昨日は、
暖かな春の日、そのものだった。
おはようございます。
原っぱは一面、小さな花が咲いた。
私は意を決して、自動販売機で水を買った。
会社からの帰り道、私は時々、道を替える。
大通りがあまりに渋滞した時だけ、横道に逃げるのだ。
ある日、その道すがら、私は1頭の犬を見つけた。
人間みたいに大きな犬だ。
「あんな大きな犬、あたし、どうして今まで気が付かなかったの?」
その犬は、何年も繋ぎっぱなしになって来ただろう風貌だ。
ヨレヨレのボロボロ。
首輪も鎖も小屋も、全てがヨレヨレのボロボロだ。
家の方を呆然と眺める犬は、ろくに座る姿勢も取れていない。
後ろ足は曲がらなくなってしまったのか、正座のような有様だ。
まるで、絶望した老人に見える。
その日を境に、私は毎日、横道を通ることとなった。
数日、通る度、犬を見ていて、
今まで、犬に気が付かなかったのは、その犬がほとんどの時間、
小屋にも入れず、地べたにぺしゃんこになっていたからだということに気が付いた。
雨の日も、真冬みたいに寒い日も、彼は同じ場所でぺしゃんこになっている。
鎖は、1メートルあるかないかの短さだ。
半径1メートルだけの世界で、彼のぺしゃんこになっている場所だけが凹んでいた。
「なにか、なにかしないと。」
激しい雨の降る夕方、私はついに車を停車して彼の元へ歩いた。
傘を傾けると、ずぶ濡れの犬は頭をもたげて私を確認した。
「君、寒いだろう?名前、なんていうの?
あたしさ、君の名前、飼い主さんに聞いてみる。
ねえ、君の名前が聞けたらさ、もっと話そう。いっぱい話そう。約束。」
そう約束して、私は週末を待った。
この週末に、飼い主に接触を試みようと考えていた。
まず、少しでも環境を改善させる手伝いをさせてもらうよう、頼んでみよう。
その前に、私は彼の名前が知りたかった。
名前も知らない彼を、軽々しく撫ぜることが出来なかったからだ。
触れることは誓う時だ。
そして、週末がやって来た。
私は自動販売機で水を買った。
彼の名前が分かったら、まず水を飲ませてやろう。
おやつをあげてもいいかが聞けたら、という時ものめに
犬用のおやつも買った。
「今日は暑いくらいだから、喉が渇いているだろう。」
彼に気付いてから、彼の周りには、水飲み用の器さえなかったことが心配だったのだ。
「なんて言おうか・・・どう言おうか・・・」
飼い主への接触に、私はドキドキしながら、
ペットボトルの水を片手に持ったまま、彼の元へ向かった。
ところが、彼はいなかった。
前日、彼はピクリとも動かなかったが、
私は彼に声が掛けられなかった。
名前も知らないから、
どう呼べばいいのか分からなかったのだ。
「もしや、あの時とっくに、彼は…」
ヨレヨレでボロボロだった彼の居場所は、
やけに綺麗に片付けられていた。
まるで、犬なんて
始めっから居なかったみたいに綺麗だ。
でも、間違いなく、彼はいた。
私は、持っていた水のペットボトルを見て、
彼が間違いなくいたことを確かめた。
今更、彼はどうしたのかなんて、
飼い主に聞く気など起こらなかった。
名前も知らないくせに、そんなこと聞けない。
ただせめて、君の名前が知りたかった。
さぁ、あやとの約束は果たそう!
「明日は遊ぼう」って約束したもんな。
ある日、唐突に、
「この部屋まで、大型犬を抱えて来られるかしらん?」
と言った時のおじさんの顔を思い出して笑おうとしたけれど、
涙しか出なかった。
名前も知らない私が、泣く資格なんてないのにさ。