ホリスティックヒーリング宙『心の扉を叩いてみたらきっと何かが見えるはず聴こえるはず』

ホリスティックヒーリング宙(sora)のヒーラー&臨床心理カウンセラー株本のぶこが心・心と身体について綴っています

羨望の思い08'

2008-01-29 10:49:56 | 心・身体・癒し

先日学院から届いたメールを、昨日改めて読み返してみた。

気がつけば、今年に入って在校生、卒業生を対象に、以前にはなかった企画がたくさん行われるようになっている。

そんななか、私が注目したのが名古屋校での取り組みだった。

大高先生が名古屋に駐在となってから始まった、カウンセリングの研究会である。
その内容テーマにボディフォーカスト・アプローチ(BFA)の視点からというものが盛り込まれているのを見つけたのである。

これには少々ショックだった。
なぜなら、今まで何度となくワークショップに参加してきたが、こうしたかたちでの取り組みは行われてこなかったのだ。

ワークショップは数ヶ月に一度の割合。
三回シリーズでも、月に一度か数週間に一度の割合で行われる。
しかも三回シリーズは年に一度か二度の実施である。

名古屋校のような、こうした二週間に一度の取り組み、継続しての研究会形式を、先生が東京校にいたときにあったなら、もっと自分の身に取り入れられたのではないかと思う。

たしかにワークショップでの5時間のレクチャーは密度が濃く、内容も充実していて、とても勉強になるが、継続していないだけにどれだけ自分の身には一致得るかが掴みづらい。
ワークショップと並行して、一定期間の継続したレクチャーが受けられたなら、更に実践力は身に付くはずだと思うのだが・・・

本当は、名古屋まで二週間に一度、しかも夜の研究会に参加したいとの気持ちはあるが、現実には不可能。
残念でならない。

そういう点で、正直、名古屋校での研究会に参加できる人たちが羨ましい。
きっとこれからたくさんのものを得ていくのだろう。

 

ホリスティックカウンセリング『宙』(sora) http://www.kokoro-sora.com

ブログ『心の扉を叩いてみたらきっと何かが見えるはず聴こえるはず』

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ブログ『珈琲ぶれいく』 http://blog.goo.ne.jp/kokoro-iyasi-sora

ブログ『ボディフォーカスト・アプローチ』 http://blog.goo.ne.jp/kokoro-sora-karada

元気読本WEB 身体と心の不思議な関係』

http://www.genki-book.jp/columns/mental/-22-005534.php

日本カウンセラー学院ブログ 『講師のひとりごと』

http://www.therapy.jp/messages.shtml
 

 


傷を舐め合うのではなく

2008-01-23 15:22:38 | 心・身体・癒し

 『茶話会&セルフワーク(BFA的)ミニ体験会』

  ☆ 場所:ホリスティックカウンセリング『宙』   サンシャイン60 45階 
    http://www.kokoro-sora.com/

      ☆2010年1月18日(月) 13時半~15時半  

  ☆参加費 1,000円 当日払い (飲み物・お菓子付き お菓子の持参大歓迎!)
☆人数:5名前後(先着順) 皆さまお誘い合わせの上、お気軽にご連絡下さい!

 

心理カウンセリングと言っても実はさまざまなジャンルがあり、それぞれ専門に援助活動を行っているカウンセラーが存在する。

 医療で言えば病理をはじめとしてトラウマやアダルトチルドレンなど。
教育の分野では引きこもり、登校拒否といったもの。
さらに介護、看護の分野では病気と向き合っている患者さんやそれを見守る家族、また「欝」の方を支えているパートナーや家族など範囲は多岐に及ぶ。

そんななか、最近よく目にする言葉に「グリーフ」というのがある。「グリーフ」というのは日本語で「強い悲しみ」という意味。つまり喪失体験のことだが、やっと日本でも誕生から死までをきちんと見つめよう、大切な人との別れをしっかりと受け止め、新たな人生を歩もうとする人たちへのサポートをしようという意識が生まれてきている。そのひとつの表れがグリーフカウンセリングなのである。

 個人による専門の援助活動は勿論のこと、数年前からは某大学病院で「遺族ケア外来」と呼ばれるものが開設されるなど、その認知度は確実に高まっているように思う。そして、こにグリーフカウンセリングや病気と向き合っているひとやその家族などのメンタルケアに一役買っているのがエンカウンターグループの集まりであり、グループカウンセリングと言われるもの。

エンカウンターグループやグループカウンセリングにもいろいろあって、さまざまな職業、経歴、立場のひとが集まり、それぞれ胸に抱える思いを話す場というのもあれば、例えば家族やパートナー、大事な人を亡くした人たちが集まり、胸のうちを吐露する場としての役割を果たしているところもある。

そんななか、特にカウンセリング的効果があると言われているのが、同じ境遇の人たちが集まってのエンカウンター、グループカウンセリングだ。 ところが先日、カウンセリングを事業として展開している会社でカウンセラーとして活動している友人から、思いもかけない話を聞いた。
彼女の職場のカウンセラーのたちが、グループカウンセリングの場やそれに参加する人を称して「傷を舐め合っている」と言ったというのだ。 最初その話を聞いたとき、私は自分の耳を疑った。カウンセラーがそういう言葉を口にすること自体信じられないことである。しかしそれは紛れもない事実であった。

自分のなかでフツフツと怒りと憤りが湧いてくるのが分かった。と同時にそういう言葉を発するカウンセラーとは本当の意味で「悲しみ」を理解しない人であることが容易に想像できた。おそらく今までの人生において、本当の「悲しみ」というものを知らないできたのだと思った。

ひとは大きな悲しみに遭遇すると、自分だけが体験していることと思いがちだ。自分ひとりが今、この悲しみと向き合い耐えている。誰も自分の苦しみやつらさ、悲しみなど理解できるはずがない。
誰ひとりとして今の自分を分かってくれる人などいないと思い込み、一層の孤独感を募らせる。 しかし、現実はそうではない。誰もが悲しみや苦しみ、辛さに遭遇しそれに耐えながら生きているのである。そしてその事実を知った時、孤独感に苛まれてきたひとの心にひと筋の光明が射しはじめる。
今、この苦しみや悲しみを味わっているのは自分だけではない、他にも多くの人が自分と同じように苦しみや悲しみに身を引きちぎられる思いをしながら生きている、生きてきたということに気づくいたとき、ひとは再生への道を歩み始めるのだ。

 その道標となるのが、エンカウンターでありグループカウンセリングなのである。自分と同じように苦しみや悲しみを体験した話に耳を傾け、自分も語るという場と時間を持つことがどれほど今、その渦中に留まっているひとの心を癒し励ましてくれるかわからない。さらにそこからの道のりを聞き現在を知ることが、どれほど自らの快復そして明日への力になるかわからない。決して傷を舐め合うような関係、場ではないのだ。そうした自己快復の切っ掛けを生み出してくれる、与えてくるのがエンカウンター、グループカウンセリングなのである。

それだけにカウンセラーという立場の人間が、エンカウンター、グループカウンセリングに対して「傷を舐めあう場、存在」であるという認識しか持ち合わせてないのだとしたら、それはとても残念なことと言うよりほかない。悲しみや苦しみ、つらさを乾いた感覚、安易に捉え、扱っていては人の心に寄り添っていくことは難しい。

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ある精神科医の言葉

2008-01-14 15:23:40 | 心・身体・癒し

 『茶話会&セルフワーク(BFA的)ミニ体験会』

  ☆ 場所:ホリスティックカウンセリング『宙』   サンシャイン60 45階 
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      ☆2010年1月18日(月) 13時半~15時半  

  ☆参加費 1,000円 当日払い (飲み物・お菓子付き お菓子の持参大歓迎!)
☆人数:5名前後(先着順) 皆さまお誘い合わせの上、お気軽にご連絡下さい!

 

以前、作家の宮本輝氏が書いたエッセイ集を読んだ。

宮本輝といえば「泥の河」「蛍川」「道頓堀川」の川三部作や「優駿」などを書いた芥川賞作家である。

今回エッセイを読んで知ったのだが、彼もまた二十代の終わりに不安神経症という病気になったことがあるという。 書かれた内容から想像するに、パニック障害にも通じる症状を起こしていたようで電車に乗っていて急に呼吸困難に襲われたり、介添えがないと道を歩けなかったりした時期があるそうだ。

そんな彼がある女性の精神科医と対談した時のことがエッセイに書かれていた。
高山直子さんというそのひとは、(このエッセイ本が出版された当時)関西で臨床医として活躍されていたそうで、対談のなかでも豊富な体験とその人柄に裏打ちされた話は宮本さんに感銘をもたらすほどだったとか。 その高山さんに宮本さんは次のような質問をしたという。
「どうすれば益々増えつつある心の病をなくすことができるでしょう」する高山さんは即座にこう答えたそうである。
「人々が、やさしくなればいいのです」 この一節を呼んだ私は「やはりそうだったのか」と思わず膝を打った。
心理カウンセラーの勉強を始めてから今日まで、ずっと私は心の病が急増した今の状況の背景に「ひとがやさしくなくなった」ことがあるのではないかと感じていたのだ。 今まで何となくモヤモヤとしていたものが、この文章を読んで腑に落ちた。

そうなのだ、異常ともいえる「うつ」を罹患する人の急増やそれに関連して数年間も続いている、年間三万人以上にも及ぶ自殺者の数。
さらに通常は女性が男性の二倍というのが医学的な常識だった「うつ」を発症する比率が、昨年とうとう二・五倍の比率で逆転したという調査結果。それら諸々の背景にあるのは、やはり「やさしさをなくした社会」であるということだろう。

 今まで医学的な常識だった「うつ」の男女間発生利率は、おそらく内因的「うつ」をベースに統計が取られていたのではないかと思われる。だが今は、ほとんどが心因性の「うつ」なのだそうだ。その発症の主な原因はストレスによるものだとか。そうしたことを知れば知るほど、男性が女性の二・五倍になったことも頷ける。

先日も触れたがカウンセリングにも色々なジャンルがあって、コーチングというのもその範疇にあり、いかに自分の能力を今まで以上に発揮するか、企業の一員としてレベルアップを図っていくかを追求するツールとしてカウンセラーを登用する団体や個人はたくさんある。 そうした場で活躍しているカウンセラーのなかには、競争社会にあって常に攻めの姿勢で前向きに生きようとしているクライエントと接することがカウンセラー自身の向上をももたらす。それを視野に入れた上でクライエントとの関係性を求めていくことが自分が志向するカウンセリングの姿であると話すひとがいる。

 自然淘汰もやむを得ず、それが競争社会であり現実であり勝ち抜いてこその人生であると…そこにあるものは「やさしさ」とは言い難い。
「強さ」であり「逞しさ」だ。 もちろんこれはあくまで私が接したカウンセラーの考え方であって、すべてのカウンセラーに当てはまるわけではないし、それもひとつの考え方だとは思う。

しかし、私が考えるカウンセリングはある意味正反対、真逆をいくものに間違いない。
強いことだけが意味や価値があるのではなく、弱いもののなかにもにもちゃんと意味や価値があることを、その弱さのなかにクライエント自身が気づいていない力やエネルギーがあることを少しずつ気づいてもらうような援助。
そしてカウンセラーのお陰ではなく、自分がこの道を切り拓いたのだと思えるような援助こそがカウンセリングなのではないかと思うのである。

そして今、わたしは「クライエントがいつしかカウンセラーと関わったことを忘れてしまうそんな存在になること」が理想の姿のような気がしている。

 

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ひとりひとりの時間08'

2008-01-13 10:50:16 | 心・身体・癒し

またひとつ年齢を重ねることができた。

自分が生まれたときはどんな日だったのだろう。
どんな時代で、どんな社会だったのだろう。
どんな事件や出来事があったのだろう。
そして、今日までの数十年間。
この日に何が起こってきたのだろう。
そんなことを考えた。

いつの頃か、誕生日を迎えることに対して以前ほどの感慨を憶えなくなっていた。
しかし、両親が老いの年齢となり、持病をいくつも抱えるようになって、しかも必ずしも楽観できない状況になって、必ずしも来年また、誕生日を迎えられるとは限らないのだと知らされたときから、再びこの日がとても大切な日であると感じるようになった。

特に今年は私にとって、いろいろな出来事が起こった年だった。
春に学院講師でBFAの創始者の先生が、突然、名古屋に駐在となり、もしかしたらこれからは教育分析を受けられなくなるのではと不安な思いに駆られたのを皮切りに、自分の内面を見つめなおすことが起こったり、大きな気づきがあった。

