歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪石の形について~三村智保『石の形 集中講義』より≫

2022-07-31 19:00:45 | 囲碁の話
≪石の形について~三村智保『石の形 集中講義』より≫
(2022年7月31日投稿)

【はじめに】


 前回のブログでは、大竹英雄氏の著作を参照して、「石の形」について考えてみた。
 今回は、三村智保氏の次の著作をもとにして、「石の形」について考えてみる。
〇三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズ、2006年

 この著作は、名著とされている。例えば、最近のYou Tubeにおいても、佐々木柊真氏(野狐9段)が、「【囲碁】ヨム必要が減る「石の形を学ぶ」」(2021年6月28日付)において、石の形については「この1冊で十分すぎる名著」と絶賛している。

 著者の三村智保氏のプロフィールと目次を紹介しておく。
≪三村智保氏のプロフィール≫
昭和44年生まれ。北九州市出身。田岡敬一氏に師事。藤沢秀行名誉棋聖門下。
昭和61年入段、平成12年九段。

 三村智保氏の著作は、目次を見てもわかるように、内容が多岐にわたるので、今回のブログでは、次の点に限って、紹介したい。
〇「第3章 アキ三角」に述べているように、ツケオサエとアキ三角との関係について
 ツケオサエ(定石)は形は悪いが、地が大きいので、石の効率は悪くないと考えられている。ただ、ツケオサエ自体は、あまりあちこちで打つべき形ではないとされる。

〇「第8章 石の動き方」
 効率よく石を動かすために、いくつかの基本的な動きがあるが、第8章では、実戦でよくでてくる、「一間トビ、コスミ、ケイマ、ツケノビ」について解説している。
 ここでは、「攻めはケイマ、逃げは一間」という格言に関連した打ち方、そして石の動き方に関連して、連絡させない形について述べておきたい。




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三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズ、2006年

本書の目次は次のようになっている。
【目次】
序章
第1章 サカレ形
第2章 二目の頭
第3章 アキ三角
第4章 手拍子で打つ愚形
第5章 ツギ方
第6章 形の急所
第7章 ポン抜き30目
第8章 石の動き方
第9章 重い石と軽い石

目次をさらに詳しくみてみよう 

序章 形を身につける勧め
   本書の読み方
第1章 サカレ形
 サカレ形
 テーマ図1【サカレ形】
 テーマ図2【サカレ形2】
 テーマ図3【弱気が作り出すサカレ形】
 テーマ図4【攻める時に現れるサカレ形】
 テーマ図5【サカレ形を避ける】
 テーマ図6【信じられない形】
 テーマ図7【サカレ形を強要する】
 テーマ図8【読んでもしかたのないところ】
 テーマ図9【アテの方向】

第2章 二目の頭
 二目の頭
 テーマ図1【二目の頭を避ける】
 先にノビるのはいい形
 テーマ図2【先にノビる】
 効率よくツナがる形
 練習問題 パート1、パート2、パート3

第3章 アキ三角
 アキ三角
 テーマ図1【アキ三角を避ける】
 テーマ図2(見出しなし)
 テーマ図3【愚形を避けるツギ方】
 テーマ図4【ツケオサエとアキ三角】

第4章 手拍子で打つ愚形
 悪いアタリ、ケイマの突き出し
 テーマ図1【アテるか否か】
 テーマ図2【先手だから打つ?】
 テーマ図3【ケイマの突き出しの罪】
 テーマ図4【ひと目の手筋?】

第5章 ツギ方
 ツギ方
 守りのカケツギはいい形
 テーマ図1【逃せぬ形】
 テーマ図2【カケツギの好形】
 テーマ図3【カケツギとノゾキ】
 テーマ図4【カケツギに導く手順】
 カケツギの好形を与えないような石の動かしかた
 サバキを封じる固いツギ
 テーマ図5【正しいツギ方】
 テーマ図6(見出しなし)

第6章 形の急所
 形の急所、三子の真ん中
 テーマ図1【逃せぬ一手】
 三子の真ん中
 テーマ図2【三子の真ん中】
 テーマ図3(見出しなし)
 テーマ図4【相手の形を崩すノゾキ】


第7章 ポン抜き30目
 ポン抜き30目
 テーマ図1【当然の一手】
 テーマ図2【ポン抜きの大きさ】

第8章 石の動き方
 テーマ図1【石の動き方】
 テーマ図2【ツケノビとコスミ】
 テーマ図3【模様の消し方】
 ワタリを止める形
 テーマ図4【連絡させない形1】
 テーマ図5【連絡させない形2】

第9章 重い石と軽い石
 テーマ図1【重い石と軽い石】
 テーマ図2【軽い形】
 テーマ図3【軽い受け方】
 テーマ図4【プロの感覚】





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・ツケオサエとアキ三角(第3章 アキ三角)
・第8章 石の動き方
 「攻めはケイマ、逃げは一間」という格言に関連して
・第8章 石の動き方~連絡させない形







ツケオサエとアキ三角


「第3章 アキ三角」において、ツケオサエとアキ三角について解説している。

【テーマ図:ツケオサエとアキ三角】
≪棋譜≫(103頁のテーマ図4)

・白1のツメに、黒2、4のツケオサエ。
 これは、あまりよくない手である。
 白の次の一手は決まっている。
※ツケオサエとアキ三角は、意外と縁の深い形であるといわれる。

【ツケオサエに対してアテ】
≪棋譜≫(104頁の1図)

・テーマ図で白番のとき、白1のアテが当然の一手。
・黒2とツガされた姿は、黒二子(13, 三)と(14, 四)とのアキ三角である。
※本来、ツケオサエというのは、形の悪い打ち方なのであると、三村智保氏は強調している。

【参考図:一路あいた形はいい形】
≪棋譜≫(104頁の2図)


・このような形なら、黒はいい形である。
・三角印の白(12, 三)に白石が入っているので、黒三子(12, 四)と(13, 三)と(13, 四)はアキ三角ではない。

【参考図:いきなりコスミツケても悪い打ち方】
≪棋譜≫(105頁の3図)


☆テーマ図のツケオサエはよくない打ち方であるが、だからといって、黒1のコスミツケから、黒3、5と守るのも、悪い打ち方である。

【参考図】
≪棋譜≫(105頁の4図)


※黒は気持ちを前向きに持つことが大切である。
⇒せめて黒1とトンでa (9, 四)や b (17, 八)を見合いにするか、黒1ですぐにa (9, 四)と上辺へ向かいたい場面である。



次に、ツケオサエ定石について説明している。
【ツケオサエ定石】
≪棋譜≫(106頁の5図)

・白1のカカリに、黒2、4と打つ定石がある。
⇒ツケオサエ定石である。

【ツケオサエ定石からアキ三角へ】
≪棋譜≫(106頁の6図)

・上図のツケオサエ定石に続いて、白1とアテられて、黒2とツグ形はまさにアキ三角。
黒の形はあまりよくない。
※ただし、形は悪くても、他のよさがあるので打たれていると、三村智保氏は付け加えている。その理由はこうである。

【ツケオサエの例外:形は悪いが地が大きい】
≪棋譜≫(106頁の7図)

・上図に続いて、黒1、3とカミ取って、黒5とトベば一段落である。
※形は悪いが、隅の黒地が大きいので、石の効率は悪くないと考えられているそうだ。
・むしろ、この定石のほうが例外であると、断っている。
・ツケオサエ自体は、あまりあちこちで打つべき形ではないと、三村氏は強調している。



【やはりツケオサエは愚形になる例】
≪棋譜≫(107頁の8図、9図)


・例えば、このような形で、黒1、3とツケオサエに決めていくと、白4、6で、黒はアキ三角の愚形になる。
※やはり、ツケオサエは、アキ三角になりやすい打ち方であるから、注意が必要であるという。
(三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズ、2006年、103頁~108頁)

第8章 石の動き方


第8章では、石の動き方について解説している。
〇碁は地を囲むゲームである。
ただ、地を囲う手を打っても効率が悪く、相手より多くの地を作ることはできない。
効率よく自分の石を動かし、形を整え、相手の石の形は崩して、あわよくば攻めてしまう。

〇強い人は、地を囲うだけの手はあまり打たないそうだ。
 「地の大小」よりも「石の効率」を考えたほうが楽しく、碁も強くなることを知っているからだという。

〇さて、効率よく石を動かすために、いくつかの基本的な動きがある。
第8章では、実戦でよくでてくる、「一間トビ、コスミ、ケイマ、ツケノビ」について、その特徴と使い方を解説している。

「攻めはケイマ、逃げは一間」という格言に関連して


【テーマ図1】(白番)
≪棋譜≫(246頁のテーマ図1)


・テーマ図1は白番である。
・三角印の白(10, 十五)、(10, 十七)の二子を逃げるときに、どのように石を動かすのがいいのか?

【正解:白のトビ出し】
≪棋譜≫(247頁の1図)

※「攻めはケイマ、逃げは一間」という格言もある。
・ここは単純に白1、3とトビ出してしまうのが、いい形。

【失敗:ケイマで逃げると、ツケコされる】
≪棋譜≫(247頁の2図)

・逃げる立場の白が1とケイマしたりすると、すかさず黒2とツケコされる。
※ここは黒の勢力圏であるから、白の苦戦は必至。

【参考:ポン抜きではなく効率の悪い石の場合】
≪棋譜≫(248頁の3図)

☆百歩譲って、三角印の黒(3, 十一)の位置を変え、白3のシチョウが成立する場合を考えてみよう。
・たとえ白3のシチョウが成立しても、黒4、6と破られる。
※白はポン抜きではなく、三角印の白(11, 十三)が効率の悪い石であると、三村智保氏は解説している。

今度は立場を変えて、黒番で考えてみよう。
【問題図:黒の石の動かし方】
≪棋譜≫(248頁の4図)


☆下辺の白二子を攻める場合に、黒からはどのように石を動かすのか?

