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歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪囲碁の死活~加藤正夫氏の場合≫

2025-06-01 18:00:02 | 囲碁の話
≪囲碁の死活~加藤正夫氏の場合≫
(2025年6月1日)

【はじめに】


 今回のブログでは、引き続き、囲碁の死活について、次の著作を参考にして考えてみたい。
〇加藤正夫『新・木谷道場入門第8巻 死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]
 加藤正夫名誉王座(1947-2004)は、木谷實門下の石田芳夫・武宮正樹とともに「木谷三羽烏」「黄金トリオ」と呼ばれ、数々のタイトルを獲得した。若い頃は力ずくで大石を仕留める豪腕から「殺し屋」のニックネームがあった。棋風とは裏腹に穏和で面倒見の良い人柄で人望が厚かったといわれる。
(2004年には日本棋院理事長に就任されたが、その年の暮れに脳梗塞に倒れられ、死去)
 現在、「囲碁フォーカス」で講師を務められている吉原由香里さんも弟子である。

 さて、本書は、その木谷門下の兄弟子春山勇九段の全面的な協力のもと、編集された本である。
 死活と攻め合い(「攻合い」と表記)について、次のように言われている点は至言であろう。
 死活の結論は活きる、死ぬ、コウの三つ。
 攻合いのほうは勝つ、負ける、コウの三つ。
 似ているようだけれど、実は両者は質が違う。
 死活は「眼形」をめぐっての争いであり、攻合いは「ダメつめ」の競争である。
(48頁)

 本書の特徴は、目次をみてもわかるように、囲碁格言を重視して、そのもとに編集されている。
 本日、2025年6月1日(日)の「囲碁フォーカス」においても、「覚えて得する囲碁格言」として、吉原由香里先生は、布石のおすすめとして、「一にアキ隅、二にシマリ・カカリ、三にヒラキ」という格言を挙げ、アシスタントの文ちゃん、こと徐文燕さんは「敵の急所は我が急所」という格言をモットーとしているという。

【加藤正夫氏のプロフィール】
・1947(昭和22)年3月生まれ。福岡県出身。
・1959(昭和34)年木谷實九段に入門。1964(昭和39)年入段。
・1967(昭和42)年四段で第23期本因坊戦リーグ入りを達成。1969(昭和44)年(五段)には本因坊挑戦者となって、碁界の注目をあびた。
・1976(昭和51)年碁聖戦(第1期)で初タイトル。同年十段。
・1977(昭和52)年本因坊(第32期、剱正と号す)。その後、名人、天元、王座等を獲得。
・2002(平成14)年第57期本因坊獲得(本因坊剱正と号す)。
・2004(平成16)年6月日本棋院理事長に就任。
※棋風:碁は厚く、それをバックに攻めて圧倒していくタイプ。



【加藤正夫『新・木谷道場入門第8巻 死活と攻合い』(河出書房新社)はこちらから】






〇加藤正夫『新・木谷道場入門第8巻 死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]

本書の目次は次のようになっている。
【目次】
はしがき
第1章 目で解く死活48型
 六死八活
 そのままで活きている型1
 そのままで活きている型2
 そのままで死んでいる型1
 そのままで死んでいる型2
 白先活きの型1
 白先活きの型2
 白先活きの型3
 白先活きの型4
 黒先白死の型1
 黒先白死の型2
黒先白死の型3
 黒先白死の型4
黒先白死の型5
 黒先白死の型6
 黒先コウの型1
 黒先コウの型2

第2章 格言―死活と攻合い
 1死活の原理
   広さの死活
   急所の死活
   条件の死活
 2攻合いの原理
   手数の多いほうが勝つ
   外ダメからつめる
   一眼の威力
 1 死はハネにあり
 2 2ノ一に妙手あり
 3 隅にひそむ生死の魔術
 4 敵の急所はわが急所
 5 ハネ一本で活きる
 6 同形は中央に手あり
 7 第一線に筋あり
 8 利き筋をさがせ
 9 手順ひとつで生死のちがい
 10 捨て石に妙あり
 11 ダメは外からつめよ
 12 眼あり眼なしはカラの攻合い
 13 両バネ一手のび
 14 手数をのばす切り一本
 15 しぼって勝つ
 16 五目ナカデは八手なり
 17 攻合いのコウは最後に取れ
 18 ダメのつまりは身のつまり

