作久間隊は、半分程に兵を減らして浜奈城へ帰還した。
「皆の者、ご苦労であった。」
家康は、対面所の外で並んでいた兵達をねぎらった。
「作久間、三津林は?」
「は、残念ながら敵に討たれました。しかしその最後は、我々のため自ら橋を落とし、追っ手の盾となり、見事な討ち死にでした。」
「そうか、残念じゃ・・・。」
家康は、兵の中に渡名部を見つけた。
「渡名部、お主も辛かろう。」
「はい、助けることも出来ず、目の前で敵に討たれて谷へ落ちる三津林の姿が、今でも頭から消えません・・・。」
「そうか・・・。」
「しかしながら、三津林は不死身です。敵に討たれて谷へ落ちましたが、それでも生きて帰って来るような気がしてなりません。」
「そうだな、あの時もそうであったように、奥方共々わしの前に現れようぞ。」
家康も渡名部も、ありえない事と判っていても、望みは同じものだった。
渡名部は、足取りも重く榊原の屋敷に向かった。屋敷に入るとお瑠衣の案内で愛美の眠る部屋へ。部屋には、さゆみが一人愛美に付いていた。
「渡名部さん。」
渡名部はさゆみの横に、お瑠衣は愛美を挟んで反対側に座った。
「先生は?」
渡名部は、答えることが出来ない。
「渡名部さん、先生はどうして来ないの?連れて帰るって言ったじゃない!」
「すまない、助けることが出来なかったんだ・・・。」
「助けられなかったって、じゃあ先生は、どうなったの?」
「敵に、敵に・・・。」
「殺されちゃったの?先生が死んじゃったら、愛美も死んじゃうかもしれないじゃない!どうして助けられなかったのよ!どうして!」
さゆみは、取り乱し渡名部に掴みかかった。
「さゆみさん、渡名部さんに罪はないわ。」
「だけど、連れて帰るって・・・。」
「すまない・・・。」
さゆみは、渡名部の胸で泣き崩れた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/4f/791a325fc5e9a157b604be2c95b3ae41.jpg)
日も暮れた川原に男が一人倒れていた。男は気を失っていたが、気が付くと明かりの見える方へ刀を杖代わりにして歩いた。そして土手を上がると異変に気付いた。
「ここは・・・。」
アスファルトの道路に水銀灯の灯り。男は、自分の目的を見出し、道を進んだ。やがて灯りが多くなり、車も行き来する。それらの車の運転手は皆、男の姿に怪訝な顔をして通り過ぎて行く。それでも男は気にすることも無く、進んで行った。
「あった!」
男の目に、足利内科医院の文字が映った。診療時間は終わっているだろうが、扉が開いたので、男は構わず中に入って行った。
「もう、診察はおわりました。」
事務仕事をしながら看護師が答えた。
「お願いがあるんですが・・・。」
「きゃっ!」
若い看護師が、男の姿を見て思わず声を上げた。
「何ですかあなたは?」
「けっして怪しいものでは・・・。」
と言っても、凄く怪しい姿だ。
「どうした、安達さん?」
奥から出て来た医者らしき中年の男が、受付の看護師に尋ねたが、来客者の姿を見て、こちらも驚きの表情を見せた。
「いったい君は・・・、芝居でもしてたのかい、その格好は?」
それにしても、戦国時代の兵士のように、籠手や腹巻をし、刀まで持っている。
「先生、警察を呼びましょうか?」
「それは、困ります。」
男は、受付の中まで押し入り、二人に刀を向けた。
「お二人に、危害を加える気持ちはありません。しかしながら、事情あってお願いしたいことがあるので、静かに聴いて欲しいのです。」
格好は怪しいけれど、人間的には、悪人ではなさそうなので、医者と看護師は、とりあえず要求通り静かにした。
「君、怪我をしているんじゃないか?」
その通りに、男は腕や腰の辺りに血を滲ませていた。
「とにかく手当てをしよう、そこへ座りなさい。」
医者の足利は、男を受付から隣の診察室の椅子に座らせた。
「すみません、私は、三津林と言います。高校の歴史の教師をしていました。」
男は、自分のことを素直に話すことにした。
「信じては頂けないと思いますが、私は教え子の女子生徒と一緒に、洞窟の中で戦国時代へタイムスリップしてしまい・・・。」
「タイムスリップですか?」
看護師の安達久留美が聞き返した。
「最初は、私も信じられませんでしたが、丁度味方ヶ原の戦いの時に遭遇して、こんな格好で戦にも出ることになってしまったんです。」
「ううむ、それが真実だとしても、なぜまた現代に・・・。」
「戻って来たのは初めてじゃないんです。なぜか地震で出来た地割れや谷などに落ちると、白い光の中に吸い込まれて、戦国時代と現代を行ったり来たりするんです。」
「映画のような話だが、この腕や腹の傷は、刃物によるものではあるが・・・、しかし信じられん。」
当然のことだが、足利は話をしながらも手当てはしてくれていた。
「じゃ、このまま現代に居れば、もう戦わなくていいわけね。」
「それは出来ない。」
「どうして?戦国時代の方がいいんですか?」
「愛美が居るんだ!あっ、さっき言った生徒が戦国時代に残っているんだ。」
三津林の顔色が変わった。
「そうだ先生、毒茸を食べてしまった時に効く薬はありませんか?」
「毒茸か・・。効きそうな薬はあるにはあるが・・・。」
