歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪囲碁の攻め~山田規三生氏の場合≫

2024-08-25 18:00:08 | 囲碁の話
≪囲碁の攻め~山田規三生氏の場合≫
(2024年8月25日投稿)
 

【はじめに】


 引き続き、囲碁の攻めについて、山田規三生氏の次の著作を参考にして、考えてみたい。
〇山田規三生『NHK囲碁シリーズ 山田規三生の超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]

 山田規三生九段は、プロフィールにあるように、攻めを主体とした魅力的な棋風で知られ、「ブンブン丸」の異名をもつプロ棋士である。
 本書の叙述スタイルは、テーマ図を問題形式で出題し、失敗図と正解図を載せ、必ずテーマ図に到る手順図が加えてある。だから、棋譜並べにも役立つ。
 山田氏も、「はしがき」(2頁~3頁)において強調されているように、戦っているときには「攻め」と「守り」があるが、攻める目的は得を図ることである。決して「相手の石を取りにいくことではない」点は肝に銘じておくべきである。
 大切なのは、状況判断である。つまり、石の強弱や周囲の配置を見極めることが大事である。この意味で、「5章 実戦に学ぶ」の中の「薄みをこじあける」(192頁~197頁)、「ちょっとの違いで」(198頁~202頁)は、この本を通読して、もっとも参考になった点である。テーマ図は、24手まで打たれた場面で、黒が一間トビの図あるいは二間トビ+ケイマで打った以外は、全く同じ石の配置なのに、攻めや守りの打ち方が大きく変わってくることを実例を通して学べる。一路違いは大違いになる例である。
 そして、石の強弱に関連して言えば、1章の「弱い石を作って攻める」(19頁~23頁)、「弱いほうの石から攻める」(56頁~62頁)、3章の「厚みの判断」(111頁~114頁、とくに114頁の「弱い石に手をかける」)が参考になる。
 また、攻めのテクニック習得という点では、2章の「戦いの常用手段」(99頁~104頁)、3章の「利かした石は捨ててもいい」(142頁~146頁)が勉強になる。
 また、本書の目次を見てもわかるように、「4章 モタレ攻めの極意」とあり、1つの章をモタレ攻めの解説に当てられており、モタレ攻めについて本気で習得したい人にとっては、有用であろう。
 そして、プロ棋士の実戦譜が、テーマ図として取り上げられている。
●1章の「弱いほうの石から攻める」(56頁~62頁)
 ➡桑原陽子五段(黒番)VS小林泉美六段
●5章の「反撃の好機」(203頁~207頁)
 ➡高尾紳路本因坊(当時、黒番)VS山田規三生九段
 (黒番は低い中国流の布石)

※ブログの【補足】として、サバキとシノギについて触れておく。
 サバキとシノギについては、山田氏の著作でも、1章の「サバキを封じる急所」(33頁~39頁)や、4章の「モタれてシノぐ」(160頁~165頁)で言及されていた。
 ここでは、誰でも参照しやすいYou Tubeにアップされた、清成哲也九段の囲碁学校の講義より、実戦型について紹介しておきたい。
 格言にあるように、「サバキはツケ」とされるが、サバキとシノギの違いの一つとして、石が多くなるとサバけなくなると、ポイントを指摘しておられる。

【山田規三生(やまだ・きみお)氏のプロフィール】
・1972(昭和47)年生まれ。大阪市出身。山下順源七段門下。
・1989年入段。1997年新人王獲得。同年王座を獲得し、日本棋院関西総本部に初のビッグタイトルをもたらす。
・2006年本因坊戦挑戦者。
※攻めを主体とした魅力的な棋風で、ブンブン丸の異名をもつ。
・趣味は楽しいお酒。





〇山田規三生『NHK囲碁シリーズ 山田規三生の超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]

本書の目次は次のようになっている。
【目次】
1章 厚みを生かせ
 厚みは戦ってこそ
 周囲の状況を見極めて
 シチョウ回避のテクニック
 弱い石を作って攻める
 強気で突破
 うわ手でもスキがある
 サバキを封じる急所
 攻めて得をする
 勢力圏では厳しく
 簡単に治まらせない
 弱いほうの石から攻める
 急所に一撃

2章 模様を荒らす
 孤立させて攻める
 正しい方向とは
 相手のスキを見つける
 攻めの効果を実感
 「深く」か「浅く」か
 戦いの常用手段

3章 かわして戦う
 どちらがいい?
 厚みの判断
 ツメの方向
 模様比べ
 戦うか、かわすか
 まともに戦わない
 捨てる発想
 利かした石は捨ててもいい

4章 モタレ攻めの極意
 直接攻めない
 攻める石の遠くから
 モタれてシノぐ
 攻めながら逃げる
 ツケてモタれる
 ツケて固めていいとき

5章 実戦に学ぶ
 チャンスをつかめ
 薄みをこじあける
 ちょっとの違いで
 反撃の好機
 強烈なねらい
 攻める気持ちで
 風変わり





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はしがき
・1章 厚みを生かせ
・厚みは戦ってこそ
・シチョウ回避のテクニック
・弱いほうの石から攻める
・正しい方向とは
・戦いの常用手段
・3章 かわして戦う
・どちらがいい?
・厚みの判断
・戦うか、かわすか
・利かした石は捨ててもいい
・4章 モタレ攻めの極意
・直接攻めない
・モタれてシノぐ
・5章 実戦に学ぶ
・薄みをこじあける
・ちょっとの違いで

【補足】サバキとシノギ~You Tube清成哲也九段の講義より
(囲碁学校「戦いの百科 第9巻 サバキとシノギの技術」(2016年5月15日付))




はしがき


・囲碁の醍醐味は戦いにある、と著者はいう。
 戦いが強くなれば、勝率アップすることができるとする。
 しかし、やみくもに切った張ったで戦えばよい、というものでもない。
・まず、戦いを起こすタイミングが大事。
 石の強弱や周囲の配置などを見極めて、チャンスをつかまえられるように、ポイントを解説している。
(タイミングさえ間違えなければ、戦いを有利に運んでいく事が出来る)
〇戦っているときには、「攻め」と「守り」がある。
・攻める目的は、得を図ることである。
 相手の石を取りにいくことではない。
 自陣が厚くなったり、地が固まったり、相手の地が減るような展開になれば、成功。
※攻めを成功させるため、方向や眼形の急所なども、具体例を出して、解説している。

・一方、守るときのコツも考えている。
 自分の立場が弱くなり、シノギを考えるときの、良い打開策も伝授している。

〇最後には、著者の実戦譜を題材にしているので、生きた碁のおもしろさを味わってほしいという。

※大切なのは、状況判断。
 同じ碁はないから、考え方や流れ、呼吸の特徴をつかんで、考え方を身につけるよう、心がけてほしいとする。

(なお、本書は、2006年10月から2007年3月までの半年間、「NHK囲碁の時間」で放送したものを、さらにわかりやすくまとめたものである)
(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、2頁~3頁)

1章 厚みを生かせ


・この章では、自分の強いところでの戦い方を伝授している。
 自分の模様の中に打ち込まれたとき、楽に生かしては、相手の思うツボ。
 根こそぎ攻めることをまず考える。
 そのためには、眼形を奪う急所を心得て、味方の厚い方へ追い立てるのが、良い考え方。
・また、さして悪い手を打っていないはずなのに、非勢になっていることはないだろうか?
 原因のひとつに、「利かされ」がある。
 利かされては、いけない。まず逆襲することを考えること。
(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、7頁)

厚みは戦ってこそ


【テーマ図A】(黒番)
・白が三角印の白とツケてきた。
・白の目的は何かを考えると、黒の進むべき道が見えてくる。
 どう打てばいいだろうか。
※ヒントは、厚みは攻めに使うと有効、ということ。
●厚みを地にするな



【手順図】(1~22)
・白8のカカリから、黒19まで。
※黒は後手ながら、厚い形の定石。


≪棋譜≫11頁、3~6図

【3図】(正解)
・黒1とハネ出すのが、最強の反撃。
・白2の切りには、黒3からアテるのが、さらに厳しい手段。
・白4と逃げさせ、重くしてから、黒5とソイ、全体に襲いかかる。




【4図】
・白6のハネには、黒は7といったん下から受けるのが冷静で、9とノビ切って、力を蓄える。

【5図】
・白12のカカエに、黒は13、15とノビて、17にトビ。



【6図】
・白から先にaにスベられるのは大きいので、黒19は重要な利かし。
・黒23まで、下辺が立派な模様になりつつあり、黒が大成功。

(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、8頁~11頁)


シチョウ回避のテクニック



シチョウ回避のテクニック
【テーマ図C(黒番)】
白が三角印の白にツケてきた。
ここのがんばり次第で、黒はペースをつかめるかどうかが、かかっている。
さあ、作戦の岐路。
右辺から下辺にかけては、黒の勢力圏。
白に楽をさせてはつまらない。
気合い負けしない次の一手とは、どこか。



【手順図(1~14)】
・黒は、9、11と下辺方面を占め、模様を広げていった。
・白は14とツケてサバキにきている。




【1図】
・黒1の下ハネには、白2に切られる好手が待っている。
・白8まで軽い形で、サバいた白に軍配があがる。
・黒9の切りには、三角印の白を捨て石に白10、12と丸めこんで、白大成功。


【2図】
・黒1とハネ出してから、3と引くのは、白4とシチョウにカカえられて、大損。




【3図】(正解)
・黒1とハネ出したあと、3と上からアテるのが、シチョウ関係を黒有利にするテクニック。
・ここで黒5と引く。
・白6の切りには、黒7と逃げることができるのが、3の効果。
・白は8と黒一子をカカえて、右辺で生きをはかる。
・黒9のアテを決めてから、11と二子の頭を気持ちよくタタく。
※下辺の黒模様の谷が深くなって、黒が成功。



(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、16頁~18頁)

 弱いほうの石から攻める


【テーマ図K】(黒番)
・今回の題材は、桑原陽子五段(黒番)と小林泉美六段の一局。
・白が三角印の白に打ち込んできた。左上一帯は黒模様。
 ここで威張らせてはいけない。
・黒はいかに攻め、どうやって得を図るべきか?
●消しや荒らしは模様完成直前に


【手順図】(1~34)
・白18では19がふつうであるが、26まで工夫がみられる。
・黒も先手で生きたことに満足。
・しっかり準備をして、白は34と打ち込んだ。



【10図】これが正解!
・黒1のコスミツケが厳しい攻め。
・白2のトビなら、黒は3とかさにかかる。
※黒の石、左上と上辺を比べてみよう。
 どちらが弱いか? 石の強弱は眼形があるかないか、生きているか、まだ生きていないかで判断する。
 すると、上辺のほうが不安定で、弱そう。
●攻めるときには、弱いほうの石から動くのが、コツ。
(弱い石から動こう)

・白4には、黒5のツメがまた名調子。
※黒6からの出切りをねらっている。
・黒9まで、白は根無し草状態で、黒が勝勢。




(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、56頁~62頁)


2章

正しい方向とは



【テーマ図B】(白番)
・黒が三角印の黒とケイマに構えた。
・右上を中心に、黒模様が着々と築かれている。
・白としては、もうそろそろ荒らすタイミング。
・白はAとBどちらから、カカるのが良いか?



【手順図】(1~25)



【2図】


(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、75頁~77頁)


戦いの常用手段


【テーマ図F】(白番)
・布石が終わり、全体的に落ち着いた場面。
・自分の弱い石がないか確かめたら、相手の弱い石を見つけて、打込んだり攻めたりする。
・ここで三角印の白に打ち込むのは、好点である。
☆三角印の黒と封鎖されたときの対応を考えていこう。
〇ここは少々テクニックが必要。この形はよく出てくるので、覚えておくと役に立つ。



【手順図(1~31)】
・黒17から白26まで定石ができあがった。
・黒も27とヒラいて落ち着いている。



≪棋譜≫100頁、1~2図
【1図】
・白1とツケてワタれればいいのだが、三角印の黒のマガリトビの形は、ツナガることができない。
・まず黒に、2、4と反発される。

【2図】
・白は9とツイで手を戻さざるを得ない。
・黒10にカカえられては12まで、白は生還できなかった。
※左下が大きな確定地になっては大損。


≪棋譜≫102頁、3~5図


【3図】(正解)
・まず白1と一本利かす。
・黒2と交換したあと、それから白3にツケるのが巧い。
・黒4のオサエには、白5とコスんでノゾくのが、絶妙のタイミングの手筋。
※この形も実戦でたいへんよく現れるので、この機会にしっかり身につけてもらいたい。



【4図】
・黒が6とツイだときに、白7と引くのが、またまた巧い手順。


【5図】
・白9、11と出切り。
・黒が12と一子を助けると、白13から17まで、下辺の黒の要石を取ることができる。
➡黒はツブレ


(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、99頁~104頁)

3章 かわして戦う


・自分の強い場所でなら、戦い、戦いで良いのだが、相手の強い場所では、まともに戦うよりも、サバいたり、かわしたりするのが、いい場合が多い。
・全局を見て、どの石が強いのか弱いのかを考え、判断するのが肝要。
・まず最初に、強いか弱いかの見分け方から、解説していこう。

どちらがいい?


【テーマ図A(白番)】
☆黒が三角印の黒(3, 九)とワリ打ちした場面。
 ここはすぐツメたいところであるが、AとB、どちらがいいか?




