季節はずれの桜の花が散っていた。
「茂助さん、今まで言えなかったけど、およねさんまで巻き添えにしてしまって、すみませんでした。」
愛美達の墓の前で三津林は、手を合わせながら茂助に謝った。
「お屋形様、やめて下さい。あなた様のご心痛に比べたら、私などたいしたことはありません。」
愛美、さゆみ、渡名部、久留美、そしておよねの墓は、家康の計らいで浜奈の中でも一番大きな寺に建てられた。愛美達が亡くなって一月余、出陣の近づいたある日、三津林は、茂助と二人で墓参りに来ていた。
「昨日、また愛美の夢を見ました。愛美もさゆみも久留美さんも、皆私と一緒にここへ来たから死んでしまったんです。・・・私のせいで皆が死んで、私だけが生き残っているんです。」
「お屋形様、ご自分を責めないで下さい。・・・今は、誰もがいつ死んでしまうか判らないそんな世なんです。愛美さん達もおよねもあの時が寿命だったんです。決してお屋形様のせいではありません。」
「・・・。」
「皆は、少しでもお屋形様と一緒に居られて幸せだったと思います。・・・私もそうですから・・・。」
三津林と茂助は、花を添え、お参りをして寺を出た。
屋敷への帰り道で、三津林はふと足を止め、城下へつながる道の反対側にある小山を眺めた。
それは、三河からはるばる山を越え、久留美と浜奈城を見つけた所だった。
「ここは、何処ですか?私達生きてるんですか?」
久留美は、三津林に尋ねた。
「生きてますよ、ほら見て下さい、あそこから俺達は落ちたんです。」
はるか上にある崖を指差す三津林。
「嘘でしょ。私怪我してないもの。・・あんな所から落ちて怪我しないわけないでしょ。」
久留美は、上を見ながら呆気にとられている。構わず三津林は立ち上がった。まだ傷は痛むが、ゆっくりはしていられない。
「とにかく行きましょう。」
「行くって、何処へですか?」
「浜奈へです。」
「浜奈って、私仕事へ行かなきゃ。先生心配してると思うし・・・。」
久留美は、ズボンの汚れを掃って辺りを見回した。
「何だか、違う所みたい・・・。」
麓の街の方を見ても家が無い。見慣れたビルも道路も見当たらない。
「そうですよ。君も戦国時代に来ちゃったんです。」
「嘘!そんなことがあるわけないでしょ!」
信じられない久留美は、もう少し見渡せる場所まで進んでみた。しかしそこに見える風景は、今まで生活していた場所とあまりにも違っている。
「どうなってるの?」
「申し訳ないが、俺と一緒にタイムスリップしてしまったんだ。」
久留美は、言葉が出なくなった。
「ここへ来たら、もう知り合いはいない。とりあえず一緒に浜奈へ行きましょう。」
久留美は、しかたなく三津林の言うとおりにした。
三津林は、愛美のもとへ一刻も早く行こうとひたすら歩いた。しかし三津林は怪我をした身体であり、久留美も山歩きなどしたことがなく、二人が一山越えた頃には、陽が落ちていた。
「今夜は、ここで野宿しよう。」
三津林は、雨風がしのげる岩場の間で夜を越すことにした。三津林は、月明かりの下、足利にもらっていたおにぎりの残りを久留美と分け合って食べた。
「あの、慶大さんでしたよね、お名前・・・。」
「はい、そうです。」
「私は、元の時代に戻れるんですか?」
久留美は、タイムスリップして違う時代に来てしまったことに半信半疑だったが、事実であれば戻ることが出来るのか、気がかりだったのだ。
「戻れると思います。ただ愛美に薬を届けるまで待って下さい。」
「愛美さんて、生徒さんなんですよね?愛してるんですか?」
しばらく三津林は、その質問に答える言葉を探した。
「最初は、偶然一緒にタイムスリップしてしまっただけの関係だと思っていたんだけど、この時代に来て一緒にいる間に愛し合ってることに気付いたんだ。」
「ふううん。」
「この時代だから許されるんだけど、俺達いつの間にか周りの人達に夫婦にさせられちゃって、一緒に暮らしてる場所も出来たんだ。」
「ごちそうさま・・・。」
戦国時代だというのに、ほのぼのした話で久留美も満腹になってしまい、疲れもあったので横になった。
「久留美さんは、彼氏いるんですか?」
「・・・いない。」
「えっ、そうなんだ。君のように素敵な人が・・・、いないんだ。」
しばらく沈黙が続き、二人とも寝込んだ。
数時間が過ぎた頃、ちょっとした寒さに震えて久留美は目が覚めた。
「慶大さん・・・?」
顔を覗き込んだが三津林は寝ていた。久留美は、岩にもたれかかって眠っている三津林の横に肩を並べて座った。
「星が綺麗・・・。」
実をいうと、久留美は三津林に一目惚れをしていたのだ。学生の頃以来の男の温もりを感じていた。
朝焼けが二人を照らしていた。三津林が気が付くと、あぐらを組んだ三津林の太股の所に頭を乗せ、身体を丸めて眠っている久留美がいた。
