おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

死んだ酪農家

2011年06月21日 07時11分12秒 | 日記
今日のGOOのニュースで、相馬市で亡くなった酪農家のこと(朝日新聞6・20版)が書いてある。

以前TVのニュースで見たものだが、こんな悲しいことはない。原発で絞った牛乳を毎日毎日捨てねばならない苦衷、言うにいえない悔しさ、悲しさがあっただろう。

         

汚染で立ち退き命令がでて、酪農家は可愛がっているそして生活資源の牛を見捨てて、家を離れなければならない。一時帰宅してみるとやせ細って餓死している牛の群れ・・・

自死したこの方は奥さんがフィリピン人、危険なので一時帰国しているという。地方の農業者にとって「嫁」問題もあるのだ。

生きている人間が死を決意するとは、実に重い絶望と葛藤と苦悩があったはず

妻もいない。生活の糧を奪われて、農業資材の借金だけが残っている。酪農者にとって労働の喜びは毎日牛の世話をし、一頭一頭にに語りかけ、顔や体を撫で、そして乳を搾り出荷できること。これが放射能汚染によって適わなくなってしまった。
原発の現状打開の展望は一つも見えない。

チェルノブイリみたいに厚いコンクリートで覆ってしまい、完全閉鎖するまでには先ず冷却と冷却水の漏水を止めなければならない。これがもたもたしている。

先が見えない暗い状況の中で、胸がふさがれる暗澹とした毎日。孤独に叫び声を上げたくなるような思い・・・

新しく作った牛舎の借金を死んだ保険金で支払って欲しいという遺言があった。

生きる意欲を一つ一つ潰されていく。周りに堅牢な壁を構築され一人取り残されてしまったかのような孤独感と絶望。

この方にそれこそ「がんばれ」、「しっかりしろ」とだれが言えただろうかー

政治家は身の安全第一に避難、そして補償=金のことしか考えない。こういう方の心をどう支えるのかがいちばん大事に思う。

昨晩のNHK「鶴瓶の家族に乾杯」はよかった。小千谷市で体育館に避難されている福島の被災者に出会う。おばあちゃんの話。息子と逃げて、安全な場所まで送って行った息子が家にも一度帰ってくるといってそのまま津波に流されていったという悲しみを語る。鶴瓶はぴったりと寄り添って優しくその手を握る。言葉は不要。寄り添いながら一緒に涙を流し話を聞き届けること。鶴瓶の励ましにその場にいた避難者の皆さんが拍手で応える。

痛む心を心底までわかることは当事者でない限り不可能だが、人間には想像力がある、感受性を有した動物でもある。言葉が出てこなくても痛み悲しみを分かち合いという心があれば項と場を超越してこころは通じるもの。

自殺した酪農者に深く哀悼の真心を捧げたい。