国際結婚はたいへんだった(第2章)

ボリビア人女性との国際結婚に至るまでの道のりを記録するために立ち上げたブログです。最近は妻との日常生活を綴っています。

はじめに

私(Yasuhiro)とボリビア人のLinda(通称)は2015年9月29日にニューヨークで結婚しましたが、翌2016年の1月3日にも妻の実家があるコチャバンバで式を挙げました。3ヶ月以上もの日を措いて2度結婚することになった訳ですが、その「たいへんだった」経緯については「結婚@NYまで」のカテゴリーにまとめています。

もう1年

2016-09-30 | 日記
ニューヨークのCity Hallで結婚してから昨日がちょうど1年目でした。(紙婚式というらしいですね。)が、あの式自体が実にあっけなく終わってしまったためか、あるいは今年1月のボリビアでの式&パーティーと2月のLindaの来日の記憶が強く残っているためか、そんなに速く時間が過ぎてしまったのが信じられません。彼女も同意見でした。

とりあえず夕食後に二人の部屋で乾杯しました。写真の食べものはLindaが作ってくれたカボチャのプディングとトウモロコシのケーキ、そして飲みものは奇しくも1年前のあの晩と同じく日本酒でした。(ちなみに昨日帰宅途中に寄った店で3割引シールが貼ってあった見切り品です。)

Lindaは写真のグラス(実は貰い物)などのプレゼントをくれたのですが、彼女が「何も買わなくていい」と言っていたので私の方からは何もなし。ということで、あるイベントへの参加も兼ねて明後日訪れる予定の京都でディナーを楽しみたいと思っています。予約の際に対応した店員さんによると「結構うるさいかもしれません」とのことですが。
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無念のリタイア

2016-09-26 | 日記
一昨日の土曜日、賤ヶ岳に登ってきました。別ブログで何度か紹介しているように毎年春にトレーニングのため走っていた(押し&担ぎも併用)コースで、景色や雰囲気が素晴らしいためLindaを連れてこようと昨年から思っていたのです。余呉まではJRで行き、登り初めから1時間ちょっとで頂上に到着。


途中に2箇所きつい上りがあったためか険しい表情が浮かんでいます。



記念撮影&おやつ休憩の後、山本山(一番奥に霞んで見える山)を指さして「今日はあそこまで行くよ」と言ったところ、"No kidding !(冗談はやめて!)」と返されました。「辛くなったら途中で下りる道もあるから」となだめすかして先に進みましたが、彼女はやがて膝が痛いとこぼし始めました。危惧はしていましたが、下りの方がこたえるようです。

賤ヶ岳〜山本山間は7.9kmですが、このようにアップダウンの連続なので慣れていないと本当に膝を痛めてしまうかもしれません。ということで、山をあと三つ残して作業用の林道経由で麓の西野集落に下りました。無念。

せっかくなので西野水道を見ていくことに。

今では遊歩道となった二代目の放水路を通って私たちは湖岸に出ました。



琵琶湖を眺めながら二人だけ(実際には胴長を着た釣り人達が遠くに見えましたが)で食べるランチは最高でした。積み残しの山本山はいつかまた、と思っていますが嫌がられるかな?
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なんとまあ

2016-09-20 | 日記

今日の午後届いたメールにビックリ。こういうのに選ばれたことなど一度もなかったので。どう考えてもこれは「妻の七光り」でしょうね。
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何とか持った

2016-09-20 | 日記
昨日は微妙な天気でしたが、1時間予報を見たら明るい内は持ちそうだったので急遽車で遠出をすることに。(下画像はクリックで拡大します。)

ということで過去に何度か走ったことのある拡張版の北湖一周ですが、ナミビアからのお客さん(共同研究者や研修員)に滋賀を案内する際は大抵このルートにしてきました。(沖島方面や湖西などで結構回り道をしています。)変化に富んでいて結構喜んでもらえるので。




なお下の2枚は高島市(旧今津町)にある桂浜の彼岸花群落で撮ったものですが、たまたま旧道区間を走ったので出くわすことができました。これまで自転車で何度も通っている場所ながら、開花期間が極めて短い花なのでこれほど大量に咲く場所だとは全く知りませんでした。


