~ニイ~ 二〇一三年八月 当初の入居可能期限日
部屋は、次第に、その場所で二年以上暮らした生活感が漂っているように、二人によって変えられてゆく。一年半前は炬燵だったものは、布団が取り除かれ、テーブルになっている。
妹、壁に設置してあるエアコンの前に立って、顔に涼しい空気をあてながら突っ立っている。
そこへ、姉が帰ってくる。
妹 あ~~~。
姉 ただいまぁ。…何やってんの?
妹 エアコンだと、扇風機みたいに声が震えたりしないんだね。
姉 あたりまえでしょう。
妹 …外、凄く熱の?エアコンの室外機が沢山あるからかな。
姉 全国的に暑いみたい。ここの仮設だけじゃないよ。
妹 そう。
姉 気楽なもんね。あんた、ここから出てないんだから、暑くないでしょう。
妹 暑い。この部屋から出たらとけちゃう。
姉 あんたはアイスか。
妹 こんなに冷やしているのに、玄関の方からむんむんの空気が来るもんね。
姉 あたりまえじゃない。でも、ここは私の職場から比べれば楽園よ。
妹 職場って、発掘現場。
姉 そう。
妹 こんなに暑いのに今日も外にいたの?
姉 そう。早く発掘を終わらせないと、フッコウジュウタク建てられないでし
ょう。
妹 大変ですねぇ。
姉 ホント、他人ごと何だから…。
妹 倒れる人とか居ないの?
姉 現場まわって、水分補給を促すとか、そんなことも私がしてるの。
妹 ご苦労さんです。
妹、立ったままで、エアコンの風を受けながら目を閉じている。
姉 仕事に行かなくて良いの?
妹 行きたくない。
姉 そりゃぁ、そうでしょう。あたしだって行きたくない。
妹 行かなきゃいいのに。
姉 そういうわけにもいかないでしょう。二人とも働かなくてどうやってご飯
を食べるの?
妹 どうにかなるんじゃない。
姉 どうにもなりません。これだけ発達した現代社会で、飢え死にする人もい
る。それが、今の日本なのよ。
妹 ふうん。
姉 どうせ、一日そうやってフラフラしてるんなら、仮設の中のおじいちゃん、
おばあちゃんの家を回って、ご機嫌伺いのボランティアでもしたら。
妹 大学生が来てるじゃない。
姉 去年までね。
妹 去年まで?
姉 もう、ここにはほとんど来ないよ。自治会長さんとか、『去年までは流しそ
うめんそうめん』とかやってくれたんだけど、リーダーになっていた子が、
就職したとかで、今年は来られないって、はがきをもらったそうよ。
妹 そりゃそうだ。他人のことより自分のことが大事だもん。
姉 代わりに、あんたが何かしてみたら…。
妹 人に会いたくない。
姉 仲間でもいれば何かできるんだけどね。
妹 みんな、仙台とか盛岡に出て行っちゃった。
姉 そうね。
妹 みんな知らない土地で無理に笑って暮らしてるのかな。
姉 営業スマイルも、慣れればどうってことないよ。
妹 無理な笑顔を作りたくない。
姉 そりゃぁ、そうだ。
妹 笑いたくもない。
姉 笑う相手がいなきゃね。
妹 だるい。
姉 …私も。…あんたといると、気が滅入るわ。
妹 ごめん。…消えるか…。
姉 そういうこと言ってるんじゃないの。言いすぎた。ごめん。
妹 こっちがごめんだよ。
姉 ごめん。
妹 …お互い気を遣いすぎだね。
姉 そうだね。姉妹なんだから、無理せずいこうよ。
妹 そうだね。
妹、相変わらず、エアコンの前に立ちっぱなしでいる。
妹 …今月中なんでしょう。
姉 何が。
妹 仮設にいられるの。
姉 そうでもないみたいよ、
妹 そうでもないってどういうこと?
姉 延長になったみたい。
妹 延長?
