箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

三中への橋渡し

2017年11月30日 17時01分41秒 | 校長からのメッセージ



今日で期末テストが終わりました。

生徒にすれば、ホッとする開放感を感じているでしょう。





さて、午後からは、新入生体験入学会を行いました。




西南小3クラス、南小2クラスの6年生を三中に迎え、まず生徒会から歓迎の言葉を受け、諸注意を聞き、授業体験の場所へ移動しました。



体験授業は、9教科すべてありましたが、6年生はあらかじめ決めていた授業に参加しました。



その後、部活動の見学をしました。
次期新入生の獲得に向け、どの部も魅力的な活動を紹介、実演していました。



6年生にとって、中学校生活は、期待も大きいですが、不安に思う子もいます。

授業はどのようなの?

先輩とうまくいくかな?

先生はどんな人がいるの?

友だちができるだろうか?

それらの心情は、知らない「人」ばかりの空間に、足を踏みいれること不安から起きていることもあります。

体験入学会は、来年4月までに、「知っている人」を増やしておく、というねらいがあります。

たんに中学校を知るだけでなく、不安を期待に変えるのが、体験入学会でもあります。

今日の機会で、三中47期生への「橋」が架かりました。



さらに、体験入学会終了後、三中校区子ども会議を開きました。

三中生徒会と西南小・南小児童会の役員の子どもたちの会議です。

自己紹介のあと、それぞれの学校の生徒会・児童会の取り組みを報告しました。


その後、3つのグループにわかれ、小中合同でできる活動を考えました。


小中合同で「立ち止まりあいさつ運動」を行う。

小中合同でいじめをなくすスローガン、手紙(通信)、紙芝居を作る。

このような活動案が、出されました。

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仕事よりも大事なもの

2017年11月29日 11時27分12秒 | 校長からのメッセージ


三中中庭の藤棚の藤の木も、葉が黄色になり、11月も残すところわずかの日数となりました。

本日は、期末テストの二日目でした。

今日は、「教員の働き方改革」について、述べてみます。



中学校教諭の時間外勤務の長さが、今年4月の調査結果の公表を受け、問題となっています。

全国の中学校の教諭の1.7人に1人が、過労死ライン(月80時間の時間外勤務)を超える長時間労働を強いられている。

そこで国は、教員の働き方改革を進めなければならないとしています。


アメリカのある女優さんが、ブログで次のように書いています。


「がむしゃらに働き続けているあなたへ

時間は私たちの指の隙間からこぼれおちていきます。

愛する人との時間は100ドルで買えますか。

あなたがもし明日死んでも、会社には代わりになる人がいます。

でも、家族や友人は、残りの人生を「あなたを失った悲しみ」と共に生きることになるでしょう。

そのことを思えば、もっと家族との時間を大事にできるかもしれませんね。

人生には、仕事より、もっと大事なことがあるのです。」



こんな視点も、一定程度ふまえながら、学校の教員の働き方改革は進めていかなければなりません。

たしかに時間外勤務の長さは改善すべき課題です。

社会全体も「教員の長時間労働を何とかしなけ
れば」という世論になりつつあります。

しかし、教員は学校で働くなかで、たとえば子
どもたちの笑顔やまっすぐな態度に接して心が
洗われる気持ちになります。

さらに、卒業前の子どもたちの豊かな成長というかけがえのない宝物とモチベーションを得ることができます。

ですから、労働時間だけでは計ることのできない教育の効果や教職の質などが、もっと世の中に見えるようになればいいな、と私は思います。

学校ではとくに量的な計り方だけではない働きかたの改革、質的な部分が議論され、もっと地域や社会へ発信されるべきであるというのが、私の考えです。





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教師も生徒も、学ぶ人