【手順図(1~17)】



≪棋譜≫109頁、2~3図
【2図】

【3図】

≪棋譜≫110頁、5~7図
【5図】
【6図】
【7図】

(山田規三生超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、106頁~110頁)


厚みの判断


【テーマ図B(白番)】
☆左辺は黒が楽をした。
 今度は白が、下辺に三角印の白(11, 十七)とワリ打ちをしてきた。
 ここは手を抜けないところ。
 黒はAとB、どちらからのツメを選ぶか?
※厚みをどう判断するかがポイント。





【1図】
・「厚みに近寄るな」の格言があるから、黒1の大ゲイマを選んだ人が多かったかもしれない。
・ところが、白4のスベリから6とブツカられてみると、左下の黒は、眼形がはっきりしない。
※眼形がないと厚みではない。




【5図】(正解)
・白aと眼形をおびやかされずにすむ、黒1からのツメが正しい方向。
※石は常に、弱い石のほうに手をかけてあげることが鉄則。
 特に左下の黒は、石数が多いわりには、まだ眼形がはっきりしないので、守るのが急務。
・黒1は逃せない。
・白も2とヒラキ。
・黒3のコスミツケ一本で、白を凝り形にさせて、5のケイマまでが相場。
●弱い石に手をかける

(山田規三生超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、111頁~114頁)


戦うか、かわすか


【テーマ図E】(黒番)
・3、4線のヒラキが終わり、そろそろ戦いが始まりそうな局面。
・白が三角印の白と打ち込んできた。
 どう対応するか。
 周囲の状況をよく見て、判断してほしい。

【手順図】(1~22)
・黒9には、白10と守っておく。
・黒13のワリ打ちには、白12が4線にあるので、白は14からツメた。
・黒17はヒラキの限度。これ以上、左上に近づくと反撃される。
・白はいったん18とツメた。
・黒19から21で、左下の定形が完成。


≪棋譜≫124頁、1~3図

【1図】
・黒1のトビは、自然に見える。
・しかし、白2のツケがうまいおまじない。
・白4のツケで連絡される。


【2図】
・黒5のハネ出しには、三角印の白(18, 九)を捨て石に、白8、10と突き抜かれる。
・黒11の切りには、白12が厚い良い手。


【3図】
・黒19まで、右辺上の白を捨てても、三角印の黒(15, 九)を切り離した白が、大満足のワカレ。

【10図】(正解1)
・白の打ち込みには、黒1のコスミが、断固ワタらせないのが大切。
※右辺下の白はまだ弱い。
・白は2とツケて、4と中央に逃げていくのがよく、相場。
・しかし、黒7、9の両方を打てては、右辺の白がふたつとも不安定で、黒のペース。


【11図】(正解2)
・黒1と逆にコスむのも、考えられる。
※右辺下の白がまだ弱い姿で、攻めが効くのが、ポイント。
 三角印の黒をしっかり逃げることで、白を分断し、「絡み攻め」に持って行くことが、肝要。
・黒3が厚い押し。
・黒7の要所を占めた上、9と厚くトンで、黒が好調。
※右辺の白はふたつともまだ完全に治まっておらず、攻めが効く。
 黒の楽しみが多い。



(山田規三生超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、122頁~127頁)


3章 かわして戦う

利かした石は捨ててもいい


・白が三角印の白に打ち込んできた。
 左下にある黒の三子をどうするかを、中心に考えていこう。
 局面の流れを、次の一手が決める。


【テーマ図1】(黒番)


【手順図(1~20)】
・黒1、5、7と、流行のミニ中国流の布石。
・対して、白は8とワリ打ちするのがもっともポピュラー。
・黒17と一間ジマリのタイミングで、白は18とサガって、大ナダレ定石にならないよう備えた。
・黒19のヒラキに、白がすぐ20と打ち込んだのが、テーマ図。
 どう対応するのが、いいのだろうか?


≪棋譜≫144頁、1~3図

【1図】
・黒1は部分的には形。
・白2のトビには、黒3とトンで、頭を出す。


【2図】
・黒5まで、黒は厚い形になったが、左辺の白はがちがちに強く、攻めることはできない。
※厚みは攻めてこそ働く。
 ●働く場所ばあってこその厚み

【3図】
・それに引きかえ、白は6のカカリから8とかぶせて、攻めに転じることができる。
※白の打ちやすい局面。


≪棋譜≫144頁、4~6図

【4図】これが正解!
・黒1とケイマして、左下の黒三子を軽く見るのが、明るい打ち方。
※黒三子は利かした石で、強い白にへばりついている廃石とみることもできる。
 場合によっては捨ててもいいと考えよう。
●利かした石は捨ててもいい。

・白2の受けは絶対。
※黒は一転、右辺の白二間ビラキに焦点をあてる。
・黒3、5は模様拡大の常用手段。


【5図】
・白が6、8とワリツいできたら、黒は9と引く。
・白10の切りには、黒11と黙ってノビるのが肝心。



【6図】
・白は手を抜いて、黒12と眼を奪われるとつらいので、12とナラんで生きるのが本手。
・そこで黒は13と模様に芯をいれれば、右下から中央にかけての大模様が現実味を帯びて、光り輝いてきた。黒の楽しみな形勢。

●模様には、芯を入れる。


(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、142頁~146頁)

4章 モタレ攻めの極意


・ねらいを定めた石を直接追いかけたり、攻めたりしても逃げられるだけで、何も得るものがなかった、なんてことはよくある。
 ここでは「からめ手」から攻める高等技術、「モタレ攻め」を伝授するという。
攻撃を厳しく成果あるものにする。
(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、147頁)

直接攻めない


【テーマ図A(黒番)】
・下辺にある黒模様を消そうと、白は△の白に臨んできた。
・△の白は良い手ではない。
・状況をよく判断して、△の白をどう悪手にするかを考えよ。




【手順図(1~36)】白26ツグ(19)
・黒13ノビに、白14と押す定石を選んだ。
・黒はすぐ15と出て、17と隅に近い方を切るのが、この形の急所。
・黒29ツギまでが定石。

・黒33のトビは絶好点。
・すぐ白34とコスミツけて、黒35のサガリとかわっておくのが、タイミング。
・白36に臨み、テーマ図の場面である。


≪棋譜≫150頁、1~3図

【1図】
・黒1とボウシで攻めるのは、白2と連絡を目指されて、うまく行かない。


【2図】
・白はいかにも薄そうで、黒3から5とブツカリ、7のハネ出しで、分断されそうにみえる。
・白8の切りに……。



【3図】
・黒9の切りから11とオサえ、13と三々にトンで、左下の白数子を包囲しにいく。
・けれども、白14のワリ込みがうまい手筋。
・白16で種石の黒二子が落ちては、黒が破綻している状態。
⇒これは黒が失敗。


【4図】
・黒1と迫ると、白は2とトンで逃げる。
・白4まで。
※ただ逃がしただけでは、黒に得るものがない。
 攻めたら得をはかることが大切で、これも大失敗。



【5図】
・下辺の模様を地にしようとすると、黒は1と囲いたくなる。
・黒5と囲のでは9まで。
※できた地は40目に満たず、一方地では小さい。
 左上方面に向かう白がこんなに豊かになっては、黒劣勢。



【6図】(正解)

・黒1の肩ツキを思いついた人は、攻めのセンスがある。
※黒1は全局的で、すばらしく厚い手である。

※攻める目標は、三角印の白である。
 それをにらみながら、他の石にモタれていくのが、攻めの常とう手段。
●モタれて攻めよう
 直接攻めてうまくいかないことのほうが、実は多い。
 相手の周囲の石の近くからプレッシャーをかけるのが、巧い作戦。
 ここで攻めの下地を作ることができる。

【7図】

・白が2からまともに受けるのは、むさぼりである。
・白6まで稼がれるが、黒7のボウシで、大きく攻めることができる。
※白の逃げ道をふさいで、相当いじめがききそうである。
 白は逃げようにも目指す右上が遠くてたいへん。
 黒が大いに優勢。

【8図】

・白が2とハザマをついて反撃してきたら、黒3と出て、大丈夫。
・白は4と連絡するほかなく、黒5とハネては、左辺白の傷みが激しく、白が大損。

【9図】


・白2の押し上げから、4のスベリもよくある形。
・しかし、黒5がバランスのよい手で、白6には黒7、9と連絡する形があり、好調の流れに乗ることができる。
(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、148頁~154頁)

4章 モタレ攻めの極意

モタれてシノぐ


【テーマ図C(黒番)】
☆白が三角形印の白(3, 十四)とケイマした場面。実は、現在大切なのは上辺方面。
 黒はどこにねらいを定めるのが良いか?
 白が左辺に向かったので、黒は上辺の不備をつきたいところ。




【手順図(1~26)】
・黒19までできた姿は、黒、低いけれども、がっちり堅い形である。
・黒25のケイマは、左下へのカカリと上辺白模様への仕掛けを見合いにした好手。


【1図】(もうけは小さい)
・黒1に切れば、5まで白一子を取り込んで、隅を地にすることができる。
・しかし、白も6となっては、上辺が厚くなった。
 この取引は、黒大損。


【2図】
・黒1のノゾキから3とハイ、5と広げれば、9まで、
 眼形は簡単にできる。
・しかし、白10まで立派な形に整えられては、黒はせっかくのチャンスを逃している。
※これでは超攻撃法とはいえない。



【3図】
・黒1ケイマの攻めには、白2の肩ツキがうまい反撃。
・黒3には白4のオサエがぴったりで、黒は逃げられない。





【4図】
・黒1のケイマでは、白2とトバれて、黒のほうが弱い立場になり、攻めにはならない。
・黒3には、白4と落ち着いて受けられ、aのノゾキがねらわれる。
※自ら攻められる目標を作っただけでは、大失敗といえる。



【5図】
・上辺の右側に黒1と打ち込むのも魅力的であるが、白に2とトバれ、4と左上を守られる。
 三角印の白(14, 四)は軽いのである。
・いったんは捨てたふりをして、隙あらばaにツケたり、bにスベったりの値切りをねらわれる。





【6図】正解
・黒1と肩をついて、モタれながら動くのが絶好。
・白2の押し上げには、黒3とノビ、白4のトビには、黒5のマゲとあくまで上辺にモタれていくことが大切。
・白が6にハネて8にノビると、黒9のカケがぴったり。
※もし左上の白に生きられても、周りの黒は鉄壁。
 全局を圧倒している。
※ターゲットの石の近くにモタれるのが、うまい攻め。




【7図】(正解変化1)
・黒5のマゲに白が6とコスんで逃げたら、黒は7とケイマで上辺を攻める。
・白が8、10とツケ切っても、黒は11のブツカリがよく、13と突き破っては、黒断然よしの形勢。






【8図】(正解変化2)
・黒1の肩ツキに、白2と一本ハウのはがんばった応手。
・黒7から9のカケツギが厚く良い手。
・黒11までのしっかりした形と比べて、白が弱々しく、黒有利な形勢。



(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、160頁~165頁)

5章 実戦に学ぶ
 薄みをこじあける

薄みをこじあける


【テーマ図B(黒番)】
≪棋譜≫192頁、テーマ図

・白が左上へ打ち込まれないよう、三角印の白と守った場面。
・こんな序盤でも、チャンスはあるもの。
 さて、黒はどこに打つか?


【手順図】(1~24)
≪棋譜≫193頁、手順図

・左下で白が6から10とツケ引き定石を選んだので、白は実利、黒は外勢という骨格。
・下辺の厚みを生かそうと、黒は13とハサんでいく。
・黒21のトビマガリは良い形。
・白22のナラビはお互いの急所で、逃すことはできない。
※逆に、黒に22とツケられると、黒が安定してしまう。

≪棋譜≫196頁、5~6図

【5図】(正解)
・右上の白の一団が弱い今が、攻めるチャンス。
※三角印の白の二間が薄いのに気がついただろうか。
・黒1のノゾキから3と躍り出して、こじあけるすごい手段がある。
・白4、6の出切りに、黒7と白のダメをつめながら整形するのが肝心。
・白8のノビは絶対。
※右上からの白の一団と、白4、三角印の白二子を比べて、どちらが強いかを判断する。
・そして、黒9と強いほうに押すのが、戦いのときの鉄則。
●攻めたい石の逆を押す

【6図】
・上辺の黒は眼形が豊富なので、白がきても、びくともしない。
・白が14とノビたときが、またチャンス。
・黒15と切れば、白はまだ眼形を持っていない弱い石だらけ。
※白収拾不能。
 黒が主導権を握ることができた。

(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、192頁~197頁)

ちょっとの違いで


【テーマ図C(黒番)】
≪棋譜≫198頁、テーマ図

・テーマ図のBと、三角印の黒の二子の配置が変わっている。
 その少しの違いで、黒の打ち方が大きく変わってくる。
・さて、黒はどのような考え方で臨めばよいだろうか。
 一路違いは大違いというが、攻めや守りの手段は、お互いの石の配置によって変化する。
 白の反撃手段も考えながら、適切な次の一手を求めよ。

≪棋譜≫199頁、1図

【1図】
・テーマ図Bと同じように、黒1、3と裂いていくのはどうだろうか。
・白は4と押してくる。
・黒5なら、三角印の白を制することが出来るが、白6とタタかれてしまい、黒大変。
※白の一団はとても強くなって、右辺の三角印の黒が働きのない石となる。
 また、下辺の黒模様も一気に薄くなってしまう。
 いくら三角印の白を制しても、こんなに損をしては、黒が悪い。


【2図】
・黒はタタかれてはいけないので、黒1とノビると、白2、4と反撃される。

【3図】
・黒1とマゲれば、ゲタを防げる。
・しかし、白2のトビが好手。
※ねらっている石から遠いほうにトブのがコツ。
 白がaのゲタで取るのをねらっているから、黒3とノビることになるが、白4まで、白に分がある。

≪棋譜≫201頁、6図

【6図】(正解)
※三角印の黒の構えは、テーマ図Bの一間トビのときと比べ、aの押しが利くので、中央での戦いになると、うまくいかない。
・そこで、黒1と好点を占めて、白2と誘って、調子で黒3と守っておくことが大事。

≪棋譜≫202頁、7~8図

【7図】
・白1の両ノゾキから5の切りには、黒6としっかりとツイで、戦う準備をする。
【8図】
・次の一手は黒8のツケに限る。
・白が9とハネると、黒10、12で、種石が取れる。

【9図】
・白は1とノビるしかない。
・しかし、黒6、白7に黒8と切れば、白の姿はダメ詰まり。
※白参っている。
(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、198頁~202頁)


【補足】サバキとシノギ~You Tube清成哲也九段の講義より


【補足】サバキとシノギ~You Tube清成哲也九段の講義より
(囲碁学校「戦いの百科 第9巻 サバキとシノギの技術」(2016年5月15日付))

※ブログの【補足】として、サバキとシノギについて触れておく。
 サバキとシノギについては、山田氏の著作でも、1章の「サバキを封じる急所」(33頁~39頁)や、4章の「モタれてシノぐ」(160頁~165頁)で言及されていた。
 ここでは、誰でも参照しやすいYou Tubeにアップされた、清成哲也九段の囲碁学校の講義より、実戦型について紹介しておきたい。

<シノギの形>
〇左辺において、次の白の手順に注目すると、ツケノビ、ツケヒキ、一間トビは、生きを図る打ち方で、シノギの打ち方であるという。
・白22+白24➡ツケノビ
・白26+白28➡ツケヒキ
・白30➡一間トビ
≪棋譜≫清成、実戦のシノギ


<サバキの形>
〇先の図の白22のツケ+すぐに白24ツケ+白26切り(つまりツケ切り)
➡つまり、白は、ツケにすぐにツケ切りをするのが、サバキのコツという。
≪棋譜≫清成、実戦のサバキ1


<サバキの形~振り替わり>
〇ツケ切り後の変化~振り替わりの場合
 白は左辺で生きるのではなく、白二子を捨てて、左下で得をはかる。
≪棋譜≫清成、実戦のサバキ2







≪囲碁の攻め~マイケル・レドモンド氏の場合≫

2024-08-18 18:00:03 | 囲碁の話
≪囲碁の攻め~マイケル・レドモンド氏の場合≫
(2024年8月19日投稿)

