箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

子どもは、好きな人からしか学ばない

2018年04月30日 08時33分17秒 | 校長からのメッセージ





自宅近くの川の水面に今にも届きそうな藤の花を見て、ふと思い出しました。

中学生のとき、国語で習った短歌を。

「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」(正岡子規)


机の上の花瓶にさした藤の花は美しいのだが、垂れ下がっている花房が短く、もう少しのところで畳の上に届かないのだ。

こんな意味でしょうか。当時、正岡子規は結核を患い、寝たきりでした。藤の花房の短さは子規の命を表していると、国語の先生から聞きました。

このように、たまたま藤の花を見て、中学時代に習ったことを思い出します。

中学時代の学習が血となり、肉となり、私の中に染み込んでいるのです。これが教養というものかもしれません。

中学時代の学習がいかに大切であるかを、あらためて実感します。

「なぜ勉強しなければならないの」と、もし中学生に問われたら、私は冒頭のような経験を話すかもしれせん。

しかしながら、私が教養で満ちているかといえば、そんなことはありません。

中学生のとき、習ったことで忘れていることもあります。


それよりも、私がいいたいのは、中学生は、「なにを学ぶかよりも、誰から学ぶかの方が大切である」ということなのです。

中学生のとき、私に国語の短歌を教えてくれた先生は、初任2年目の若い女の先生でした。

教職経験が短いので、至らない点もありましたが、その先生は一生けんめいに教えてくださいました。

国語の世界を、自分の感情を込めて、ていねいに伝えてくださいました。

私はそんな一生けんめいな先生に惹かれ、国語が好きで、短歌の学習が好きでした。

だからこそ、藤の花を見ただけで、40年以上たっても、当時習った短歌が鮮やかに蘇ってくるのです。

そこで、次のことが言えると思います。

子どもは、好きな人からしか学ばない。

三中の生徒たちも、「この先生が好き。だからこの先生の授業が好き」という教師と出会ってほしいと、私は願うのです。








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ちがっているからクラス

2018年04月29日 07時59分01秒 | 校長からのメッセージ



いまの生徒たちは、グループのどこかに所属して、そこからはみ出したくないと思う傾向があるということは、以前にも何回か述べています。

そして、自分の意向よりも、グループの「こうしよう」というきめごとを優先しがちです。

自分だけが、グループの方向に異を唱えるのにはかなりの勇気がいります。

グループ内の「同調圧力」が強いからです、

自分の本音を言って、「何、この子」と思われないように気を遣っている程度は、保護者の方の中学生時代の比ではありません。

とくに、友だち関係が新しくなる今頃の時期は、それで疲れている生徒も多いのではないかと思います。

ためしに、お子さんに友だちづきあいについて、尋ねてみてください。

「疲れている」と答える子も多いと想像します。

しかし、この「同調圧力」の問題は、子どもの世界だけではありません。大人も同じです。

子どもの世界の問題は、大人社会の反映です。

こんな話があります。

ある女性は、やりがいのある仕事に従事し、充実した毎日を過ごしています。

しかし、この女性にはある悩みがあります。

その職場には同年齢の仲良し女子4人グループがあります。

4人はランチを一緒にする機会が多いのですが、このグループでは、週末も一緒に行動することが多く、「みんなで映画を観に行こう」となります。

この女性は、職場では一緒にいたいけど、休みの日までいたいわけではない。

「今週は忙しかったので、家でゆっくりしたいな」と思っても、グループの決定に従ってしまいます。

イヤイヤ行くので、心から楽しめず、一人だけ機嫌が悪くなってしまうのです。

グループに従うは、人一倍他者の心理を気にします。そして、自分の感情よりも相手からどう思われるかを気にしてしまいます。

「空気を読む」のはたいへんです。生徒のグループの場合は、「空気を読まない」ことがきっかけとなり、いじめが始まることもあります。

ただし、私の経験上言います。
中学生の場合は、一定程度、クラス集団が成長してくると、仲間関係が広がり、グループの意向の圧力は小さくなってきます。

一人ひとりが自立に向かうからです。



「あんな雲はなければいい。

何気なく言ったひとことに

傷ついているだれかがいる

教室の片隅で」


これは、「あの空」の歌詞の一部です。


いま、音楽の時間に、ふたたび、この曲のコーラスをしています。1年生も歌いながら、歌詞の意味を考えています。

実際の「あの空」を聴いてください。クリックすると映像に切り替わります。

「あの空」コーラス視聴


それでも、いじめは起こりえます。

しかし、取り組むことで、いじめが起こっても、深刻な事態になりにくいのです。

あの子はあの子。私は私。違っているからこそクラスなんだ。こう思い、お互いを尊重しあえる仲間関係を育んでいきたい。

「いじめZERO」活動には、こんな思いを託しているのです。


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"Simple is best."

