
晴れ、22度、79%
実家の整理をしていると、40年前の手紙が出てきました。アムステルダムからです。
41年前、14歳だった私は、ヨーロッパへ旅行しました。日本のユースホステルの草分け的存在の古木ファミリー、NHKの連続ドラマ「太陽の丘」のモデルになったご家族が主催する旅行に最年少で加えていただいたのです。なにぶんにも、40年も前の事、しかも、今回の整理で私が気付かないうちにその旅行のメモなどは、処分してしまったので、曖昧な記憶を辿ってみます。
ソ連のタシケントを經て、降り立ったのはヨーロッパの玄関口アムステルダムでした。ひと月で、9カ国を廻る旅行、アムステルダムに滞在したのは2日ほどです。記憶に残っているもの言えば、初めて見た巨大なチーズの固まり、日本のチューリップとは趣を異にするその色合い、石造建築の重暗い色、そして、この手紙の主、Hoving兄妹に出会った事です。
出会ったのが、公園だという記憶はあります。運河でなく池があって、その横に大きな木がありました。おそらく声をかけたのは、Hovinng兄妹からだと思います。この時の写真があるはずです。写真の整理は、まだ手をつけていないので、実家のどこかに眠っています。何を話したかも忘れています。次の日に会う約束をして、つまりあったのは2回だけ、それ以来2年ほど、手紙の遣り取りをしました。この2通以外にもまだあるはずなのですが。
兄のFransは、私よりひとつか2つ年上で、妹のClaraは、ひとつ下でした。今この手紙を読み返しても、日本にいつか行ってみたいとか、日常的な事しか書かれていません。私は、確か、公立の高校に入学した事を知らせる手紙を書いたのが、最後だったように覚えています。
この手紙を見つけたのは、一週間ほど前の事、何度も出して来ては読み直しています。顔だって、すっかり忘れてしまっていますしね。
でも、この住所、古いヨーロッパですから、この同じ表記のまま存在します。グーグルの地図で調べたら、アムステルダムの中心から西よりの場所です。
この2通の手紙を持って、この住所を尋ねてみたいと思っています。
旅の初めての場所でであった人たち、そして、あまりにきれいな色のチューリップに惹かれて、ひと月もある旅行だという事を忘れて、買ってしまったチューリップの球根、翌年我が家の庭で見事に咲いてくれました。
なんだか、会えるような気がしています。覚えていてくれるでしょうか?
きっと会えるんじゃないかと思います。
縁は大事。縁が有るのだろうと感じました。
ヨーロッパの緑は、ここ香港と違います。
あの、緑の記憶、あの石造建築の暗さ、私のは、ぐっとくるんですね。これは、気持ちの持ち方。
私、いい人生歩んで来たと、思う毎日です。
そう、昔は「ソ連」だったんですよね・・・今でもあのモスクワの空港の暗くて、とにかく何も無くて、仏頂面でニコリともしない女性職員だけは覚えています。今はどうなっているんでしょう。空港内にスタバが入っていたりして。笑
見事なチューリップに美味しいチーズ、ミッフィーのふるさと・・・私も訪ねてみたくなりました。
オランダも、明るい色での記憶はチューリップだけなんです。運河も、街も暗いイメージしか残っていません。とにかく、もう一度尋ねてみなくてはね。