【はじめに】


 先日、8月11日、パリ五輪の幕が閉じた。
 その閉会式において、大会組織委員会のトニー・エスタンゲ会長は、「我々は世界が見たことがないような五輪を経験した」と誇った。「フランスは文句ばかりの国民と言われますが、一丸となって声援を送り……」と笑顔で語った。
 また、IOCのトーマス・バッハ会長は、「センセーショナルな五輪、あえていえば、“セーヌ”セーショナルな大会だった」と話した。開会式で船上パレードを行ったセーヌ川にかけたものだったようだ。
 また、トム・クルーズが、フランス競技場の屋根上から登場し、ワイヤーアクションで地上に降り立って、ステージで五輪旗を受け取り、その後バイクに乗ってさっそうと走り去った。VTRの中で、パリの凱旋門、エッフェル塔などを走り抜けて、空港へ向かい、ロサンゼルスへは上空からスカイダイビングして、降り立つ。さながら「ミッションインポッシブル」の映画のようだった。
 バッハ会長が閉会を宣言した後、米国を代表する歌手、フランク・シナトラの代表曲「マイ・ウェイ」を、地元の歌手が歌った。「マイ・ウェイ」は元々、フランスの「コム・ダビチュード(Comme d’habitude:いつものように)というシャンソンが原曲だった。
 日本とパリとでは、7時間の時差があり、思うように、私としてはテレビ観戦できなかった。睡魔に勝てず、フランスとスペインのサッカー決勝も見逃してしまった。それでも、いくつかの競技は観戦できた。個人的で俗っぽい感想を記しておけば、メダルの有無や色に関わりなく、二人の選手が印象に残った。一人は、バドミントンのダブルスの銅メダリスト志田千陽選手と、クライミングで4位に入賞した森秋彩選手である。志田選手は、美貌とスポーツ能力、天は二物を与えたかと思うほどの秋田美人にもかかわらず、自らの失敗に舌を出したり、クルクル回転ダンスをしたりと、そのキュートな仕草が人気を博した。なりふり構わず全力で精一杯するプレーが、そのキュートな仕草とあいまって、特に海外で人気を得たようだ。
 一方、森選手は、筑波大学3年生であるが、154センチと低身長で、中学生かと見間違えるほどの童顔。ボルダーの第1課題でスタート直上のホールドをつかめず、0点であったが、得意のリードで全体1位の96.1点をマークした。
 美人なのにお茶目、童顔で低身長なのに実力ナンバーワンというギャップないし意外性が、二人の選手の魅力なのかもしれないと思いつつ、競技を観戦していた。

 ともあれ、バッハ会長は、いみじくも、次のように語り、選手たちをたたえた。 
「五輪は平和を作ることができないのは分かっている。だが、五輪は平和の文化を創り、世界をインスパイアすることができる」と。
 
 さて、スポーツの祭典であるオリンピックのみならず、囲碁という文化も、「平和の文化を創り、世界をインスパイアすることができる」のではないかと思っている。
 例えば、呉清源氏は、1928年、瀬越憲作氏らの尽力により、14歳で来日し、川端康成とも親交があり、『名人』の中でも、“天恵の象徴”と表現されている。そして、木谷実氏とともに、新布石時代を築いた(平本弥星『囲碁の知・入門編』30頁~31頁)。また、呉清源—林海峰—張栩という、法灯ならぬ“碁灯”を継承する(張栩『勝利は10%から積み上げる』18頁、60頁、99頁)。
 また、原爆下の対局で知られる、島根出身の岩本薫氏は、戦後、アメリカなどに囲碁の海外普及に後半生を捧げた(平本弥星『囲碁の知・入門編』36頁~38頁)。
 このように、囲碁文化の歴史は、平和および国際性と密接に関連している。
 さて、今回、紹介するプロ棋士は、アメリカ出身のマイケル・レドモンド氏である。
次の著作を参考にして、囲碁の攻めについて考えてゆきたい。
〇マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年
 今回、紹介するマイケル・レドモンド氏は、奇しくも、4年後の2028年に開催されるロサンゼルスと同じ、カリフォルニア州出身のプロ棋士である(サンタバーバラ)。日本では数少ないアメリカ出身のプロ棋士である。妻は中国囲碁協会の牛嫻嫻三段、牛栄子四段は姪である。10歳の頃に物理学者の父親に教えられて、囲碁を始めたという。その後の活躍は、プロフィールにある通りである。

【マイケル・レドモンド氏のプロフィール】
・1963(昭和38)年5月生まれ。米国カリフォルニア州出身。大枝雄介九段門下。
・1977年院生。1981年入段。1985年五段。2000年九段。
・1985年留園杯優勝。1992年新人王戦準優勝。1993年棋聖戦七段戦準優勝。




【マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』(日本放送出版協会)はこちらから】





マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年
【目次】
1章 攻めは分断から
 攻めの考え方①
 攻めの考え方②
 中央での戦い
 閉じ込める
 封鎖を避ける 
<コラム>世界の人と碁を打とう!(用語編)

2章 両ガカリ対策
 両ガカリ対策
 戦いはまず頭を出して
 閉じ込めて主導権を握る

3章 ハサミで戦おう
 積極的なハサミ
 弱点をねらう
 戦いはスピード
 全局を視野に
 ボウシの威力
 まず封鎖
 閉じ込めれば大模様Ⅰ
 閉じ込めれば大模様Ⅱ
<コラム>世界の人と碁を打とう!(会話編)
 
4章 見合いと振り替わり
 オサえる方向に注意
 カカっていこう
 小目に挑戦
 囲わせて勝つ
 切る・切られる
 見合いをみつけよう
 簡単! 高目と目外し





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・攻めの基本と守りの基本
・三連星の攻めと守り
・両ガカリ対策
・戦いはまず頭を出して
・ハサミで戦おう
・オサえる方向に注意
・小目に挑戦~小目の大ゲイマガカリ定石
・囲わせて勝つ~小目の大ゲイマガカリ定石の変化
・切る・切られる~競り合い
・見合いをみつけよう~小目の大ゲイマガカリ定石の変化
・【補足】ハネツギの効果
・【補足】ハネツギの効果~攻め合いのとき(『攻め合いの達人』より)







はじめに


・「どうしたら強くなれますか?」とよく聞かれるそうだ。
 定石の研究、詰碁の勉強といろいろあるが、碁の中でもっとも楽しくもあり、難しいのは、戦いの場面。
 しかし、戦いは、布石やヨセと違って、同じ形はまず現れない。
 定石がないところが、勉強しづらい点である。

・攻めが苦手な人もいるだろうし、守りがおろそかになる人もいる。
 攻め一辺倒でも、守ってばかりでもいけない。
 戦いには、攻めと守りの両面が必要。

〇戦いの考え方を理解して身につけることが、中盤を戦い抜くコツ。
 戦いに入ったときの作戦の組み立てかたで、碁の流れは大きく変化する。
 
※本書では、戦いの考え方を理解してもらうため、「攻め」と「守り」の基本をわかりやすく解説している。
 気に入った戦法があれば、必ず実戦で使ってみてほしい。
 何回か試してみれば、理解の度合いがぐんとアップするし、自分にとって使いやすいかどうかの判断も下せる。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、2頁~3頁)

攻めの基本と守りの基本


【攻めの基本と守りの基本】
ポイント
〇攻めの基本
①相手を分断する
 相手の石が連結して地を作ったり、大きな一団になったり安定すると、攻めが効かない場合が多い。
②閉じ込める 
 眼形のない石が孤立したら、中央などに逃げようとするだろう。
脱出を事前に防いで、狭い所に閉じ込めることができれば、攻めは成功したといえる。

〇守りの基本
①連絡する
 石は連絡すると強くなる。
 また、三線や四線で連絡すると地ができる。
②中央に出る
 辺の連絡が断たれると、中央へ向かう競り合いが始まる。
 一歩でも先に頭を出したほうが優位に立つ。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、9頁)

三連星の攻めと守り


☆三連星を題材に攻めと守り、戦いについて考えてみる。
 六子以上の置碁でも使え、実戦でよくできる形である。
 三連星は、隅と辺の要点を合わせて三手打った形である。
【基本図】
・三連星の内側に白が1、3と入ってきた。
・プロの対局では、白1がAと三連星の外側からカカって、急な戦いを避けるほうがふつうである。
 黒のほうが石数が多く強い場面であるので、白を攻めることを考える。
 しかし、白にハサまれた三角印の黒が心配である。
 黒は心配な三角印の黒から動いて、攻めと守りのバランスの取れた打ち方を考えるといい。
≪棋譜≫10頁の基本図

【3つの打ち方】
A一間トビ
B鉄柱
Cコスミ


【A一間トビについて】
・黒1と一間にトブのが、まず頭に浮かぶだろう。
 ハサまれて攻められたので、中央に早く脱出したいという気持ちが表れた手である。
 一間トビは確かに中央に出るスピードは早いが、白への攻め、分断ができているか心配。
※「一間トビに悪手なし」という格言があるが、白(17, 八)とケイマにあるときはあてはまらない。

・白は2とツケて黒の弱点を突きながら、連絡しようとしてきた。黒が連絡させまいと3とオサえると……
・白4の切りがうまい筋。「切り違い」になった。
・分断をもくろんで、黒5とアテる。
※切り違いは複雑なので、黒5のアテしかないわけではない。
 腕に覚えのある人は、研究するとよいという。

・白6と逃げられると、黒5の左の断点が心配。
・黒は7とツイで戻らなければならない。
・白8で連絡されてしまった。

(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、8頁~12頁)

両ガカリ対策


〇両ガカリ対策について
・互先でも置碁でも、よく登場するのが、「両ガカリ」
 とくに自分の立場が強い場面で始まる置碁では、有効な戦法。
 両ガカリの後は、模様を築くことになりやすく、厚いダイナミックな碁にもっていくことができる。
 攻めと守りの基本を念頭において、始めていこう。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、59頁)

【基本図】
・二間高ガカリの両ガカリについて、説明していく。
 右上が焦点。

【1図】基本図までの手順
・黒4と辺からトブのが、わかりやすくおすすめ。
※一間トビは足が早く、守るときに大いに役立つ。
 また、白も分断して、攻める姿勢も十分。
・白5と両ガカリされたときが、問題。


【2図】
・黒6とコスんで、中央に出るのが自然な手であるが、白7とカケがぴったりで、難しくなる。
※戦っていけば、黒が悪くなるわけではないが、三角印の白と両方が二間のときは、初心者にはコスミはおすすめできない。

【3図】
・二間高ガカリの両ガカリのときは、黒1とケイマにするのが、封鎖されない好手。
※白を分断すれば、攻めをみることができる。
・白は2とトンで、逃げてきた。

【4図】
・白に連絡されないように、また囲まれないように、黒3と押した。
※同時に上辺の白にモタレながら、右辺の一間トビしている白をねらっている。
 強いほうの石に働きかけながら、反対側の石の攻めをみる「モタレ攻め」は、攻めの常とう手段。ぜひ感じをつかんでほしい。
・黒5まで押して、黒7とボウシ。
※黒は一間にトンで守りながら、白を攻めて、一石二鳥。

【5図】
・黒1のケイマに対しては、白2と押すのが、最も自然な手。
※しかし、右辺の白がきれいに囲まれてしまうので、白苦しい。
・白6~10は、置碁などでもよく見かけるサバキの手順であるが、黒は11まで受けて十分。
※中で生きるとなると、白はつらい手ばっかり。
・黒17まで、右下隅の黒の勢力は巨大になってきた。

【6図】
・白2ケイマも形であるが、黒3と封鎖されて、ダメ。
・やはり黒15まで、白つらい。
※黒1のケイマは比較的強い上辺カカリの白石を固めて、右辺カカリの白石を狙う作戦だとわかる。
 逆に相手の弱い石を先に固めると、両方逃げられる恐れがある。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、60頁~62頁)

戦いはまず頭を出して


〇両ガカリを題材に、うまい手筋も紹介していこう。
【基本図】
・両方とも二間高の両ガカリのときは、三角印の黒とケイマで出ていくのが、わかりやすい。

【1図】
・白1のツケは強手で、要注意。
 黒はどう応じるか?

【2図】
・黒2のオサエに、白3と切るのが厳しい。
・黒4とアテたくなる。
※しかし、取れないのに、アタリにするのはよくないことが多い。


【3図】
・白5と逃げられたとき、黒はシチョウにならないので、6とアテることになる。
・白は7とさらに逃げる。
※白7のサガリがきたことで、隅の黒が心配になってきた。
 弱い石から動くのがコツ。
・黒8のオサエは逃せない。
※根拠の要点だから。


【4図】
・黒10のマガリに、白は11と二段バネしてきた。
※黒は気をつけて対応しなければならない。
・黒12としっかり、自分の断点を守ることが大切。

(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、68頁~69頁)

ハサミで戦おう


〇3章 ハサミで戦おう~積極的なハサミ
・3章では、四子局を題材に、戦いの考え方を解説している。
・互先の「二連星」でも活用できるので、実戦でも試してほしい。
・戦いは暗記ではない。考え方を身につけることが大切
➡盤面全体を視野に入れた打ち方を考えること。
 
【基本図】
〇四子局
・白1とカカってきたら、黒2と積極的にハサもう。
※置碁では、置き石の威力が十分な序盤で戦えば、有利に進めることができる。
※ハサミには、「一間バサミ」「二間バサミ」などがあるが、星という印のある「三間バサミ」がわかりやすい。
・白3の両ガカリに対しては、黒4とコスむのが、わかりやすくおすすめ。

【2図】
・コスミなら、白は5と三々に入るしかない。
※黒は三々だけ知っていればいいので、わかりやすい。おすすめ。
・黒はハサミのあるほうから、6とオサエ。
【6図】
・黒8とケイマにカケて、白への攻めを見たいところ。
【13図】
・黒がケイマにカケるのは、白9と出て11と切られるのが、恐いかもしれない。

【17図】
・白は13、15とハネツイで、弱点を補強した。
・黒16は上での戦いを意識した守り。
・白17のノビに対して、どう守るか?
・黒18とaと迷う人がいるようだが、18が正しい。
※ aでは白から出切りが残るし、右辺の星と2路違いで連絡が悪い。
・黒20は、白に囲まれないよう広げながら、bの切りを防いでいる好手。

≪棋譜≫94頁、17図


【22図】
・17図の白17で1とノビるのも、考えられる。
・黒は2とナラんで、受けるのが形。
【23図】
・黒は1などと手を抜くと、白に2から4と出切られて、困る。
・取られないためには、黒5からずるずるとハッていかなければならない。
※白は喜んでずっとノビていればいい。
※黒が仮に生きたとしても、二線では地が小さい。
 白の厚みが大いにまさって、黒がよくない。
【24図】
・三角印の黒のナラビがあれば、白1から3と出切っても、黒4、6とシチョウに取って助かる。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、85頁~97頁)