【失敗:黒のトビ】
≪棋譜≫(249頁の5図)

・黒1のトビでは、白1にプレッシャーがかからない。
・白2くらいに構えられ、くつろがれてしまう。

【正解:黒のケイマ】
≪棋譜≫(249頁の6図)

・黒から打つなら、攻めはケイマ。
・黒1とケイマして白にプレッシャーをかけ、白2ならさらに黒3とかぶせていく。

【参考1:白のツケコシは怖くない】
≪棋譜≫(250頁の7図)

・ここは黒の勢力圏であるから、白2のツケコシは怖くない。
・黒3、5と堂々と戦って問題ない。

【参考2:白がかわした場合】
≪棋譜≫(250頁の8図)

・黒1のケイマに白2とかわせば、黒3とトブ。
※攻められている白石が中央への出口を止められて、白は苦しくなる。
(三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズ、2006年、246頁~250頁)


第8章 石の動き方~連絡させない形


第8章では、石の動き方に関連して、連絡させない形についても解説している。

【テーマ図4:連絡させない形】
≪棋譜≫(264頁のテーマ図4)


☆下辺の三角印の黒(10, 十六)を動くとする。
 左右の白に連絡されないように動きたいのだが、こういう石を動く形があるという。

【失敗:黒のトビ】
≪棋譜≫(265頁の1図)


・黒1のトビはこの場合よくない形。
・白2のツケでワタられてしまう。

【続き:ハネ出しても白の分断不可】
≪棋譜≫(265頁の2図)

・黒1とハネ出しても白8まで。
※これでは白を分断することができない。

【正解:コスミが形】
≪棋譜≫(266頁の3図)

・白の連絡を妨げながら動くのは、黒1のコスミが形。
※この手で白の連絡を妨げることができる。

【続き:白のツケはうまくいかない】
≪棋譜≫(266頁の4図)

・今度は白1のツケがうまくいかない
・黒は同じように黒2とハネ出して、黒4と出ていくことができる。

【続き:黒の好形、白のサカレ形】
≪棋譜≫(267頁の5図)


・続いて白1に黒2と突き出し。
※三角印の黒(11, 十五)が働いて、白はa(11, 十六)と切れない。
・白3には黒4が好形。今度は白がサカレ形。

【参考:トビ】
≪棋譜≫(267頁の6図)


・ワタリを止めるだけなら、黒1のトビで分断することもできる。
・しかし、白2、4と攻められてしまう。

【正解:黒のコスミ】
≪棋譜≫(268頁の7図)

・正しい形である黒1のコスミなら、白2のトビには黒3と中央へ早に進出できる。
※黒a(13, 十六)とカケる調子もある。
(三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズ、2006年、264頁~268頁)


≪石の形について~大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』より≫

2022-07-24 18:55:34 | 囲碁の話
≪石の形について~大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』より≫
(2022年7月24日投稿)

【はじめに】


 前回のブログでは、囲碁の石の動きの名称についてまとめてみた。
 さて、今回および次回のブログでは、囲碁の石の形について、解説してみたい。
 石の形を説明するにあたり、次の名著を参照した。
〇大竹英雄『囲碁「形」の覚え方―形の基本と実戦での用い方』永岡書店、1975年[1984年版]
〇三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズ、2006年

 今回のブログでは、前者の大竹英雄氏の著作を参照して、石の形について考えてみたい。あわせて、実戦にも対応しうる問題も付記してみたので、挑戦していただきたい。



【大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』】

囲碁形の覚え方.

【三村智保『石の形 集中講義』毎日コミュニケーションズはこちらから】

石の形 集中講義―楽に身につくプロの感覚 (MYCOM囲碁ブックス)






大竹英雄『囲碁「形」の覚え方―形の基本と実戦での用い方』永岡書店、1975年[1984年版]

本書の目次は次のようになっている。
【もくじ】
第1章 形の基礎
形について
1 形とは
2 筋との関係

愚形
1 形の能率について
2 コリ形
3 アキ三角
4 陣笠
5 ダンゴ
6 トックリ形
7 頭をぶつける形
8 サカレ形
9 タケフの両ノゾキ

形の種類と用途
1 ナラビ
2 コスミ
3 一間トビ
4 ケイマ
5 ポンヌキ
6 亀の甲
7 3子の真ん中
8 二立三析

第2章 実戦上の形
これが形だ
1  実戦に役だつ形
2  単ツギ(固ツギ)
3  カケツギ
4  働いたツギ
5  タチ・サガリ・ノビ
6  ツケ・ツケノビ他
7  コスミツケ
8  キリチガエ
9  ハネ・2子の頭
10 二段バネ
11 フクラミ・ヘコミ
12 ツキアタリ
13 マガリ
14 シボリ
15 カケ
16 コウ
17 本手
18 肩ツキ
19 シチョウ関係
20 二段バネの応じ方
21 サバキの形
22 攻め

実戦と形 ――十段位決定・五番勝負第3局より
はじめに
布石
隅の定石
せり合いのアヤ
形の比較
反撃
ノゾかれる形
隅を動き出す
白の固め方
肩ツキの形
形の急所
地に甘くなる攻め
攻めの急所
敗着――ダメヅマリ
黒の反撃
危険な応手
秒ヨミに追われる
最終譜

あとがき



さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・石の形について
【第1章 形の基礎】より
・ダンゴ形
・頭をぶつける形~ツキアタリの形
・一間トビ
・ケイマ
・二立三析

【第2章 実戦上の形】より
・フクラミ
・ヘコミ
・コウ
・本手







石の形について


石の形というのは、経験によって理解されている能率的な好形をいう。
その形がなぜに理想形なのか、あるいは効率のよい形なのかと問われても、必ずしも論理的に説明のつかないような例が少なくないようだ。

しかし、ある状況において、ある形が最も的確とされる場合、「それは形だ」と言うような表現がなされる。こうしたいわゆる形は、理論よりもむしろ感覚的に把握することがたいせつだと、大竹英雄氏はいう。

いかなる場合にどのような形をとるべきかを直感で発見できるようになることが大事。
むろん碁は生き物であるから、ちょっとした配石の関係で、当然と思われる形が不適当な場合も少なくない。しかし、実戦においてただちに応用できるよう、形をしっかりのみ込むことが肝要である。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、112頁)

ダンゴ


石の固まっている形をダンゴという。
例えば、次図では、黒7子が集まっている。これはダンゴの典型である。
実戦で打っていて、このような形ができるようでは、まず打ち方に欠陥があったとしかいいようがない。
【ダンゴの典型】
≪棋譜≫(40頁の1図)
棋譜再生



さて、ダンゴ形に関連する例題を2題だされている。
【例題Ⅰ】(白の手番)
≪棋譜≫(41頁)
☆左の白4子は助からないが、これを利用して、黒をダンゴに導いてほしい。
棋譜再生

【例題Ⅰの失敗】
≪棋譜≫(42頁の1図)
棋譜再生

・白1、3とふつうにアテていくのでは、シチョウが悪くて、黒2、4と逃げ出されて、どうにもならない。

【例題Ⅰの正解:切ってカケる】
≪棋譜≫(42頁の2図)
棋譜再生

・白1と切って3とカケるのがシボリの筋。
⇒黒をダンゴに導くうまい手段。
・黒4には白1の1子を犠牲として白5とアテる。

【正解の続き:完全なダンゴ形に】
≪棋譜≫(42頁の3図)
棋譜再生

・黒はやむなく6と白の1子を取ることに。
・次に白に7を利かされて、黒6、8および黒(3, 十五、つまり黒8の左)、(4, 十六、つまり黒8の下)、(5, 十六)、(5, 十五、つまり黒8の右)の一群が、完全なダンゴ形になってしまった。



【例題Ⅱ】(黒の手番)
≪棋譜≫(41頁)


☆今度は、黒の取られている石を大いに利用してほしいというテーマである。

【例題Ⅱの正解:ホウリコミから】
≪棋譜≫(43頁の1図)
棋譜再生

・黒1のホウリコミからいくのがうまい筋。
・白2と取らせて、黒3とアテる。

【正解の続き:アテを利かしてツケる】
≪棋譜≫(43頁の2図)
棋譜再生

・白4とツゲば、黒5のアテを利かして、さらに黒7とツケていく。
※白はこれだけでも降参といった形であるが……

【さらに続き:白は泣きっ面にハチ】
≪棋譜≫(43頁の3図)
棋譜再生

・黒9のアテをピッタリ白は利かされる。
・おまけに黒11から15までとサカれる。
⇒白はまさに泣きっ面にハチ。
※前図黒7の筋はたいせつな手。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、40頁~43頁)

頭をぶつける形


「第1章 形の基礎」の「7 頭をぶつける形」では、次のように述べている。
コリ形、アキ三角、陣笠、ダンゴ、トックリ形は、黒の単独の形のうちから、悪いものを選んだ。
本項からの、頭をぶつける形、サカレ形、タケフの両ノゾキは、相手の石との接触において生ずる悪形をとりあげている。

【ツキアタリの形】
≪棋譜≫(48頁の1図)
棋譜再生

・白1と下の黒にツキアタっていく形。
⇒これは多くの場合、悪い形と知るべきである。
(むろん、いつの世にも例外というものはある)

【ナダレ定石】
≪棋譜≫(48頁の2図)
棋譜再生

☆定石を学ぶときに必ずあらわれるナダレ定石。
・黒1の下ツケに対して、白が右方下辺に壁をつくる手段として、2とツキアタり、白4とナダれていくのは、常法となっている。
※このナダレ定石と、他の頭をぶつける形(たとえば、1図白1)とは、区別して考えなければならないという。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、48頁)

一間トビ


<一間トビに悪手なし>は、まことに的確に一間トビの働きを表現している。
ナラビ、コスミよりも、いっそう応用範囲が広い。
たとえば、<逃げは一間トビ>というふうに、足の早い打ち方でもある。

【デギリの備えとしての一間トビ】
≪棋譜≫(82頁の1図)
棋譜再生
・これは備えとしての一間トビを示したもの。
(一つの形であることは初級者でも知っている)
・むろん、白い(4, 十五)からのデギリに備えたもの。
※この図は、足が早いとかいうのではなく、堅実な打ち方として推奨される。

これに対して、次の一間トビは、逃げのそれ。
【逃げは一間トビの例】
≪棋譜≫(82頁の2図)
棋譜再生
・白1、3の一間トビは、それこそ逃げる一手の一間トビ。
※このような場合、コスんで逃げるのは足がおそく、ケイマ(たとえば白い(5, 十一、つまり白1の上)などは、傷(黒ろ(4, 十二、つまり白1の左))を残すことになる。



