元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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シナリオ的な、あまりに、シナリオ的な、 「オレンジのゼライス」

2021-04-24 08:16:44 | 夢洪水(散文・詩・等)
 
 
シナリオ的な、あまりに、シナリオ的な、
「オレンジのゼライス」
 



 
♂(N)ナレイション男  ♀(N)ナレイション女

 白黒の粒子の飛び交う画面。

♂(N)「その日の夕焼けは、地球最後の夕焼け。父(てて)殺しの血まじりの涙の色。狂った弟のグローブに書いてあった一つの詩の色。生まれた時にちらっと見た何やら恐ろしげな地上の光。そして僕が20年間暮らしてきた、人生の美しくも惨めな部分の総集体だ。その日の夕焼けは。」


 
PART①

 新宿西口駅の前。待ち合わせの人の群れ。女1人。男2人。ガードレールで人を待っている。

 ガードレールにガムを噛みながら腰掛けた男が言う。

「小夜子ちゃんてば、小夜子ちゃん!ねぇっ。ちぇっ、なんだよ。」

 小夜子は唯、じっと夕陽を凝視したままだ。立ってタバコを吸っていた男、京介は、タバコを落とす。時計を見、空を見上げ言う。

「もう、そろそろ来るだろ。」

 夕焼け空。雑踏。オレンジ色した空間だ。

 中央線。電車から吐き出される人ごみの中に千絵子がいる。千絵子は改札を出て、地下街を抜け、待ち合わせの場所へ向かい、階段を上る。

 千絵子は手を上げて、彼ら3人に挨拶する。そろった4人は、そろそろと歩き始める。

千絵子「神山君、何なの?今日、急用なんでしょ。それなのに?何なのよ。」

 神山は顔をしかめる。そして小さい声で言う。

「小夜子を見ろよ、変だろ。おいっ、あんまり露骨にやるなよ。

 千絵子は小夜子を見る。小夜子はポカンと夕陽を見つめている。しばらく沈黙して4人は歩く。

千絵子「小夜ちゃん。ねぇ、どうしたの?何でさっきから空ばかり見上げてるのよ。」

 しばらくしてから小夜子。

「・・・あのね。みんな汚物なのよ。あたしも、あんたも、あいつらも、そいつらも、みんなね。でも夕陽は汚物じゃないわ。」

 泣きじゃくるような声で彼女は言う。

小夜子「わたしはね、人ごみが汚物に見えるの。胸が悪くなるのよ。胸の中に睡蓮の花が咲いて枯れていくの・・・」

 小夜子は涙を流し、地面にしゃがみ込む。神山と津山京介、そして荻野千絵子は、神山の妹の小夜子を立ち上がらせようとする。

 夕陽。ビル群のガラスに反射し、狂気のように鋭くも鮮やかだ。夕陽と人ごみの対比。

 



PART②

 上野駅のプラットフォーム。人ごみの中を一人の青年が膨らんだ旅行カバンを下げて、ゆっくり歩いていく。時計を見る。タバコを買い、階段のところの鉄柱にもたれて、煙草を吸う。

