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小説『存在のすべてを』

2024年05月15日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

「罪の声」(2016年)でヒットを飛ばし、
映画化もされた塩田武士のミステリー。

序章で、ある誘拐事件が描かれる。
1991年、
神奈川県下で起こった「二児同時誘拐事件」
厚木市で、まず小学6年生が誘拐され、
2千万円の身代金が要求される。
続いて、横浜市で4歳の内藤亮が誘拐され、
1億円の身代金が要求される。
誘拐事件経験のある中澤洋一が
外国家族旅行から呼び戻され、
捜査に当たる。
二つの誘拐事件は同じ犯人で、
警察の警備体制の分散を狙ったらしい。
中澤は、2つ目の誘拐事件が本当の標的だった判断する。
会社経営者の亮の祖父が1億円を用意し、
犯人の指示で引きまわされ、
最終的に港の見える丘公園に金を置くが、
犯人は現れない。
小学生は倉庫で見つかり保護されるが、
4歳児は、ついに行方が分からなかった

その3年後
祖父の邸宅に亮が現れ、
保護される。
7歳の成長した姿で。

この序章は、緊迫感があり、
なかなかいい。

事件から30年後
中澤の葬儀の後、
事件当時警察担当だった新聞記者の門田次郎は、
30年前、事件を担当した刑事たちから、
ある写真週刊誌を見せられる。
最近、人気が出ている
画家の如月脩(きさらぎ・しゅう) が、
30年前の誘拐事件の被害者だというのだ。

内藤亮は画家になっていた。
現場付近で目撃された
野本雅彦の弟・貴彦も画家だった。
これは何を意味するのか。

亮の失われた3年間に対する門田の捜索が始まる。
それは、時効後も、定年退職後も、
事件を追っていた中澤に対する追悼の行為でもあった。

中澤の捜査ノートに基づく門田の捜査と並行して、
野本貴彦の足跡、
亮の同級生で、亮に恋心を抱く土屋里穂の亮との関わりが描かれる。
里穂は、画廊経営者の娘。
野本貴彦も如月脩も
写実絵画の画家であったという共通点も出て来る。
ホキ美術館を彷彿とさせる写実画美術館の館長や
画廊のオーナーや北海道の実業家時など
多彩な人物が登場する。

空白の3年間を埋めようと、全国を旅する門田の動きがスリリング。
滋賀、京都、北海道と追跡は続く。
その捜査の際、
野本貴彦の残した写実風景画が重要な役割を果たす。
その風景画と同じ場所を辿るからだ。

野本貴彦の部分で、
現在の日本画壇の俗物性が描かれる。
ヒェラルキーが出来ており、
上の教授の意向で個展が中止される。
絵の良し悪しではなく、
教授の個人的思惑が優先される。

百貨店の個展で、
売れた代金の取り分は百貨店が4、
画廊が4で、画家には2割しか渡らない、
というのは初めて知った。
10万円の絵が売れても、
画家に入るのは2万円。

亮が4歳から7歳までの3年間、
どこで、どう暮らしていたのか。
無事に祖父のもとに帰り、
3年間、丁寧な育児の痕跡があったのはなぜなのか。
どうして、亮は3年間のことを
一切語ろうとしないのか。

門田の辿る捜査で判明したピースが
ある一点で一つの絵に見えて来る。
そして、最終段階で、
誘拐事件と3年間の真実が明らかになる。

入り組んだ、重層的な話だが、
最後は行き着くところに行き着く。
読後感は大変いい

ある人物によって、
次のように語られる。
「これから世の中がもっと便利になって、楽ちんになる。
そうすると、わざわざ行ったり触ったりしなくても、
何でも自分の思い通りになると
勘違いする人が増えると思うんだ。
だからこそ『存在』が大事なんだ。
世界から『存在』が失われていくとき、
必ず写実の絵が求められる。
それは絵の話だけじゃなくて、
考え方、生き方の問題だから」
これが題名の「存在のすべて」の由来だが、
分かったようで分からない。
もう少し良い題名はなかったものか。

「罪の声」同様、映画化かドラマ化されるのではないか。

写実絵画とは、↓のようなもの。

写真ではありません。

昔、肖像画や風景画で力を発揮した絵画は、
写真の発明によって、その使命を終えたようにる見えるが、
写実画を見ると、
新たな発見が生れる。
写真と違い、対象の内面まで表現できるからだ。

464ページの大部だが、すらすらと読める、
読み応えのある一冊。
2024年本屋大賞第3位

写実画を扱った小説に、
映画監督の岩井俊二の書いた「零の晩夏」があり、
本ブログの「1」で取り上げた。



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