歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪囲碁の格言と英語 レドモンド先生の本より≫

2021-07-15 18:15:21 | 囲碁の話
≪囲碁の格言と英語 レドモンド先生の本より≫
(2021年7月15日)




【はじめに】


 マイケル・レドモンド(Michael Redmond、1963年~)九段の出身国はアメリカで、母国語は英語である。レドモンド先生は、You Tubeで初級、中級囲碁講座以外に、英語でも講義をしておられる。
 そして、前回より紹介している先生の本の特徴として、日本語の格言を英訳しておられる点が挙げられる。
 また、『レドモンドの基本は格言にあり』(NHK出版、2008年)の「まえがき」には、
レドモンド九段が格言を知ったのは、プロ棋士になってからで、アマの人へ言葉で伝える難しさに悩んでいた時に知ったので、格言はまさに魔法の杖であったと記しておられる。
 日本には、こんな虎の巻があったのかと、ちょっとしたカルチャーショックだったと回想し、単なるボードゲームや勝負事としてではなく、囲碁が日本文化の一つとして溶け込んでいることを証明しているようで、深い味わいを感じたという。つまり、日本の囲碁の歴史が醸成した格言には、上達へのエッセンスが詰まっているとされる。
 このように、日本の囲碁を日本文化の一つとして捉えておられる。
 この視点を改めて、考え直してみたいというのが、今回のブログの根底にある。
 林道義氏の『囲碁心理の謎を解く』(文春新書、2003年)などを読んでみると、囲碁の起源は中国であるが、日本に伝来し日本文化の中で独自の展開をとげたことがわかる。そして日本の囲碁の歴史が少し見えてくる。囲碁の格言のみだけでなく、日本の囲碁が独自の発展を遂げてきたことに思いを致しつつ、レドモンド先生の囲碁格言の英訳を紹介してみたい。

 囲碁用語を英語で表現する場合、一般の人は戸惑うことが多いだろう。
 英単語は簡単でも、ニュアンスの違いから、直訳が適当でないことがわかる。
 例えば、「馬の顔」という囲碁用語は、the horse’s faceと直訳すればいいというものではなく、the horse’s headとなるそうだ(195頁)。
 また、英単語はわかったとしても、それが囲碁の格言を英訳するとなると、更なる困難が伴う。
 例えば、「大場より急場」という有名な格言がある。これは、大場と急場はそれぞれthe large point、the vital point(生命にかかわる体の急所のこと)というが、それが「大場より急場」という格言では、Take the vital point before the large point.となる。前置詞beforeを用いて、「大場より先に急所(急場)を取れ」と考えることになるようだ(94頁)。
 さらに、「二立三析(にりつさんせき)」や「模様」を欧米人に説明するとしたら、どのように表現したらよいのだろうか。囲碁用語をきちんと理解した上で、それを英訳することになる。
(もっとも、「模様」は囲碁を知っている欧米人には、moyoで通じるそうだが……)



【レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版はこちらから】

レドモンドの基本は格言にあり (NHK囲碁シリーズ)






マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』(NHK出版、2008年)の目次は次のようになっている。
【目次】
まえがき
第1章 布石の構想
1 一にアキ隅、二にシマリ、三にヒラキ
2 星は辺と連携せよ
3 ヒラキの余地残せ
4 第一着は右上隅から
5 カカリは広い方から
6 地は攻めながら囲え
7 広い方からオサえよ
8 ハサミがある方からオサえよ
9 星の弱点は三々にあり
10 二線は敗線
11 二線ハウべからず
12 二線、三線は余計にハウな
13 三線は実線
14 四線は勝線
15 ヒラキの原則は二立三析
16 一間トビに悪手なし
17 ヒラキとハサミを兼ねよ

第2章 序盤の戦い
18 根拠を奪え
19 重くして攻めよ
20 攻めはケイマ
21 攻めは分断にあり
22 モタれて攻めよ  
23 地は攻めながら囲え
24 逃げるは一間
25 弱い石から動け
26 弱い石を作るな
27 厚みに近寄るな
28 厚みは攻めに使え
29 厚みを囲うな
30 スソアキ囲うべからず
31 大場より急場

第3章 正しい形、わるい形
32 二目の頭は見ずハネよ
33 車の後押し
34 千両マガリを逃すな
35 ポン抜き30目
36 亀の甲60目
37 ダンゴ石を作るな
38 アキ三角打つべからず
39 ツケにはハネよ
40 切り違い一方ノビよ
41 アタリアタリは俗筋の見本
42 裂かれ形を作るな
43 ケイマにツケコシあり
44 ケイマのツキダシ俗手の見本
45 ツケコシ切るべからず

第4章 中盤の攻防
46 サバキはツケよ
47 三々の弱点は肩ツキ
48 消しは肩ツキ
49 消しはボウシ
50 ボウシにケイマ
51 格言も時によりけり
52 弱い石にツケるな
53 攻めはボウシ
54 切った方を取れ
55 攻めの基本はカラミとモタレ
56 利かした石を惜しむな
57 模様に芯を入れよ
58 両ケイマ逃すべからず

第5章 接近戦の心得
59 イタチの腹ヅケ
60 天狗の鼻ヅケ
61 馬の顔、犬の顔、キリンの首 
62 鶴の巣ごもり  
63 初コウにコウなし
64 石塔シボリ
65 石の下に注意
66 三目の真ん中は急所
67 六死八生
68 死はハネにあり
69 ナカ手九九は三3、四5、五8、六12
70 眼あり眼なしはカラの攻め合い

番外編
①「一方高ければ一方低く」がヒラキの要領(50頁)
②「ダメのツマリが身のつまり」は大事な戒め(138頁)
③「左右同型中央に手あり」は便利な手筋(184頁)


あとがき





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・囲碁と日本文化 林道義氏の本より
・朝鮮の古い碁と日本の碁の改革
・囲碁の格言の英訳
・囲碁の英訳の格言の語句と解説
・格言「消しは肩ツキ」の解説
・【補足】模様という囲碁用語
・模様(moyo)に関連して
・清成哲也九段が提唱した「模様の接点を探せ」という格言
・【補足】天王山を逃すな
・「天王山を見逃すな」の別例
・模様について~模様に芯を入れよ
・三々入りについて
・≪参考文献≫







囲碁と日本文化 林道義氏の本より


現代の囲碁用語として、「セキ」「シチョウ」「コスミ」「ゲタ」はなじみ深い。
それぞれは、古代ではどのような漢字が当てられていたのか。そして日本の歴史で、囲碁用語はどのように変遷してきたのか。この点について、略述してみたい。

まず、古代において、次のような漢字が当てられていたようだ。
①「持」
 「ジ」と読んでいたのが、今では「セキ」と読む
②「征」
 古代人の読みは不明(「セイ」か?)だが、現代では「シチョウ」と読む
③「尖」
 古くは不明(「セン」か?)だが、現代では「コスミ」と読む
④「門」
 現代では「ハカシム」と読ませて、「ゲタ」の意である

なぜ、そしていつ、このように読み方が変化したのであろうかと問題提起している。その変化の背景には、相当な文化的変化があったと想像している。
これらのうち、「ゲタ」と「コスミ」について、面白い事実を記している(林道義『囲碁心理の謎を解く』文春新書、2003年、146頁~147頁)。

まず、「コスミ」という形は、すでにある石から斜め隣に打つことである。この形から石を取り去って石の動きを矢印で示すと、↙のようになる。
これは隅から隅への動きを示している。基盤全体の隅を「大隈」と考えると、この一マスの隅はまさしく「小隅」であることから命名されたと林は推定している。
そして「ゲタ」というのは、図のような形で、白1と取る手のことである。
【ゲタの図】
棋譜再生

この形は古代中国では「門」と呼ばれていたが、それは門を閉じて逃げられなくするというイメージからであろうと推測している。江戸時代の俗語辞典である『俚言集覧(りげんしゅうらん)』には「はかす」は「足駄より転じてハカスと云なるべし」とある。
「アシダ」→「ハカシム」→「ゲタ」
足駄がいつ登場してくるのかが問題となる。この点、鎌倉時代後期から室町時代にかけての「職人歌合」に足駄を作っている職人が描かれているので、このころに庶民に親しまれるものになっていたと考えられる。
図の形を「足駄」と呼んだのは、いかにも庶民感覚あふれる命名であるが、じつはすでに室町時代から、囲碁は庶民のものになりつつあった。町には碁会所なるものができていて、名人と呼ばれる人々がいて碁を教えていた。

鎌倉時代に貴族のものから武士のものになった囲碁は、室町時代には町衆・庶民のものになり、それに応じて囲碁用語も日本独自のものが発明され、使われるようになったのである。
だから、「小隅」という小粋な名前や、「足駄」という庶民的な名前は室町時代にできた可能性が高いであろうと林道義氏は解説している。
そして室町時代は、能や歌舞伎・茶道のように、いわゆる日本独特の文化が発生した時代である。その傾向は囲碁の世界においても例外でなかった。中国語の用語は追放され、日本的なものになり、囲碁は日本独自の文化となり、また庶民のものとなった。しかし、中国語の囲碁用語は、江戸時代にもう一度復活することになる。それは江戸時代の儒教採用に促された中国文化の復活によるものであった。
ただ、読み方は室町時代にできたものを使い、それが漢字の訓読みとして定着したものであろう。そのために「門」を「ハカシム」と読み、「尖」を「コスミ」と読むように、囲碁用語には漢字そのものと一見無関係な訓読みが当てられることになり、その因果関係が不明になっていたと林氏はみている。

囲碁は日本では1500年前から打たれてきたが、このように囲碁の歴史にも、日本文化の歴史の特徴が色濃く反映していた。囲碁の用語とルールの歴史は3つの時期に大別できる。
①第一の時期である古代
 この時期は中国から輸入された方式に忠実に従って打たれていた
②第二の時期である中世
 とくに室町時代にはすべての方式が一新され、用語もまったく独自のものが作られた
③第三の時期である江戸時代
 江戸時代になると再び中国製の用語が復活し、家元制度の確立に伴って伝統的な固定化が進むが、その漢字の用語も、読み方は中世にできた呼び名が受け継がれ、今日にまで及んでいる。
(林道義『囲碁心理の謎を解く』文春新書、2003年、148頁~151頁)

【林道義『囲碁心理の謎を解く』文春新書はこちらから】

囲碁心理の謎を解く (文春新書)

朝鮮の古い碁と日本の碁の改革


金川正明『基礎編Ⅰ すぐ打てる布石と定石』(日本棋院、1985年[1998年版])において、「知識と技術のミニ講座」として、「朝鮮の古い碁」と題して、碁の布石の歴史について言及している。

碁は3000年以上も前に中国で作られたといわれている。それが日本に伝わったのは、奈良時代のころである。
中国の古い碁形を伝えていると思われる朝鮮の碁の打ち始めの形は、下図のようなものであったようだ。つまり、布石というものが朝鮮の碁にはなかった。序盤からいきなり乱戦になる。

盤面の配石をゼロにしたのは、日本の碁の偉大な改革とされる。ここから布石のおもしろさが加わったようだ。

【朝鮮の碁の打ち始めの形】
≪棋譜≫(62頁の図)
棋譜再生
(金川正明『基礎編Ⅰ すぐ打てる布石と定石』日本棋院、1985年[1998年版]、62頁)

【『基礎編Ⅰ すぐ打てる布石と定石』日本棋院はこちらから】

すぐ打てる布石と定石 (日本棋院新書―基礎編)

囲碁の格言の英訳


≪No.6 地は攻めながら囲え≫より
Play the approach move from the wide side
「カカリは広い方から」
Think first of playing elsewhere
「手抜きから考えよ」
(レドモンド、2008年、25頁)

≪No.15 ヒラキの原則は二立三析≫より
The second line is the losing line,
the third line is the territory line, and
the fourth line is the winning line.
「二線は敗戦、三線は実線、四線は勝線」

Make a three space extension from a two stone wall
「二立三析」
(レドモンド、2008年、43頁)

≪No. 19 重くして攻めよ≫より
Attack by forcing your opponent’s group into heavy shape.
「重くして攻めよ」
(レドモンド、2008年、57頁)

≪No. 20 攻めはケイマ≫より
Use the Knight’s move to attack
「攻めはケイマ」
(レドモンド、2008年、61頁)

≪No. 24 逃げるは一間≫より
Split two weak groups to attack
「攻めは分断から」
(レドモンド、2008年、73頁)

≪No. 27 厚みに近寄るな≫より
Do not play (too) close to thickness
「厚みに近寄るな」
(レドモンド、2008年、83頁)

≪No. 31 大場より急場≫より
Take the vital point before the large point
「大場より急場」

Use thickness to attack
「厚みは攻めに使え」
(レドモンド、2008年、94頁)

≪No. 32 二目の頭は見ずハネよ≫より
Move from your weak group
「弱い石から動け」
(レドモンド、2008年、101頁)

≪No. 35 ポン抜き30目≫より
The ponnuki is worth 30 points
「ポン抜き30目」

(レドモンド、2008年、109頁)

≪No. 36 亀の甲60目≫より
The tortoise shell is worth 60 points
「亀の甲60目」
(レドモンド、2008年、113頁)

≪No. 40 切り違い一方ノビよ≫より
When crosscut, think first of extending
「切り違い一方ノビよ」
(レドモンド、2008年、123頁)

≪No. 44 ケイマのツキダシ俗手の見本≫より
Pushing through to cut the Knight’s move is bad style
「ケイマのツキダシ俗手の見本」
(レドモンド、2008年、135頁)

≪No. 46 サバキはツケよ≫より
Begin with a contact play to make light and flexible shape
「サバキはツケよ」
(レドモンド、2008年、149頁)

≪No. 48 消しは肩ツキ≫より
Use a shoulder hit to reduce the opponent’s moyo
「消しは肩ツキ」
(レドモンド、2008年、155頁)

≪No. 49 消しはボウシ≫より
Use the capping move to reduce the opponent’s moyo
「消しはボウシ」
(レドモンド、2008年、159頁)

≪No. 53 攻めはボウシ≫より
Don’t play an attachment against weak stones
「弱い石にツケるな」

Do not make the empty triangle shape
「アキ三角を作るな」
(レドモンド、2008年、171頁)

≪No. 59 イタチの腹ヅケ≫より
Erase a central moyo at the borderline
「中央の模様は境界線を消せ」
(レドモンド、2008年、189頁)

≪No. 61 馬の顔、犬の顔、キリンの首≫より
the horse’s head
「馬の顔」

hitting the Tengu’s nose
「天狗の鼻をたたく」
(レドモンド、2008年、195頁)

≪No. 63 初コウにコウなし≫より
Count the ko threats before you start a ko
「コウダテを数えてからコウを仕掛けよ」

There are no ko threats for the early ko
「初コウにコウなし」
(レドモンド、2008年、201頁)

≪No. 66 三目の真ん中は急所≫より
The center of three stones is a vital point
「三目の真ん中は急所」
(レドモンド、2008年、213頁)

≪No. 70 眼あり眼なしはカラの攻め合い≫より
The hane is the killing move
「死はハネにあり」
(レドモンド、2008年、222頁)

※ただし、格言≪No.68 死はハネにあり≫の格言(216~217頁)は別ページにあり。編集・図版の関係か?)