2018年04月28日 10時18分00秒 | 校長からのメッセージ




小説家・有島武郎(たけお)は、「虚栄とは、未熟な人間が自分の欠点をおおい隠すための唯一の手段だ」と言いました。

美しい花々で飾られていなくてても、蓮の葉があれば、その池には風情があります。

私は子どもの頃、家のすぐ近くに池ががあり、水連の葉が広がっており、それを見て大きくなりました。

ですから、池の風情というものに共感します。


また、三中の正門(マクドナルドに面した門)を入った右側には、「弁慶の鏡水」と言われる池があります。

昔、瀬川が宿場町として栄えた当時にあった井戸を復興したもので、三中創立時に作られました。

井戸のいわれは、弁慶が戦(いくさ)に行く前に、その水面に自分の顔を映し、身支度を整えたという由緒あるものです。

その「弁慶の鏡水」は、別名で蓮池と呼ばれています。

いまは水連や蓮は無くなっていますが、三中創立からしばらくの間は、見事な蓮が水面を覆っていました。

創立当時の三中は、当時では最新の校舎であり、高度経済成長期らしく、廊下や階段の幅はかなり広く設計されました。

玄関を入ると、ゆったりとした玄関ホールが広がり、今でも市立中学の中で、これほど広いホールをもつのは三中だけです。

さらに、ホールの奥には四方が校舎に囲まれたタイル貼りの憩いの空間があり、当時は「ホテルのようだ」と、言われました。

その豪華さに対して、コントラストを醸し出した蓮池は十分にシンプルな風情を蓄えていたのです。


時々、テレビ番組で、芸能人や有名人やリッチな人の自宅を映し、みんなが「わー」とか言ってそのセレブさを賞賛していることがあります。

しかし、人間はなにも高価できらびやかな服や車を持たなくても、シンプルな服、ふつうに走る車があれば、それでいいのではないでしょうか。

質素でも、魅力的な人となりが伝わってくる人がいます。

シンプルを習慣にすることは、虚栄心に惑わされず、内面を磨くことが大切であるというメッセージです。

たとえれば、きらびやかな金閣寺を求めず、質素な銀閣寺の生活にこそ、味があるといえます。

以前、ある私立中学校の体育祭に行きました。

そのときに感じたのは、いかにもブランドの服装を身にまとい、わが子を観戦されている保護者さんが多いということでした。


その人たちが虚栄心の塊だとは言いませんが、質素で庶民的な服装でも、体育祭は十分に楽しめると、私は思いました。

"Simple is best." であるということです。


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集団で行動する

2018年04月27日 13時36分40秒 | 校長からのメッセージ




1年生体育の授業では、集団行動を練習しています。


集団行動を練習することで
・ケガを防ぐ
・運動の効果が上がる
・仲間との関わりあいが増える
・素早く行動ができ、気持ちよく運動できる
などの意義があります。

入学したばかりの生徒は、なかなかうまくはできません。

中学生になると、この集団行動をしっかり練習することで、今後3年間の体育の授業がスムーズにいきます。

また、体育祭や集団で行なう学校行事の進行にも大きく影響します。

さらには、集団行動ができることで、話をじっと聴ける集団に成長しますし、学年や学級の仲間関係が深まります。

災害時に避難するときに、集団行動ができるかできないかで、生死をわけることもあります。

集団行動の練習は、たくさんの生徒が集まる「学校」という組織だからこそできる活動です。

ですから、昔も今も学校では、集団行動の練習を行ない続けています。
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子どもにかかわる同志として