 階段を下りたり上ったりする人々。青年は再び時計を見る。指定席券2枚を取り出して時間を確かめる。

「ちぇっ、何してんだ。あと5分だぞ。糞バカめ。」

 青年は煙草を捨て、足で揉み消す。

「行きたいって言ったのは、そっちじゃねぇかよ。」

 青年は位置を変え、カバンの上に腰を降ろし、再び煙草を吸う。ベルが鳴り出したので青年は電車に入り込んでいく。青年は車内を歩く。

 そして青年は彼の指定席の隣に、すでに座っている萩野千絵子に気がつく。青年は千絵子の隣に無言のまま座り、彼女を無視して暫く煙草を吸い続ける。

 電車は出発する。車窓から朝日が射し込む。千絵子は窓の端の羽虫を見つめている。

青年「僕が約束の7時にタバコを持っていたとしたら君は僕に10本は吸わせた事になるぜ。まあ僕は7時30分に買ったから、これで4本目だが。」

千絵子「ごめんね。昨日、ちょっと変な事があってね。」

青年「ふん。」

 青年は乱暴にタバコを叩く。青年は千絵子の前の席へ移る。沈黙。

千絵子「ほんと、ごめんね。」

青年「何だよ変な事って。言ってみろよ。」

千絵子「うん、あなたも知ってるでしょ。小夜ちゃんって。神山君の妹の。あの子。」

青年「ああ、知ってる。それが、どうした。」

千絵子「彼女ね、どうも頭が・・・。何て言ったらいいのか、突然、性格が変貌しちゃったとでも言うのかしら。何か、もの凄く真剣なのよ、彼女。」

青年「ふん。あの娘、大学辞めて遊び回ってんだろ。何考えてんだかわからんよ、まったく。」

千絵子「あなた、彼女の事嫌いなの?そうでしょ。」

青年「バカ。俺は、ああいった神経質な女は嫌なだけよ。」

千絵子「へぇ。そう。自分が鈍感だからって・・・フッ。」

青年「なんだ!このやろう!遅れてきやがって!ふてぶてしい事ほざきやがってぇええ。ふざけんなよ。」

 青年は千絵子の頭を左手ではらう。沈黙。青年は再びタバコを吸う。

青年「ちぇぇっ!頭に来るぜ、まったくよ。」

 千絵子は、うつむき、じっと自分の指を見ている。そして千絵子は上目づかいに青年を見る。

♀(N)「頭に来るのは、こっちよ。まったく、あんたはバカなんだから。この自己中のエゴエゴエゴイスト!他人の細かい感情なんか全然わかりゃしない。」

 時が過ぎ、太陽は真上、そして斜めに・・・。千絵子は寝ている青年を見ながら。

♀(N)「何故あたしが、あんたなんかと旅行したいなんて言ったのか、この人は全然わかりゃしないのよ。全然ね。あんたは死ぬのよ。」



PART③

 夕暮れ。オレンジに染まった公園。小夜子がブランコに乗って歌っている。神山が京介と供にやって来る。京介は「やあ」と言って、ブランコのそばに腰掛ける。

神山「小夜子。どうだろう、千絵子の奴。少しは考えてくれたかな?」

京介「俺も彼女のノートに小さく書いてあった、あの詩を見た時にゃ驚いたよ。」

小夜子「さようなら僕のにせともだち。君もあなたもあんさんも皆様、そろって皮をかむった卑しいキモだ。道で蠢く赤い花。そっとしときましょ。あたしは勝手に死ぬんだから。そっと、しといて偽友達なら。あたしの一番の偽友達が道連れ。あんた、覚悟しなさい。ってね。」

 小夜子のブランコは大きく揺れる。

京介「小夜ちゃん。君の演技は凄かったよ。あれは本当に演技なのかい?」

小夜子「半分はね。」

神山「おいおい半分は本気だなんて、止めてくれよ。お前まで死ぬなんて言うんじゃ、こっちが死んじまうよ。」

京介「千絵子君、真剣に小夜ちゃんを心配してたけど、ああして彼女、自分より重症な小夜ちゃんを見て、本当に自殺を止めてくれるのかなぁ。」

神山「どう思う?これは小夜子、お前の計画だぜ。」

小夜子「あたしたち3人。千絵ちゃんを救うために精一杯やったわ。精神的に危険な状態にある彼女に、もっと精神的に危険な状態で、今にも発狂しそうなあたしの姿を見せる事で、彼女をその危機の中から救い出せると私は考えた。私は精一杯、彼女を騙そうとした。千絵ちゃんは、自分の危険な精神状態のもっと悪化した型の私を見て、不思議な感を抱くだろう。そして、それが果たして彼女に自分の心を、より客観視できる余裕を与えるだろう。そして、その余裕が彼女の心の崩壊に何らかの形で役立つに違いないと、私は考えた。そして実行した。しかい・・・・・・・・。」

