地球の危機!

私は、「環境goo」のファンです。
私も 地球を(人も)守りたい!

「枯葉剤」

2011-01-31 18:27:27 | Weblog
「枯葉剤」

NHKテレビで、ベトナム戦争の枯葉剤についての番組を見ました。

今、ベトナムでも米国でも3世の赤ちゃんが生まれて、彼らの中にも障がいを持って生まれてくる子もおられるそうです。

米国では、手や足が欠けていたり、皮膚病があったり、…  でも、生きてはいける程度の被害者が多いそうですが、ベトナムでは二重体児(ベトちゃんドクちゃんのように)とか、…  生きることさえ叶わない被害者も多いそうです。

それでもべトナムの人々は、米国を責めないで、いつか米国が補償をしてくれると信じて待っておられるそうです。

米国の人に言いたいです。

「勝つ」ことも素晴らしいけれど、相手を許し、信じて待つことも素晴らしいと思いました!

「「自主・自立」が地球を破壊する」

2011-01-30 13:50:08 | Weblog
「「自主・自立」が地球を破壊する」

○私は、「国際競争に勝つ」とか、「日本はGDP2位から転落した」というようなことに、だんだん関わりたくない、と思うようになってきました。

『里山ビジネス』 (玉村豊男著、集英社)にこういう文章がありました。

(P.159)
「労働は永遠の権利である」

経済こそ、拡大しなければ持続しない、最たるものです。毎年経済成長率の数字が示され、それはプラスである事を求められます。

しかし地球上の全ての国と地域が、常にプラスの成長率を示すことがあり得るでしょうか。

拡大する経済は必ず衝突し、争いを生みます。それでも強者の拡大する経済を弱者が(望まないにせよ)吸収する余地があった20世紀まではまだしも、かつて弱者だった国々が立ち上がって、その経済を急速に拡大し始めると、資源も環境もこれ以上は持続できそうもない事が明らかになってきています。

グローバル化は国境を越えた金と資源の分捕り合戦。まっとうに暮らしている私たちがそのとばっちりを受けるなど、真っ平ごめんです。
                               (引用終わり)

思うに、「国際競争に勝つことを目指します」と言った時点で、「人の命は粗末にせざるを得ません」という事になると思います。


「勝つ」という事は、「強者生存」(弱肉強食)で、皆が生きる=「共生」とは両立しないと思います。どちらかでしょう。

アメリカは、他国の犠牲の上に「勝つ」のだから、もう「勝つ、勝つ」と言ってほしくないです。それがアメリカには通じない。

どうしてアメリカは、「勝つ、勝つ」と言うのだろう?


○思うに、人間は不完全に創られているのです。それなのに、「自主自立」とか、「自己責任」を要求することは、たとえが不適当かも分かりませんが、「背の高さが1メートル以下の人は、人間ではありません」と言うようなものではないでしょうか。仮に、「背の高さが1、5メートル以下の人は、人間ではありません」とすると、私も人間ではなくなります。

無視され、はねっこ(仲間はずれ)にされると、私だったら、逃げるか、仕返しをするか、すると思う。

「自立していなさい」よりも、「助けたり、助けられたりも、大事な事です」の方が、人間の扱い方としては適切なのではないかと思います。


○私は姉と、少しですが、両親の介護(二人とも歩いたりはできる)をしています。

私は親に対しては、クソ爺、クソ婆と、言い抜きました。姉に対しても、(要らないものは家族だ!)と思っています。

’一触即発’のような状況にしばしば、なります。

(どうしてうまくいかないんだろう?)と毎日考えました。

姉は、家事がのろまだったり、/親が高齢なのに排泄で失敗したりすると、凶暴’になるのです。

理由は? 理由は?  …

分かりました。

姉自身が失敗したり、ゆっくりだったりしたら、攻(責)められてきたのです。きっとそういう過去がある筈です。そういう状況の中でできるようになっていかなければいけなかかった。

だから、姉と一緒にいる人が完璧にできるのが当り前だし、かつ、自分を「よくやっているね」と、認められたい、認められる必要があるのだと思います。

やっと見つけました!


○米国人は「自立」している事を求められますよね。

「自立している事」は、とてもレベルの高いことです。病気や怪我をしている人や、障がいのある人の中には、他者の助けを必要としている人も多いでしょう。子供は自立していませんね。高齢者も全員が自立している訳ではありません。

自立していられるのは、強い人で、かつ、人生の何割かの期間のみでしょう。

「家事が完璧にできること」と同じくらいレベルの高いことではないでしょうか。(家事ができるのは当たり前か)

姉のような人は、私はもうたくさんです。人間を人間らしく扱ってほしい。’サイボーグ’を生み出さないでほしい。


○米国人にとって必要なことなは何だろう? 「早く、速く」かつ、「お金持ち」であることかな? 違うかもしれない。何だろう?



○「1番! 1番!」だと、1番の人だけが人間らしくいられます。

「2番でもいいいよ」とされると、1番と2番の人が人間らしくいられます。

「3番もいいよ」だと、1番と2番と3番の人が人間らしくいられます。

…  

「全てのことに価値がある」とすると、全ての人に居場所が与えられます。


どうです? 「全てのことに価値がある」にしませんか?(→そうすれば「全ての人は価値がある」になるだろう。 ムフフなのだ)


「謝らない」

2011-01-30 13:23:04 | Weblog
「謝らない」

昨日、空を見上げたら、ケムトレイルが3本、4本。私は(ははん)と思った。一昨日、自分のブログに「反省しました」(自分が間違っていたと思いました)と書いたのだ。そしたら、ケムトレイルだ。

そうか、米国人の前では、絶対に自分の非を認めたらいけないのだ。認めたら、突け込まれるのだ。

それならば、アメリカを攻撃してやる。「9、11」は謀略だ。「9、11」のみでなく、外国に対しても謀略をしている。例えば、アフリカだ。


ルワンダで、フツ族がツチ族を殺すという悲惨な事件があった。その事件が「コンゴ内戦」へとつながっていた。(『アフリカン、ブラッド、レアメタルーー94年ルワンダ虐殺から現在へと続く「虐殺の道」』 大津司郎著、無双舎より)

(P.19)
アメリカが並々ならぬ関心を注いできたコンゴの鉱物資源、その争奪の戦いの新たな始まり、それを導いたもの、それが、’ルワンダ虐殺’だった。あえて言えば、コンゴの鉱物物資源獲得のためにルワンダ虐殺は仕掛けられたと言っていい。さらに地域から旧宗主国フランスを追放することによって地域を再編、強力なアメリカ主導によるアメリカン・グローバリゼーションを実現する。それがルワンダ虐殺のワケであり、黒幕たちのシナリオだった。
                             (引用終わり)

アメリカよ、謀略は、やめろ!

私は謝らない! 私は悪くない!

「日、米は文化が違う」

2011-01-28 18:56:52 | Weblog
「日、米は文化が違う」

「日、米」よりももっと近いと思われる、日本人は「欧米」と、欧州と米国を一括りにして言うけれど、米と仏だけでも大きく違うらしい。

『なんだこりゃ! フランス人ーー在仏アメリカ人が見た、不思議の国フ・ラ・ン・ス』 (テッド・スタンガー著、新宿書房)を読んで、私は(理解できない!)と思いました。

(「」内は、引用です。その次の()は私の感想です)

「まず最初に「親愛なる仏人へ」

この本を書き始めた時点では、2003年に米仏関係がかくもぎくしゃくしたものになろうとは想像もつかなかった。…

大西洋の向こう側から(米からーー井上)スカッド・ミサイルのごとく激しく飛んでくる仏の悪口を聞いて、あなた方、仏人がショックを受けているだろう事は想像に固くない。」 (私から見たら、変わった書き方だな、と思う)

…「仏はヨーロッパで最も米的生き方を嫌う国である。
米人は…  本当に仏が嫌いなのであろうか。

あなた方の国、仏は、説明しがたい、とらえどころの無い国である。」 (そうなんですか)

「共産党が支持を落とすと、株価が暴落し」 (?)

「TGVやコンコルドやICチップを作り出す技術をもちながら、降雪時には路面電車も高速道路もストップしてしまうという、世界でも珍しい類まれなる国だからである。」
(ただ雪除家をしないだけ、という話ではないのですか? 私は雪除家をした事は無いのですが)

「左翼は革新を恐れ、右翼は狂信的ナショナリストで」 (左翼と右翼が逆が普通ですよね)

「カレンダーには13月もある」 (12月になると人々は陽気になるそうだ。→この月を「13番目の月」と呼んだ。後の11ヶ月は不平不満をぶつけて暮らすそうだ。… そういう意味なのですか)

「こんな国を理解しようったって無理な話だ。」 (いくら親密でも、こんな言い方をしなくても。この辺から私は分からなくなり始めた)

「ところで仏は逆の意味で類まれなる国であると言うことが出来る。(正反対の2つの意味をもつからと言って言葉には何の罪もない)」 (という事は、「類まれなる」というのは、褒め言葉? それとも逆の?… )

「仏の生活やスタイル、洗練さ、知性などが大好きな米人にとって仏という国は、尊敬に値する唯一無二の国であり続けるという意味で。「仏では子供たちまでが仏語をしゃべっている」と感激したマーク・トウエインのように。」
(ここで私はギブアップ。(分からない!)と思ってしまった)


仏、米でもこれだけ違うのだから、日、米は理解できない事があって当たり前だ、と思いました。

私は、出だしのところ、本全体から見るとほんの一部だけを取り上げて、噛み付いたのです。

この姿って、「自分が相手を理解できないから、その相手は悪い」と言っている … のですよね。

そりゃ、理解できない自分が間違っている、と反省しました。



でも意見が違う時にはどうしたら良い? 大人にならないと。





「ロシア、プーチン前大統領とエリツィン前々大統領」

2011-01-27 23:27:54 | Weblog
「ロシア、プーチン前大統領とエリツィン前々大統領」

『ザ・プーチンーー戦慄の闇』 (スティーウ゛・レウ゛ィン著、阪急コミュニケーションズ)に、なぜプーチンが大統領に選ばれたか、という事が書いてある。

エリチィン大統領(当時)は、体調が良くなく、後継者を探していた。

・指導者エリツィンが達成した政治的利益を守る事
・クレムリンを開け渡した直後にエリツィン一家が告訴されない事

プーチンはこの2点を忠実に守った。献身的ともいえるほどにやり遂げたそうだ。

利己的でなく、「プロイセン式絶対服従」の男だ、との評も。


私はここの所を読んで、(どこが「闇」なんだ? 「平和」そのものじゃ、ないか)と思った。

される側にとって良いように取り計らう事こそ、おそらく万人が求めていることで、--エリツィン大統領は「大統領」だからだ、と言われるかも分かりませんが、目立たない立場にいたと時も、プーチンは粛々と利己的なものは捨てて、任務を果たしていたそうだ。

この場合も権力の駆け引きがあったんだよ、エリツィン大統領のにニーズにドンピシャ当てはまったのが良かったんだ、と言われればそうかも知れませんが、きっかけは何でも良いから、「される側にとって良いように」という事がもっと評価されれば良いのに、と思ったことでした。


「「チッ、チッ、チッ… 」は、やはり間違っていると思う」

2011-01-26 19:30:46 | Weblog
「「チッ、チッ、チッ… 」は、やはり間違っていると思う」

「9、11」に関しては、米人に任せれば良いと思いますが、何が言いたかったかというと、「アメリカはこんなにも損をしていると思いますよ」という事が言いたかったのです。

「チッ、チッ、チッ…」というのは、例えば、「日本語で「こんにちは」を、英語で何と言うでしょう? はい、チッ、チッ、チッ… 10秒、チッ、チッ、… 20秒… 」のようなやり方のことです。

それがどうした?  と思われると思いますが、出来る人は。

このやり方は、指導者にとっては当たり前の事でしょう。

英会話が大体できる人も、苦にはならないでしょう。

問題は、初心者とか、英語が苦手な人です。

焦らされると、余計分からなくなるもんなんです、人間は。

苦手な人が余計苦手になって(させられて)、焦らされて、惨めになって…  でもその痛い思いを誰も分かってくれる人がいなくて…

つまり、出来るようになるまでに、惨めな思いをさせるのが当たり前。誰も分かってやらない。そのやり方が、後輩へ、後輩へ受け継がれて行っていると思うのです。

非(反)社会的行動をするのは、こうして、惨めな思いをさせられた人だと思うのです。

私は(よし、指導法を変えれば、テロ行為だってなくなるぞ。世紀の発見だ!)と思ったのです。(笑)

米国人は(こういうことに関しては)「シーン」かな。ま、いいや。

日本人は、できない人とか、溶け込めないでいるような人→ちょっと変わったような人がいると、その人にちょっと注意するようにしてーー焦らさないとか、責めないとかーーアメリカのやり方とは違います、ということを、やや目立つようにしたらどうだろう?

日本は、アラブ世界から攻撃の標的にされている。私自身、上の理由でアメリカを攻撃したいのだ。(米国を攻撃したい気持ちは分かるつもりです)

でも日本が、「アメリカよ、ここが間違っている。直しなさい」のようなやり方をすると、アメリカはキレると思う。(その状況も私は分かるつもり、自分自身がそうだった)

だから、米社会は「される側にとって、どうか」という事はあまり考えないと思うから、日本人は考えるようにして、その、アメリカとの違いを際立たせるように(普通にやれば良いのだけれど)したらどうだろう、と思うのだ。


「チッ、チッ、チッ… 」のやり方は、(する側は)良かれと思ってしているのだと思う。でも、社会全体にとっては、絶対に損だと思いますよ。



「9、11」

2011-01-24 08:11:50 | Weblog
「9、11」

(『9、11事件は謀略かーー「21世紀の真珠湾攻撃」とブッシュ政権』 デイウイッド・レイ・グリフイン著、緑風出版)

〇「9、11」では、飛行機がツウィンタワーやペンタゴンに激突しました。

という事は、これらの飛行機は、(乗っ取られて)本来飛ぶべきコースから外れて、レーダーから消えていた時間があったのです。

レーダーから消えた飛行機があると、アメリカでは軍用機が出撃して、捜査することになっているそうです。

でも、「9、11」、この日に(限って)は、軍用機は出撃しなかった、出撃したけれど、より遠い飛行場から、非常に遅い速度で飛んできて「間に合わなかった」そうです。

これだけ聞いても、おかしいですよね。


〇AM8:48頃、最初の映像がTVで流されて、ブッシュ大統領は当日は小学校の授業の参観をする事になっていて、けれど、大統領はそのニュースを知っても、「旅客機が世界貿易センターに激突したが、続けよう… とにかく、本の朗読を続けよう」と言ったそうです。

かつて真珠湾が日本軍に攻撃されても、「(朗読を)続けよう… 」なんて、信じられない…  事もないか… (日本人は、「真珠湾」はアメリカがわざと日本に攻撃させた、と思っている)


〇「9、11」に関してアメリカで報道されている事は矛盾があると、この本にはズラズラと矛盾点を列挙してあります。

私は(なるほど、言われてみればそうだな)と、納得できたものの、「それはなぜなのか?」と畳み掛けられると、頭の中が混乱してしまう、そんな有様でした。

「9、11」はアメリカだけの問題ではないので(「西側」は攻撃モードになってしまった)、誰もが納得できるようにきちんと調査してほしいです。


〇私が思ったのは、調査をした後です。

仮に「9、11」は謀略だったとしましょう。そうしたら、「謀略した側」は「調査した側」からコテンパンに非難されるのでしょうか。

矛盾点が明らかにされ、説明されると、「「謀略側」は反省するのでしょうか。

蛇足か知れませんが、私の主張を書かせていただきます。私は「シーンは嫌だ」と思っています。アメリカでは未熟な者、失敗した者… 要するに、手の掛かる者に対しては、「シーン」か、「ダメだよ」か、「早く(速く)」だと思います。分かっていて、出来るようになっている、その時点が、0、なのです。

「できる人」から見て「できない人」は、ゴミとか、チリのようなものなんだろうと思います。


〇「9、11」に関して、「謀略側」=「悪人」という見方をされると思いますが、「9、11の事件を起こした事は悪い、と、誰が説明するのでしょう? (「謀略側」は、「悪かった」とは思っていないと思う)

裁判で判決が出て、決着が付けば、それで終わりですか?


〇世界の格差が大きくなって、けれど、アメリカは、格差をもっと大きくしようとしているでしょう。(そのために「9、11」を起こした?)

「格差を縮めようとしても良い」という事を、アメリカの豊な人々にどういうふうに説明したら分かってもらえるのか、それが分からないです!! それを考えるのに、20年も、30年も掛かる。

アメリカは、「9,11」を、どういうふうに扱うのでしょうか。相手に伝わらない時は、力でねじ伏せるのでしょうか。言葉のキャッチボールが行われるのでしょうか。

私は、注目、だと思っています。

「TPP」

2011-01-16 18:38:43 | Weblog
「TPP」

「TPP(環太平洋経済連携協定)」交渉で、日本は早く決断せよと、アメリカが迫っています。

アメリカは、TPPには勿論賛成で、というより、アメリカが進めようとしていて、… アメリカは第二次、第三次産業も、第一次産業も、輸出していけるから?

もっともっと自由化が進むと、どうなるんだろう? 想像できない。

「『萬屋タクシー』」

2011-01-14 16:18:47 | Weblog
「『萬屋タクシー』」

山陽新聞の連載『路(みち)をつなぐーー生活交通白書』には、過疎地域の交通の不便さの実態が書かれています。

私が(机上の空論ですが)「萬屋タクシー(仮称)」を運行させたらどうかと思います。

バスは運行時間が決まっていますが、これは「需要に合わせて運行します」という事です。

朝と夕方、生徒さんたちに必要ということで、

・7:00~8:00/ 15:00~18:00 --ピストン運転する。

・週に1回、例えば月曜日に(1回でも2回でも)、食料品や日用品の販売をする。

・火曜日は巡回診療も可。(内科、産科、歯科など、可能にならないか?)

・タクシー代わりにも、使用可。

・利用する回数が増えたら、採算が取れないか? と思います。(皮算用そのものですが)

・1つの地区では採算が取れなければ、隣の地区も一緒に運行する、とか。

・20人乗りくらいのマイクロバスの後ろ半分の座席をはずして、そこに物を置くようにすれば、かなりの量の物が置けるのでは、と思う。

「強い時は、ごくわずか」

2011-01-14 15:54:50 | Weblog
「強い時は、ごくわずか」

南出喜久治という方が、「強い時は、ごく僅(わず)か」と言われていました。

今回は、その御言葉を、引用させていただきます。

「強い時」とは、自立していられる時、自己責任を取れる時を含めて、「強い時」です。

「それが(自己責任を取るのが)当たり前だろ」と言われるかも分かりませんが、そんなことはありません。

自分の身体で悟らされたのですが、私は、言葉がスッと出てこなかったり、体力的にも若い人にはかなわないな、と感じます。何より、若い人と一緒に、少しだけ仕事をした時、若い人の方が呑み込みが(理解して行動するまでが)、格段に速かったのです。正直、愕然としました。

であるならば、「自立」とか、「自己責任」とか、「常識でしょ」とか、あまり偉そうには言わないようにしよう、と思ったのでした。

自分が、他の人から面倒を見られる側になった時、あんまり文句を言われない為には、…  「強く正しくありなさい」は、ほどほどにして、「助け合う事は、素晴らしいです」とか、「相互扶助」→「扶助」する時のコツを、学校とか家庭とかで自然に身に付くようにしておいた方が都合が良いなあ等、ない知恵を絞らんといけんなあ、と思っているところです。


アメリカでは、「自己責任」が当たり前のようですが、しんどくないのかな、と思います。(生、老、病、死は、誰にでもある事なんだし) 米国は元々移民の国だから、「合衆国」だから、強くなければ生きていけなかったから、必然的に「強い」事が求めらるのでしょう。

でも、「早く、速く」と、… 木の育つ速さに合わせることは「犯罪」であるかのような…   「ちょっと、止まれ!!」と言いたいです。



でも、「早く、速く」は、地球全体がそうなっているような…  私がのろま なだけ。




でも、じゃあ、弱い人は、どうなるの??


「エイズ患者を…」

2011-01-12 18:51:09 | Weblog
「エイズ患者を…」

http://www.arsvi.com/i/2-child_aids.htm  に、「貧困、ストリートチルドレンとエイズーーアビジャンとアクラの事例」

という文章が載っています。アビジャンはコートジボワールの都市名、アクラはガーナの都市名です。

アフリカだけでなく、どこでも同じような状況かも分かりませんが、ストリートチルドレンの子供たちは、如何ににエイズに罹りやすい状況に置かれているか、ということが書かれてあると思います。

長い文章ですが、私はこれを読みながら、障害児施設の園長先生が書かれた『この子らを世の光に』という本を思い出しました。

「貧困、ストリートチルドレンとエイズーーアビジャンとアクラの事例」は、「ストリートチルドレンを援助する」という論調で書かれてあると思います。援助する側が、ストリートチルドレンやエイズに罹った人たちを支援する、助けられる側は、手の掛かる人たち…

ちょ、ちょっと待って下さい。

私は今のやり方、例えば、「アフリカを支援する」と言いますが、仮に、食糧を与えて、それがアフリカにとって益になっているかというと、そうではない、かえって、迷惑になっている場合もあるという事です。

「アフリカにとってありがたい支援とは、アフリカで生産された農産物を、しかるべき値段で買ってくれること」、というのを読みました。

食糧がひどく足りない時、必要な量を与えられるのは、「支援」と呼べると思いますが、長期的に見て、アフリカが自立して行くためには、農業国であるときには、農産物を買ってくれる事がありがたいですよね。それはそうでしょう。

ところが、欧州、北米、日本では、広い休耕田があるほど、食糧が余っている。他国から買うどころではない。(日本は自給率4割ですが)

かくしてアフリカは、なかなか自立できない、という事になる。

こういうやり方は、どこかおかしい。でも、先進国と途上国と、合意するのは難しい。



ストリートチルドレンを支援していくのは、エイズに罹ればなおさら、困難さが増すと思うけれど、--高齢者や赤ちゃんや病人を看る時のコツは、援助される側に、援助する側が、合わせる、という事だと思います。

今、国と国との関係では、援助する方が’主’になっていると思うので、これが。高齢者や赤ちゃんや病人、いわゆる弱い立場に置かれている人たちによって、’される側が主’、そういうやり方もある、という事に気付かされていくなら、高齢者や赤ちゃんや病気の人たちこそが、導き手になっているわけで、そう考えると、ストリートチルドレンは、ストリートチルドレンこそ、「世の光」になりえるんだと、私は『この子らを世の光に』で書かれてあった内容を思い出したのでした。

提案ですが、ストリートチルドレンやエイズ患者さんたちによって、彼らを支援している人達が、気付かされた事、発見した事を、私たちにも教えてくださる、というのは、どうでしょう?


「産廃を再生」

2011-01-10 18:39:25 | Weblog


「産廃を再生」

今日(1/11)の山陽新聞に、「産廃を再生ーープラスチックやアルミ、比重で選別」という見出しで載っていた。

処分場を掘り返して、再利用できる物を取り出すのだそうだ。

こういうことは、素晴らしいと思う。


関連して、

工場が、人件費の安い途上国に移転して行くという事実があると思うので、それなら、

「地雷や不発弾が多くある所には、それらを処理できるようにする」。

たとえば
・’地雷発見器’を、現地に工場を建てて生産する。

・そのために現地の人を雇う。

・地雷処理器(機?)についても、同様にする。

・義手、義足の生産工場を現地に建てる。

というのは、どうだろう?

「社会恐怖(症)」 2、

2011-01-09 19:25:07 | Weblog
「社会恐怖(症)」 2、


「社会恐怖症」という病名を明確に付けられることは無くても、(こういう場面になったらどうしよう??)と思う(心配で堪らない)事は、多々ありますよね。

そんな人たちの状況が改善した例→カウンセラーのやり方、をご紹介します。 (『他人がこわいーーあがり症・内気・社会恐怖の心理学』 (クリストフ・アンドレ/パトリック・レジュロン共著、紀伊国屋書店 より)

解決方法は、「エクスポージャー法の実践」です。

「エクスポージャー」という意味が私はよく分かりませんが、「仮の状況を設定して、自分がその場にいるつもりで、やってみる」でしょうか。

〔例〕 アランのケース

アランは高校時代は、むしろ伸び伸びと過ごし、友達も多かった。

が、大学1年の学期末の試験で、20人ほどの学生たちを前に話をしなければならなかった時、パニック発作を起こしてしまった。

それ以来、人と接する機会を避けるようになってしまった。

(アランの高校入学までの事はよく分からない。過去のことを根掘り葉掘り聞かない方が良い場合もあるので、分からないまま行きます)

アランは大学卒業後、高校教師になった。クラスの授業はこなせたが、同僚の教師や大人たちとの関係をうまく築く事が出来なかった。

アランは、緊張を和らげるために、アルコールや精神安定剤に頼るようになっていった…

アランが不安を感じるのは、例えば、

1、他人が見ている前で、小切手にサインする。

2、マンションの隣人と、駐車場、会談、郵便受けの前などで、世間話をする。

3、PTAの会議で数分間にわたって話をする。

4、同僚の教師や新しい知り合いを映画や食事に誘う。

4、に関して、「映画館に並んで待つ 」時、アランはこのように感じる、という事です。

「みんな、カップルや友達同士で来ているのに、僕だけが一人ぼっちだ。
みんな、「あの人、一人だね」と、奇異な目でこちらを見るに違いない。そうしたら、僕がそわそわして落ちつかないのに気付かれてしまう。もしみんなにじっと見つめられたら、僕はきっとパニックを起こすだろう…」

アラン自身、こういうのは極端で、普通ではないというのはよく分かっているのである。それでも、こういうふうに感じてしまう。

1、~4、のように自分が感じているストレスを取り上げてみたのは、「初めてだ… 」と言っています。

アランと医師(この本の著者です)が話し合った結果、アランはこういうふうに考えることができるようになった。

「映画館に一人で来ているのは、なにも僕だけじゃない。よく見れば、他にも一人で来ているのは、たくさんいる。それに僕は、一人で外出する権利がある。第一、みんなジロジロと僕を観察したりしやしない。たとえする人がいたとしても、せいぜい、「あの人、内気なのね」と思うだけだ。どっちにしても、並んでみればいい。どうしても嫌なら、帰ってくればいいんだから。」

こう思えるようになると、彼の不安はずっと軽くなりました。


さらに、チケットを買うために並んで、

・アランは、決して周りを見ようとしない。

・チケット売り場の窓口では、小声で話をする。窓口の女性から「えっ、何ですって?」と苛立った声で聞き返されるだろう。

・席の案内係に、自分の席の場所を尋ねることもできない。…

解決方法
・気を紛らわすために、雑誌を読みながら列に並ぶ。うつむいてばかりいないで、たまには空を見上げてみる。

・窓口で、もっとはきはきと話す努力をする。

・リラックスできるように、呼吸法ーーゆっくりと腹から呼吸する/3秒で吸い、1秒止めて、3秒で吐くを、繰り返してもらった。


さあ、いよいよ実践です。あまり大勢の人に出くわさないよう、こじんまりした映画館で、公開されてしばらく経っている映画を見てもらうことにしました。

結果は、楽勝とまでは いかなくても、映画館に着いてすぐは、思いの他大勢の人がいたので不安を感じてしまったが、回避することなく、… 不安は序々におさまっていって、映画を楽しく見る事が出来たという事です。

アランにとっては、大きな自信になりました。


でも、「PTA会議で発言する」とか、「同僚を食事に誘う」は、苦戦するので、同様に問題点を書き出し、どのようにしたら良いかを話し合いました。

例えば、「同僚を食事に誘う」では、「旧知の友人と頻繁に昼食をとる」→「その友人を自宅に招待する」→「その友人の家での食事会に同僚を誘う」というステップを踏みました。

その後アランは、合唱団に入団し、知らない人ばかりのツアーに参加したりもしました。そうして問題点をクリアして行った後に、「一旦やってみれば、思っていたより簡単だという事に気付くものだ。とにかく、やってみるしかない」という言葉が出てきました。


==============================

私自身、前回のブログと同じ内容を繰り返しているだけ、という気がしています。今回は、まとめたいと思います。

A、問題点をはっきりさせる。
B、難易度順に並べ替える。

1、~4、です。1→4の順に、不安が小さい→大きい、となっています。


C、エクスポージャーの準備をする。
D、エクスポージャーの実行をする。

・本人がすべき事、受け入れるべき事を、事前に了解してもらう。

・医師側ーーどういう状況の下で、どういう順序で試すか決める。--成功するであろう状況を選ばないといけませんね。ここが医師の腕の見せ所でしょうか。


E、エクスポージャを評価する。
F、エクスポージャを継続する。

「少しずつ出来るようになって行く」事が大切です。

例えば、人前で話をする事が全くできない人に対して、最初から「10分間、落ち着いて、雄弁に話をすること」、という目標を立てないで、

最初は、「他人の意見に対して賛成の意を示す」とか、「小さい声で構わないから、質問をしてみる」など(を目標にする)。

そして繰り返して、トライしてみる事です。

1度で不安が和らぐ、という事はまずありません。

この「エクスポージャー法」は、自分一人でも出来る、という事です。

自分で自分の問題点を書き出し、分析し、やってみる…


どうか、あなたに不安があれば、和らぎますように。



「糖尿病の人用の保険」

2011-01-08 19:11:49 | Weblog
「糖尿病の人用の保険」

アメリカでは、太り過ぎの人は入れない保険がある(体重制限がある)…  という事を考えていたら、数日前に見た広告、「(日本の)糖尿病の人用の保険」を思い出しました。

確か、糖尿病の治療をしたら、何割か、保険で出るのです。

「糖尿病」に限定されているので、掛金も安い。

にも関わらず、糖尿病以外の病気にも、「入院給付金」等が支払われるそうです。

こういう保険を、アメリカでもやったら良いのでは?…  太りすぎの人に限定して…


アメリカで、太りすぎの人が入れる保険が(給付金が支払われる保険が)ほとんど無いなら、儲かるかも…  と思ったりしました。

「社会恐怖(症)」

2011-01-08 18:24:02 | Weblog
「社会恐怖(症)」

〇社会「恐怖」とまでは行かないかも知れないけれど、アメリカの太りすぎの人たちは、朝、目が覚めると、(自分は蔑みの視線の中に置かれている)と感じる人がいる。(多い?)

太りすぎていると、足腰に余分な力が掛かったりするから、怪我をしたり、病気にかかりやすいと思うけれど、保険の中には、たとえば「体重100kg以上の人は入れません」というのもあるそうだ。

食事を満足に食べられない人もいるのに(食べ過ぎるから太るんだ)… と思うと、それは、そうなのですが…


〇「あがり症」とか、「内気な人」は、どこにでも居る。決して病気ではないと思うけれど、医師から見ると、治療を施すべきと思われる人もいる。

『他人がこわいーーあがり症・内気・社会恐怖の心理学』 (クリストフ・アンドレ/パトリック・レジュロン共著、紀伊国屋書店)に、こういう例があります。

(引用始め)  (省いたりしてあります)

アニータの場合

アニータは、割と裕福な家庭に生まれ育っていたが、外国からフランスに移住してきた事に負い目があったのか、小さい頃から両親に「人さまには決して迷惑を掛けないように」と、くどいほど言われて育った。

そのため彼女は、自分のことより、他人の意向を必要以上に優先する癖があった。

その癖によって、特に大きな問題にぶつからないまま、大人になってしまったのである。

アニータが<社会不安>を感じるようになった主な要因が、<社会能力>の低さにあることは明白だった。


アニータは、建築事務所を開業したが、うまく切り盛りできなかった。例えばこんな感じだ。

一軒家の新築現場のトイレの床のタイル貼りで、タイルが欠けていたり、曲がって並べられていたりした。しかも、タイルの色が最初に指定した色とは違っていた。

施主はかんかんに怒っている…

今までのアニータだと、

1、「私だって忙しいんだから、ずっと現場にいる訳にはいかないんです。」 (自分を正当化)

2、「仰ることは分かりますけど、ちょっと大げさじゃ、ありません?」(さりげなく盾つく)

3、「本当にそんな事、仰ってましたっけ? 契約書には、書いてませんけど…」(施主の言い分を疑う)

4、顧客のクレームに対して、何も返事をしなくなったり 、(回避)

5、「じゃあ、私は、もうこの仕事から降ろさせていただきます!」と怒って逆上したりしていた。 (攻撃) 


アニータとカウンセラーと話し合って、何度もシミュレーションした。

そして、次のようなやり取りにたどり着いた。


施主(カウンセラー):
  「アニータさん、ひどいじゃないですか! こんなタイルの貼り方! あなた、監督   でしょう。一体、どういう事ですか?!」

アニータ:大変失礼いたしました。お客様のご立腹は尤もです。職人には、私の方で言っ     て聞かせます。」

施主:「あなたがぼんやりしていたから、こんな事になるんです。」

アニータ:「申し訳ないですが、私も四六時中現場で見張っている訳にはいかないんで      す。でも、これからは、毎日現場へ立ち寄るという事を、固くお約束いたしま     す。

     工事は、明日にでも、早速、やり直しをさせます。」

カウンセラー:「それなりの金額を支払うのですからね。今後、こういう事があったら、       契約そのものを白紙に戻させていただきますよ。」

アニータ:「本当に申し訳ございません。このようなミスが起きてしまって、心からお詫     び申し上げます。今後のやり直しについては、私が全責任をもちますので、ど     うか、信用して下さい。」


1週間に1度の割合で、色々な状況を設定して、シミュレーションしてみる事を繰り返していると、アニータは次第に落ち着いてきた。
                            (引用終わり)


私がこういう例を挙げたのは、「アニータはカウンセラーの助言によって、次第に落ち着いていった」(その後のアニータは、<社会能力>がぐんと高まり、自己主張をうまくできるようになっていった。建築の仕事の話も舞い込んで来るようになった、ということである)、という事実がある。

ならばこれを、国際関係などに応用すれば、戦争を回避できたり… するんじゃないか、と思ったからです。


まずは、事実を認めることから。(1、~5、のような対応の仕方をしていた、とか)


出来るのが当たり前、じゃ、ない!