一間トビに関連して、次のような例題が出されている。

【例題Ⅰ】(黒の手番)
≪棋譜≫(85頁)
☆白3のあと、黒は左辺をどう打つか。


【例題Ⅰの正解:正着~一間に備える】
≪棋譜≫(86頁の1図)
棋譜再生

・黒1と一間に備えて、じっくり白への攻めをみるのが好手。
※一つの形として記憶しておくこと。

【失敗:利かされ】
≪棋譜≫(86頁の2図)
棋譜再生

・上図の黒1を省くと、白1からの攻めがきびしい。
・黒は2と応ずるくらいだが、利かされ。

また、この黒2を省くと、次図のようになる。
【黒手抜きの場合】
≪棋譜≫(86頁の3図)
棋譜再生

・白1のツケコシがさらにきびしい攻めである。
・<ツケコシ切るべからず>で、黒2と受ければ、白5までで十分。
※黒は、い(2, 十三)の手入れが必要。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、85頁~86頁)

ケイマ


ケイマは、ご存じのように、将棋の桂馬の動きからつけられた名称である。

ケイマの形はいろいろなケースで活用される。
たとえば、<攻めはケイマ>と格言にいわれるように、相手の石を攻める一つの形にもなっている。地を囲うのに使われる場合もある。
ケイマに関する格言で、<ボーシにケイマ>というのがある。ボーシに対しては、ケイマに受けなさい、と教えてくれるのが、この格言である。
また、相手の石を圧迫していく手法の一つとしてケイマが使われる。

ケイマに関連した例題を2つ出している。
【例題Ⅰ】(黒の手番)
≪棋譜≫(91頁)
棋譜再生

☆こんな形は実戦ではよくみかける。
 黒の3子を助ける工夫をせよ。

【例題Ⅰの正解:ケイマに走るのが正着】
≪棋譜≫(92頁の1図)
棋譜再生

・黒1とケイマに走って連絡するのが正解。
・たとえば、このあと白い(3, 十四、つまり黒1の右)なら黒ろ(2, 十三、つまり黒1の上)で楽に連絡できる。

【正解の続き】
≪棋譜≫(92頁の2図)
棋譜再生

・白が強引に1とサエギろうとすれば、黒に2と切られて、逆に白の2子が取られてしまう。

なお1図で黒1で俗に切ると、どうなるか。
【失敗:俗手の切り】
≪棋譜≫(92頁の3図)
棋譜再生

・黒1と切っていくのは、この場合、簡明に白に2、4とツキ出されても、黒は助からない。
※黒い(2, 十一)なら白ろ(2, 十四)であるし、黒ろ(2, 十四)なら白い(2, 十一)で死形である。



【例題Ⅱ】(白の手番)
≪棋譜≫(91頁)
棋譜再生

☆左下隅のところを白がじょうずに連絡する方法がある。
 有名な問題であるそうだ。

【例題Ⅱの正解:ケイマの形が連絡法】
≪棋譜≫(93頁の1図)
棋譜再生

・知らないとちょっと気づかぬ筋であるが、白1と下からも上からもケイマの形で打つのがじょうずな連絡法。

【正解の続き】
≪棋譜≫(93頁の2図)
棋譜再生

・黒2とハネれば、いったん白3と下から受け、このあと黒い(3, 十六)には白ろ(2, 十七)とワタる。
・なお、黒ろ(2, 十七)は白い(3, 十六)と切られる。

【失敗:分断される】
≪棋譜≫(93頁の3図)
棋譜再生

・直接白1とワタろうとするのは、黒2ないし6と打たれて分断される。
・このあと白い(2, 十四)も、黒ろ(1, 十五)、白は(4, 十五)、黒に(4, 十四)でシチョウに取られるから、連絡はできない。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、88頁~93頁)

二立三析


この展開の原則は、1図のように、「2子黒石のタッている石からは黒1と三間にヒラくのが理想的」ということを意味している。
これも一つの形として記憶しておけば、なにかと便利である。
【二立三析の形】
≪棋譜≫(106頁の1図)
棋譜再生


【三立四析】
≪棋譜≫(106頁の2図)
棋譜再生

二立三析の原理を敷延すれば、三立四析となる。3子のタッている黒石からは1までヒラけるというのである。
ただし、三立の場合は、黒い(3, 十七、つまり黒1の下)と三析に打つほうが堅実である。

【一立二析】
≪棋譜≫(107頁の3図)
棋譜再生
また、一立二析も二立三析の原理の応用である。
というよりは、二立三析の基本と考えるべきかもしれない。
第3線にある1子の石(この形では白)よりは、白1と二間にヒラくのがふつうであり、ヒラキの原則とされる。



たとえ、二立三析が理想の形としても、現実にはウチ込まれる不安がなきにしもあらずである。
たとえば、次図の白1がそれである。

【二立三析のウチコミの対策】
≪棋譜≫(107頁の4図)
棋譜再生

・白1の場合、周囲の状況にもよるが、黒2とか黒い(4, 十三、つまり黒2の下)と打って、対処するものと記憶せよ。

次に、三立四析の場合のウチコミの対策はどうなるか。
【三立四析のウチコミの対策】
≪棋譜≫(108頁の5図)
棋譜再生

・三立四析の場合のウチコミ場所は、白1がふつう。
・そのときは、黒2とカケ、白3には黒4とツケコす筋で、サバく。
・黒10までと白を封じ込める。
※途中、白3で5といけば、黒6、白3、黒4で同型にもどる。

次に、実戦で出る形を示しておく。
【実戦で出る形~コリ形】
≪棋譜≫(108頁の6図)
棋譜再生

・黒1とツメ白2とヒラいたとき、黒3とコスミツケる。
・白は2、4の二立と白(3, 十一)の間が狭く、二立二析になっている。
 ⇒白のコリ形
※黒3のコスミツケが許されるゆえんである。

【白の「二立三析」の理想形】
≪棋譜≫(109頁の7図)
棋譜再生

・星の黒に対して、白が1とカカってきたときに、黒2とコスミツケて、白3とタタせるのは、悪いというのが常識。
・白に5と三間にヒラかれ、「二立三析」の理想形をあたえるからである。
(白5では、白い(4, 十、つまり白5の右)もある)

・そこで黒4で、次図の黒1といきなりハサんでいけば、どうなるか?
【白の厚い姿】
≪棋譜≫(109頁の8図)
棋譜再生

・黒1とハサんだ場合、白2のツケ以下、白16までと、白に厚味をあたえることになる。
⇒むろん黒としては不十分。
※要するに、前図黒2のコスミツケが白に理想形をあたえる原因になったのである。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、106頁~109頁)

フクラミ・ヘコミ~「第2章 実戦上の形」より


「第2章 実戦上の形」の「11 フクラミ・ヘコミ」について見てみよう。

◇フクラミ


・フクラミは、多くの場合、好形となるといわれる。

【フクラミの形】
≪棋譜≫(154頁の1図)
棋譜再生
・この白1がいわゆる「フクラミ」
⇒これで白の石は安定し、反対に黒の石が窮屈になってくる。
いいかえれば、黒としては白にこの1を許すこと自体に問題があると考えなければならない。
つまり、白が1と打つまえに、黒1と打つべき急所にあたる。

◇ヘコミ


・フクラミに対応するのが「ヘコミ」
ヘコミが急所になるケースも少なくない。
【ヘコミの形】
棋譜再生

≪棋譜≫(154頁の2図)
・白4がいわゆるヘコミの形。
※ヘコミの特質は、眼形が豊富になるところにある。



フクラミやヘコミに関連した次のような例題がある。
【例題Ⅰ】(黒の手番)
≪棋譜≫(155頁)
棋譜再生

☆中盤のせり合いがつづいている。
 局部的には黒はどこが急所か。

【例題Ⅰの正解:フクラむ一手が正着】
≪棋譜≫(156頁の1図)
棋譜再生

・黒1とフクラむ一手。
・これで白は頭をふさがれるいるから、白2と走れば、たとえ活かしても結構。
・黒3と攻めたてて、上方に黒の厚みを加える。

【参考:白の愚形】
≪棋譜≫(156頁の2図)
棋譜再生

・上図黒1のあと、白1とマガっている形はいかにもひどい。
・黒にい(6, 九)と攻めたてられてはいけない。

なお、1図の正解図で、黒1のフクラミを省いたらどうなるか。
【参考:フクラミを打たない場合】
≪棋譜≫(156頁の3図)
棋譜再生

・本図白1、3を許しては白が息を吹き返す。
※そのちがいはあとの戦況に大きな差をもたらす。



【例題Ⅱ】(黒の手番)
≪棋譜≫(155頁)
棋譜再生

☆死活の問題にはよく出る形である。
 黒が無条件で活きるには?

【例題Ⅱの失敗:棒ツギは頓死】
≪棋譜≫(155頁の1図)
棋譜再生

・ふつうに黒1と棒ツギするのでは、白より2から6までと打たれて、頓死してしまう。

では、黒はどう打つべきだろうか。
いま一度考え直してみよう。
【例題Ⅱの正解:ヘコミが正着】
≪棋譜≫(157頁の2図)
棋譜再生

・黒1とヘコむことによって、無条件で活きることができる。
※死活にあっては、このヘコミの筋の活躍する場が多いようだ。

【類型】
≪棋譜≫(157頁の3図)
棋譜再生

・この黒1も活きる急所にあたる。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、154頁~157頁)

コウ~「第2章 実戦上の形」より


コウは技術的な問題で、形自体とは別かもしれないが、形におけるきびしさを知るうえでは、ぜひ必要なのでとりあげたという。

たとえば、定石にあらわれる、次のような形を解説している。

【1図:形】
≪棋譜≫(174頁の1図)
棋譜再生
・白はこういうところは十中八九、白1とアテていくのが正しい態度である。
・黒に、い(8, 十八)と切られるコウを恐れてはいけない。
・このあと黒もろ(4, 十四)と備えることになって、一段落。
 ツグのは、これまたダンゴをつくるだけの用しかなさず、絶対に避けなければならない。
※黒も、い(8, 十八)と切ってコウ争いするチャンスをうかがうべきだろう。

【2図:手順】
≪棋譜≫(174頁の2図)
棋譜再生
・上図は、黒1、3のツケオサエ定石からできる形である。
・黒9とポン抜く一手。
※これで、黒い(7, 十八)は、白ろ(8, 十八)を利かされる。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、174頁)

本手~「第2章 実戦上の形」


いわゆる「本手」ということばを使う意味はいろいろあるが、形が悪い場合にあらかじめ整えておく手を本手と呼ぶ。たとえば、次のような図の黒1が本手である。

【1図:本手の例】
≪棋譜≫(178頁の1図)
棋譜再生
・黒1が本手である
※これは1をすぐ打たなくとも、切られる気づかいはないが(切ればゲタに取れる)、白から1とノゾいて全体の黒をねらってこられる心配がある。
それをあらかじめ防止するのが、黒1の手。
(大竹英雄『囲碁「形」の覚え方』永岡書店、1975年[1984年版]、178頁)