その気づきがきっかけとなり、夏には名古屋まで、『ボディフォーカスト・アプローチのワークショップ・三回シリーズ』に月に一回通うという、思い切った行動をとって、周囲を驚かせた。

そして、去年の春に入学した通信短大のカリキュラムをすべて終了したことは、自分にとってやはり特筆すべき出来事だったと思う。
これで自分のなかにあった、大学へのある種のこだわりが解消できたのと同時に、改めて自分が何を求めているのかを確認できる切っ掛けになったことは、大きい意味があったと思う。

さらには今月の十九日に初めてのBFAのワークショップを開くことも、大きな出来事。
ずっと「いつかはワークショップをしたい」と心のなかで思い続けていたことだっただけに、こういう形でスタートを切れること、実現することは、私にとってはこのうえない幸運だと思っている。


そして、今、まさに現在進行形なのが本を書くということ。
本当は、九月末に脱稿予定だったのだが、書き込みが足りなくて延びてしまった。
しかし、自分の性格としては中途半端な状態で、見切り発車的なことはしたくないので、納得のいくまでじっくりと思っている。


学院を卒業して、すぐにカウンセラーとして活動したひと、一年後に活動をはじめたひと、二年後に始めたひと。なかには学院に在学中に活動を始めたひともいる。

正直焦った時期もあった。
しかし結果として、私が活動するときは学院を卒業してすぐでも、一年後、二年後ましてや在学中でもなく、今からだったのだなと思う。


そして、それが私のタイミングのときだったのだとも・・・。


今、思うことは、時間というものはそのひとにあったペースで進んでいくということだ。1年は365日。1日は24時間、1時間は60分、そして1分は60秒と時間は決まっていて、誰にも平等だ。

しかし、別の視点からみると、そのひと、そのひとによって、それぞれの時間のスピードやペースといったものは異なるのかもしれない。


そして、それが個人個人、何かをするのに必要な時間も違うということに結びつくように思う。


結果的に、私はあるひとつのことを始めたり、結果を出すのに二年半という時間が必要だったのだろう。


それが、実は他人と比べないということの重要な要素のような気がする。
みんなそれぞれ異なった速さの時計を持って生きているのだと思う。


だから焦らずにそのときを待つ、そのときがくるまで準備をしておくことが大事なのではないだろうか。


今年は自分にとっては、きっと忘れられない年になるだろう。

 

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カウンセリングというもの08'

2008-01-04 09:36:41 | 心・身体・癒し
学院で心理カウンセリングを学んでから、かれこれ三年近くが過ぎようとしている。
学んでいたときは勿論のこと卒業してからも学びは終わらず、今もセミナーやワークショップ、仲間同士の勉強会など少しでもカウンセリングのスキルアップを目指す日々を送っている。
それは私のみならず仲間のひとたちみんながしていること。
おそらく心理カウンセリングという世界、仕事から退かない限り延々と続くことだろう。

こうした日々のなか、時々思ったり考えたりするのは、果たして本物のカウンセリングというのはどういったものなのかということだ。
学院講師であるO先生はそれをメゾットテクニックと称しているが、実際のところ具体的なことはまだ聞いていない。
いつも聞いてみたい、聞いてみたいと思いつつ今日まで延び延びにしているのだが、反面それは自分で見つけなければならないものなのかもしれないという思いもあるというのが正直なところである。

年が明けてまだ間もないが、実は 昨年の暮れカウンセリングとはどういうものなのか、本物のカウンセリングとはいったいどういうものを指すのかということを真剣に考える出来事があった。

それは暮れも押し迫った二十五日、クリスマスの朝のことだった。
一通のメールが届いた。
知り合いのAさんからであった。
彼女は現在、ある専門分野の学校に通学している。
今年二年目にあたることから実習が始まり、十一月のメールには並々ならぬ意気込みが綴られていた。

ただ、ちょっと気がかりなのが彼女の体調。
あまり丈夫とは言えない上に、繊細な神経をもつことからとても傷つきやすい面を持ち合わせていることから、今までもなにかと不安を訴えてきていた。
今回も例によって、繊細さが不安を助長。
実習が始まる前から眠れないとのメールが来ていた。

