内的自己対話-川の畔のささめごと

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日常生活の精確な記述態度が予告する未来の民族学者 ― レヴィ=ストロース両親宛書簡集を読む(3)

2015-11-26 05:41:33 | 読游摘録

 この書簡集の中にレヴィ=ストロースの隠された「思想」を探そうとしても無駄である。その文面と行間を満たしているのは、レヴィ=ストロースの両親への溢れるような情愛である。
 簡明な表現で語られるのは日常の細部に限られ、著書に見られるような彫琢された文章による文明への深い洞察はそこには片鱗もない。
 序文の中で、レヴィ=ストロース夫人ドミニックは、こんな日常の些末なことばかりが書き並べられた書簡を公刊することにいったいどんな意味があるのか、という予想される非難に対して、こう答えるだろうと、以下のように記している。

Aux reproches, je répondrai : écrites il y a quelque quatre-vingts ans, ces lettres témoignent d’un monde disparu, que bien des jeunes auront grande surprise à découvrir. Les rues éclairées au gaz, les maisons chauffées par des poêles, le courrier distribué même le dimanche. Claude réclame à sa mère des chiffons. Pour faire briller ses boutons ! Peut-on imaginer un monde sans papier essuie-tout ? Et les conditions sanitaires. Ne pas pouvoir se laver pendant des jours. Précises, ses descriptions, qui ne privilégient aucun plan de la vie quotidienne, annoncent le futur ethnographe (op. cit., p. 12).

 今から八十年前のフランスの日常生活の風景を記述しているというだけのことなら、必ずしもレヴィ=ストロースの書簡に拠る必要はないであろう。この点、レヴィ=ストロース夫人の弁明はあまり説得的ではない。
 未来の偉大なる人類学者の若き日の私生活を垣間見ることに興味惹かれないわけではもちろんないが、その一つ一つの細部に後年の思想の萌芽を見出し、それに過剰な意味づけをしてみたところで、この書簡集が面白く読めるわけでもないように思う。
 ただ、上の引用の最後にあるように、書簡中の記述態度、日常生活のいかなる面も特別視することなく、それらすべてを精確に記述していく態度の中に、未来の民族学者の資質を読み取ることは、おそらく間違ってはいないだろう。



 


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