3 処分だけが違憲という事態はあり得ない
私「そうなんだよ。これは当たり前なんだけど、
わかってくれない人が多いんだ。」
ツ「どういうこと?」
私「たぶん、芦部先生の教科書の記述のあいまいなところから、
誤解が広まったと思うんだけど、学部生や法科大学院生の中には、
<その根拠となる法律は合憲でも、
その法律に基づく処分(の一部)が違憲の評価を受けることがあり得る>
と思っている人がいるんだ。」
ツ「そりゃ、変だろう。違憲な処分を根拠づける法律が、合憲なわけないじゃないか。」
私「そうなんだ。でもさ、例えば、立川ビラ事件をもっと悪質にしたような事例でさ、
刑法130条(住居侵入罪)の規定は合憲だけど、
この被告人を処罰することは違憲だ、って言ったりするだろ。」
4 法律と法命題
ツ「あー、そういうことか。でもそれさー、
法解釈基礎論がしっかりしてる人なら、簡単にわかる話だろう。
そういう言い方って、
法律中の全法命題の違憲と、
法律に含まれる法命題の一部無効の区別がついてないんだよ。」
私「・・・。よく知ってるな。」
ツツミ先生は、その親しみやすい外見から誤解されやすいのだが、
よく勉強している(大学の准教授なので当たり前だ)。
ツツミ先生の法命題云々というのは、まさにその通りであった。
ツツミ先生は、続けた。
ツ「例えば、『人の住居に侵入した者には、刑罰科す』という法文があったとするだろ。
この法文が持っている意味は、
①人の住居に窃盗目的で侵入した者には、刑罰を科す
②人の住居にのぞき目的で侵入した者には、刑罰を科す
③人の住居にチラシ配布のために侵入した者には、刑罰を科す。
・
・
・
と、細かな命題に分割できるよねぇ。」
ちなみに、このような要件と効果からなる法的命題のことを法命題(Rechtssatz)という。
さらに、ちなみに、このような法命題は、ほとんど無限に細かくできる。
例えば、上の法命題③は、さらに次のように分割できる
③-1:人の住居に反戦チラシ配布のために、平穏な態様で侵入した者には、刑罰を科す。
-2:人の住居に反戦チラシ配布のために、暴力を振るいながら侵入した者には、刑罰を科す。
-3:人の住居にピザチラシ配布のために、無言で侵入した者には、刑罰を科す。
・
・
・
さらにさらに因みに、それ以上分割できないくらいに細かく記述された法命題を原子法命題という。
③-3のような法命題は、原子法命題の束であり、それをさらに束ねたものが法律である。
5 違憲審査の対象、一部無効
ツ「それでさ、違憲審査の対象っていうのは、法律の文章そのものじゃなくて、
法律から導かれる、こういう法命題群なんだよね。」
私「うん。法文は、法命題群を表現した文章だからな。
その審査っていうのは、結局、法命題群の審査だよ。」
ツ「立川悪化事案ってのは、結局、そういう法命題の一部(例えば③-1だけ)を
無効にするっていうだけだろ。
『法令そのものは合憲でも、この処分は違憲』っていうのはさ、
残りの法命題は有効なままだから、法律全体は違憲ではないけど、
この処分を基礎づけている部分は無効だから、この処分はできない、っていう処理だよ。」
私「うん。そうだと思うよ。」
ツ「あのさ、ところで、こういう一部無効の処理って、明確性原則との関係で
問題があるって聞いたことがあるんだけど。」
私「そういう人もいなくはないけど、最近の学説は、そうは言わないよ。」
ツ「なんで?」
私「憲法は、明確で公示された法典でしょ?」
ツ「そりゃ否定できないね。」
私「でもって、憲法解釈は、当然、一般人に理解できるようにやらなきゃいけないでしょ。」
ツ「そりゃ、そうだね。」
私「てことは、憲法に照らし合わせた時、法律のどの部分が無効か、は
一般人にも明確にわかる、ってことになるでしょ。」
ツ「そりゃそうだね。」
私「だから、部分無効は、明確性との関係で問題にならないって言われているよ。」
ツ「でも、どの部分が無効か不明確なまま、部分無効にするような判決は?」
私「そりゃダメだろうね。でもそれは、不明確な部分無効がイカンというだけで、
違憲部分が明確になるような形で部分無効にすることを否定する理由にならないよ。」