やがてその気がかりが現実のものとなった。
実習先での指導官が厳しく彼女を叱責する日が続き、すっかり自信をなくしてしまったという。
自信をなくしただけならいいが、そのせいで今通っている学校まで行きたくなくなった、辞めたいと訴えてきたのである。

直接会えるのならゆっくり話も聴ける。
すべてを吐き出した上で「今、どうしたいのか」「どうなることがベストなのか」を考えてもらうことも可能だ。
しかし、残念なことに様々な条件から彼女とはメールでのやり取りのみ。
しかも私が出したメールにすぐ返信してくれる確証もない。回数を重ねてのやり取りを想定してのメールは到底送れない。
さすがの私も制限だらけのなかでの緊迫した状況に「これはどうしたものか…」困惑した。

こうした場合、面接での基本であるクライエントに対して「それであなたはこの状況をどうしたいか」などという質問は愚に等しい。
何故ならすでに彼女は「学校に行きたくない」を通り越して「辞めたい」と言っているのだ。
心の振り子は大きく辞めるに傾いている。
下手をすると私のひと言で「辞めます」「辞めました」になりかねない。
ここは慎重にしなくてはいけない。
そしてもうひとつ大切なことは、今だけではなくこれからの彼女のことを考える必要性だ。
直接的なアドバイスはこれからのことを思うと極力控えなければならない。

そこで思い出したのが以前もらった彼女からのメールだった。
実習は上手くいっていないというが、学校での成績は至極優秀なのである。
体調不良による欠席や遅刻で総合的にはまあまあの成績だったとはいえ、実力はある。
が、今、彼女の心のなかはできないことに占領されて出来ることまで見えなくなっている状態に…

私はまずそこに照準を当てることにした。
出来ないことと出来ていることを整理して、出来ないことだけに焦点を当てることにしたのである。
その出来ないことのなかで何かできることはないのか、出来るとしたら一体何が可能か。
そこを考えてみては?とヒントを提示したのだった。

もうひとつ、彼女のメールに書かれていたある言葉に私は引っかかるものを感じた。
「やっぱり…」「思ったとおり」という表現で体調が悪化することをまるで予想しているかのような書きぶりだったのである。

これは交流分析のなかにも出てくるのだが、人は過去の体験によって無意識に「自分は失敗するのが当然、成功するはずがない」と刷り込まれ、いつしか「失敗するのが自分らしいのだ」との思い込みから、逆に失敗すると安心してしまう性格が形成される場合がある。
彼女のなかにもその傾向があることを感じたことから、負の自己暗示を掛けている印象があることを伝えたのだった。

そして二十五日のクリスマス。
彼女から数週間ぶりにメールが来た。
それが先に記した「どうにか乗り越えました」だったのである。

実は彼女を救い学校に留まらせたのは他でもない、級友だった。
限界を感じた彼女が思い余って級友に相談したのである。
級友が親身になって彼女の苦しみを受け止め、励ましてくれたお陰で実習を乗り越え学校に留まることを決意させたのだ。

私が感動したのは、彼女が友人に相談したことだった。
今までに数え切れない試練を体験した彼女はひどい人間不信に陥り、人間関係を築くことが困難となり、ずっと生きづらさを感じ続けていた。
その彼女が自ら友人に思いを打ち明けそして救われた。
同じ辛さや苦しみを共有できる仲間とのふれあいや励ましあいがどれほど心を癒し、支えてくれるか。
それを彼女は今回初めて経験したのだ。そのことが嬉しかった。
そしてそのことは、今後の彼女の人生にとってとても大きな意味を持つことに他ならない。

今まで私はできるだけアドバイスしない方法でのカウンセリングを指向していた。
しかしその深い意味をしっかりと理解していたとは言いがたい。
私自身が教育分析を受けながら実感した、自らの洞察によって問題が解消していくその解放感や快感のようなものが裏づけだったように思う。

