「解雇」
労働者が人間扱いされない状況が、どんどん進んで行っているようです。『ルポ解雇ーーこの国でいま起きていること』 (島本慈子著、岩波新書)に、こんな例が出ています。
〔もの言うパートへの凌辱〕
花や木を売るお店に、みどりさんは(仮名)1年契約のパートで勤め始めました。
4年働いて、みどりさんは、
「仕事は本当に楽しかった」
「元々植物が好き。これは私の天職だと思いました。売り場をレイアウトして、お掃除をして、水遣りをして。お客様に「ここへ来ると探していたものがある」とか言っていただいた時にはとても嬉しかった。」と言っています。
ところが会社から「解雇通知」を渡されてしまったのです。
理由は、「会社の方針に反対したリ、業務上の指示を無視したり、あるいは、これらの行動に他のパート職員を扇動する、等の行為が、反復・継続して見られる」というもの。
確かに、みどりさんより1年後に入社してきた支配人とは、うまくいかなかった。
・畑違いな所からやってきた支配人の支持は、的外れな事が多かった。
・販売スタッフは皆、支配人とうまくいかなかった。
・みどりさんは仕事について活発に意見は言ったが、それが悪い事だとは思わなかった。
解雇理由の一つ、「一方的な賃下げ通告に怒りをあらわした」
これは具体的には、こういう事でした。
「その日、私(=みどりさんと同じチーフだったA氏(男性))とみどりさんの二人は、支配人に呼ばれて会議室に行きました。事前に用件は知らされておらず、行くと、会社が苦しいというような一般的な話があった後で、来月からチーフ手当てを半額にすると言われました。
私たちはそれまで、そもそもチーフ手当てが給料のうちのいくらかも知らなかったのですが、その時聞いて初めてそれまでの給料のうちチーフ手当てが170円あり、結局時給が80円も下がるという事が分かりました。
私が「時給が上がらないというなら分かりますが、理由もなしに下げると言われても、納得できません。自分たちの何が足りなかったのでしょうか? 理由を聞かせてもらって、今後どうなれば給料が戻るのか教えてください。」と言いました。しかし支配人が黙っているので、私が「下げるというのは、もう決まった事ですか」と聞くと、「そうです」という返事でした。それを聞いたみどりさんが、「それなら何を言っても無駄なので、もう帰ります」、と言って立ち上がり、私も同じように「帰ります」と言って一緒に部屋を出ました。」
この経緯を会社側は、
「チーフ手当ての話になった途端、原告は、「そんな話やったら聞きたくないですわ!
辞めさせてもらいますわ! 帰ろ! 帰ろ!」と言い、別のチーフが話を聞いているのを、「帰ろ! 帰ろ! 何ゴチャゴチャ言うてるの! 帰る言うてるやろ!」と扇動し、話の途中で退席してしまった。このため支配人は事前説明が中途で出来なくなり、所期の目的達成を原告によって阻害された」、と書いています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はこれを読んで、「労働者側 対 支配者側」というよりも、この場合は、「人間関係のあり方(が問題)」なのではないか、と思いました。
畑違いなところから来た支配人の指示に的外れな事があるのは(いつもいつもだと困ると思いますが)、まあそうかも、と思います。
・「皆、支配人とうまくいかなかった」と書いてあります。
誰一人ともうまく行かない(=皆から反対される)というのは、キツイだろうな、と思います。
・「みどりさんは仕事について活発に意見は言ったが、…」と書いてあります。
「活発に意見を言」われると、支配人は、(自分の顔をつぶされた )というふうに感じたのではないかな、と思います。
「正しいか、正しくないか」のモノサシで測れば、みどりさんの方が正しいと思います。けれど、私自身、仕事(社会参加)が出来なくて、それでもって、「ダメダメ」と言われる(見られる)のは、((本当に)嫌だ)とずっと思っていました。だから私だったら、
(的外れであっても、こっちの気持ちも分かってくれても良いのに)とか、
(一人ぐらい分かってくれる人がいても良かろうに)とか、
(活発に意見を言いおって… いつか見ていろ、ギャフンと言わせてやる!)
というふうに思ったのではないかな、と思います。
「正しい事」が主人公になっていると思います。それがいけない、と思います。
「人間」が主人公になっていれば良いのに、と思います。
的外れな事を言われても、「来た(来られた)ばっかりだから」という事で、「支配人、それはいけません」とあからさまに言うより(と、私は想像しました)、「こういうやり方もありますよ」とか、「この木はそんなに水をやらなくても大丈夫ですよ」など、できるだけ、やんわりとした言い方もしてみたらどうだっただろう、と思いました。
ホント、「正しくないのは(出来ないのは)ダメ!」というのは止めてくれ、と言いたいです。
労働者が人間扱いされない状況が、どんどん進んで行っているようです。『ルポ解雇ーーこの国でいま起きていること』 (島本慈子著、岩波新書)に、こんな例が出ています。
〔もの言うパートへの凌辱〕
花や木を売るお店に、みどりさんは(仮名)1年契約のパートで勤め始めました。
4年働いて、みどりさんは、
「仕事は本当に楽しかった」
「元々植物が好き。これは私の天職だと思いました。売り場をレイアウトして、お掃除をして、水遣りをして。お客様に「ここへ来ると探していたものがある」とか言っていただいた時にはとても嬉しかった。」と言っています。
ところが会社から「解雇通知」を渡されてしまったのです。
理由は、「会社の方針に反対したリ、業務上の指示を無視したり、あるいは、これらの行動に他のパート職員を扇動する、等の行為が、反復・継続して見られる」というもの。
確かに、みどりさんより1年後に入社してきた支配人とは、うまくいかなかった。
・畑違いな所からやってきた支配人の支持は、的外れな事が多かった。
・販売スタッフは皆、支配人とうまくいかなかった。
・みどりさんは仕事について活発に意見は言ったが、それが悪い事だとは思わなかった。
解雇理由の一つ、「一方的な賃下げ通告に怒りをあらわした」
これは具体的には、こういう事でした。
「その日、私(=みどりさんと同じチーフだったA氏(男性))とみどりさんの二人は、支配人に呼ばれて会議室に行きました。事前に用件は知らされておらず、行くと、会社が苦しいというような一般的な話があった後で、来月からチーフ手当てを半額にすると言われました。
私たちはそれまで、そもそもチーフ手当てが給料のうちのいくらかも知らなかったのですが、その時聞いて初めてそれまでの給料のうちチーフ手当てが170円あり、結局時給が80円も下がるという事が分かりました。
私が「時給が上がらないというなら分かりますが、理由もなしに下げると言われても、納得できません。自分たちの何が足りなかったのでしょうか? 理由を聞かせてもらって、今後どうなれば給料が戻るのか教えてください。」と言いました。しかし支配人が黙っているので、私が「下げるというのは、もう決まった事ですか」と聞くと、「そうです」という返事でした。それを聞いたみどりさんが、「それなら何を言っても無駄なので、もう帰ります」、と言って立ち上がり、私も同じように「帰ります」と言って一緒に部屋を出ました。」
この経緯を会社側は、
「チーフ手当ての話になった途端、原告は、「そんな話やったら聞きたくないですわ!
辞めさせてもらいますわ! 帰ろ! 帰ろ!」と言い、別のチーフが話を聞いているのを、「帰ろ! 帰ろ! 何ゴチャゴチャ言うてるの! 帰る言うてるやろ!」と扇動し、話の途中で退席してしまった。このため支配人は事前説明が中途で出来なくなり、所期の目的達成を原告によって阻害された」、と書いています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はこれを読んで、「労働者側 対 支配者側」というよりも、この場合は、「人間関係のあり方(が問題)」なのではないか、と思いました。
畑違いなところから来た支配人の指示に的外れな事があるのは(いつもいつもだと困ると思いますが)、まあそうかも、と思います。
・「皆、支配人とうまくいかなかった」と書いてあります。
誰一人ともうまく行かない(=皆から反対される)というのは、キツイだろうな、と思います。
・「みどりさんは仕事について活発に意見は言ったが、…」と書いてあります。
「活発に意見を言」われると、支配人は、(自分の顔をつぶされた )というふうに感じたのではないかな、と思います。
「正しいか、正しくないか」のモノサシで測れば、みどりさんの方が正しいと思います。けれど、私自身、仕事(社会参加)が出来なくて、それでもって、「ダメダメ」と言われる(見られる)のは、((本当に)嫌だ)とずっと思っていました。だから私だったら、
(的外れであっても、こっちの気持ちも分かってくれても良いのに)とか、
(一人ぐらい分かってくれる人がいても良かろうに)とか、
(活発に意見を言いおって… いつか見ていろ、ギャフンと言わせてやる!)
というふうに思ったのではないかな、と思います。
「正しい事」が主人公になっていると思います。それがいけない、と思います。
「人間」が主人公になっていれば良いのに、と思います。
的外れな事を言われても、「来た(来られた)ばっかりだから」という事で、「支配人、それはいけません」とあからさまに言うより(と、私は想像しました)、「こういうやり方もありますよ」とか、「この木はそんなに水をやらなくても大丈夫ですよ」など、できるだけ、やんわりとした言い方もしてみたらどうだっただろう、と思いました。
ホント、「正しくないのは(出来ないのは)ダメ!」というのは止めてくれ、と言いたいです。