姉 そう、延長。
妹 何それ。
姉 コウエイジュウタクの建設が思うように行かないから、延ばしてくれるん
だって。
妹 何それ。
姉 ありがたいことでしょう。行く先が決まっていないにの、出ていけって言
うことは言わないでいてくれてるんだから。
妹 ただ先延ばしにしないで、早くコウエイジュウタクを作れっちゅうの。
姉 そんなこと言わない。
妹 だって。
姉 用地買収とか、予算のこととか、色々あるんだから。それと、私の仕事の
関係のことも…。
妹 また、何か出たの。
姉 まぁね。
妹 何が出たのよ。
姉 貝塚。
妹 なぁんだ、ゴミ捨て場か。
姉 貝塚は、その当時を知る貴重なタイムカプセルなのよ。
妹 不法投棄の現場も、後5000年後くらいには、貴重なタイムカプセルだ
なんて、言われるのかもね。
姉 不法投棄の現場と、貝塚を一緒にしないでよ。
妹 一緒です。ゴミ捨て場じゃないの。
姉 合法的に住民が指定して捨てた場所なんだから、不法投棄とは違うでしょ
う。縄文の人たちは、今の人たちのように、自分だけの利益のために、環
境を破壊する行為はしていません。
妹 そうですね。縄文人は素敵な人たちです。
姉 そうよ、現代人は縄文をちっとも理解していない。地球環境に優しい、究
極のエコな生活を何世代も実践したいたのよ。素晴らしいことじゃないの。
妹 姉ちゃんは、仕事の話になると暑くなる。
姉 だって、縄文人はすごいんだから…。
妹 姉ちゃんは、縄文人と結婚すればいいんだ。
姉 縄文人がここにいれば、迷わず結婚させていただきます。
妹 そうしたら、私を置いて出て行くの?
姉 あんたにも、縄文人のイケメンを紹介してあげる。
妹 あたしは、縄文というより弥生がいいなぁ。
姉 贅沢言わない。夏の盛りにエアコンの前から動かないような人をもらって
くれるんなら、縄文でも弥生でも文句は言わないの。
妹 へいへい。しかし、不毛な妄想だね。
姉 全く…。
妹 姉ちゃん…。
姉 何?
妹 アイス食べたい。
姉 は?
妹 ハーゲンダッツっては言わないから、ガリガリ君で良いから…。買ってき
て…。
姉 よし、アイス買いに行こう。
妹 え~っ。姉ちゃん買って来てよ。
姉 働かざる者食うべからず。一緒に行ってあげるから、あんたが買いなよ。
妹 え~っ。今日、せっかくの休みなのに…。
姉 コンビニじゃ無くて、でっかいスーパーができたから、そっちに行ってみ
よう。
妹 仕方ないなぁ。行くか。
姉はその気になった妹を押し出すように、二人で部屋から出て行く。
部屋は青い陰に包まれる。戻って来た二人はまた、炬燵掛け布団を設置したり、ミカンを持ってきたり、冬の装いに部屋を変えてゆく。
部屋は、次第に、その場所で二年以上暮らした生活感が漂っているように、二人によって変えられてゆく。一年半前は炬燵だったものは、布団が取り除かれ、テーブルになっている。
妹、壁に設置してあるエアコンの前に立って、顔に涼しい空気をあてながら突っ立っている。
そこへ、姉が帰ってくる。
妹 あ~~~。
姉 ただいまぁ。…何やってんの?
妹 エアコンだと、扇風機みたいに声が震えたりしないんだね。
姉 あたりまえでしょう。
妹 …外、凄く熱の?エアコンの室外機が沢山あるからかな。
姉 全国的に暑いみたい。ここの仮設だけじゃないよ。
妹 そう。
姉 気楽なもんね。あんた、ここから出てないんだから、暑くないでしょう。
妹 暑い。この部屋から出たらとけちゃう。
姉 あんたはアイスか。
妹 こんなに冷やしているのに、玄関の方からむんむんの空気が来るもんね。
姉 あたりまえじゃない。でも、ここは私の職場から比べれば楽園よ。
妹 職場って、発掘現場。
姉 そう。
妹 こんなに暑いのに今日も外にいたの?
姉 そう。早く発掘を終わらせないと、フッコウジュウタク建てられないでし
ょう。
妹 大変ですねぇ。
姉 ホント、他人ごと何だから…。
妹 倒れる人とか居ないの?
姉 現場まわって、水分補給を促すとか、そんなことも私がしてるの。
妹 ご苦労さんです。
妹、立ったままで、エアコンの風を受けながら目を閉じている。
姉 仕事に行かなくて良いの?
妹 行きたくない。
姉 そりゃぁ、そうでしょう。あたしだって行きたくない。
妹 行かなきゃいいのに。
姉 そういうわけにもいかないでしょう。二人とも働かなくてどうやってご飯
を食べるの?
妹 どうにかなるんじゃない。
姉 どうにもなりません。これだけ発達した現代社会で、飢え死にする人もい
る。それが、今の日本なのよ。
妹 ふうん。
姉 どうせ、一日そうやってフラフラしてるんなら、仮設の中のおじいちゃん、
おばあちゃんの家を回って、ご機嫌伺いのボランティアでもしたら。
妹 大学生が来てるじゃない。
姉 去年までね。
妹 去年まで?