「寒かったんだろう・・。」
と三津林は思い、しばらくそのまま寝かしていた。しかしさすがにこんな所で寝たことがなかっただろう、自分で動いた弾みで目が覚めたようだった。
「あっ!」
自分が三津林の膝枕で眠っていたことに気付いた久留美が、むくっと起き上がった。
「ごめんなさい!」
三津林の顔を見て、起きていたことが判った久留美は、恥ずかしさで思わず謝った。
「いいんだよ、疲れてただろ。」
久留美は、顔を赤くしながら立ち上がり、服についた汚れを掃った。
「怪我は、大丈夫ですか?」
「ああ、だいぶ良くなったと思う。」
「あとどれくらいでお城に着きますか?」
「半日くらいかな・・・。行こうか?」
「はい。」
三津林も立ち上がって、再び山道を歩き始めた。
陽が真上にきた頃になっても浜奈城は見えなかった。予想以上に怪我をした三津林と久留美の足では、長いきょりだったのだ。
「少し休もう・・・。」
三津林は、大きな木にもたれかかり座った。
「そこの道、また上りだわ。本当に山道って大変ね・・・。」
久留美も腰を下ろし、目の前の山道を恨めしそうに見ながら言った。
「ごめん、だけどもう少しで城が見える所まで行けると思うよ。」
「じゃ私、先に行って見て来る。」
久留美は、すくっと立ち上がり、小走りに坂を進んだ。
「久留美さん、気をつけなよ!」
「大丈夫!」
すぐに久留美の姿が見えなくなった。だがしばらくして走って戻って来た。
「三津林さん!来て!」
久留美は、座っていた三津林の腕を掴んで立たせ、引っ張るように坂を進んだ。久留美は、なかなか進めない三津林に肩を貸して一緒に歩いた。
「ほら見て!」
林を抜けると見晴らしが良くなり、久留美の指差す先には浜奈城があった。
「あれですよね、お城!」
「ああ、そうだよ・・。」
二人は、小山の頂上に立ち、しばらく肩を並べて浜奈城を眺めた。
「茂助さん、今度の出陣が最後になるかもしれない。でも皆の分まで最後まで戦います。」
三津林は、久留美と立ったあの小山を見て言った。
「はい、私もどこまででもお屋形様についてまいります。」
二人は、再び屋敷に向かって足を進めた。
「先生、死んじゃ駄目。必ず生きて帰って来て。」
屋敷の門をくぐった時、三津林は、背中に愛美の声を聞き振り返った。
しかし、そこに愛美の姿はなかった。
つづく
「茂助さん、今まで言えなかったけど、およねさんまで巻き添えにしてしまって、すみませんでした。」
愛美達の墓の前で三津林は、手を合わせながら茂助に謝った。
「お屋形様、やめて下さい。あなた様のご心痛に比べたら、私などたいしたことはありません。」
愛美、さゆみ、渡名部、久留美、そしておよねの墓は、家康の計らいで浜奈の中でも一番大きな寺に建てられた。愛美達が亡くなって一月余、出陣の近づいたある日、三津林は、茂助と二人で墓参りに来ていた。
「昨日、また愛美の夢を見ました。愛美もさゆみも久留美さんも、皆私と一緒にここへ来たから死んでしまったんです。・・・私のせいで皆が死んで、私だけが生き残っているんです。」
「お屋形様、ご自分を責めないで下さい。・・・今は、誰もがいつ死んでしまうか判らないそんな世なんです。愛美さん達もおよねもあの時が寿命だったんです。決してお屋形様のせいではありません。」
「・・・。」
「皆は、少しでもお屋形様と一緒に居られて幸せだったと思います。・・・私もそうですから・・・。」
三津林と茂助は、花を添え、お参りをして寺を出た。
屋敷への帰り道で、三津林はふと足を止め、城下へつながる道の反対側にある小山を眺めた。
それは、三河からはるばる山を越え、久留美と浜奈城を見つけた所だった。
「ここは、何処ですか?私達生きてるんですか?」
久留美は、三津林に尋ねた。
「生きてますよ、ほら見て下さい、あそこから俺達は落ちたんです。」
はるか上にある崖を指差す三津林。
「嘘でしょ。私怪我してないもの。・・あんな所から落ちて怪我しないわけないでしょ。」
久留美は、上を見ながら呆気にとられている。構わず三津林は立ち上がった。まだ傷は痛むが、ゆっくりはしていられない。
「とにかく行きましょう。」
「行くって、何処へですか?」
「浜奈へです。」
「浜奈って、私仕事へ行かなきゃ。先生心配してると思うし・・・。」
久留美は、ズボンの汚れを掃って辺りを見回した。
「何だか、違う所みたい・・・。」
麓の街の方を見ても家が無い。見慣れたビルも道路も見当たらない。
「そうですよ。君も戦国時代に来ちゃったんです。」
「嘘!そんなことがあるわけないでしょ!」
信じられない久留美は、もう少し見渡せる場所まで進んでみた。しかしそこに見える風景は、今まで生活していた場所とあまりにも違っている。
