自分の考えを練り直す。
(例)
幕府への批判を解消しようと、水野忠邦が天保の改革をおこなった。
都市に流入した人を農村に返す「人返しの令」、株仲間の解散などを説明する。

発問「この改革はうまくいったのだろうか」

史料や絵を見て、「うまくいった」「うまくいかなかった」という自分の考えと、そう考えた理由を史料や絵を読み取って発表する。
友だちの発表を聞いて、さらに自分の考えを練り直す。

③まとめ(ふりかえり):自分の1時間の学びを確かめる。「こういうことを学習した」。
(例)
天保の改革の内容を確かめ、その成り行きがどうなったか、自分の1時間の学びをまとめる。


三中の教職員は、「導入」、「展開」、「まとめ(ふりかえり)」のグループに分かれて、どんなどんな導入が効果的か、発問はどう設けるのがいいのか、まとめでは学習のふりかえりをどのようにさせるかなどを協議して研究します。

このように、「授業のプロ」であるべき教師だからこそ、常に自分の授業を磨いていく研究が求められるのです。


一方で、今回、「大人の登校日」で、授業を見てくださった保護者の方は、こんな専門的な見方は必要ありません。

生徒が目を輝かせ、学習を楽しんでいるか、活発に意見を発表しているか、授業に集中して臨んでいるか、その基盤となる教師と生徒たちの信頼関係などを見てくだされば、十分です。

なぜなら、教師が授業研究にいくらいそしんでいたとしても(教職員側は、この1週間を「いそしむウイーク」と呼んでいます)、親御さんからみて子どもたちがイキイキと学んでいなければ意味がないからです。

今回、アンケートを出して帰ってもらえるよう、お願いをしています。

それは、授業を見られた親御さんの率直な感想、忌憚のない意見を寄せてもらいたいからてす。

災害対応で授業数が減ったにもかかわらず、おかげさまで、けっこうたくさんの提出をしてもらっています。ありがとうございます。

明日が、「大人の登校日」の最終日です。50分全部でなくても、「チラ見」でもかまいません。ぜひ、見に来てください。




コメント

生徒の謙虚さとは

2018年06月21日 08時59分34秒 | 校長からのメッセージ





今日から学校が再開して、給食も始まりました。


今回の地震の被害調査のため、箕面市の学校には国土交通省の調査隊が来ました、三中にも、昨日、校舎の被害状況の検分がありました。

市内の数校では、地震の被害で、まだ給食ができず、軽食を用意する学校があります。

今週は、三中「大人の登校日」の授業公開週間です。まだ2日残っています。

保護者のみなさんは、時間があれば参観にお越しください。今回は、授業参観感想シートを用意しています。

授業参観の感想をお書きください。火曜日に来られた親御さんからは、シートをもらいました。
ありがとうございます。


さて、生徒の声が響く三中に戻りましたが、私は生徒に対して、校歌にあるように「柴山に 人知れず咲く そはささゆり」のごとく謙虚であってほしいと思っています。


そんな謙虚さをもつ生徒は、「水のような人」だと考えています。

さえぎるものがなければ、水は流れます。

ダムサイドのような堰(せき)があれば、水は留まります。
でも、堰を外すと、水はまた流れます。

コップの中にいれれば、水はそのコップの形になります。

四角い器に注げば、水は四角になります。

水は方円の器に従う。

これが、謙虚であるということです。

だからこそ、水は力強いのです。

柔軟で力強さをもった謙虚な人になってほしいというのが、三中生に対する私の願いです。
コメント

もともと特別なONLY ONE

2018年06月20日 12時33分52秒 | 校長からのメッセージ




心配した大雨も峠を越え、天気の回復が見込まれます。

明日、学校が再開できるかは、いま、箕面市の決定を待っているところで、もうすぐ学校メールで配信できる予定です。

さて、閑話休題、学校・教育の話題提供です。


人はとかく、誰かと自分を比べます。

私にも、あります。特に校長になりたての頃は、ほかの学校の校長と自分を比べたりしていました。

しかし、今は、比べたりは、ほとんどしません。

自分は自分。人は人です。

子どもは同じというけれど、やはり学校ごとに生徒の様子はちがいます。

だから、おそらく、三中には三中の子が求める校長像があるのかと思います。

他校には、その生徒が求める校長像があるのでしょう。

だから、自分は自分。それ以上でも、それ以下でもない。

比べて喜ぶと人を傷つける。
比べて悲しむと自分を失うのです。


側で喜んでいる人が自分と比べているのがわかったら、心中は穏やかではいられず、嫌な気持ちになるでしょう。

また、誰かと比べて残念に思ったり、悲しんでいると、自分を見失ってしまうのです。

生徒だって、その子一人ひとりは、かけがえのない、唯一無二の存在です。

これが、本当の意味でのONLY ONEです。「もともと特別なオンリー・ワン」です。

自分を大事にしてほしいと思います。
コメント

子どもはいつか巣立つもの

2018年06月19日 16時27分56秒 | 校長からのメッセージ


余震が時々続いており、安心して学校生活、家庭生活が過ごしにくい箕面市の状況です。
市内でも東部地域の学校のいくつかは、断水で休校となっています。

また、明日は箕面市立小中学校はすべて臨時休校になります。

これは、学校によっては、校舎が地震で校舎が痛んでいたり、通学路が安全でない地域がある中で、明日から大雨になることから起きる土砂災害などの二次災害を防ぐためです。

また、地震の影響を受け、給食を全学校で実施できるメドがまだ立っていないことから市内一斉に臨時休校と決まったものです。

生徒と保護者のみなさまには、ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解くださり、ご協力をお願いします。