オサえる方向に注意


四子局
≪棋譜≫166頁、A1-3譜 



【基本図A】
〇四子局
・黒2のハサミに対して、白が他へ転じた場合を考えてみよう。
・白3と右下にカカってきた。
※相手が何かやってくるまで待っているという姿勢ではいけない。
 相手が手を抜いたら、続けて攻めるのがいい。
 守らなかった弱い石を攻めるのは、攻めの効果が出やすい。

【A-1譜】
☆黒は手を抜いた右上の白をねらう。
・黒4とコスミツケて、白の根拠を奪う。
・黒6は大切な守り。
・三角印の黒(16, 十)があるため、白は7と一間にしかヒラけない。

【A-2譜】
〇黒は最も弱い石から動く。
・辺の石に白が近づいてきたので、黒8と中央へ向かってトビ。
・白も閉じ込められないように、9と頭を出す。
※今度は右上の黒が囲まれそう。
 背の高さを比べれば、わかる。
【A-3譜】
・白が11と右下に両ガカリしてきた。
・両方とも小ゲイマガカリなので、黒は12とコスミ。
・黒はハサミのあるほうから、14とオサエ。
※もう得意の形になってくれただろうか。
・黒16とカケて、白にプレッシャーを与えて、黒が好調。

【5図】
・A-2譜の白9で1と右上の黒をおびやかしてきたら、黒は2とふんわり封鎖。
※攻めはまず閉じ込めるのが基本。
・白は3、5とツケサガって、フトコロを広げて、生きをはからなければならない。
※黒は無理せず、外からオサえ込むような気持ちで、応対すればよい。
・白9が急所で白は生きたが、狭いところに閉じ込められた。
・黒10で、黒は右上、右辺とかたまって、大きな地になりそう。
・黒12と攻めて、黒好調。

<ポイント>
・白3、5と、ツケサガリで、フトコロを広げて生きをはかる。

(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、166頁~171頁)

4章 見合いと振り替わり

小目に挑戦~小目の大ゲイマガカリ定石

 
≪棋譜≫182頁、基本図

【基本図】
・白1が「小目」
・小目には黒2の大ゲイマにカカるのが、著者のおすすめ。

≪棋譜≫183頁、2~3図

【2図】
※小ゲイマガカリだと、6とおりのハサミがあって、覚えるのが大変だが、その点、大ゲイマガカリは簡単!
・白3のコスミに黒4と二間にヒラけば、定石の完成。
※左上隅は白が先行しているので、険しい戦いになれば、白が有利な理屈。
 白の勢力が左辺に及ぶのを止めていることで、黒はカカリの目的を果たしている。

【3図】
※左辺で黒の勢力ができたので、次に黒が下辺に打てば、大模様ができそう。
・それを阻止する意味で、白5のカカリが普通。
・黒6ハサミなら、前に勉強した定石になりそう。
・黒先手を取って右辺に16と三連星するのが足早。
※碁盤の右側が黒の勢力で、これから白を攻める展開になりそう。

≪棋譜≫184頁、4~9図

【4図】
・大ゲイマガカリでは、白1のハサミが手順が長く少し難しいかもしれないが、これさえできれば、大ゲイマガカリは合格。
・ハサまれたら、黒は2とツケてサバキ。
※白の打ち方によって、カカった石を捨てて隅を取ろうと振り替わりを目指している。
 相手の強いところでは、振り替わって相手の攻めをかわすのが有力。

【5図】
・白は3とハネるだろう。
・黒は4と切り違える。
※黒はあとからカカッていったので、弱い立場。
 弱いときには、ツケたり切ったりハネたりするのがよい。

【6図】
・白はハサミの顔を立てて、5、7とアテ、三角印の黒(3, 六)の石を切り離すのが正しそう。

【7図】
・白は9にツイで、弱点を守る。
・黒は10と地を稼ぎながら、三角印の白(4, 三)を取る。

【8図】
・白11は薄い手であるが、三角印の白(4, 三)があるので、大丈夫。
・黒は12と1つ出て、白に節をつけてから、14と戻る。

【9図】
・白15のツギまでが、定石。
※白に厚みができたので、黒16とケイマにシマって、厚みをぼかす。
 aなど近寄るのは、苦しくなる。
相手の強いところでは、有利に戦えないだろう。
「厚みに近寄るな」という格言もある。
のちに、白がbと囲ってきても、黒はcの切りとdのコスミが見合いで生きているので、手抜いて大丈夫。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、182頁~185頁)


☆変化図を一つ
≪棋譜≫188頁、17~21図
【17~21図】

【17図】
・8図の黒12で1とハウのは、危険な手。
・白は断点を気にせず、2とハネ。
・黒3の出にも、白4と断固オサエ。

【18図】
・黒が5と切ってアテれば、よさそうに見える。
※アタリだからといって、すぐツイでもらえるとは限らない。
・白6とまくるのが厳しい手で、シボられてしまう。

【19図】
・黒は7と取るしかない。
・白8にアテられると、黒は9とツイでダンゴにされる。
・白は10とノビて、まず上辺を安定させる。

【20図】
・黒11と切ってみよう。
※これもアタリであるが、逃げてもらえない。
 白の立場では、大切な石がどれかを見失わないようにするのが大切。
・白は12とハネ。
・黒13のオサエに、白14と切れるのがミソ。

【21図】
・黒はアタリなので、15と取る。
・白が16とツグと、隅の黒三子はそのまま取れている。
・黒17とアテてもだめ。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、188頁~189頁)

4章 見合いと振り替わり

囲わせて勝つ~小目の大ゲイマガカリ定石の変化


【基本図】三子局
≪棋譜≫190頁、基本図

・前項で説明した定石の途中で、白が1と変化してきた。

≪棋譜≫191頁、2~3図


【2図】
※黒は閉じ込められてはいけない。
・黒2とコスんで、4とノビ、頭を出す。

【3図】
・白は5とマガって、黒一子を制する。
・黒は6とコスんで、三角印の白を取りきるのは、とても重要なこと。
・白8とサガって、一段落。
※白は分断されて薄い。
 これから黒は主導権を握れそう。

≪棋譜≫191頁、4~6図


【4図】
・3図の白5で1と逃げてくるのが心配かもしれない。
・黒はなんとしても2とハネ。
・白3の切りが黒二子をアタリにしている。
・黒4とツガざるをえない。
・白5とカカえられると、白二子に逃げられてしまったが。

【5図】
・黒6と白を封鎖するのが、いい手。
・白は、7,9とハネツギで、がんばってきた。
※さあ、隅は攻め合いになった。
 どうやって攻めたら、いいだろうか?

【6図】
・黒10とハネるのが、ダメを詰める好手。
・白11と眼を持っても、黒12とじっとツナいで、大丈夫。
・黒14のサガリまで、白は取られてしまった。
※4図の白1は無理なのである。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、190頁~191頁)

【基本図2】
〇では次のテーマ
≪棋譜≫192頁、基本図

・白が左下に1と一間にカカッてきたときを考えてみよう


≪棋譜≫192頁、7~10図

【7図】
・カカリに対して、黒は2と受ける。
・白3、5のツケ引きから黒6のサガリまでが、星の一間ガカリ定石として、よく打たれる。

【8図】
・ここで白は7と押してきた。
・11まで押して、下辺に13とトンで、模様を広げてきた。
※よく四線は押すと損というが、こんなに大きな模様ができるとびっくりしてしまうのではないだろうか。

【9図】
・白模様が大きすぎてちょっと心配かもしれないが、黒は14とケイマにトンで、連絡しながら消すのが、わかりやすい。
・白が17と守ったら、黒は18と下辺を広げる。

【10図】
・白が19と広げてきても、黒20から22と、白に囲わせて地にさせてあげればいい。
・黒24となったところまで、おおまかな形勢判断をしてみよう。
・囲わせた白地は55目くらい。
・黒地は上辺、下辺ともに、20目ほどで、合計40目ある。
※右上隅の黒地を足せば、地合いは接近しているが、上辺の黒模様は谷が深く、右辺と下辺も黒の楽しみが多い。
➡黒有望の形勢
※著者が囲わせてもいいといっても、やはり白地が大きそうに見えて心配になる人も多いようだ。
 そこで、1回形勢判断してみよう。
 普通は序盤から細かい地の計算をしなくてもいいのだが、このような確定地ができた場合はやってみていいだろう。

【11図】
≪棋譜≫195頁、11図

・まず地の境界線を確認する読み。
・すぐには打たないが、黒1から6までが相場。
・7も大きなヨセで、黒の権利。

【12図】
≪棋譜≫195頁、12図

・隅の切り取りの権利は半々として、三角印の部分を計算しないことにする。
・四角印で最低限の境界線を作ってみた。
 白地は56目。
・黒確定地は、左下隅21目、左上隅16目で合わせて37目で、19目少ないのだが、盤の右側は圧倒的に黒有利。
※右下、右辺と下辺も黒の楽しみが多い形勢。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、192頁~195頁)

切る・切られる~競り合い


・競り合いの解説をしている。
・前項からの続きだが、競り合いでは、キズや弱点が必ずできてくる。
・守っていれば堅いのだが、守ってばかりいると相手に大場へ先行され、体勢が遅れてしまう。
※ここでも、見合いと振り替わりの考え方は、基本となってくる。

【基本図1】
≪棋譜≫199頁、基本図

・左辺の模様拡大に、白は1と押してくるかもしれない。

≪棋譜≫201頁、1~3図

【1図】
※白が競っているときには、そっぽをむいてはいけない。
 黒はハネかノビかを打たないと、勢力争いに負けてしまう。
・黒は5つも並んで強くなったので、2、4と二段バネしてがんばる。
・白が5とノビたら、黒6と二間にトンで、反対側から消す。
※連絡していることが大事。

【2図】
・白は左下の三子が弱いので、白7と守る。
・黒は8とひとつ押したら、今度は10と上辺に転じる。

【3図】
・白は11と切って、13とハネるのが筋。
※二目の頭をハネたよい形になるから。
・黒は抵抗せず、14とカカエておくのが本手。
・黒16と下辺に構えて、黒十分。
※16は三角印の黒のちょうど真ん中にあたる。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、199頁~202頁)

見合いをみつけよう


・前項からの続きの図
・小目に大ゲイマガカリして、白が一間にハサんだ形の変化

【基本図1】
・黒2と切り違えたとき、白が3、5とアテてきた場合を考えていこう。

≪棋譜≫206頁、1~5図

【1図】
・アタリなので、黒は6と逃げる。
・白は7のカケツギで、両方の断点を防いだ。
・黒8で地を稼ぎながら、白一子を取り込んだ。

【2図】
・白は9とハネを効(ママ)かしてから、11とヒラキ。
※隅の黒は生きた。

【3図】
・白が上辺を守ったら、黒は12と左辺の白を攻める。
※四線と高くハサんだのは、下辺の模様を意識している。
 上辺と左辺は見合い。

【4図】
・黒は14とノゾいて、白の眼形を作りにくくする。
・白を強くしてから、黒16とマガるのが調子。
・黒18とトンで白を攻めながら、下辺を盛り上げる。

【5図】
・白は19とトバなければならない。
・黒は深追いせず、黒20と三連星に構えて、黒の模様は大きく十分。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、206頁~208頁)

【基本図2】
・では、白が1とノビてきたときのことも考えておこう。


【6図】
・黒は連絡したいので、2と引き。
・白3とノビると……?
※見たことがある定石に戻っているのが、わかるだろう。

【7図】
・白5で、白の壁ができたので、黒6と少し控えてぼかす要領。

(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、208頁~209頁)

【基本図3】
・今度は、白が1とハネてきたら、どう対応するか?



≪棋譜≫210頁、8~11図


【8図】
・黒は2と引いていて、いい。
・白3のカケツギは、カタツギより眼形が豊富。
・黒は4とトンで、まず自分をしっかりさせる。
※次に、上辺か左辺の白、どちらかに攻めに回る。これも見合い。
・白が5と左辺に二間ビラキして守ったら、黒は6と上辺を攻めにいく。
・黒6はコビンという急所。
・白7のツケが手筋だが、黒は8とハネていい。
・白は9とサガリ。しかし、つらい。

【9図】
・断点はあるが気にせず、黒は10とハネるのが厳しい。
※一番弱い石から動く。
・黒は14とトビ。
・白15のノビには、黒16とカケツギながら、連絡するのがいい手。
※隅の白を封鎖することができた。

【10図】
※左上の白を生きなければならない。
・白17、19とハネツイで、フトコロを広げる。
・続いて、黒は20と左辺の白を攻めに回る。

【11図】
・黒24とノビるのがいい手。
・黒は26と大きく上辺の白二子を攻めて、好調。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、210頁~211頁)
<ポイント>
・囲碁用語コビン
 相手の石のコビン(小髪、小鬢、もみ上げの上の部分)、斜め上を突く手。アゴと同意。

【補足】ハネツギの効果


・ハネツギの効果について、著者は、丁寧に解説しているので、紹介しておこう。

≪棋譜≫173頁、B-2譜

【基本図B】
〇今度は、黒2のハサミに白がすぐ3と三々に入ってきたときを見ていこう。
※互先のときによく出てくる定石である。
 この機会に身につけよう。

【B-1譜】
・黒はハサミのあるほうから、4とオサエ。
・三角印の白があれば、黒6とノビ。

【B-2譜】
・白は先に7、9とハネツギ、11とトンで一段落。
※定石では次に黒はAとハネるのだが、ここは雄大な構想で、黒12と大場に先着するのがよさそう。

〇さて、著者は、上図のハネツギについて、次のように、解説している。

≪棋譜≫173頁、2図

・ハネツギを打たずに、単に白1とトブのは、黒2、4と出切られ、6まで隅の二子を取られてしまう。


≪棋譜≫173頁、3図

・ハネツギがあれば、2図と同じように、黒1、3と出切られても、白6で黒を取ることができ、連絡している。

(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、171頁~173頁)

【補足】ハネツギの効果~攻め合いのとき(『攻め合いの達人』より)


・ハネツギの手筋は、攻め合いのときにも、その威力を発揮する場合がある。
 次の問題を参考にしてほしい。

〇柳時熏『囲碁文庫 天下初段シリーズ3 攻め合いの達人』日本棋院、2002年[2020年版]
【問題19】黒番 1分で4級
・三目どうしの攻め合い。
・白の手数は四手、黒は三手だから、普通なら勝てないが、そこは頭の使いよう。
 境界線をどうするか、テクニックの見せどころ。
≪棋譜≫攻め合い問題19、57頁


【正解】(ハネツギ)
・黒1、3のハネツギで解決。
・白4のツギがちょうど三角印の黒にぶつかり、手数が双方三手ずつ。
・黒5で一手勝ちになる寸法。
※ハネツギで相手のダメを縮める手法、よく覚えてほしい。
≪棋譜≫攻め合い問題19、正解、58頁


