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チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

大根餅

2022年02月04日 | 昨日のお昼ご飯

晴、4度、56%

 「春節」と聞くと食べたくなるのが「大根餅」です。年中、香港の飲茶では定番メニューで出ていますが、「春節」前になるとホテルやレストラン果てはパン屋までが贈答品として「大根餅」を売り出します。

 35年ほど前、初めての香港での「春節」を迎えました。「春節」前の数週間、町の人たちは日本の「師走」と同じようにせわしなく「春節」の準備をします。毎朝通う市場、おばさんたちが両手に大きな大根を何本も下げて家に帰ります。「?何に使うのかな?」「大根餅」を作るためだと後で知りました。

 今では暦通りの短い「春節」の休みですが、以前は半月、ひと月と長い休みが続きました。本土中国に帰省する人、海外旅行に出かける人も大勢でした。その時の常備食として「餅」を家庭で作ります。「大根餅」「芋餅」「ココナッツ餅」「甘藷餅」「黄色い豆餅」種類も豊富ですが、代表格は「大根餅」です。

 一年ぶりに「大根餅」を作りました。 帰国以来、数回作っていますが、日本の「米粉」で作るとゆるく仕上がります。今年は日本のレシピも参考にしながら、粉の配合を変えました。粉を手に指で触れるとより近いものが買えるのですが、全部袋入りです。大量の大根のすりおろしと合わせる時、うまく出来るかどうか既にわかります。今回「美味しくできそう。」と直感。

 日本のレシピを見ていて思ったのですが、大根の量が少なすぎます。中国では粉の3倍ほどの大根を使います。「大根餅」は冬の甘い大根のうまさを味わうものです。4面の「おろし金」が35年前から香港の雑貨屋にぶら下がっていました。「チーズおろし」として既に持っていましたが、以来「大根餅」作りに大活躍です。このおろし金の一番大きな目で細くすりおろすと大根は口当たりが良くなります。

 昨日の「大根餅」私の理想に近付きつつありますがまだ柔らかい。日本では「大根餅」を一旦冷蔵庫で冷やし固めて焼いて食べるように書かれています。でも、蒸したばかりの「大根餅」の美味しさはまた格別です。湯気が立つうちに切り分けて、パクパク。今日のお昼には残り半分を焼いて食べます。焼くと香ばしさが加わり、焦げたところがまた美味しい。

 日本で「米粉」が見直されています。いく種類かの「米粉」で思うような「大根餅」を完成させたい。香港時代は「米粉」はタイのものを使いました。「春節」前にはスーパーに山積みされていました。今日のお昼が楽しみな残り物の「大根餅」です。


卵かけ「嵯峨野豆腐」

2022年01月27日 | 昨日のお昼ご飯

曇、7度、70%

 京都嵯峨野にあるお豆腐屋さん「森喜」の「嵯峨野豆腐」をいただきました。傷まないようにクール便で崩れないようにしっかりと梱包されていました。前日、送り主の友人から「真奈さん、お豆腐が明日届きますよ。」と前触れをもらっていました。この知らせを受けた時から、「卵かけ豆腐」で食べようと決めていました。

 手間もかからぬ「卵かけ豆腐」は父の大好物でした。私が子供の頃、この家から数分のところにお豆腐屋さんがあり、夏の朝はお鍋を持ってお使いに行きました。「木綿の角」をください。持ち帰ると父はその「木綿の角」1丁に生卵とお醤油をかけて美味しそうに食べました。私がこの父の食べ方を真似するようになったのは、香港に行ってからです。香港の朝の市場には出来立てのぬくぬくのお豆腐が届きます。布に包まれた大きなお豆腐が板の上で湯気を上げています。それを切り分けて買います。この「硬豆腐」は日本の木綿豆腐です。家に帰るやすぐに温かな「硬豆腐」に生卵をかけて食べました。豆腐の香り、大豆の甘み、卵の旨味、お醤油が全てを一纏めにしてくれます。薬味もなくこれだけでお腹いっぱいになります。