2017年11月28日 13時10分59秒 | 校長からのメッセージ


本日、期末テストの1日目でした。

生徒たちは、熱心に答案に臨んでいました。


さて、教師は、「教える人」。

でも、教えることは、学ぶことです。

教えるためには、自分がよくわかっていないことを確認します。

また、教えると、「あっ、これは自分がわかっていない点だ」と気づくこともあります。

つまり、教えることは学ぶことなのです。

だから、安易な教えたがりになるよりも、自分が学ばせてもらっていると自覚が教師に必要です。

とかく、教えることで、教師は生徒と教師の関係をとり違えてしまう場合があります。

「教える人が上、教えられる人が下」と取り違える教師は、教師とは言えません。

教師も学ぶ人、生徒も学ぶ人。そこには、どちらも学習者という共通の関係があります。

実際に、私も三中の子から学ばせてもらうことがあります。

弁論大会に出る生徒には、原稿を弁論用に修正していっしょに完成させ、弁論の仕方を「教え」ました。

その生徒は、後日、別の機会で平和作文を読みました。

すると、弁論大会で学んだ弁論のテクニックをいかして、ただたんに朗読するのではなく、説得力のある話し方をしていました。

私は弁論大会の終了と同時に、教えることは完結したと思い込んでいました。

しかし、生徒は、学んだ知識と技術を、ほかにいかしていたのです。

人の学習は終わらない。このことを、その生徒から学ばせてもらいました。


生徒も教師も、どちらも学んでいるのです。

ゆえに、教師と生徒は対等の関係です。

ただ、何が違うかと言えば、教師の方が生徒より少しだけ人生経験が長いということだけです。

その経験をいかして、生徒にどうすべきかを示したり、アドバイスをしたり、考えさせたりして導くことができます。

そういった意味で、やはり教師は「師」なのです。

ただし、こと中学生に関しては、どうするかを決めるのは本人です。

生徒の学ぶ力と成長する力は強くてたくましい。

改めて、こう思います。

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もうテストは始まっている

2017年11月27日 12時36分17秒 | 校長からのメッセージ


明日から、2学期の期末テスト。

もちろんテスト1週間前からの準備学習は必要です。

さて、ボーイスカウトのモットーは、「常に備えよ」です。

心、技、体について、いつであれ、「社会や他者の役に立つことができるよう、万全の準備をしておく」という意味です。



ところで、以前の定期テストは、授業でやった知識を暗記してテストに臨むという準備学習が主流でした。

もちろん、今でもそれはテスト学習の中心です。

しかし、その知識は暗記するだけでなく、テスト準備の学習を通して、応用したり、活用したりできるまで高めておく必要があります。

とくに、「学力テスト」(実力テスト)や高校入試では、

たんにQ「天保の改革は、何年に始まりましたか?」→A「1841年」

のような問題に対応できるだけでは不十分です。

Q「天保の改革は、江戸幕府による政治に、どのような影響を与えたのか?」

→答えはいろいろあります。
A「大名が幕府に従わなくなって、揺らいだ幕藩体制の維持が決定的に困難になるもとになった」

このような考え方を、問題文に盛り込んでいる大名の反抗の史料から、読みとり、解答するという思考力を問う問題にも対応する力が求められます。


いずれにしても、テストの準備学習は大切です。

生徒たちのなかには、悩みながらも学習に励んでいる子がいます。

明日からのテストに備え、準備を怠りなくしてほしいと考えています。



プロサッカーの本田圭佑さんは、次のように言っています。

「準備がすべてだとボクは思っている。
準備の段階で試合は始まっている。」


中学生にとって、準備の段階で試験は始まっています。

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恩は一方通行でいい

