世界的なスマートフォンの普及の裏側で思わぬ問題が発生している。スマートフォンの中核となる半導体の世界的な品薄のあおりで、スマートフォンの発売時期を遅らせる国内通信会社が出ているのだ。
スマートフォン生産量の少ない日本メーカーへの割り当てはさらに減るとの指摘もあり、冬モデルに向けて影響が広がる可能性も出てきた。
●販売時期にまで影響
「まさか販売時期にまで影響が及ぶとは」――。NTTドコモが5月16日に開催した今夏の新型スマートフォンの発表会。視察した調査会社のアナリストはこうつぶやいた。
ドコモの新型スマートフォン16機種のうち、販売時期を7月以降としたスマートフォンは半分の8機種に上る。KDDIも全6機種のスマートフォンのうち3機種を7月以降に販売する計画。
夏モデルの販売はボーナス商戦をにらみ、新製品の発表会後の5-6月に始まるのが通例で、7-8月にまでずれ込むのは珍しい。原因は通信制御やCPU(中央演算処理装置)などの機能をまとめたスマートフォン用半導体の品不足。
携帯電話用半導体のトップは世界シェア3割を握る米クアルコム。
ただ、スマートフォン向けに限ればクアルコムがほぼ独占している。クアルコムの名前はあまり表には出てこないが、「クアルコムの半導体が無ければスマートフォンは作れない」とも言われるほど。
現に、ドコモの夏モデル16機種中14機種がクアルコム製を採用。KDDIも6機種中5機種、ソフトバンクも4機種中3機種を占める。クアルコム製の人気の理由の1つは、スマートフォンに必須の機能を1枚の半導体に収めている点。
通信制御やCPUに加えて、全地球測位システム(GPS)、画像処理専用半導体(GPU)など様々な機能が1枚の半導体に集約。結果的にスマートフォンの省電力や小型化につなげられるという。
●需要に応じ切れず
その半導体の生産が、スマートフォンのあまりの普及の速さに追いついていない。世界のスマートフォン出荷台数は年1億5千万-2億台ずつ増えており、今年は6億台を突破する見通し。
クアルコム自身も「世界各国のメーカーからの需要に応じ切れていない」(クアルコムジャパン)と認める。国内の通信会社や携帯電話メーカーの間では早くも、今冬向けの新製品への不安が広がっている。
NECカシオモバイルコミユニケーションズの田村義晴社長も「半導体の数が少ないことは事実。品薄の状況が続けば、メーカー間で奪い合いの状況に陥るかもしれない」と危機感を募らせる。
業界では、今秋にも米アップルが新型「iPhone」を発表するとされる。
また、米国で高速通信サービス「LTE」の本格運用が始まり、高性能のスマートフォンの販売が急拡大する見通しで、クアルコムの半導体への需要がさらに増す可能性が高い。
2011年の世界のスマートフォンの出荷台数は約4億8000万台(米ガートナー調べ)。そのうち、国内メーカー製の占める割合はわずか数%にとどまる。
「生産力の無い日本メーカーへの供給がさらに先細り、今冬の新モデルの販売時期がさらに遅れる可能性はある」(通信アナリスト)との懸念は根強い。
●問われる対応力
ドコモなどの通信会社や国内メーカーは、クアルコムヘの依存度を少しでも減らそうとしている。
クアルコム以外の半導体の供給先を探しているほか、ドコモと富士通、NEC、韓国サムスン電子など国内外の5社でスマートフォン向け通信用半導体の共同開発を目指した。
ただ、半導体の共同生産の計画は技術流出の懸念から4月に頓挫。「現時点ではクアルコムに頼るしかない」(ドコモ幹部)のが現状。
ドコモ幹部は「別の手法を検討している」というものの妙案は少ない。
クアルコムジャパンのクリフォード・フィッキ社長は「通信用半導体は世界中で予想以上に需要が伸び、不足感が出ている。ただ、需給はいずれ緩和させる」と増産を急ぐ考えを強調する。
だが、スマートフォンの普及ペース次第では、予断を許さない状況に変わりはない。
メールや通話ができないなど、昨年から頻発した通信障害はスマートフォンの急速な普及に伴うインフラの不備をあらわにした。今度は基幹部品の品不足という新たな問題が発生。
アップルのiPhoneなど世界のスマートフォンメーカーが半導体の獲得を目指す中、国内メーカーは乗り切れるのか。日本の携帯電話産業の対応力が問われる。
【記事引用】 「日経産業新聞/2012年6月15日(金)/22面」