内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

生きている江戸職人気質 ― 人形町から上野池之端へ

2013-12-26 23:45:03 | 雑感

 今日、ちょっといいことがあった。
 以前から鼻髭と顎鬚を切り揃えるのにちょうどよいサイズで切れ味のいい小鋏を探していた。今日ようやくそれを見つけることができたのである。見つけた店は、人形町にある天明三年(1783)創業の老舗「うぶけや」。地下鉄日比谷線・浅草線人形町駅の出口A4脇の大きなオフィスビルの隣の古風な店構えのガラス戸を開けると、すぐにご主人が裏の工房から出てこられ対応してくれる。自分の顎鬚を撫でながら、「こんな髭用の小鋏ありますか」と聞くと、すぐに背後のガラス戸棚から箱入りの刃渡り二センチ半ほどの手のひらに収まるほどのサイズの鋏を出してくれた。そして、絹の布切れのほつれた端を差し出しながら、自分で試し切りをと言われるので、そのふわりと空中を漂うような切れ端にそっと鋏を入れると、ちょっと触れただけなのにすっとその切れ端が落ちていった。そのあまりの切れ味の見事さに感嘆し、即座にその鋏を購入しようと思ったのだが、その上で試し切りをさせていただいたガラスケースの中から、ちょっと不揃いな毛を切るだけだったらと、刃渡り一センチほどの更に小さい鋏を出してくれて、それも試してみた。やはり見事な切れ味。最初の鋏は10500円。小さい方は5040円。どちらも一生ものに違いない。ちょっと迷っていると、ガラスケースの端の方に爪切りが並んでいるのが目に入る。これまでついぞ切れ味に満足の行く爪切りに出会ったことがなかったので、それが気になりだす。値段も2000円前後と手頃だ。大小それぞれ出してもらって、手で感触を確かめ、小さい方を選ぶ。鋏も小さい方にする。〆て6405円。
 支払いをしながら、「この近所に髭を揃えるのにちょうどいいような小さな櫛をおいてある店はありますか」と尋ねたら、奥で包丁を研いでいる息子さんにも聞いたりして、「十三やさんにあるかな」と言われる。「お時間ありますか」と聞かれるので、「ええ」と答えると、その場で「十三や」に電話を入れてくれて、私が所望する櫛について説明している。受話器を置くと、「髭用というわけではないけれど、それにも使えるサイズのがあるそうです」と教えてくれる。そのお店の場所を教えていただけるかと聞くと、地図を描いて説明してくれた。奥から息子さんも道順について補足してくれる。
 礼を言って店を出、日比谷線に乗り上野まで移動。上野池之端にある「十三や」(「うぶけや」の店主が、櫛と九四をかけて、九足す四で「十三や」というのが屋号の由来と教えてくれた)は、不忍池に面しており、すぐに見つかる。やはり間口一間ほどの小さな店構えだが、創業は元文元年(1736)という老舗中の老舗。店内には、左手前にご主人が作業中、その奥に若主人が仕上げ作業中。右側のガラスケースにすべて柘植製の櫛が並ぶ。その奥に会計担当の若奥さん。「先程「うぶけや」のご主人が電話で問い合わせてくれた櫛を見に来たのですが」と来意を告げると、即座にご主人が若奥さんに「あれ出してあげて」と作業の手を休めずに肩越しに一言。すでに話は通じているようで、若奥さんがすぐに幅三センチほどの櫛をガラスケースから「こちらです」と出してくれる。まさに私が探していたサイズ。値段も2205円と手頃、ご主人が「これがちょうど最後の一つなんですよ」と言われる。私が「ああ、よかった。実は今一時帰国中で、長くは居られないので」と応ずると、「失礼ですが、どちらにお住いで」と聞かれるので、「フランスです」と答えると、「この櫛、イギリスなんですよ」と言われる。一瞬意味を図りかねていると、「お客さんで、イギリスに住んでいらっしゃる方がいて、その方がやはり髭用の小さい櫛がほしいというので、それで作ったんですよ」と仰られる。
 「うぶけや」といい「十三や」といい、私は彼らにとって見ず知らずの一人の飛び込みの客に過ぎない。しかし、彼らの対応のなんと間合いのよかったことか。客に対する礼節・配慮、自分たちの作るものに対する誇りと愛着、そしてその〈もの〉を介しての気持ちのいい言葉のやりとり。こうして江戸時代から受け継がれる生きた職人気質に触れることができて、購入した商品に対する満足以上の、何かもっと大切なものの存在に気づかされた。


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