≪石の動きの名称≫

2022-07-18 18:06:59 | 囲碁の話
≪石の動きの名称≫
(2022年7月18日投稿)


【はじめに】


 今年初めの抱負として、囲碁の定石についてのブログ記事を書いてみたいと考えていた。
 今回は、そのための基礎となる囲碁の石の動きの名称について、解説してみたい。
 主に次の2つの著作を参照にしながら、石の動きの名称についてまとめてみた。

〇石倉昇ほか『東大教養囲碁講座』光文社新書、2007年[2011年版]
〇武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]




【石倉昇ほか『東大教養囲碁講座』光文社新書はこちらから】

東大教養囲碁講座―ゼロからわかりやすく (光文社新書)

【武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社はこちらから】
武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社










〇石倉昇ほか『東大教養囲碁講座』光文社新書、2007年[2011年版]
本書の目次は次のようになっている。
【目次】
まえがき(兵頭俊夫)
第 1章 東京大学教養学部、全学体験ゼミナール「囲碁で養う考える力」とは?(兵頭俊夫)
第 2章  囲碁ルールを学び、6路盤で石埋め碁、囲碁を打つ(梅沢由香里)
第 3章 9路盤の模範対局、決め打ち碁(石倉昇)
第 4章 19路盤の互先局(石倉昇)
第 5章 19路盤の9子局、17子局(石倉昇)
囲碁関連用語集(兵頭俊夫)
あとがき

〇武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]
本書の目次は次のようになっている。
【目次】
はしがき
第1章 碁譜を並べよう
第2章 四隅八辺転
第3章 基本定石20型
第4章 基本死活20型
第5章 筋と形20型
第6章 囲碁用語
第7章 格言と有名局
第8章 名局細解






さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・石の動きや状態を表す囲碁用語~石倉昇氏の著作より
・石の動きの名前~武宮正樹氏の著作より




石の動きや状態を表す囲碁用語~石倉昇氏の著作より


【アタリ】
あと1手打たれると石が完全に囲まれて取られる状態。アタリにすることをアテるという。

【生き】
独立した眼が2個以上ある石の形。あるいは確実にそうなる形。
生きの形にすることを生きるという。

【一間トビ】
碁盤の中央に向かって、たとえば黒(4, 七)から一つ間をあけて黒1のように打つ手。
棋譜再生


【ウッテガエシ】
自分の石1子を故意にアタリにして取らせることによって、相手の石をアタリにして取り返す形。
たとえば、図のような形。
棋譜再生



【大(おお)ゲイマ】
図のような2石の関係。
棋譜再生



【オサエ】
相手の進路を止める手。
たとえば、図で、白(4, 八)に対して黒1と打つこと。
棋譜再生



【カカリ】
隅にある相手の石に対して、間を開けて迫る手。
カカリを打つことをカカるという。

【欠け眼(かけめ)】
着手禁止点ではあるが、ダメがつまってくると、アタリになってしまう形。
図のA(4, 八)やB(1, 七)。
棋譜再生


【カケツギ】
ナナメの状態にある2個の石の片方からナナメの点に、図の黒1のように打って切られないようにすること。
カケツギを打つことをカケツぐという。
棋譜再生


【カタツギ】
ナナメの状態にある自分の2個の石から出ている線の交点に、図の黒1のように打って切られないようにすること。
カタツギにすることをカタくツグという。
棋譜再生



【キリ】
図のように、相手のナナメになっている白(3, 五)(4, 六)2子から出ている線の交点の片方に自分の黒石(3, 六)がある状態から、さらに、残りの交点に自分の黒1を打ち、白2子がつながることを妨げるころ。
キリを打つことを切るという。



【キリチガイ】
図のように黒白お互いに切り合った状態。
またその状態にする手。


【ケイマ】
図のような2子の関係。


【ゲタ】
相手の石を直接アタリにせずに、逃げられなくする手。
図のような形のとき、白(4, 六)を直接アタリにしないで、黒1と打って逃げられなくする。


【コウ(劫)】
着手禁止点の例外の特別な場合で、アタリになっている相手の石を1子取ると今度は自分の1子がアタリになり、これが繰り返される形。
この形になったとき「取られた後すぐに取り返すことはできない」というルールが定められている。
1図、2図が、「コウ」という形である。
1図        2図 
  

【コスミ】
図の黒1のように自分の石からナナメに打つ手。
コスミを打つことをコスむという。


【コスミツケ】
図の黒1のように自分の石からコスミながら相手の石にツケる形。



【サガリ】
自分の石を接触させて、盤端に向かって石を打つこと。
サガリを打つことをサガるという。



【シチョウ(征)】
逃げても縦横にアタリアタリと追いかけられて、結局逃げられない、特殊な石の取り方。
≪シチョウ(白番)≫


このようにジグザグにアタリで追いかけて取る形を「シチョウ」という(145頁~146頁)

【シチョウアタリ】
シチョウを成立させないために(あるいは、成立させるために)打つ石。

【シマリ】
隅に2手打って、隅の地を確保しようとする手。
一間ジマリ、小ゲイマジマリ、大ゲイマジマリがある。
シマリを打つことをシマるという。

【タケフ】
図のような黒石の形。
黒白交互に打つ限り切られることはない。


【ダメ】
黒白の石が接している部分のすきまの点で、黒白どちらから打っても地の増減に関係しない点。
ただし、不用意に打つと自分の石がアタリに近づいてしまう場合があるので、注意を要する。
【ダメをつめる】
終局後、整地をする前に黒白交互にダメに打つこと。
また、不用意にダメを打って自分の石がアタリに近づくこと。

※ aのように、お互いの地と地の間にできた隙間を「ダメ」といい、全てのダメを、次に打つ人から交互に打っていく。
これを「ダメをつめる」という(102頁)

【ツギ】
カタツギとカケツギ。
また、一間トビのすき間に自分の石を打ったりして石をつなげることやアタリを逃げたときに自分の石とつながること。
ツナギともいう。
ツギ(ツナギ)を打つことをツグ(ツナぐ)という。

【ツケ】
相手の石の上下左右いずれかに、単独でくっつけて打つこと。

【鉄柱(てっちゅう)】
辺の星に置いてある石につなげて第三線に打った形。

※ 黒1が「鉄柱」という好手。
※ 三角印の黒石を捨てる発想が大切。
※ 三角印と四角印の白石も風前の灯(ともしび)である。(238頁)

【ナナメ】
対角線の方向に隣り合った2つの石の形。
同じナナメでも、コスミ、カケツギはすぐに切られることはないが、ハネた直後のナナメは切られる場合がある。

【二段バネ】
黒1のハネを打って白2と受けられたときに、さらに黒3とハネる手。


【ノゾキ】
図の黒1、3のように、一間トビの隙間のとなりに、隙間を覗くように打つこと。
また、ナナメのキリを狙うように打つこと。



【ノビ】
図の黒1、3のように、並んでいる自分の石の延長上につなげて、中央または外に向かって石を打つこと。
ノビを打つことをノビるという。


【ハイ】
図のように、第二線や第三線に並んでいる自分の石の延長上に石をつなげて打つこと。
ハイを打つことをハウという。


【ハザマ】
自分の石からナナメの方向に一路あけて打ったときに中間にできる点(図のA(5, 六))。
そこに相手の石を打たれると連絡が難しい。


【ハネ】
図のように、相手の石に接触している自分の石からナナメに動き、相手の進路を止める手。
ハネを打つことをハネるという。
ハネたあとの自分の石は危険なナナメになっていることもあるので注意を要する。


【ヒキ】
図の黒1のように、自分の石につなげて、味方の石に向かって石を打つこと。
ヒキを打つことをヒクという。


【ヒラキ】
自分の石から間をあけて端の線に平行に打つ手。
ヒラキを打つことをヒラくという。


※黒の三連星は、このように模様を広げて、相手に入らせて攻めようという作戦。
 自分の石から、辺に沿って、第三線か第四線に展開する手を「ヒラキ」という。
 三角印の黒石、白石の守りの二間ビラキや、四角印の黒石(下辺の星下)のように自分の地域を広げるヒラキを覚えると、布石を上手に打つことができる。(165頁)

【両アタリ】
1手を打つだけで2ヵ所の石をアタリにすること。また、その状態。

(石倉昇ほか『東大教養囲碁講座』光文社新書、2007年[2011年版]、269頁~282頁)

石の動きの名前~武宮正樹氏の著作より


 次に、武宮正樹氏の著作から、石の動きの名前を、実戦譜に即してみてみよう。
〇武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]
 上記の著作の「第6章 囲碁用語~石の動きの名前」には、次のように述べている。

 石の動きには、名前がついている。
 このことは、それぞれの動きに独得の性質があるからであろう。たとえば、「コスミ」は堅い手であるが、「ケイマ」にはやや変幻の性質がある。「ノビ」がしっかりした手なら、「ハネ」は強くがんばった手であろう。

囲碁の用語を覚えることは、囲碁の話で便利になるというだけではなく、石の動きの意味をよく呑み込むための手助けになる。

実戦の棋譜を並べながら、囲碁の基本用語の中でも、石の動きについて覚えておきたい。
棋譜は、白番武宮正樹氏、黒番趙治勲氏、昭和60年(1985年)に打たれた棋聖戦七番勝負の第3局である。

【趙治勲VS武宮正樹の棋聖戦第3局より】
≪棋譜≫(武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]、133頁~143頁)



棋譜再生
(武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]、133頁~143頁)

①1手~8手
・黒5:シマリ 
 シマリには小ゲイマジマリ、一間ジマリ、大ゲイマジマリなどがある。
 念のため、黒5は小ゲイマジマリ、白6は大ゲイマジマリ。
・黒7:ヒラキ
 ヒラキも、二間ビラキ、三間ビラキ…五間ビラキぐらいまである。
・白8:カカリ
 小ゲイマガカリのほかに一間高ガカリ、大ゲイマガカリなどがある。

②9手~11手
・黒9:ハサミ
 ハサミは6種類ある。~一間バサミ、二間バサミ、三間バサミ、一間高バサミ、二間高バサミ、三間高バサミ。
 ⇒黒9は一間高バサミ、ハサミとしてはもっとも激しいものである。
・白10:一間トビ
 石の発展の、もっとも基本的な動き。
・黒11:ケイマ
 一間トビの白を攻めながら、右辺に地を作ろうとしている。
③12手~16手
・白12:オシ(押し)
 黒(16, 六、つまり白12の右)の背中を後から押している感じがわかるだろう。
・黒13:ノビ
 相手に押されたら、このようにノビるのが自然の動き。
※オシとノビは「エイッ」に「オー」と答えるような、一つの呼応した動きであると、武宮正樹氏はいう。
※白14と黒15もおなじくオシとノビ。
※白は12、14と勢力を作っておき、白16とハサミを打った。