第3章 死活・攻合い100題
 死はふところをせばめよ1
 死はふところをせばめよ2
 死はふところをせばめよ3
 2ノ一に妙手あり1
 2ノ一に妙手あり2
 隅にひそむ生死の魔術1
 隅にひそむ生死の魔術2
 敵の急所はわが急所
 ハネ一本で活きる
 同形は中央に手あり
 第一線に筋あり1
 第一線に筋あり2
 第一線に筋あり3
 利き筋をさがせ
 手順ひとつで生死のちがい1  
 手順ひとつで生死のちがい2 
 手順ひとつで生死のちがい3 
 捨て石に妙あり1
 捨て石に妙あり2
 捨て石に妙あり3
 ダメは外からつめよ
 眼あり眼なしはカラの攻合い
 両バネ一手のび
 手数をのばす切り一本
 しぼって勝つ1
 しぼって勝つ2
 しぼって勝つ3
 五目ナカデは八手なり
 攻合いのコウは最後に取れ
 ダメのつまりは身のつまり1
 ダメのつまりは身のつまり2
 ダメのつまりは身のつまり3
 応用問題1
 応用問題2
 「隅の曲り四目」は死
 「長正」とは?
 研究課題―一合マスはコウと知れ
 私の玉砕譜―木谷實先生との五子局




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・氏のプロフィール
・木谷道場について(春山勇)
・加藤正夫『死活と攻合い』のはしがき
・第1章 目で解く死活48型
・第1章 そのままで活きている型2
・第1章 黒先白死の型2
・第1章 黒先白死の型3

・第2章 格言―死活と攻合い
・第2章 2攻合いの原理
・第2章 8 利き筋をさがせ
・第2章 11 ダメは外からつめよ
・第2章 13 両バネ一手のび
・第2章 15 しぼって勝つ
・第2章 18 ダメのつまりは身のつまり

・第3章 死活・攻合い100題
・第3章 2ノ一に妙手あり1
・第3章 隅にひそむ生死の魔術1
・第3章 敵の急所はわが急所
・第3章 第一線に筋あり2
・第3章 利き筋をさがせ
・第3章 ダメは外からつめよ
・第3章 しぼって勝つ3
・第3章 五目ナカデは八手なり
・第3章 攻合いのコウは最後に取れ
・第3章 ダメのつまりは身のつまり2
・第3章 ダメのつまりは身のつまり3
・私(加藤正夫)の玉砕譜~木谷實先生との五子局

・【補足】藤沢秀行vs加藤正夫の棋譜~藤沢秀行『勝負と芸』より







木谷道場について(春山勇)


木谷実九段(1909~75年)は、昭和の囲碁界に新風を吹き込み、呉清源のライバルとして数々の名勝負を残している。
 かたわら、各地での巡業指導碁大会で見出した有望な子どもたちを住み込みの内弟子に取り、その数は50余名にのぼる。
 神奈川県平塚市、東京都四ツ谷の住いは木谷道場と呼ばれた。
 大竹英雄、加藤正夫、石田芳夫、武宮正樹、小林光一、趙治勲、小林覚など多くの名棋士を育てた名伯楽である。
(春山勇九段は、加藤の兄弟子だという)

※本シリーズは、1973~74年に刊行された木谷道場入門上級篇全6巻(石田・加藤・武宮著、編集協力=田村竜騎兵・堀田護)を改訂し、新たに小林覚、趙治勲、編集協力に小堀啓爾、甘竹潤二の参加を得て、全10巻としたものである。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、2頁)

≪囲碁の死活~プロローグ≫として掲載 2025年4月12日

加藤正夫『死活と攻合い』のはしがき


「はしがき」
・アマの打つ碁の醍醐味は、中盤戦のキッタハッタにある。
 倒すか倒されるかのスリルある攻合いや石の死活が、直接に勝負に関係することが多い。
 極端なことを言えば、布石やヨセなどは同じ程度の相手なら大差はない。
 また、布石やヨセが勝負に関係してくるのは、アマでもトップレベルの人たちである。
・この8巻では、実戦に活用しやすい形や手筋、それに基礎的な死活やヨミの土台をある程度分類し、組織的に実戦への応用ができるよう工夫したそうだ。
 時間をかけて読みきれば、それだけの棋力向上の効果は保証できるという。