「それを下さい。お金は無いし、返すことも出来ませんが、生徒の命がかかっているんです。お願いします。」
三津林は、床に跪き頭を下げた。
「話はまだ信じられないが、君が嘘を言ってるようには見えない。とりあえず薬を用意するからベッドで休んでいなさい。その傷は本物だから・・・。」
足利は、薬のある別室へ行き、久留美が三津林を立たせ、ベッドへ寝かせた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/77/47043494c2d09739caa8b9091612fdc1.jpg)
三津林は眠っていた。
「安達さんは、彼の話を信じるかい?」
「普通は、信じられない話だと思うし、頭おかしいんじゃないって誰もが言うと思いますけど・・・。」
「確かにそうだな。だけどあの防具や刀は、偽物とは思えないし、彼もそんな馬鹿げた嘘を言うような人間には見えないから、本当かもしれない。」
「でも先生、もし本当だったら、凄いことですよね。」
「そうだな・・・。」
足利は、とりあえず毒消しになる薬を用意し、久留美に渡して袋に入れさせた。
「君は帰りなさい。」
「先生、大丈夫ですか?誰かに報せたらどうですか?」
「私は、彼を悪人ではないと信じてみるよ。後のことは大丈夫だから、心配しないで帰りなさい。」
久留美は、気がかりではあったが、足利の言う通りにして帰った。
「先生、遅かったじゃないですか。早く行きましょ、さゆみ達が待ってるわ。」
「そうだな愛美、俺達の生きる世界は、戦国時代だからな。」
愛美が、先に走り出した。
「そうよ、早くしないと花も散っちゃいそうよ・・・。」
「ちょっと待ってくれ、まだ薬がないんだ。」
三津林の制止も聞かず、愛美はどんどん先へ進んで行ってしまう。
「早く、早く、私も散っちゃいそうなの・・・。」
「愛美、待ってくれ、愛美!」
三津林の足はなかなか進まない。だが愛美はもう崖の所まで行っていた。
「愛美!行くな!俺が行くまで待ってろ!」
「先生、先に行くね。」
振り返った愛美は、涙を流していた。そして愛美の姿は、崖の上から消えてしまった。
「愛美!」
膝をつく三津林は、何度も愛美の名を呼んだ。
三津林が気付いた時には、もう朝になっていた。
「夢でも見ていたようだね。薬は用意したよ、持って行きなさい。」
「私の話を信じてくれるんですか?」
「さあ、信じたと言うか・・・、そんな夢のような話があっても面白いんじゃないかと思っただけかな・・・。」
「ありがとうございます。ついでにもう一つお願いしてもいいでしょうか?」
「何かね?」
「車で山まで連れて行って欲しいんです。」
「乗りかかった船だ、行きましょう。」
三津林と足利は、医院を出て山に向かった。途中、その車を見つけた久留美が追いかけた。
「絶対に散らせたくないんです。・・・一番大切な花だから。」
崖の上に立つ三津林は、空を見ながら言った。
「しかし本当に大丈夫かね、もしものことがあれば、私は目の前で人を死なせてしまうかもしれないんだからね・・・。」
「大丈夫です。必ずタイムスリップします。」
三津林は、足元を見た。敵に追い詰められて落ちた崖と同じくらいの深い谷だ。
「待って下さい。」
久留美だった。久留美は足利の前を通り過ぎ、三津林の所まで行った。
「馬鹿なことはやめて下さい、死んじゃいます。せっかく手当てしたのに、なぜ足利先生は止めないんですか。」
久留美は、足利を睨んだ。
「安達さん・・・。」
久留美は、三津林の腕を掴んだ。
「ありがとう、心配してくれるのは嬉しいけど、行かなきゃいけないんだ。」
「駄目です、こんな所から飛び降りたら、あっ!」
久留美が足を滑らせてしまい、体が谷の方へ倒れこんでしまった。
「危ない!」
「きゃあっ!」
慌てて三津林が久留美を抱きかかえたが、一緒に谷に落ちる体勢になってしまった。
「安達さん!」
足利も二人の所へ進もうとしたが、時すでに遅く二人は谷へ向かって落ちてしまった。足利は崖の上で倒れ込み下を見たが、二人は重なって落ちて行く。
「安達さん・・・。」
その時、谷の底の方から白い光が昇って来た。やがてその光は二人を包み込み消えた。
「本当なんだ・・・。」
足利は、しばらくそこから動くことが出来なかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/9a/fc76e77ef086a8548237dd79156d9b19.jpg)
「何、その女は、愛美どのが死んだと、使いの足軽に言ったというのか?」
家康は、家臣の報告に顔色を変えた。
「は、さらに聞いて回ったところ、愛美どのが、毒茸を食す前に、その女が訪れていたのを見た者がおりました。」
「なんと・・・。」
「さらに、噂では、以前浪人を雇い、気に入らぬ何人かの女を死に追いやったとのこと。」
「むむ、なぜ愛美どのまでを・・・。ええい、阿下隆作とその妻お良を詮議せよ。」
家康は、命令を下した。
つづく
「皆の者、ご苦労であった。」
家康は、対面所の外で並んでいた兵達をねぎらった。
「作久間、三津林は?」
「は、残念ながら敵に討たれました。しかしその最後は、我々のため自ら橋を落とし、追っ手の盾となり、見事な討ち死にでした。」
「そうか、残念じゃ・・・。」