 「嵯峨野豆腐」はにがりではなく「すまし粉」で固めてるのだそうです。普通のお豆腐の倍はあるかと思われる大きなお豆腐です。滑らかで口当たりはツルッとしていますが「絹ごし豆腐」とは全く違う口触りです。パックから取り出して晒しに包んで一晩置きました。柔らかですから用心深く切り分けて、真ん中に卵をポンと割りました。 いただきながらお醤油を垂らします。「こんな美味しいものはないわ。」と一口一口味わい深く食べました。卵の黄身の濃厚さと淡白ながら大豆が香る「卵かけ嵯峨野豆腐」です。

 残り半分、まだ食べれそうです。 すり胡麻をかけ、お醤油ではなく「胡麻油」を垂らして食べました。胡麻の香ばしさがお豆腐を引き立てます。「胡麻油」が滑らかな「嵯峨野豆腐」に絡み唸ります。大きな1丁、食べ上げました。

 寒いこの時期、湯豆腐にでもと思うところです。湯豆腐なら芯が熱々のところから「嵯峨野豆腐」の香りがして来るだろうと想像します。貴重なお豆腐をあっという間にお腹に収めてしまいました。「おごちそうさま。」


イワシの包み焼き

2022年01月24日 | 昨日のお昼ご飯

曇、9度、78%

 お魚屋さんに並ぶイワシの漁獲地が北上しました。地元のイワシでなく千葉県産です。大きなイワシ、見るからに脂が乗ったイワシです。近海で取れた小羽のイワシは骨も丸ごと食べれますが、ここまで成長した大羽のイワシの骨は諦めます。地元の朝獲れならお刺身で食べたいところです。皮を剥ぐと脂が見えるほどに成長したイワシです。

 イワシは値段の高い魚に出世しました。いっぱい食べることができません。家に帰りながら素直に焼いて食べようか考えます。庭のハーブをお腹に詰めて焼くとこれまた美味しい。そこで、包み焼きにすることにしました。ハーブをお腹に詰めるのは臭み消しではありません。まだ十分に鮮度があるイワシは臭くありません。そのままグリルにしてもいいのですが包むのは香りを封じ込めるためです。

 ホイルでもキッチンペーパーでもパイ地でも包んで焼くと包みを開けた瞬間の香りが楽しめます。お皿に移すとき落としてしまいましたが、 この瞬間、湯気と共にイワシとハーブが香ります。

 一人で摂る食事の楽しみは、小さなことにまで目と心が向くことです。一口一口味わってゆっくり食べれることです。香りを楽しみ、口に含んでハーブとイワシの微妙な味わい、使った塩産地によっても味は変わります。ワイワイと大勢で食べる楽しみとは違います。主婦ですから、大勢で食べるときは頻繁に給仕で席を立つこともあり、ゆっくりした気分で食事を摂れるのは一人に限ります。

 大羽イワシを堪能しました。でも、お刺身で食べたかったな。


お肉いっぱいの肉まん

2022年01月17日 | 昨日のお昼ご飯

晴、5度、62%

 2軒の交番、7軒のコンビニの前を通るのが私の朝の走るコースです。早朝ですから、用心のためです。12月に入った頃からコンビニの前ののぼりが「肉まん始めました」と写真入りで立っていました。どこののぼりを見ても「肉まんが食べたい」と思います。「でも、もっといっぱいお肉が入った大きいのが食べたい」と走りながら思います。昨日の朝、「肉まんが食べたい」がピークに達しました。

 家に帰り冷凍庫を見てもミンチはありません。豚肉の塊をミンチにするところから始めました。朝一番のパンを焼いた後のオーブンの余熱で「肉まん」の生地を発酵させます。長ネギも、タケノコもないので急いで干し椎茸を戻しました。「お昼には食べれるなあ。」

 零下10度の中国大連の朝、黙々と湯気が上がる小さな店先に行列が出来ています。朝早くから仕事に出かける人の朝ごはんです。大きな蒸籠がいくつも並んで、好みの「饅頭」を袋に入れてもらいます。持ち重みのする大きな「饅頭」はしっかりとお腹に収まります。私は「冬菇包」を買いました。主人と二人、地元の人に混じって寒い中、外で食べました。「冬菇」は椎茸です。手のひらから伝わる「肉まん」の暖かさ、懐かしい味と思い出です。