囲碁の英訳の格言の語句と解説


≪No.6 地は攻めながら囲え≫より
Play the approach move from the wide side
「カカリは広い方から」

Think first of playing elsewhere
「手抜きから考えよ」

【語句】
「カカリは広い方から」
approach 接近する (cf.)ゴルフのアプローチも同じ言葉
move  チェスなどで駒を動かす意味 日本語の「手」または「一手」の意味に使う
→approach move 「近づく手」であるが、欧米でも上級者は「Kakari」と日本の囲碁用語を使うそうだ

「手抜きから考えよ」
※「手抜きから考えよ」は布石、中盤、終盤すべてにわたるオールラウンドな格言である
級位者のときは、うわ手の人と打つことが多く、相手の着手にお付き合いしがちである。そうすると、好所をすべて先んじられてしまう。
そこで相手の着手に対して、まず手を抜いて他方の好所に回れるかどうかを考えよ。そのことを、この格言は説いているとされる。

【語句】
Think first  まず考えよ、最初に考えよ
playing   打つ事
elsewhere  他の所
(レドモンド、2008年、25頁)

≪No.15 ヒラキの原則は二立三析≫より
The second line is the losing line,
the third line is the territory line, and
the fourth line is the winning line.
「二線は敗戦、三線は実線、四線は勝線」
※日本と同じように、英語でも、二線はsecond line、三線はthird lineとなるという
【語句】
lose    敗ける
win     勝つ
territory   地または領地

Make a three space extension from a two stone wall
「二立三析」
【語句】
extension     ヒラキの事をいう
a two stone wall  「二子の壁」という意味
≪注意≫最初のうちは妄信してしまって、どんな場合でも「二立三析」に従ってしまうのが、この格言の難点である。予防薬として、打ち込み対策を付け加えることにしているそうだ。
(レドモンド、2008年、43頁)

≪No. 19 重くして攻めよ≫より
Attack by forcing your opponent’s group into heavy shape.
「重くして攻めよ」
※英文は、「相手方の石に重い形を強制して攻めよ」の意

【語句】
attack     攻撃する、攻める
forcing     forceの進行形で、強制する、強いるの意味
opponent    競技、試合の相手
group     団体→碁でいうと石の団体
heavy shape  重い形(直訳のようだが、英語でも同じニュアンスだそうだ)
(レドモンド、2008年、57頁)

≪No. 20 攻めはケイマ≫より
Use the Knight’s move to attack
「攻めはケイマ」
※「Attack with the Knight’s move」とも言われる。欧米でも一部の人は知っている格言だという

【語句】
Use    (何々を)使う(この場合は「使って」)
Knight’s move   Keimaとする事もできるそうだが、より純粋に英語を使った方がよいとする
move      手
attack      攻撃する、攻める
(レドモンド、2008年、61頁)

≪No. 24 逃げるは一間≫より
Split two weak groups to attack
「攻めは分断から」
※攻めるテーマは欧米でもやはり人気で、カラミ攻めは広く知られており、自然と理解してもらえる格言の一つだそうだ。
一般的な格言の「Divide to conquer」(敵を分断させて征服せよ)は、協力関係にある二つの敵を仲違いさせて一つずつ征服する意味だという。
(言葉は似ていても、使い方は違うという)

【語句】
Split     裂く、割る、分離する
weak    弱い
group   集団→碁では一団の石の意味で使われる
attack   攻める
(レドモンド、2008年、73頁)

≪No. 27 厚みに近寄るな≫より
Do not play (too) close to thickness
「厚みに近寄るな」
※英文は、「厚みの近くに打つな」の意

【語句】
thickness  厚み
play     チェスなどで駒を動かす、またはトランプでカードを出す意味で使われる事がある⇒囲碁では「打つ」の意味
(レドモンド、2008年、83頁)

≪No. 31 大場より急場≫より
Take the vital point before the large point
「大場より急場」
※英文は「大場より先に急所(急場)を取れ」の意

【語句】
vital point 生命にかかわる体の急所のこと
  (※急所と急場とは語意が違うが、日本語のように適切な言葉がないそうだ)
point    場所、地点→大場

Use thickness to attack
「厚みは攻めに使え」

【語句】
Use     使う、利用する
thickness   厚み(←thick 厚い)
attack    攻撃する、攻める
(レドモンド、2008年、94頁)

≪No. 32 二目の頭は見ずハネよ≫より
Move from your weak group
「弱い石から動け」
※守りの格言が今一つ人気が出ないのは、日本も欧米も同じらしい。欧米でこの格言を知っている人はほとんどいないし、実践できる人も少ないという。

【語句】
Move     動く(普通の動詞として使っている)
your     あなたの
weak group  弱い石
(レドモンド、2008年、101頁)

≪No. 35 ポン抜き30目≫より
The ponnuki is worth 30 points
「ポン抜き30目」
※英文は、「ポン抜きには30目の価値がある」の意
「ポン抜き」は、そのまま囲碁用語として使われているという。ただし、英語風に「パン抜き」と発音する人が多いようだ。
・なお、中国でポンヌキは「中腹開花」(主に中央のポン抜きをいう)である。中国でも日本と同じく30目。

【語句】
point  成績や競技の点数→囲碁では目数のこと
(レドモンド、2008年、109頁)

≪No. 36 亀の甲60目≫より
The tortoise shell is worth 60 points
「亀の甲60目」
※「亀の甲」は中国では言わないようだが、日本の「鶴の巣ごもり」のことを「烏亀不出頭」と言う。烏亀は黒い亀のことで、海亀のこと。
(レドモンド、2008年、113頁)

≪No. 40 切り違い一方ノビよ≫より
When crosscut, think first of extending
「切り違い一方ノビよ」
※有名な格言であるが、英語版はレドモンド先生が私流に作り変えてみたそうだ。
※切り違いには様々な対抗手段があるので、上級者は「一方ノビよ」で一度想定図を作ってから他の図を考えるとよい。

【語句】
When    いつ、~の時
crosscut   切り違い クロス(十字)に切ることで囲碁用語としても定着
think first   まず考えよ(レドモンド先生がつけ足した部分)
extend    延びる、ノビる
(レドモンド、2008年、123頁)


≪No. 44 ケイマのツキダシ俗手の見本≫より
Pushing through to cut the Knight’s move is bad style
「ケイマのツキダシ俗手の見本」
※「ケイマを切るために突き出すのは」という表現が、英文としてはすっきりしている

【語句】
Pushing through   突き出す
Knight’s move    ケイマ
to cut       切るため
bad style      品格がない、エレガントではない
※Pushing throughは、「突き抜く」「突き出す」のどちらにも近い言葉だが、囲碁用語ではpushing right throughと強調して「突き抜く」にする事が多いようだ。
(レドモンド、2008年、135頁)

≪No. 46 サバキはツケよ≫より
Begin with a contact play to make light and flexible shape
「サバキはツケよ」
※「サバキ」は、一団の石を助ける場合も捨てる場合もあり、意味が流動的である
具体的に説明すれば、基本として碁の場合は「軽く柔軟な形を作る」意味とされる。
つまり「軽く柔軟な形を作るためにはまずツケよ」となる。
※上級者になると、「サバキ」や「ツケ」を日本語の用語で言う人が多いようだ。

【語句】
Begin     始める
contact play  ツケ attachmentともいう
light     軽い
flexible    柔軟な
shape    形
(レドモンド、2008年、149頁)

≪No. 48 消しは肩ツキ≫より
Use a shoulder hit to reduce the opponent’s moyo
「消しは肩ツキ」
※英文は「肩ツキを利用して相手の模様を縮小(減少)させる」意

【語句】
Use       利用する
shoulder hit    肩ツキ ※囲碁用語の肩ツキとして定着
reduce      減少、縮小させる
opponent    相手
moyo      模様  ※通常「模様」はそのまま「moyo」を用いる
(レドモンド、2008年、155頁)

≪No. 49 消しはボウシ≫より
Use the capping move to reduce the opponent’s moyo
「消しはボウシ」
※「模様」を英訳すると、「A large framework of potential territory」となるようだ。つまり「地になり得る大きな骨組み」という説明になる。少し長いので、「moyo」の方が人気とのこと。
※武宮九段の宇宙流は世界的に人気で、そのおかげで「moyo」ははやったそうだ。

【語句】
capping move    ボウシの英訳 ※hatにはならない
moyo       模様 ※通常「模様」はそのままmoyo  
(レドモンド、2008年、159頁)

≪No. 53 攻めはボウシ≫より
Don’t play an attachment against weak stones
「弱い石にツケるな」
【語句】
attachment   ツケ
weak stones   弱い石 (cf.)weak groupともいう
(レドモンド、2008年、171頁)

Do not make the empty triangle shape
「アキ三角を作るな」
※アキ三角は欧米でも有名な悪形であるという。表現はそのままで、英語でも容易にイメージできるのが人気の秘密であるとか。

【語句】
make     作る
empty    中身がない、空いている
triangle    三角
shape    形
(レドモンド、2008年、171頁)

≪No. 59 イタチの腹ツケ≫より
Erase a central moyo at the borderline
「中央の模様は境界線を消せ」
【語句】
Erase   消す(消せ)
central   中央の
moyo    模様 ※模様はterritorial frameworkと訳せるが、前述したように、moyoと日本語で言うのが一般的
borderline  境界線
(レドモンド、2008年、189頁)

≪No. 61 馬の顔、犬の顔、キリンの首≫より
the horse’s head
「馬の顔」
※「犬の顔」は「the dog’s face」の直訳であるが、「馬の顔」は何故か「the horse’s head」となり、顔ではなく頭になる。

hitting the Tengu’s nose
「天狗の鼻をたたく」
※「天狗」は少し訳しにくいようだ。英語で「goblin」というのは、必ずしも鼻が大きいとは限らない。欧米の囲碁ファンは日本通が多く、天狗を知っている人もいるそうだ。「hitting the Tengu’s nose」というのは聞いた事があるという。
(レドモンド、2008年、195頁)

≪No. 63 初コウにコウなし≫より
Count the ko threats before you start a ko
「コウダテを数えてからコウを仕掛けよ」
【語句】
Count    数える
threat    脅かす、脅迫する
the ko threat  コウダテの英訳 ※コウはkoそのまま
before    ~の前に
start     始める、着手する

There are no ko threats for the early ko
「初コウにコウなし」
ko    コウ 英語でもそのまま用いる
 ⇒初コウはthe early ko、コウダテはko threat(threatは脅かす、脅迫する)
※コウダテは多くの場合、相手を驚かすようなねらいを持っているので、案外ピッタリくる表現であるそうだ。
(レドモンド、2008年、201頁)

≪No. 66 三目の真ん中は急所≫より
The center of three stones is a vital point
「三目の真ん中は急所」
center     真ん中(この言葉は米語ではcenter、イギリスではcentre)
three stones   三目
vital point   急所
※「大場より急場」でも、vital pointが出てきた。key pointとほぼ同意語。
(レドモンド、2008年、213頁)

≪No. 70 眼あり眼なしはカラの攻め合い≫より
The hane is the killing move
「死はハネにあり」
※「ハネ」を英訳しようとすると、「敵と味方の石が隣り合っている場合、味方の石から斜めに、敵の石と隣り合う場所に打つ」ということになる。このように大変面倒になる。
したがって、欧米の碁打ちはこの「ハネ」の形を憶えて、そのまま「hane」と言うそうだ。
英語では、「ハネは殺しの手」と訳す。
因みに「death lies in the hane.」と直訳するのは、やや分かりにくいようだ。
(レドモンド、2008年、222頁)
※ただし、格言≪No.68 死はハネにあり≫の格言(216~217頁)は別ページにあり。編集・図版の関係か?)