2017年11月26日 09時43分56秒 | 校長からのメッセージ


最近、テレビ等でインタビューを受けた人が、よく言います。

それは「恩を返したい」とか「恩返しができた」という言葉です。

私がこの言葉を初めて聞いたのは、あの有名な「鶴の恩返し」です。

それは子どもの頃でした。

それからだいぶん長い間、恩返しという言葉を聞くことは少なかったと思います。

日本社会がバルブの好景気のころには、なりを潜めた言葉でした。

そして、ふたたび聞くようになったのは、スポーツ番組のインタビューで、「応援してくれた人に恩返しができました」というコメントでした。

記憶に新しいところでは、浅田真央選手が言っていたのを思い出します。

また植村花菜の「トイレの神様」のなかに、「恩返しもしてないのに ♪ 」という歌詞が出てきます。

「恩返し」という言葉が、いまの私たちの価値観として、ふたたび大切にされるようになったのかもしれません。

そのことをとやかく言うつもりは、私にはありません。


しかし、もし私が恩について、三中の生徒に伝えるとするならば、「恩を忘れる人になりなさい」ということです。

ただし、忘れていいその恩とは、人に与えた恩です。
一方、人から受けた恩は、忘れてはならないのです。

だいたい、人に与えた恩などいつまでも、しつこく覚えていたらいいようにはなりません。

「あのとき、食事をおごってあげたのに・・・」
こんなことをいつまでも、覚えていて見返りを求めるなら、おごらない方がいいのです。

まして、教師が生徒に「あのとき、(生徒に)あれだけしてやったのに」なんて思ったり、口にしたりすると、愚痴が生まれます。

その意味で、教育に見返りを求める人は、教師にならない方がいいのです。

私は32年前に学級担任をしていたとき、終礼が終わって、生徒がみんな帰ったあと、ある女子生徒が、私が何も言わないのに、一人残って、クラスのみんなのゆがんだ机を一つずつ並べ直してくれていました。

あのとき、彼女がしてくれた行為、つまり私が受けた恩はありがたく、今も忘れていません。

今でも、その子のにこやかな笑顔がキラキラと輝く景色を思い出すと、「ありがとう」という想いが蘇ってきます。

教師は生徒から受けた恩を、忘れてはならないのです。

いみじくも、大隈重信は言いました。

「施して恩を願わず、受けて恩を忘れず」

恩とは、一方通行がいいのです。
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ママ育のすすめ〜教育懇談会〜

2017年11月25日 12時23分04秒 | 校長からのメッセージ




本日、三中体育館で、三中校区教育懇談会を開催しました。

三中校区の保護者が160名ほど出席されました。

それに先立ち、西南小・南小の児童会、三中生徒会の児童生徒が、それぞれ取り組みを参加者に紹介しました。

三中からは、3名の生徒会役員が、後期生徒会スローガンを伝えました。

また、箕面市中学校生徒会交流会、いじめZEROの寸劇、「あの空」の全校合唱のビデオを流しました。

三中校区の児童生徒による自治活動の流れを知ってもらうことができました。

その後、引き続き教育懇談会に移行しました。

今回は、性と生についての講演会で、講師は谷口陽子さんでした。

谷口さんは、箕面市にお住まいの助産師です。
医療にかかわり、「ママ育」として「みのおママの学校」を設立されました。

みのおママの学校の仕事と助産師の仕事の両方をして、エネルギッシュに活動されています。

子育てのためには、まずお母さん自身が前向きに、元気であることが一番と話されました。


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心から謝る

2017年11月24日 14時36分48秒 | 校長からのメッセージ




今日は、久しぶりの全校朝礼でした。

最初に表彰伝達でした。

箕面市青少年弁論大会
箕面市イングリッシュイクスプレッションコンテスト
ありがとう作文集の表紙絵
防火作品習字の部、図画の部
水泳部
男子バレーボール部
男子バスケットボール部
について、表彰伝達をしました。