・死活と攻合いにおいて、まず石の「形」を見て、ぱっと活き死、勝ち負けの見当がつかなければならない。
 第一章では、「目で解く死活48型」をもとに、この「形」を見極める訓練をしてほしい。
 「形」の次に重要なことは、「筋」である。
 第二章では、格言を手がかりに、死活・攻合いの「筋道」を分りやすく説明した。
 第三章の練習問題は、第二章の知識を自分のものにするためのものである。
・じっくりとあるいは気軽に、自分にあったペースで問題に取り組んでみてほしい。
 学んだことが実戦で活用できたら、うれしいかぎりである。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、3頁~4頁)

第1章 目で解く死活48型


・活きている石なのにわざわざ手を入れたり、死んでいるのに活きようとしたり、やって行けば殺せるかコウになるのに気づかなかったり、実戦での死活はアマの盲点であり、弱点でもある。
・専門棋士が石の形を見ただけでその死活がわかるのは、基本的な死活の型が頭の中に整理されているからである。
 勿論、アマの人に専門棋士並みの力を要求するつもりはないが、少なくとも、実戦で隅に現われやすいやさしい死活の型くらいは、頭に入れてほしい。
 実戦での戦力は倍増する。

・そこで、第1章では、「目で解く死活48型」を、五つの型に分類し集めてみたという。
 どれも実戦によく出てくる型ばかりである。
 それぞれが問題形式になっているので、すべて1分以内に解いてほしい。
 なお、48型は黒から見た立場、すなわち白が被告の立場に立った型である。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、8頁)

第1章 そのままで活きている型2


第1章 そのままで活きている型2
【4型】ダメヅマリ(3~4級)
・白はダメヅマリのいやな形である。
 このダメヅマリが命とりになるかならないか、そこをよく見極めてほしい。

【4型 解答】
【1図】
・黒1とハネてくれるなら簡単。
・白2で活き。
※しかし、黒からもっときびしい手が用意されている。

【2図】(正解)
・黒1と急所に打ち込み、白2のあと3とハネる手。
・しかし、白4の好手がのこされているので活き。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、15頁~16頁)

第1章 黒先白死の型2


第1章 黒先白死の型2
【28型】欠陥をとがめる(5~6級)
・白は一見、「曲り四目」で活きのようである。
 ところが、白には思わぬ欠陥があった。
 黒はその欠陥をとがめなければならない。

【28型 解答】
【1図】(正解)
・黒1、3が関連した手筋。
・とくに、黒3は白のダメヅマリをうまく攻めた気がつきにくい妙手。

【2図】
・妙手といっても、手順をまちがえて黒1とサガるのでは、白2と活きられ大悪手になってしまう。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、31頁~32頁)

第1章 黒先白死の型3


第1章 黒先白死の型3
【33型】死活の原則(3~4級)
・実戦だと「曲り四目」の白活きと早合点しそうである。
 死活の原則は外側から攻めて、ふところをせばめることである。

【1図】(正解)
・黒1のハネが白のふところをせばめる手になり、白2とオサエたら黒3と眼形の急所に打ってとどめをさす。
※白2で3は黒aで白死。

【2図】
・黒1といきなり行っても、こんどは白から2とふところを広げられ活きられる。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、33頁~34頁)

第2章 格言―死活と攻合い


・碁にはたくさんの格言がある。
 中には「どうかな」と首をひねりたくなるものや、かえって有害じゃないかと思われるものもあるが、手筋を簡潔に表現して、考え方のヒントを提供してくれるものが多い。
 この章では、まず死活と攻合いの原則について述べ、それぞれに関する格言を選んで、解説を加えてみた。

・死活の結論は活きる、死ぬ、コウの三つ。
 攻合いのほうは勝つ、負ける、コウの三つ。
 似ているようだけれど、実は両者は質が違う。
 死活は「眼形」をめぐっての争いであり、攻合いは「ダメつめ」の競争である。
 しかし、「敵の急所はわが急所」とか、「2ノ一に妙手あり」とか、どちらにも応用できるが少なくない。
 もちろん、最後に物をいうのは読みの力である。
 よく読んで結果をたしかめ、自信をもって石をおろす。
 ただ考える過程で、格言を手助けに活用するのは、けっしてムダなことではないだろう。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、48頁)