他にもまだLindaを連れて行きたい場所があるので11月までにあと数回は出かけるつもりです。
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雑談

2016-09-16 | 番外
Lindaが来日してから3回ほど口喧嘩をしています。今のところはその日のうちに関係修復できていますが・・・・・ところで運悪くそうなってしまった場合、私は自分の考えを丁寧に説明しようして意識的に、時には無意識的に英語で話しています。以前Skypeでの会話で起こったCariño事件のように自分の不十分な西語力のせいで誤解を生じるのが恐いからですが、理由はもう一つあります。

かつてセッセと更新していた音楽関係のウェブサイトに書いたことですが、母国語の異なる二者が議論する際にいずれかの母国語を使用すれば、どちらの言い分に理があるかではなく言語を駆使する能力によって勝敗が決してしまう可能性があるからです。それは絶対にフェアではない。ですから少々の不便を感じても第三言語の使用を私は選びたいです。その点、会話力はLindaの方がかなり上ですが語彙は私の方が少し多いと思うので、英語はまあ理想的と言えるでしょう。もっと不便になるでしょうが、ポルトガル語もたぶんアリです。
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懐かしい食べもの

2016-09-15 | 日記

昨日の夕食に出てきた料理です。左はタマル(tamal)。挽いたトウモロコシを練った生地を葉で包み蒸したもの。語学研修のため滞在していたメキシコで食して以来ですから27年ぶりですか。ただし昨日食べたものは味の記憶と少し違っていました。調理法よりはトウモロコシの種類が(とくに食感に)影響しているように思います。Lindaは業務用量販店で買ってきた白くて大粒の乾燥トウモロコシを使ったそうですが、大昔に食べたのはもっと粗っぽくパサパサしていたはずで、美味なのはもちろん昨日食べた方でした。

画像右のカステラ状のを指してLindaに「ソパ・パラグアージャ(sopa paraguaya)を作ってくれたの?」と冗談で訊いてみました。もちろん返事はノーで見た目通りの "torta de maíz"(トウモロコシのケーキ)でしたが・・・・・

思い返せば27年前の9月、パラグアイに着いたその日に首都アスンシオンのレストランで(後に親戚関係になろうとは夢にも思わなかった)K君達と一緒に初めて食べたパラグアイ料理がこれでした。ソパ(スープ)を頼んだはずなのに固形物が出てきて驚いたことを憶えています。ちなみにコーンスープを作っていてウッカリ煮詰めすぎてしまったけれど、食べてみたら意外と美味しかったのでそのまま名物料理になってしまったのだとか(作り方はこちらなどを参照)。こちらはスイートコーンで作ったため甘口のお菓子そのもの。ということで、食後のデザートとしてコーヒーと一緒にいただきました。
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やってしまった

2016-09-12 | 日記

この土日は大津市の龍谷大学農学部(瀬田キャンパス)で開催されていた日本作物学会の講演会に行っていました。地元開催ということで自分の発表だけでなく座長(司会役)やシンポジウムの進行なども担当しました。それはともかく、長浜から瀬田まで車で行くかJRに乗るか最後まで迷っていたのですが、少なくとも初日はJRに決めていました。ところが・・・・・

前日の昼休みにスーパーで買った食料品(生もの)を職場に忘れてきてしまい、しかも悪いことに持って帰るために冷蔵庫から出していたので、そのまま室温で長時間置いておく訳にもいかず、仕方なく車で立ち寄ることになりました。




上は初日(土曜)夜の懇親会の様子ですが、そういう事情でアルコール類(どれも地元の酒蔵またはワイナリーで製造)は残念ながら「見てるだけ」になりました。とくに全て吟醸クラス以上(純米吟醸や大吟醸を含む)を取り揃えた日本酒については、これだけの銘柄を一度に味わえるチャンスというのもそうそうありませんから本当に惜しいことをしました。


しょうがないので食べてモトを取る方針に転換。鯉の刺身や鮒のフライなど川魚を使った料理も出され、ことごとく美味でした。(他に小鮎の佃煮、海老豆や赤コンニャクなども。追記:これにあとビワマスの刺身があれば言うことなしでした。)しかし何といっても目玉は鮒鮨だろうと思っていたのですが・・・・・