ここまで話したところで、電車は町田についた。
ツツミ先生は、町田駅に着くと、45%の確率で
「町田はさー、『町だ』って、いっときながら『市』なんだよな」とおやじギャグを飛ばす。
だが、今日は幸い、55%の方に分類される日だったようだ。
私「そうなんだよ。これは当たり前なんだけど、
わかってくれない人が多いんだ。」
ツ「どういうこと?」
私「たぶん、芦部先生の教科書の記述のあいまいなところから、
誤解が広まったと思うんだけど、学部生や法科大学院生の中には、
<その根拠となる法律は合憲でも、
その法律に基づく処分(の一部)が違憲の評価を受けることがあり得る>
と思っている人がいるんだ。」
ツ「そりゃ、変だろう。違憲な処分を根拠づける法律が、合憲なわけないじゃないか。」
私「そうなんだ。でもさ、例えば、立川ビラ事件をもっと悪質にしたような事例でさ、
刑法130条(住居侵入罪)の規定は合憲だけど、
この被告人を処罰することは違憲だ、って言ったりするだろ。」
4 法律と法命題
ツ「あー、そういうことか。でもそれさー、
法解釈基礎論がしっかりしてる人なら、簡単にわかる話だろう。
そういう言い方って、
法律中の全法命題の違憲と、
法律に含まれる法命題の一部無効の区別がついてないんだよ。」
私「・・・。よく知ってるな。」
ツツミ先生は、その親しみやすい外見から誤解されやすいのだが、
よく勉強している(大学の准教授なので当たり前だ)。
ツツミ先生の法命題云々というのは、まさにその通りであった。
ツツミ先生は、続けた。
ツ「例えば、『人の住居に侵入した者には、刑罰科す』という法文があったとするだろ。
この法文が持っている意味は、
①人の住居に窃盗目的で侵入した者には、刑罰を科す
②人の住居にのぞき目的で侵入した者には、刑罰を科す
③人の住居にチラシ配布のために侵入した者には、刑罰を科す。
・
・
・
と、細かな命題に分割できるよねぇ。」
ちなみに、このような要件と効果からなる法的命題のことを法命題(Rechtssatz)という。
さらに、ちなみに、このような法命題は、ほとんど無限に細かくできる。
例えば、上の法命題③は、さらに次のように分割できる
③-1:人の住居に反戦チラシ配布のために、平穏な態様で侵入した者には、刑罰を科す。
-2:人の住居に反戦チラシ配布のために、暴力を振るいながら侵入した者には、刑罰を科す。
-3:人の住居にピザチラシ配布のために、無言で侵入した者には、刑罰を科す。
・
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さらにさらに因みに、それ以上分割できないくらいに細かく記述された法命題を原子法命題という。
③-3のような法命題は、原子法命題の束であり、それをさらに束ねたものが法律である。
5 違憲審査の対象、一部無効
ツ「それでさ、違憲審査の対象っていうのは、法律の文章そのものじゃなくて、
法律から導かれる、こういう法命題群なんだよね。」
私「うん。法文は、法命題群を表現した文章だからな。
その審査っていうのは、結局、法命題群の審査だよ。」
ツ「立川悪化事案ってのは、結局、そういう法命題の一部(例えば③-1だけ)を
無効にするっていうだけだろ。
『法令そのものは合憲でも、この処分は違憲』っていうのはさ、
残りの法命題は有効なままだから、法律全体は違憲ではないけど、
この処分を基礎づけている部分は無効だから、この処分はできない、っていう処理だよ。」
私「うん。そうだと思うよ。」
ツ「あのさ、ところで、こういう一部無効の処理って、明確性原則との関係で
問題があるって聞いたことがあるんだけど。」
私「そういう人もいなくはないけど、最近の学説は、そうは言わないよ。」
ツ「なんで?」
私「憲法は、明確で公示された法典でしょ?」
ツ「そりゃ否定できないね。」
私「でもって、憲法解釈は、当然、一般人に理解できるようにやらなきゃいけないでしょ。」
ツ「そりゃ、そうだね。」
私「てことは、憲法に照らし合わせた時、法律のどの部分が無効か、は
一般人にも明確にわかる、ってことになるでしょ。」
ツ「そりゃそうだね。」
私「だから、部分無効は、明確性との関係で問題にならないって言われているよ。」