攻合いの原理


2 攻合いの原理
・攻合いは、食うか食われるか、戦闘における極限の状態である。
 手筋の現われ方はさまざまであるが、原理はそうむずかしいものではないそうだ。

〇手数の多いほうが勝つ
・攻合いの勝敗は、双方の手数によって決まる。
 かならず「手数の多いほうが勝つ」のである。
 これが唯一の原則である。他はつけたしにすぎない。

・手数を正確に数えることが大切。
 見かけのダメでなく、正味のダメを数える。

【1図】
・白、黒それぞれを取りきるのに、何手かかるか?
 見かけのダメは白が二つ、黒が三つであるが、正味のダメはもっとたくさんある。

【2図】
・白を取るために、黒は、A、B、Cのツギを打たなくてはならない。
 それからようやくDのダメをつめ、黒Eと五手で取りきる。

【3図】
・黒を取るにも、白はA、Cの二手をよけいにかかり、打ち上げるのに五手を要する。
※たがいに五手ずつの同手数、したがって1図の攻合いは、「早い者勝ち」というわけである。
 双方が誤りなく打てば、正味の手数の多いほうが勝つ。
手数が同じなら、先に打ったほうが勝つ。
 攻合いとは、そういうものである。
 だから、攻合いの形になった瞬間に、実はもう勝負はついているので、ダメをつめ合うのは、確認のための手続きにすぎないという。
 しいてつけ加えれば、「幹と枝とを区別せよ」ということ。
 幹とは直接に攻合っているカナメの石は、枝とはそれに付属している石をいう。
 どれが幹でどれが枝か、注意深く判別して、もちろん幹を攻めなくてはならない。

【4図】
・黒先でどう打つか?
 問題として出されれば、おそらく失敗する人はいないだろう。
 しかし実戦だと、こんな簡単な形でも、うっかりする。

【5図】
・アタリに目がくらんで、つい黒1と打ってしまう。
・白4とつめられ、黒の四子は取られである。
※石数は多くとも、右側の白五子は枝なので、これでは枝を取って幹を取られてしまった。

【6図】
・当然黒1と、幹である白三子のダメをつめるべきである。
・白2、黒3まで、これなら幹と枝とがいっしょに取れる。
※なお、黒1のあと、白Aなら、黒3、白B、黒Cでやはり白全滅である。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、58頁~59頁)

第2章 格言―死活と攻合い8 利き筋をさがせ


・原理の第三にあげた「条件の死活」、あれがそのままこの格言。
 活きるだけの広さがないとき、活きるための急所が見つからないとき、どこかに「利きはないか」とさがしてみる。
 部分だけで活路が得られなければ、周囲の自軍に応援をたのむほかない。
・利き筋を発見するのは、対局者の力である。
 強ければ強いほど、多くの利き筋を発見でき、利用できる。
 置碁で白石が容易に死なないのは、利き筋を見る力に差があるからである。

【1図】
・隅の黒は、この部分だけでは活きられない。
 しかし左側に友軍がある。
・どんな利き筋があるだろうか。

【2図】
・黒1のサガリが利いている。
・白2とナカデを打ってくれば、黒3とツケる筋がある。
・これに対し―

【3図】
・白4とアテても黒5とサガれるのが前図1の効果で、白は9までと活かすか、4または6で9とツイで黒7とワタらせるか、殺しは断念せざるを得ない。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、90頁)

第2章 格言―死活と攻合い11 ダメは外からつめよ


・攻合いの原理、というより、攻合いのテクニックの第一課である。
・攻合いはダメの多いほう、手数の長いほうが勝つ。
 この大原則も、たがいに正しく攻合ったときにだけ通用するので、理に合わぬつめ方をすれば、勝つものも負けになってしまう。
 内ダメのある形では、かならず外ダメからつめるようにしよう。
 内ダメを先につめるのは、そうしないと眼あり眼なしになるといった、特殊の場合だけである。
【1図】
・ダメはどちらも四つずつ。
・先に打ったほうが勝つ。
・しかし白から打つには、内ダメを打たぬように注意しなければならない。