④17手~21手
・黒17:コスミツケ
 ただのコスミとは違って、白(15, 三、つまり黒17の左)に働きかけている。
※この場合の目的はといえば、先手で隅を守ろうということ。
・白18:サガリ
※形としてはノビとおなじであるが、盤端に向かっているので、とくにサガリという。
 盤端が地面だとすれば、中央は空なので、盤面には「上」と「下」の感じがある。盤端の地面、つまり「下」に向かっているから、サガリ。
・黒19もコスミツケ
・白20は「ノビ」
※コスミツケとノビも、オシに対するノビのような呼応した動きといえる。

⑤22手~29手
・黒23:アテ
 アタリをかける手のこと。
・白24:ツギ(ツぐ)
 アタリをかければツぐのは当然。
・白26:キリ(切る)
※こう切って黒(16, 三、つまり白26の左)が取れている形であるから、白26は「切り取る」などともいう。
・白28はサガリ。
・黒29:オサエ
※相手が出たがっている隙間を封じ込んでしまう手である。

⑥30手~39手
※白30は「オシ」であるが、つぎの白32はオシではなく、「ノビ」であることに注意せよ。
※黒33は「ツギ」。アタリをツぐときに限らず、このように離れた石をつなげるのも「ツギ」である。

・白36:ツケ(ツケる)
※単独で相手の石に接触する手。
 もし白石がA(10, 四)にあるなら、36はツケではなく、「オサエ」になる。
・黒39:ヒキ(引く)
※ツケに対しては、「ハネ」で反発するか、おとなしく「ヒキ」で応じるか、というところである。
 39も形としては「ノビ」であるが、積極的なB(8, 四、つまり白36の左)の「ハネ」に対して堅実な応手なので、後へ「引く」ニュアンスを出している。

⑦40手~43手
・黒41:ハネ
※接触してきた相手石を直接オサえる手で、一般的にいって、「ハネ」はもっともきびしい手である。
ただし、きびしければいいというものではない。
・白42:キリチガイ(切り違える)
※単に「キリ」でもいいが、白40のツケ、黒41のハネを含んで、とくに「キリチガイ」と呼ぶ。
 互いに切り、切られ、石が交叉する形。
※「キリチガイ、一方をのびよ」という格言がある。
 キリチガイにはノビが冷静な対応である。
⇒この場合も、黒43のノビがそれにあてはまる手である。

⑧44手~49手
・白46:ヌキ(抜く)
※石を打ちあげること。
 この場合はいわゆる「四ツ目殺し」の最小手数でヌいており、「ポンヌキ」といわれるもの。
・白48:デ(出る)
 相手の石の隙間を出る手。
・黒49:ワリコミ(割り込む)
 一間トビの石の間にスッポリ入る手。

☆ところで、棋譜上の碁の展開についてであるが、黒は49まで上辺に大きな地を作ったが、白も46のヌキから48と突き抜いて、真ん中がたいへん厚い。
まずは互角の形勢と見られる。

⑨50手~53手
・白52:二段バネ
※白50はハネ。黒51のハネに対して、もう一度52とハネたので、50と関連して「二段バネ」と呼ぶ。
二段バネは、黒A(16, 十二、つまり白52の左)のアタリの隙が生じるので、初級者はこわくてなかなか打てない。
しかし、両アタリになるわけではないので大丈夫。
それよりも相手石の発展をおさえ込んでしまう働きが大きいという。

・黒53も二段バネ
※こんどは黒A(16, 十二)で両アタリになるから、白も気をつけねばならない。

⑩54手~64手
・黒57:ハイ(這う)
※部分的な形としては「オシ」なのであるが、前述したように、盤端は地面のようなもので、第二線は地面スレスレのところなので、そこへ石がのびていくときは「這う」という感じになる。
※第三線でこういう手を打つときもおなじである。第四線になると、地面からだいぶ離れているので、「這う」とはいわない。

・白56、58は、それぞれ「ノビ」または「ヒキ」である。
・黒63も「ハイ」

☆なお碁の対局のほうは、左下一帯から中央にかけて、白が大風呂敷を広げており、下辺の黒二子を攻めながらここに地がどれぐらい、まとまるかが勝負である。
(武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]、133頁~143頁)

【趙治勲VS武宮正樹の棋聖戦第3局より】
棋譜は、白番武宮正樹氏、黒番趙治勲氏、昭和60年(1985年)に打たれた棋聖戦七番勝負の第3局である。
≪棋譜≫(武宮正樹『武宮正樹の並べるだけで二・三子強くなる本』誠文堂新光社、1987年[1993年版]、133頁~143頁)


<ポイント~武宮正樹氏の卓見>
・コスミツケの目的は、先手で隅を守ろうということ。
・盤端が地面だとすれば、中央は空なので、盤面には「上」と「下」の感じがある。盤端の地面、つまり「下」に向かっているから、サガリ。
・コスミツケとノビも、オシに対するノビのような呼応した動きといえる。
・部分的な形としては「オシ」なのであるが、盤端は地面のようなもので、第二線は地面スレスレのところなので、そこへ石がのびていくときは「這う」という感じになる。第三線でこういう手を打つときもおなじである。第四線になると、地面からだいぶ離れているので、「這う」とはいわない。


≪近正宏光『コメの嘘と真実』を読んで≫

2022-07-10 18:01:06 | 稲作
≪近正宏光『コメの嘘と真実』を読んで≫
(2022年7月10日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の本を参照して、再び、おコメについて考えてみたい。
〇近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年
 本書は、ある農業生産法人が新規就農するに際して、いかなる過程を経て、経営を安定させるに至ったかを克明に記録した書である。それとともに、日本のコメ作りの現状と問題点を浮き彫りにした書であるともいえる。

著者の近正宏光氏は、コメの付加価値を高めることが大切だと力説している。
 そのために、越後ファームという農業生産法人は、慣行栽培から特別栽培、さらに有機栽培へとステップアップを図ったという。同時に、今摺り米や雪室米など、鮮度にこだわったコメの販売にも取り組んできたそうだ(108頁)。
 とりわけ、日本の有機農業研究の第一人者と言われる、農学博士の西村和雄先生(京都大学フィールド科学研究センター)に有機栽培の指導を仰ぎ、真摯に取り組んでいる姿勢は、尊敬に値する(45頁、74頁など)。
 私のような兼業農家で、慣行栽培(もしくは特別栽培)をし続けた者には、とても想定しえなかった問題点をあぶり出したという意味において、本書は学ぶところの多い書であった。
(ただ、TPP(環太平洋経済連携協定)問題に関して、章立てを見てもわかるように、著者は賛成の立場を明確にしているなど、私と意見を異にする主張も、随所に見られる)

 例によって、私の関心にそって、本書の内容を紹介してみたい。



【近正宏光『コメの嘘と真実』(角川SSC新書)はこちらから】
近正宏光『コメの嘘と真実』(角川SSC新書)





〇近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年
【目次】
はじめに
序章 新規就農に2年、就農したらもっと大変!
第一章 まともに作るほどバカを見る農業の実態
第二章 農業政策を転換しないととんでもないことになる!
第三章 “売れる”農家にならなければ生き残れない
第四章 私たちはTPPに賛成です!!
第五章 日本農業の道しるべ~明日への打開策~
第六章 惑わされないための「コメ用語」
    慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
    魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/森のくまさん/ゆめぴりか/つや姫
    玄米/金芽米/今摺り米/雪室米/天日干し米/
    米・食味鑑定士、お米マイスター、ごはんソムリエ
おわりに




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・「はじめに」
・農業生産法人・越後ファームについて
・減反政策と日本のコメ
・TPP問題に関連して
・日本の農業の知恵と工夫~雑草対策の一例
・有機栽培について
・「コメ用語」の解説~第六章
  慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
  魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/
  玄米/今摺り米/雪室米






「はじめに」


「はじめに」(3頁~5頁)によれば、著者・近正宏光氏が農業に従事するきっかけとなったのは、勤務先の不動産会社の社長から、2004年に言い渡されたことによるそうだ。
(不動産会社は、日廣商事といい、新宿を拠点に貸しビル・別荘地開発といった事業を展開する)その社長は、経済評論家の講演に参加して、「これからは『食糧安保』の時代だ」との言説に共感した。
・そこで、新潟出身の著者にコメを作ることを命じ、近正氏が農業生産法人・越後ファームを立ち上げた。その道のりはとても険しく、茨の道だった。コメ作りに関して、ずぶの素人であった著者は、それでも、2012年には、有機JAS認証を受け、“期待のルーキー”として理想を高く持っている。

近正氏の主張は次のようなものである。
・戦後、日本のコメを守るために構築されてきたルールやシステムは、消費者を守るシステムではなく、「おいしくて安全なコメを食べる」ことの阻害要件でしかないとする。
・TPP交渉参加問題で、格別に高い関税がかけられる保護すべきコメにスポットを当てる。

・農業従事者、消費者、農協、お役所が、「コメのいま」を見つめ直し、やり直さなければ、「日本のコメ」は終わってしまうという危機感を持っている。
 “コメ作り”の当事者となったからこそ知り得た、嘘と真実を、一人でも多くに伝えたくて、著者は筆をとったという。21世紀のコメ作り、さらにはこれからの日本農業の進むべき道を考え、日本の「誇るべきコメ」再生のきっかけになれば幸いとする。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、3頁~5頁)

農業生産法人・越後ファームについて


・農業生産法人・越後ファームは、新潟県の阿賀町に農場と加工施設を持ち、営業・販売の拠点を置く会社である。
・2004年、日廣商事の社長から、「コメを自分たちで作り自力で売る」ようにとの指令のもとに、2006年に立ち上げた会社。
・伊勢丹新宿本店をはじめ全国の百貨店で商品を販売しており、2013年には、米穀販売の直営店を日本橋三越本店に出店。
・京都大学農学博士の西村和雄先生に技術指導を仰ぐ。