次に校長からの講話。

続いて、夏休み中に書いた平和作文を、各学年の代表生徒3名が、読みあげました。

平和に対する思いは、生徒それぞれ。なかには.平和や人権の学習をしても、スッキリしない生徒もいるかもしれません。

原爆や戦争の学習をして、平和の大切さを感じても、いまの世界の状況をみると、紛争が起こっていたりして、なんかしっくりこない。

私は、このモヤモヤ感が大切だと考えます。だから、もっと学習をしてみようという卒業後の学習につながるからです。

中学3年間の学習は、あくまできっかけです。次の学習のためのきっかけです。
卒業後も、平和や人権について、考える人になってください。

以上のコメントを、3人が作文を読んだあと、私から伝えました。

その後は、生徒会メンバーが、11月16日の箕面市立中学校生活会交流会での報告をしてくれました。

三中からは、後期生徒会役員が参加して、生徒の意見を投書する「目安箱」の増設、いじめZEROの取り組みを紹介してきたという報告をしました。

また、3人のALTから12月に行うEnglish CircleのPRを行いました。

これは、英語を使い、英語圏の文化に親しむ活動で、放課後にイングリッシュコミニュケーション教室で行うサークル活動です。

生徒は発意で自由参加します。



最後に、朝礼での校長講話を紹介しておきます。


朝礼講話<H29(2017).11.24>

「心から謝る」


「アメリカでは、謝ったらダメだ!」

みなさん、アメリカ合衆国は、訴訟社会と言われます。

一言でも、「すまなかった」と言えば、自分の非を認めることになる。裁判では証拠にされてしまう。だから、たとえば、交通事故を起こしても、謝ったらダメだ。

日本では、アメリカはそのような国だと言われますし、一般的に信じられています。
しかし、それは一面的な見方です。

あるとき、マサチューセッツ州で、自転車に乗った16歳の少女が、車にはねられて亡くなりました。

少女の父親は、「一言でもいいから謝ってほしい」と運転手に頼みました。
Just one word is fine, so would you give me “I’m sorry.” ?

しかし、運転手は頑として謝りませんでした。
そこで、父親は、「わが国では、わびる言葉さえ言うことができないのか」と、議会に「アイム・ソーリー法案」を提案しました。

この法律案は、長い審議の末、10年ほどかかり、成立しました。

そして
「過ちを犯した者が謝罪しても、その言葉は法廷で証拠として採用しない」と認められました。
もちろん、単純な謝罪の言葉「I’m  sorry.」だけです。

もし、「ケータイを触っていて前を見ていなかった、申し訳ない」と言えば、それは証拠として採用されます。

このアイム・ソーリー法案」は、人々から歓迎され、その後、全米に広がり、いまでは、40ほどの州で採用されています。

これで救われたのは、医療関係者でした。医療ミスで患者が亡くなるという事故のとき、医師はこれで謝ることができるようになったのです。

この州では、その後、医療ミスによる訴訟が激減しました。

つまり、医療関係者は謝りたかったのです。遺族は一言でいいから謝って欲しかったのです。

そこで、私は三中生のみなさんに伝えたい。

学校生活を送っていると、いろいろなことがあります。

自分が迷惑をかけたな、友だちを傷つけたなと思ったら、「すみませんでした」と謝るべきなのです。

一言でもいい。
心をこめて、私が悪かった。すみませんでしたという気持ちは、かならず相手に通じると思うのです。

マザー・テレサは言いました。

「誰かを傷つけたとわかったら、まず先に謝る人になりましょう。
私たちには、許しあうことが必要だとわからなければ、人を許すことはできません。」


私からの話は、以上です。
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教育の遅効性

2017年11月23日 16時38分18秒 | 校長からのメッセージ



11月20日のブログでは、信頼関係という意味で、私がかかわった生徒の話を例示しました。

今日は、その生徒の成長を、別の視点で述べたみます。

中学生のとき問題を起こした生徒を指導して、何年かのちに、立派に成長した卒業生と会うと、教育には遅効性があるとも思います。

つまり、かなり後になってから、生徒指導の効果が現れます。

子どもによっては、卒業してから成果として見えてくる場合があります。


しかし、いまや、教育に速効性を求める時代です。教育行政はたくさんのアンケートや調査、テストを生徒に課して、データで子どもの変化、学力の変化を追います。

そして、教育活動の効果を短期的な数字でみようとします。さらに、PDCAサイクルを教育に持ち込み、学校は教育活動の改善に役立てるという、ベクトルがはたらきます。

学校の教師は、経験則で実践を重ねています。この取り組みでうまくいかなかったので、今回はこういう取り組みにしようと工夫します。

これは、一種のPDCAであり、教育とは地道な営みです。

そもそも、学校の教育活動の質を、数字だけで見る方法にしか頼らないのは、好ましくありません。

数字とデータも参考にしながらも、性急に結果を追い求めるのではなく、余裕をもって子どもと向き合い、成長を見守る学校でありたいと、考えています。
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図書館を使った授業

