Q&Aにて、肉まんさまから、以下のようなご質問を頂きました。
審査基準の選択には、
①「被制約利益が大きいあまり、制約を合憲とするための要件が厳しくなる」という、いわば実体的な問題と、
②「ここは裁判所より立法府のほうが判断が得意だし裁判所が特に積極的に判断すべきタイプの問題(政治的言論等)でもないから、裁判所としては少し大雑把に見て特に問題点を感じなかったら立法府の言い分を受け入れてあげよう」という実体的判断の決定権限の分配の問題があると理解していたのですが、
ここから間違っているのでしょうか…
大変重要な疑問かと思いますので、
記事にしてご返信したいと思います。
そもそも、行政裁量・立法裁量とは何なのか?
という点が問題になります。
(そうそう、私も書いております法学教室4月号、
曽和先生の記事も、行政裁量がテーマです。
ぜひ、ご覧ください。)
「裁量を認める」ということは、
「行政機関・立法機関の判断を尊重した判断をする」
ということだと言われます。
これは、いわゆる判断代置=行政機関・立法機関の判断を無視して
裁判所が適法性を審査すること、とは違うのだ、
とも言われます。
このあたりのことは、肉まん様がこのように言って下さっています。
簿記や計算問題などでは、実際の「計算」の他に「検算」という作業があると思います。
裁判所が計算し直すのではなく、検算をするに留めるのが「立ち入った判断をしない」ことだと考えています。
具体的には、性犯罪抑止のためにある表現行為を規制しようとする場合、立法事実の存在を確かめるために性犯罪被害と幸福感との関係について調査する必要があるとします。
ここ裁判所は、立法者が行ったのと同じように(行ったとする)様々な統計や調査を駆使して判断することもできますが、より簡易なモデル(最も簡易なモデルは裁判官の頭の中にある常識だと思います。)をもって結論を出し、これを立法者の判断と照らし合わせてその合理性を判断するということも考えられます。
後者が、私のいう「あまり立ち入った判断をしない」ことです。
おっしゃることは、よく分かりますし、
そのような説明をされる先生もいらっしゃいます。
他のケースでも、第一審は事案をフルスペックで審査するのに対し、
控訴審の判断は、第一審の判断が合理的か、を審査する、
とも言われます。
まずは、そういった理解をする必要がありますし、
肉まんさまのおっしゃることはよく分かります。
ただ、私としては、いわゆる裁量を認めた判断を
「行政機関・立法機関・第一審の判断を尊重した判断」と定式化することは、
理論的には無理ではないか、と考えています。
裁量とは、その機関に与えられた権限行使に関する合憲合法な選択肢の幅を言います。
裁量自体は、いわゆる不確定概念や経済規制立法の分野に限らず、
あらゆる分野で存在します。
例えば、住民票を出すという単純な業務にしても、
1時2分に出すのか、1時3分に出すのか、裁量が存在するでしょう。
(いわゆる時の裁量ですね)
そういう意味で、
「これこれこういう権限には、この機関の裁量が認められる」という言葉には
ほとんど意味がなく、
「この範囲での裁量が認められる=この範囲が法が許容する選択肢である」
と言う言葉がでてこないと意味がない、わけです。
では、立法裁量・行政裁量という概念がことさらに強調されるのは、
どういう分野なのでしょうか?
それは実体法が、
A「立法機関・行政機関が、……という手続を踏んで出した結論であれば
全て合法とする」と定めていたり、
B「立法機関・行政機関が、一つでも合理的と言える論拠を提示できれば、
(不合理性の根拠となる事情があってもそれは無視して判断しなければならず)
合法とする」と定めている場合です。
前者が手続統制、後者が判断過程統制と呼ばれるタイプの
「裁量」を認める実体法です。
判断過程統制は、
判断過程において、合理的な論拠を発見しようとしたか努力したかどうか、
を統制する、というものですね。
別に、立法府・行政府に裁量がある、ということ自体は珍しいものではないのですが、
手続統制・判断過程統制は、許容される行為の幅が広いので
裁量がある、ということがことさらに強調されます。
さて、以上のような説明から明らかなように、
裁量があるかどうか、立法府の判断を尊重しなければならないかどうか、
という問題は、事案の解決にとって重要ではなく、
「どのような裁量があるのか」、
「立法府の判断を尊重する、とは具体的には
どういう実体法上の要件をクリアすれば合憲合法といえるか」と
問わなくてはならないのです。
行政裁量については、さしあたり曽和先生の連載を読んでいただくとして、
立法裁量と違憲審査の関係については、
合理性の基準や明白性の基準のような基準が適用される場合には、
立法裁量が広くなります。
なので、肉まんさまへの解答としては、
「①実体法上の問題」と
「②実体法判断の権限配分の問題」は、理論的には区別できず(全ては実体法の問題です)、
立法府の判断を尊重=合理的論拠を一つでも提示できれば合憲とする
という実体法がある場合に、
「②憲法実体法判断の権限を立法府に配分している」ように見える
判断が生じる、ということですね。
裁量とは実体法上認められた選択肢の幅であり、
裁量は実体法判断の方法ではなく、実体法判断を経た結果だ、
と、ご理解ください。
そうすると、立法裁量・行政裁量の論点はすっきりすると思います。