【失敗1】(黒負け)
・単純に黒1と攻めるのは、白2とハネられ、黒負けは明らか。
※白2ではaでも、黒いけない。
≪棋譜≫攻め合い問題19、失敗1、58頁


【失敗2】(同じく負け)
・黒1、白2のサガリ、サガリでは、工夫が足らず、黒負け。
≪棋譜≫攻め合い問題19、失敗2、58頁

(柳時熏『攻め合いの達人』日本棋院、2002年[2020年版] 、57頁~58頁)
<ポイント>
※ハネツギで相手のダメを縮める手法、よく覚えてほしい。


≪囲碁の攻め~石倉昇氏の場合≫

2024-08-10 19:00:04 | 囲碁の話
≪囲碁の攻め~石倉昇氏の場合≫
(2024年8月10日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、囲碁の攻めについて、次の著作を参考に考えてみたい。
〇石倉昇『NHK囲碁シリーズ石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]
 前回のブログでも記したように、石倉昇氏は、攻めの要点について、次のようにまとめている。

【攻めの5か条】
①相手の根拠を奪う
②むやみにツケない
③自分の用心……自分の弱い石から動く
④モタレ攻め
⑤攻めながら得をする
※この中でとくに実戦で役に立つのが、「自分の弱い石から動く」である。
 これらの法則を頭に入れて実戦を打つと、それだけで勝率が上がっていくことだろうとする。


〇覚えておきたい法則として、次のものを挙げている。
・一段落したら、まず「弱い石」を見つける。
つまり、一段落したら……
①自分の弱い石を探す……あったら守る
②相手の弱い石を探す……あったら攻める
③大場に打つ

・また、守るときと攻めるときの打ち方をしっかり区別して身につけること
【サバキ】
①ツケ
②相手が厳しくきたら……ナナメ
 相手が穏やかにきたら……まっすぐ
③捨て石を使う
(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、100頁、105頁、126頁)

 この要点を棋譜をテーマ図として掲げて、解説するというスタイルで叙述している。
 その中でも、私の印象に残った箇所を紹介してみたい。
(ただし、掲載されている棋譜を逐一アップロードするのは、難しくて煩瑣なので、一部省略した。とりわけ、変化図は省いたが、是非、本文をあたってほしい)

【石倉昇氏のプロフィール】
・1954(昭和29)年6月生まれ。神奈川県横浜市出身。
・元学生本因坊。
・1977年東京大学卒業。日本興業銀行を退職後、1980年入段。1991年八段。
・2000年4月九段に昇段。
・1982年棋道賞「新人賞」を受賞。
・1985年、1989年、1999年、2004年後期にNHK「囲碁講座」の講師を務める。
➡知性的でやわらかな講座が人気を集める。
 アマチュア出身ということもあって、囲碁普及にも情熱をもやす。
・2003年「テレビ囲碁番組制作者会賞」受賞。
 


【石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』(日本放送出版協会)はこちらから】
石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』(日本放送出版協会)





〇石倉昇『NHK囲碁シリーズ石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]

【目次】
上達への5K
1章 星の定石
1 スベって二間ビラキ
2 一間バサミ
3 新しい打ち方

2章 小目の定石
1 大ゲイマガカリ<1>
2 大ゲイマガカリ<2>
3 一間高ガカリ<1>
4 一間高ガカリ<2>

3章 攻め
1 「攻めの5か条」
2 弱い石から動く
3 置碁は序盤で強く戦え
4 相手の弱点をねらえ
5 とっておきの秘策

4章 打ち込みと荒らし
1 3線に打ち込む
2 ツケて荒らす
  ワンポイントレッスン
3 ツケてサバく
4 打ち込みで局面をリードする
5 ツケからの攻防
6 定石後の打ち込み
7 私の実戦から
  上達への5Kまとめ




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・上達への5K
・「攻めの5か条」のテーマ図と解説(3章より)
・「ツケからの攻防」のテーマ図と解説(4章より)
・【補足】小目の定石(大ゲイマガカリ)~切り違いの法則




はじめに


・囲碁は記憶だけで強くなれるものではない。
 たくさんの定石を苦しんで覚える必要もない。有段者として知っておきたい定石は、せいぜい10ほどだという。
・定石を丸暗記しても、相手がその通りにはなかなか打ってくれないもの。
 多くの定石を覚えるよりも、その定石の意味や、定石はずれへの対応、その後のねらい、戦いの法則を知ることのほうが重要であるという。

・「これさえわかれば初段になれる」ことを、「定石」「攻め」「打ち込み」の3本立ての構成で解説していく。
 石倉流の法則を使えば、楽に強くなれることができること請け合いとする。

・本書は、2004年10月から2005年3月まで、NHK講座で放送された講座「石倉昇の『上達の秘訣』教えます」をもとに、加筆し構成し直したものであるそうだ。

・初段を目指すレベルが中心だが、10級から3、4段まで、どなたにご覧いただいても、碁が楽しくなるという。棋力アップの一助になれば、幸いと著者は記す。
(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、2頁~3頁)

上達への5K


・碁の上達に欠かせないことを、著者は「5つのK」で表している。
 Kとは、「感動」「好奇心」「形」「考え方」「繰り返し」のローマ字表記の頭文字をとったものである。
①「感動」
・プロの碁や講座を見て、「なるほど」と思うことが「感動」につながる。
 丸暗記はすぐに忘れるが、感動したことは頭に定着する。
②「好奇心」
・新しいことを覚えたら、実戦で使ってやろうと思うのが「好奇心」。
 覚えたことを実戦で使ってみて、はじめて自分のものになっていく。
③「よい形」
・「よい形」をたくさん知って、映像として頭に入っている人が、碁が強いといえる。
 「よい形」を知っていれば、しらみつぶしに読む必要がなくなり、読みのスピードも速くなる。
④「考え方」
・また強い人は、正しい「考え方」(法則)を知っている。
 戦いでどう打つか悩んだとき、「考え方」を知っていると、正しい手が打てるようになる。
⑤「繰り返し」
・どんな天才でも、1回見ただけで覚えることはなかなかできない。
 「繰り返し」使ってみることも大切である。
 そうすれば必ず身についてくる。
 身体の機能、五感を使うと、よく身につく。
(目で見て、耳で聞いて、自分の手で実際に並べてみることを勧めている)
(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、6頁、221頁)

「攻めの5か条」のテーマ図と解説(3章より)


【テーマ図A (黒番)】
≪棋譜≫(102頁)


☆右辺の黒模様に、白が1と入ってきた。
 これは少々無理気味な打ち込みである。
 ⇒ここは黒が優勢になるチャンス
 しかし、攻め方を間違えると、形勢を悪くする。 
 どう攻めるか?

【テーマ図Aまでの手順~三連星の布石】
≪棋譜≫(103頁の1図)


・黒は1、3、5と三連星の布石である。
・黒7の一間バサミは、白に8と三々に入らせて外勢を築こうとしている。
・黒13まで基本定石である。
・黒19のカカリに白20とハサんで、29までこれも大事な定石。
・白30と左辺に白模様ができた。
・黒31と肩突きで消すのが絶好。
<ポイント>
・3線のヒラキには、4線から消す。

☆さて、テーマ図Aの場面をみてみよう。
 黒模様に入ってきたのであるから、この白をうまく攻めたいものである。
 そこで、石倉流攻めのコツを5か条にまとめている。
【攻めの5か条】
①相手の根拠を奪う
②むやみにツケない
③自分の用心……自分の弱い石から動く
④モタレ攻め
⑤攻めながら得をする
(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、105頁)

【①相手の根拠を奪う】
≪棋譜≫(105頁の5図)


☆まずは5か条の①相手の根拠を奪う
・黒は1と鉄柱して、白の根拠を奪うことが大切。
※白a(18, 十)とスベられると、簡単に根拠を作られてしまう。
・白2のトビには、黒3とノゾくのも大切な手。
・白が4とツグと棒石になり、眼形が作りにくくなる。

≪棋譜≫(8図、10図、12図、14図、15図)



【④モタレ攻め その1】
≪棋譜≫(106頁の8図)
・黒7で白8のトビを誘導して、黒9に肩を突くのが名調子である。
※ただ追いかけるのではなく、攻めたい石の反対側にモタれることが大切。(5か条の④)

≪棋譜≫(107頁の10図)
・続いて、黒11とトンで白12のトビを誘う。
・もう少しで手をつなぎそうになった瞬間に、黒13とばっさりと分断するのが、うまいモタレ攻め。(5か条の④)

【ほぼ封鎖が完了】
≪棋譜≫(107頁の12図)
・続いて、白が14、16と眼形を作りにくれば、黒15、17と黒地が固まる。
・白18と外に出ようとしても、黒19の棒ツギが好手
・白は20とツイだとき、黒21にかぶせる。
 ⇒ほぼ封鎖が完了

≪棋譜≫(108頁の14図)
・続いて、白は22のコスミツケから24となんとか生きをはかろうとしている。
※黒としては白を全滅させようなんて、考える必要はない。
 狭いところで生きてもらえば、いいのである。
☆しかし、白26のときには注意が必要である。

≪棋譜≫(109頁の15図)
・黒27、29と自分の用心を忘れないようにしよう。(5か条の③)
<ポイント>
〇攻めるにはまず自分の用心
・白30で何とか生きられそうであるが、黒31にまわって下辺に大きな模様ができ、攻めながら得をすることができた。(5か条の⑤)

※ここで形勢判断をしてみる。
・白地は左辺が10目強。上辺が10目。右辺が3目、右下が8目、左下が15目で、合計46目強。
・黒地は下辺だけで40目以上ありそう。
 さらに左上が10目、右上が15目あっては、黒が圧倒的に優勢。

・これでは足りないといって、白が32と突入してきたら、黒は33とモタれるのが、うまい攻めである。(5か条の④)
・黒35まで、白32の石をのみこめそうで、黒がますます好調。
(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、101頁~109頁)

「ツケからの攻防」のテーマ図と解説(4章より)


⑤ツケからの攻防
【テーマ図A】黒番
・白が三角印の白にヒラいたところ。
 三角印の白は問題の一手だった。
・黒としては、チャンス到来。
 上辺の白模様に黒がどう入っていったらいいのかを、考えてみよう。
≪棋譜≫(200頁)


【1図】
・白6の大ゲイマガカリは、小目へのカカリの中では、最もわかりやすく、おすすめ。
・右辺の黒模様には、白28とツケて荒らすのが好手。
・白34まで、うまく荒らした。
・左辺の黒39までの構えは堅く、好形。
・白40とヒラいた上辺の白に、黒はどこから入っていくのがいいだろうか。
≪棋譜≫(201頁の1図)



【2図】
・黒1と打ち込みたいのだが、三角印の白があるときには、苦しい。
・黒3とフトコロを広げようとしても、白4とサエギられては不自由。
※三角印の黒と白の交換がないときには、黒1は有力。
 けれども三角印の黒と白があるときには、ほかの手段を考えたほうがよさそう。
≪棋譜≫(201頁の2図)


【3図】
・黒1とツケるのが、好手。
※サバキはまずツケから始まる。
・白が2とハネて厳しくきたら、黒は3とナナメに動く。
※黒3を捨て石に使うことで、上手に荒らすことができる。
<ポイント>
サバキ
①ツケ
②相手が厳しくきたら……ナナメ
    穏やかにきたら……まっすぐ
≪棋譜≫(202頁の3図)


【4図】
・黒は7の切りから、11とカカエ。
※三角印の黒(黒a)の一子を捨て石にして、サバキ。
≪棋譜≫(202頁の4図)


【5図】
・白12に逃げたら、黒は13とアテて、15にカタツギ。
・黒19のオサエがぴったりで、封鎖して、黒よし。
≪棋譜≫(202頁の5図)


【6図】
・白としては前図の12と逃げないで、1と切って、3と連絡するくらいのもの。
・黒4まで左辺が厚くなって、黒は大満足。
≪棋譜≫(202頁の6図)


(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、200頁~202頁)

【補足】小目の定石(大ゲイマガカリ)~切り違いの法則


・前述の201頁の1図の右下隅にできた小目の定石について、補足説明しておきたい。

<小目の定石~大ゲイマガカリ>
【テーマ図A 黒番】
・白6の大ゲイマガカリは、小目へのカカリの中で、最もわかりやすいカカリ。
 覚える定石が少ないうえ、悪い手になる場合が少ない。
 こんな楽な定石は、なかなかないという。
(著者のおすすめの手である)
・大ゲイマガカリに、黒7とハサミ。
≪棋譜≫(56頁のテーマ図)


〇白の立場で考えてみよう。
 ハサミへの対策を知っていれば、大ゲイマガカリを自信を持って打てるようになる。
≪棋譜≫(70頁の4図)

・右辺は黒の強い所だから、苦しいときには、白1とツケるのがコツ。
・黒としては、2とハネ出すほうが厳しくてよい。
・黒が厳しくきたら、白は3とナナメに打つ。
※「ツケてナナメ」がサバキの極意である。
<ポイント>
【サバキの原則】
①サバキはツケ
②・相手が厳しくきたら……ナナメに動いて、捨て石
 ・相手が穏やかにきたら……まっすぐ動く
※強くなったら反撃せよ

☆ここからの変化を詳しく見てみよう。
※白3は切り違いである。
 よく「切り違いは一方をノビよ」というが、これは例外の多い格言である。
 石倉流切り違いの法則は、次のようになる。
<ポイント>
◎切り違いの法則
〇自分が多いとき……ノビ
〇相手が多いとき……アテ
※アテは大切な石から

≪棋譜≫(71頁の5図、6図)

※黒のほうが石数が少ないので、この場合はアテが好手になる。(黒(17,十二)は遠いので勘定に入れない)
・黒4、6とアテて、8とツグのがいい。
・白は9にオサえることで、三角印の黒を制する。
・黒10のトビは一見、危なそうに見えるが、三角印の黒があるので大丈夫。
・白が11と出て、13に戻り、黒も14にツイで、定石の完成である。
※黒が厚く、よさそうに見えるが、黒が一手多いことを考えると、これで互角と見られる。

(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、56頁、70頁~71頁)

≪囲碁の攻めについて≫

2024-08-04 18:00:21 | 囲碁の話
≪囲碁の攻めについて≫
(2024年8月4日投稿)

【はじめに】


 前回までのブログでは、「勝負師の教え」と題して、次の著作を参考にした。
〇中山典之『囲碁の世界』岩波新書、1986年[1999年版]
〇藤沢秀行『勝負と芸―わが囲碁の道』岩波新書、1990年
〇羽生善治『直感力』PHP新書、2012年
〇井山裕太『勝ちきる頭脳』幻冬舎文庫、2018年
〇張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年
 勝負師と呼ばれるプロ棋士たちは、どのような姿勢で囲碁や将棋に取り組んでいるかが垣間見れたのではないだろうか。一流のプロ棋士たちは、勝負において「直感」や「経験」の大切さを強調していた。また、定石に対して、どのように捉えているのかなども参考になったことであろう。
 
