英語・ダイエット・その他徒然なるままに

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G型?L型?

2015年08月26日 22時44分20秒 | 日記
何の話か分かりますか?昨年文科省が構想を発表した、大学改革の話です。日本という国が今後の国際競争時代を生き残るために、国立大学をG(Global)型とL(Local)型に分けてそれぞれに特化した教育を施し、より一層社会ニーズに対応した労働力を生産して国力を上げて行こうという政策案です。ごく簡単に言えば、偏差値の高い一流大学の学生はこれまで通りアカデミックな勉強をしてグローバル時代のリーダ役を担ってもらい、偏差値の低い大学の学生は実学をやって地元でドンドン手を動かせ、ということです。

はい、もの凄く簡単に言ってしまいました。このように書くと気分悪いでしょ?でも、本質はこういう事です。グローバル時代のリーダになれる素養の無い学生はもう学問なんかするな、ってことです。その代わりに実技を身につけて世の中に貢献しなさいと。もうすでにG型大学とは何ぞやという選別は完了していますし、今度は”人文系学部はもう要らんから統廃合しろ”という通達まで出されたのは記憶に新しいところです。実学を支える理系にリソースを集中するぞということです。少し視点を変えると、一流大学といえど全ての学部学科がG型になれるとは思うなよ、ということです。

個人的に非常に気になり考えさせられるニュースなので、思う所を書いてみようと思います。

もちろん、世の中の全体構造として、アカデミックな研究や教育を行う学問の府と、職業訓練を行う学校の両方が必要なのは当たり前です。だからこそ大学以外に高専や専門学校があり、それぞれの役割を果たしているのです。しかし、あくまで”大学”としての話をするなら、アカデミズムや人文系学部の放棄と言った動きは当然のことながら間違いです。だって、それをやってしまったらもはや大学ではなくなってしまいますからね。でも、ここではそのことを論じようとは思いません。政策を提案している識者や役人もそんなことは分かっているはずです。単に、職業訓練学校を新規に増設するのはコストがかかり過ぎるから、既存の国立大学の一部(実際は大部分)にその役割を負わせようということだと思います。違った見方をすれば、それだけ既存の大学がバカにされているということかもしれません。

他にも、人文系の切り捨てが即理系の強化になるとは思えないとか、そもそも日本の大学は東大も含めて全て起源はL型じゃないかとか、大学教員にまともなL型教育などできるはずがないとか、色々と思うところはありますが、これらも広く言われていることなので他に譲ります。

私が、学、産、それらを支える人間の育成、いずれもパッとしないこれらの現状を根本から改めるのに一番必要だと思うのは

企業が新卒一括採用を止めること

です。これがsocial stagnationを生む諸悪の根源の中でも最たるものだと私は思っています。これがあるから、受験が終わったとたんに皆んな学びを放棄するのです。そりゃそうですよね、もう人生ほぼ決まっちゃったんですから、ワザワザ大学で勉強する必要なんかない。一流大学のパスポートを手に入れてしまったら、後はサークルのコンパで酒飲んでりゃいいんです。だから当然、大学も腐る。
(ちなみに、私自身は大学時代サークルには入りませんでした。当時から群れるのは大嫌いでしたし、大学は学問をする所だという思いが強かったので、女の子にも目もくれず勉強ばかりしていました。とにかく賢くなりたかったのです。自分で言うのも何ですが、大学なんて元来、こういう人間が行くところです)。

企業が実力ある人間を中途採用でドンドン取るようにしたら、世の中は真の実力社会になるので、就業前の若者だってウカウカしていられなくなり、本当の意味でのまともな勉学をするようになるはずなんです。そうすると、大学側の授業にも高い品質が求められるようになるので、大学教員にも競争の原理が働くようになって大学自体も良くなるはずです。組織を活性化するのは制度ではなく競争です。

そして、一旦学校を卒業して勤め人になった人も、その時々に必要になったスキルや学問をどんどん学び直せるような社会構造にする。そのために、大学を、いつでも入学できて、学ぶべき事を学んだ後にはいつでも去ることができる、というような流動性のあるシステムに変える。G型L型なんてどうでもいいから、そのシステム化、教授内容のニーズに対応できない大学をどんどん淘汰すればいいんです。そして、そういう”真の競争社会”で生きていけない人間は、東大卒だろうが京大卒だろうが、ドンドン落伍させればいい。逆に、18歳でいい大学に入れなかった人でも、社会に出てから血を吐くほど勉強する気になったのなら、実力を付けてドンドンのし上がれるようにすればいい。

”お前さえその気になれば、これからラグビーだって何だってやれるチャンスは幾らでもあるんだ”。昔、スクールウォーズで(古くてすいません)滝沢先生が番長水原に投げた言葉です。世の中を活性化させるのは、これしかないと思うんです。なんて元気の出る言葉でしょう。

どこそこ大学を出たら、どこそこ会社に就職したら人生安泰とか、大学教授になってしまえば一生学者で居られるとか、そういう風に固定化してしまうから、色んなところが腐るんです。G型L型だって、所詮は固定化ですから、濁った水を浄化することにはなりません。人生に”上がり”はない。日本人に決定的に欠けているこの考え方を定着させない限り、この国はダメだと思います。そのためには、万人が一生涯競争にさらされ続けること(=チャンスは永遠に続くこと)、それしかないのです。一生競争だということになれば、クソみたいな大学受験のコストも下がります。