格言「消しは肩ツキ」の解説


≪No.48 消しは肩ツキ≫
・黒の思惑は、右上の厚み、右下のシマリ、左下の肩ツキ集団を連係させて、右辺から中央一帯に大きな模様を作ろうとしている。
・この思惑を察知して、白は「消しは肩ツキ」で、黒模様に臨んだ。
・「消し」とは、模様の削減を意味する囲碁用語である。肩ツキがほどよいと、この格言はアドバイスしている。

【消しは肩ツキ】
≪棋譜≫(153頁の1図)
棋譜再生

・白は肩ツキして、白7までがワンセットである(いちばんポピュラーな定石形)
⇒黒は着実に実利を増やしたが、白は中央への逃げ足が早いのが特徴である。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、152~155頁)


【補足】模様という囲碁用語


石倉昇ほか『東大教養囲碁講座』(光文社新書、2007年[2011年版]、281頁)の囲碁関連用語集(兵頭俊夫氏の執筆)では、「模様」および「模様の接点」について、次のように説明している。
〇模様~石の配置から見て、将来、地になる可能性が大きい勢力圏。
〇模様の接点~黒と白の模様の境界のあたり。

【石倉昇ほか『東大教養囲碁講座』光文社新書はこちらから】

東大教養囲碁講座―ゼロからわかりやすく (光文社新書)

模様(moyo)に関連して


≪No. 49 消しはボウシ≫

【消しの両横綱としてのボウシ】
≪棋譜≫(156頁~157頁のテーマ図と1図)
棋譜再生
右上隅の黒の小ゲイマジマリを中心に上辺と右辺の両翼へと黒の大きな模様が展開している。
〇消し=模様の制限が急務の場面である。
・白1が「消しはボウシ」の一手
「肩ツキ」と並んで、「消し」の両横綱である。
(実は「消しは肩ツキ、ボウシ」と一緒に言われることも多い。この二つを知っていれば、ほとんど困らないようだ)
・上辺を黒2と受けるのは、白3、5とモタれながら、白7と右辺に踏み込む。
・黒8のナラビは好手。
・白9と中央に進出するまでがワンセットの形である。これで一段落。
(レドモンド、2008年、156~157頁)

清成哲也九段が提唱した「模様の接点を探せ」という格言


清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』(日本放送出版協会、1993年[1995年版])の「第3章 中盤編」の「Ⅰ平面より立体」「2模様の接点を探せ」において、清成哲也九段は、模様について、次のように述べている。

“接点打法”という明解な碁の考え方を、苑田勇一九段(清成九段と同じ関西棋院に所属する先輩)が提唱したそうだ。
「序盤から最終盤に至るまで、碁には白黒互いにシノギを削り合っている接点というものがある。そこを探して打つべし」という説である。
その接点ということばを借りて、清成九段は「模様の接点を探せ」という格言をつくったという。
模様の接点を探して、そこを先占すれば、本節のテーマ「平面的でなく立体化を図れ」にかなうことができるとする。

【模様の接点の例】
≪棋譜≫(112頁の1図)
棋譜再生
・後手番の白が、天元を中心点として対称のところを占めていけば、上図のような碁形が生じる。
⇒ある一面で、上図のマネ碁は、碁の本質を鋭くついているらしい。
というのも、碁は本来見合いの芸であり、相手と等しい(似たような)価値の手を打っておけば、そう形勢は離れないからであるという。このマネ碁の場合、大模様対大模様の碁となる。

≪棋譜≫(113頁の2図)
棋譜再生
★さて、どこが模様の接点だろうか?
〇正解は、黒1と天元へ打つ見当である。
黒1は、白模様を制限し、黒模様をより広げるバランスのとれた一点である。

・黒1に対して、白2と模様に入ってきた。囲い合いでは不利と見たのにちがいない。
・黒は主導権を握って、黒1、3、7と中央を制圧した。
(こうなれば、白模様への踏み込みはフリーパスである)

≪整理≫
・黒の模様はいくらか小さくなるものの、強化され、地に近づく。他方、白模様は知らないうちに消されていく。
・模様は地ではない。むしろ相手にどこかに入ってきてもらって、それを攻めることによって、地に変えていくものである。
・「模様の接点」は、全局的な必争点、急場といってもよいとする。
(清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』日本放送出版協会、1993年[1995年版]、112~114頁)

【清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』はこちらから】

清成哲也の実戦に役立つ格言上達法 (NHK囲碁シリーズ)

【補足】天王山を逃すな


・「天王山を逃すな」について、『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])で言及されている。

お互いの勢力の消長に関するところ、双方の模様の接点を「天王山」と呼ぶ。つまり、「ゆずってならない模様の争点」をいう。

☆例を示そう。
1図、2図とも、黒1がともに逃せぬ天王山。
⇒白石に置き換えてみれば、その価値がわかる。

【1図】
≪棋譜≫
棋譜再生
【2図】
≪棋譜≫
棋譜再生

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、171頁、222頁)

【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則

「天王山を見逃すな」の別例



高尾紳路『囲碁 布石入門』(成美堂出版、2013年)においても、「天王山を見逃すな」という格言について言及している(133頁~134頁)。

≪棋譜≫
棋譜再生
・この布石は、右上一帯の黒の大模様と左下一帯の白の大模様がにらみあっている。
こんな布陣では「天王山を見逃すな」が大切である。とすれば、黒はどこが最善か?

⇒・黒1とカケる一手である。
 ・黒1がなぜ最善になるかと言えば、右上一帯の大模様を広げながら、左下一帯の白模様のスケールを制限しているからである。
 〇黒1は、互いの大模様の消長に関する天王山である。
 ・黒は1、3を決めてから、5と大模様にシンを入れるのが好手順である。黒不満のない展開。

(高尾紳路『囲碁 布石入門』成美堂出版、2013年、133頁~134頁)

模様について~模様に芯を入れよ


≪No.57 模様に芯を入れよ≫
【「模様に芯を入れよ」のテーマ図】
≪棋譜≫(180頁のテーマ図)
棋譜再生

・白は実利、黒は模様という好対照の布陣となっている
・黒1(星から一間トビ)が「模様に芯を入れよ」の絶好手である。
ここが芯を入れるタイミングで、黒模様を引き締める。
・模様作戦は広げるばかりではなく、しっかりとした骨組も整えなくてはいけない。
芯を入れる時期や打ち方は碁によって様々である。
(模様の碁をたくさん打つことによって身についてくるものらしい)


【模様に芯を入れない場合:三々が弱点】
≪棋譜≫(181頁の2図)
棋譜再生

・もし模様に芯を入れていないと、「No.9 星の弱点は三々にあり」の格言どおり、白1と侵入され、実利を食われる恐れもある。
⇒黒12までは定石。
白は難なく先手で荒らし、あとはこの黒模様を適度に削減する手段を考えることになる
(レドモンド、2008年、180~181頁)

三々入りについて



【三々入りの事例】
≪棋譜≫(162頁の1図)
棋譜再生

★黒は、緩着を打った(12十三)。
白は形勢判断をして、碁を決める場面である。
⇒白1と三々に入って、白十分という形勢である。
黒12までの定石なら、残るは白13が最大である。
黒の緩着を突いて、一気に白の優勢となる。
(神田英監修『並べて学ぶ次の一手』日本棋院、2003年[2005年版]、161頁~162頁)

【神田英監修『並べて学ぶ次の一手』日本棋院はこちらから】

並べて学ぶ次の一手―即効上達シリーズ〈2〉 (囲碁文庫)

≪参考文献≫
マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年
林道義『囲碁心理の謎を解く』文春新書、2003年
石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社、1986年[1993年版]
蝶谷初男・湯川恵子『囲碁・将棋100の金言』祥伝社新書、2006年
菅野清規『生きている囲碁の格言』成美堂出版、1983年
清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』日本放送出版協会、1993年[1995年版]
工藤紀夫『初段合格の手筋 150題』日本棋院、2001年[2008年版]
山田至宝『初段合格の死活150題』日本棋院、2001年[2013年版]
神田英監修『並べて学ぶ次の一手』日本棋院、2003年[2005年版]
日本棋院『基礎編Ⅰ すぐ打てる布石と定石』日本棋院、1985年[1998年版]
坂田栄男『囲碁名言集』有紀書房、1988年[1992年版]
橋本昌二『囲碁初段合格 定石問題集』成美堂出版、1983年
工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]



≪囲碁の格言 レドモンド先生の本より≫その2

2021-07-14 18:23:58 | 囲碁の話
≪囲碁の格言 レドモンド先生の本より≫その2
(2021年7月14日)
 


【はじめに】


 今回も、マイケル・レドモンド(Michael Redmond、1963年~)九段の次の著作にもとづいて、囲碁の格言について、解説してみたい。
〇マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年
 とりわけ、ツケ関連の格言、「タチの腹ヅケ」など動物名のみえる囲碁格言、「切り違い一方ノビよ」「六死八生」「ナカ手九九」など、上記の本に載っている格言を解説する。そして、本にはないが、有名な格言「二目にして捨てよ」「「2の一」に手あり」について補足しておく。




【レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版はこちらから】

レドモンドの基本は格言にあり (NHK囲碁シリーズ)







マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』(NHK出版、2008年)の目次は次のようになっている。
【目次】
まえがき
第1章 布石の構想
1 一にアキ隅、二にシマリ、三にヒラキ
2 星は辺と連携せよ
3 ヒラキの余地残せ
4 第一着は右上隅から
5 カカリは広い方から
6 地は攻めながら囲え
7 広い方からオサえよ
8 ハサミがある方からオサえよ
9 星の弱点は三々にあり
10 二線は敗線
11 二線ハウべからず
12 二線、三線は余計にハウな
13 三線は実線
14 四線は勝線
15 ヒラキの原則は二立三析
16 一間トビに悪手なし
17 ヒラキとハサミを兼ねよ

第2章 序盤の戦い
18 根拠を奪え
19 重くして攻めよ
20 攻めはケイマ
21 攻めは分断にあり
22 モタれて攻めよ  
23 地は攻めながら囲え
24 逃げるは一間
25 弱い石から動け
26 弱い石を作るな
27 厚みに近寄るな
28 厚みは攻めに使え
29 厚みを囲うな
30 スソアキ囲うべからず
31 大場より急場

第3章 正しい形、わるい形
32 二目の頭は見ずハネよ
33 車の後押し
34 千両マガリを逃すな
35 ポン抜き30目
36 亀の甲60目
37 ダンゴ石を作るな
38 アキ三角打つべからず
39 ツケにはハネよ
40 切り違い一方ノビよ
41 アタリアタリは俗筋の見本
42 裂かれ形を作るな
43 ケイマにツケコシあり
44 ケイマのツキダシ俗手の見本
45 ツケコシ切るべからず

第4章 中盤の攻防
46 サバキはツケよ
47 三々の弱点は肩ツキ
48 消しは肩ツキ
49 消しはボウシ
50 ボウシにケイマ
51 格言も時によりけり
52 弱い石にツケるな
53 攻めはボウシ
54 切った方を取れ
55 攻めの基本はカラミとモタレ
56 利かした石を惜しむな
57 模様に芯を入れよ
58 両ケイマ逃すべからず

第5章 接近戦の心得
59 イタチの腹ヅケ
60 天狗の鼻ヅケ
61 馬の顔、犬の顔、キリンの首 
62 鶴の巣ごもり  
63 初コウにコウなし
64 石塔シボリ
65 石の下に注意
66 三目の真ん中は急所
67 六死八生
68 死はハネにあり
69 ナカ手九九は三3、四5、五8、六12
70 眼あり眼なしはカラの攻め合い

番外編
①「一方高ければ一方低く」がヒラキの要領(50頁)
②「ダメのツマリが身のつまり」は大事な戒め(138頁)
③「左右同型中央に手あり」は便利な手筋(184頁)
あとがき




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・ツケ関連の格言
≪No.39 ツケにはハネよ≫
≪No. 43 ケイマにツケコシあり≫
≪No. 45 ツケコシ切るべからず≫
≪No. 46 サバキはツケよ≫
≪No. 52 弱い石にツケるな≫
≪No. 59 イタチの腹ヅケ≫
≪No. 60 天狗の鼻ヅケ≫

・「弱い石にツケるな」の例~高尾紳路 『布石から中盤入門』より
・戦いのテクニックとしての「攻める石にツケるな」
・昭和囲碁史上の妙手とされたツケ
・攻める石にツケるなの問題

・動物名のみえる囲碁格言
≪No. 59 イタチの腹ヅケ≫
≪No.60 天狗の鼻ヅケ≫
≪No.61 馬の顔、犬の顔、キリンの首≫ 
≪No.62 鶴の巣ごもり≫
・【補足】「大模様にはキリンの首」
・【補足】「狸の腹つづみ」

・「三々」に関連して
≪No.9 星の弱点は三々にあり≫
≪No.47 三々の弱点は肩ツキ≫

・≪No.40 切り違い一方ノビよ≫について
・格言「切り違い一方をノビよ」とは限らない例
・≪No.67 六死八生について
・≪No.69 ナカ手九九は三3、四5、五8、六12≫について
・【補足】「二目にして捨てよ」という格言の典型例
・【補足】「2の一」に手あり







