ホロコースト=ユダヤ人絶滅計画は、でっち上げだという人がいます。
1、ホロコースト(殺す)ではなくて、ユダヤ人をロシアに移住させる計画だった。
2、「ガス室」は無かった。ユダヤ人の多くは、ガス室で殺されたのではなく、病気(伝染病)で死んだのだ。
というのが主な理由だと思います。(「阿修羅」(http://www.asyura2.com/index.html)の「ホロコースト」の、西岡昌紀氏の記事をお読みください)
私は西岡氏の記事を読ませていただいて、理解できたつもりです。(ああ、なるほどな)と、納得できました。それでもやっぱりホロコースト(ユダヤ人絶滅計)はあったのだ、ガス室もあったのだ(無くても、あったのだ)と、私は信じます。
西岡氏の説明を読んでいきながら、(なるほど、なるほど)と納得できて… 私はアマノジャクなんでしょうか、納得できるほど、(じゃ、なんで、嘘をついてまで「ガス室」はあったと、でっち上げる(必要がある)わけ?)、と思いました。
私は1枚の絵を思い出しました。
ある小学校で、ギタリストの演奏会がありました。そのギタリストの演奏は素晴らしくて、子供たちは、演奏を観入って、聴き入っていました。
後日、先生が図工の時間だと思いますが、絵を描かせました。
ある男の子が描いた絵は、ギターを弾いている人の絵でした。あの演奏が、心に残っていたのでしょうね。
ところが、その子が描いた絵は、ギタリストの右手=弦をはじいている方の指が、異常に長く、大きく描かれていました。ならば、この絵は、悪いとか、価値が無い絵なのでしょうか?
そんなことは無いですよね。その子にとっては、弦をはじいているところが、きっととても心に残ったのでしょうね。
だから、指が長くなってしまったんでしょうね。
私は、「ホロコースト」も、この「ギタリストの絵」に似ているのではないかな、と思いました。
「ガス室はあった」とした方が、ユダヤ人の気持ちが正確に伝わるような気がします。
「正しい」とか「正しくない」を、問題にするならば、
それこそ、イエス・キリストのお生まれになった日=クリスマスは、12月25日ではないそうですよ。(本当は、11月だそうです)
「ルカによる福音書」では、「さて、この地に羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら、羊の群れを見守っていた」とあります。
12月ですよ、そんな寒い時期に、夜、羊を外に出しておくでしょうか。普通なら、囲いの中に入れますよね、夜ですよ。(と、ある人から指摘されました。(私は12/25だと信じていた))
救世主であるイエス・キリストの誕生日を、わざと嘘をつくなんて、許されることでしょうか?! と思ってしまいます。
クリスチャンの方は、どのように説明されるのでしょうか?
私は逆に、「ホロコーストは無かったのだ」とする人たちのほうが、悪意があって、わざと言っているんじゃないのと、思ってしまいます。
あのギタリストの絵を、’つまらない’と評価するようなものでしょう。それって…