馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

谷津バラ園

2010-05-30 21:25:29 | 日記
5月30日(日)午前中海老川をウオーキング中
谷津病院に緊急再入院した友人からメールが入る。
「来てくれないか」
午後2時半 谷津干潟を歩き、谷津バラ園まで来た。
かなりの人だかりだ。
バラ園周囲には露店も出ている。
入り口に「バラ満開」と看板が出ている。
ずっと昔私が小学生の頃
谷津遊園として関東屈指の娯楽場だった。
今は無くなりバラ園だけが習志野市が管理運営している。
又この場所がプロ野球巨人軍発祥の地だそうで
記念碑が建っている。
バラ園の先に谷津保健病院はある。
3階の個室で彼は目を瞑り動かなかった。
気配で目を開いた。
精気のない目、げっそりした頬、
逞しかった体躯は細く
呼吸が苦しいので肉のない腹が上下に動くのが
痛々しい。
力なく紙と鉛筆で「便が出ず苦しく痛い」
頭が枕からずれたが自分で直せない
私が枕中心部に頭を乗せてあげる。
又メモ「お前が来てくれて安心」
私はうなずき、にこりとする。
妹さんからは聞いていいた。
ここでは終末医療は出来ないので
他のホスピス緩和医療が出来る病院への
転院を勧められていた。
本人の同意無しではホスピスは出来ない。
彼はまだいちるの希望を持っている。
妹さんも兄に言い出せず苦悩している。
突然 両手を挙げる。
起き上がりたいのだ。
両手を持って引っ張る。ベッドに腰掛
ゆっくり立ち上がりトイレで小便
火曜日に自宅で牛乳を少し飲んだが
首の化膿したところから滲みだしてきた。
ケアの方を呼んでタクシーで緊急入院した。
病室の椅子で私はうとうとしていた。
彼が手を叩いて起こした。
「帰ってもいいよ」の合図をする。
5時病院を出る。バラ園は閉まっている。
干潟ではジョギングの人が私を追い越して行く。
ララポートでヘルスメーターを購入
昨日、診療所で減量講習を受け
デジタル体重計で朝晩 計測して
一ヵ月後の提出してくださいとの
看護婦さんからの命令?

両国橋から船橋まで徒歩帰宅

2010-05-30 20:29:46 | 日記
5月25日(火) 午後3時43分両国橋から歩き出す。
国道14号線を船橋まで徒歩帰宅を試みる。
暑くなくコットンパンツに長袖シャツ、スニーカー
カバンは持たず、軽快なピッチだ。
ネットで調べると両国~船橋間は約22キロ
徒歩4時間と表示される。
錦糸町までは結構商店もあり行き交う人も多く
歩くに飽きない。
亀戸を過ぎると人通りも少なく、自動車販売店、小さな工場
倉庫が多くなる。荒川にかかる小松川鉄橋を渡る。
目指すは江戸川の市川橋。
ひたすら黙々と歩く、5時半を過ぎて
風が冷たく感じる。
篠崎の地名が現れるそして橋が見えた。
土手近くまで来ると突然歩道が無くなり
車道のみが江戸川を跨いでいる。
しばし茫然、千葉県側に渡れない。
土手を散歩中のオジサンに聞くと市川橋は遥か左で
黄昏の川べりから霞んで見えない。
右に小さく見える橋を渡りなさいと言われる。
行徳橋だという。
何処かで道を間違へたのだ。
後で分かったのだが小松川で左に曲がり千葉街道に入らないと
市川橋には辿れなかったのだ。
行徳橋を渡ると千葉県道6号線に出てしまった。
東関東自動車道の方向看板が見える。
成田方面への→に従って埃とトラックだけの道を
トボトボ歩く、当初のピッチはなく膝関節に少し
痛みが走る。突然市川南高校の前に出た。
分からない道に出たがひたすら前方を歩く
午後7時暗くなったでこぼこ道で携帯メールが鳴る。
開くと娘から「7時半に自宅着」と着信
これはまずい、後30分で娘が自宅に帰ることになる。
妻が母親介護で不在の為、娘が先に食事風呂に
入られると私が入浴するのは11時過ぎてしまうので
此処で歩きは断念。
京葉線二俣新町駅が近くにあるのでそこから乗車
一駅先の南船橋下車、
駆け足で自宅に7時40分着
既に娘は帰宅していた。
娘が食事を作り食べる間に風呂に入ることにした。
成田空港で働く娘は早くても8時頃帰宅なのだが
疲れたので早く帰ったのだそうだ。
母親がいないので食事を自ら作らなければならない。
残念ながら後少しで自宅まで徒歩帰宅はできなかった。
万歩計を見た。
歩数 30.989歩 距離約22キロ 消費カロリー1.771カロリー
夏までに再挑戦