新年を迎えて 分断克服し共存への対話を
新年を迎えた。明るい夢や希望を語るべきだが、やや暗い話になることをお許し願いたい。
「日本の没落」を意識するときがある。少子高齢化が進み、人口は減少に転じている。米国を追い上げた経済力は中国に抜かれ、低成長が続く。所得は伸び悩み、格差拡大で相対的貧困率は16%に達する。公的債務は1千兆円を超える一方、医療・福祉費は膨らみ続け、年金も目減りする。
こうした現実は、旧式の言い方を借りれば「国力の衰退」を表している。それを痛感しているのは他ならぬ安倍晋三首相だろう。
「日本を取り戻す」(2012年衆院選)、「私たちの自信と日本の誇りを取り戻そう」(13年参院選)、「強い経済を取り戻せ」(14年衆院選)、「誇りある日本を取り戻す」(16年参院選)。
主な選挙のたびに繰り返される「~を取り戻そう」という首相のメッセージからは、日本の現状に対するいらだちと、過去の繁栄への郷愁が読み取れる。
かつて欧州諸国も自信を失い、没落の不安に覆われた時代があった。人類史上未曽有の惨禍をもたらした第1次世界大戦が終わった後のことだ。
危うい反知性主義
当時、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットは著書で、野蛮な大衆社会では「みんなと違う人、みんなと同じように考えない人は排除される」とし、没落の不安を背景に反知性主義に陥った大衆の反逆(蜂起)が危険な急進主義を招くと論じた。警告どおり、欧州はやがて非人間的なファシズムに踏みにじられることになる。
この両大戦間の欧州の空気はどこか現代に似ていないだろうか。
英オックスフォード出版局は16年の「今年の単語」にpost-truth(ポスト真実)を選んだ。欧州連合(EU)離脱を巡る英国民投票や米大統領選の際、真実や事実より個人の感情や信念が政治を動かした風潮を表す。「本音の暴言」を吐き続けたドナルド・トランプ氏が「見捨てられた白人勤労世帯の怒り」を結集して勝利した現象は、あたかも「大衆の反逆」の現代版に見える。
日本でも同様の風潮を感じる。安倍首相と懇意で、時に過激な発言が圧倒的な人気を呼んだ橋下徹・前大阪市長は最近のインタビューで「民主政治の本質は大衆迎合だ」と言い切っている。
インターネット上には、中国・韓国を誹謗(ひぼう)中傷し、日本や安倍首相を賛美する記事やコメントが氾濫する。これに異を唱えると「反日」「売国」のレッテルが張られる。まさに反知性主義である。
これに対しオルテガは「自分を疑わず、うぬぼれて」いる大衆ではなく、「つねに自分を相対化し、自己批判し、克己心を持って」いる市民たれと訴えた。
「市民」の精神で
同感である。いま私たちがとるべき態度は、自分にとって心地よい情報や意見を選び、信じることではない。ありのままの現実と向き合い、異論に謙虚に耳を傾け、自分の頭で考えることだ。
今年は憲法施行70年、日中戦争80年、ロシア革命100年…と、歴史的な節目がいくつも控えている。こうした機会に過去を見つめ直し、「市民」の精神で日本の未来像を描いていきたい。
そのために鍵となる課題が二つある。ひとつは憲法と戦後社会をどう評価するかである。
「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍首相はこれまで、愛国心を強調する教育改革を進める一方、表現の自由を制約しかねない特定秘密保護法を制定し、安全保障法制で違憲が疑われる集団的自衛権を解禁してきた。一連の流れが現行憲法の理念に必ずしもそぐわないのは明らかだろう。
国会で改憲論議の本格化が見込まれるが、世論調査では国民の過半数が9条改正に反対している。日本らしい国際貢献のあり方とともに、戦後の平和と繁栄に果たした憲法の役割を改めて考えたい。
歴史認識の溝深く
もうひとつは、戦後70年余を経てなお関係国との和解を阻んでいる歴史認識ギャップである。北方領土を巡るロシアとの交渉や安倍首相の米ハワイ真珠湾訪問を振り返れば、先の戦争に対する日本の立ち位置の特殊性が際立つ。
歴代政権は「痛切な反省と心からのおわび」を繰り返し表明してきたが、安倍首相ら多くの議員が「侵略戦争ではなかった」とする議員連盟に加わっていては不信を払拭できまい。戦没者追悼は当然としても、幅広い国々と和解を進めたいのなら相当の覚悟が要る。
16年は世界でさまざまな亀裂と分断が顕在化した年だった。英国のEU離脱、米大統領選、イスラム過激派によるテロなどは世界に大きな衝撃を与えた。その底流にある人々の憤りと閉塞(へいそく)感が、ゆがんだナショナリズムを伴って各地で噴出してこないか懸念する。
哲学者の内田樹・京都精華大客員教授によると、オルテガは対話を通じて「理解も共感も絶した他者と、それでもなお共存してゆく能力」が分断を克服する基礎だとした。まさに現代に生きる私たちに必要な力であり、「没落」への処方箋ではないだろうか。
[京都新聞 2017/1/1]
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