【2図】
・白1、さらに3、5と、外ダメさえつめていれば勝ちになる。

【3図】
・それを白1と、内ダメを先につめたとすれば、ただちに逆転してしまう。
・白1と打ったとたんに、白は三手、黒も三手。
・今度は黒の手番だから黒の勝ち。
※なお黒から打つには、どうつめてもおなじ。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、100頁)

第2章 格言―死活と攻合い13 両バネ一手のび


・この格言には説明がいりそう。
 「両バネ」は両側へのハネ、「一手のび」は手数が一手のびることをいうのであるが、まあ図をごらん願おう。
【1図】
・この白を取るのに、何手かかるか。
・「バカにするな、三手に決まっている」―そう、その通り。

【2図】
・ではこれはどうだろう。
・左右に白のハネが加わっている。
 取るのに何手かかるか。正解は「四手」である。

【3図】
・黒1と打ったとする。
・このとき、白は相手にならないのが大切。
・相手をせずに手を抜いていれば―

【4図】
・黒2と取ってからでないと、あとがつめられない。
・黒3、4と、打ちあげるには四手かかる。

【5図】
・この1とツケてもおなじこと。
・四手かかるのを確認していただこう。

※ハネが両側に利くと、手数が一手のびる。
 知っておくと実に便利である。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、106頁)

第2章 格言―死活と攻合い15 しぼって勝つ


・「しぼり」はあらゆる場面に通用するテクニック。
 しぼって形を整え、しめつけて外勢を張ったりする。
・攻合いにおけるしぼりは、早く手数をつめる働きをする。
 「しぼって勝つ」のは、もっとも気分のいい勝ち方である。
 しぼりの基本形をおぼえておこう。

【1図】
・黒二子と白三子の攻合いで、黒の手番。
 どう打てば勝てるか。

【2図】
・平凡な黒1では、白2とツガれて一手負け。
※ほかのどこに打っても、白に2の点をツガせては勝てない。
・そこで―

【3図】
・黒1とハネこむ以外にないのがわかる。
・白2と切らせ、黒3がうまい手。
・白4の抜きに黒5とツゲば、黒の一手勝ちになっている。
※黒は三手、白はどう打っても、三手以上にはのびない。

【4図】
・せっかく1とハネこんでも、白2に黒3とアテてはなんにもならない。
・白4と抜かれ―

【5図】
・黒5、白6で負けに逆戻り。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、110頁)

第2章 格言―死活と攻合い18 ダメのつまりは身のつまり


・ダメヅマリのこわさ、おそろしさについては、いままでにいやというほど例が出てきた。
 あらためて説くまでもないが、格言をしめくくる意味で、ダメヅマリの顕著な図をいくつか示しておく。
・ダメヅマリは本当におそろしい。くれぐれも用心してほしい。

【1図】
・白先で活きがある。
・取られている二子を利用してしめつける筋、といえば、初級向きの問題だろう。

【2図】
・右辺に白のマガリと黒のオサエが加わった。
 これだと白に活きがない。わかるだろうか。

【3図】
・1図の白を活きるには、白1とツケればいい。
・以下―

【4図】
・白5まで、隅の「六活」

【5図】
・ところが2図のほうは、白1のツケに黒2とハネる反発がある。
・白3のアテには黒4とツギ、白はアッという。
※なんの関係もないようなマガリ、オサエの交換が、白をダメヅマリにし、自らの活路を奪ったのである。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、120頁)

第3章 死活・攻合い100題


・第2章では死活・攻合いの常識を「格言」を手助けに解説してきた。
・そこで、この章では「格言」をヒントに練習問題100を選んで出題した。
 どれも実戦に出てくるの上に形ばかりである。
・死活・攻合いは、一手でもユルミのある手があっては負けてしまう。
 やさしそうに見えても、落し穴がいくつもある。 
 手筋のヒラメキの上に、深い読みが要求される。
 このヒラメキと深い読みの訓練をしっかりしておくと、実戦で大きな力となってあらわれる。
・そこで、一題一題じっくり時間をかけて解いてみるのもよし、わからなかったらどんどん解答を見て何回もくりかえし読むのもよし、自分にいちばんあった方法で問題にぶつかってほしい。
 原則として、各問題の制限時間は5分。5分で正解を得られた場合のあなたの棋力は、それぞれの問題に記されている。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、130頁)

