第弐景 村下 炭坂 炭焚
そのたたら場に向かうべく、一人の男が雪の中を、蓑をまとい笠を目深にかぶって、足早にやってくる。男は、たたら場の傍に来ると、蓑を脱ぎ、蓑にかかっている雪を払い落す。
作右ェ門 今年の雪は、重いすけ、体にこたえるなぁ。
作右ェ門が現れたことを知った善太は、作業を止め、作右ェ門の傍に近づこうとする。
作右ェ門 あぁ、気をつかわなくて、ええ。今は大事なところだすけ、仕事に 専念してけで。
伊之助 大丈夫です。今、休むところだすけ。
伊之助の言葉に善太もホッとして、作右ェ門の傍に近づく。
善太 作右ェ門さんも、もう年だすけ、こんな雪ん中わざわざ来なくったって…。
作右ェ門 そういうわけにもいかねえんだ。
作右ェ門、蓑を脱ぎながら、話し出す。
伊之助 作右ェ門さん、最近はどうですか。
作右ェ門 何のことだ。
伊之助 鉄は売れそうすか。
作右ェ門 さっぱりだ。黒船が来てから、どんどん、鉄砲だの異国のものが入ってきて、日本の砂鉄で作った刀なんかは、全く売れなくなってきた。
善太 刀とかが売れねぇば、この村もやっていけなくなる。
作右ェ門 その通りだ。
伊之助 作右ェ門さん。改まっての話しっつうのは、何なのす。そのことと、関係あんのすか。
作右ェ門 まぁな。
作右ェ門、小声で二人に耳打ちをする。
作右ェ門 お前だち、炭坂と炭焚の、職人頭の二人だから、先に話をしようと思ってな。
善太 良い話すか。
作右ェ門 良い話…かもしれねぇ。
伊之助 かもしれねぇ。
作右ェ門 魔物のような話かもしれねぇ。
善太 そう、もったいつけなくていいから、早く話してけで。
作右ェ門 明日、一人の男がここに来る。
善太 男?。
伊之助 それがどおした。
作右ェ門 その男は、ある取引をしに来る。
善太 取引ねぇ。
伊之助 その取引がうまくいくと、どうなるんだ。儲かるのか。
作右ェ門 儲かるっちゃ儲かるが、それは日本国がということだ。
善太 この村は儲かるのか。
作右ェ門 いや。
善太 だったら、どうなるんだ。
作右ェ門 この村がひっくり返る。
善太 村がひっくり返るたぁ、そりゃぁたまげた。
伊之助 そんな男、首寝っことっ捕まえで、山から投げでやれ。
作右ェ門 それが、伊之助、善太。お前たちにとっては悪い話ではないかもしれねぇ。
善太 どういうことす。
伊之助 おらにとって良い話が、村を潰すことなんて。そんな話はあり得ねぇ。
作右ェ門 いや。