2017年11月22日 15時50分05秒 | 校長からのメッセージ


今日5限の2年生美術の授業は、図書館を使い、「デッサン教室」を行いました。

デッサンの仕方を教わったあと、図書館にある本のうち、自分の描きたいものがのっているものを選びました。

そのあと、スケッチブックにデッサンしました。

三中の図書館は、B棟の4階にあり、生徒たちは教室(C棟)から行くには、2階の渡りローカを通り、B棟の4階まで昇らなければなりません。

ロケーション的には、不便な場所にあります。10
分間の休憩時間を使って、ちょっと図書館へ、というわけにはいきません。

着いたらすぐ戻らないと、つぎの授業に間にあいません。

B棟とC棟をつなぐ渡りローカがあればいいのですが、校舎のつくりがそうなっています。

それでも、昼休みには、図書館へ通う「常連」の本好きな生徒がいます。

箕面市の場合、中学生になると読者時間が減る傾向があります。

読者は子どもの経験を広げたり、内面を耕すのに必要ですので、授業やさまざまな機会で、本に親しむ機会をもってほしいと思います。
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なんのために働きたい?

2017年11月21日 13時42分55秒 | 校長からのメッセージ


11月14日に引き続き、3年の進路学習で、今日4限には、講師の方をお招きして、講演をしてもらいました。

今の時期、当然ながら進路懇談では、どこの高校を受験するか、その高校の現時点での合格可能性の話に終始しがちになります。

その懇談等を通して、生徒の希望、保護者のご意向を踏まえて、話を進めていきます。

そんななかで、高校進学を見つめながらも、自分がどんな生き方をするかを考え、自分を見つめていくことは、たいへん大切なことです。

ということで、今日は、NPO法人ソルト・パヤタス福岡事務局長の井上広之さんにお越しいただき、お話をしてもらいました。

話のテーマは、「なんのために働きたい?」でした。

まず、のっけからアイスブレーキングでした。

①朝から晩までシュレッダーをかける仕事
28万円/月

②みんながとてもやりたい仕事
15万円/月


①をやりたいと、手をあげた生徒が約40人弱
②をやりたいと、手をあげた生徒が20人ほど
でした。

今、世界で、字を読み書きできるひとは100人中86人、きれいな水を使える人は87人、大学へいく人は7人。

この世界を見てみたいと思い、井上さんは、大学生のときフィリピンへスタディツアーで行きました。

今のNPO活動のねらいは、「生まれや環境にかかわらず、子どもたちに未来の選択肢がある社会を実現する」ことです。

そして現在、井上さんは、フィリピンの子ども支援にかかわっています。



井上さんは語りました。
NPOと企業も共通するのは、誰かのために働く、社会のために働くこと。

そして、生徒たちに問いかけました。

「みなさんはどんな社会をつくりたいですか?」

答えは、それぞれの生徒のなかにあります。
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生徒を信頼するとは

2017年11月20日 14時17分02秒 | 校長からのメッセージ




私は、実業家・経営者のなかでも、稲盛和夫さんの生き方に魅力を感じています。

ご存知のように、京セラの創業者である稲盛さんの言葉には、学ばせてもらう点が多くあります。

こんな稲盛さんの言葉があります。

「信頼関係は自分自身の心の反映だ。
たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。
その中でしか、信頼関係は生まれない。」