 ただ、テーマがいささか抽象的なところがあり、今一つ焦点が定まらなかったのも事実である。
そこで、今回以降のブログでは、もう少し具体的に、囲碁の攻めについて考えてみたい。
 囲碁の攻めについて、真っ先に浮かぶのは、モタレ攻め、カラミ攻め、切りやハサミなどの戦術や戦略である。
 囲碁の攻めに関する著作を読んでみると、それだけには留まらない。
そこで、次のような著作を参照しながら、考えてみたい。

〇石倉昇『NHK囲碁シリーズ 石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]
〇マイケル・レドモンド『NHK囲碁シリーズ 攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年
〇山田規三生『NHK囲碁シリーズ 山田規三生の超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]
〇中野寛也『NHK囲碁シリーズ 戦いの“碁力”』NHK出版、2011年
〇苑田勇一『NHK囲碁シリーズ 苑田勇一流基本戦略』日本放送出版協会、2001年[2004年版]
〇牛窪義高『碁は戦略』マイナビ、2009年[2013年版]
〇新垣武『攻めは我にあり』日本棋院、2000年[2001年版]

<お断り>
※各書のです・ます調の文体を改めたことをお断りしておく。

 詳しくは、次回以降のブログで紹介することとして、今回は、各書の骨子・要点を紹介しておく。



〇石倉昇
【攻めの5か条】
①相手の根拠を奪う
②むやみにツケない
③自分の用心……自分の弱い石から動く
④モタレ攻め
⑤攻めながら得をする
(石倉昇『石倉流攻めとサバキの法則』日本放送出版協会、2005年[2007年版]、105頁)

〇マイケル・レドモンド
【攻めの基本と守りの基本】
<ポイント>
●攻めの基本
①相手を分断する
 相手の石が連結して地を作ったり、大きな一団になったり安定すると、攻めが効かない場合が多い。
②閉じ込める 
 眼形のない石が孤立したら、中央などに逃げようとするだろう。
脱出を事前に防いで、狭い所に閉じ込めることができれば、攻めは成功したといえる。

●守りの基本
①連絡する
 石は連絡すると強くなる。
 また、三線や四線で連絡すると地ができる。
②中央に出る
 辺の連絡が断たれると、中央へ向かう競り合いが始まる。
 一歩でも先に頭を出したほうが優位に立つ。
(マイケル・レドモンド『攻め・守りの基本』日本放送出版協会、2001年、9頁)

〇山田規三生
4章 モタレ攻めの極意
・ねらいを定めた石を直接追いかけたり、攻めたりしても逃げられるだけで、何も得るものがなかった、なんてことはよくある。
 ここでは「からめ手」から攻める高等技術、「モタレ攻め」を伝授するという。
攻撃を厳しく成果あるものにする。
(山田規三生『超攻撃法』日本放送出版協会、2007年[2008年版]、147頁)

〇中野寛也
●切って厳しく攻めよ
・戦いの好きな人なら、誰でも興味を持つのが、「切り」
 しかし、その切りにも、切って良い時と悪い時がある。
・たとえば、
①シチョウ関係の見極めは大切。
 もちろん、切った石がシチョウで取られるようではいけない。
②また、味方の連絡がしっかりできていないような状況でも、切ってはいけない。

・テーマ図1で取り上げた両ノゾキは、実戦では相手の石を切断する時に使うケースが多い。
 このような場面はすでに接近戦になっているので、決断力とともに、ある程度先を読む力が必要。

※切って仕掛けていく時には、自分の石の連絡はできているかなど、細心の注意をはらって決行しなければならない。
(中野寛也『戦いの“碁力”』NHK出版、2011年、26頁)

〇苑田勇一
第1章 「生きている石」の近くは小さい
・この章では、碁の考え方、戦略をわかりやすく解説している。
・最も意識してほしいのは、石の効率であるという。
⇒石の効率を簡単に表現したものが、次の大切な考え方。
●「生きている石の近くは小さい」
●「生きていない石の近くは大きい」
この点、実例をあげて説明している。

3章 攻めず守らず
・石を取ること、攻めることが好き、という人は多いだろう。
 しかし、石を取ることと、攻めることは全く別のことだと著者はいう。
・攻めるとは、むしろ「追いかけて逃がすこと」なのだとする。
 得をする攻めを心がけて、石の方向を見極めてほしい。

4章 「サバキ」「競り合い」「幅」
●サバキはナナメ
・石の強弱は、石数を数えればある程度わかる。
 石数の差が3つ以上あるときに、弱いほうの立場はサバくことになる。
・サバくコツは、ツケて、石を斜めに使うことである。
 反対に強い立場のほうは、石をタテヨコに使う。

●「競り合い」はお互いに生きていない石が接触したときにでき、碁の骨格が決まるので、理解しておくのは、大変大事である。
(苑田勇一『苑田勇一流基本戦略』日本放送出版協会、2001年[2004年版]、7頁、87頁、157頁)

〇牛窪義高
<置碁はとくに速攻が肝要>
・結局、碁というものは、守ろうとしても守りきれるものではない、といえる。
 なぜなら、ある局部を完全に守ろうとすれば、三手も四手もかかるし、そのたびに後手を引いたのでは、他方面で弱石を作って、守勢に陥り、あげくのはてに、三手、四手と費やした確定地にも悪影響が及ぶからである。
 このような悲劇的光景を、よく見かける。
・要は、着手の優先権を、第一番に「攻め」に置くこと。
 これに尽きる。
 上手との力の差、技術の差がある置碁において、このことはとくに大切。
 上手にいったん攻勢に立たれると、下手側はシノギに難渋し、まずその碁は勝ち目がないと知るべき。
 次に、守りに偏した手の欠点および攻める手のメリットについて、列挙しておく。
<守りに偏した手の欠点>
①一手では守りきれないので、手段の余地を残す、ないし、味が悪い。
②完全に守るためには、手数を要するので、一手あたりの価値は存外小さい。
③相手に手を渡す(=守ると後手を引く)

<攻める手のメリット>
 その裏返しとして、攻める手のメリットをまとめると、次のようになる。
①攻撃することによって自然にできた地は、味が良く、手段の余地を残さないことが多い。
②相手に迫っていれば、守る手自体、不要となることもある。きわめて効率が良い。
③攻めているかぎり、先手を堅持できるので(主導権)、相手の作戦の幅を狭くできる。

〇有名な実戦訓<攻撃は最大の防御なり>。これはまさに真実。
 “色即是空”をもじれば、“攻即是守”。囲碁戦略の一番の要諦は、ここにあるという。

・攻めと守りに関して、次のようなことも重要。
 アマチュアの人は一般に、攻めるときはムキになり、なにがなんでも取ってしまおうといった、非常に無理な打ち方をすることが多い。その大きな原因は、「先に守る」ことにある。
・守る手というのは、当然、得な手に違いない。
 その得な手を先に打ち、それから攻めて、なおかつ得を収めようとすると、敵石を取ってしまうような大戦果をあげないと、攻めの効果が出ないということになりがち。
 そうではなく、守りを省略して先に攻め、その効果は、攻める調子で自陣が固まる程度でいいと、このぐらいの小欲で処するほうが本筋であり、成功率も高いといえる。
(牛窪義高『碁は戦略』マイナビ、2009年[2013年版]、79頁~82頁)

〇新垣武
・著者は、一間とケイマで攻めることを勧めている。
・置き石は多いほど攻めに持ち込むのが容易であるが、五子局ぐらいからはハサミ、打ち込みという互先実戦でも役立つ打ち方をしないと勝てない。
・従って、実戦例は四、五子局を中心として、互先にも通じる一間とケイマによる攻めの基本を、解説するように努めたという。
・本書を通じて、「石を攻めて取る喜び」を味わってほしいとする。
(新垣武『攻めは我にあり』日本棋院、2000年[2001年版]、まえがき、3頁~4頁)


≪勝負師の教え~張栩氏の場合≫

2024-07-28 18:00:41 | 囲碁の話
≪勝負師の教え~張栩氏の場合≫
(2024年7月28日投稿)

【はじめに】


 7月26日、パリ五輪は、市中心部のセーヌ川を舞台に、開会式が行われた。花の都であり芸術の都でもあるパリで、100年ぶり3度目となるスポーツの祭典が開催された。
 火事からの再建が進むノートルダム大聖堂など、歴史的建造物のそばを船で行進し、トロカデロ広場に集結して開会宣言が行なわれた後は、レジェンドたちが聖火をつなぐ。最後は、ルーヴル美術館近くのチュイルリー公園に設けられた聖火台に、柔道同国代表のテディ・リネールが着火した。
 約4時間の大活劇は、難病のセリーヌ・ディオンさん(フランス語を母語とするカナダ出身の歌手)がエッフェル塔から熱唱し、最高潮に達した。エディット・ピアフのシャンソンの名曲「愛の讃歌」を力強く歌い上げる姿に大歓声が起こったそうだ。
(パリ五輪をきっかけに、タイムリーに、パリの歴史とか、7月3日の渋沢栄一を肖像とする新1万円札の発行を記念して、渋沢栄一とフランスとの関係などをテーマに、ブログ記事を書いてみたい気もする。しかし、当分は囲碁関連の記事を投稿する予定である)

 さて、今回のブログでは、張栩氏の勝負師としての教えについて、次の著作を参考にして考えてみたい。
〇張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年
 碁を芸の表現と見るか、勝負第一と見るか、棋士の考え方はさまざまである。そして、国によっても大いに異なる。
 秀行先生は、本のタイトル『勝負と芸』にもあるように、碁とは、勝負である前に創造であり芸術であると考えていた。そして、芸の幅を広げるには、人間の幅を広げなくてはならないとする。人間を磨いてこそ、一流の碁打ちに成長するという信念を持っておられた(藤沢秀行『勝負と芸―わが囲碁の道』岩波新書、1990年、38頁、164頁、171頁)。
 井山裕太氏は、「勝負と芸術の二兎を追って」(128頁~131頁)の中で、「囲碁に求めるのは勝負か芸術か?」と問われたら、「二兎を追います」と答えている。勝利を懸命に追い求めるなかで、盤上に自分らしさを表現したいと言い、勝負と芸術の二兎を求めることが究極の目標であるとする(井山裕太『勝ちきる頭脳』幻冬舎文庫、2018年、128頁~129頁)。

 さて、この張栩氏の著作を読むと、どうか?
「囲碁の国風」(223頁~224頁)において、日本では囲碁を「文化」「芸術」と捉え、中国と韓国では「スポーツ」として捉えているとする。この点は、日本人には意外に感じられる人が多いのではないかと思う。
 中国では、棋士は「体育局」という組織の中に組み込まれており、これは、スポーツのオリンピック選手たちとまったく同列に位置づけられていることを意味するそうだ。
 これは、単なる編成上だけの問題ではなく、その育成方法から国際大会における代表選手の選抜方法まで、スポーツ選手と同じシステムを採用している。全国各地から優秀な子供を北京に連れてきて、徹底した競争原理のもと、さらに優秀な者だけを国家チームに組み入れて、英才教育を施す。そして、情け容赦のない淘汰に次ぐ淘汰で、エリート中のエリートだけしか残れないという仕組みであるそうだ。
そして、韓国も、基本的には中国に近い感覚で、「スポーツ」として囲碁を捉えているらしい。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、224頁)

パリ五輪というスポーツの祭典に因んで記すわけではないが、碁の捉え方が、国によっても大いに異なることを思い知らされた著作が張栩氏の著作であった。

【張栩氏のプロフィール】
・1980年台湾生まれ。囲碁棋士。日本棋院東京本院所属。
・2009年、囲碁史上初の五冠(名人・十段・王座・天元・棋聖)獲得を達成。
 さらに史上最速、最高勝率で700勝、30タイトル獲得を達成。
※読みの深さ、正確さに裏打ちされた柔軟な発想と決断力が持ち味の最強棋士。

<プロフィールの補足>
・妻の泉美さんは、小林光一先生の娘であり、囲碁界のスター棋士を育てた木谷實先生の孫である。
 泉美さんのコラム「詰碁と張栩と私」(本書、141頁~147頁に再掲)は、『張栩の詰碁』(毎日コミュニケーションズ刊)に寄稿したものであったが、好評だったようだ。お二人の結婚前の恋愛の様子がわかる貴重なコラムでもある。交際初日、張栩さんがまず語ったのは、「地合いの正しい計算方法」であったという。また、初めての喧嘩は、詰碁が原因であったというのも、プロ棋士同士の恋愛ならではであろう。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、143頁、147頁、173頁)



【張栩『勝利は10%から積み上げる』(朝日新聞出版)はこちらから】
張栩『勝利は10%から積み上げる』(朝日新聞出版)





〇張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年
【目次】
まえがき
長い序章
 名人戦
 七歳半の重圧
 野良犬のような
 「囲碁、やめてもいいよ」
 敗者復活

1章 読みと感覚
 相手の最善手を考えることを習慣に
 「読み」と「感覚」
 直感は経験によって磨かれる
 勝負の嗅覚
 いい加減な碁は打たないという矜持
 不利はすぐさま取り返すものではない
 
2章 勝利は10%から積み上げる
 勝利は10%から積み上げていくもの
 プロならば勝ちを目指すべきです
 勝ちを目指すなら徹底的に
 勝負と覚悟
 真の負けず嫌いとは
 適切な目標設定

3章 勝ちきる力
 あたりまえのことができるのが本当の力
 あたりまえの継続が未来の力になる
 負けにくい技術
 金星狙いでは本物になれない
 言い訳をしない
 負けには必ず理由がある
 相手を尊敬することが勝ちにつながる

4章 効率を考える
 目的と手段はシンプルに考える
 時間を味方につける その1
 時間を味方につける その2
 先人の知恵に学ぶ
 脳の体力を鍛える
 脳の柔軟性と集中力を鍛える
 効率がいいと「美しい」
 詰碁について
 
5章 勝利の流れをつかむ
 ミスと向き合う
 どんな形勢でも「慌てず、奢らず」
 勝負の流れ
 成長するとは「変わること」
 尖った部分があっていい
 ライバルを持つこと
 緻密な準備が勝利を呼ぶ
 心技体の準備法
 ほんとうの自信は結果に左右されない
 とことん楽しむ

6章 支えられてきた道
 父について
 囲碁との出会い
 父の指導法
 義父三人
 師・林海峰
 勝てなくなった日本
 何が日本に足りないのか
 日本復権の条件
 日本碁界の長所と希望
 囲碁の「国風」
 教育としての囲碁
 「才能」は環境が育てる
 棋士としての責任感