・新潟県東蒲原(かんばら)郡阿賀(あが)町は、日本の中山間地(ちゅうさんかんち、平野の外縁部から山間地を指す農業用語)に位置する。
・法人として新規就農する際、立ちはだかるのが、「農地法」と「農業委員会」
⇒農地の売買、贈与、貸借などには農地法第3条に基づき、「農業委員会」の許可が必要になる。
※農業委員会とは、各市町村に置かれている行政委員会。委員は農家から選出された人などを中心に構成。
※農地法第3条により、農地の売買や貸し借りを行う場合は、農業委員会または県知事の許可が必要となる。

・農業生産法人・越後ファームは、最初、農政局の担当者にかけ合い、阿賀町農業委員会、新潟県庁、農政局の各担当者と、話し合いの場を設け、農業生産法人設立へ向けた申請案を提示。
⇒2006年、新規就農が公的に承認。農業生産法人として名乗ることが可能になる。

・2006年3月、「農業生産法人・越後ファーム」を設立したが、村社会の閉鎖性に苦しめられ、借り受けたのは3反の中山間地域の田んぼ
(ちなみに1反は約0.1ヘクタール(1000㎡)、10反で1町歩(1ヘクタール)となる)
 それでも2年目には1町歩(10反)、3年目には2町歩と、年を重ねるごとに、農地面積は1年ごとにほぼ倍増するペースで拡大。

☆【中山間地域の苦労】
・棚田ばかりの中山間地域は、平地に比べ、作物を育てるのに倍以上の労力が必要とされる。
⇒例えば、あぜの雑草除去にしても、平地であれば機械で難なく刈り取ることができる。
 しかし、隣接する田んぼと高低差のある棚田のあぜは、急斜面のいわゆる“のり面”である。
 (阿賀町では、大人の背丈を軽く超えるのり面も珍しくない)
 急斜面の雑草除去だけでも大変な作業
・山の斜面に作られた田んぼが点在している中山間地域では、移動にも時間がかかる。
※高齢化の進んだ中山間地域では、耕作放棄地が増える一方
・越後ファームは、「非効率」を絵に描いたような土地に就農。裏を返せば、新参者が就農するには、そのような中山間地域しかなかった。

・最初、3反の田んぼから20俵のコメを収穫。
 収穫期に合わせ、精米もできる乾燥工場も造る。しかし、コメを売る販路が見つからず、余ったコメは本社の社員に配るしかなかったようだ。
・2年目の2007年、作地面積は1町歩に増え、70俵のコメを収穫。農協に卸すことをしない選択肢をとったため、作ったコメを泣く泣く白鳥のエサにすることに。
(葛藤の末、阿賀野市の瓢湖に飛来する白鳥の飼料に寄付)
※中山間地でコメ農業を営んでいくためには、高付加価値の付いた競争力のあるコメを売っていかなければ、農業経営など覚束ないこと、そして販路を開拓しなければ越後ファームの未来はないことを、認識し直す。

☆【中山間地のデメリットは実は武器になる】
・越後ファームの究極の目標は、「越後ファームをブランド」にすることだという。
・ただ、営農において、効率的なコメ作りが可能な平地には到底かなわない。
⇒日本の農産地は、「平地農業地域」と「中山間農業地域」の2つに大別される。
・中山間農業地域とは、平野の外縁部から山間地を指す。
・山地の多い日本では、このような中山間地域が国土面積の65%を占めている。
 しかも、中山間農業地域は、日本全体の耕地面積の43%、総農家数の43%、農業産出額の39%、農業集落数の52%を占める。
※平地に比べ効率の悪さなど不利な点が多いにもかかわらず、食糧需給に多大な貢献を果たしている。
※「顧客満足」を考えた場合、「平地」と同じ手法で争っても、価格競争で勝てるわけもない。
 だから、「中山間地」のデメリットをメリットに変えるような工夫が必要。
⇒・おいしいコメ作りには冷たく、澄んだ水が欠かせない。
 ・幸いにして越後ファームのある阿賀町には、きれいな雪解け水、湧き水に恵まれている。
 ・さらに阿賀町には、スギのような針葉樹ではなく、ブナの原生林など広葉樹の多い山地である。
(土壌には、散った落葉によって栄養が蓄えられている)
※冷たくきれいな水と自然のままに豊かな土壌という、この2つは、平地にはない中山間地域ならではのメリットといえる。
⇒このメリットを生かしたコメは顧客満足につながる。
(価格が少々高くなっても、消費者は「安全でおいしいコメ」を選んでくれるはず)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、12頁~30頁、48頁~51頁、83頁~85頁)

西村和雄先生


西村和雄先生
・京都大学農学博士、日本の有機農業研究の第一人者と言われる、京都大学フィールド科学研究センター
・越後ファームが有機栽培の指導を仰いでいる
・「慣行栽培から有機栽培に転換すれば少なくとも2割から3割、収量が落ちる
 つまり、減反をするくらいなら、日本の農家すべてを有機栽培すればいい。
 そうすれば自然に収量は落ちるし、おいしい米が増える。
 そのうえ、化学肥料や農薬も減るので環境にもいい
 ⇒近正宏光氏も、西村和雄先生の意見にまったく賛成であるという。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、45頁)

減反政策と日本のコメ


 「第一章 まともに作るほどバカを見る農業の実態」の「減反政策が日本のコメをダメにした」(42頁~46頁)には、次のようなことが述べられている。

・一般的に水田1反当たりから収穫できるコメの量は9俵程度(1俵60kg)と言われている
・ただ、これはあくまでも平均値
 同じ1反でも10俵とれるところもあれば、7俵しかとれないところもある。
⇒減反と言われたコメ農家はどうするか。
 当然、10俵とれる田んぼは温存。7俵しかとれない田んぼを減反分に回す。
⇒当時の政治家や官僚は、「1反減らせばこれくらい減るだろう」という目算を立てていたが、机上の空論。
 耕地面積は予定どおり減っても、蓋を開けたら収穫量は計算より多かった。
(このような矛盾をはらんだまま、国の減反政策は続いてきた)

(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、42頁~43頁)

TPP問題に関連して


「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「世界との経営規模の違いをどう克服していくか?」(105頁~108頁)には次のようなことが述べられている。

・世界のコメの生産量は約4億5000万トンあるといわれている。
 そのうちタイ米のような長粒種(インディカタイプ)の占める割合は9割に及ぶ。
 日本米のような短粒種(ジャポニカタイプ)は1割しかない。
・これから先、世界市場でも注目されていくのは、中国のコメになることは間違いないらしい。
 現在、中国のコメ生産量は世界第1位で、全世界の3割にあたる量のコメを生産している。
(そのほとんどを自国で消費している)
・日本のコメが生き残るためには、他国には作れないようなコメ、質の高いコメを作っていくほかない。

・日本の農家1戸当たりの経営農地面積の平均は、1.4ヘクタールといわれている。
 農地の多い北海道は平均20ヘクタールと全国平均を大きく上回っている。
 しかし、アメリカは170ヘクタール、オーストラリアの3000ヘクタールと比べると、さすがの北海道も足元にも及ばない。

・農地の大きさ、規模の面で考えれば、国土の狭い日本が広大な農地を持つ海外と渡り合うのは不可能である。
(日本の平均農業地域の農地をいくら集約・大型化しても、アメリカやオーストラリアには勝てない)
しかし、戦い方がある。これはマーケティング論の問題だという。
 つまり、顧客が何を望んでいるのかを徹底的に考え、自分のできることをそこに当てはめていく。
(顧客のことも考えず、殻に閉じこもった商売や好き勝手な商売をしているようでは、お客は離れていくだけ)

・大量生産と渡り合っていくためには、オリジナリティの創出が最も重要なポイントとなる。
 小さいものは小さいなりの、かゆいところに手の届く付加価値を付けていけばいい。
 作り方、売り方に個性を際立たせていくことで、大手や大量生産に負けない商品を生み出していくことはできる。

 例えば、有機栽培を手取りの除草で付加価値を付ける。
(これはとても大変な作業であるが、手取りで除草するなど、アメリカやオーストラリアの広大な農地では到底できない)

・どんな農地であろうとも、どんな環境にあろうとも、打つ手はきっとある。
 非効率きわまりない中山間地域での営農を続けている越後ファームは、コメの付加価値を高めるために、慣行栽培から特別栽培、さらに有機栽培へとステップアップを図っている。
 それと同時に、今摺り米や雪室米(後述)など、鮮度にこだわったコメの販売にも取り組んでいる。
〇この先、コメ農家に必要とされるのは、その付加価値をしっかりと説明できる営業力を持つことが大切だと、近正宏光氏は主張している。
 付加価値と営業力の2つがそろわないと大手に太刀打ちできない。少数精鋭で営業力を高めていけば、きっと道は開けるという。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、104頁~108頁)

日本の農業の知恵と工夫~雑草対策の一例


「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「知恵と工夫を取り戻せ!」(109頁~111頁)には次のようなことが述べられている。

・かつて化学肥料や農薬がなかった時代、日本の農業は各農家の知恵と工夫によって害虫や病気と闘ってきた。
 ところが農業技術の進歩と機械化によって、化学肥料や農薬、機械に頼る人が増えた。
 (だから、先人たちの血と汗の結晶である貴重な知恵は過去の異物として葬り去られた)

・化学肥料や農薬に依存した慣行栽培は、作り手が楽をしようと思えば、いくらでも楽のできる栽培法だといわれる。
 ⇒そんな楽な環境が整ったために、週末だけ農業に携わるような兼業農家が増えていき、また農村の高齢化を招いた。
 その一方で、有機栽培は、先人たちの知恵がなければやっていけない農法である。

〇全国各地の有機篤農家のなかには、卓越した知恵と技術でコメを育てている人たちがいる。
 たとえば、千葉のある篤農家がコナギという雑草をどのように除草しているかを紹介している。
 つまり農薬はもちろん、機械も使わず、手もほとんど使わないようだ。
・コナギとは水田に生える雑草の一種で、5月くらいに発芽する
 コナギは水温が17℃前後になると発芽するそうだ
 ⇒千葉の篤農家はその性質を逆手に取った農法を実践
・代掻き(田植えの前に水を入れて、塊になった土を砕く作業)したのち、水田の水温が17℃前後になると、コナギがむくむくと発芽を始める
⇒すると、この篤農家は、そこでいったん水田の水をすべて抜く
 発芽しかけのコナギも一緒に流してしまう
・水が抜けたら再び水を張り、また水を抜く
・こういった作業を3回ほど繰り返すと、コナギの多くは除去できるそうだ
(残ったわずかな量のコナギは、機械除草や手作業で抜いていく)