こんな感じで産卵前の雌を使った鮨が豪華に振る舞われるだろうと予想していただけにちょっと拍子抜け。ですが、巨大なものになると1匹5000円近くするでしょうし、そういうのを出して残ってしまっても困るので賢明な判断だったのかもしれません。(何せ滋賀県民でも食べられない人の方が多い食べ物ですから。)

それで鮨本体の方はすぐなくなってしまったのですが、中央に盛られた(乳酸発酵した)ご飯は誰も手を付けず。「こんな美味しいものを食べないとは・・・・」と思いつつ、ほとんど私が食べてしまいました。(実際、絶妙の発酵具合でした。)さらに食べきれなかった分もコッソリ持って帰ったのですが、翌日Lindaが "¡Qué rico!(おいしい!)と感嘆の声を上げつつきれいに平らげました。やはり海のないボリビアで生まれ育っただけに川魚にも抵抗がないのかもしれません(こちらも参照)。


Lindaといえば、この人からお土産としていただいた豆腐も喜んで食べていました。元々好きな食べ物ですが、「こんな美味しい豆腐は食べたことがない」とのコメント付きで。(実行委員として他に地域交流活動としての展示の交渉役も任されていたのですが、そのうち一件はこの豆腐屋さん7代目(現京都大学の院生)さんによる出展でした。この場を借りてお礼申し上げます。)



翌朝(11日の日曜日)になって忘れていたことを思い出し、天を仰ぎました。「これがあるから初日は絶対JRで行かなければならなかったのに!」と。先月Lindaと旅行するために買った青春18きっぷがまだ1回分(2370円相当)残っていました。(というより残してありました。長浜〜瀬田は往復1840円なので完全にモトは取れないものの「足し」にはなると思っていたので。)その期限が10日の土曜日ということで見事パーになりました。何という痛恨!(←大袈裟な)ここでも「やれやれ、歳は取りたくないものだ」と嘆いたことはいうまでもありません。
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チチイチ

2016-09-08 | 日記
ふと気になりました。「チチカカ湖を一周すると一体どれくらいあるんだろう?」

面積は琵琶湖の約12倍ですから、単純にルート(平方根)を取れば周長は3.5倍ほどと想像できますが、道路状況がどうなっているかはわからない。そこでGoogleマップで調べてみました。


今更ながら気が付きましたが、琵琶湖と同じく大きい北湖と小さい南湖に分かれているんですね。(ちなみにLindaは子どもの頃家族でコパカバーナ (Copacabana) を旅行したことがあるそうです。)で、南湖の方は湖岸沿いに道がない。検索条件を車から徒歩に変えてもほとんど一緒だったので、たぶんまともな道路はないんでしょう。

何にしても600km弱ですか。琵琶湖3周分ですね。とはいっても自転車では3日で廻れるとは思っていません。未舗装区間も少なくないでしょうし、それ以上に標高がハンパじゃないので確実に息切れするはず。

その後いろいろ調べてみると東岸の道路が良くないみたいです。が、詳しい情報はあまり得られませんでした。「チチカカ湖一周」で検索しても出てくるのはチチカカ湖を含む南米一周または世界一周の旅行記がほとんどでしたから。どっちにしても自分が実際にこのルートを走ることはないでしょうけどね。(出入国も面倒そうだし。)
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残念

2016-09-07 | 日記

昨日は私用で休みましたが、用事が早く済んだのでここへ行ってきました。写真の建物は現存する日本最古の駅舎です。ついでながら現北陸本線の長浜〜敦賀間は新橋~横浜間に次いで日本で2番目に鉄道が敷設(1882 (明治15) 年に開通)された区間です。








Lindaは走り回る鉄道模型を見て大はしゃぎ。やはり鉄道ファンの資質ありです。逆に昔の人を模った蝋人形にはドン引きでした。恐いんだそうです。

ところで昨日の用事の一つというのが有効期限残り1週間を切ったパスポート(10年)の更新でした。自撮りの写真を提出しましたが、白髪のせいで背景の白との区別が明確でなく、もしかしたらダメかもしれないと言われました。大丈夫かな? なお申請用紙に「外国籍の有無」という項目があったので訊いてみました。「私がボリビア国籍を取ったらどうなりますか?」と。

