[書籍紹介]
主人公は松尾純一郎、57歳。
大手ゼネコンを早期退職し、
退職金をつぎ込んだ喫茶店を半年で潰し、
現在無職。
再就職先を探しているが、
それほど切羽詰まっているわけではない。
当面の問題は、
妻の亜希子が家を出て、
大学生の娘・亜里砂が暮らすアパートに移り住んで約半年、
つまり、現在は別居中で、
離婚の危機が迫る。
その松尾純一郎、
ふらりと入った喫茶店で、
コーヒーとタマゴサンドを味わい、
せっかくだからもう一軒と歩きながら思いついたのが、
「趣味は喫茶店、それも純喫茶巡り」。
というわけで、呑気な中年男の喫茶店巡りの日々を描く。
「一月 正午の東銀座」
「二月 午後二時の新橋」
と、月と刻限と場所が違う12の章で成り立つ。
つまり、1月から12月までの一年間。
場所も東銀座、新橋、学芸大前、アメ横、渋谷、
谷中、新橋(2度目)、赤羽、池袋、京都、淡路町と、
京都を除き、東京都内の各所を徘徊する。
離婚した前妻の小料理屋に友人に連れられて行ったり、
未来を嘱望されながら、
純一郎と共に早期退職に応じた友人の移住先を訪ねたりする。
順調そうに見える友人の老後も、やはり苦いものだった。
また、喫茶店学校で一緒だった若い女性の店を手伝ったりする。
娘にも時々会う。
喫茶店経営時にアルバイトで雇っていた青年と
娘が付き合っていることを知って、やきもきしたりする。
その娘や妻や別れた前妻や友人に言われるのは、
「あなたは何も分かっていない」という言葉。
自分の置かれた環境がどれほど恵まれているか分かっていない、
ということらしいが、純一郎には、その自覚がない。
メインは、喫茶店で出される料理の数々。
オムレツやナポリタンやトーストセットやフルーツサンドや・・・
もちろんコーヒーの味にも言及する。
実在の喫茶店を彷彿とさせるが、
その店舗名を明かしていない。
本当は明かしてほしかった。
最後は妻と離婚し、財産を分け、
良い物件を見つけて、
そこそこ食べていけるだけの小さな喫茶店を始め、
店の奥で寝起きする。
なるほど幸せな人生だ。
私も学生の頃は喫茶店によく行った。
レポートや原稿書きで
何軒も梯子した。
なぜか喫茶店だと筆が進む。
まだ、ドトールが出現する前で、
スタバなど影も形もない時代。
マクドナルドもなく、
コンビニのコーヒーなんてあるばずがない。
私は酒を飲まないので、
人との会合はもっぱら喫茶店で、
友人と長話をしたり、
一人でのんびり書き物をする場所だった。
食事をするのもいいし、
モーニングも幸福だ。
トースト食べ放題の店もあった。
皿が空くとトーストを持って来てくれて、
もう要らないと断ると、
皿を持って行ってしまうシステム。
どの喫茶店も大体2時間が限度だった。
今は、喫茶店でゆっくり、という想念そのものが自分にはない。
家でコーヒーメーカーで飲むのが至福の時間。
この本を読んで、久しぶりに純喫茶巡りをしてみようかな、
などという気持ちになった。
仕事を終えた男の老後の生き方の一つが描かれた小説。
この原田ひ香という作家、初読みだが、
何だか切り口がユニークな気がする。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます