【魅力の根源、それは陽転の発想】5241
下村澄(きよむ)氏の心に響く言葉より…
多くの成功者に出会い、その人柄に触れて、私は一つの解答をつかんでい る。
それはひと言でいうなら、陽転の発想である。
丁稚奉公に出される松下少年(松下幸之助)は、淀川を舟で渡りながら、今の自分はこの川底に沈んでいる魚のようだと感じる。
だが、そんな自分を嘆き悲しんでいるのではない。
川底に沈んでいるのだから、もうこれ以上は沈みようがない。
あとは上に浮かび上がるだけだ、と感じているのである。
これが陽転の発想である。
どんな悪い状況に立たされても、そこに埋没してしまわない。
こんな悪い状況に立たされているのだから、もうこれ以上は悪くなりようがない。
あとはよくなるばかりだ。
こんなふうにいつも前向きにものごとをとらえていく。
陰陽の陽、プラスマイナスのプラスの面に考え方が向かっていくのである。
そういえば、こういうことがあった。
ある時、私は松下さんに失敗談を聞こうとした。
すると、松下さんはこう答えたものである。
「失敗なんぞ一度もしたことがありません」
そんなことはない。松下電器を育て上げる過程でいくつも失敗をやっている。
もう立ち直れないのではないかと思えるほどの挫折を味わったことも、一度や二度ではないはずである。
それを松下さんは涼しい顔で否定する。
嘘をついているのだろうか。
そうではない。
松下さんはまた、こんなふうにも言うのだ。
「失敗したところでやめるから失敗になりますのや。 成功するまでやり抜いたら、失敗は失敗ではなくなります」
まさに陽転の発想である。
失敗してもそこで終わらない。
失敗した中からいい面、プラスの面に目を向け、次のトライに結びつけていく。
だから失敗は失敗にはならない。
成功までの過程での一過程でしかない。
このようにいつも前向きにものごとをとらえていくことができたら、挫折などは無縁のものになる。
苦境は決して苦境ではない。
挫折し苦境に立っている時点から将来を見ると、これ以上悪くなりようはなくて、あとはよくなる一方である。
こういう陽転の発想ができると、確かに運を開く可能性もふえてくるだろう。
つまり立命である。
陽転の発想が立命を可能にするのである。
成功者は例外なしに陽転の発想の持ち主なのである。
そしてさらにこういうことに気づく。
成功者はこれもほとんど例外なしに人間的な魅力に溢れているが、それは成功という結果が魅力的なのではない。
実は成功をもたらした陽転の発想が魅力的なのだ。
魅力の根源。それは陽転の発想である。
『安岡正篤先生に学ぶ 人間の品格』PHP
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下村澄(きよむ)氏は「宿命」と「立命」についてこう述べている。
『与えられた運命に甘んじ、その中に埋没して流され、翻弄される。
これが「宿命」である。
だが、その運命を変えようとする生き方がある。
努力し、与えられた運命を自分が望む方向に変えていく。
これが「立命」である。』
小林正観さんは幸も不幸もない、という。
たとえば、転んでケガをしてしまったとき、この程度のケガですんでよかった、ありがたい、と思う人もいれば、こんな大事なときにケガをしてしまいツイてない、まいった、と思う人もいる。
事実は一つだが、考え方、とらえ方は人それぞれだ。
陽転の発想が「立命」を可能にする、という。
ケガをした瞬間は、「まいったな」と思ったとしても、すぐさまそれを陽転させる。
「この程度でよかった、ありがたい」と。
陽転の発想を習慣とすれば、どんどん、マイナス(陰)からプラス(陽)への転換の時間は短くなる。
陽の人は、陽気だ。
いつも、明るくて、生き生きとしていて、笑顔がある。
つまり、魅力的な人。
陽転の発想を身につけ…
魅力あふれる人を目指したい。
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下村澄(きよむ)氏の心に響く言葉より…
多くの成功者に出会い、その人柄に触れて、私は一つの解答をつかんでい る。
それはひと言でいうなら、陽転の発想である。
丁稚奉公に出される松下少年(松下幸之助)は、淀川を舟で渡りながら、今の自分はこの川底に沈んでいる魚のようだと感じる。
だが、そんな自分を嘆き悲しんでいるのではない。
川底に沈んでいるのだから、もうこれ以上は沈みようがない。
あとは上に浮かび上がるだけだ、と感じているのである。
これが陽転の発想である。
どんな悪い状況に立たされても、そこに埋没してしまわない。
こんな悪い状況に立たされているのだから、もうこれ以上は悪くなりようがない。
あとはよくなるばかりだ。
こんなふうにいつも前向きにものごとをとらえていく。
陰陽の陽、プラスマイナスのプラスの面に考え方が向かっていくのである。
そういえば、こういうことがあった。
ある時、私は松下さんに失敗談を聞こうとした。
すると、松下さんはこう答えたものである。
「失敗なんぞ一度もしたことがありません」
そんなことはない。松下電器を育て上げる過程でいくつも失敗をやっている。
もう立ち直れないのではないかと思えるほどの挫折を味わったことも、一度や二度ではないはずである。
それを松下さんは涼しい顔で否定する。
嘘をついているのだろうか。
そうではない。
松下さんはまた、こんなふうにも言うのだ。
「失敗したところでやめるから失敗になりますのや。 成功するまでやり抜いたら、失敗は失敗ではなくなります」
まさに陽転の発想である。
失敗してもそこで終わらない。
失敗した中からいい面、プラスの面に目を向け、次のトライに結びつけていく。
だから失敗は失敗にはならない。
成功までの過程での一過程でしかない。
このようにいつも前向きにものごとをとらえていくことができたら、挫折などは無縁のものになる。
苦境は決して苦境ではない。
挫折し苦境に立っている時点から将来を見ると、これ以上悪くなりようはなくて、あとはよくなる一方である。
こういう陽転の発想ができると、確かに運を開く可能性もふえてくるだろう。
つまり立命である。
陽転の発想が立命を可能にするのである。
成功者は例外なしに陽転の発想の持ち主なのである。
そしてさらにこういうことに気づく。
成功者はこれもほとんど例外なしに人間的な魅力に溢れているが、それは成功という結果が魅力的なのではない。
実は成功をもたらした陽転の発想が魅力的なのだ。
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下村澄(きよむ)氏は「宿命」と「立命」についてこう述べている。
『与えられた運命に甘んじ、その中に埋没して流され、翻弄される。
これが「宿命」である。
だが、その運命を変えようとする生き方がある。
努力し、与えられた運命を自分が望む方向に変えていく。
これが「立命」である。』
小林正観さんは幸も不幸もない、という。
たとえば、転んでケガをしてしまったとき、この程度のケガですんでよかった、ありがたい、と思う人もいれば、こんな大事なときにケガをしてしまいツイてない、まいった、と思う人もいる。
事実は一つだが、考え方、とらえ方は人それぞれだ。
陽転の発想が「立命」を可能にする、という。
ケガをした瞬間は、「まいったな」と思ったとしても、すぐさまそれを陽転させる。
「この程度でよかった、ありがたい」と。
陽転の発想を習慣とすれば、どんどん、マイナス(陰)からプラス(陽)への転換の時間は短くなる。
陽の人は、陽気だ。
いつも、明るくて、生き生きとしていて、笑顔がある。
つまり、魅力的な人。
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