ツケ関連の格言


ツケ関連の格言を抜き出してみると、次のようになる。

≪No.39 ツケにはハネよ≫
≪No. 43 ケイマにツケコシあり≫
≪No. 45 ツケコシ切るべからず≫
≪No. 46 サバキはツケよ≫
≪No. 52 弱い石にツケるな≫
≪No. 59 イタチの腹ヅケ≫
≪No. 60 天狗の鼻ヅケ≫

このうち、≪No. 43 ケイマにツケコシあり≫≪No. 45 ツケコシ切るべからず≫は、前回の「ケイマ関連の格言」にて紹介したが、再掲しておく。≪No. 59 イタチの腹ヅケ≫≪No. 60 天狗の鼻ヅケ≫は、「動物名のみえる囲碁格言」において解説する。

≪No.39 ツケにはハネよ≫


≪棋譜≫(120頁~121頁のテーマ図、1図)

棋譜再生

白1のツケに黒2とハネたのは、「ツケにはハネよ」の格言どおり、ベストの一手である。
格言はどんな時でも正しいというものではないが、先ず「ツケにはハネよ」という基本原則を身につけてほしいと、レドモンド先生はいう。
うわ手は十中八九、白3となってくるか、白a(17二)のハネのどちらか。
(「切り違い」については、No.40の格言で説明)
黒が「ツケにはハネよ」の格言に反して、引いて後退したらまんまとうわ手の思惑にハマることになる。
(つまり、白は実利と安定をたいした努力もなく得てしまう)
「ツケにはハネよ」という格言を肝に銘じよとする。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、120~121頁)

≪No. 43 ケイマにツケコシあり≫


≪No.43 ケイマにツケコシあり≫
・ケイマは一間トビと並んで、よく打たれる手
・長所は、「攻めはケイマ」のときに発揮されるが、一間トビと違って、弱点もはらんでいる。
・「ケイマにツケコシあり」は、ケイマに攻めるにはツケコシで切るのが本筋、急所であると説いている。
※ツケた石は捨て石になることもありうる(134頁5図参照のこと)

≪棋譜≫(134頁5図)

棋譜再生


(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、130~131頁)

≪No. 45 ツケコシ切るべからず≫


≪No.45 ツケコシ切るべからず≫
・「ケイマにツケコシ」は本筋の厳しい攻めであり、たいていは真正面から戦うしかないが、対処法もないことはないようだ。
・「ツケコシ切るべからず」の格言で対応できれば、ツケコシの威力をかわすことができる。
⇒白2、4がまさに「ツケコシ切るべからず」の一手である。黒は何か肩透かしを食った気分になる。

≪棋譜≫(136頁)

棋譜再生


【注意】「ツケコシ」は万能ではなく、「切るべからず」の対応を考えておく必要がある。
⇒ツケコシで直接攻めるのではなく、外から包むように打つべき場合もある。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、136~137頁)

≪No. 46 サバキはツケよ≫


≪No. 46 サバキはツケよ≫
左上隅、力関係は黒が弱い地域である。
だから、ぜいたくは言えない。強い攻めを受けないようにすることがサバキの基本精神である。

【サバキはツケよ】
≪棋譜≫(143頁の8図)

棋譜再生


黒1が「サバキはツケよ」である。そして、黒3が常用のテクニックである。

【サバキ定石】
≪棋譜≫(143頁の9図)

棋譜再生


手順が少々長いが、白4から黒11まではワンセット。
サバキの代表的な定石である。
黒は着々と所帯作りを進め、白は左上隅を固めてから、上辺の白の補強に回った。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、140~143頁)

≪No.52 弱い石にツケるな≫


≪No.52 弱い石にツケるな≫
☆弱い石にツケると、サバキのお手伝いをすることに
・黒模様に深く突入してきた白1に、黒2はツケて襲いかかった。しかし、こうした場合、「弱い石にツケるな」という格言が黒を戒めている。
(あるいは「攻め石にツケるな」という言い方もある)
⇒白は孤立した「弱い石」で、黒にとっては「攻めたい石」である。この白にツケると、白のサバキのお手伝いをしてしまう恐れがあることを、この格言は教えている。
≪棋譜≫(166頁のテーマ図)

棋譜再生

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、166~167頁)


「弱い石にツケるな」の例~高尾紳路 『布石から中盤入門』より


高尾紳路『囲碁 布石入門』(成美堂出版、2013年)の「第5章 どの手が悪いか」において、「問題2 敵を強くする俗筋」として、次のような悪手さがしの問いを出している。

【問題2:敵を強くする俗筋】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆右辺の黒陣に、白(16八)がなぐり込んできた。
ここで、黒1、3とツケ引いて5とコスんだ。
黒1から5までの手順のうち、どの手が敵を強くする俗筋だろうか?

【失敗:黒1は白石を強くする俗筋】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆黒1のツケがなぜ悪いか?
⇒白2の押さえから4とツガれて、白石を強くしているからである。
右辺一帯は黒石が5個あり、かなり強い場所。
・そこに入ってきた白石(16八)は弱い石にもかかわらず、黒1とツケると白2、4とツイで、強い石になる。
※黒1、3は白石を強化する典型的な俗筋である。囲碁格言にも「弱い石にツケるな」とある。
・続いて、右辺の白三子が強くなったため、白6、8のハネツギが隅を確保しながら、黒三子の根拠をなくして、攻める好手となる。
・黒9に白10などと飛ばれて、黒不満の展開である。
⇒これでは弱かった白石が威張っている。

【正解:黒1、3が最善の攻め】
≪棋譜≫

棋譜再生

・なぐり込んだ白石(16八)は弱い石。
となれば、ここは黒1と飛んで黒三子を強化しながら追撃するのが良い。
・白2に黒3と攻めることができれば満点。
・白4の逃げに黒5とボウシして、黒石を強化しながら、白6に黒7とボウシ攻めして、好調の戦い。
・続いて、白8の逃げに黒9の三々などが打てればプロ級だという。
・白10には黒11、13と隅に食い込み、黒15と白陣を荒らす。
(高尾紳路『囲碁 布石入門』成美堂出版、2013年、223頁~225頁)

【高尾紳路『囲碁 布石入門』成美堂出版はこちらから】

囲碁 高尾紳路の布石入門 初級から初段まで

高尾紳路氏の他の著作
【高尾紳路『布石から中盤入門』はこちらから】

囲碁 高尾紳路の布石から中盤入門 初級から初段まで


戦いのテクニックとしての「攻める石にツケるな」


【ツケノビ定石~お互い丈夫に】
≪棋譜≫

棋譜再生


・「ツケにはハネよ」というわけで、黒1のツケに白2と応じれば白6まで。
⇒ご存じのツケノビ定石になる。お互いに丈夫な形になっている。

【お互いに固まっていない互角の応接】
≪棋譜≫

棋譜再生


・前図のツケノビ定石とくらべてみると、お互いあまり固まっていないことが見てとれる。

※ツケとは、お互いに強くなることを求めた手段であるといえる。
⇒「ツケは相手も強くするけれど、自分が強くなりたいときに打つ手である」

【ツケにはハネよの場合】
≪棋譜≫

棋譜再生


・白がハネても心配がないことを確かめておく。
・白10までちゃんと切ってきた石を取れる。

【ハネられない場合】
≪棋譜≫

棋譜再生


・たとえば、ツケた黒1のケイマの位置に、もう一子黒(12三)がすでにあるとき、一転して黒1のツケは威力のある手に変わる。
・その理由は、「ツケにはハネよ」と行けないから。

(清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』日本放送出版協会、1993年[1995年版]、160頁~161頁)

【清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』はこちらから】

清成哲也の実戦に役立つ格言上達法 (NHK囲碁シリーズ)

昭和囲碁史上の妙手とされたツケ


坂田栄男氏は、昭和囲碁史上の妙手とされたツケを、その問題集で紹介している。
【第30問 白番】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆黒(10十五)と封鎖され、右下方面の白は極めて危険な状況。
意外と思われる妙手はどこに?

【正解】
≪棋譜≫

棋譜再生

・白1のツケは、大方の人には意外な手であろう。
・黒2以下は、かっての名人戦での実戦譜であるが、白1の一手は、昭和囲碁史上の妙手とうたわれたものであったそうだ。

(坂田栄男『筋と形をきたえる 囲碁問題集』成美堂出版、1988年、121頁~122頁)

【坂田栄男『筋と形をきたえる 囲碁問題集』成美堂出版はこちらから】

筋と形をきたえる―囲碁問題集


攻める石にツケるなの問題


『初段合格の手筋 150題』(日本棋院、2001年[2008年版])には、「第2章 石取りと攻め合いの手筋」で、格言「攻める石にツケるな」に関連した、次のような問題を出している。

【問題100】(黒番)
≪棋譜≫(215頁)

棋譜再生


☆左右同型の真ん中は急所になりやすいと格言は教えていますが、白(16一)は筋違い。白は左右どちらかに一路ずらせば、ツナがっていました。
一路外れた筋違いの白(16一)をとがめるにはどう打てばよいか、という問題です。

【正解】
≪棋譜≫(216頁)

棋譜再生

・「攻めたい石にツケるな」の格言は「取りたい石にツケるな」と同じ。
・黒1へツケれば、隅の白二子を取れている。
(工藤紀夫『初段合格の手筋 150題』日本棋院、2001年[2008年版]、215頁~216頁)


【『初段合格の手筋 150題』日本棋院はこちらから】

初段合格の手筋150題 (囲碁文庫)


動物名のみえる囲碁格言


≪No. 59 イタチの腹ヅケ≫


【イタチの腹ヅケ】
≪棋譜≫(186頁)

棋譜再生


右下隅で、黒四子と白二子が取るか取られるかという場面である。
一見すると、逃げ場のない黒四子がピンチ
しかし、ここで黒1のツケが「イタチの腹ヅケ」と呼ばれる起死回生の手筋である。

でもなぜ、「イタチ」なのでしょうか?と、レドモンド先生も問いを投げかけている。
そこで、ある一説を紹介しておられる。
つまり、「にたち」(石が二つ並んだ形)が訛ったという説があるとのこと。
おもしろいネーミングがつけば、妙手筋がさらに輝いて、覚えやすくなると付言しておられる。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、186頁)

この「イタチ=にたち」説は、他の本にも言及されている。
例えば、工藤紀夫『初段合格の手筋 150題』日本棋院、2001年[2008年版]
問題91の出題において、次のようにある。
「隅における独特の攻め合いが本問。囲碁用語には「鶴の巣ごもり」「イタチの腹ヅケ」「タヌキの腹鼓」など、動物名が付けられているのがいくつかあります。イタチは二立ちをもじったらしく、昔も洒落っ気が多かったようです。」
(工藤紀夫『初段合格の手筋 150題』日本棋院、2001年[2008年版]、197頁)

このように、イタチ=二立ちは、もじり、ないしは訛りに由来するそうだ。

【『初段合格の手筋 150題』日本棋院はこちらから】

初段合格の手筋150題 (囲碁文庫)

≪No. 60 天狗の鼻ヅケ≫


≪No. 60 天狗の鼻ヅケ≫
・「天狗の鼻ヅケ」とはよく言ったもので、江戸時代のころに命名されたのであろうかとされる。
「天狗の鼻ヅケ」は奇手のように見えるが、実戦でもよく打たれる手筋であるそうだ。
「天狗の鼻ヅケ」を打ったら、両サイドの押しとハイを一緒に必ず考えてみるとよいと、アドバイスしておられる。
≪棋譜≫(190頁のテーマ図)

棋譜再生

・白1のツケが「天狗の鼻ヅケ」である
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、190~191頁)

≪No. 61 馬の顔、犬の顔、キリンの首≫

 
「馬の顔」「犬の顔」「キリンの首」は、さすがに現代になって作られたようだ。
おそらく小さい子供に教えやすいようにと考えられたものとされる。
(大人にとっても分かりやすさはありがたいものであると、レドモンド先生も評しておられる)

言葉で説明しておく。
「馬の顔」は、一間トビを底辺として、大ゲイマを頂点とする二等辺三角形を思い浮かべればよい。
「犬の顔」は、ケイマを頂点とする場合である。
「キリンの首」は、「馬の顔」より一歩進めて、大々ゲイマを頂点とする場合である。
レドモンド先生は、一間トビを底辺として、コスミを頂点とする場合は、「猫の額?」となるだろうかとする。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、192~195頁)

≪No. 62 鶴の巣ごもり≫

  
動物名の入った格言で、ベストネーミングだと考えられているのが、「鶴の巣ごもり」である。
三子が鶴の巣の中にこもっているように見える形である。この「鶴の巣ごもり」は誰しも必ず覚えるという有名な手筋で、実戦でもひんぱんにできる形である。
例えば、黒三子にトビ出した黒1」のトビ出しには、白2のワリ込みが切断の手筋で、黒に一子取らせて、追い落としへと導く。「鶴の巣ごもり」で、黒は脱出不可能である。
≪棋譜≫(197頁の2図)

棋譜再生

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、196~197頁)

【補足】「大模様にはキリンの首」


☆「キリンの首」については、『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])でも言及されている。

【キリンの首の例】
≪棋譜≫

棋譜再生


※右下の黒一間の構えから、黒が大ゲイマに打つのを「馬の顔」という。
もう一路遠く、黒1と大々ゲイマに打つのが、「キリンの首」である。
(どちらも比較的新しいもので、ともにその形状からきたものだろうとされる)

※「馬の顔」「キリンの首」どちらも、模様拡大を意図して打たれることが多い。
当然ながら、「キリン」は「馬」にくらべ、足をのばした分、うすい。
(レドモンド先生も、「馬の顔」より一歩進めた「キリンの首」は、少々飛躍した手なので、有段者仕様であると断っておられる。レドモンド、2008年、195頁)

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、51頁)

【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則

【補足】「狸の腹つづみ」


【狸の腹つづみの例】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆狸(タヌキ)が腹鼓を打ちたくなるほどの好手という意味か、はたまた形状からきたか、命名は定かでない。
・ともかく事の次第はこうだ。白(6十八)が第二線にハネたところ。

【正解】
≪棋譜≫

棋譜再生

・黒1、3が好手で、黒が勝つにはこれに限る。腹つづみである。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、138頁)

「三々」に関連して


No.9 星の弱点は三々にあり
No.47 三々の弱点は肩ツキ

敵陣の勢力圏に入っていくときに、肩ツキは有力な戦法である。
深入りせずに、ほどよく相手の勢力拡大を制限するのが目的である。
左下隅の白の三々に対し、黒の肩ツキが絶好のタイミング。

「No.9 星の弱点は三々にあり」と「No.47 三々の弱点は肩ツキ」は、星と三々の関係をそれぞれの立場で言い表している。
(相撲にたとえれば、上手投げと下手投げのようなものとレドモンド先生はいう)

【オーソドックスな定石】
≪棋譜≫(151頁の1図)

棋譜再生


左下隅の黒の肩ツキに対して白はどう対応するか?
白1、3、5が最も常識的な対応であるようだ。その動きに合わせながら、黒2、4、6と堅固な形を作る。これが一番オーソドックスな定石である。
(レドモンド先生はこの定石をぜひ覚えておいてほしいとする)
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、150~151頁)

≪No.40 切り違い一方ノビよ≫


≪No.40 切り違い一方ノビよ≫
切り違いの形は、隅の攻防にひんぱんにできる形である。
「ツケにはハネよ」と「切り違い一方ノビよ」は、セットで覚えてほしい格言であるとする。

「切り違い」の撹乱戦術で来られたら、黒はノビるのが冷静沈着である。
(この手さえ打っておけば、もう心配することはないという)
した手にしっかり対応されたので、うまく処理しなければいけないのは白の方である。
これ以上の撹乱は無理。右上の隅は定石となっている。

≪棋譜≫(123頁の1図)

棋譜再生


(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、122~123頁)

格言「切り違い一方をノビよ」とは限らない例


格言「切り違い一方をノビよ」(ママ)はよく知られた格言であるが、いつもあてはまるとは限らない。その例を苑田勇一九段は挙げている。

【テーマ図:切り違い】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆黒1は、白a(7五)のワリコミを軽くしようという手である。
・白2のハネには、黒3と切る。切り違いになった。
☆白の最強手段はどれか?
⇒よく言われる格言「切り違い一方をノビよ」とは限らないと断っている。

【最強手段:白のアテ】
≪棋譜≫

棋譜再生

・白1のアテは最強。
・白5まで決めてから、7のツギは必要。
・黒から8が厳しい切り。

(苑田勇一『苑田流格言のすべて~楽に身につくプロの常識~』マイナビ出版、2016年、184頁~185頁)

【『苑田流格言のすべて』マイナビ出版はこちらから】

苑田流格言のすべて ~楽に身につくプロの常識~ (囲碁人文庫シリーズ)

No.67 六死八生について


・六死八生は、初心者のための格言である。
石がいくつ並んでいれば生きているのかを簡潔に教えてくれる。辺の二線に並んだ黒石が、3パターンある。上辺には八子、右辺には七子、左辺には六子。
黒番、白番の両方で考えてみる。

【六死八生のテーマ図】
≪棋譜≫(214頁のテーマ図)

棋譜再生


【辺の原則について】
≪棋譜≫(215頁の1図)

棋譜再生

・上辺は、すでにそのまま生きている。「八生」
・右辺は早い者勝ち。白番なら三目ナカ手の死。黒番なら生き。
・左辺は黒から打っても死んでいる。「六死」

【隅の原則について】~隅の場合は、「四死六生」
≪棋譜≫(215頁の2図)

棋譜再生


・右上の隅の場合、すでにこのまま生き。「六生」
・右下の隅の場合、早い者勝ち。黒から打てば生き。白から打てば死。
・左下の隅の場合、黒8と打っても死。「四死」
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、214~215頁)

No.69 ナカ手九九は三3、四5、五8、六12について


【ナカ手九九のテーマ図】
≪棋譜≫(218頁のテーマ図)

棋譜再生

・「さんさん、しご、ごは、ろくじゅうに」とは、ナカ手の石を抜き上げるまでの手数を言ったものである。
ナカ手の“九九”とも呼ばれている。
・上辺の三目ナカ手は3手、左辺の四目ナカ手は5手、右辺の五目ナカ手は8手、下辺の六目ナカ手は12手ということである。
(レドモンド、2008年、218頁)

☆工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版]、90頁~92頁)から、具体的な問題をみてみよう。

【攻め合いのときのナカデ九九の利用】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆黒番。黒八子、白八子の攻め合いである。
この攻め合いに勝てるかどうか?
“九九”を利用して勘定してみよう。
「三3、四5……」であるから、白の手数は四目ナカデで、黒から5手ある。
一方、黒の手数も5手ある。5手と5手なら、手番の黒が勝つはずである。

【正解】
≪棋譜≫

棋譜再生

・実際にやってみると、黒1、3、白2、4。黒5に白は6と取らねばならない。
・つづいて、黒7(黒1)、9(黒3)。計算どおり黒の一手勝ちになった。
⇒ナカデの“九九”は正しかった。なかなか便利な“九九”といえる。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、90頁~92頁)

【補足】「二目にして捨てよ」という格言の典型例


レドモンド先生が省略された格言として、「二目にして捨てよ」という格言がある。
『初段合格の手筋 150題』(日本棋院、2001年[2008年版])には、格言「二目にして捨てよ」の典型例の問題として、次のようなものがある。

【問題48】(黒番)
≪棋譜≫(109頁)

棋譜再生

・白1とアテられたら黒はどうしますか?正しい道筋の定石を完結させてください。
※「定石は手筋の集大成」といわれる。
 定石を学ぶのは、先達たちが長い年月をかけてまとめあげた手筋を学ぶことに外ならないという。つまり石を最も効率よく働かせた結果が定石といってよい。

【正解】
≪棋譜≫(110頁)

棋譜再生


・この形が、「二目にして捨てよ」という格言の典型例であるという。
・白2に黒3をまず利かすことができ、続いては黒5。
⇒この黒3、5を先手にするのが、黒1と捨て石を増やした効果である。
(黒11までが定石)
(工藤紀夫『初段合格の手筋 150題』日本棋院、2001年[2008年版]、109頁~110頁)

【『初段合格の手筋 150題』日本棋院はこちらから】

初段合格の手筋150題 (囲碁文庫)

【補足】「2の一」に手あり


レドモンド先生が省略された格言として、「2の一」に手ありというのがある。

「絶隅」とも呼ばれる「1の一」が盤上いちばんの特殊な地点なので、そのとなりの「2の一」がたいへんな急所にあたる。
とくに隅の死活に関し、「2の一」はしばしば隅の急所、もしくは眼の急所ともいわれる。
また、「2の一」が絶隅をめぐる急所なら、「2の二」もまたかなりの急所である。「一合桝」に立ち向かうときも、初手は「2の二」である。

隅にさまざまな格言が生まれるのは、「隅の特殊性」による。「1の一」(絶隅)という地点が歪んだ点であるから、「2の一」や「2の二」が急所になる。
かつて前田陳爾九段は、この特殊性を「隅の魔性」と表現した。何が出るか、何が起こるかわからない隅は、この前田九段の言い回しの方が、「特殊性」などという散文的な言い回しより、グッと来るともいわれる。

『玄玄碁経』には、「2の一」に手ありの格言に関連した、次のような問いがある。
【『玄玄碁経』にある問題】
≪棋譜≫

棋譜再生

☆白番である。黒を殺す、いや正確にいえば、コウにする手段がある。

【正解】
≪棋譜≫

棋譜再生

・白1のオキが「2の一」の急所にあたる。
・黒2で3は白2で死だから、黒は2と受けるよりない。
・そこで、白3とワタって5まで、コウに持ち込むことに成功した。
※白1で2はあまりといえばあまりな俗手。黒1とハネられ、黒4と5の眼持ちが見合い。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、118頁、184頁~185頁)


【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則



≪囲碁の格言 レドモンド先生の本より≫その1

2021-07-11 18:26:24 | 囲碁の話
≪囲碁の格言 レドモンド先生の本より≫その1
(2021年7月11日)




【はじめに】


 前回にひきつづき、囲碁の格言について考えてみたい。
 今回からは、マイケル・レドモンド(Michael Redmond、1963年~)九段の次の著作にもとづいて、解説してみたい。
〇マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年
 レドモンド先生は、NHKの囲碁講座の講師としても、なじみ深い棋士である。
 そのプロフィールを簡単に紹介しておく。
 レドモンド先生は、1963年生まれで、米国カリフォルニア州出身である。10歳の頃に物理学者の父に教えられて囲碁を始められたそうだ。1978年に大枝雄介九段門下となり、1981年に入段。1992年新人王戦準優勝、2000年九段となられた。数少ないアメリカ出身のプロ棋士で、非アジア人として初めて九段に昇段された。
 最近は、You Tubeでも、「囲碁初級講座」「囲碁中級講座」など、わかりやすい解説をしておられる。例えば、「耳赤の一局」と題して、井上幻庵因碩(八段)と本因坊秀策(四段)の対局を詳細に紹介しておられる(百田尚樹『幻庵』にも触れられている)。

 さて、マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』(NHK出版、2008年)の章立てでは、工夫がなされている。
布石、序盤、(形)、中盤、接近戦と、囲碁の進行に合わせた構成になっている。系統だった論理的構成である。番外編として、3つの格言がはさまれている。「左右同型中央に手あり」という代表的な格言が番外編に組み込まれている。
 以下、その目次を紹介しつつ、今回はその一部を紹介してみたい。




【レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版はこちらから】

レドモンドの基本は格言にあり (NHK囲碁シリーズ)







マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』(NHK出版、2008年)の目次は次のようになっている。
【目次】
まえがき
第1章 布石の構想
1 一にアキ隅、二にシマリ、三にヒラキ
2 星は辺と連携せよ
3 ヒラキの余地残せ
4 第一着は右上隅から
5 カカリは広い方から
6 地は攻めながら囲え
7 広い方からオサえよ
8 ハサミがある方からオサえよ
9 星の弱点は三々にあり
10 二線は敗線
11 二線ハウべからず
12 二線、三線は余計にハウな
13 三線は実線
14 四線は勝線
15 ヒラキの原則は二立三析
16 一間トビに悪手なし
17 ヒラキとハサミを兼ねよ

第2章 序盤の戦い
18 根拠を奪え
19 重くして攻めよ
20 攻めはケイマ
21 攻めは分断にあり
22 モタれて攻めよ  
23 地は攻めながら囲え
24 逃げるは一間
25 弱い石から動け
26 弱い石を作るな
27 厚みに近寄るな
28 厚みは攻めに使え
29 厚みを囲うな
30 スソアキ囲うべからず
31 大場より急場

第3章 正しい形、わるい形
32 二目の頭は見ずハネよ
33 車の後押し
34 千両マガリを逃すな
35 ポン抜き30目
36 亀の甲60目
37 ダンゴ石を作るな
38 アキ三角打つべからず
39 ツケにはハネよ
40 切り違い一方ノビよ
41 アタリアタリは俗筋の見本
42 裂かれ形を作るな
43 ケイマにツケコシあり
44 ケイマのツキダシ俗手の見本
45 ツケコシ切るべからず

第4章 中盤の攻防
46 サバキはツケよ
47 三々の弱点は肩ツキ
48 消しは肩ツキ
49 消しはボウシ
50 ボウシにケイマ
51 格言も時によりけり
52 弱い石にツケるな
53 攻めはボウシ
54 切った方を取れ
55 攻めの基本はカラミとモタレ
56 利かした石を惜しむな
57 模様に芯を入れよ
58 両ケイマ逃すべからず

第5章 接近戦の心得
59 イタチの腹ヅケ
60 天狗の鼻ヅケ
61 馬の顔、犬の顔、キリンの首 
62 鶴の巣ごもり  
63 初コウにコウなし
64 石塔シボリ
65 石の下に注意
66 三目の真ん中は急所
67 六死八生
68 死はハネにあり
69 ナカ手九九は三3、四5、五8、六12
70 眼あり眼なしはカラの攻め合い

番外編
①「一方高ければ一方低く」がヒラキの要領(50頁)
②「ダメのツマリが身のつまり」は大事な戒め(138頁)
③「左右同型中央に手あり」は便利な手筋(184頁)
あとがき




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・本書の「まえがき」
・各章のねらい
・攻め関連の格言
≪No. 6 地は攻めながら囲え≫
≪No. 19 重くして攻めよ≫
≪No.20 攻めはケイマ≫
≪No. 21 攻めは分断にあり≫
≪No.22 モタれて攻めよ≫
≪No. 23 地は攻めながら囲え≫
≪No. 28 厚みは攻めに使え≫
≪No. 53 攻めはボウシ≫
≪No. 55 攻めの基本はカラミとモタレ≫
≪No.70 眼あり眼なしはカラの攻め合い≫

・ケイマ関連の格言
≪No.20 攻めはケイマ≫
≪No.43 ケイマにツケコシあり≫
≪No.44 ケイマのツキダシ俗手の見本≫
≪No.45 ツケコシ切るべからず≫
≪No.50 ボウシにケイマ≫
≪No.58 両ケイマ逃すべからず≫

・石田芳夫氏によるケイマの格言







本書の「まえがき」


本書は、2008年4月から9月までの半年間「NHK囲碁の時間」で放送したものをまとめたものである。
「まえがき」(2~3頁)によれば、マイケル・レドモンド九段が格言を知ったのは、プロ棋士になってからだという。
アマの人へ言葉で伝える難しさに悩んでいた時に知ったので、格言はまさに魔法の杖であったようだ。
日本には、こんな虎の巻があったのかと、ちょっとしたカルチャーショックだったと回想している。
単なるボードゲームや勝負事としてではなく、囲碁が日本文化の一つとして溶け込んでいることを証明しているようで、深い味わいを感じたという。

日本の囲碁の歴史が醸成した格言には、上達へのエッセンスが詰まっている。
本書の目指すところとして、次の点を挙げる。
〇入門者から初級、中級の人は、自然に美しい形の碁が打てること
〇上級者の人にはもう一度、基本に立ち返ってもらうこと
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、2~3頁)

各章のねらい


【第1章】布石の構想
・一局の中で布石は、入門者や初級者は迷うことばかりである。布石は絵を描き始めるときと同じで、楽しくも悩み多きものである。
・第1章の格言は、そのような人にピッタリのものばかりで、基本的な考え方がいっぱい詰まっているという。
・大きく道を誤らないように、石の進むべき正しい方向をアドバイスしてくれるようだ。
(レドモンド、2008年、7頁)

【第2章】序盤の戦い
・碁の楽しさは石を取る快感にある。
戦いが始まれば相手の石を攻め、追いかけ、その結果として石を召し取るか、大きな地所を作って勝利へと突き進む。
・攻めにまつわる格言はたくさんある。碁を愛する人たちは攻めるのが大好きである。攻め上手になるための金言、戒めをたくさんの格言にしたためてくれた。
(レドモンド、2008年、51頁)

【第3章】正しい形、わるい形
・初級、中級レベルからなかなか強くならない方が意外と多いようだ。
その原因として、レドモンド先生は次のように考えておられる。
「その主たる原因は、正しい形を知らずに、いわゆる俗手、俗筋、わるい形が身についてしまっているから、知らず知らずに気がつかないうちに損を重ねているのです」
つまり、正しい形を知らないこと(俗手、俗筋、わるい形が身についてしまっていること)が、強くならない原因だとする。

そこで、第3章では、次の点に留意している。
・こんな形を作ってはいけない。
・こういう打ち方は損をする。
こうした基本中の基本を教えてくれる格言を紹介している。
(レドモンド、2008年、95頁)

【第4章】中盤の攻防
・第4章では、有段、上級者向けテーマに取り組んでいる。石の動き、バランスを感覚的に吸収してほしいという。
・スポーツの世界でもよく「真似から入れ」と言われる。碁も同じらしい。
理知的なゲームであるから、ともすれば理屈っぽくなりがちだが、そんなに肩に力を入れる必要はなく、いい形や動きをなんとなく真似して打てばいいとアドバイスしている。
(レドモンド、2008年、139頁)

【第5章】接近戦の心得
・最後の章、「第5章 接近戦の心得」は、「攻め合い、死活」に強くなる格言である。
例えば、「六死八生」「死はハネにあり」「三3、四5、五8、六12」「眼あり眼なし」「石の下」「石塔シボリ」「三子の真ん中」などである。
みな格言の中でも、超有名なものばかりである。
(「死はハネにあり」は、すべての格言の中でも三指に入るほど、有名である。死活を考えるときは、ハネて狭めることを最初に考えようと教示している。まさに金言であると、レドモンド先生は評しておられる)
・明日の実戦にすぐにでも効力を発揮してくれるスグレモノである。
・また、「鶴、イタチ、馬、犬、キリン」などの動物名を使ったユニークな格言も紹介している。
(昔の人たちが智恵を働かせて、入門、初心者が覚えやすいネーミングを考えたのであろうという)
(レドモンド、2008年、185頁、216頁)

攻め関連の格言


上記の目次から、次の攻め関連の格言を説明しておこう。

≪No. 6 地は攻めながら囲え≫
≪No. 19 重くして攻めよ≫
≪No.20 攻めはケイマ≫
≪No. 21 攻めは分断にあり≫
≪No.22 モタれて攻めよ≫
≪No. 23 地は攻めながら囲え≫
≪No. 28 厚みは攻めに使え≫
≪No. 53 攻めはボウシ≫
≪No. 55 攻めの基本はカラミとモタレ≫
≪No.70 眼あり眼なしはカラの攻め合い≫

No. 6とNo. 23は、格言の言葉としては同じで重複しているが、布石、序盤といった碁の展開のどの段階で、この格言が有効になるかで、違いが出てくる。

【解説】
≪No. 6 地は攻めながら囲え≫
【「カカリは広い方から」に反した白のカカリ】
≪棋譜≫(22頁のテーマ図)

棋譜再生

白1のカカリは、「カカリは広い方から」に反している。
黒の星間の狭い隙間に白が入っていくのは、相手の敷地が広く見えるという、やきもちが過ぎる。白1は、黒からの絶好の攻撃目標となる。

【白のその後の運命】
≪棋譜≫(22頁の1図)

棋譜再生

白1のカカリにはどういう運命が待ち受けているのか。
黒は、白のカカリにコスミツケ。白がノビたら、黒は星から一間トビをする。これが相手の石を攻めるときの基本テクニックであると、レドモンド先生は推奨している。
白は小さく所帯を持とうとするが、黒はケイマして、包み込むように囲むのがよいとする。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、22~25頁)

≪No. 19 重くして攻めよ≫
〇先ず、「重い」「軽い」という囲碁用語の説明をしている。
 「重い」~取られては被害甚大、責任が大きい、さらに動きが鈍重というニュアンスである
 「軽い」~その逆

【「重くして攻めよ」のテーマ図】
≪棋譜≫(54頁のテーマ図)

棋譜再生

例えば、四子局の場合、右上隅で、白1とカカリっぱなしにしていると、黒から攻撃の眼が向けられる。
黒は、白のカカリに、コスミツケ、白がノビると、その白から二間の所にトブ。これが白を重くして攻める基本テクニックである。

【「重くして攻めよ」の基本テクニック】
≪棋譜≫(56頁の3図、4図)

棋譜再生

こうすれば、白が治まることができなくなる。これが白を重くした効果であると説く。
(白としては、黒がハサむと、白は星の黒にツケて、手っとり早く生き形を得る基本定石などがある)

白が一間トビしたら、黒はその間をノゾキ、白を重くするのが好手であるという。白のツギと交換して、黒は上辺を一間トビで身構える。
白はますます重くなり、辺で根拠を作ることも難しくなる。白は逃げるよりなくなってしまう。

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、54~57頁)

≪No.20 攻めはケイマ≫
≪No. 21 攻めは分断にあり≫
【黒が主導権を握る】
≪棋譜≫(62頁のテーマ図)

棋譜再生


攻める側に立つ場合は、たいていは自分の勢力圏での戦いである。
しっかりとポイントをあげ、主導権を握ることが求められるようだ。

黒の星に対して、白は両ガカリしているので、白2子を連絡させてはいけない場面。
黒1(コスミツケ)が「重くして攻めよ」(No.19)の手筋で白2に黒3が眼目の一手である。
ここから攻めの態勢に入る。

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、62~63頁)

≪No.22 モタれて攻めよ≫

モタれて攻めよ


≪No.22 モタれて攻めよ≫
・「モタれて攻めよ」は、少し高級なテクニック。しかし、意外と簡明で効果抜群である。
・「モタれる」とは、相手に寄りかかることである。

≪棋譜≫(65頁の1図)

棋譜再生


・黒1、3のツケノビが「モタれて攻めよ」のお手本のような好プレー
・白4と逃げれば、黒5の切りが快感である。

≪棋譜≫(65頁の2図3図)

棋譜再生

・互先の碁で、右辺の中国流の黒陣に白1が打ち込んできたとき、黒2は「攻めはケイマ」で厳しく追及する
・続いて、黒6のツケが巧い。
・白7、9と受けるしかなさそうであるが、ここで黒10のケイマが絶好。
⇒白はもはや危篤状態に陥った。

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、65~67頁)

≪No. 23 地は攻めながら囲え≫
格言の言葉は、No. 6と同じである。
攻めに関する様々な格言の中で、究極の結論ともいうべきものは、「地は攻めながら囲え」であると、レドモンド先生はみている。
いろいろなことが、この格言に集約されているそうだ。

実戦例を紹介しつつ解説している。
・右下隅で、黒は「攻めはケイマ」からと、行動開始。白が中央へ頭を出そうとすると、黒は押した後、ケイマする。黒は中央へと支配圏を広げることになる。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、68~69頁)

≪No. 28 厚みは攻めに使え≫

【1図】(85頁)
≪棋譜≫

棋譜再生

上辺の白一子(10五)が宙に浮いている。
そして右上隅には、黒の外回りの勢力=「厚み」が築かれている。
碁は地を囲うゲームである。

だから今、白一子に黒A(11四)と囲っていいなら話は簡単であるが、それではあまりに元気がないという。こういうシーンでは、「厚みは攻めに使え」という格言が戦意を鼓舞してくれる。

黒1のカケが豪快な攻めである。
白2から動き出すが、黒3、5と一歩ずつ先を行く。
右上隅の厚みのパワーに向かって、相手を押しやる気分だという。
黒1から9までのように、背後から迫る要領である。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、84~85頁)

≪No. 53 攻めはボウシ≫
右辺の白一子(16八)への正しい攻め方は、黒1の「攻めはボウシ」がよい。
攻めるときは、一歩間隔を置いてプレッシャーをかけるのが賢い。そして中央脱出に立ちはだかることを真っ先に考える。
行く手を阻まれた白(16八)は、どう逃げ、サバくか。
下方には岩のように固い黒の厚みが待ち構えている。

【1図】(169頁)
≪棋譜≫

棋譜再生


白2には黒3のボウシが簡明な攻めである。
白4には黒5と上辺を豊かにする。
右辺の白には、黒a(18八)と打ってb(18六)とc(18十)を見合いにする強打が残されている。
白は大きな不安を抱えたままである。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、168~169頁)

≪No. 55 攻めの基本はカラミとモタレ≫
【テーマ図 当然の反撃~カラミ攻め】(177頁)
≪棋譜≫

棋譜再生


危なそうに見えても一つだけなら、なかなか攻めの効果が上がらない。そこで攻めの基本として、カラミ攻め、モタレ攻めが有効である。
部分的テクニックの「モタレて攻めよ」はすでに述べた。
ここでは盤面を大きく使った、カラミとモタレの攻めである。
白1の挑戦には、黒2の反撃は当然。
黒2に対して上辺の方を白3と早逃げするのは、黒4と形の急所を攻める。
右辺の白は一気に息苦しくなった。白5と頭を出しても、黒6から8と好調なカラミ攻めが続く。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、176~177頁)

≪No.70 眼あり眼なしはカラの攻め合い≫
眼のある石と眼のない石の攻め合いでは、眼のある石が有利という原則を教えているのが、この「眼あり眼なしはカラの攻め合い」という格言である。
但し、有利であって、必ず勝つということではないので、注意を要する。

【眼あり眼なしはカラの攻め合い】
≪棋譜≫(221頁)

棋譜再生


・黒1と眼を作り、白2から黒5まで。白は手出しできない。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、220~221頁)

ケイマ関連の格言


上記の目次から、次のケイマ関連の格言を説明しておこう。

≪No.20 攻めはケイマ≫
≪No.43 ケイマにツケコシあり≫
≪No.44 ケイマのツキダシ俗手の見本≫
≪No.45 ツケコシ切るべからず≫
≪No.50 ボウシにケイマ≫
≪No.58 両ケイマ逃すべからず≫

≪No.20 攻めはケイマ≫
【攻めはケイマの例】
≪棋譜≫(59頁の1図)

棋譜再生


・思いっきり攻めたい気合いのときこそ、この「攻めはケイマ」の格言がピッタリである。
・互先の碁で、双方の陣形がほぼ整ったところで、白(17九)が黒陣に深く突入してきた場合、黒は手厳しく反撃しなければならない。
・この場合、黒1のケイマが厳しい攻めである。白2がケイマで受けても、黒3も再びケイマで覆い被って、攻め倒す姿勢で、白を圧迫する。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、58~61頁)