家康は、兵の中に渡名部を見つけた。
「渡名部、お主も辛かろう。」
「はい、助けることも出来ず、目の前で敵に討たれて谷へ落ちる三津林の姿が、今でも頭から消えません・・・。」
「そうか・・・。」
「しかしながら、三津林は不死身です。敵に討たれて谷へ落ちましたが、それでも生きて帰って来るような気がしてなりません。」
「そうだな、あの時もそうであったように、奥方共々わしの前に現れようぞ。」
家康も渡名部も、ありえない事と判っていても、望みは同じものだった。
渡名部は、足取りも重く榊原の屋敷に向かった。屋敷に入るとお瑠衣の案内で愛美の眠る部屋へ。部屋には、さゆみが一人愛美に付いていた。
「渡名部さん。」
渡名部はさゆみの横に、お瑠衣は愛美を挟んで反対側に座った。
「先生は?」
渡名部は、答えることが出来ない。
「渡名部さん、先生はどうして来ないの?連れて帰るって言ったじゃない!」
「すまない、助けることが出来なかったんだ・・・。」
「助けられなかったって、じゃあ先生は、どうなったの?」
「敵に、敵に・・・。」
「殺されちゃったの?先生が死んじゃったら、愛美も死んじゃうかもしれないじゃない!どうして助けられなかったのよ!どうして!」
さゆみは、取り乱し渡名部に掴みかかった。
「さゆみさん、渡名部さんに罪はないわ。」
「だけど、連れて帰るって・・・。」
「すまない・・・。」
さゆみは、渡名部の胸で泣き崩れた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/4f/791a325fc5e9a157b604be2c95b3ae41.jpg)
日も暮れた川原に男が一人倒れていた。男は気を失っていたが、気が付くと明かりの見える方へ刀を杖代わりにして歩いた。そして土手を上がると異変に気付いた。
「ここは・・・。」
アスファルトの道路に水銀灯の灯り。男は、自分の目的を見出し、道を進んだ。やがて灯りが多くなり、車も行き来する。それらの車の運転手は皆、男の姿に怪訝な顔をして通り過ぎて行く。それでも男は気にすることも無く、進んで行った。
「あった!」
男の目に、足利内科医院の文字が映った。診療時間は終わっているだろうが、扉が開いたので、男は構わず中に入って行った。
「もう、診察はおわりました。」
事務仕事をしながら看護師が答えた。
「お願いがあるんですが・・・。」
「きゃっ!」
若い看護師が、男の姿を見て思わず声を上げた。
「何ですかあなたは?」
「けっして怪しいものでは・・・。」
と言っても、凄く怪しい姿だ。
「どうした、安達さん?」
奥から出て来た医者らしき中年の男が、受付の看護師に尋ねたが、来客者の姿を見て、こちらも驚きの表情を見せた。
「いったい君は・・・、芝居でもしてたのかい、その格好は?」
それにしても、戦国時代の兵士のように、籠手や腹巻をし、刀まで持っている。
「先生、警察を呼びましょうか?」
「それは、困ります。」
男は、受付の中まで押し入り、二人に刀を向けた。
「お二人に、危害を加える気持ちはありません。しかしながら、事情あってお願いしたいことがあるので、静かに聴いて欲しいのです。」
格好は怪しいけれど、人間的には、悪人ではなさそうなので、医者と看護師は、とりあえず要求通り静かにした。
「君、怪我をしているんじゃないか?」
その通りに、男は腕や腰の辺りに血を滲ませていた。
「とにかく手当てをしよう、そこへ座りなさい。」
医者の足利は、男を受付から隣の診察室の椅子に座らせた。
「すみません、私は、三津林と言います。高校の歴史の教師をしていました。」
男は、自分のことを素直に話すことにした。
「信じては頂けないと思いますが、私は教え子の女子生徒と一緒に、洞窟の中で戦国時代へタイムスリップしてしまい・・・。」
「タイムスリップですか?」
看護師の安達久留美が聞き返した。
「最初は、私も信じられませんでしたが、丁度味方ヶ原の戦いの時に遭遇して、こんな格好で戦にも出ることになってしまったんです。」
「ううむ、それが真実だとしても、なぜまた現代に・・・。」
「戻って来たのは初めてじゃないんです。なぜか地震で出来た地割れや谷などに落ちると、白い光の中に吸い込まれて、戦国時代と現代を行ったり来たりするんです。」
「映画のような話だが、この腕や腹の傷は、刃物によるものではあるが・・・、しかし信じられん。」
当然のことだが、足利は話をしながらも手当てはしてくれていた。
「じゃ、このまま現代に居れば、もう戦わなくていいわけね。」
「それは出来ない。」
「どうして?戦国時代の方がいいんですか?」
「愛美が居るんだ!あっ、さっき言った生徒が戦国時代に残っているんだ。」
三津林の顔色が変わった。
「そうだ先生、毒茸を食べてしまった時に効く薬はありませんか?」
「毒茸か・・。効きそうな薬はあるにはあるが・・・。」
「それを下さい。お金は無いし、返すことも出来ませんが、生徒の命がかかっているんです。お願いします。」
三津林は、床に跪き頭を下げた。
「話はまだ信じられないが、君が嘘を言ってるようには見えない。とりあえず薬を用意するからベッドで休んでいなさい。その傷は本物だから・・・。」