一日も早い復旧を願います。



そして、三中は、明日から期末テスト1週間前に入ります。

修学旅行、宿泊学習、校外学習が終わり、いまは学習に励む切り替え時期です。

この切り替えこそが、中学校生活ではとても大切になります。

休校になった分の時間をうまく使い、家庭でのテスト学習に励んでほしいところです。



話は変わりますが、商店街のある店は、いま、店の入り口上に、ツバメが巣をつくっています。

親鳥がヒナにエサを運んでくるのが、アーケードを通らなければならないので、たいへんだろうな。

こう思い、しばらく、足を止め、私は眺めていました。

親鳥が街中で苦労してエサを探して、運んでくる。それを大きく口をあけ、ヒナ鳥が待っている。

そして、やがては、ヒナ鳥は飛べるようになると、巣立っていきます。



さて、人の場合、子どもの自立とは、家族間の関係だけでみると、「もう親は必要でなくなった」ということです。

これは、親子の縁を切るという意味ではありません。
離れていても、もちろん連絡はとりあいます。

つまり、子どもの自立とは、家族関係の中で、親子の関係が、子どもが親に頼らない人間関係に変わるということです。

そのためには、母親と父親の両方がいる場合、子どもがいなくても夫婦が仲良く暮らせる日常を過ごせることが、必要不可欠です。

自立は、「お母さん、お父さん、二人で仲良く暮らしてください。今まで面倒みてくれたから、これからは二人な時間を大切に過ごしてください」という、子どもからのメッセージです。

とはいえ、いま、中学生の子どもを子育て中の親御さんには、なかなかそのときを想像できないかもしれません。

でも、将来、そんな時期がやってきます。いや、やってこないと困るのです。いつまでも、子どもが親と一緒に暮らす[=パラサイト・シングルという研究者がいました]わけにはいきません。

今の時点で、子どもがいない人生を想像している親御さんは少ないかもしれませんが、将来、スムーズに移行できるために、いまから仲良しの夫婦になる。

二人だけの自由な時間が過ごせるのだ。
こう考えましょう。

その自由とは、わが子からの、今まで慈しみ、育んでくれた親への感謝のプレゼントなのです。

このように心がけているだけでも、子どもの自立後の夫婦だけの人生が、今から楽しみで、輝いて見えてきます。

ふと気がつくと、夫婦間の会話で、何を話したらいいかわからない。これだけは避けたいもの。

「子どもは、いつか巣立つもの」。これを心の片隅に置いて、中学生のわが子に接してくださればいいと、わが子の自立を目前に控えた私は、最近
思います。

コメント

本日、臨時休校

2018年06月18日 17時35分23秒 | 校長からのメッセージ




本日は、突然の地震があり、箕面市も大きく揺れました。

保護者のみなさんも、さど驚かれたことでしょう。


地震直後には、登校していた生徒がいましたので、すぐにグランドに避難させました。

その後、登校途中で地震にあった生徒が、順次登校してきましたので、グランドに誘導して避難させました。

グランドにやってきた生徒に、「ケガはなかった?」と聞くと、「はい、大丈夫でした」。


しばらくすると、何人かの保護者の方々がお子さんの迎えにこられましたので、お子さんといっしょに帰ってもらいました。ありがとうございました。

10:00から、学年教職員が、地区ごとに付き添い、生徒を帰宅させました。

なお、登校していなかった生徒を含め、午後には全校生徒549名全員の安全が確認できました。

明日は、午前中授業(火3・4・5・6限)とします。給食なしで、下校させます。

府内では大きな被害も出ており、これからしばらく、不安な日が続きますが、ご理解・こ協力をよろしくお願いします。

コメント

ネットの光と影②

2018年06月17日 08時26分40秒 | 校長からのメッセージ


昨日に続き、インターネットについて、私が考える影の部分の二つ目を紹介します。

それはSNSへの書き込みについてです。

ツイッターなどでは、子どもは自分の名前を名のることなく、匿名で書き込みができます。

もちろん、専門の人が調べれば、書いた子を特定することは可能です。

しかし、それは犯罪にあたるケースなど、特例的な場合だけです。

子どもは、相手に自分の名前がわからないから、自由に書き込みができます。

実際に、おとなが個人を攻撃して「炎上」したり、悪意とも思える特定の人びとを攻撃するヘイトスピーチや差別書き込みなどは、匿名が書き込みを加速させます。

こうして、中学生が匿名性を後ろ盾にして、自由に書き込みができるようになると、よく考えずに思いついたことを好きに書くことも起こります。

そして、書き込みを継続するうちに、なんでも書けると思い込み、過激な書き込みになる可能性も否定できません。

自分はなんでもできるという万能感をもつことも起こってきます。

この理想と現実の区別がつかなくなる状況を、「仮想現実」(=virtual reality)といいます。



中学生なのに、スマホさえあれば、人にたよらなくても、一人で生きていけるという錯覚をもたないともかぎらないのです。


インターネットは便利です。私たちの生活では必要となります。

しかし、子どもにとっては、しかも中学生にとっては、その影の部分にどっぷりと浸かってしまう危険もあります。

また、理想の自分と現実の自分のへだたりを大きくしてしまう危険性とあります。

よって、親や教師などのおとなの助けがないと、中学生はまだ一人では生きていけないこと、親の助けがないと困ったことになることを学ばせ、必要最小限の制約をかけ、自立に向けていくのが、子育て・教育の今日的課題であるのです。
コメント