姉 もう、ここにはほとんど来ないよ。自治会長さんとか、『去年までは流しそ
うめんそうめん』とかやってくれたんだけど、リーダーになっていた子が、
就職したとかで、今年は来られないって、はがきをもらったそうよ。
妹 そりゃそうだ。他人のことより自分のことが大事だもん。
姉 代わりに、あんたが何かしてみたら…。
妹 人に会いたくない。
姉 仲間でもいれば何かできるんだけどね。
妹 みんな、仙台とか盛岡に出て行っちゃった。
姉 そうね。
妹 みんな知らない土地で無理に笑って暮らしてるのかな。
姉 営業スマイルも、慣れればどうってことないよ。
妹 無理な笑顔を作りたくない。
姉 そりゃぁ、そうだ。
妹 笑いたくもない。
姉 笑う相手がいなきゃね。
妹 だるい。
姉 …私も。…あんたといると、気が滅入るわ。
妹 ごめん。…消えるか…。
姉 そういうこと言ってるんじゃないの。言いすぎた。ごめん。
妹 こっちがごめんだよ。
姉 ごめん。
妹 …お互い気を遣いすぎだね。
姉 そうだね。姉妹なんだから、無理せずいこうよ。
妹 そうだね。
妹、相変わらず、エアコンの前に立ちっぱなしでいる。
妹 …今月中なんでしょう。
姉 何が。
妹 仮設にいられるの。
姉 そうでもないみたいよ、
妹 そうでもないってどういうこと?
姉 延長になったみたい。
妹 延長?
姉 そう、延長。
妹 何それ。
姉 コウエイジュウタクの建設が思うように行かないから、延ばしてくれるん
だって。
妹 何それ。
姉 ありがたいことでしょう。行く先が決まっていないにの、出ていけって言
うことは言わないでいてくれてるんだから。
妹 ただ先延ばしにしないで、早くコウエイジュウタクを作れっちゅうの。
姉 そんなこと言わない。
妹 だって。
姉 用地買収とか、予算のこととか、色々あるんだから。それと、私の仕事の
関係のことも…。
妹 また、何か出たの。
姉 まぁね。
妹 何が出たのよ。
姉 貝塚。
妹 なぁんだ、ゴミ捨て場か。
姉 貝塚は、その当時を知る貴重なタイムカプセルなのよ。
妹 不法投棄の現場も、後5000年後くらいには、貴重なタイムカプセルだ
なんて、言われるのかもね。
姉 不法投棄の現場と、貝塚を一緒にしないでよ。
妹 一緒です。ゴミ捨て場じゃないの。
姉 合法的に住民が指定して捨てた場所なんだから、不法投棄とは違うでしょ
う。縄文の人たちは、今の人たちのように、自分だけの利益のために、環
境を破壊する行為はしていません。
妹 そうですね。縄文人は素敵な人たちです。
姉 そうよ、現代人は縄文をちっとも理解していない。地球環境に優しい、究
極のエコな生活を何世代も実践したいたのよ。素晴らしいことじゃないの。
妹 姉ちゃんは、仕事の話になると暑くなる。
姉 だって、縄文人はすごいんだから…。
妹 姉ちゃんは、縄文人と結婚すればいいんだ。
姉 縄文人がここにいれば、迷わず結婚させていただきます。
妹 そうしたら、私を置いて出て行くの?
姉 あんたにも、縄文人のイケメンを紹介してあげる。
妹 あたしは、縄文というより弥生がいいなぁ。
姉 贅沢言わない。夏の盛りにエアコンの前から動かないような人をもらって
くれるんなら、縄文でも弥生でも文句は言わないの。
妹 へいへい。しかし、不毛な妄想だね。
姉 全く…。
妹 姉ちゃん…。
姉 何?
妹 アイス食べたい。
姉 は?
妹 ハーゲンダッツっては言わないから、ガリガリ君で良いから…。買ってき
て…。
姉 よし、アイス買いに行こう。
妹 え~っ。姉ちゃん買って来てよ。
姉 働かざる者食うべからず。一緒に行ってあげるから、あんたが買いなよ。
妹 え~っ。今日、せっかくの休みなのに…。
姉 コンビニじゃ無くて、でっかいスーパーができたから、そっちに行ってみ
よう。
妹 仕方ないなぁ。行くか。
姉はその気になった妹を押し出すように、二人で部屋から出て行く。
部屋は青い陰に包まれる。戻って来た二人はまた、炬燵掛け布団を設置したり、ミカンを持ってきたり、冬の装いに部屋を変えてゆく。