 とにかくお肉をいっぱい詰めたい、生地を思い切り伸ばして椎茸入りのミートボールを包みます。「格好なんてどうでもいいわ。」台所の窓ガラスも湯気で曇ります。美味しい匂いが立ち始めました。もう一息で肉まんが食べられる!蒸籠の蓋を取ると湯気の中ブサイクな大きな肉まんが見えました。 割るとこんな風にお肉がいっぱいです。大連の「冬菇包」には敵いませんが、椎茸が香る大きな肉まんはすぐに私の口に。「美味しい!」

 中国の寒い地方の早朝はこうした朝ごはんから始まりました。コロナの中、「饅頭」の店は仕事を続けてるのかな?近代化が進むと屋台のような朝ごはんの「饅頭」屋は無くなるかもしれません。無くなっても私の胸の中には温かい大きな「饅頭」の思い出が残ります。


牡蠣のパスタ

2022年01月15日 | 昨日のお昼ご飯

晴、2度、60%

 地元の「牡蠣」が上がる町に「牡蠣小屋」が店開き始めたと聞きました。上がった「牡蠣」をコンロで焼いて食べさせてくれる簡単な造りの「牡蠣小屋」です。牡蠣漁も寒さに連れ本格化したと思われます。地元の牡蠣はスーパーなどに並ぶことは稀です。やはり広島産の牡蠣がパックに入って主流を占めています。たまに地元の牡蠣を売る店を覗くと、氷の上に袋詰めの牡蠣が一袋残っていました。数は少ないけれど、大きな牡蠣です。

 家に向かいながら、「牡蠣のリゾット」を思い浮かべていたのに、流しに向かった途端「牡蠣のパスタ」に心変わり。お米をパスタに変えるだけです。合わせるのは「銀杏」と擦りおろした「からすみ」をかけます。茹で上がったパスタを「牡蠣」を白ワインで蒸した小鍋に移して味を絡めました。一番美味しい「牡蠣」のジュースが小鍋の底に溜まっているのを十分にパスタに吸わせます。「牡蠣」は火を通しすぎないのが大事なポイントです。ふっくらとした「牡蠣」を口に入れるとまだ中のジュースが出て来るくらいが一番美味しい。

 「牡蠣グラタン」や「牡蠣ご飯」はどうも火を入れ過ぎてしまいます。「牡蠣フライ」は衣のせいでふっくら加減がわからずこれまた火を入れ過ぎます。春先まで「牡蠣」のシーズンが続きます。お値段もお安い地元の「牡蠣」冬の楽しみの一つです。


鯉のうま煮

2021年12月28日 | 昨日のお昼ご飯

曇、3度、64%

 小さい頃、父母に連れられて「鯉」を食べに行きました。海のお魚でさえあまり食べなかった食の細い子でした。そんな私が鯉のフルコースで一番好んだのは、「鯉のあらい」でした。薄く造られた鯉の生身を「酢味噌」で食べるのが好きでした。もう一つ、上海料理屋のコース料理のメインで出される「鯉のあんかけ」これがまたまた好きでした。「鯉のあんかけ」が出されるようなコース料理は大勢での祝い事の席や宴会の時です。いつもは1階の大部屋での食事がこの時は2階の個室です。上海からやって来た人たちが営んでいた当時は大きな中華料理屋でした。1階の厨房から持って上がってくる「鯉のあんかけ」だけが私が箸をつけるものでした。その頃はその魚が「鯉」だとは知りません。知ったのはずっと大きくなったからのことです。

 先日、北の街から贈り物が届きました。お野菜やお餅、有名な新米、その中に「鯉のうま煮」と書かれたパックを発見。「鯉」の一文字に目が留まります。もう長いこと「鯉」を食べたことがなかったのです。「鯉のあんかけ」の発祥地は中国の湖南省、香港にいた時はこの料理をよく食べました。でも「鯉」ではありませんでした。白身の川魚です。名前を忘れました。「松香魚」だったかな?値段の張る魚だったと思います。この料理は「時価」でメニューに載っています。私が好きなことを知っている主人は魚の大きさと値段を確認していつも頼んでくれました。一匹丸のままでも食べたいほど好きな料理です。でも、「鯉」ではありませんでした。