≪No.43 ケイマにツケコシあり≫
・ケイマは一間トビと並んで、よく打たれる手
・長所は、「攻めはケイマ」のときに発揮されるが、一間トビと違って、弱点もはらんでいる。
・「ケイマにツケコシあり」は、ケイマに攻めるにはツケコシで切るのが本筋、急所であると説いている。
※ツケた石は捨て石になることもありうる(134頁5図参照のこと)

≪棋譜≫(134頁5図)

棋譜再生


(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、130~131頁)

≪No.44 ケイマのツキダシ俗手の見本≫
・「ケイマのツキダシ(突き出し)」は、ふだん先手だからと何気なく打ってしまう俗手である。これは、相手の弱点をなくすお手伝いをしただけで、大損であることを教えている。
・ケイマを攻めるには、ツケコシが本筋で、ツキダシが俗手であることを、レイモンド先生は証明している。

【ケイマのツキダシの例】
≪棋譜≫(132頁のテーマ図)

棋譜再生

黒1、3、5が「ケイマのツキダシ」と呼ばれる俗手である。

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、132~135頁)

≪No.45 ツケコシ切るべからず≫
・「ケイマにツケコシ」は本筋の厳しい攻めであり、たいていは真正面から戦うしかないが、対処法もないことはないようだ。
・「ツケコシ切るべからず」の格言で対応できれば、ツケコシの威力をかわすことができる。
⇒白2、4がまさに「ツケコシ切るべからず」の一手である。黒は何か肩透かしを食った気分になる。

≪棋譜≫(136頁)

棋譜再生


【注意】「ツケコシ」は万能ではなく、「切るべからず」の対応を考えておく必要がある。
⇒ツケコシで直接攻めるのではなく、外から包むように打つべき場合もある。
(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、136~137頁)

≪No.50 ボウシにケイマ≫
・辺に構えた石に黒1がボウシするのも、よく打たれる「消しはボウシ」の常套手段であるが、これに対し白2は、「ボウシにケイマ」の格言のように、ケイマで受けるのが一番自然であるようだ。
・「広い方」にケイマするのが普通であるが、A(4七)受けて地を完成させてしまうのも考えられる。
【ボウシにケイマの例】
≪棋譜≫(160頁のテーマ図)

棋譜再生


【注意】「ボウシにケイマ」ではなく、ブツカリで受ける形もある(163頁7図)
≪棋譜≫(163頁7図)

棋譜再生


(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、160~163頁)

≪No.58 両ケイマ逃すべからず≫
・「両ケイマ逃すべからず」は、模様に関する格言でも代表的なものである。まさに金言である。
・模様が拮抗している場面では、スケールの大きさが命である。相手との大きさ比べで後れを取ってはいけない。白からツメられた大事な場面で、黒1のケイマは盤上この一手である。両方にとってケイマにあたる地点である。これは、互いに逃してはならない天王山の一手であると、レドモンド先生は強調している。
【両ケイマ逃すべからずの例】
≪棋譜≫(182頁のテーマ図)

棋譜再生

(マイケル・レドモンド『レドモンドの基本は格言にあり』NHK出版、2008年、182~183頁)


石田芳夫氏によるケイマの格言


石田芳夫氏は、前回も紹介したように、ケイマの格言について、いろいろなものがあると説く。
たとえば、
〇ケイマのツキアタリ
〇ケイマのツキダシ
⇒この二つは、初歩的な悪手のサンプルである。
(レドモンド先生は、「ケイマのツキアタリ」については言及していないが、「ケイマのツキダシ」には、「No.44 ケイマのツキダシ俗手の見本」で言及している)

また、
〇ケイマにツケコシ
〇ツケコシ切るべからず
⇒これらは絶対とはいえないが、ケイマにまつわる手筋とその心得である。
(レドモンド先生も「No.43 ケイマにツケコシ」「No.45 ツケコシ切るべからず」で言及している)

そして、実戦へのアドバイスになる格言としては、次のケイマの格言を挙げている。
〇攻めはケイマ、逃げるは一間
(レドモンド先生も「No.20 攻めはケイマ」「No.24 逃げるは一間」で、それぞれ解説している)

☆石田芳夫氏は、「ケイマのツキアタリ」というケイマの格言に関連して、次のような問題を出している。
【第90題 [黒先] 基本型】
≪棋譜≫
・白にハネられたところ。ある基本型ですがどう打ちますか。

棋譜再生


【失敗図(ツキアタリ)】
≪棋譜≫

棋譜再生

・黒1が、ケイマのツキアタリという初級ミス。
・黒3、白4までは断点が多く形もわるい。これは厚味とはいえない。

【正解図(ツギ)】
≪棋譜≫

棋譜再生

・だまって黒1とツグのが厚い本手。こうして白の応手をきくものである。
・黒1に白2なら、黒3とツケて、根拠を確保するのが、常用手段。
⇒このあと、黒は、上辺あるいは右辺からのハサミを見合いにする
(石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社、1986年[1993年版]、159頁~160頁)

【石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社はこちらから】


目で解く上達囲碁格言


≪囲碁の格言について≫

2021-07-01 18:02:48 | 囲碁の話
≪囲碁の格言について≫
(2021年7月1日投稿)

【はじめに】


 数年前より、囲碁に興味を持つようになった。
 囲碁は、ルールが単純だが、難しい知的な陣取りゲームである。
 囲碁は自由度が高く、何をどう考えて、どこに石を打てばいいのか、わからないところに、難しい理由がある。その際に、囲碁の格言が役立つ。格言こそは、先人たちの経験の集大成である。これを活用しない手はない。
 今回から、数回にわたり、囲碁の格言にまつわる本を紹介してみたい。



さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』の「はじめに」
・格言の表と裏
・石田芳夫氏によるケイマの格言
・清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』の構成
・清成哲也九段が提唱した「模様の接点を探せ」という格言
・戦いのテクニックとしての「攻める石にツケるな」
・天王山を逃すな
・いまもすたらぬ一、三、五~秀策のコスミ
・『囲碁・将棋100の金言』の「 運の芸と知るべし」
・サバキ許さぬブラ下がり
・藤沢秀行氏の言葉
・九仞の功を一簣に欠く ――地中に手あり――







石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』の「はじめに」


「はじめに」において、石田芳夫氏は次のようなことを記している。
格言は、碁のテクニックを支える一つの指針である。碁を打つ人が最初に覚える格言の一つに、たとえば「シチョウ知らずに碁を打つな」という格言がある。
仲間同士で打ち、シチョウを間違えたりすると持ち出されるのがこの格言である。じつはこの格言、奥行きの深さがある。シチョウは、石取りの基本で、石をジグザグに追い、対角線上でつかまえるものである。この形から枝葉が伸び、ゲタ、オイオトシ、グルグル回しなどの手筋が生じてくる。つまり、石取りの基本であるとともに原点でもある。このように、格言を実戦に生かすことが大切で、上達には欠かせない要素である。

また「左右同形中央に手あり」という格言もある。碁というゲームがもつ幾何学的な形の一つの特色であるが、左右同形が現れると奇妙に中央に急所が生じることをいったものである(もっとも、すべてがそうではないが、実戦においては、この格言がヒントになるケースが少なくないものである)。

本書では、格言の中でも、とくに重要、そして実戦に役立つと思われるものを集め、これまでの格言の本と構成を変え、問題形式にして提起してある。格言の羅列では意味がないので、問題を見ながら、“この局面では、どの格言を、どのように生かすか”ということを考えながら、解いてもらうという方針にしてある。
(石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社、1986年[1993年版]、3頁~5頁)

【石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社はこちらから】


目で解く上達囲碁格言

格言の表と裏


碁には、いろいろな格言があるが、格言には裏と表があり、例外があるのも常識である。
例えば、「キッたほう取れ」は一つの真理だが、この格言には裏と表があり、それをめぐるかけひきにおもしろい味がある。
だが、ただひとつ、例外のないのが、「厚味に近るな」である。金言といってもいいでしょうと石田芳夫氏はいう。
意外とこの格言に深い関心をもっていないのが、初級者共通の傾向である。この格言の周囲には、生きた死んだの血なまぐさいイメージが少ないから、いつのまにか碁が悪くなっていることがある。それは、この格言を無視したときに生じるトラブルであるというのである。
(石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社、1986年[1993年版]、28頁~30頁)

石田芳夫氏によるケイマの格言


石田芳夫氏は、ケイマの格言について、いろいろなものがあると説く。
たとえば、
〇ケイマのツキアタリ
〇ケイマのツキダシ
⇒この二つは、初歩的な悪手のサンプルである。
(レドモンド先生は、「ケイマのツキアタリ」については言及していないが、「ケイマのツキダシ」には、「No.44 ケイマのツキダシ俗手の見本」で言及している)

また、
〇ケイマにツケコシ
〇ツケコシ切るべからず
⇒これらは絶対とはいえないが、ケイマにまつわる手筋とその心得である。
(レドモンド先生も「No.43 ケイマにツケコシ」「No.45 ツケコシ切るべからず」で言及している)

そして、実戦へのアドバイスになる格言としては、次のケイマの格言を挙げている。
〇攻めはケイマ、逃げるは一間
(レドモンド先生も「No.20 攻めはケイマ」「No.24 逃げるは一間」で、それぞれ解説している)

☆石田芳夫氏は、「ケイマのツキアタリ」というケイマの格言に関連して、次のような問題を出している。
【第90題 [黒先] 基本型】
≪棋譜≫
・白にハネられたところ。ある基本型ですがどう打ちますか。
棋譜再生

【失敗図(ツキアタリ)】
≪棋譜≫
棋譜再生
・黒1が、ケイマのツキアタリという初級ミス。
・黒3、白4までは断点が多く形もわるい。これは厚味とはいえない。

【正解図(ツギ)】
≪棋譜≫
棋譜再生
・だまって黒1とツグのが厚い本手。こうして白の応手をきくものである。
・黒1に白2なら、黒3とツケて、根拠を確保するのが、常用手段。
⇒このあと、黒は、上辺あるいは右辺からのハサミを見合いにする
(石田芳夫『目で解く上達囲碁格言』誠文堂新光社、1986年[1993年版]、159頁~160頁)

清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』の構成


清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』(日本放送出版協会、1993年)も、囲碁の格言について論じている。
この本の構成は、基礎編、序盤編、中盤編、終盤とコウ編の4章から成り、各章、ⅡからⅣ節に分かれ、各節4つの格言を記す。

清成氏は「まえがき」において、アマチュアの2つの質問について言及している。
①「どうしたら碁は強くなりますか」
②「何手位まで読むことができますか」
この2つの質問に対する、清成氏の回答はこうである。
まず②の質問に対して、どこまで先を読むことができるかが、碁の強さの目安だと思っているアマチュアが多い。確かにそれも少しはあるが、実戦で必要なのは「読む力」ではなく、「読まない力」だという。序盤、中盤はとくに読むことよりも見た目で判断することを求められる場合が多い。逆に、いろいろ考え過ぎて、素直な伸び伸びした手が打てなくなることは、プロでもあるという。
 そして①の質問に対しては
1 実戦を積むこと
2 プロの実戦を並べてみること
3 詰碁をすること
などと答えていたが、清成はアマチュアの人の碁を見たり、対局したりして、碁の基本になる考え方を身につければ、飛躍的な上達も夢ではないと感じてきたそうだ。
そこで思いついたのが、「格言上達法」である。格言には、碁の考え方や急所を端的に表わした優秀なものが多い。それにオリジナル格言を加え、棋理や碁の筋をできるかぎり、わかりやすく理解してもらうために、本書を執筆したという
(清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』日本放送出版協会、1993年[1995年版]、2~3頁)

清成哲也九段が提唱した「模様の接点を探せ」という格言


「第3章 中盤編」の「Ⅰ平面より立体」「2模様の接点を探せ」において、清成哲也九段は、模様について、次のように述べている。

“接点打法”という明解な碁の考え方を、苑田勇一九段(清成九段と同じ関西棋院に所属する先輩)が提唱したそうだ。
「序盤から最終盤に至るまで、碁には白黒互いにシノギを削り合っている接点というものがある。そこを探して打つべし」という説である。
その接点ということばを借りて、清成九段は「模様の接点を探せ」という格言をつくったという。
模様の接点を探して、そこを先占すれば、本節のテーマ「平面的でなく立体化を図れ」にかなうことができるとする。

【模様の接点の例】
≪棋譜≫
棋譜再生

・後手番の白が、天元を中心点として対称のところを占めていけば、上図のような碁形が生じる。
⇒ある一面で、上図のマネ碁は、碁の本質を鋭くついているらしい。
というのも、碁は本来見合いの芸であり、相手と等しい(似たような)価値の手を打っておけば、そう形勢は離れないからであるという。このマネ碁の場合、大模様対大模様の碁となる。

★さて、どこが模様の接点だろうか?
〇正解は、黒1と天元へ打つ見当である。
黒1は、白模様を制限し、黒模様をより広げるバランスのとれた一点である。

・黒1に対して、白2と模様に入ってきた。囲い合いでは不利と見たのにちがいない。
・黒は主導権を握って、黒1、3、7と中央を制圧した。
(こうなれば、白模様への踏み込みはフリーパスである)

≪整理≫
・黒の模様はいくらか小さくなるものの、強化され、地に近づく。他方、白模様は知らないうちに消されていく。
・模様は地ではない。むしろ相手にどこかに入ってきてもらって、それを攻めることによって、地に変えていくものである。
・「模様の接点」は、全局的な必争点、急場といってもよいとする。
(清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』日本放送出版協会、1993年[1995年版]、112~114頁)