足利は、薬のある別室へ行き、久留美が三津林を立たせ、ベッドへ寝かせた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/77/47043494c2d09739caa8b9091612fdc1.jpg)
三津林は眠っていた。
「安達さんは、彼の話を信じるかい?」
「普通は、信じられない話だと思うし、頭おかしいんじゃないって誰もが言うと思いますけど・・・。」
「確かにそうだな。だけどあの防具や刀は、偽物とは思えないし、彼もそんな馬鹿げた嘘を言うような人間には見えないから、本当かもしれない。」
「でも先生、もし本当だったら、凄いことですよね。」
「そうだな・・・。」
足利は、とりあえず毒消しになる薬を用意し、久留美に渡して袋に入れさせた。
「君は帰りなさい。」
「先生、大丈夫ですか?誰かに報せたらどうですか?」
「私は、彼を悪人ではないと信じてみるよ。後のことは大丈夫だから、心配しないで帰りなさい。」
久留美は、気がかりではあったが、足利の言う通りにして帰った。
「先生、遅かったじゃないですか。早く行きましょ、さゆみ達が待ってるわ。」
「そうだな愛美、俺達の生きる世界は、戦国時代だからな。」
愛美が、先に走り出した。
「そうよ、早くしないと花も散っちゃいそうよ・・・。」
「ちょっと待ってくれ、まだ薬がないんだ。」
三津林の制止も聞かず、愛美はどんどん先へ進んで行ってしまう。
「早く、早く、私も散っちゃいそうなの・・・。」
「愛美、待ってくれ、愛美!」
三津林の足はなかなか進まない。だが愛美はもう崖の所まで行っていた。
「愛美!行くな!俺が行くまで待ってろ!」
「先生、先に行くね。」
振り返った愛美は、涙を流していた。そして愛美の姿は、崖の上から消えてしまった。
「愛美!」
膝をつく三津林は、何度も愛美の名を呼んだ。
三津林が気付いた時には、もう朝になっていた。
「夢でも見ていたようだね。薬は用意したよ、持って行きなさい。」
「私の話を信じてくれるんですか?」
「さあ、信じたと言うか・・・、そんな夢のような話があっても面白いんじゃないかと思っただけかな・・・。」
「ありがとうございます。ついでにもう一つお願いしてもいいでしょうか?」
「何かね?」
「車で山まで連れて行って欲しいんです。」
「乗りかかった船だ、行きましょう。」
三津林と足利は、医院を出て山に向かった。途中、その車を見つけた久留美が追いかけた。
「絶対に散らせたくないんです。・・・一番大切な花だから。」
崖の上に立つ三津林は、空を見ながら言った。
「しかし本当に大丈夫かね、もしものことがあれば、私は目の前で人を死なせてしまうかもしれないんだからね・・・。」
「大丈夫です。必ずタイムスリップします。」
三津林は、足元を見た。敵に追い詰められて落ちた崖と同じくらいの深い谷だ。
「待って下さい。」
久留美だった。久留美は足利の前を通り過ぎ、三津林の所まで行った。
「馬鹿なことはやめて下さい、死んじゃいます。せっかく手当てしたのに、なぜ足利先生は止めないんですか。」
久留美は、足利を睨んだ。
「安達さん・・・。」
久留美は、三津林の腕を掴んだ。
「ありがとう、心配してくれるのは嬉しいけど、行かなきゃいけないんだ。」
「駄目です、こんな所から飛び降りたら、あっ!」
久留美が足を滑らせてしまい、体が谷の方へ倒れこんでしまった。
「危ない!」
「きゃあっ!」
慌てて三津林が久留美を抱きかかえたが、一緒に谷に落ちる体勢になってしまった。
「安達さん!」
足利も二人の所へ進もうとしたが、時すでに遅く二人は谷へ向かって落ちてしまった。足利は崖の上で倒れ込み下を見たが、二人は重なって落ちて行く。
「安達さん・・・。」
その時、谷の底の方から白い光が昇って来た。やがてその光は二人を包み込み消えた。
「本当なんだ・・・。」
足利は、しばらくそこから動くことが出来なかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/9a/fc76e77ef086a8548237dd79156d9b19.jpg)
「何、その女は、愛美どのが死んだと、使いの足軽に言ったというのか?」
家康は、家臣の報告に顔色を変えた。
「は、さらに聞いて回ったところ、愛美どのが、毒茸を食す前に、その女が訪れていたのを見た者がおりました。」
「なんと・・・。」
「さらに、噂では、以前浪人を雇い、気に入らぬ何人かの女を死に追いやったとのこと。」
「むむ、なぜ愛美どのまでを・・・。ええい、阿下隆作とその妻お良を詮議せよ。」
家康は、命令を下した。
つづく
昨年11月3日に日進市と豊田市にあるお城を見るために、日帰りで行って来ました。
日進市の岩崎城は、以前から存在は知っていたのですが、日進市に行ったことがなかったので、豊田の七洲城(挙母城)と合わせて場所を調べて、城巡りのコース設定をしました。
東名高速を音羽蒲郡ICから乗って、東名三好ICで降り、北へ進んで日進市に入り、地図通りに進むと小山の上にお城が見えました。岩崎城の歴史は知らなかったのですが、小牧・長久手の戦いに関わっていたことを初めて知りました。
