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安保法案大詰め 国民不在の採決に反対する(京都新聞社説)

2015-09-16 | Weblog
安保法案大詰め 国民不在の採決に反対する

与党は安全保障関連法案をきょうにも参院平和安全法制特別委員会で採決し、週内に参院本会議で成立させる構えだ。

歴代内閣が否定してきた集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊の海外派遣を飛躍的に拡大する法案である。多くの憲法学者や元内閣法制局長官らが「違憲」と指摘し、共同通信の世論調査では6割が法案に反対し、3割の賛成を大きく上回る。

国民に広がっているのは、専守防衛に徹してきた戦後の平和主義が変質し、日本が「戦争をする国」になるのではないかという不安だ。衆参両院で200時間に及ぶ審議を経ても、政府は不安を解消する十分な説明をできていない。むしろ疑念は深まっている。そんな生煮えの状態で法案を認めるわけにはいかない。政府・与党は今国会での成立を断念すべきだ。

「存立危機」の曖昧さ

自国が直接攻撃を受けていなくても他国防衛のために行動する集団的自衛権について、歴代内閣は憲法の制約から行使できないとしてきた。だが安倍政権は安全保障環境の変化を理由に、必要な憲法改正手続きを経ずに閣議決定で憲法解釈を変え、行使を容認した。

法案は「国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある」(存立危機事態)など新3要件に該当する場合に行使を限定している。しかし、具体的に、それがどのようなケースなのかが依然はっきりしない。

これまで政府はわずかに朝鮮半島有事での米艦防護、中東・ホルムズ海峡での機雷掃海を事例として挙げたが、行使の必要性について答弁が定まらない上、存立危機事態の認定については「総合的に判断する」と繰り返すばかりだ。法解釈が曖昧では政府の裁量が拡大し、海外での武力行使に突き進む恐れが出てくる。

揺らぐ合憲性の論拠

ブレーキ役となるべき国会のチェックにも懸念が残る。存立危機事態の判断は、国会が事前か事後に承認する。だが、国家安全保障会議(NSC)や特定秘密保護法と一体で運用されるため、重要な情報が特定秘密に指定されて開示されない可能性がある。そうなれば、国会の承認自体が形骸化しかねない。

集団的自衛権の行使を違憲とする指摘に対し、安倍晋三首相は「違憲立法かどうか、最終的な判断は最高裁が行う」と反論した。1959年の砂川事件最高裁判決を合憲性の根拠にしたことを踏まえた発言だ。だが、その最高裁の長官を2002年まで務めた山口繁氏は、共同通信のインタビューで「集団的自衛権の行使を認める立法は憲法違反と言わざるをえない」と明言した。合憲性の論拠は揺らいでいる。

米軍など他国軍への後方支援も地球規模に拡大される。従来の周辺事態を重要影響事態と変え、活動場所も「非戦闘地域」から「現に戦闘が行われている現場以外」へと広がる。弾薬提供や発進準備中の戦闘機への給油も可能になるが、敵対勢力から見れば一体的な軍事行動としか映らないだろう。政府は「危険な状態になれば退避させる」とするが、戦闘に巻き込まれ、戦争参加の道を開く危険性は否定できない。

その後方支援についても、合憲性を疑わせる証言が参院特別委の参考人招致であった。米軍への後方支援を定めた周辺事態法の制定に関わった大森政輔元内閣法制局長官は、今回の法案で可能になる発進準備中の戦闘機への給油について、内閣法制局は当初から「武力行使との一体化の典型的事例」で憲法違反との認識を持ち、政府内で繰り返しそう主張していたと述べた。「現行法制定時はニーズがなかった。憲法との関係から除いていたものではない」とした中谷元・防衛相の答弁と矛盾する。

国会がこのまま法案を成立させれば、専門家の多くが違憲とし、法的安定性を損なうと指摘する法案を疑義なしと認めるに等しい。その責任は重い。成立後に違憲判決が出かねない不安定な状況に自衛隊員を置いたまま、武力行使や後方支援といった危険な任務に就かせることになる。そんなことが許されてよいはずがない。

安倍首相は参院審議に入ると中国の脅威を強調し始め、法案で日米同盟を強化し、抑止力を高める必要があると主張している。だが現状の個別的自衛権や日米安全保障条約で対処できないほどの差し迫った状況があるとは思えない。安全保障は、防衛力だけでなく外交や政治、経済などを含む総合的な視点が要る。そうした議論をもっと深めることが必要だ。抑止力の強調は、かえって危険な軍拡競争をあおりかねない。

法治国家への背信

集団的自衛権行使など法案の内容の多くは、米国のアーミテージ元国務副長官ら有識者が12年に発表した日米同盟に関する提言に盛り込まれている。政府は関連を否定するが、影響を与えていることは疑いようがない。米国から与えられた課題に応えるために違憲の疑いのある法案成立を急ぐのだとすれば、法治国家への背信と言わざるを得ない。国民不在の性急な採決強行に反対する。

京都新聞社説 2015年9月16日