私の住む部屋は、マンションの2階にあり、
毎日、階段を上り下りしなければ、
外出も帰宅も、かなわない。
本来ならば、無精な私にとっては面倒なはずだが、
その、膝に応える動作が、
実際、膝には応えるが、実はまんざらでもなかった。
数年前のある日、1階の部屋で暮らすお宅の奥さんが、
娘を嫁がせたら、代わりにネコが来ちゃったのと聞かせてくれた。
それ以来、毎日、
私が夕方帰宅のために、マンションの階段に着くと、
1階の部屋から会話がもれ聞こえて来るようになった。
会話の内容といっても、
しゃがれた声で、ニャーと鳴くたびに、
どうしたの?と答える、奥さんの穏やかな声がして、
このやり取りを何度も繰り返すだけの事だった。
しかし、それを聞きながら階段を歩いていると、
まるで温かな手で撫でられたような、安らかな気持ちになり、
それは、私にとって、とても心地の良いひと時だった。
その奥さんとは、顔を合わせれば、挨拶をする程度の付き合いだったが、
気さくに声を掛けてくれる、その顔は、いつも微笑みが溢れていた。
旦那さんの方は、タバコを吸うのは外でと決めているようで、
毎日のように、階段下の踊り場で出くわして、
その時ちょうど、奥さんとネコとの会話が聞こえてくると、
照れくさそうに笑っていた。
今年も、側に流れる小川の蛙が一斉に鳴き出した頃、
ネコと奥さんの声は、ある日を境に、ぱったりと聞こえなくなった。
蛙の鳴き声で、かき消されているのだろうかと思い、
注意深く耳を澄ましてみても、蛙の声だけが響いていた。
その数日後、マンションの掲示板に喪中の紙が貼られ、
私は、あの会話が聞こえなくなった訳を悟った。
旦那さんは、その後も
相変わらず、外でタバコを吸っていて、
顔を合わすたび、他愛もない言葉を交わした。
本当は、奥さんが可愛がっていたネコは、
今どうしているのかが気になっていたが、
それは聞けないまま、時は過ぎていった。
雨上がりの夕方、買い物袋を持ってマンションの前へ着くと、
珍しく、階段下の踊り場には旦那さんの姿はなかった。
やけに静かな踊り場に少し寂しさを感じながら、
階段を上ろうとした時、
微かにネコの鳴き声が聞こえた気がして、私は足を止めた。
買い物袋をそっと地面に置いて、耳を澄まして待っていたら、
今度は、はっきりと聞こえてきた。
それは、しゃがれた声で、ニャーっと鳴くたびに、
どうしたの?と答える、旦那さんの穏やかな声だった。
そのまましばらく、ぼーっと立っていたら、
吹き込んできた風に髪を撫ぜられ、はっとした私は、
いつしかネコと旦那さんの会話は終わっていて、
鈴虫の音が響いている事に気付いた。
おはようございます。
秋ですね。
我が家のネコ達も、それぞれの鳴き声を響かせるが、
何を言っているのだろう・・・
よねさんは?
「ビャァァ~」 訳:撫でれ~
ちょっとしゃがれた声で延々鳴き、どこかしら触るとピタッと止むんだよな。
あやさんは?
「ミヤオーーー」 訳:おばちゃん、遊んでーーー
滑舌がいいですね。
そして、よねより更に、声量と根気がある誰か助けて。
おきくさん?
「ニャー」 訳:おい、メス豚ー、早く首を持てー
声は、オーソドックスな猫らしい声ですが、
言ってる内容は、辛辣ですね。
うんこ、鳴いてみて?
「ピーピッピ」 訳:うんちゃん、かわいい
そうだな、小鳥のさえずりのようで、
確かに信じられん程、可愛い鳴き声だな。
「ピピピッキャッ」 訳:うんちゃん、めっちゃかわいい
出ました、キャッ。
最上級に自画自賛!
おい、おたま!
「おらは、鳴いたりしないずら」
うん、アレを鳴くとは言い難いもんな。
「フェッ」 翻訳不能
フェの意味を考えていて、はっとした私は、
鳴いてるネコを撮影すると、だいたいブレるという事に気付いた。