 「鯉のうま煮」年末のおご馳走となりました。パックから煮こごりはそっと別皿に取り出し、手のひらほどの大きさの筒切りの「鯉」は煮立てた酒と山椒数個、生姜1片の中で温めました。皿に盛ります。醤油と砂糖でしっかりと味のついた「鯉」です。「鯉」自体の匂いはしませんが、身を口に運び噛み締めて「鯉」を食べてると喜びに浸ります。ちょうど腹身の部分だったので内臓も脂も乗っていました。美味しかった。

 子供の頃に胃袋に刻まれた好きな食べ物はこうして半世紀経った今も私の好きなものです。贈り主の友人に「鯉」を好きだと話したことはありません。まさか彼女の住む街が「鯉」が有名だとも知りませんでした。お礼を書くと「癖がある魚ですが、真奈さんならお好きだと思って。」とお返事です。図星です。見事に私の好みを見抜いていらっしゃいます。こうして北国の「鯉」を数十年ぶりに食べることができました。


戻りカツオとルッコラ、ディル

2021年12月16日 | 昨日のお昼ご飯

曇、10度、68%

 魚屋のおじさんが「戻りカツオが脂がのって美味しいよ。」と店先で大声を張り上げています。12月でも「戻りカツオ」がやってくるのも温暖化からだそうです。お刺身用にさく取りされた「カツオ」を見ると美味しそう、今年は「カツオ」をあまり食べていませんでした。そこで皮付きでさくを1本売って貰いました。家に帰り、適当に串を刺してガスレンジで周りに火を通します。私のお手軽「カツオのたたき」です。いい具合に脂が乗っているので、ガスレンジを汚してしまいました。氷水で締めたら出来上がり。「たたき」は表面を殺菌して中は生です。考えられた調理法だといつも感心します。「カツオ」を食べれるようになったのは20代からでした。母の実家は高知県、母が帰省すると夕方には必ず「カツオのたたき」が海に面した隣町の魚屋から届きました。あの頃は一切れも食べられませんでした。「気持ちが悪い。」食べ物でした。

 焼きあがった「カツオ」を庭の「ルッコラ」「ディル」と合わせます。 「カツオのたたきサラダ」です。でも「ルッコラ」「ディル」を使うのには訳があります。私にとって「ルッコラ」も「ディル」も大事な薬味です。庭に「シソ」の葉がなくなるとお刺身の時には「ルッコラ」「ディル」が登場します。「ルッコラ」の苦味、「ディル」の清涼感は口の中を整えてくれます。「けし粒」「岩塩」を振って、オリーブオイルに浸して食べました。

 葉物野菜が好きではありません。一年中、庭にある「ハーブ」と呼ばれるものが私の野菜の主体です。寒さに向かい秋蒔きの「ハーブ」たちは根を張り、大きく育ちます。食べても食べても葉を茂らせてくれます。雪を払って「ハーブ」を摘むのも楽しみです。若かった頃は「カツオ」一匹、たたきにしていました。まだ日本を離れる前のことです。回遊魚の「カツオ」は香港に回ってくる頃にはすっかり脂が抜けて美味しくなかったなあと思い出します。お魚がますます美味しい季節を迎えます。魚屋の前を通るのが楽しみです。

 


とんかつ

2021年12月10日 | 昨日のお昼ご飯

雨、9度、60%

 油の中でジューッと気持ちの良い音を出して「とんかつ」が揚がりました。「とんかつ」独特の匂いが台所に広がります。

 私が育った家では「とんかつ」は外で食べるものでした。母が「とんかつ」を揚げているのを見たことがありません。行く店も決まっていました。子供の頃は「きやす 」というご夫婦でやっていた小さな店でした。私が学校で上京してからは母はやって来る度に「蓬莱亭」に「とんかつ」を食べに行きました。「とんかつ」によらず「すき焼き」も外で食べるものでした。

