うめと愉快な仲間達

うめから始まった、我が家の猫模様。
犬好きな私は、チワワの夢を見ながら、
今日も癖が強めの猫達に振り回される。

ジャックナイフと狂犬

2022年03月28日 | カズコさんの事

そういえば、忘れていた。

夜中に外出する機会なんて、最近はめっきり減ったのだから、

せっかくなら、夜空くらい、見上げておけばよかった。

月が、どんなだったかくらい、見ておけばよかった。

 

おはようございます。

父さんからの電話は、10時過ぎだった。

「ちょっと来てくれ。ばばぁがどうにもならん」

そういう父さんも、まったくろれつが回っていなかった。

どうせまた、酔っぱらって夫婦喧嘩したのだろう。

そんなことくらい、夫婦でなんとかしてくれよ。

私は呼び出されるたび、そう思うけれど、

何も言わずに実家に駆け付ける。

昨夜は、寝巻のまま駆け付けた。

やっぱり、酔っぱらって夫婦喧嘩の収集が付かなかっただけだった。

老婆が、入れ歯も入れす、床に寝転がって、

「くそじじぃ、くぞじじぃ」と叫ぶ姿は、ある種の地獄絵図だ。

母を見下げて呆然と立ち尽くしたまま、窓の外に目をやると、

そこからは月は見えない代わりに、

窓ガラスに反射した自分の姿が映っていた。

「なかなか、シュールだな。」

そう呟いたら、一気に笑いがこみ上げてきて、

そこからは、笑いを堪えるのに必死になった。

 

人は、慣れる生き物だ。

こんなある種の地獄絵図だって、何度も見ていると慣れる。

そもそも、カズコという人は、そんな様も面白いのだ。

だから、どうってことはないが、

昨夜の私は、言葉が出せないまま、立ち尽くしていた。

どんな言葉を出せばいいか、考え過ぎて無言になってしまった。

どんな時でも何も言わず駆け付けるのは、父のためだ。

 

昭和の頑固おやじ。

ワンマン。

暴君。

いや、生真面目なジャックナイフだろうか。

父には、そんな異名がふさわしい。

ちなみに、母の異名は『狂犬』だ。

狂犬きく(三毛猫だけど)と被っている。

 

父は、几帳面で生真面目だ。

自分の道を決めたら、邪魔するものは切り裂いてでも、はみ出さず貫く。

決めた道が、破滅に向かう、はみ出した道であってもだ。

父は、そうやって生きてきた。

強そうな、いや強い男だ。

だから、その強さと同じくらいの弱さも隠れている。

最近は、隠してきた弱さが暴れ出している。

私は、そう感じている。

 

いつだったろうか。

母の認知症が顕著になってきた頃、私は、酔った父と大喧嘩をした。

昨夜みたいに、呼び出された夜だった。

「もっと、認知症の母さんを理解してあげないと!」

私は、そう言って父に認知症の本を叩きつけた。

その時、父はこう言った。

「俺の思い通りにならんのなら、

どいつもこいつも全員巻き込んで、もろとも破滅させてやる。」

その時、私はハッとした。

「なんちゅー、クソジジィだ!」

ほんと、なんというクソ発言なのだろうかと唖然とした。

同時に、父なりの苦悩を垣間見た気がした。

あれ以来、私は父への言葉に気を付けるようになった。

 

けれど、それは解決ではない。その場限りのただの緩和だ。

最近の父は、酷く酔っ払うと思い当たるところへ

電話をかけて暴言を吐くようになった。

朝になれば、嘘みたいに落ち着いている。

先日も、落ち着いた様子で、紙切れを出した。

「また、ババァが、こんなん買っちまったぞ。」

そこに書かれていたのは、

ふとんクリーニング代とラグマット購入で

合計363,000円の申し込み用紙だった。

 

私は、飲みかけのお茶を吹いた。

「まーた、やりやがったなー!」

悪徳業者、再び参上だ。

この業者は、数か月前に

ふかふかの高級マットを売りつけた野郎だ。

あの時、私が気付いた時には

すでにクーリングオフ期間を過ぎていた。

今回は、8日以内。

 

私は、今、この野郎と交渉をしている。

ただ、クーリングオフはしない。

申し込み用紙のサインは、父だからだ。

父も、のせられてサインをしているわけだ。

私は、その全てを否定したくない。

少なくとも、今の父を否定することは、したくないんだ。

今の父さんは、ボロボロに刃こぼれしたジャックナイフだ。

 

歯の抜け落ちた狂犬と、ボロボロのジャックナイフ。

どうせ、破滅するなら、華麗に愉快に破滅してほしい。

 

とはいえ、さすがに20万円のマットはキャンセルしたが、

ふとんクリーニングはキャンセルせず、奇麗にしてもらおうじゃないか

と思っている。

そのほうが、父さんも母さんも、気持ちよく布団を迎えられる。

 

ただ、ただねぇ。

「ちょっとお高くないです?

ねえ、ちょっと高すぎるよね?」

というわけで、今私は、業者の野郎に鬼の値切り交渉をしている。

適正価格まで、値切り続ける。

あの野郎も、私の電話を着信拒否せず、踏ん張っているもんだから、

これが案外、面白い!

 

さて、どうなるかね?

たれ蔵「母ちゃん、頑張って!」

 

どうせなら、笑っていたいもんな。

私は、父さんにも笑っててほしいんだ。

たれ蔵「じぃちゃんも、笑ってたもんね」

そうそう、今値切ってるからって言ったら、

「そういうとこ、お前、さすがだな」って笑ってたよね~。