岩崎城を出て、高速には乗らず、153号線で豊田市街へ入り、地図上の七洲城の場所へ行きました。しかし調べていた地図には、城の位置が載っていなかったため、すぐには分からなかったのですが、文化会館のあたりを移動していたら、お城が見つかりました。夕方だったせいか、中へは入れず、写真だけ撮って帰りました。
二つの城だけでしたが、初めて見る城でしたので、それだけで成果はあったような気がしました。
日進市の岩崎城は、以前から存在は知っていたのですが、日進市に行ったことがなかったので、豊田の七洲城(挙母城)と合わせて場所を調べて、城巡りのコース設定をしました。
東名高速を音羽蒲郡ICから乗って、東名三好ICで降り、北へ進んで日進市に入り、地図通りに進むと小山の上にお城が見えました。岩崎城の歴史は知らなかったのですが、小牧・長久手の戦いに関わっていたことを初めて知りました。
岩崎城を出て、高速には乗らず、153号線で豊田市街へ入り、地図上の七洲城の場所へ行きました。しかし調べていた地図には、城の位置が載っていなかったため、すぐには分からなかったのですが、文化会館のあたりを移動していたら、お城が見つかりました。夕方だったせいか、中へは入れず、写真だけ撮って帰りました。
二つの城だけでしたが、初めて見る城でしたので、それだけで成果はあったような気がしました。
![]() |
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岩崎城 | ||||
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大野市から157号線を北へ行くと勝山市です。勝山市街地に入る前に田園の中にそびえる立派なお城が見えました。・・・勝山城です。
実際には、勝山城博物館で当地出身の故多田清氏によって築城されたものです。
勝山城址は、市街地の勝山市民会館にあります。
福井県城巡りの1日目も夕方近くになり、勝山城博物館から勝山城址(勝山市民会館)を経て、九頭竜川沿いに福井市に向かって走りました。途中ガソリンスタンドに寄り、当初の予定では勝山の後、宿泊ホテルに向かう予定でしたが、多少時間があり、翌日の予定を楽にするため、2日目の予定だった福井城へ向かうことにしました。
実際には、勝山城博物館で当地出身の故多田清氏によって築城されたものです。
勝山城址は、市街地の勝山市民会館にあります。
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福井県城巡りの1日目も夕方近くになり、勝山城博物館から勝山城址(勝山市民会館)を経て、九頭竜川沿いに福井市に向かって走りました。途中ガソリンスタンドに寄り、当初の予定では勝山の後、宿泊ホテルに向かう予定でしたが、多少時間があり、翌日の予定を楽にするため、2日目の予定だった福井城へ向かうことにしました。
榊原の屋敷で薬師に診てもらった愛美だが、依然意識も戻らず危険な状態だった。
「愛美、死なないで・・・。」
意識のない愛美の手を握って、さゆみは何度も呟いていた。
「さゆみさん、食事をしなさい。あなたまで身体を壊してしまうわ。」
「でも、私がいない間にもしも・・。」
「大丈夫よ、私がちゃんと見てるから。」
およねは、付きっ切りのさゆみを食事に行かせるため、お初に愛美の様子を見させた。
夕方になって、榊原の屋敷に供のものと一緒に男がやって来た。
「容態はどうじゃ。」
「は、意識はなく、何とも言えない状態です。」
家康だった。家康は、三津林の妻である愛美の急病を聞き、わざわざ榊原の屋敷までやって来たのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/9d/f733001b6a96e25e2cbf63c04b98c2f3.jpg)
愛美が寝ている部屋に、家康と榊原が榊原の妻お瑠衣に案内されて来た。
およね、お初、さゆみが揃って愛美を見守っていたが、急な家康の見舞いに驚き、三人とも下がって伏せた。
「三津林の留守に、奥方を死なせては申し訳がない。何とか快方に向かって欲しいものよのお。」
家康は、横に座って愛美の顔を眺めながら言った。
「まことにございます。」
榊原が相づちを打つ。
「茸は、間違って食したのか?」
家康は、およね達に聞いた。
「し、知らなかったと思います。」
「でも、変なんです。」
お初が言った。
「変とは?」
「はい、私達が合って話をした時には、食べ物はなかったはずなんです。それから愛美さんが出かけた様子もないし、だからどうして毒茸なんかがあったのか・・・。」
「そうか、だが愛美どのに毒を盛るような相手もおらぬだろう。とにかく良くなって欲しい。」
家康は、榊原の屋敷を出て城へ戻った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/57/326c24845653630b5c07163ed8a647cc.jpg)
家康が城に戻ってしばらくすると、伝令の渡名部が城へ帰って来た。渡名部は、すぐに対面所に控えさせられ、重臣達とともに家康を待った。
やがて家康が対面所に現れ、渡名部は重臣に促されて、武田軍と作久間隊の仔細を報告した。
「そうか、ところで三津林は無事か?」
「あ、はい、我ら部隊に討たれた者は無く・・・。」
