内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

風土と宗教 ― 反風土的なものとして普遍宗教と親風土的なものとしての民間信仰・異端信仰

2020-11-25 23:59:59 | 講義の余白から

 先週水曜日に修士一年生たちに次のような課題を出した。「フランスあるいはヨーロッパに古くからある民間信仰あるいは中世の異端信仰とキリスト教との関係について、具体的な例を挙げて説明してください。」
 一見すると、今学期の共通課題図書である和辻哲郎の『風土』とは直接の関係はなさそうな課題である。しかし、そこには次の二つの狙いがあった。一つは、学生たちがその読解に辟易していた『風土』から一旦離れて、彼らがもっと積極的な関心を示すような課題を与えることであり、一つは、『風土』を離れることで、風土性の問題に彼らが新しい視角から接近し直すことができるようにすることであった。この二重の狙いがずばり当たった。
 学生たちは私が期待していた以上に問題に関心を示した。発表原稿を事前に提出した十名は、特にこちらから個別に指示を与えたわけではないのに、それぞれに異なったテーマを取り上げ、わずか一週間足らずと準備期間が短かったのに、よく課題に取り組んでくれた。
 今日はその十名中八名が発表した。一応三分から五分にまとめるように言っておいたのだが、何人かは、その枠に収まりきらない内容豊かな発表をしてくれた。この他に、もっとも内容豊かな一番長い発表が予定されていたのだが、これはおそらく十分以上かかるので、今日は時間切れとなり、来週に回すことになったほどである。もう一名は、予め発表原稿とスライドを提出してくれていのたが、カメラとマイクの不調という技術的問題でやはり発表は来週となった。
 ヨーロッパにキリスト教が伝播する以前にその起源をもつ信仰あるいはそれを表現している神話について調べ、それらがキリスト教によってどう統合・吸収されたか、あるいは排除されたか、あるいは何らかの仕方で一定の地方には存続あるいは共存しているかを調べていけば、それらの信仰とそれが行われていた土地の自然環境や気候とに密接な関係にあり、これらが和辻の言うところの対象化された自然環境ではなく、むしろ風土に近いことがわかってくる。中世の異端信仰も、社会経済的な構造変化やその他様々な発生要因があるから単純化は許されないにしても、土着性もその一つの要因になっている場合がある。
 つまり、ヨーロッパ宗教史は、反風土的な普遍宗教を目指すキリスト教と親風土性をもった土着の信仰の抗争、前者の最終的な勝利、後者の前者への統合化、後者の排除、あるいは一定の条件下での共存、後者の保護・維持などの諸相をもった歴史的過程として見ることができる。このように捉えることができれば、風土性は、自分たちが今生きているヨーロッパ世界の古層に埋もれているか、今もなお何らかの仕方で息づいているものであることが見えてくる。
 予めそう示唆したのではない。自分で調べていく過程で彼らがそのことに自ずと気づくことが期待されていたのであった。それがうまくいったのである。今日の発表は、単に私にとって面白かっただけでなく、こんなことは遠隔になってから初めてのことだったのだが、学生同士の間でそれぞれの発表直後に「おもしろかった」とお互いにチャットで感想を述べ合っていた。
 発表言語が日本語であったことを除けば、日本とは直接関係のない演習内容であった。だが、自分たちにとって身近な世界、あるいはその背景をなす歴史的世界について日本語で発表するという迂回路を通じて、彼らはヨーロッパ世界の古層を再発見したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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