 結婚してこの何十年、私は外で「とんかつ」を食べたのは数えるほどしかないと思います。まだ料理もよくわからない、母が手本を見せてくれていないので「とんかつ」一つ、粉を付ける順番をよく間違えました。でも、「とんかつ」は難しい料理ではありません。「とんかつ」が揚がるのを見ながら「なぜ母はとんかつを家で作らなかったのかな?」と思います。思い出せば「ご飯」を炊いてもいつも硬さが違うような母でした。自分が「とんかつ」を作るようになって以来そんな母を疎ましく思います。

 揚げたての「とんかつ」に「米酢」をちょっと浸して食べるのが好きです。しっとりと湿るのが嫌なので、つけてはすぐに口に運びます。お酢の甘みが油、脂と合わさっていい相性です。そして口を忙しく動かしながらやっぱり考えています。「母は何故とんかつを作らなかったのかな?」サクッと口の中で「とんかつ」を噛むたびにこの思いがこみ上げてきます。


牡蠣とほうれん草のキッシュ

2021年12月02日 | 昨日のお昼ご飯

晴、7度、65%

 牡蠣のおいしい季節がやって来ました。今では年中食べられるそうですがやはり冬の牡蠣が一番と思います。スーパーの店頭のパック詰めされた牡蠣は小さいなあと、地元の牡蠣を売ってる店を見つけました。火を入れると小さくなる牡蠣と鰻は大きければ大きいほど嬉しい。

 小さなキッシュを作りました。15センチの型にさっと火を入れた牡蠣とほうれん草を並べます。牡蠣は一面に隙間なく詰めました。あっさりと湯がいただけの牡蠣を柑橘酢で食べるのもいいのですが、クリームやチーズと合わせると濃厚さが増します。炒めた時に出た牡蠣の汁も余さず卵汁(アパレイユ)に入れました。

  縮まずにふっくらとした牡蠣です。牡蠣がジューシーなままです。きのことの相性もいい牡蠣ですが、ほうれん草は彩りを添えてくれました。

 ちょっと贅沢なお昼ご飯、牡蠣の季節の幕開けです。


ピカピカのイワシ

2021年11月21日 | 昨日のお昼ご飯

晴、11度、62%

 「サンマ」が食べたいなと、魚屋さんに行きました。「サンマ」は数匹だけ、北海道から来た「サンマ」です。1匹、452円。「!!!」びっくりの値段です。しかも痩せっぽっちの「サンマ」です。私は2匹は食べます。こんな高い「サンマ」は買えません。横にある堂々と太った「サバ」は小ぶりな方が1580円、大きな方は2700円。なんでこんなに魚の値段が高くなったのかしら?到底手が出ません。隅っこのザル盛りにピカピカの「イワシ」がありました。10センチほどです。一山190円。ピカピカの光りとお値段で「イワシ」に決まりました。

 家に帰ってすぐに頭とお腹を外します。「イワシ」ですから、包丁を使わず簡単に手で取りました。 地元で上がった「イワシ」です。手には匂いが残りません。新鮮な証拠です。数えると9匹ありました。やや強めの火で両面焼きました。海の魚を焼くときには塩をしません。火が入るとほんのりと塩味がします。内臓と頭をとっただけの「イワシ」は焼いただけですが、尻尾の先まで食べることができます。腹骨も背骨も尻尾もいい味がしました。海からの贈り物です。

 もう少し大きくなると脂が乗り始めます。それもまた美味しいのですが、このほんの短い時期に出る小ぶりの「イワシ」の美味しさは若さの味です。

 光物の魚が普通に食べれた頃を懐かしく思います。大きなポリバケツの氷水をかき回して1匹100円の「サンマ」をたくさん買いました。焼くと台所が煙でモクモクになりました。あの頃は消費税もなかったなあと思い出します。「サンマ」が遠くになりました。「サバ」はもう少しすると値段が下がると期待しています。毎日のお惣菜のお魚はハレのお魚とは違います。あと1週間もすればこの小ぶりな「イワシ」は姿を消します。その前にもう一度食べておこう。