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草間彌生展

ブログ、ご無沙汰していました。

昨日、思いがけず田能村直入先生のお孫さんから電話をいただき驚きました。京都芸術大学に直入先生ゆかりの灯籠を寄贈したということが一点、先生の銅像を芸大に建てたいというのが一点でした。

京都芸術大学は1880年(明治13年)に創設の京都府(現京都市)の画学校が起源。太政大臣三条実美公により「日本最初京都画学校」と命名されたのでした。その京都画学校の創立者で初代校長が田能村直入先生です。

この旨、急いで京都芸大関係者に伝え、田能村直入先生の出身地であるここ豊後竹田の関係者にも伝えなければならないと考えました。そうして夕方ふと新聞を見ると、下のような記事(大分合同新聞)がありました。


28日(つまり今日)、大分市美術館に京都芸大学長が大分にみえる!
何という偶然だろう、これはぜひ学長にお会いして、時間があれば上記の件を伝えなければと思いました。

今日、草間彌生さんについての京都芸大学長・建畠晢(たてはたあきら)先生の講演は午後2時から始まったんですが冒頭で、一昨日まで風邪で寝込んでいた、病み上がりですと言われたのを聞いて、今日お伝えするのはあきらめました。


草間彌生「永遠の永遠の永遠」展チケット

講演のあと、草間彌生さんの作品を心ゆくまで鑑賞しました。
“写真可”のスペースで下の写真を撮りました。
若い女性の姿が目立ちました。





















『永遠の永遠の永遠』草間彌生

毎日、私をおそってくる死の恐れを克服する時は
私は命の限りの心をしづめて
芸術へのあこがれを見いだすのだった
人の世に生まれいでた時の感動が
私の人生を新しい創造のあらしをもって再生するのだった
地球の深々とした神秘のささやきが
いつも自殺しようとしていた私のうらぶれた命への救済をもって
私は死へのあこがれと恐怖を追放して
華やいだ生命のかがやきにいつもめざめさせてくれるのだった
私は生きていくことに
生存のかがやきに
深く打たれ、心打たれ
人間の生命は永遠に回帰するのだという事を実感するときの喜び
私は死の憂鬱を乗り越えて
世界最高の芸術をもって
人間のすばらしさを求めていきたいと決意している毎日なのだ
私は生きたい、心の限りも
芸術にかがやいた火をつけて
命の限り、無限の生と死のかがやきをもって
200年も 500年も生きながらえて
平和と人間愛の行き着く所へ不滅の志をもって
命の限り、たたかっていきたい
そして、地球の人々に告ぐ
未来は原爆や戦争をやめて
かがやいた生命を
永遠の永遠の永遠に
私の精魂こめた芸術をぜひ見てほしい
あなたたちと宇宙にむかって
心から人間賛歌をうたい上げよう