2ノ一に妙手あり1


【11題 ハネ石の活用】
【黒先】(初段)
・どう打ってもコウを免れないように思えるが、黒はハネ石をうまく活用すると、白を無条件で取ることができる。

▶【11題・解答】(黒先勝ち)
【1図】
・黒の六子と白の四子の攻合い。
・黒1と単純に外ダメをつめるのは、白2以下6までコウになり失敗。
※黒3でaは白3でやはりコウになる。

【2図】(正解)
・黒1と2ノ一にマガるのがちょっと気がつきにくい手。
※黒一手勝ち。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、137頁~138頁)

隅にひそむ生死の魔術1


【18題 コウでは失敗】
【黒先】(1~2級)
・黒先で白の四子をコウにされないように取ってほしい。
・白も一目ポン抜いて強い形をしているので、簡単に考えると失敗する。

▶【18題・解答】(黒先白死)
【1図】
・黒1とハネたのは少々軽率だった。
・白2と放りこむ手が成立し、白4までコウにもち込まれてしまった。

【2図】(正解)
・黒1と沈着にサガるのが正解。
・白2には黒3とハネて、白は押す手なしとなった。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、141頁~142頁)

敵の急所はわが急所


【24題 非凡な手】
【黒先】(3~4級)
・黒から平凡にaとコスむのは、正解を得られない。
 そこで、非凡な手が要求されるわけである。

▶【24題・解答】(黒先白死)
【1図】
・黒1のハネは白2、4で白に活きられてしまう。
※なお、黒aは白bで手にならない。

【2図】(正解)
・黒1と2ノ一にツケるのが非凡な着想。
・白2、黒3とハネてコウ。
※白2でaは、黒2、白b、黒cで白死。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、145頁~146頁)

第一線に筋あり2


【34題 大家の見損じ】
【黒先】(初段)
・この形はむかし、ある大家が見損じしたもの。
・どこか見破ってほしい。
 意外なところに落し穴がある。

▶【24題・解答】(黒先白死)
【1図】
・黒1、3と露骨に攻めると、白4のアテのあと6のオサエる手が好手。
※そのあと黒aは、白bで動けない。

【2図】(正解)
・黒1が3の切りと2の切りを狙った鋭い筋。
・白2とツゲば、黒3と切り5まで白は押す手なしの死。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、153頁~154頁)

利き筋をさがせ


【42題 残された道】
【白先】(2段以上)
・白a、黒bとなっては、白は二眼できない。
 といって、ワタることも不可能となれば、残された道は……。

▶【42題・解答】(白先活き)
【1図】(正解)
・白1が唯一の命の綱。
・黒2は強い手であるが、白3と一子を取り、黒4のアテには白5とアテ返し―

【2図】
・前図の続きで、黒6と取れば白7で活き。
※黒aとくれば白bでcの切りが生じる。
※実戦で読み切ればアマ高段者。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、157頁~158頁)

ダメは外からつめよ


【60題 決まり】
【黒先】(3~4級)
・要はダメをひとつずつつめるということであるが、そのダメのつめ方にも決まりというものがある。

▶【60題・解答】(黒先セキ)
【1図】(正解)
・攻合いの原則は外ダメからつめること。
・黒は原則どおり打って、セキ活きとなった。

【2図】
・どこのダメをつめても同じことと、功をあせって内ダメからつめると、白8までで黒は取られてしまう。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、171頁~172頁)

しぼって勝つ3


【78題 黒四子を急襲】
【白先】(2段以上)
・白は右下隅の二子が弱い形。
 そうかといって、左方の白四子もダメがわずか四手しかなく頼りない形。
 一気に黒四子を急襲して攻め切るより手段はない。

▶【78題・解答】(白先勝ち)
【1図】
・白1は一見筋のようであるが、ぬるい手といえる。
・黒4と打たれ攻合い負け。

【2図】(正解)白9(3)、白10(5)
・白1の割込みが鋭い狙い。
・黒2のアテには、すかさず白3と切るのがきびしい手となり、以下11まで白四子が助かる。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、183頁~184頁)

