今日から不定期ではありますが、アメリカのカリフォルニア州
サンフランシスコ在住の友人、Y・Mさんからの便りを紹介します。
Y・Mさんは、アメリカの大学で心理学を学ばれて帰国、日本で
お勤めをされていましたが、昨年、日本カウンセラー学院を卒業
され、今年の夏に再び渡米、この秋から
CIIS(California Institute of Integral Studies)という心理学を強み
とする大学院に入学、学ばれています。
今日は、Y・Mさんからの「アメリカカウンセリング日記」の記念
すべき第一弾です。
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ここCIIS(California Institute of Integral Studies)は心理学、哲学、
宗教学に強みを持つ大学院でありアメリカの中でも優れたカウン
セリングのプログラムを持つ学校として世界中から学生が学びに
来ている。
アメリカでは東海岸と西海岸が最もカウンセリングが進んでいる
地域であり、特に西海岸にあるここサンフランシスコは最先端の
カウンセリングとその研究のしやすさからカウンセリングメッカと
言って良いだろう。
研究のしやすさというのはこの地域の特徴でもあるが、Diversity
(多様性)が豊かであり、世界中の様々な国の人が住んでいると
いうだけではなくLGBTQといういわゆる、性別の多様性も特徴的
である。
大学院での授業が始まって早1ヶ月以上が経つのだが、学校に
いても国、性別の多様性に驚くとともに彼らとの会話は非常に難
しいと感じることがある。
日本という国にいてモノカルチャー(単一文化)の中で育ってきた
私としては、だいたい”常識”という言葉を使ったときある程度他者
と共有できることが多かったのだが、このDiversityの中では私の
常識は他者の常識と異なることも多く場合によっては全く正反対
であることも珍しくはない。
また、ゲイやレズビアンといった人達のパートナーを呼ぶ時にも
大変注意を払わなくてはいけいし簡単にガールフレンド、ボーイ
フレンドと言い切れないなど自分の”常識”と同じ価値観を共有し
ていない人達との会話は細心の注意が必要である。彼らはマイ
ノリティーであるがためにとても傷つきやすく繊細なのだ。
どこが引き金となるか予想がつかない中でのコミュニケーションと
いうのはこういった繊細さを必要とする。
言葉は時として凶器になる。特にバーバル表現に重きがおかれる
ここアメリカでは言葉の選択には注意をしないといけない。
しかし、これは決してアメリカに限ったことではない。
繊細で傷つきやすい他者を相手にしたときに我々は無意識に他者
を攻撃していないだろうか?
この無意識がくせ者なのである。無意識だから自分のしていること
がわからない場合もある。気をつけたくても気をつけられないことも
ある。
無意識というのは非常にコントロールができない上にパワルフなの
である。
私は個人、家庭、そして社会の中で身に付けたこの無意識や習慣
というものが以下に影響しているかを考えずにはいられない。
要するに今無意識の一部が意識化しているのである。
でも未だにやはり私の無意識ははかり知れないのである。
では、どうすればいいか?
今の私には答えはない。ただできることは自分が無意識にやって
いること、言っていることがありそれはとても強烈なのであるという
ことを認識することである。
環境が変わり、カウンセラーとして繊細さと戒め、改めてその大切さ
を感じさせられた。
自己探求の道は始まったばかりだ。
Y・M
(原文掲載)
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いかがでしたか?
読ませていただきながら、うーんと唸ってしまいました。
マイノリティーの問題は、アメリカだけでなく全世界的、勿論日本にも
存在する問題ですよね。
『今無意識の一部が意識化しているのである。
でも未だにやはり私の無意識ははかり知れないのである。』
という一文に、膝を打ちました。まさしく、BFAはそこをしていこうと
いうアプローチ法だからです。
ただ、Y・Mさんの無意識の一部が意識化しているというのは、
現実社会で直面した問題によって、意識化せざるを得なくなった。
そういう点では、シビアな厳しい現実との対峙によって浮上した
無意識→意識化であることは間違いありません。
とても刺激を受けました。
次回もどうぞお楽しみに。