※これは代掻きの時期に水温がちょうど17℃くらいになる千葉だからできる農法である
(他の地域ではなかなかこの方法は実践できない)
 こういった手法をそれぞれの地域が自然環境に合った形で見いだすことこそ、農家の生きる知恵と言えると、近光氏は捉えている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、109頁~111頁)

有機栽培について


「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「デメリットをメリットに変える」(111頁~115頁)には次のようなことが述べられている。

・「デメリットをメリットに変える」、これこそ、越後ファームが創立からずっとテーマにしてきたことそうだ。
(越後ファームには、TPPは逆境ではなく、またとない“チャンス”と思っている)
 越後ファームは中山間地域という非効率な環境を嘆き苦しみ絶望したからこそ、そのデメリットを逆手にとって、中山間地域だからできる有機栽培に挑戦してきたという。
 有機栽培だからといって必ずしもおいしいコメができるとは限らない。
 だからこそ、「おいしい有機米にするにはどうしたらいいのか」を顧問の西村和雄先生の指示を仰ぎながら、そのやり方を追求してきた。

・越後ファームがやってきたのは「問題→工夫→結果→改善」の繰り返しであるという。
 ビジネスの世界でよく言われる「PDCA」のサイクルにも似ている。
つまり、
●予定を立て(Plan)
●実行し(Do)
●振り返り(Check)
●改善する(Action)

・小さな目標の積み重ねが大きな目標の達成につながる。PDCAのサイクルをスパイラルアップしていくことが全体のスキルアップにつながる。それはビジネスも農業も同じだという。

〇越後ファームが中山間地である阿賀町で有機農法を続けることのメリットは「おいしいコメができる」だけではないと主張している。
・西村和雄先生によれば、1反の田んぼに1cmの水を張ると、それは期間内に100トンの水を保水したのと同様の効果があるそうだ。
⇒越後ファームが中山間地域で営農し、棚田を維持し続けることによって、川の氾濫や土壌の浸食、崩壊を未然に防ぎ、上流から下流まですべての自然の生態系を守っていることになる。
つまり、過疎化が進んでいる日本の中山間地域は日本の生態系を守る重要な存在だとする。

〇さらに中山間地域で有機農法に取り組む環境的利点はもう一つあるという。
 それは、農薬や化学肥料を使わないので、きれいな水がそのまま下流に送れるということである。上流で農薬を使わなければ、それは下流域の農作物を守ることにもなり、川そのものの生態系を守ることにもつながる。
(農薬の空中散布などで慣行栽培農家と有機栽培農家がぶつかり合うのはよく聞く話であるが、水田に引く水自体が農薬に汚染されていたら有機栽培農家は他から水を引くしかなくなる)

※生活排水に汚染されていない雪解け水、湧き水の豊富な阿賀町は、平地農業地域よりも有機栽培に適している。
 中山間地域はデメリットばかりでなく、多くのメリットも秘めている。
・TPP参加となった場合、中山間農業地域は有機栽培などの高度な栽培技術と高付加価値化を推進していけばよいし、平地農業地域は農地集約による大規模化、さらにそのための法整備を進めて行けばいいとする。
 どんな土地でも、適地適作、知恵と工夫を凝らせばおいしいコメは作ることができるので、TPPを恐れることはないという。地形や気象の変化に富んだ日本は、その特色を生かした農業をしていけばいいと近正氏は主張している。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、111頁~115頁)


「コメ用語」の解説~第六章


「第六章 惑わされないための「コメ用語」」には、次のような用語が解説されている。
    慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
    魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/森のくまさん/ゆめぴりか/つや姫
    玄米/金芽米/今摺り米/雪室米/天日干し米/
米・食味鑑定士、お米マイスター、ごはんソムリエ
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、137頁~172頁)

このうち、慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米/魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/玄米/今摺り米/雪室米について、要約しておこう。

慣行栽培米


・一般的に出回っているコメは、ほぼこのカテゴリーに属する。
 都道府県ごとに行政によって決められた基準に準じて、農薬を散布し化学肥料を投与する栽培法。
・都道府県の農林水産部管轄である「農業技術改良センター」より栽培暦という冊子を渡され、農薬の散布時期や回数、肥料の投与回数・時期の指導も行われる。
 これと農協の指導を遵守すれば、原則として県の求める線は満たす食味と安全性を実現したコメができ上がる。そしてコメは農協が買い取る。
※すべてガイドラインがあるわけで、差異化を求めて深く考え人と違うコメを作る、ということが次第にできなくなっていく

※もちろん慣行栽培米にもおいしいものはある。
 コメ作りに適した自然環境に恵まれているのは必須条件であるが、水質と水管理に配慮し、かつ稲の状態をきちんと観察し、窒素過多を避けながら栽培するような、良心的な農家もいる
(窒素過多の稲は葉の色が収穫時期にもまだ鮮やかな緑色のままになる)
 ただ、兼業農家が主流の現状では、毎日の観察・管理は難しいと近正氏はいう。

・また、窒素過多(化学肥料大量投入)の理由は減反政策にもあるようだ。
 米の供給過剰を抑制すべく1970年に政府が施行した制度で、耕作面積削減(3割減目標)と補助金をセットにしたものであるが、これが災いを招いた。
 多くの農家は耕作面積の削減に応じたが、収穫量は現状維持を目指した。狭くなった耕作面積あたりの収穫量を向上しようとするため、肥料を大量投入するようになってしまった。

・余談だが、化学肥料には亜硝酸態窒素(硝酸態窒素)がとりわけ多く含まれると言われている。これは動物に毒性を持つ成分で、コメにはその影響はないと言われているが、野菜や果物はそうではないそうだ。
(海外ではこれに対する規制があるが、日本には取り締まるものがまだないという)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、139頁~142頁)

特別栽培米


・慣行栽培における農薬・化学肥料の投与量を共に50%以下に抑えて栽培したコメを指す。
・2001年に農林水産省のガイドラインが改訂され、表示販売できるようになったカテゴリー。
 慣行栽培と有機栽培の中間に位置するものと考えて差し支えない。
 コメ農家は田んぼに特別栽培である看板を出し、また「使用農薬名」「農薬使用量」「農薬使用回数」といった栽培履歴のチェックを受ける。

※越後ファームが米作農業に携わって、どうしても有機化できない場所というものもあるそうだ。 どれだけ丁寧に接してもどうしても虫がわく、雑草を取り除けない場所がある。
 ただ、そうした場所でも特別栽培なら可能だったりするという。ベストではないがベター、それが特別栽培である。
 越後ファームでは、特別栽培を3カテゴリーに分類している。
①農業・化学肥料の使用量を慣行栽培の50%以下に抑えたもの
②農薬8割減・化学肥料不使用
③農薬・化学肥料不使用(※有機JAS認証を受けるには2年間の転換期間が必要)
百貨店などの現在の主力は①の、通常の特別栽培米であるそうだ。
 (手間や技能は慣行栽培より要するが、収量は落ちず、より安全で手間がかかっている分おいしいという付加価値が生じる)

(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、142頁~145頁)

有機栽培米


・農薬・化学肥料不使用・有機肥料投与が有機栽培の定義
・有機栽培は真面目に取り組むほどに手間がかかり、収量も落ちる、難度の高い栽培法
(越後ファームの実績では慣行栽培の約50%まで収量が落ちるという)
・コメ農家全体の0.2%しか有機栽培に取り組んでいないというのが現状
・だから、一般的な家庭で買い求めるコメの価格が1kg当たり400円程度と仮定した場合、有機栽培米は、その2~3倍以上である。

・雑草対策として、種籾を撒く前に田んぼに深めに水を張る。これを「深水」という。
 光を遮断し光合成を妨げることで雑草、特にヒエの芽が出ないようにする。
 米作における主な雑草はヒエやコナギになるが、ヒエはこれでほぼシャットアウトできる。
 コナギに関しては新潟県の気候条件だと、深水くらいでは排除できない。ひたすら手と機械で除草するという。
・肥料に関しては有機肥料といえど最小限しか与えない。
 肥料には窒素分が多く存在し、これが投与過多になるとタンパク質含量が上がってしまい、コメがまずくなる。
・有機栽培には肥料の投与量には規制がない。
 越後ファームは篤農家と意見交換を行うと、肥料過多の田んぼがあるという。
 アイガモ農法や鯉農法のようにそもそも栽培法に問題が生じやすい場合、単純に肥料を与えすぎている場合などがあるが、共通するのは窒素過多らしい。
 また、肥料に問題がある場合というのは、肥料が「完熟」していないケースがある。有機肥料の多くは牛糞、豚糞、鶏糞などであるが、いずれも取り扱いが難しいようだ。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、145頁~148頁)

自然農法米


・肥料も農薬も一切使用しないコメの栽培法。有機栽培のカテゴリーで最高難易度のもの。
・越後ファームは、顧問の西村和雄先生の指導のもとに自然農法に適した場所探しから始めたそうだ。
〇「東南に開けていて日照時間が長いこと」
〇「山の湧き水がそのまま引き込め、掛け流しができること」
〇「花崗岩質の風化土壌」
(土に関しては、ようは痩せた劣悪な土であることらしい。そのような環境だからこそ、稲は必死になって養分を吸おうとし、たくましく育つという)
・稲の植え方は「尺角植(しゃっかくうえ)」を行う。
 通常21cm間隔の株間を30cmに広げて手植えをする。
 1本1本の稲に養分が行きわたるようになることはもちろんだが、こうすることで稲に変化が起きてくるようだ。
 通常の稲は直立しているが(多収量型:穂数型)、自然農法を続けると開帳してくる(少収量型:穂重型)
⇒これはより多くの太陽光を得て、同じく養分である窒素を雷や生物窒素固定(生物が空気中の遊離窒素を取り込み、窒素化合物を作る現象)から得るための、稲本来のたくましい姿だという。茎も当然太くなる。

・雑草と虫対策が有機栽培と同様に重要であるが、やはり深水にし光合成遮断と虫の排除を行う。そして水量の安定を図る。
 この自然農法では水の掛け流しが原則で、この安定化がなかなか骨の折れる作業とのこと。
(植物の生育上どうしても発生するガスや汚れを常に流し出し、同時に養分に満ちた水を常に流し入れる)
・その後はひたすら雑草を手で排除していく。
 稲が雑草より背が高くなるまで、その田んぼで稲が支配的な存在になるまではこの作業を怠ると、栄養不足のまずいコメになってしまうらしい。
※稲が十分育つ8月になると、根を切ることを避けて、もう雑草を取りに田んぼに入ることもなくなる。