しぼって勝つ3


【79題 頑張り切る手】
【白先】(2段以上)
・一見、白四子は攻合い負けのように思える。
・ところが、ギリギリのかかとで頑張り切ってしのいでしまう手がある。
・一手のユルミも許されない。

▶【79題・解答】(白先勝ち)
【1図】
・白1のアテは当然の一手。
・そのあと黒2のツギに白3は黒4と切られて失敗。

【2図】(正解)
・白1のあと、3のハネが関連した手筋。
・黒4、6と白の一子を取っても、白7まで攻合い白一手勝ち。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、183頁~184頁)

五目ナカデは八手なり


【81題 急ぎのポイント】
【白先】(初段)
・いま黒が黒▲に置いたところ。
・白は急いで打たなければならないポイントがある。
 その変化も読み切ってほしい。

▶【81題・解答】(白先勝ち)
【1図】(正解)
・白1が要点で、五目ナカデの形になった。
・一本道で白の一手勝ち。

【2図】
・白1は失敗。
・黒2とつめられ、黒の一手勝ち。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、185頁~186頁)

攻合いのコウは最後に取れ


【83題 やさしい問題】
【黒先】(5~6級)
・問題として考えればやさしいのであるが、実戦ではこの形でも同じようなミスをする人が多いようだ。

▶【83題・解答】(黒先勝ち)
【1図】
・実戦だと黒1とコウを取る人が多い。
・白2以下、6で白のコウ取り番。黒の失敗。

【2図】(正解)
・黒1、3とダメをつめ、最後にコウを取る。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、187頁~188頁)

攻合いのコウは最後に取れ


【85題 単純】
【白先】(3~4級)
・ごく単純な攻合い。
 ただし、コウがついているので、この処理をまちがえると、とんでもない結果になる。

▶【85題・解答】(白先勝ち)
【1図】
・これも、白1といきなりコウ取りでは、黒は8でコウの取り番になってしまう。

【2図】(正解)
・原則どおり外ダメをつめ最後にコウを取る。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、187頁~188頁)

ダメのつまりは身のつまり2


【91題 薄みをつく】
【黒先】(初段)
・白の薄みをじょうずについて、コウに持ち込めば大成功。
・aはbで、なにもない。

▶【91題・解答】(黒先コウ)
【1図】
・黒1のあと3が失着。
・このあと白aに黒bとコウに受けるつもりが白4と打たれ死。

【2図】(正解) 黒9(3)コウ取る
・黒1、3が手筋。
・以下黒9のコウ取りまで。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、191頁~192頁)

ダメのつまりは身のつまり3


【94題 つながる】
【黒先】(2段以上)
・白のダメヅマリを攻めて、上下に分離されている黒をつながってほしい。
・白の五子△を取る手段がある。

▶【94題・解答】(黒先勝ち)
【1図】
・黒1は白2とワタられ、黒3と取りこんでも手遅れ。

【2図】(正解)
・黒1のハネが妙手。
・5まで白ダメヅマリで五子が落ちる。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、193頁~194頁)

私(加藤正夫)の玉砕譜~木谷實先生との五子局


私の玉砕譜~木谷實先生との五子局
(昭和34年8月12日)
 平塚木谷道場於
 中押勝 木谷實(九段)
 五子  加藤正夫(12歳)

・木谷先生は稽古碁とはいえ、絶対に手を抜くことはなさらないという。 
 先生はことのほか、この点に関して厳しい方らしい。
・この碁は加藤正夫が木谷道場に入門した直後、先生に打っていただいた五子局。
 入門後、あとにも先にも先生に打っていただいた碁はこの一局だけだという。 
 先生の大きな力をいやというほど知らされ、玉砕してしまった。
・当時、加藤正夫は恐いもの知らずの少年だった。
 力には自信があった。木谷先生といえども、五子も置かしてもらえれば勝てるときめていた。生まれ故郷の博多の碁会所で打っていた時と同じように、ポンポン打ち進んだ。
・持時間2時間。加藤は16分しか使わなかった。一方、木谷先生は1時間ぐらい使われ、加藤の一手一手をじっくり確認しながら打たれていた。
 五子の碁とはいえ、先生は最善の手を打たなくてはいけないと自問自答するかのように、打たれていたそうだ。