2018年04月26日 11時54分21秒 | 校長からのメッセージ




本日は歯科検診でした。

診ていただいた歯医者さんのコメントです。

「三中の子は、虫歯が少ないです。よく歯を磨いています。

ただ、一般的に今の中学生、高校生はあまり歯医者に来ません。

虫歯はなくても、歯石はつきます。ちゃんと磨いていても。

忙しい生活でしょう。だから春休み、夏休み、冬休みの年間3回でいいので、歯石をとりに来てください」

とのことでした。



歯についた白いにごりは、危険信号です。適切な時期に手入れをすると、にごりはとれます。

(写真は、「中学保健ニュース」2015年6月8日号[少年写真新聞社発行]より)



また、今日から家庭訪問が始まります。

親御さんには、お忙しいなか、時間を設けてくださり、ありがとうございます。

中学生ですから、子どもには悩みが生まれます。子どもにかかわる問題に直面することもあるでしょう。


その解決のためにも、保護者の方といい関係をつくりたい。

このことを望まない教師はいないでしょう。

子どもが示す問題は、多くの場合、家庭のせいでもないですし、学校のせいでもありません。

思春期の中学生は、悩むのが仕事といってもいいぐらいで、世の中や社会の矛盾を、問題というカタチで表しているのです。

このことをきちんと理解し、共に子どもを支える関係をつくっていくことが大切です。

親も学級担任も、お互い、子どもに関わる同志として、それぞれ精一杯に努力していることを認めあって、その上で、今子どもに必要なことを話しあっていく。

このような関係をつくっていければと思います。

よろしくお願いします。


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新鮮な意欲・気持ち

2018年04月25日 15時16分57秒 | 校長からのメッセージ


雨が上がり、校舎から見える箕面の山々の稜線がくっきりと見えます。

雨がほこりを洗い流し、空気が澄み、心地よさを覚えます。

新しいクラスになり、今日の天候のような生徒たちの意欲や新鮮な気持ちが伝わってきます。



年度はじめには、さまざまな検診があります。

今日、午後から眼科検診を1年生全員と2・3年生の一部の生徒を対象に行ないました。

暗くした保健室で、一人ずつ眼科医の校医さんに診てもらいました。

なかには、検診が終わると、「ありがとうございました」とお礼を言う生徒がいました。


一昔前の中学生なら、待ち時間におしゃべりをして、検診に影響が出るほど騒がしいことがありました。

でも、いまの生徒は、静かに自分の順番を待つことができます。


明日は歯科検診を、全学年の生徒を対象に、5月23日と分けて、行ないます。




音楽では、いま歌の練習をしています。

「あの空」(クリックで聞けます)や「翼をください」、「HEIWAの鐘」などを練習しています。
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淡々とルーティーンワーク

2018年04月24日 10時49分32秒 | 校長からのメッセージ



もう卒業しましたが、陸上部のある女子生徒の話です。

外で活動していた途中に、トイレに行くために、中庭より1階の渡り廊下から校舎内に入り、1階のトイレへ。

その時、ふと見つけたのが、外で履いていたスニーカーを、ちゃんと揃えて、つま先を外に向け並べていました。

私は深く感心しました。

いま、中学生で、高校生も同じですが、たいていの生徒は、脱いだ靴をそのまま玄関内側に向けたままの人がほとんどです。

大人でも、そういう人はいます。

ですから、その子の靴の脱ぎ方が新鮮で感心したのでした。

私は、思わずその子がトイレから出てきたとき、「あなたの靴の揃え方はすばらしいね。ちゃんとつま先を外に向けている。感心したよ」

その子は、少しはにかみながらも、うなずきながらうれしそうでした。

きっと自分の家に帰っても、同じようにしているのでしょう。

でないと、学校だけ、靴を揃えて脱ぐことはできません。

いつも家でやっている習慣が、外出しても出ます。

親御さんが、幼い頃からしつけてこられたのでしょう。

この例から、私は、日常生活でやるべきことを淡々とこなしていくことが大切なんだと、あらためて思います。

朝、歯を磨き、「おはよう」と家族にあいさつをして、学校では給食終了の合図を聞いてから教室の外へ出る。掃除の時間には黙々と掃除をする。

基本的に三中生は、けじめがあり、謙虚な子か多いというのが、市内の他校の様子を知っている私の実感です。

三中の校歌にある「人知れず咲く、そはささゆり・・・♫」を体現した生徒が多いと考えいます。

それでも、生徒たちはときには、悩み事や心配事や不安を抱えながら学校生活を送ることもあるでしょう。

そんな場合でも、ルーティーンワークを淡々とこなしていくと、心配事や悩み事が薄らいでいき、自分自身を客観的にみることもできる場合があります。

奇をてらうのではなく、ささゆりのように気高く、謙虚に生活を送ってほしいと願っています。
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進路とは、柔軟な生き方