このような言葉を聞くと、教育に携わる私は、いつも教育にも通じる点がないかを考えます。


教師は生徒の可能性を信じます。

生徒が中学生として望ましくない、なにかの問題を起こして、指導したとします。

「わかった。先生、今度からしないようにするから」

しかし、ときとして、また同じことをする場合があります。

「前に言っただろう。この前の約束を破ったな!」

・・・・・

こんな生徒に、私が学級担任をしていた頃、出会いました。

子どもは未熟なもの。だから、まちがいや誤りもします。

大人だって、同じ失敗をすることがあります。

教師がもうしないだろうと期待していても、生徒から裏切られることはあります。

未熟なのだから、子どもがまちがえれば、何度も何度も正していく。子どもの成長の可能性を信じて。

期待通りにならなくても、信じる。

一方で生徒も、「先生の期待に応えられなかった」と内心感じているかもしれない。

だから、子どもは信頼に応えようとする。

私はそれが、教育だと思います。

このように、三中の教職経験の少ない先生に、生徒との「信頼関係」の話をすることがあります。

ちなみに、その生徒は、いまアラフォーとなり、社会人としてがんばっています。

同窓会で成長した子に会いました。


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「ありがとう」の大きさ

2017年11月19日 12時31分09秒 | 校長からのメッセージ



アーティストのJUJUさんは、デビューしてからしばらく曲がヒットせず、音楽事務所からは、次の曲が売れなかったら契約解除すると言い渡されていました。

次の曲は、『奇跡を望むなら・・・』でした。

あるとき、ステージで、この曲を聞いていたお客さんから、一つの声が届きました。

それは、「ありがとう」の一言でした。

彼女は「ハッ」としました。

それまで彼女は、たんに「歌が好きだから」とうたっていたのでした。

しかし、「ありがとう」の一言で、自分の歌が、聴く人を元気にして、自分が他者から感謝されることに気がついたのです。

これを契機に、彼女は自分が歌えることに感謝するようになりました。

その後、『奇跡を望むなら・・・』は、「泣ける歌」として紹介されるようなり、多くの人たちの支持を受け、ヒットしたのです。

客席から聞こえた「ありがとう」のつぶやきが、彼女の歌に対する捉え方を変え、彼女の生き方までを変えたのでした。



このエピソードから、人は誰かが自分を必要としていると感じたとき、自分の存在価値を知るのではないか、と私は思います。

教育的には、自分がだれかの役に立っていると感じる気持ちを、「自己効力感」とか「自己有能感」といいます。

職場体験の学習についていうなら、体験で職場の人に感謝され、「ありがとう」とか「あなたのおかげで、助かったよ。よくやってくれたね」という言葉。

このように中学生が言ってもらえたなら、本人たちにとって、これほどうれしいことはないでしょう。

私は経験上、いままでに職場体験学習を通して、そういった実例にいくつかであってきました。

人から感謝された生徒は、体験後もイキイキと意欲的に学校生活を送っていくに違いありません。
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新チームの活躍

2017年11月18日 13時43分28秒 | 校長からのメッセージ



あいにくの雨降りでしたが、今日は、西南小地区福祉会による「いきいきふれあい広場」が、コミュニティセンター西南小会館で賑やかに開かれました。

11時から、ホールでは、かみしばいが、「人と本を紡ぐ会」により、上映されました。

「さるとうさぎとがまがえる」というかみしばいでは、さる、うさぎ、がまがえるが一生懸命に餅つきをします。

悪だくみを考えたさるとうさぎは、餅をがまがえるに与えず、働かせます。

もちがつきあがると、騙されたことを知ったがまがえるはうすをひっくり返しころがします。

結局、お餅はがまがえるが一人でたべました。
それ以来、がまがえるのお腹は大きくふくらみました。

自分の行為を恥じたさるは、お尻が赤くなり、しょぼんとしたうさぎのしっぽは短くなりました。

お餅といえば、このふれあい広場ではぜんざいをいただきました。

適度な甘さと、今朝臼でついたお餅の美味しさに、感激しました。

私の家では、私の子どものころは、年末に家でお餅をついていました。

家族総出でついたお餅の味は格別でした。

西南小校区では、いまも家で餅つきをされている家があると聞き、驚きました。





また、今日は大阪市立平野区民ホールで、大阪府中学生演劇祭があり、箕面三中演劇部が出場しました。

三中の作品名は、「Smile or smile」でした。

白血病の桃子は、余命4ヶ月。骨髄移植が生存につながる唯一の方法。しかし、ドナーが見つからない。

そんな桃子に、一筋の光が差し込みました。それは看護師がくれた一冊の占いの本。

その本から悪魔が現れ、桃子に取り引きを持ちかけます。「友だちの有沙を身代わりにすれば、あなたは助かる」

追い詰められた心境の桃子。有沙はどうなってしまうのか。

病室を舞台に繰り広げられる、友情のストーリーでした。

この演劇祭には、府下の17校が本日、14校が明日に上演されます。

今は、多くの学校で3年生が部活を引退し、2年生主体のチームにかわっています。新チームの活躍の場が始まっています。
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立派な親になりましょう? 家庭教育支援

