内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

古今に冠絶する語りの戦略家としてのカエサル ― 『ガリア戦記』新仏訳を読みながら

2020-07-20 23:59:59 | 読游摘録

 最初に一言、これはもう私自身以外にはまったくどうでもよいことなのですが、昨日の記事について訂正しておきたいことがあります。
 フランスに来て最初に買った本の一冊として、Grammaire méthodique du français の初版を挙げて、もう手放してしまったと書きました。でも今日になって、思い出の一冊だからそう簡単に売り払ったりしなかったはずだがと、もう一度本棚の隅々まで探したら、出てきたのです。二列に並べられた後列の隅の方にひっそりと隠れていました。初版というのは、正確ではなく、1996年の改定第二版(2e édition corrigée)でした。こっちが一方的に無沙汰を重ねてしまった旧知に、二十年ぶりに再会したかのような感慨を覚えました。ちょっと黴臭い頁をめくっていると、1996年秋、ストラスブールに来て間もない頃の覚束なさが蘇ってきました。長年の無沙汰の詫びとして、今は立ち上がればすぐに届く位置に置いてあります。
 さて、文法書と交互に読んでいるのが、今年はじめに Les Belles Lettres 社から刊行された『ガリア戦記・内乱記』の新仏訳 Guerres. Guerre des Gaules. Guerre civile です。この新訳は、古典ラテン文学研究者と古代ローマ史を専門とする歴史学者たちの数年間に渡る緊密な共同作業の結果として生まれた輝かしい成果です。彼らは、ラテン語原文と当時の歴史的現実にあたうかぎり忠実であろうとしながら、現代フランス語によってカエサルの名文の息吹を伝えようとする、きわめて難度の高い挑戦に挑み、それに見事に成功しています。
 共訳者たちによる『ガリア戦記』の序論に « Comment lire la Guerre des Gaules ? » と小見出しが付けられた節があり、カエサルの「語りの戦略」(stratégies narratives)がいかなるものであったかがそこに簡潔明瞭に示されています。そこが私にとってとても示唆的でした。
 文体、叙述の仕方、出来事の配列、そして意図的な言い落しは、決して単なる戦況報告を目的とした informative なものではありません。繰り返される危機的状況の臨場感・緊迫感溢れる描写とそこでの百人隊長たちの活躍の描写とは、彼らを見事に統率したカエサルとの軍団との良好な関係を説得的に示すために意図的に選択されており、その意図にもっとも相応しいとカエサルが考えた文体が採用されています。つまり、元老院の保守派たちに対して「説得的」であるための「語りの戦略」が文体を決定しているのです。
 カエサルを卓越した文章家にしているのは、この周到な「語りの戦略」です。カエサルは軍人・将軍・執政官として史上屈指の天才であっただけでなく、古今に冠絶する語りの戦略家でもあったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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