ツ「でも、どの部分が無効か不明確なまま、部分無効にするような判決は?」
私「そりゃダメだろうね。でもそれは、不明確な部分無効がイカンというだけで、
違憲部分が明確になるような形で部分無効にすることを否定する理由にならないよ。」
ここまで話したところで、電車は町田についた。
ツツミ先生は、町田駅に着くと、45%の確率で
「町田はさー、『町だ』って、いっときながら『市』なんだよな」とおやじギャグを飛ばす。
だが、今日は幸い、55%の方に分類される日だったようだ。
司法試験前によくブログ上で質問させていただきました。その節はお忙しいにもかかわらず、丁寧にご回答いただき、ありがとうございました。
今は弁護士をしております。業務で憲法を扱うことはほとんどありませんが、時折勉強をしております。
急所・ブログ記事を読み返していた疑問に思ったことがありましたので、コメントさせていただきました。
一部無効の処理は、憲法が公示された法典であり、憲法解釈は一般人に理解できるように行わなければならないことから、明確性の問題はないと整理されておられます。
もっとも、一部無効は合憲限定解釈ができない場面での処理であることから、その範囲は、必ずしも、一般人において明確ではないように思います。特に、実際に紛争になる事案においては、憲法問題について最高裁まで審理がなされることがあることからもわかるように、憲法が公示されているとはいえ、一部無効の判決が確定するまでは、一般人にはその範囲が予測できず、萎縮効果を生じさせることもあり得るように思いました。
例えば、(平等権侵害の事例ですが)国籍法違憲判決では、立法経緯や社会情勢の変化等多様な事情を検討した結果として、準正要件の無効を導いています。かかる憲法解釈が一般人に理解可能だとしても、判決の確定前に、かかる一部無効が一般人にも明確というのは難しいように思います。
かといって、(明確性の原則の主観的権利性が認められる)表現規制や刑罰の場面で、一部無効の処理が採れないとすると、法文の全部違憲とせざるを得ず、妥当な結論を出せないことになりかねません。
そこで、一部無効の処理が明確性の原則との関係で問題ないとする理由は、(一部無効の処理が一般人にとって明確という理由だけではなく、)仮に、法令の一部無効の処理の末に、権利の制約が合憲と判断する場合でも、法文との関係で権利制約が明確であれば漠然性故に無効の問題は生じないですし、(先生のご見解を前提に)正当な立法目的が構成できる法文であれば過度広範性故に無効の問題も生じないので、(一般的な意味での萎縮効果というものは発生しているかもしれないが)一部無効の処理をしても、明確性の問題は生じないという説明になると思ったのですが、いかがでしょうか。
木村先生は大変お忙しいものと存じますし、過去の記事への時機に遅れた質問ですので、お手隙の際にご回答いただけましたら、幸いに存じます。
よろしくお願いいたします。
「かかる憲法解釈が一般人に理解可能だとしても、判決の確定前に、かかる一部無効が一般人にも明確というのは難しい」とのことなのですが、
問題の憲法解釈が一般人に理解可能であるということは、
一部無効の範囲も理解可能と同義かと思います。
一般人に理解可能というのは、
事実上、どれくらいの人がそれを予期するか
という事実問題というより、
裁判所が、この解釈は、論理操作の丁寧さや過去の判例・法文との整合性から、
「一般人にも理解可能と解すべきだ」という規範的判断ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
このように理解すると、ご質問の趣旨ともそれほど距離はないと思います。
どこかでお仕事ご一緒できますことを楽しみにしています。
一部無効を含む、法解釈を伴う法的判断は、当然、解釈の明確性・容易性が要求されますので、そもそも、一般人があらかじめ無効の範囲を理解できないような一部無効の処理は、解釈の限界を超えるので、できないということですね。
こちらこそいつかお仕事でご一緒できることを楽しみにしております。
お忙しいところ、ありがとうございました。論文や著作等も楽しみにしております。