※自然農法は、「誰がどのようにどれだけ手をかけて育てたか」が重要になる。
 ちなみにこの栽培法だと、慣行栽培と比べて、収穫量が50%以下にまで落ちる。
 上手に育てれば格別な味わいと安全性を実現するが、その膨大な手間と技能習熟、そして生産性の面から、自然農法米が市場に多く出回ることは現実的ではないと、近正氏はコメントしている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、148頁~150頁)

アイガモ農法米


・有機栽培の一つの方法で、アイガモの愛らしさや自然の摂理に則った印象もあって一時期注目と人気を集めた。しかし、この農法にも注意点がある。
〇アイガモ農法は次のようなものである。
・田んぼに苗を植え水を張る。
 そこでコガモを放す。アイガモは稲を食べる習性がない。
 稲の間をヨチヨチと泳ぎ回ることで水がにごり、まだ芽を出していない雑草の光合成を妨げる。そしてアイガモは虫をついばむので、稲作の大敵である除草・虫対策(もっとも益虫も食べてしまうが)を人間に成り代わって行ってくれる。
※この際、農家が注力するのが、野犬やイタチ、カラスやトンビといったアイガモにとっての天敵からアイガモを守ること。防護ネットを使ったり、工夫と設備投資を行う。

・肝心のコメはどうか。
 食物としてのコメにとって窒素過多はご法度。当たり前だが、アイガモは田んぼの中で糞をする。これは「未完熟の肥料」。彼らは自然の行為として排泄を行い、タイミングも自然に任せて行う。結果、気を抜くと、肥料の投与量も時期もコントロールを失った、窒素過多のコメが実る場合もあり得る。
※同様の理論で、鯉などを使った栽培法もあるが、消費者がこうむるデメリットも同様。有機米にイメージとしての付加価値ではなく、「おいしさ」「安全性」を求めるのであれば、他の選択肢も検討しなければならない場合があると、近正氏はコメントしている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、151頁~152頁)

魚沼(新潟県)産コシヒカリ


・魚沼産コシヒカリは日本で一番有名な「産地ブランド」になっている。
・魚沼は、かつて旧・塩沢町を本拠に隣接する旧・六日町・大和町などをいわゆる「南魚沼」、旧・十日町・川西町などを「中魚沼」、それより北を「北魚沼」と呼んでいた。
塩沢を中心とした南魚沼で高い評価を得た「コシヒカリ」。次いで追随した中魚沼を含め「魚沼」の名と「コシヒカリ」の名を一気に最高位に高めた。
(北魚沼についても「魚沼」の名で呼ぶ場合はその一角に数えられている)
・かつての「南魚沼」は、典型的なすり鉢状の盆地で、昼夜の温度差が10℃以上あり、冬は豪雪、そしてピュアな伏流水に恵まれた、コシヒカリ栽培に最適な自然環境を誇っていた。
(ただ、現在の「魚沼」は市町村合併が進み、すべてがそのような環境下にあるわけではないようだ)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、152頁~154頁)

【補足】:「魚沼産コシヒカリ定期便」


・『農業共済新聞』によれば、株式会社さくらファーム湯沢は、新潟県湯沢町土樽で、水稲「コシヒカリ」12ヘクタールを経営。
・直販する米の5割ほどを、毎月定量を配送する「魚沼産コシヒカリ定期便」として、個人向けに出荷している。
 価格は精米1キロ680円を基本とする
(契約期間や支払い方法に応じた割引を設定)
・中山間地に位置するさくらファーム湯沢が管理する水田は、1筆5~20アールの区画が基本で、最大でも30アール規模。
 大半が10アールほどの大きさの水田で、54馬力のトラクターでの作業が限界という。
※ふぞろいな区画や傾斜地が多く、合筆できない圃場が多い。
(ここ数年の圃場の筆数は、230~250筆で推移)

・近年は新潟県でも高温の影響が出ているが、湯沢町は高冷地で暑さの影響を受けにくく、1等米の割合が高いそうだ。
・ただ、作業性などの条件が劣るため、平野部と比べ、10アール当たりの平均収量は60キロ以上の開きがある。
(単価は一律のため、JAへの系統出荷は生産量の半分に抑え、直販を収益拡大の軸に据える考えらしい)
(『農業共済新聞』2022年7月6日付 第3416号より)

仁多米


・島根県仁多(にた)郡で作られているコシヒカリ。
・1998年の全国米食味ランキング(日本穀物検定協会主催)で特Aに選ばれる。
 「西の魚沼」と呼ばれるまでの産地ブランド化を達成。
・標高300~500mの中山間地にある。
 昼夜の温度差(日較差といい登熟期にこれが大きいほどよい)は魚沼以上。
 冬には雪が降り積もり、斐伊(ひい)川という素晴らしい川が流れ、環境面ではコシヒカリ栽培に最も適した条件を備える場所。
・さらに仁多牛というブランド牛の飼育がそもそも米作りとセットで行われていた。牛糞を肥料に米を育て、牛は稲藁(いねわら)を食べ育つ、という循環が成立していた。
・行政と農協がリーダーシップをとり全体のレベル向上を図っている産地。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、155頁~156頁)

【補足】:島根県安来市のどじょう米


・『農業共済新聞』によれば、島根県安来市宇賀荘地区にある農業組合法人ファーム宇賀荘は、水稲117ヘクタール、大豆75ヘクタールを栽培。
⇒法人設立当初から環境にやさしい農法に取り組む。
・水稲は、ドジョウを放流し、化学農薬と化学肥料を使わない「どじょう米」を栽培。
⇒本年度(2022年度)の出荷時期までに有機JAS認証取得を目指す。
※どじょう米の有機JAS認証取得は以前から目指していたが、乾燥調製が外部委託で、ほかの米と交ざるため認証は取得できなかったようだ。
⇒ところが、今年の春、念願だった有機JAS認証に適した乾燥調製施設が、県の補助を受け完成。
(施設は、鉄骨平屋で400平方メートル、乾燥機は4基で、最大40トンの玄米を貯蔵できる)

※現在、有機JAS米として「きぬむすめ」「ヒノヒカリ」の2品種を10ヘクタール栽培しているという。
⇒今後は農薬・化学肥料を慣行の5割減にする特別栽培米を有機JAS米に順次変更し、将来は栽培面積を25ヘクタールまで拡大する予定。
(『農業共済新聞』2022年7月6日付、第3416号より)

玄米


・白米とは、コメの組織の「胚乳」の部分を指し、その表面に残存する肌糠が残るコメが普通の精白米。コメを研ぐのは肌糠を落とすためである。
・無洗米は、その肌糠までをあらかじめ除去し、コメを研ぐ(洗米する)必要のないコメ
・胚芽米は、その胚乳に「胚芽」が付いた状態のコメ
・「玄米」は、胚芽米の表面の糠層を取らずにおいた状態のコメ

〇玄米食は、昨今の健康ブームもあり、広く一般に浸透している。
 白米より栄養素が豊富で歯ざわりも変化に富み、また味わいも複雑である
 
※近正氏は、おかずを受け止め、口中調味を促進する白米を好むという。栄養素はおかずからとれるし、玄米は消化が悪いので、より咀嚼しなくてはならないかららしい。時には玄米を食べたくなるときもあるが、その際は有機栽培か自然農法のコメだそうだ)
・糠層や胚芽に残留農薬が含まれやすいと言われるなか、検査を行いクリアしているといえども、田んぼに立つ人間としては、稲の病気や虫に対する絶大な効果を目の当たりにしている以上、検査結果をどうしても信用できないという。
 成人はともかく、子供には食べさせたくないと、近正氏は思っている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、160頁~161頁)

今摺り米


・今摺り米とは、玄米で保管・流通されるコメと異なり、籾のままで保管し、受注時に籾摺り・検査・精米を瞬時に行う方法で、鮮度管理に最適な方法と言われている。
・JAS法(日本農林規格)では、農産物検査によるコメの等級検査を受けなければ、産地や年産、品種を表示して販売してはならないという規定がある。
 一般的に農家は農協に集荷してもらう時点で検査を受け、等級に見合う価格で集荷してもらう。この等級検査は玄米の状態でしかできないことから、農家は収穫したコメ全量を籾を外し、玄米にして乾燥した状態で農協に出す。従って、農協など一般のコメは、この農産物検査を収穫時期に一括して受ける習慣にあるため、そこから1年間のコメの流通は、玄米で行われる。
・越後ファームは、百貨店などから受注する日まで籾で保管し、受注後に籾摺り・検査・精米を一括して実施し、出荷するそうだ。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、163頁~165頁)

雪室米


・コメは生きている。特に籾は来年用の種籾として使用できるもの。それゆえ呼吸する籾を元気なまま貯蔵するには、その呼吸数を抑制する効果の高い低温貯蔵は有効である。

・機械低温貯蔵は、確かに効果を発揮するが、貯蔵庫内部を、例えば15℃に設定しても、実際には14℃に下がったり、16℃に上昇したりと、ある範囲で乱高下を繰り返す。
また、8m前後もある背丈の高い貯蔵庫では、床付近と天井付近で若干の温度差が発生してしまう。冷たい空気は下へ、温かい空気は上へと進む摂理によるものである。
⇒そこで雪室貯蔵庫に変えることで、そうした温度ムラはほとんど防止できる。

・越後ファームは、2012年から、この雪室貯蔵庫に取り組んでいるという。
 最もコメの劣化が進む2月から7月の間を雪室に貯蔵することで、今摺り貯蔵に加え、さらに鮮度管理効果を高めることに挑戦している。

・雪室は、2月、大量に降り積もった汚れのない雪を雪貯蔵庫に入れ、そこの貯蔵庫で冷やされた冷たい空気をコメ貯蔵庫に送り込みコメを低温貯蔵しようとするシステム。
特殊な設計で建てられた貯蔵庫は、雪も半年以上溶けず、コメの低温貯蔵も完璧に担保されるに日本が誇る技術である。
・雪室貯蔵庫は、自然エネルギーの有効活用事例である。
 コメどころに豪雪地帯はたくさんある。雪国で暮らす人々にとって、雪は生活の敵でもある。
 しかし発想の逆転が重要で、中越地震時の危機管理対策への反省からも、鮮度管理可能な利雪事業の根幹をなす雪室貯蔵は、豪雪地帯のコメ農業者の知恵であり、新しい付加価値への挑戦でもあると、近正氏は考えている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、165頁~167頁)