・この碁は、黒66までは五子局としては白に打たれているようだ。
・黒68以下、戦いに入った。
・黒84までは勢い。
・白85から89まで黒の眼を取りにきたが、黒も90とかけて反撃した手が厳しく、98とオサエ込んで白が苦しくなった。
・と、ここで、黒100と打った手が敗着であった。
 打った瞬間しまったと思ったが、あとの祭りと加藤は振り返っている。
・白101とツキ出された先生の力強い手が忘れられないという。
・以下、もはや黒は収拾のつかない事態になってしまった。
※黒100の手は102とコスめば黒の攻合い勝ちだったという。
※加藤の棋風が力戦型というならば、加藤の棋風はこの木谷先生に打っていただいた五子局以後いまも変っていないような気がするという。
(加藤正夫『死活と攻合い』河出書房新社、1973年[1996年版新装改訂]、128頁)

【補足】藤沢秀行vs加藤正夫の棋譜 ~藤沢秀行『勝負と芸』より


三 名人から棋聖へ 怪物にされる


・昭和53年、第二期棋聖戦の挑戦者は加藤正夫君だった。 
 日の出の勢いだった。前年、十段と碁聖のタイトルを取り、この年は本因坊も取って、いずれ碁界は加藤に制されるだろうなどといわれていた。前評判も著者に圧倒的不利だった。

・著者は一カ月前から酒を断ち、七番勝負に備えた。
 とくに苦しかったのは断酒による禁断症状だったという。幻覚にも襲われた。
 また対局が始まってからもひどく、眠れないのには閉口したそうだ。
・こんな状態だったから、いい碁を打ってもなかなか勝てない。
 第一局、第二局と連敗、第三局を勝ったものの、第四局で早くもカド番に追い込まれてしまった。この第四局など、いいところなしの拙局だったようだ。
(坂田栄男さんには、「秀行ともあろう者が星目級の布石を打った」と酷評される。親しい若手棋士に「もう秀行先生なんか尊敬しない」とまでいわれた)

〇さすがに腹をくくらされた。第五局の対局場は北九州だった。
<譜4>がその第五局。
 勝っても負けてもいい、納得のできる碁を打ちたいという一心だったようだ。
 そして渾身の力を振り絞って戦った。
 
第二期棋聖戦第五局 藤沢秀行VS加藤正夫

<譜4>
第二期棋聖戦第五局
昭和53年3月1・2日
先番 藤沢秀行棋聖
加藤正夫本因坊
 131手完 黒中押し勝ち

(藤沢秀行『勝負と芸』岩波新書、1990年、84頁)

・白44を見て、著者の闘志に火がついたそうだ。
➡よし、この石を撲殺してやろうと。
・黒51、我ながらすごい、と著者は思った。
※もっと堅く取り切っても優勢という評判だったが、気合が許さなかった。
・黒93が、2時間57分の大長考。
 あらゆる変化を読み切ったつもりだった。
 そして、とうとう記録的な大石を仕留めてしまった。

〇後日、囲碁雑誌の取材に答えて、著者は次のように語っている。
「なぜあんな碁を打ったのかって? 現在の碁がその本質からずれているのを痛感していたからだ。例えば百円あったとする。それを取り合うのが碁だが、ほとんどの者は五十一円取ればいいと考えている。しかし私は百円全部取るのが本当だと思う。取れる石を取らないで勝つより、取って勝つのが本当の姿ではないか」

・第六局は悪い碁だったが、加藤君の緩着に救われた
 そして第七局も同じような展開で、著者の半目勝ち。
(「一億円の半目」などといわれた)

※最強の挑戦者を倒した喜びももちろんだったが、田岡敬一さんからの次のひとことが一番うれしかった。
「歴史的逆転劇を演じた藤沢秀行の、凄じい執念と闘志に関しては、囲碁ジャーナリズムが最高の讃辞をもって書き綴るだろうけれど、勝者に贈られるほめことばは、いつもきらびやかで、まぶしすぎるようだ。私は、ただ一言だけ秀行にいおう。あなたは、やっぱり、立派な碁打ちだった」(『週刊碁』昭和53年3月28日号)

・このころから、著者にいろいろなニックネームがつけられるようになったという。
(藤沢秀行『勝負と芸』岩波新書、1990年、81頁~85頁)






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