2018年04月23日 17時27分27秒 | 校長からのメッセージ



自分のやりたいこと探しとか自分探しという言葉が使われるようになり、20年以上が経ちました。

自己実現という言葉が使われだした時期と重なります。

自分探しに代表されるのが、自分にとっての適職、天職とは何かを考えることです。

しかしながら、このような疑問に、明確な答えを見つけるのは、じつはとても難しいことだと思います。

大学生も、自分に適した就職を見つけるのが難しく、就職したものの、ほんとうにこの仕事は自分がやりたいここなのか?と、仕事を転職することがあります。

私が考えところでは、
自分探しについては 、これが絶対だと確信をもてる答えを見つける必要はないということです。

明確な答えを見つけようとしても、そのような答えは実際にはないことが多いのでしょう。

したがって、明確な答えを出すのではなく、なんとなくこれが自分に合っていて、なんとなく自分らしい生き方かなと思えるものを見つけ出せば、それでいいのだと思います。

これは、ある意味で、柔軟な生き方をするのが大切だということでしょう。

中学生が進路を考えるときも、同じです。
中学生が進路を決めるたとき、将来これがしたいので、高校はここにする。

それは、それでいいのです。昨年度の3年生にも、将来は看護師になりたいので、看護コースに入学した生徒がいました。語学をいかした仕事をしたいので、グローバル科を選んだ子もいました。

でも、まだ何をしたいかがはっきりしないので、とりあえず普通科に進んだ子が多くいました。

どの中学も、進路を考えるとは、「将来自分がどう生きるか」を考え、自分に合った高校をえらびなさいと、決まり文句のようにいう場合が多いですが、三中の生徒には柔軟な進路に対する考え方をしてほしいと思います。
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たった一つの星

2018年04月22日 12時27分06秒 | 校長からのメッセージ



三中には500名以上の生徒がいます。

しかし、自分という生徒は、たった一人しかいません。

この事実を考えるなら、自分そのものが唯一無二の存在です。

だから、自分にしかできない中学時代の過ごし方。生き方を志していくのがいいのではないかと思います。

とかく、私たちは、周りの人たちを見て、心が動きます。

あの人のあんな仕事で、何で私より高い給料をもらっているの。

生徒も同じです。

自分より学習ができる人をうらやましく感じたり、自分より運動ができる人に嫉妬したりする気持ちが起きることもあるでしょう。

なぜ、私のほうがうまいのに、あの子が試合に出るの。

あまりこんなことばかりを考えていると、不満が溜まってきます。

こうなると、自分らしく生きることが難しくなります。

もともと、自分という人は世界中をさがしても、一人しかいないのだから、周りの人とくらべても仕方がないのです。

三中の子にも伝えたいのは、

宇宙には、一つとして同じ星はない。

同様に、世界に自分は一人しかいない、つまり自分は個性そのものなのです。

だから、自分という個性を理解して、周り生徒と比べるのではなく、自分らしく生きていけばいいのです。
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内面を見つめる