あとがき




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


1章 読みと感覚
 「読み」と「感覚」
 直感は経験によって磨かれる

4章 効率を考える
 時間を味方につける その1
 先人の知恵に学ぶ
 脳の柔軟性と集中力を鍛える
 効率がいいと「美しい」
 
5章 勝利の流れをつかむ
 成長するとは「変わること」
 尖った部分があっていい

6章 支えられてきた道
 父の指導法
 師・林海峰
 日本碁界の長所と希望
 囲碁の「国風」






1章 読みと感覚

「読み」と「感覚」


・「部分的な判断」と「大局的な判断」、いずれの場合にも着手の決定は、「読み」と「感覚」に頼って行う。
 例えていうなら、「読み」は勝ちへ続く真っ暗な道を照らす懐中電灯、「感覚」は懐中電灯なしでも自在に暗闇の中を動ける力、という感じだという。

※しかし、「読み」を磨いて懐中電灯をいくら強力にしても、すべてが真昼のように明るくなることはない。勝ちへの道を進むには、「読み」と「感覚」、両方を備えなければならない。

・その二つを具体的にいうと、
 「読み」は、論理計算と、論理的思考によって予想図を組み立てること
 「感覚」は、理屈や論理に裏打ちされた「ひらめき」と、「直感・感性」
となる。
※「直感」は、パッと見ての第一感といってもいい。
 「ひらめき」と「直感」の違いについては、脳研究者の池谷裕二先生が著書で明快に説明されていたので、それを紹介している。
・「ひらめき」とは、後でどうしてそう考えたか理由を聞かれた時に説明できる思いつきのこと。
・「直感」とは、理由を聞かれても、「ただ何となく」としか答えようがない思いつきのこと。
というものである。

※考えに考えてポンッ!と生まれるのが「ひらめき」、考えずに一瞬で思いつくのが「直感」である。「感性」はその人の性格やセンス、棋風などのことである。
 囲碁の場合、時には「気合い」という要素も加わるという。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、33頁~36頁)

直感は経験によって磨かれる


・囲碁は、脳の体力、脳の柔軟性、脳のキレを競う勝負であるから、普通に考えると、若く、瞬発力と体力を恃(たの)める二十代が一番強いとされる。
 一方で、ベテラン棋士がとてつもない力を発揮されることがある。
 実際に七大タイトル本戦のトップレベルでも、50歳を超えたベテラン棋士が多く、リーグ入りして活躍されている。その棋士を見ていると、読みを深めるというよりも、直感を頼りに打っているだけで、石が絶好点に行くことが多いように見えるそうだ。つまり、年齢を重ねれば重ねるほど、直感だけで、魔法のように石がいいところに行くように見える。

・日本囲碁界の第一人者で現在95歳(ママ)の呉清源先生に接するとその思いは新たになる。
 「昭和の棋聖」と謳われ、現役棋士にとっては神様みたいな存在である。
 実戦の棋譜(手順の記録)を見ての呉清源先生のご高察は、一線で活躍するプロ棋士たちにとって、大いなる参考になっているそうだ。
 ベテラン棋士や呉清源先生の力は、まさしく直感によるものだ、と著者は考えている。
 つまり、直感は経験によって磨かれるという。
 先生方が囲碁にかけた気が遠くなるような時間と、何十万局という実戦経験が類まれなる直感を育んでいる。
 膨大な対局をこなす中で、似たような局面を経験し、成功も失敗も積み重ねていくうちに「このような場面では、こう打つと良い結果につながり、こう打つと悪い結果となることが多かった」というデータが、自分の中にしっかり蓄積されてくる。すると、ある局面を見た瞬間、直感的に「この手はもう、その後をきちんと読まなくても、うまくいかないことが分かる」とか「きっとこの手が正解だ」といった予知能力が働く。これを囲碁界では「第一感」と呼んでいる。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、39頁~40頁)

4章 効率を考える

時間を味方につける その1


☆日本の囲碁界と、中国や韓国のそれとでは、時間の使い方に関して、相違が見られるという。

・日本の囲碁界には、「持ち時間を残して負けるのは恥ずかしい」と考える風潮がある。
 負けるにしても、時間をぎりぎりまで使い、最善の努力をした上で負けろ、ということである。

・しかし、中国や韓国の碁では、持ち時間3時間の碁なのに、両者とも1時間ずつしか使わずに終わってしまっている碁を見かけることがある。しかもこういうケースが結構多い。
(日本でこんなことをしたら、たちどころに「2時間も残して負けて、何をやっているんだ。勝つ気はあるのか」と非難されてしまう。最善の努力をしていない、とみなされる)

※著者は、こういうケースを見ても、違和感を覚えないそうだ。
 なぜなら、彼らは、時間の使い方を含めて勝負しているから。
 「後半で時間をたくさん使う場面が出てくるはずだ。仮に前半で時間を目いっぱい使い、それで優勢を築いても、後半で時間がなくなったら、その後を最善には打てない」と、彼らはよく理解している。
(その意味で、彼らは、勝つための最善の努力をしているといえる)

・こうした時間についての考え方は、中国・韓国の棋士は徹底している。
 一方で、日本の棋士を見ていると、過去の風潮がまだ残っているようだ。
 その良い面も多くあるが、こと勝負にこだわるならば、時間に関する考え方は甘いという。
(その証拠に、中国や韓国の棋士は、日本の棋士と対戦する時に、「少しくらい形勢が悪くても、日本の棋士は前半でたくさん時間を使うから、後半でいくらでも追い込める」と思っているという。そして実際、後半で秒読みになってから、ミスが出ての逆転負けがいかに多いことか。)
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、113頁~117頁)

先人の知恵に学ぶ


・「定石」という囲碁用語がある。
 囲碁のみならず、一般用語にもなっている。「決まりきった手順」とか「マニュアル」という意味である。
(スポーツで言えば、「基本フォーム」のようなもの)

〇また「定石」は、先人たちが連綿と積み重ねてきた研究の結晶でもある。
➡この「定石」が今に受け継がれてきたことによって、石の筋や形、効率といったものを容易に学び取ることができる。
 定石を学ぶことは囲碁の上達において、最も有力な勉強法の一つと言える。

〇また、自分より強い人の棋譜を碁盤に並べることも、有力な勉強法である。
(スポーツで言えば、一流選手のプレーを録画して見直すようなもの)

※定石を学ぶことも、棋譜を並べることも、「先人たちの知恵をありがたくお借りすること」である。
 これを繰り返すことで、自分の中に「囲碁の良質な常識」を詰め込んでいくことができる。
 だから、弱いうちは定石を覚えることから始める。

※しかし、段々と上達していくにつれ、「覚えること」からは卒業しなければならない。
 なぜなら、定石は頼もしい存在ではあるが、川柳にも「定石を覚えて二目弱くなり」とあるように、定石の手順に固執すると碁盤全体が見えなくなり、結果として形勢を悪化させてしまうことになるから。
(「木を見て森を見ず」という状態)

※囲碁とは、記憶力や論理力だけではなく、全局的な戦略のもとに着手を決定していくゲームである。
 そして、定石とは、あくまで「部分における模範手順」でしかないことを認識しておかなければならない。
 その点さえ押さえておけば、定石の活用は、勉強の効率を飛躍的に上げてくれる、最も手っ取り早い上達法である。

〇では、ある程度強くなったら、どのような勉強をすればいいのか?
 著者の経験を例にして述べている。

・著者も子供の頃は定石を覚えたというし、プロになったばかりの頃までは棋譜並べも多くしたそうだ。
 定石の効能は上述の通りだが、棋譜並べでは自分より強い人の碁を並べて、「なるほど、こういう場面ではこう打つものなのか」と学んだようだ。

・でも、だんだん強くなっていくにつれ、定石や常識とされているものに対して、「本当にそうなのか?」という疑問が湧いてきたという。
 囲碁の勝負は一局ごとに場面が異なるわけであるから、普段は常識とされているものでも、周囲の状況が変われば非常識となる可能性があることに気づいたそうだ。
 
※こうした考えが実感できればしめたものである。
 こうした疑問が湧いてこないということは、マニュアルに依存してしまっているということであるから、新しい可能性が広がることはない。
 常識に対する疑問が湧いてきたら、そこに自分なりの考えや解釈をプラスしていく。この段階まで来て、初めて「先人の知恵を吸収できた」と言える。
 
※弱いうちは定石や棋譜並べから得た常識を活用することから始め、強くなってきて自分の考えを持てるようになったら、定石を参考にしながら「自分なりに考えた上で」一手一手を打たなければならない。
定石や常識といった先人の知恵は、その意味を理解することが重要である。
 なぜそうなるのか、なぜそうするのか、その成り立ちが心底理解できれば、周囲のどんな状況にも、臨機応変に対応することができるようになる。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、122頁~125頁)

脳の柔軟性と集中力を鍛える


・著者は脳というものを、例えているなら、筋肉のようなものだと考えている。
 スポーツ選手の筋肉が強さだけではなく柔軟さも必要としているように、棋士の脳にも体力だけではなく柔軟性が必要だという。
 脳はどんな高齢になっても、使っていれば脳は磨かれるようだ。
 例えば、一局の碁でも、盤上に現れた手順を記憶しているだけではなく、盤上に現れなかった水面下の変化をも記憶している。
 対局中は盤上のことだけを考えているが、勝負を終えたら「相手がこう打ってきたら自分はこう打つつもりだ」とか「こう打たれたら嫌だと思っていた」など、現実化しなかった手順・変化をどれだけ覚えていることができるかが大切だという。

※実戦に現れた手順は、対局中に考えていたことの氷山の一角に過ぎないらしい。
 勝ったからといって「よし、いい内容の碁が打てた」と盤上に現れた手を振り返っているのでは、ただ上っ面をなぞっているだけで、真の意味で一局の勝負を研究・反省しているとは言えないようだ。
 水面下に埋もれた変化こそが何より重要であり、そうでなければ密度の濃い反省はできない。

・脳の働きを衰えさせないために、筋力トレーニングと同じように、常日頃から脳を鍛えておかなければならない。
 具体的には、特別なトレーニングは何もしていないが、トランプや将棋、チェスのような室内遊戯をしたり、パズルやクイズなどの頭を使う問題を解いたりするくらいであるそうだ。
※囲碁以外のことに頭を使うことで脳が柔軟になり、それが結果として囲碁にもプラスとなる。
 著者は、子供の頃に父から受けた教育を思い出すという。
 囲碁を教える前に、トランプやチェス、中国将棋など、様々な頭脳ゲームを教えた。
 まだ三歳くらいだったので、いきなり囲碁を教えるのは無理だと考えたようだ。
 そこでまずはトランプなどの簡単なゲームに興味を持たせ、「考える力」を身につけさせようとした。そして六歳半になってそれなりの思考能力がついてきた時に、満を持して囲碁を教えたそうだ。
 つまり、トランプや中国将棋が、囲碁を始めるにあたっての最高の準備運動、助走期間になった。

・また日本語という母語以外の言葉を使っていることも、幸運の一つだという。
※東北大学の川島隆太教授の研究で、母語を音読するよりも、外国語を音読した方が脳を活性化するという結果が出ているそうだ。
 つまり、映画を観るだけでなく、マンガを読んでも、カラオケを歌っても母語以外の言葉を使うことが脳のトレーニングになっているという。
 また、川島先生は、子供の教育や脳のアンチエイジングに囲碁が大変有効なのではないかという研究も進められている。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、128頁~132頁)

効率がいいと「美しい」


・囲碁というゲームは、盤上に一手ずつ交互に着手し、相手より多くの陣地を囲うゲームである。より少ない石数で地(陣地)を囲うなど、効率を求めていくゲームともいえる。

・打った石が無駄なく配置されていく様には、とても美しいものがある。
 美的感覚も囲碁では大切である。
 石が同じ箇所に固まっていて、働きが少ない姿は悪い形である。
 (囲碁用語では「愚形」という)
 その反対の「美形」という言い方はしないが、効率の良い石の形は自然と美しく見える。

・また、「石」には強弱がある。
 強弱の判断には感覚的な要素に拠るところも大きいが、簡潔にいうと、眼形のある形(絶対に取られない石)は強い石、眼形のない石は弱い石となる。

・さらに、軽い石、重い石、という感覚もある。
 石がいくつも固まってしまうと自然と重い石となり、責任も重くなる。
 働きが悪いが、かといって捨てるにはダメージが大き過ぎて難しい。

 石数が少なければ、当然軽くなる。
 責任が小さくて捨てやすい状態だが、それではと打った石から順に捨ててしまっては、いつまで経っても実がない。

 その中でも、例えば相手の石を攻めるのに貢献したり、何か役目を終えたりした石は、(石の数や状況にもよるが)特に軽い石となる。
 これからの局面であまり働かないと判断すれば、いつでも「捨て石」にしてしまう。
 つまり、他に大きくなりそうな陣地、大事な場所があれば、そちらを優先して打ち、相手がその石を取りに来ても、あえて助けには行かない。

・「軽い」というのは決して悪いことではない。
 その軽さを武器に、相手を悩ます手を打ったり、相手の出方を見る「様子見」ができたりする。
(戦場で例えるなら、偵察兵のように、情報を集めるような働きができる)
※軽さは弱さにもつながるが、軽いからこそできる役割もある。
※世の中の変化と同じように、盤上は一刻一刻変化し続けるもので、先を予測することは困難だが、その時その時の状況をしっかり判断して、過去の目的だけにこだわり過ぎずに、臨機応変に変化していく必要もある。

・最後は石の「厚み」と「薄み」について。
 石が多いところは自然と石が厚くなってくる。
 石が厚いというのは眼形が厚いということだから、基本的には良いことが多くある。
 将来、この厚みを使って相手の石の攻めに利用したり、陣地を作ったりする。
 ただ、注意したいのは、働きのない厚い石は効率の悪い愚形にもなり得るということである。
 薄い形は、状態によっては相手にどこをつかまれても、ボロボロになってしまう時もあり、盤上に自分の陣地はない上に「薄い」場合などは絶体絶命と言ってよい。

・ただ、「薄い」ということが必ずしも悪いわけではない。
 効率を追求し、より少ない石で最大限に働かせようとすると、自然と薄くなってしまうものである。

※著者も、自分の石が薄くなってしまう傾向があるという。
 将来働くかどうか分からない厚みに力を溜めるよりも、目の前の利益(陣地など)を得る方が魅力的に映りやすいからであるそうだ。
 著者の碁の棋風は、「スピード重視」の部分もあるようだ。
 序盤で打ちにくくしたり、中盤で形勢を損じたりする場合は大抵、この薄さが原因であるという。
 無理に一つの石を働かせようとして、相手に隙を突かれたり、相手の厚みを軽視して、巨大な陣地を作られたりする。

※だから、もっと「厚み」を意識して打たなくてはいけないと思ってはいるが、もともとの性格も影響するのか、将来を見越して力を溜める手というのは、なかなか打ちにくいという。
(「今、目的がはっきりしている手」の方が、確実に信頼できるような気がする)
➡そういう意味では、囲碁は「性格」が出るゲームである。

