カズさんの旅たび

 ~歴史、文化、芸術、美食紀行。。

インドへの旅(その7)ナーランダー

2013-03-14 | インド(仏跡)(その1)
ブッダ・ガヤーのホテルを8時にチェックアウトし、ナーランダーに車で向かう。距離は北東約90キロである。ナーランダーへは、途中、八大聖地の一つラージギルを通過することになる。8時半頃、パルク河を渡る手前の屋台で朝食にする。が、今回もやはり菓子とバナナで済ませる。
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その後、パルク河を渡り東に向かう。途中までは昨日に行った前正覚山へのルートと同じである。するとはねられていた犬が昨日のまま放置されているではないか。近くには数件の店が並んでいるにもかかわらず、どういうことなのか。
しばらくすると、左手(北側)に山が連なっているのが見える。前正覚山からラージギルにかけて伸びる山脈である。
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2時間ほど走ると前方に山の切れ目が見えてきた。
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すると、前方にカラフルな門が現れた。この門がラージギルへの南入口にあたる。古代インドには十六の大国があったが、その中でも特にマガダ国、コーサラ国、ヴッツァ国、アヴァンティ国の4か国が勢力を誇っていた。このラージギルは、仏陀が活躍していた時代、マガダ国の首都であり「王の住居」と言う意味でラージャグリハと呼ばれていた。漢訳では「王舎城」という表記で知られている。
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ラージギルは、自然に形成された5つの山(ヴァイバーラ、ソーナ、ウダヤ、ヴィプラ、ラトナ)の連なりに囲まれた中にあり、外的から身を護るにはまたとない堅牢な自然の要塞である。この辺りが当時の王舎城の南門にあたる。
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東西に城壁が続いているのが見える。マガダ国は、紀元前6~5世紀、シャイシュナーガ王朝第5代、ビンビサーラ王の治世時に強大となり、ガンジス川流域の平原を支配した。更にその後、諸王国を平定し、マウリヤ朝のもとでインド初の統一帝国を築いて行くことになる。
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南門から北に向かって車を進めると、すぐ右手に遺跡が見えてきた。最近発掘されたものであるという。
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さて、ラージギルの見学は後程とし、ラージギルの市内を北東方面に抜けて、ナーランダー遺跡の見学に向かう。
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ナーランダー駅の手前を左方面に行くとナーランダーの遺跡地区である。前方にゲートが見える。ラージギル市内からは30分程の距離であった。
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ナーランダーは、5世紀のグプタ朝時代に僧院が建設され、その後伽藍が築造され、12世紀にイスラム教徒に破壊されるまで、仏教学の一大センターであった。玄奘三蔵も5年間にわたり研鑽を積んだ地である。
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仏陀が活躍していた時代には、まだ僧院はなく寒村であった。齢80を迎えた仏陀は、最後の旅をラージャグリハから故郷を目指して旅立ち、最初に訪問した土地がこのナーランダーである。この地では富豪パーヴァリカが所有するマンゴー園に滞在し、多くの修行僧たちに法を説いたという。その後、仏陀はパトナ、ヴァイシャリーに向かい、クシナーガラで病に倒れて涅槃に至ることとなる。
また、ナーランダーは、仏陀の十大弟子のサーリプッタ(舎利弗)とモッガーラナ(目連)の生誕の地と言われている。
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最初にナーランダー博物館に向かった。小さな博物館であった。
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館内の写真撮影は禁止であった。外にも仏像が置かれていた。
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博物館を20分程見学した後、西方面にある遺跡地区に向かった。
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正面に煉瓦が積まれた巨大な僧院跡が見えてきた。便宜上、左側が僧院1で、右側が僧院2と名付けられており、その間から遺跡地区に入ることになる。なおこの遺跡地区には、全部で11の僧院跡と14の寺院跡がある。
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遺跡地区に入り、僧院1の上から、入口方面を眺める。
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僧院は、僧侶一人ひとりの部屋に区切られている。玄奘三蔵は「大唐西域記」の中で僧は数千人おり、外国にまで名声馳せている僧は数百人以上いると記録している。
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部屋には風通と明り取りのための窓が設けられている。
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地面には、柱が建っていたと思われる窪みが残されている。
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あちらこちらにグプタ朝時代の仏像が祀られた仏塔がある。
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こちらには細かく浮彫された円柱が建っている。
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僧院の間には煉瓦を積み重ねた小さなストゥーパが数多く並んでいる。
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これは椅子だろうか。小さな仏像が一面に彫りこまれている。隙間なく仏陀像の浮き彫りが見える。
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後ろ側から見てみるが、やはり仏陀像がびっしり並んでいる。よく見ると段ごとに異なった印相で、一体毎に微妙に表情が異なっているのがわかる。
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西にある僧院2から、東の僧院群を眺める。
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遺跡から西側を眺めると、建造物は見当たらず、古代から変わらないであろう風景を眺めることができる。
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僧院2の上から、南西方面には一際目をひく三層からなるストゥーパが見える。第3ストゥーパと呼ばれてるが、仏陀の弟子であるシャーリープトラ(舎利弗)を記念して建てられたものだと言われている。
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近づいて第3ストゥーパを見る。午前中はこの位置からだと逆光になり良く見えない。
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西側に移動してみる。
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西側からストゥーパ見ると正面にある階段は前方になだらかに伸びているのがわかる。
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第3ストゥーパの裏側(南側)に回ってみる。こちらにも遺構が多い。右側にはひときわ大きく白みがかった仏塔が見える。
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仏塔には、龕が設けられており中に仏像が飾られている。下部の倚像や立像の顔は破損しているが、上部や中ほどの坐像は顔もしっかり残っている。
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時刻は13時半になっていた。1時間半ほど見学しただろうか、道路沿いのレストランに行き、傾いた土間に置かれたテーブルで傾きながら昼食をする。
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やはりメニューはカレー(ターリー)しかない。ライスはなくチャパティのみであった。味はまあまあであった。ビールはない。
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その後、ラージギルに戻った。
(2012.11.21)

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