2018年04月21日 10時34分08秒 | 校長からのメッセージ




私は、三中の生徒にさまざまな機会で講話をします。

また、仕事柄、地域の人、保護者の方に、あいさつをすることが、よくあります。

その言葉から、生徒が学んだり、大人の人が話を参考にしてくださることは、ありがたいことだと思います。

しかし、他者の話やあいさつから学んでいるだけでは、自分がどう生きていくべきかという答えは見つかりにくいと思っています。

ですから、今年の卒業式の式辞では、卒業していく3年生に、私は問いかけました。

「君たちは、どう生きるのか」と。

生徒にとって、私はあくまで他人です。

他人の言葉から学ぶだけでは、他人の生き方を模倣することしかできません。

自分自らの「信念」を得るには、他人の言葉から学ぶだけでは不十分であり、自分の内面を見つめなけれなりません。

自分がどんな人となりで、どんな才能があるか、自分がどうすべきなのか。このようなことを問いかけることが、内面を見つめることです。

そして、内面を見つめるのは、中学生くらいからできるようになります。

小説家泉鏡花は「人は自分の内面が命じるままに生きていかなければならない」と言っています。

私が生徒にする話は、生徒にこうしなさいと諭しているのではありません。

自分を見つめ、考えるための材料、きっかけになればいいと考えています。

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真剣な訓練は体に残る

2018年04月20日 16時39分36秒 | 校長からのメッセージ







本日、避難訓練を6限に行いました。B棟4階から火災が発生と仮定して行いました。

14:55に非常ベルが鳴りました。

全校生徒がグランドに避難して集合しました。

点呼をとり、安全を確認したあと、学年ごとに消火器の使い方を、各クラスの代表生徒が出てきて実習しました。

その後、消防署の職員の話、私からの話をしました。



避難訓練講話               H30(2018).4.20


火災が起こると、学校では防火扉が閉まるようになっています。

ではなぜ、階段部分とローカ部分の境界のところに防火扉がついているのでしょうか。   (間)

これは、階段に煙を入れないためです。火災では、火から逃げることはもちろん大切ですが、煙に巻き込まれないように注意することも大切です。

じつは、煙は階段に入ると、1秒間に3mから5mの速度で上に昇ります。

この速度は人間が階段を上る速さの10倍以上です。

たとえば10階建てのビルの1階が火災になった場合、10秒ほどで1階から10階まですべて煙に覆われることになります。

つまり人は階段を使っての避難は、一瞬のうちにできなくなるのです。

火災の煙には、一酸化炭素などの有毒ガスが含まれています。この有毒ガスを吸うと体内に酸素が運ばれなくなって呼吸ができなくなり、体の自由が利かなくなります。動けなくなってしまうのです。

ですから、火災の場合、じつは煙に巻かれて命を落とすことが多いのです。

そこで、火災のときには、煙を吸い込まないようにすることが、生死を分けることになります。

避難するときはハンカチやタオルを口にあて、煙を吸い込まないようにします。その余裕がない場合には、衣服などで覆うだけでも違います。

そして姿勢を低くして避難します。これは床の低いところに残っている空気を吸うためです。

実際、火事になるとパニックになりやすいものです。ですから避難訓練は重要です。避難訓練は真剣にやれば、パニックにならず命を助ける習慣として、体に残りますが、遊び半分でやっていれば命を守る習慣にはなりません。

みなさん、自分の身は自分で守ること、そして仲間と一緒に避難する人になってください。
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生徒の避難訓練終了後は、教職員が校内の消火栓を使い、ホースと筒先を伸ばし、中庭に放水の練習をしました。
                    