※囲碁においても、効率のいいものが美しい。
 美しさが強さになることは気持ちのいいことであるという。
 今あるものを生かしつつ、無駄をなくして効率を追求する囲碁というゲームには、人間が求める、美しさの芯棒のようなものが内包されているのかもしれないとする。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、132頁~137頁)

5章 勝利の流れをつかむ

成長するとは「変わること」


・囲碁とは、人がその一生を賭けて追究しても、決して究め尽くすことのできないゲーム。
 だからこそ、江戸時代から現在に至る400年以上も、棋士という職業が続いてきた。

・自信を持つと同時に、「自分はまだまだ未熟だ」という謙虚な姿勢を持つことが大切。
 「自分はもう充分に分かっている。だからこれ以上学ぶことはない」などと思ったら、その瞬間に成長は止まり、それどころかひたすら下降の道を辿ることになるだろう。

〇「自分にはいくらでも学ぶべきことがある」。こう考えることができれば、その人は今後も成長を続けることができるが、その際に重要なことが、「自分が変わることを恐れない」ことであるという。もし「さらに成長したい」と思っているなら、自分が変わることを恐れてはいけない。
 変化することはリスクを伴うが、自分を変えることによってしか、自分を成長させることはできない。
※リスクにあえて挑戦し、過去の自分に打ち勝つことのできた人だけが、さらなる成功をつかむことができる。 
 囲碁界でも歴史に名を残してきた名棋士たちは、常に進化を求めて自らの古い殻を打ち破り、自分の碁を創り上げてきた。

・著者の場合はどうか?
 王銘琬先生との第56期本因坊戦七番勝負が、大きな転機だったという。
 著者は3勝4敗で敗退したが、今の自分から見ると、技術的な面で未熟な部分があったと振り返る。
 早く強くなるために、「答えの出る中盤および終盤での能力を鍛えよう」とそちらに力を注いできたので、序盤構想の分野で劣っている面があったそうだ。

・七番勝負は2日制で持ち時間が8時間という、いちばんの長丁場。
 そして持ち時間が長くなれば長くなるほど、序盤が重要になってくる。
 著者はそういう碁に対する勉強をしてこなかったので、この面での弱さが出た。
 序盤、自分のパターンにはまらないとうまくいかないという偏りがあった。

・また、王銘琬先生の碁が、他に類を見ないほど独特で、厚みや模様を重視する、著者のいちばん足りない部分を得意とする碁であった。
(このシリーズから得たものは大きく、以降の著者は王銘琬ファンになった)

※著者は、それまで極端な勉強の仕方をしてきて、「ここはこう打つ一手」と決めつけてきたが、碁に対する考え方の幅が格段に広がったとする。
 決めつけもそれはそれで一つの強さなのだろうが、視野が狭かったことは間違いない。
「色々な考え方がある」ということが分かっただけでも、大変な「気づき」だったようだ。
 ただし、何の迷いもなく、自分の碁を変えられたわけではない。
 著者自身、変化を恐れる気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 しかし、王銘琬先生に負かされたことで、自分の実力の足りなさを痛感した。
 このままでは自分の碁に成長はないと考え、変わることを選んだ。
(その結果、2年後には本因坊に再挑戦して、加藤正夫本因坊からのタイトル奪取も果たせた)
〇現状に満足することなく、絶えず成長のための新しい変化を求める姿勢を、著者はこれからも変えないという。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、164頁~167頁)

尖った部分があっていい


・今の世の中は、何か一つのことに秀でていることが評価される時代。
 色々なことを広く浅くという平均タイプではなかなか厳しく、そのマルチな才能を「一つのこと」として、まとめ上げる必要があるのかもしれない。

※囲碁においても、まったく同じことが言えるようだ。
 序盤・中盤・終盤のすべてが平均点であるよりは、例えば「序盤の構想力は今一つだけれど、中盤の戦闘力は誰にも負けない」という一点に秀でているタイプの方が、成績も良く、将来的にも可能性を秘めている。
 もちろん、全体的なバランスが取れているのがベストであることは確かだが、だからといって、必ずしも「丸くなる」必要はなく、「尖った部分」があっていい。

・例えば、若い頃の山下敬吾さん。
 プロ入り直後から大変な勝率を挙げていたから、すべての面で優れていたが、その中でもその戦闘力のすさまじさは群を抜いていた。
 そして、この最大の長所が、今も山下敬吾さんの強さの核となっている。

・また、高尾紳路さんの厚みに対する独特の感性も、若い頃から際立っていた。
 ともすれば、「甘い碁」になってしまいかねない危険性がある中で、自分の感性を信じて、誰にも真似のできない碁を創り上げた。そして、名人・本因坊にまで駆け上がった。

※丸くなることを目指し過ぎた結果、自分の能力をつぶしてしまってはもったいない。
 人真似は嫌だ、と言って、つっぱるような勘違いをしてもらっては周りが困ってしまうが、ここぞという自分の信じるところに矜持を持って、その能力を大切にすることは必要。
 物事には常に二面性がある。
 短所には長所が隠れている。それなのに、闇雲に短所を消そうとすると、せっかくの長所まで消してしまうことになりかねない。

・子供の頃の著者の囲碁は、「冒険をしない」、「堅実すぎる」と言われたようだ。
 それはいわば短所とされていたが、今は長所と呼ばれている能力につながっている。
 僅差であっても確実に勝ちきる力、「正解が存在する分野で、確実に正解を出すことができる能力」に磨きをかけることにつながったとする。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、167頁~169頁)

6章 支えられてきた道

父の指導法


・囲碁教室や碁会所に行く時には、父親が必ずつき添ってくれたそうだ。
 父親は碁も分かるので、帰り道の会話で頭の中での反省会が始まる。
 この頃から頭の中に仮想碁盤を描く訓練が始まっていたという。
 碁を本当に真剣に見ていて、中盤戦に弱いと見れば手筋や詰碁の本を、終盤が弱いと見ればヨセの本を買ってきて、「これを勉強してみたらどうだ」と提案してくれた。

・また父親は大変なアイデアマンであった。
 「ただ漠然と棋譜並べをするだけでは今一つ身につかないから、五十手ごとに形勢判断をするように」といって、手製の書き込み式ドリルのようなものを作ってくれた。
ある日「これから一カ月間は三連星だけを打つようにしろ」と言ってきた。
そして一カ月が経つと今度は「では今度は中国流だ」という具合である。
(三連星とか中国流とは、序盤における戦法の名前で、どちらも力戦志向という傾向がある)
※その頃の著者の碁は堅実志向だったそうで、その点を父親は気にして、戦いの碁も経験させようとしたようだ。
 この勉強法は効果があり、三連星や中国流の長所や短所を自分なりに理解することができたと回想している。
※父親には「コーチとしての才能」があったようだ。
 技術的には著者より弱くても、「何が足りないのか」を的確に見抜き、それを克服するために「何をさせたらいいのか」を導き出す能力があったという。

・もう一つ、囲碁とは直接の関係はないが、父親が姉や著者に繰り返しさせていた訓練がある。
 食事の時に父親が10分くらいの話をして、その後に「今の話を簡単にまとめてみろ」という。
 「たとえどんな分野であっても、人間が成長するための基本は、他人の話をきちんと聞き取り理解する能力である」という信念を父親は持っていた。その能力を身につけさせようとした。

※著者は子供の頃から内向的で、コミュニケーション能力が高くなかったらしく、最初は苦労したようだ。この訓練の効果は抜群で、やがて人の話がすぐに頭に入るようになり、要点を押さえることができるようになったという。
➡これが囲碁にもプラスの効果をもたらし、囲碁の先生に言われたこともきちんと理解できるようになり、同じミスを二度することはなくなったとのこと。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、193頁~197頁)

師・林海峰


・師の林海峰先生は、日本の囲碁界で数々のタイトルを獲得して、子供の頃の台湾囲碁界における英雄だった。
 先生が40年ほど前に名人や本因坊のタイトルを取った時には、台湾でも一大囲碁ブームが起こったそうだ。

・著者が囲碁を覚えて3年ほどが経ち、10歳になった頃、著者は台湾の囲碁界ではかなり注目される存在となった。二人の義父などの推薦で、林先生の内弟子となり、お宅に住み込むことになる。

・林先生は、本当に優しい先生だったという。
 自主性を重んじる指導法で、弟子のやりたいようにさせてくれていた。
 「勉強しろ」とも、ほとんど言われた記憶がない。
 囲碁についても、一緒に検討することはあっても、技術面で「こう打ちなさい」と考えを押しつけるようなことは一切なかった。
(ただ、それでも貫禄というか、無言の威圧感のようなものがあるから、弟子としては師匠の顔色を窺う。)

・囲碁界の頂点にいるにもかかわらず、弟子よりも、遥かに勉強されていたそうだ。
 家のあちこちに碁盤があって、ふと思い立った時にすぐ石を持てるようになっていた。家中のあらゆる所から碁石の音が聞こえてくる。
 先生が手合(囲碁の試合)を終えて家に帰ってくると、必ず碁盤に向かって反省をする。
 そのまま朝になっても続けていることが多々あった。弟子たちが朝起きても、まだ石音が響いている。子供心にも「日本一の先生が、こんなに勉強しているんだ」とびっくりしたそうだ。
➡こうした先生の生き方を、子供の時に間近で見ることができたというのは、著者にとって何物にも替え難い財産となっているという。

※子供の頃「なぜ先生は何も教えてくれないのだろう」と不満を覚えたことがあったそうだが、先生は自分の生き様を見せることで、弟子たちに何かを盗んでほしかったのだと、今になれば分かったとする。

・無口な先生だったが、だからこそ先生の言葉には千金の重みがある。
 今でも忘れられない言葉が二つあるという。
①最後と決めたプロ入り試験の時に、「人生が懸かっている勝負なのだから、死にもの狂いで打ちなさい」と言ってくださったこと
②「頭の中に碁盤を入れておけば、いつどんな所でも勉強できる」と、普段の勉強の大切さを教えてくれた。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、203頁~206頁)

日本碁界の長所と希望


・ここまで、「日本碁界の問題点」を指摘し続け「韓国・中国碁界の良い点」ばかりを取り上げてきた。
 しかし、日本碁界に良い点はないのか? そんなことはなく、捨てたものではない。

●まずは、韓国・中国について。
・次から次へと優秀な棋士を輩出する現在の勢いは、素晴らしく、日本も見習うべき点がある。
 しかし、その徹底した教育方針、確立された勉強方法によって、棋士の個性が失われている。
・あまりに研究が進んでしまっているためか、若手を中心に「定石中毒」のようになってしまっている。自分の考えではなく、「記憶力で碁を打っている」ように思える。

※でも、それが本当の強さなのかどうかは分からない。今は記憶力と瞬発力だけで結果を残せているが、将来はそれほど伸びないのではないかという気もする。
 記憶力だけで碁を打っていては、「容量」「幅」が出てこない。
 やはり「詰め込み過ぎ」は良くない。

〇その点で、日本碁界には、「自分で考え、自分で強くなる」という考え方が、昔から浸透している。
 日本の碁には「幅」がある。
 決して他人のコピーではない。日本の一流棋士の碁の多くは、「自分で創り上げた思索の結晶」である。

〇棋士寿命という点で考えると、日本の棋士の活躍年齢は、韓国・中国の棋士を遥かに凌駕している。
 韓国・中国の棋士は20代がピークで、30代に入るともう下り坂。
 日本では50代でも、なお第一線の舞台で戦えている。

※囲碁はやはり心技体を総合した勝負であるから、スポーツと同じで若い方が有利であるが、日本碁界のベテラン勢は、すごい層の厚さを誇っている。
 50代以上にしてなお第一線で活躍している棋士が多い。
 趙治勲、小林光一、大竹英雄、林海峰、武宮正樹、石田芳夫、王立誠、小林覚と、枚挙にいとまがない。
(もし日本、韓国、中国でシニアの団体戦を行なったら、おそらく日本が勝つだろうという)

・年齢によって衰える部分は当然あるが、その一方で、経験を積むことによって強くなる部分もある。
 その点を踏まえて、韓国・中国の碁を見ると、記憶力と瞬発力という「若さ」に頼った碁が全盛となっている。だから棋士としての活躍の寿命が短い。
(そのスタイルで若くて優秀な棋士を生み出し、世界戦を勝ちまくっているのだから、碁界全体としてはそれでいいのだろうが、棋士個人のことを考えると少々複雑)

・日本の棋士は、自らの鍛錬によって日本碁界を盛り上げ、大切にしていくべきことはもちろん、支えてくれるファンに心より感謝しなくてはならないという。
 そのことが、世界戦で戦える若い棋士の育成につながるとする。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、219頁~222頁)

囲碁の「国風」


・現在の世界囲碁勢力地図は、韓国と中国が二強で、日本は三番手、そこからやや離れて台湾が四番手。
 囲碁が最も普及しているのがこの4カ国だが、囲碁というゲームに対する捉え方という点では、それぞれの国で違いがあるという。

〇日本について
・プロ棋士制度が確立されてすでに400年という歴史があることからも分かるように、「文化」「芸術」として定着している。
・だから、日本の棋士は、ファンやスポンサーから社会的な敬意も払ってもらえるばかりではなく、タイトル戦ともなれば一流の旅館やホテルといった立派な対局場で、囲碁にだけ集中できる環境を用意してもらえる。
 棋士のことを「先生」と呼んでもらえるのも、その表れ。

●韓国・中国について
・一方、韓国・中国では、棋士のことを「ギャンブラーまがいの存在」と見る傾向もあるそうだ。
 中国や韓国における棋士の立場は、「スポーツ選手」という扱いである。
 
※中国では、棋士は「体育局」という組織の中に組み込まれている。
 これは、スポーツのオリンピック選手たちとまったく同列に位置づけられていることを意味する。
 これは、単なる編成上だけの問題ではない。
 その育成方法から国際大会における代表選手の選抜方法まで、スポーツ選手と同じシステムを採用している。
 全国各地から優秀な子供を北京に連れてきて、徹底した競争原理のもと、さらに優秀な者だけを国家チームに組み入れて、英才教育を施す。
(情け容赦のない淘汰に次ぐ淘汰で、エリート中のエリートだけしか残れないという仕組み)

・韓国も、基本的には中国に近い感覚で、「スポーツ」として囲碁を捉えているらしい。
 中国ほど国家的なシステムは整っていないものの、「世界戦で優勝するなどの結果を残したら兵役免除」といった、スポーツ選手と同様の優遇措置がある。
 このことからも「囲碁はスポーツの一種目」と位置付けられていることが分かる。

※このように、日本では囲碁を「文化」「芸術」と捉え、中国と韓国では「スポーツ」として捉えている。
 そして、近年、文化、スポーツに続く「第三の要素」が注目を集めるようになってきたという。それが「教育としての囲碁」である。発信源は著者の故郷・台湾である。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、223頁~224頁)