内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ジャン・コクトーが見たリルケの部屋の灯り、遙かなる友情 ― 夏休み日記(28)

2015-08-29 12:14:58 | 読游摘録

 一九〇五年九月半ば、リルケはロダンの秘書となり、パリ南西郊外のムドンにあった当時のロダンの住居兼アトリエに住み込む。そこで、ロダンが受ける作品の注文や書簡の整理と管理とをまかされる。しかし、翌年、書簡の扱いを巡ってロダンと仲違いがあり、五月半ばに解雇されてしまう。
 解雇後、リュクサンブール公園のすぐ近くの rue Cassette に一旦住まうが、一九〇六年七月末から一九〇八年四月末まで、ヨーロッパ各地を旅して歩く。その間、一九〇七年五月末から十月末までは、またパリに滞在している。
 一九〇八年五月一日、リルケは、現在はロダン美術館になっている le Palais Biron の一室に居を構える。これはロダンの勧めに従ったもので、それ以前に既に両者は和解していた。広大な庭がその正面に広がるこの広壮な邸宅は、当時、サクレ・クールの修道院の所有物件であったが、その管理者が邸の多数の部屋を賃貸していて、主に詩人や芸術家などがその借り手であった。ロダン自身、リルケに遅れてこの邸宅の主要部分を借り、そこをアトリエとすることになる。
 リルケと同時期にこの邸宅の住人だった一人に詩人のジャン・コクトーがいる。当時十九歳だったコクトーは、早熟の天才詩人としてすでに名声を得、文学サロンに頻繁に出入りしていた。当時まだフランスでは無名に等しかったリルケのことをコクトーが知る由もなかった。しかし、コクトーは、毎夜遅くまでランプが灯っている邸の隅の窓の一つに気づいていた。それはリルケの部屋から漏れる灯りだった。この邸宅の間借人である期間に、リルケは、『マルテの手記』の主要部分を書いている。
 一九三五年、四十六歳のコクトーは、Portraits-souvenir という回想記を出版している。その中で、コクトーは、当時すでに失われてしまっていた一九一四年以前のパリの文学的・芸術的・社交的世界を描き出している。それは、同時に、若き天才として時代の寵児であった自分の青春時代の回顧でもある。
 全部で十六章あるこの本の第十三章は、l’Hôtel Biron の思い出に割かれている。その最後の半頁にリルケについての思い出が記されている。より正確には、当時は誰の部屋だかわからないが毎夜遅くまで灯っていたランプの記憶が想起されている。それがリルケの居室だったことをコクトーが知るのは、ずっと後年のことである。
 コクトーは当時の自分について、「沢山のことを知っていると思い込み、うぬぼれた青春の手の施しようのない無知の中を生きていた。名声が私に勘違いさせ、挫折よりも質の悪い名声があることを、この世のすべての名声に匹敵する一種の挫折があることを知らなかった」と振り返っている。
 ずっと後になって、毎夜遅くまでランプが灯っていた部屋の住人がリルケだったことを知り、その頃のリルケに遙かなる友情をコクトーは抱く。リルケの部屋のランプが灯っているのをかつて見たことがコクトーを慰める。しかし、当時は、その灯りがその下で自分の思い上がりを焼き尽くせという合図だったことを理解することはなかった。

Longtemps, longtemps après, je devais savoir quelle était la lampe qui veillait toutes les nuits derrière une fenêtre d’angle. C’était la lampe du secrétaire d’Auguste Rodin, M. Rilke. Je croyais savoir beaucoup de choses et je vivais dans l’ignorance crasse de ma jeunesse prétentieuse. Le succès me donnait le change et j’ignorais qu’il existe un genre de succès pire que l’échec, un genre d’échec qui vaut tous les succès du monde. Et j’ignorais aussi que l’amitié lointaine de R. M. Rilke me consolerait un jour d’avoir vu luire sa lampe sans comprendre qu’elle me faisait signe d’aller y brûler mes ailes. (Portraits-souvenir, Grasset, coll. « Les Cahiers Rouges », p. 137)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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