また、放課後は部活編成でした。

今日から1年生は本入部です。

1年生を迎え、2.3年生はとてもうれしそうでした。

歓迎の拍手が、各教室で起こっていました。
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なりきること

2018年04月19日 14時19分19秒 | 校長からのメッセージ


本日は、昼休みに吹奏楽部の中庭コンサートがありました。

給食を終えた全校生徒がギャラリーになり、演奏に聴きいりました。

昼休みのひと時でしたが、盛り上がり、拍手が響く中、有意義な時間となりました。






さて、今年度の三中教職員の志は、「教職にいそしむ」です。

生徒とのかかわりで、

:一生懸命になり

:そばに寄り添い

:信頼関係を深め

:無限の可能性を開く


働くときは、勤労者になりきる。

遊びのことは仕事中には考えない。

親御さんにも、
子育てをするときは、いい親になりきる。仕事のことは考えない。

このように。「なりきる」ことで、集中力が増し、揺るぎない態度がうまれます。

子どももいっしょだと、私は考えています。

学習に励むときは、学習者になりきる。遊びのことは考えない。

部活のときは、部活生徒なりきる。学習や遊びのことは考えない。

遊ぶときは、思いっきり遊ぶ。学習や部活のことを考えない。遊ぶ子になりきる。

楠木正成は、戦のときは「一つの剣になりきる」をモットーにしていました。

武士である以上、その使命になりきり、雑多な考えに惑わされなかったのです。

「なりきる」ことは、その活動に全力を注ぐ態度と覚悟と集中力を生み出します。

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この子、本当は・・・

2018年04月18日 10時53分14秒 | 校長からのメッセージ



子どもの可能性を信じて励ますことは必要です。

それは、4月9日の始業式で私が生徒に話したこと、「自分の可能性を広げよ」でも触れています。

子どもは、可能性を秘めています。だから、失敗してもいいから、チャレンジしなさいと言っています。

ただ、この可能性には、注意が必要です。

中学生の親御さんと話していて、ときどき気になることがあります。

それは、

「いまこの子はこんな子ですが、本当は頭のいい子なんです」

「今回は友だちによくないことをしましたが、本当は親切な子なんです」

「いまは、このように反抗していますが、家では本当に素直な子なんです」
・・・・・・。

この「本当は」という表現を聞いたとき、私は一抹の不安を覚えます。

たしかに、子どもの可能性を信じて「本当はこの子は、こんな点があるのです」となるのはわかります。

しかし、私がいう秘めた可能性というのは、周りの人にもわからない、本人も知らない場合も多いものを言っています。

さらに、危惧するのは、本当は頭がよく、人に親切で、素直な子を期待されて、それに近くない自分を子ども自身が感じとることです。

親が求める理想像になれていない自分を感じて、そこに思春期が重なり、大人に反発する。

子どもは、「いまの自分」が受け入れられていないと感じます。

親にも受け入れてもらえない、欠点だらけの自分を、子ども自身が受け入れることはありません。

そうではなくて、いまちょっと学習につまずいている、友だちに迷惑をかけた、素直になれなくて反抗する。でも、あなたが大好きなんだ。

この親の気持ちが、子どもに伝わることのほうが、いかに大切かと私は思います。

ただ、中学生は大人の本音を見抜きますから、口先だけ言ったのでは伝わらないでしょう。

その場合は、「腹が立って。なかなか、好きな気持ちになれないこともあるけど、努力するからね。だって大切なわが子だもの」と正直に伝えることでしょう。
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全国学力学習状況調査行う

2018年04月17日 15時29分59秒 | 校長からのメッセージ



今日は、3年生は「全国学力学習状況調査」を実施しています。

今年度は理科を加え、学力テストは国語A、国語B、数学A、数学B、理科、アンケートは生活状況調査でした。

Aの問題は「知識」、Bの問題は「活用」です。

理科は「知識」、「活用」の両方が含まれた問題になっています。

アサリが出す砂の質量が、何に関係しているかという課題に対して、明るさに関係しており、明るいよりも暗いほうが、出す砂のの質量は多いだろうという仮説を立てます。

そして、実験を行います。

それぞれ、出した砂の量からどんな考察を導きだすか。

理科の「実験・観察の技能」という観点を意識した問題で、思考力などをみる問題です、

これは一例ですが、どの教科にも生徒たちは、真剣に問題に取り組んでいました。

自分の学力をもって、真剣ではあるが、深刻にならず、テストに取り組む。

これから、定期考査等何回も3年生はこの1年間テストがありますので、この態度を大事にしてほしいと思います。


また、午後からは内科検診があり、校医さんに来てもらい、1年全クラスと2年A.B.C組が受診しました。

保健室の外で待つ生徒は、にぎやかになると、検診に影響するので、静かに待って自分の順番を待っていました。

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自然の流れに身を任す

2018年04月16日 18時33分08秒 | 校長からのメッセージ


三中の中庭は、校務員の川本さんの草刈り、樹木の剪定によって、雑草が茂ることなく、きれいに保たれています。

私も自宅では、草刈機を回して草を刈ります。

ですから、川本さんの大変さはよくわかります。

とくに、これから気温が上がってくると、草刈り作業はほんとうに大変です。

これからの時期、雑草は刈っても刈っても、すぐ生えてきます。



一方、美しい花を見ると、人は「ずっと咲いていてくれたら」と思います。

ても、花はいずれ枯れていきます。

これが自然の流れというものでしょう。

人の一生の中には、花が咲くこともあれば、雑草が生えることもあります。

つまり、花が咲くとは嬉しいこと、雑草が生えるとは嫌なことを体験するということです。

嬉しいことはずっと続くことはありません。またできたら避けたいと思っても、嫌な経験をすることもあります。

それが自然の流れです。

ならば、自然の流れに逆らうことなく、自然の流れに委ねることがいいのだと思います。

嫌な経験が過ぎると、楽しい経験がやってきます。

私は、こう思うようにしています。
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