しかし、今回のAさんへの対応と結果によって初めてロジャーズ的(非指示的)カウンセリングが持つ意味、価値をカウンセラーの立場として実感できたような気がする。

「今、ここ」で、ある問題を抱えているクライエントと接するとき、カウンセラーが求められるのはその問題に向き合うクライエントに寄り添い援助することにある。
しかし、同時に求められるのはその先にあるクライエントの姿をも思い描くことではないだろうか。
確かに的確な助言、アドバイスによってクライエントは良くなっていくかもしれない。
が、同時に起こりうるのは自らの解決力を発揮しなかったことによって同じ症状、問題が生じたとき、再び援助やアドバイスが必要となってくることだ。
そのことがひいては「依存」になりかねない危うさを孕んでいることをカウンセラーは自覚しておかなくてはいけないだろう。
そしてそれを極力避けることが役目だと思う。

ひとは周りが思うより強く逞しい。
その「力」を信じて見守ること。
本人に、自分にはそうしたエネルギーがあることに気づいてもらえるような、そんな寄り添い方ができたらと思う。

非日常の世界、時空のなかでクライエントに安堵感や安心感を提供できるようなカウンセラーになりたいとずっと思ってきた。
その思いは今も揺らぐことなく変わらない。
が、クライエントが非日常の世界、時空にいるときにしか安心できない、安堵できないというのは決していいことではない。

あくまでも社会に生きるひとりとして社会のなかに溶け込み、良好な人間関係を築き、意欲的に生きていくこと。
親子、兄弟。身近な人や友人によって支え支えられ、癒し癒され、そして励まし励まされることこそがひととしての自然の姿であり、カウンセラーはそこにたどり着くため、たどり着くまでのケア、サポートでなければならないと思う。

カウンセラーは最後にはクライエントから忘れられる存在でいい。
あのひと(カウンセラー)のお陰じゃなく、自分が切り拓いたのだと思えるようなカウンセリングこそがメゾットテクニックなのではないだろうか…



ひとつの結論08'

2008-01-03 09:36:10 | 心・身体・癒し
心理カウンセラーの資格を取得してから今年の春で二年が経つ。
一昨年にはHPを作成し活動らしきものをスタートさせた。
当時はカウンセリングに対しての私なりのビジョンを持ってスタートさせたつもりであった。
が、しかし、昨年の秋の医療領域の臨床技術向上プログラムに参加したことで、改めて本当に自分が目指すカウンセリングとは一体どういうものなのかを考え直す切っ掛けになった。

カウンセリングといっても、さまざまなジャンルが存在する。
医療領域をはじめとして、結婚、子育て、離婚、教育(引きこもり、登校拒否)、キャリア(仕事)、コーチング、恋愛etc

そのなかのひとつ、臨床技術向上プログラムのテーマである医療領域をあげてみても「うつ症状や」さまざまな「人格障害」「統合失調症」といった『病理』といわれるジャンルを初めとして、ターミナル医療でのケア、サポート。さらには看護、介護、グリーフケアのジャンルを含めるとその範囲はかなり広い。

臨床技術向上プログラムに参加しようとしていた時点での私は、実習先がメンタルクリニックの付属のカウンセリングルームということもあり、漠然と病理に進むのだろうな…と考えていた。
しかし、その後の紆余曲折を経て今、改めて思うのは、私の方向性というものが実は病理ではなく、病理の周辺にあるいくつかのテーマに沿ったものだということだ。
それは即ち私自身が経験してきたことにであり、その過程において常に存在していた問題、課題であったことに他ならない。

私が目指さなければいけないもの、それは一般の病院で主にがん治療を受けている患者さんやその家族、またそれ以外の病気と闘っている(長年付き合っている)患者さんたちやその家族、あるいはうつ症状の患者さんを見守っているパートナーや家族に対してのケア、サポート、さらにはグリーフ(強い悲しみ)ケア、サポートといったものだということに気がついたのである。
実はそのことは以前から何となく思い描いていたことではあった。
しかし、今回のことを機にやっと明確になったのである。
さらにそれが「ホリスティックなカウンセリング」であるということにも…
昨年後半からの出来事は、結果としてすべてここにたどり着くための気づきの一連だったのかもしれない。

率直に言ってしまえば、思い描く道は険しく遠い。
が、私の生きてきた時間、体験、経験を生かせるのはおそらくこの道しかないだろう。
何年かかるかわからない、どういう結果が待っているかもわからない。
しかし、それが私らしいということでもある。
そんな気がしている。