「三津林じゃ。」
渡名部には、家康が足軽の三津林のことを気にかけることが判らなかった。
「は、はい、無事ですが・・・。」
「そうか・・・。大儀であった残っておれ。」
家康は、重臣達と対応策を協議し、とりあえず渡名部よりも先に、作久間隊へ伝令を出すことにして談義を終えた。
榊原以外の重臣達が対面所を出た後、家康は渡名部を近くに寄らせた。
「実はじゃ・・・。」
渡名部は、何を言われるのかと少し戸惑った。
「三津林の奥方、愛美どのが、毒茸にあたって死にかけておるんじゃ。」
「えっ、何ですって、愛美ちゃん、いえ、愛美どのが!」
「そうなんじゃ、今榊原の屋敷におるんじゃが、薬師の手当てを受けてもまだ意識が戻っておらぬのじゃ。」
「そ、そんな・・・。」
「とにかく、今から見舞うてくれぬか。そして様子を見たら、三津林を連れ戻して来て欲しいのじゃ。」
「は、申し受けてございます。」
渡名部は、すぐに榊原の屋敷へ向かった。榊原に案内されて愛美が眠る部屋へ行くと、さゆみ達が愛美に付き添っていた。
「さゆみさん・・・。」
さゆみは、渡名部の顔を見ると涙を流した。
「渡名部さん、愛美が、愛美が死んじゃう・・・。」
渡名部は、さゆみの肩を抱いた。
「大丈夫だよ、まだ死んじゃあいないんだろ。愛美ちゃんは、きっと元気になるよ・・・。」
「渡名部さん・・・。」
「俺は、また戻って三津林を連れて帰ってくる。だから愛美ちゃんを見てやっててくれ。」
「うん、先生が来れば愛美も良くなるかもしれないわ。」
二人は、廊下へ出た。中庭から月が見えていた。
「月が綺麗だ。」
「そうね、愛美も一緒に見れればいいのに・・・。」
庭の木に咲く花の花びらが、ひらひらと舞い落ちている。
「彼女のような良い娘が、こんな戦国時代に来てしまって、それでもせっかく幸せを掴んだというのに、もう儚く散ってしまうのか・・・。」
「渡名部さん、愛美は死なないよ。愛美は、先生が帰って来るまで待ってるって言ってたもん!」
今度はさゆみが渡名部を励ましている。
「うん、行ってくる。」
渡名部は、榊原の屋敷で少しの食料を持たされ、再び戦場へと向かった。
渡名部が出発する少し前、城下のある屋敷の前でのこと。足軽が一人通り過ぎようとしていた。
「欣太さん、使いに行くのね、気をつけて行ってらっしゃい。」
「これは、お良様。三河まで行ってきます。幾つか伝えることがあって急ぎの出立になりました。」
「そうそう、それと関係あるか判らないけれど、あちらに行ってる足軽の三津林とか言う方の若いお嫁さんが、少し前に亡くなったそうよ。」
「えっ、そうなんですか?病気だと聞いてたんですが・・・。」
「そうなのよ、残念ね。じゃ、早く伝えないと。」
「はい、行ってきます。」
使いの足軽は、お良の話を信じて走って城下を出て行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/b5/d1d9bf86b86b256458978675adb8c312.jpg)
野駄城は、武田軍に包囲され籠城戦を強いられていた。
作久間隊は、その武田軍の後方にある麻田山から偵察していた。
「これでは落城は免れんが、少しでも長引くように策を練ろう。」
作久間達は、少しでも武田軍を混乱させ、城が落ちるのを先に延ばそうと策を練っていた。
そこへ使いの足軽がやって来た。
「殿からの使いにございます。」
足軽は、書状を作久間に手渡した。その書状を作久間が読み終わると、もう一つの書状を出した。
「こちらは、三津林どのへの報せにございます。」
「三津林に?」
さっそく開いて読んでみた。
「奥方が急病・・・。」
「急病ですか?書状ではそうかもしれませんが、城下を出る前には亡くなったと聞いております。」
「本当か?」
「はい。」
「うむ、何とすべきか・・・。」
作久間は、その書状を持って、見張りに出ている三津林の所へ向かった。
「三津林・・・。」
「これは、作久間様。敵はまだ城攻めに掛かっておりません。」
「そうか、三津林、御主に書状がきておる、読むがいい・・・。」
三津林は、手渡された書状を読み始めた。次第に顔色が変わる。
「そんな馬鹿な!何で毒茸なんか・・・。」
「言いづらいが、書状を持って来た伝令によると、城下を出る前に奥方は亡くなったそうだ。」
三津林は、書状を持ったまま膝をついた。
「愛美・・・。」
その時だった。
「うわああっ!」
「敵だ!」
二人の耳に味方の叫び声が聞こえた。
「三津林、ついて参れ!」
「はっ、はい!」
作久間隊が陣取っていた場所には、武田軍の部隊が雪崩を打って押し寄せていた。
「気付かれておったか!、引け!引けええい!」
だが抵抗していた味方も逃げる間もなく、次々討ち取られていった。
作久間達は、麻田山を奥へ奥へと逃げて行った。しかし途中で回り込んでいた別働隊に出くわし、挟まれる格好になってしまった。
「無念、これまでか・・・。」
「作久間様!」
「渡名部!」
「こちらに抜け道があります。」
作久間隊の危機的状況が察知出来た渡名部が抜け道を見つけて合流してきたのだ。
「そうか、行こう!」
渡名部の指示で作久間隊は、脇道へ入り挟み撃ちを回避した。
「渡名部さん・・。」
「三津林君、今はとにかく逃れよう!」