 小夜子は、ブランコを止める。

神山「ダメだったというのか?」

小夜子「わからない。彼女、私を見抜いたかもね。人間が、あんなに急変するんだもん。不信感を抱かない方がおかしいけどね。」

京介「しかし小夜子君。君は千絵子君みたいな危険な状態におちいった事があるんだろ。どうやって君は抜け出したんだ?」

小夜子「あなたたちだって考えた事は、あるはずよ。

自己の不在感。
他人や社会への嫌悪。
純粋である事への憧れ。
徹底したエゴへの憎悪。
真実とは何か?
死の誘惑。
過剰な性欲への憎悪。
凡俗さに対する嫌悪感。
自尊心への不安。
信じる事への強い信頼と不信。
これらが全て、混じり合って不思議な、何だかわけの分からない精神的混乱におちいるのよ。そして、それが、ついには自己否定、また他者、社会全体への否定となり、要するに消えたくなるの。私の場合も、私より重度な人間を知る事によって救われる事ができたのよ。」

神山「お前にも、そんな時期があったのか。俺には全くわからない。いや、わかろうとしなかったのだろう。誰なんだい、小夜。お前を救い出したのは。」

小夜子「あたしの場合は、まだ軽かったのね。こんなもんでケロリと治っちゃうんだもの。治ったというか、それらを遠くから見て、あまり気にせず、生きる事の意義を他に見出したの。」

 小夜子は、ブランコを揺らし始める。

小夜子「あたしの助けになったのはね。へっへ、くだらないんだけど、何冊かの本の主人公たちなのよ。」

京介「あっ昨夜、千絵子に渡した、あの本か。」

小夜子「そ、そうかもね。とにかく、ちょっと遅すぎたわ。千絵子、富沢君、あの嫌な奴を連れて旅行に行ったのよ。この旅行、変よ。私たちのやった事が、彼女の救いになったとしたら、彼女はちゃんと旅行から帰って来るわ。でもダメだったら、もう彼女には会えないでしょうね。たぶん。」



PART④

 電車内。窓から夕陽が差し込んでいる。千絵子は膝の上に、昨夜、小夜子に貰った「フラニーとズーイー」をふせて、うとうと眠っている。

 富沢はタバコを吹かし、窓外の暗くなる景色を見つめている。千絵子は薄く目を開ける。

千絵子「・・・起きたの?今、何時?」

富沢「今、4時半だ。もう、そろそろ着くぞ。」

千絵子「ふう。わぁ綺麗な夕焼け。やっぱり東京とは違うわぁ。・・・夕焼け。」

富沢「おい、やっぱりさっきの話、聞かせろよ。神山の妹が、どうしたんだよ。」

千絵子「うん。昨日の夕暮れ時にね。あたし神山君たちに呼ばれたの。急用だってね。それで、まあ、あたしもぼちぼち行ってみたんだけど。もう小夜ちゃんが、おかしいのよ。何か、とてつもない様な事で悩んでいるらしくて、気が狂ったみたいなの。突然、泣き出したりしてね。それで私たち「ピノキオ」で飲み始めたんだけど、小夜ちゃん一人でブルブルと震えてるの。寒いの?って言うと、怒ったような目で私を見たりしてね。あたしは、とても困ったわ。神山君と京介君は小夜ちゃんを何とかして助けて欲しいってんで女友達である私を呼んだらしいの。でも私、本当に彼女の気持ちは、わかったのよ。わかったわ。そして、話しているうちに、私の方が重症だって事もね。」

 千絵子は、ポカンとしてる富沢に笑いかける。富沢は、顔をしかめる。電車は夜の駅へ到着する。富沢と千絵子は、北陸の町へ出ていく。


2人は能登半島から永久に帰って来なかった。

 






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