「どうなってるの?」
「申し訳ないが、俺と一緒にタイムスリップしてしまったんだ。」
久留美は、言葉が出なくなった。
「ここへ来たら、もう知り合いはいない。とりあえず一緒に浜奈へ行きましょう。」
久留美は、しかたなく三津林の言うとおりにした。
三津林は、愛美のもとへ一刻も早く行こうとひたすら歩いた。しかし三津林は怪我をした身体であり、久留美も山歩きなどしたことがなく、二人が一山越えた頃には、陽が落ちていた。
「今夜は、ここで野宿しよう。」
三津林は、雨風がしのげる岩場の間で夜を越すことにした。三津林は、月明かりの下、足利にもらっていたおにぎりの残りを久留美と分け合って食べた。
「あの、慶大さんでしたよね、お名前・・・。」
「はい、そうです。」
「私は、元の時代に戻れるんですか?」
久留美は、タイムスリップして違う時代に来てしまったことに半信半疑だったが、事実であれば戻ることが出来るのか、気がかりだったのだ。
「戻れると思います。ただ愛美に薬を届けるまで待って下さい。」
「愛美さんて、生徒さんなんですよね?愛してるんですか?」
しばらく三津林は、その質問に答える言葉を探した。
「最初は、偶然一緒にタイムスリップしてしまっただけの関係だと思っていたんだけど、この時代に来て一緒にいる間に愛し合ってることに気付いたんだ。」
「ふううん。」
「この時代だから許されるんだけど、俺達いつの間にか周りの人達に夫婦にさせられちゃって、一緒に暮らしてる場所も出来たんだ。」
「ごちそうさま・・・。」
戦国時代だというのに、ほのぼのした話で久留美も満腹になってしまい、疲れもあったので横になった。
「久留美さんは、彼氏いるんですか?」
「・・・いない。」
「えっ、そうなんだ。君のように素敵な人が・・・、いないんだ。」
しばらく沈黙が続き、二人とも寝込んだ。
数時間が過ぎた頃、ちょっとした寒さに震えて久留美は目が覚めた。
「慶大さん・・・?」
顔を覗き込んだが三津林は寝ていた。久留美は、岩にもたれかかって眠っている三津林の横に肩を並べて座った。
「星が綺麗・・・。」
実をいうと、久留美は三津林に一目惚れをしていたのだ。学生の頃以来の男の温もりを感じていた。
朝焼けが二人を照らしていた。三津林が気が付くと、あぐらを組んだ三津林の太股の所に頭を乗せ、身体を丸めて眠っている久留美がいた。
「寒かったんだろう・・。」
と三津林は思い、しばらくそのまま寝かしていた。しかしさすがにこんな所で寝たことがなかっただろう、自分で動いた弾みで目が覚めたようだった。
「あっ!」
自分が三津林の膝枕で眠っていたことに気付いた久留美が、むくっと起き上がった。
「ごめんなさい!」
三津林の顔を見て、起きていたことが判った久留美は、恥ずかしさで思わず謝った。
「いいんだよ、疲れてただろ。」
久留美は、顔を赤くしながら立ち上がり、服についた汚れを掃った。
「怪我は、大丈夫ですか?」
「ああ、だいぶ良くなったと思う。」
「あとどれくらいでお城に着きますか?」
「半日くらいかな・・・。行こうか?」
「はい。」
三津林も立ち上がって、再び山道を歩き始めた。
陽が真上にきた頃になっても浜奈城は見えなかった。予想以上に怪我をした三津林と久留美の足では、長いきょりだったのだ。
「少し休もう・・・。」
三津林は、大きな木にもたれかかり座った。
「そこの道、また上りだわ。本当に山道って大変ね・・・。」
久留美も腰を下ろし、目の前の山道を恨めしそうに見ながら言った。
「ごめん、だけどもう少しで城が見える所まで行けると思うよ。」
「じゃ私、先に行って見て来る。」
久留美は、すくっと立ち上がり、小走りに坂を進んだ。
「久留美さん、気をつけなよ!」
「大丈夫!」
すぐに久留美の姿が見えなくなった。だがしばらくして走って戻って来た。
「三津林さん!来て!」
久留美は、座っていた三津林の腕を掴んで立たせ、引っ張るように坂を進んだ。久留美は、なかなか進めない三津林に肩を貸して一緒に歩いた。
「ほら見て!」
林を抜けると見晴らしが良くなり、久留美の指差す先には浜奈城があった。
「あれですよね、お城!」
「ああ、そうだよ・・。」
二人は、小山の頂上に立ち、しばらく肩を並べて浜奈城を眺めた。
「茂助さん、今度の出陣が最後になるかもしれない。でも皆の分まで最後まで戦います。」
三津林は、久留美と立ったあの小山を見て言った。
「はい、私もどこまででもお屋形様についてまいります。」
二人は、再び屋敷に向かって足を進めた。
「先生、死んじゃ駄目。必ず生きて帰って来て。」
屋敷の門をくぐった時、三津林は、背中に愛美の声を聞き振り返った。
しかし、そこに愛美の姿はなかった。
つづく