三津林達は、追っ手もあり逃げるのみだった。
「あの橋を渡って崖の向こう側に行けば、逃げ切れます。」
山の中腹に割れ目があり、その崖の間を人一人が渡れる幅の丸太とつるで作られたつり橋が掛けられていた。そこへたどり着いた作久間隊は、作久間を先頭に橋を渡り始めた。橋はギシギシと音を立て揺れた。半分以上が渡り終えた時、敵が現れた。
残っていた足軽達が応戦している。
「急げ!」
渡名部も橋を渡り始めたが、残されていた足軽達も続けて橋に殺到してしまった。
それを敵の弓隊が狙い済まして矢を放った。
「うわあっ!」
何人かは矢が当たり、谷へ落ちた。それでも渡名部のほか数名が渡り終えた。
「橋を落とせ!」
「しかし、まだ味方が残っています!」
反対側には、まだ数名の味方が武田部隊と戦っていた。しかしその数も次第に討たれて減っている。
「已むを得ん!」
「み、三津林君!」
応戦している味方の中に、三津林の姿があった。渡名部は思わず橋に戻り、反対側へ渡ろうとした。
「三津林君!来い!」
しかし、応戦していた三津林達味方の兵よりも先に、敵兵が橋を渡り始めてしまった。
「おのれ!」
渡名部は、橋を進み揺れる橋の上で敵兵と応戦した。何人かを倒して谷へ落としたが、敵兵は次々と渡ってくる。次第に渡名部も押し戻された。
「渡名部さん!戻って橋を落として下さい!」
「何を言ってる!今助けに行くから踏ん張れ!」
その時、三津林の左腕に敵兵の刀が当たった。
「あっ!」
三津林は、負傷しながらもその敵兵を倒し、そして大声を上げ、右手で刀を振りながら崖の淵を橋に向かって走った。一緒にいた味方の足軽も応戦しながらついて行った。
「渡名部さん!早く戻って!俺は愛美の元へ行きます!」
「何を言ってるんだ!愛美ちゃんは生きてるんだぞ!」
「えっ・・・。」
「うわっ!」
味方が斬られて倒れた。三津林は覚悟を決めた。
「渡名部さん!愛美に“先に行く”と伝えて下さい!」
三津林は、刀を振り上げ、橋を支えているつるに向けて振り下ろした。
「三津林君!」
渡名部が戻った時には、つるが次々音を立てて千切れ、橋は何人かの敵兵を振り落としながら崖の壁に衝突し、しがみついていた兵も衝撃で谷へ転がり落ちていった。
「三津林君、死ぬな!」
しかし、三津林は敵兵に囲まれていた。味方は皆討ち取られ、一人刀を振って応戦している。しかし敵兵達の槍に押されて、崖っぷちに立たされてしまった。足元を見ると深い谷だ。
「愛美っ!」
一本の槍が、三津林の腹巻の脇を突いた。三津林は、弾みで体勢を崩してしまい、足を滑らせた。
「三津林君!」
渡名部の叫びも空しく響くだけだった。三津林の身体は、ふわりと空中に投げ出され、そのまま谷底に向かって落ちて行った。そしてその姿は、白い光の中へと消え去った。
つづく
・・この物語は、すべてフィクションです。
「愛美、死なないで・・・。」
意識のない愛美の手を握って、さゆみは何度も呟いていた。
「さゆみさん、食事をしなさい。あなたまで身体を壊してしまうわ。」
「でも、私がいない間にもしも・・。」
「大丈夫よ、私がちゃんと見てるから。」
およねは、付きっ切りのさゆみを食事に行かせるため、お初に愛美の様子を見させた。
夕方になって、榊原の屋敷に供のものと一緒に男がやって来た。
「容態はどうじゃ。」
「は、意識はなく、何とも言えない状態です。」
家康だった。家康は、三津林の妻である愛美の急病を聞き、わざわざ榊原の屋敷までやって来たのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/9d/f733001b6a96e25e2cbf63c04b98c2f3.jpg)
愛美が寝ている部屋に、家康と榊原が榊原の妻お瑠衣に案内されて来た。
およね、お初、さゆみが揃って愛美を見守っていたが、急な家康の見舞いに驚き、三人とも下がって伏せた。
「三津林の留守に、奥方を死なせては申し訳がない。何とか快方に向かって欲しいものよのお。」
家康は、横に座って愛美の顔を眺めながら言った。
「まことにございます。」
榊原が相づちを打つ。
「茸は、間違って食したのか?」
家康は、およね達に聞いた。
「し、知らなかったと思います。」
「でも、変なんです。」
お初が言った。
「変とは?」
「はい、私達が合って話をした時には、食べ物はなかったはずなんです。それから愛美さんが出かけた様子もないし、だからどうして毒茸なんかがあったのか・・・。」
「そうか、だが愛美どのに毒を盛るような相手もおらぬだろう。とにかく良くなって欲しい。」
家康は、榊原の屋敷を出て城へ戻った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/57/326c24845653630b5c07163ed8a647cc.jpg)
家康が城に戻ってしばらくすると、伝令の渡名部が城へ帰って来た。渡名部は、すぐに対面所に控えさせられ、重臣達とともに家康を待った。
やがて家康が対面所に現れ、渡名部は重臣に促されて、武田軍と作久間隊の仔細を報告した。
「そうか、ところで三津林は無事か?」
「あ、はい、我ら部隊に討たれた者は無く・・・。」
「三津林じゃ。」
渡名部には、家康が足軽の三津林のことを気にかけることが判らなかった。