Lindaに聞いたところでは、ボリビアでは少し住むだけでいとも簡単に国籍をくれるのだそうです。ですが、職員さんによると「日本では二重国籍を認めていないので他国の国籍を取得したと同時に日本国籍を失う」とのことでした。Lindaについても同様で、もし将来彼女が日本国籍を取ったらボリビアの方は捨てざるを得ないということです。その話をしたら「じゃあいいわ」と言いました。これで二人一緒に米国または米国経由で中南米を訪れるのはほとんど絶望になりました。元々日本国籍のハードルは低くありませんけど。(ちなみに私の知り合いのブラジル人牧師は在住10年に達していると思うのですが、長いこと帰化申請をしているのに未だ果たせていません。以前私も推薦状を書いてあげたのですが・・・・・どうやら日本語によるインタビューが大きな壁として立ちはだかっているようです。)

9月8日追記
 危惧していた通り、午前中にパスポートセンターから「顔が背景に溶け込んでしまっているので違う写真にした方が良い」という電話がありました。(その時ふと「やれやれ、歳は取りたくないものだ」という言葉が浮かびました。チェーホフの何かだと思って調べてみたら「イオーヌィチ」という短編で、そこに出てくる台詞は「やれやれ、肥りたくはないものだ!」でした。)

「このままでもパスポートは作れるが入国時にトラブルになっても自己責任」とまで言われては仕方がありません。それでさっき講義室へ行って撮り直してきました。今度はホワイトボードでなく黒板をバックにしたので大丈夫でしょう。(追記:写真を郵送した翌日にパスポートセンターから電話がありました。これならOKとのことで一安心。次の日曜日=18日に受け取りに行く予定です。)
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米国ネタ2題

2016-09-05 | 日記
昨晩私は熟睡できたのですが、Lindaはあまり寝られなかったとこぼしていました。理由があります。

昨日は月に1度(第1日曜)のスカパー!(CS)無料放送の日でした。それで午後はずっと二人でアニマルプラネットやナショジオ(ナショナルジオグラフィック)チャンネルのはしご(英語音声での視聴)をしていたのですが、たまたまチャンネルを合わせたこれを最後まで観てしまいました。そのいくつかのシーンが頭から離れなかったそうです。

あの事件が起こった時(2001年)、彼女はまだボリビアにいて米国滞在のビザを申請中だったとのこと。ということで直接に体験した訳ではないのですが、やはり足掛け14年も住んだ街だけに思い入れも深いということでしょう。普段あまり良くは言っていませんが。(あそこは旅行するにはいいけど住む所じゃない、などなど。)

もう一つUSAネタを。生協に注文していたこの本が入荷したので取りに行ったのですが、その最初の方に「ラムズのロサンゼルス帰還」というニュースが載っていました。1995年からはセントルイスが本拠地でしたから22年ぶりにLAに戻って来たということになります。

ということで、一度は古くなったこのプレートも現役復帰となりました。米国第2の都市にもかかわらずNFLのチームがないのはおかしいという声も小さくなかったようですが、レイカーズ(NBA)やドジャース(MLB)のような強豪とは異なり、パッとしない成績が続いていましたから別になくてもいいや、と思われていた節もあります。なお私の贔屓であるレイダースも実は昨年LAからの誘致を受けていました。(実際1982〜94年まではLAに本拠を置いていました。)他にもラスベガスやサンディエゴ(現在はチャージャーズの本拠地)へ移るという話もありました。が、やはり私にはオークランドにあるのが一番しっくり来ます。

さて、待ちに待った2016-17シーズンが今週いよいよ開幕です。これまで同様に放送される試合は全て録画して観るつもりですが・・・・愛想を尽かされなければいいんですけど(苦笑)。もし険悪な雰囲気になりそうなら私もこのジョークで逃げることにしますかね。「でもサッカーよりは好きだよ。」

救いは昨シーズンまでNFLを放送していたスカパー!2局のうちGAORA SPORTSが撤退したことでしょうか。お陰で秋の「スカパー祭り」(10日間無料放送)があったとしてもタイトな視聴スケジュールを組まなくても済みます。
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