戦いのテクニックとしての「攻める石にツケるな」


【ツケノビ定石~お互い丈夫に】
≪棋譜≫
棋譜再生

・「ツケにはハネよ」というわけで、黒1のツケに白2と応じれば白6まで。
⇒ご存じのツケノビ定石になる。お互いに丈夫な形になっている。

【お互いに固まっていない互角の応接】
≪棋譜≫
棋譜再生

・前図のツケノビ定石とくらべてみると、お互いあまり固まっていないことが見てとれる。

※ツケとは、お互いに強くなることを求めた手段であるといえる。
⇒「ツケは相手も強くするけれど、自分が強くなりたいときに打つ手である」

【ツケにはハネよの場合】
≪棋譜≫
棋譜再生

・白がハネても心配がないことを確かめておく。
・白10までちゃんと切ってきた石を取れる。

【ハネられない場合】
≪棋譜≫
棋譜再生

・たとえば、ツケた黒1のケイマの位置に、もう一子黒がすでにあるとき、一転して黒1のツケは威力のある手に変わる。
・その理由は、「ツケにはハネよ」と行けないから。

(清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』日本放送出版協会、1993年[1995年版]、160頁~161頁)

【清成哲也『清成哲也の実戦に役立つ格言上達法』はこちらから】

清成哲也の実戦に役立つ格言上達法 (NHK囲碁シリーズ)

天王山を逃すな


「天王山を逃すな」について、『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])で言及されている。

お互いの勢力の消長に関するところ、双方の模様の接点を「天王山」と呼ぶ。つまり、「ゆずってならない模様の争点」をいう。

☆例を示そう。
1図、2図とも、黒1がともに逃せぬ天王山。
⇒白石に置き換えてみれば、その価値がわかる。

【1図】
≪棋譜≫
棋譜再生
【2図】
≪棋譜≫
棋譜再生

(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、171頁、222頁)

【『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院はこちらから】

新 早わかり格言小事典―役に立つ囲碁の法則

「両ケイ逃がすべからず」=「天王山を逃すな」とも考えられている。
天王山は、羽柴秀吉が明智光秀を打ち破った山崎の戦いが行なわれた場所である。京都府にある標高270メートルの小高い山で、軽装で山頂までハイキングがてらに登る人も多いそうだ。近くには千利休の茶室で知られる妙喜庵がある。当時は守るにやすく攻めるに難い山だった。これを占拠した秀吉の軍が、地理的に不利な光秀の軍を打ち破った。
両ケイとは、黒から打っても白から打っても、ちょうど将棋の「桂」が飛んだ位置であり、模様を広げる好点である。両ケイの天王山に先に打って羽柴軍になりたいものだ。
≪棋譜≫
棋譜再生
・上図で、A(14十三)が両ケイの天王山にあたる。

(蝶谷初男・湯川恵子『囲碁・将棋100の金言』祥伝社新書、2006年、174頁~175頁)

【蝶谷初男・湯川恵子『囲碁・将棋100の金言』祥伝社新書はこちらから】


囲碁・将棋100の金言 (祥伝社新書 (033))

いまもすたらぬ一、三、五~秀策のコスミ


『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』(日本棋院、1994年[2007年版])にも「秀策のコスミ 」について言及されている。
「いまもすたらぬ一、三、五」(40頁)「序盤のコスミは良着」(107頁)がそれである。

【秀策のコスミ】
≪棋譜≫
棋譜再生
・黒1小目、3小目、5小目といった具合に、風車のように黒は小目を占めた。
 本因坊秀策(1829~1862)がこの手法で連戦連勝を重ねたところから、この黒1、3、5を「秀策流」と呼ぶ。
向きは、この小目でなければならない。
布石の一、三、五と呼べば、通常この「秀策流」を指すようだ。
⇒つづいて白6のカカリに黒7のコスミが秀策自慢の手で、「秀策のコスミ 」と呼ばれる。
※なお、ご覧のように、秀策流一、三、五は、白が4で左下に向かえば実現しない。
白が4とカカってくれることが前提となるようだ。

・また、「序盤のコスミは良着」という格言もある。
(あるいは「秀策のコスミ 」を言ったものかとする)
ただ、序盤のコスミでも、良着もあれば愚着もある。強いていえば、序盤の、位を保つコスミには良着が多いといえる。
(工藤紀夫『新・早わかり格言小事典 役に立つ囲碁の法則』日本棋院、1994年[2007年版]、40頁、107頁)

秀策といえば、人気マンガ『ヒカルの碁』にも登場していた。

それは、マンガ雑誌『週刊少年ジャンプ』に連載された。原作ほったゆみ、漫画小畑健、監修梅沢由香里の諸氏で、集英社から出版された。単行本は平成14年[2002]12月現在で19巻まで出て、合わせて1900万部の売り上げ。テレビアニメにもなって人気を博した。

ヒカル少年がひょんなきっかけから、平安時代の天才棋士の霊に取り憑かれて、半ば強制的に碁を始めさせられるが、霊の特訓によってどんどん進歩し、そのうちたいへんな才能の持ち主と分かり、すばらしいライバルにも恵まれて、将来を嘱望されるプロ棋士へと成長していく物語である。

このマンガは筋立てがたいへんうまくできていて、碁好きな人なら、思わず引き込まれてしまう。つまり原作者のほったゆみ氏のアイディアがよかったようだ。
平安時代の囲碁の名手、藤原佐為(ふじわらのさい)の亡霊が少年ヒカルに乗り移り、佐為の影響でヒカルが次第に碁に目覚めていく。
佐為はかつて江戸時代の棋聖とうたわれた秀策に乗り移っていて、じつは秀策は凡人で、その碁は完全に佐為が打ったものだったという設定になっている。
(この辺は、秀策のファンが怒りはしないかと林氏は心配している)
(林道義『囲碁心理の謎を解く』文春新書、2003年、12頁~15頁)

【林道義『囲碁心理の謎を解く』文春新書はこちらから】

囲碁心理の謎を解く (文春新書)

【『ヒカルの碁』はこちらから】

ヒカルの碁 全23巻完結セット (ジャンプ・コミックス)

『囲碁・将棋100の金言』の「 運の芸と知るべし」


碁とは何か。
蝶谷初男・湯川恵子『囲碁・将棋100の金言』(祥伝社新書、2006年)において、「No.1 運の芸と知るべし」において、古今東西の名言を、湯川恵子氏は紹介している。
〇「碁は技術です」(全盛期の呉清源)
〇「碁は六合(りくごう)の調和です」(その後の呉清源)
〇「さながら兵法に似たるぞかし」(本因坊秀栄)
〇「碁の勝負とは、辛抱比べ」(林海峰)
〇「麻雀が偶然性の先どりなら、碁は必然性の先どりだ」(趙治勲)
〇早稲田大学の創始者、大隈重信の語録に次のようなものがある。
「将棋は戦いだが、碁は経済である」
〇国籍謎の推理作家トレヴェニアンは作品『SIBUMI』の主人公にこう言わせた。
「チェス? あれは商人のゲームだが、碁は哲学者のゲームだ」
〇江戸時代の家元、十一世・井上因碩(いんせき、幻庵)が残した言葉は、負けてばかりの初心者にとってもホッとできるものかもしれないとして、次の名言を残している。
「諸君子、碁は運の芸と知りたまえ」

平たく言えば、碁は、白黒の石で争う地取りゲームである。点に打った石がつながって線を描き、線で囲った面が地になる。
(蝶谷初男・湯川恵子『囲碁・将棋100の金言』祥伝社新書、2006年、130頁~131頁)

サバキ許さぬブラ下がり


サバキは、いわば、あなた任せの感覚で、相手の対応を見ながら変化するものだそうだ。
ブラ下がりとは、相手がツケやノゾキを種にして変化したがっているところを事前に封じる、部分的な手段であるという。
(玄関のドアをノックされる前に門前払いするような、あるいは交渉のテーブルにつく前に、「NO!」とはねつけるような手段であると、喩えている)

そこで、ブラ下がりの実戦例をひいている。
それは、嘉永6年(1853)のお城碁、本因坊秀策と安井算知(黒)の一戦である。
≪棋譜≫
棋譜再生
・白1の打ち込みに対し、黒2がサバキを許さぬブラ下がり。
⇒白1は隅のほうへ、スベリやツケやノゾキなどのサバキを狙った手。それを黒2のブラ下がりが断固拒否した。
・以下、黒10までの手順は、右辺の白にモタレつつ、また上辺の白への攻めを狙いつつ、黒は下辺から中央の模様を広げて、絶好調の展開。

江戸城の御前でお城碁が行われていた時代は、有名な本因坊家の他に、安井家、林家、井上家と、碁どころ四家が活躍した。
(名人位にまつわる争いやそれぞれの家の跡目をめぐる子供の交換など、さまざまな歴史がある)
☆上図の黒2のブラ下がり、安井家が本因坊家に断固、NOと言ったところか、と湯川恵子氏は表現している。
(蝶谷初男・湯川恵子『囲碁・将棋100の金言』祥伝社新書、2006年、172頁~173頁)

藤沢秀行氏の言葉


名人・藤沢秀行氏は、「はしがき」を次にように書き始めている。
「囲碁は人生の縮図といわれます。その理由は、囲碁の考え方が人生にそのままあてはまり、人生の格言がそのまま囲碁にもあてはまるからでしょう。
人生もその人の心構えが一生を支配するように、囲碁もまた、その考え方ひとつで2、3級はただちに上達するものです。」(1頁)

藤沢氏によれば、囲碁は人生の縮図であるという。
だから、この本に収められた格言も、他の本と比べたら異色である。というのは、「人生の格言がそのまま囲碁にもあてはまる」という信条からか、次のような、普通の格言や処世訓が【もくじ】に登場する。
・腹八分目に医者いらず ――両ガカリとデギリ―
・負けるが勝ち ――捨て石の活用――
・安物買いの銭失い ――軽い石をとるな――
・急がば回れ ――生きるための手順――
・能あるタカはツメをかくす ――コウふくみの手――

・論語よみの論語しらず ――定石の運用――
・柔よく剛を制す ――離れて打つ筋――
・将を射んとすればまず馬を射よ ――死活の考え方――
ただ、中には、「5章 死活」には
・九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に欠く ――地中に手あり――
といったものがあり、意味を調べないと分かりにくい格言もある。
そこで、手元の辞書で調べてみた。

「九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に欠く」は、「九仞の功を一簣に虧(か)く」と記し、中国の古典「書経」旅獒(りょごう)に「山を為(つく)ること九仞、功一簣に虧(か)く」とあるのに基づくようだ。
高い山を築くのに、最後のもっこ1杯の土が足りないために完成しない。
⇒長い間の努力も最後の少しの過失からだめになってしまうことのたとえ。
◆「九仞」の「仞」は長さの単位。1仞は中国周代の7尺。1尺は約22.5センチ。
「九仞」は高さが非常に高いこと。
◆「簣」は土を運ぶもっこ。
◆「虧」は欠に同じ。

「九仞の功を一簣に欠く」とは、つまり、事が今にも成就するというときになって、ちょっとした油断のために失敗することをいう。
油断大敵という意味からすれば、「蟻の穴から堤も崩れる」「弘法にも筆の誤り」「猿も木から落ちる」「河童の川流れ」と通ずる内容かと思う。

九仞の功を一簣に欠く ――地中に手あり――


藤沢秀行氏の解説によれば、仞は8尺(ママ)のこと、簣は土を運ぶカゴのことで、すなわち巨大な山を築くのに、あと1カゴの土を運ぶことを怠っては山は完成しないという意味である。

十数年まえの甲子園の高校野球で、ホームランを打ちながらホームベースを踏まず、アウトを宣告された選手がいたが、これなどがその適例であろうとする。

さて、実際の囲碁ではどのように場面にあてはまるのだろうか。
碁では、当然、手を入れなければならないところを怠って、せっかくの地がなくなってしまったり、あるいは逆にトン死したりする例は決して少なくない。
<手入れを怠る>、次のような事例を挙げている。

【手入れを怠った例】
≪棋譜≫
棋譜再生
・黒1~3となって12目の黒地確定と考えた黒は、黒5を手ヌキして右辺のヨセに回った。
・しかし、白は、次の手でこの黒地に手をつけた。
白がウチコミを敢行した場所はどこであろうか?

【実戦:「九仞の功を一簣に欠く」大悪手】
≪棋譜≫
棋譜再生
・実戦で白が打ったのは白1である。
・黒はウッテガエシを避けて、やむなく黒2のオサエを打った。
・こうなれば、白は3と切る一手。
・これに対する黒4のノビは、当然のように見えてそうではない。
これが「九仞の功を一簣に欠く」大悪手であったと解説している。
・白5、黒6ののち、白7と切ったのが両にらみの筋。
※前図白4のあと、黒は手入れをすべきだった。もう1カゴの土を運んで山を完成させることが肝要であろうという。
(藤沢秀行『故事・格言による囲碁上達の手ほどき』東京書店、1978年[2002年の復刻版もある]、182頁~184頁)

【藤沢秀行『故事・格言による囲碁上達の手ほどき』東京書店はこちらから】

故事・格言による囲碁上達の手ほどき