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【人間の価値とは?】5045
SBIホールディングス、北尾吉孝氏の心に響く言葉より…
人間の価値ということでは、様々な偉人が色々な言い方をしています。
例えば、アルベルト・アインシュタインは「人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる」と形容し、森信三先生であれば「いざ出処進退の問題となると、平生見えなかったその人の真価がむき出しになってくる」と言われています。
あるいは、安岡正篤先生は「人間の真価はなんでもない小事に現われる」というふうに言われ、河合栄治郎先生は「人間の真実の価値は、なさねばならぬことをきちんとするところにある」との言葉を残されています。
河合先生が述べられているように、要は「その人が大事な場面では、何らかの動きをするのか、依然として何もしないのかで人物がわかる」わけで、これに関し私もある意味同感です。
戦国武将・島津義弘が残したとされる、いわゆる「薩摩の教え」があります。
それは、
「一、何かに挑戦し、成功した者」
「二、何かに挑戦し、失敗した者」
「三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者」
「四、何もしなかった者」
「五、何もせず批判だけしている者」
を人間の序列とするものです。
島津公が挙げている通りの順番で正に、最低最悪なのが「何もせず批判だけしている者」です。
一人前のことを言う人に限って、何もしない人は意外に多くいるように感じます。
人間の価値とは、何か事が起こった時の行動にある、ということは間違いありません。
同じような意味では、『論語』の中にも「歳(とし)寒くして、然る後に松柏(しょうはく)の凋(しぼ)むに後(おく)ることを知る」(子罕(しかん)第九の二十九)とあります。
孔子は「冬の厳しい寒さになって、初めて松や 柏(かしわ)が枯れないことが分かる。人間もまた大事に遭遇してはじめて、その真価が分かる」と言われています。
あるいは『論語』の「為政第二の二十四」には、「義を見て為ざるは、勇なきなり」という孔子の言もあります。
正義のため・大義のため当然行うべきことと知りながら、それを実行しないのは人間的無価値の臆病者だということです。
《大事な場面で如何に動くか 》
『日に新たに』経済界
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SNSが発達した現在、「何もせず批判だけしている者」は少なからずいます。
特に、匿名性が高いSNSではなおさらです。
そして、やっかいなのは、自分が批判しているつもりのない人です。
自分では、助言だったり、意見だったり、アドバイスだと思っているからです。
実際、多くの人は、自分のブログの批判やお説教を求めている人はあまりいません。
嫌なら、スルーするか、ブログをブロックしてくれればいいだけの話だからです。
そして、批判するのではなく、自分が正しいと思う意見をブログで発信すればいいのです。
それこそが挑戦です。
多くの人は、その人の発言を的確に見抜いています。
「ああ、ひねくれた人だな」とか「こじらせる面倒な人」等々です。
ブログでのコメント一つで…
人間の価値は、そんな小さなことで決まるのだと思います。
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人間の価値ということでは、様々な偉人が色々な言い方をしています。
例えば、アルベルト・アインシュタインは「人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる」と形容し、森信三先生であれば「いざ出処進退の問題となると、平生見えなかったその人の真価がむき出しになってくる」と言われています。
あるいは、安岡正篤先生は「人間の真価はなんでもない小事に現われる」というふうに言われ、河合栄治郎先生は「人間の真実の価値は、なさねばならぬことをきちんとするところにある」との言葉を残されています。
河合先生が述べられているように、要は「その人が大事な場面では、何らかの動きをするのか、依然として何もしないのかで人物がわかる」わけで、これに関し私もある意味同感です。
戦国武将・島津義弘が残したとされる、いわゆる「薩摩の教え」があります。
それは、
「一、何かに挑戦し、成功した者」
「二、何かに挑戦し、失敗した者」
「三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者」
「四、何もしなかった者」
「五、何もせず批判だけしている者」
を人間の序列とするものです。
島津公が挙げている通りの順番で正に、最低最悪なのが「何もせず批判だけしている者」です。
一人前のことを言う人に限って、何もしない人は意外に多くいるように感じます。
人間の価値とは、何か事が起こった時の行動にある、ということは間違いありません。
同じような意味では、『論語』の中にも「歳(とし)寒くして、然る後に松柏(しょうはく)の凋(しぼ)むに後(おく)ることを知る」(子罕(しかん)第九の二十九)とあります。
孔子は「冬の厳しい寒さになって、初めて松や 柏(かしわ)が枯れないことが分かる。人間もまた大事に遭遇してはじめて、その真価が分かる」と言われています。
あるいは『論語』の「為政第二の二十四」には、「義を見て為ざるは、勇なきなり」という孔子の言もあります。
正義のため・大義のため当然行うべきことと知りながら、それを実行しないのは人間的無価値の臆病者だということです。
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特に、匿名性が高いSNSではなおさらです。
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実際、多くの人は、自分のブログの批判やお説教を求めている人はあまりいません。
嫌なら、スルーするか、ブログをブロックしてくれればいいだけの話だからです。
そして、批判するのではなく、自分が正しいと思う意見をブログで発信すればいいのです。
それこそが挑戦です。
多くの人は、その人の発言を的確に見抜いています。
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