2017年11月17日 13時47分34秒 | 校長からのメッセージ


昨日の記事の続きになりますが、近年、児童虐待の深刻な状況がよく報道される世相を受け、家庭教育への支援が必要だと、政府内で主張されています。

政府は家庭教育支援法案を国会に提出する動きになっています。

その論の基盤になる考えは、子どもを育てる家庭の役割が弱体化し、子どもに関する問題が起きている。

親が子育ての責任を十分に果たしていないので、たとえば、立派な親になりましょうという「親学」なるものを、国や自治体が推進するというものです。

私は、こういった考えには、多いに疑問を感じます。

そもそも、家庭教育は、親がそれぞれの実情に合わせ行う自主的な営みであり、国から「こうするべき」といわれる性質のものではない。

また、子どもの課題に向き合うためには、子どもをとりまく社会状況を見るべきであり、親にだけ責任を問うのは、筋違いだからです。

さまざまな社会状況により、子どもにかかわる問題が起きているのであり、家庭が機能を果たしていないから起きているのではないと考えます。

地域で行われている子育てサークルや子育て支援は、「立派な親になりましょう」ではなく、親の悩みに寄り添い、親を励ますために行われています。

児童虐待にしても、貧困の問題にしても、子どもにかかわる問題の多くは、社会のしくみ矛盾が生み出しています。

不登校の生徒の問題一つとってみても、家庭教育に問題があるから起こっているのではないと考えています。

事実、三中の子どもの保護者は、子育てに一生懸命で、私は家庭の力が衰えているとは認識していません。

ひとり親家庭やシングルマザーも増えていますが、それは家族のスタイルの多様化の一つです。家族の形態はさまざまになってきています。

しかし、「親学」や文科省による「早寝早起き朝ごはん」運動などは、両親がいて、父は父、母は母の役割を果たすという「あるべき家族像」を画一的に求めているように思えます。

いま、ほんとうに必要なのは、さまざまな家庭があるという現実を見据え、「あるべき家族像」に当てはめるなではなく、家族の多様性が熟成するように、家庭支援を行うことだと考えます。
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健やかに育てる

2017年11月16日 15時09分09秒 | 校長からのメッセージ


箕面市教育委員会は、子育てについて、「認めて、ほめて、励まそう」をよく標語にあげています。

たしかに、そうなのですが、わかっていても、なかなかできないのが子育てです。

これは、わが子だからです。情があるから、感情が起こります。

カッとなって、わが子を怒ることもあります。説教して、親のいうことをきかせようとすることもあるでしょう。

「今まで、これだけ言ってきたのに」
「ここまで大きくなるまで、どれだけたいへんだったかわからないのか」

怒りが込み上げてきて、怒ったりするのです。

しかし、この場合でも、殴ったり蹴ったりの暴力は、ぜったいに使わないようにします。



ここでは、家庭での殴ったり、蹴ったり」を取り上げます。

一般的に、学校で暴力的な傾向をみせる子は、いままでに親から暴力を受けてきた場合が、多くあります。

しつけと称してわが子に暴力をふるう、または、気まぐれ的に暴力を受けて育った子は、向上する気持ちが生まれにくいのです。

親から暴力を受けて育った子は、親になると、またわが子に暴力をふるうこともあります。

虐待は連鎖しがちです。

今月11月は「児童虐待防止推進月間」です。

おとなやまわりの人からの、温かいサポートを受け、子どもは健やかに育ちます。
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