「は、はい、無事ですが・・・。」
「そうか・・・。大儀であった残っておれ。」
家康は、重臣達と対応策を協議し、とりあえず渡名部よりも先に、作久間隊へ伝令を出すことにして談義を終えた。
榊原以外の重臣達が対面所を出た後、家康は渡名部を近くに寄らせた。
「実はじゃ・・・。」
渡名部は、何を言われるのかと少し戸惑った。
「三津林の奥方、愛美どのが、毒茸にあたって死にかけておるんじゃ。」
「えっ、何ですって、愛美ちゃん、いえ、愛美どのが!」
「そうなんじゃ、今榊原の屋敷におるんじゃが、薬師の手当てを受けてもまだ意識が戻っておらぬのじゃ。」
「そ、そんな・・・。」
「とにかく、今から見舞うてくれぬか。そして様子を見たら、三津林を連れ戻して来て欲しいのじゃ。」
「は、申し受けてございます。」
渡名部は、すぐに榊原の屋敷へ向かった。榊原に案内されて愛美が眠る部屋へ行くと、さゆみ達が愛美に付き添っていた。
「さゆみさん・・・。」
さゆみは、渡名部の顔を見ると涙を流した。
「渡名部さん、愛美が、愛美が死んじゃう・・・。」
渡名部は、さゆみの肩を抱いた。
「大丈夫だよ、まだ死んじゃあいないんだろ。愛美ちゃんは、きっと元気になるよ・・・。」
「渡名部さん・・・。」
「俺は、また戻って三津林を連れて帰ってくる。だから愛美ちゃんを見てやっててくれ。」
「うん、先生が来れば愛美も良くなるかもしれないわ。」
二人は、廊下へ出た。中庭から月が見えていた。
「月が綺麗だ。」
「そうね、愛美も一緒に見れればいいのに・・・。」
庭の木に咲く花の花びらが、ひらひらと舞い落ちている。
「彼女のような良い娘が、こんな戦国時代に来てしまって、それでもせっかく幸せを掴んだというのに、もう儚く散ってしまうのか・・・。」
「渡名部さん、愛美は死なないよ。愛美は、先生が帰って来るまで待ってるって言ってたもん!」
今度はさゆみが渡名部を励ましている。
「うん、行ってくる。」
渡名部は、榊原の屋敷で少しの食料を持たされ、再び戦場へと向かった。
渡名部が出発する少し前、城下のある屋敷の前でのこと。足軽が一人通り過ぎようとしていた。
「欣太さん、使いに行くのね、気をつけて行ってらっしゃい。」
「これは、お良様。三河まで行ってきます。幾つか伝えることがあって急ぎの出立になりました。」
「そうそう、それと関係あるか判らないけれど、あちらに行ってる足軽の三津林とか言う方の若いお嫁さんが、少し前に亡くなったそうよ。」
「えっ、そうなんですか?病気だと聞いてたんですが・・・。」
「そうなのよ、残念ね。じゃ、早く伝えないと。」
「はい、行ってきます。」
使いの足軽は、お良の話を信じて走って城下を出て行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/b5/d1d9bf86b86b256458978675adb8c312.jpg)
野駄城は、武田軍に包囲され籠城戦を強いられていた。
作久間隊は、その武田軍の後方にある麻田山から偵察していた。
「これでは落城は免れんが、少しでも長引くように策を練ろう。」
作久間達は、少しでも武田軍を混乱させ、城が落ちるのを先に延ばそうと策を練っていた。
そこへ使いの足軽がやって来た。
「殿からの使いにございます。」
足軽は、書状を作久間に手渡した。その書状を作久間が読み終わると、もう一つの書状を出した。
「こちらは、三津林どのへの報せにございます。」
「三津林に?」
さっそく開いて読んでみた。
「奥方が急病・・・。」
「急病ですか?書状ではそうかもしれませんが、城下を出る前には亡くなったと聞いております。」
「本当か?」
「はい。」
「うむ、何とすべきか・・・。」
作久間は、その書状を持って、見張りに出ている三津林の所へ向かった。
「三津林・・・。」
「これは、作久間様。敵はまだ城攻めに掛かっておりません。」
「そうか、三津林、御主に書状がきておる、読むがいい・・・。」
三津林は、手渡された書状を読み始めた。次第に顔色が変わる。
「そんな馬鹿な!何で毒茸なんか・・・。」
「言いづらいが、書状を持って来た伝令によると、城下を出る前に奥方は亡くなったそうだ。」
三津林は、書状を持ったまま膝をついた。
「愛美・・・。」
その時だった。
「うわああっ!」
「敵だ!」
二人の耳に味方の叫び声が聞こえた。
「三津林、ついて参れ!」
「はっ、はい!」
作久間隊が陣取っていた場所には、武田軍の部隊が雪崩を打って押し寄せていた。
「気付かれておったか!、引け!引けええい!」
だが抵抗していた味方も逃げる間もなく、次々討ち取られていった。
作久間達は、麻田山を奥へ奥へと逃げて行った。しかし途中で回り込んでいた別働隊に出くわし、挟まれる格好になってしまった。
「無念、これまでか・・・。」
「作久間様!」
「渡名部!」
「こちらに抜け道があります。」
作久間隊の危機的状況が察知出来た渡名部が抜け道を見つけて合流してきたのだ。
「そうか、行こう!」
渡名部の指示で作久間隊は、脇道へ入り挟み撃ちを回避した。
「渡名部さん・・。」
「三津林君、今はとにかく逃れよう!」
三津林達は、追っ手もあり逃げるのみだった。
「あの橋を渡って崖の向こう側に行けば、逃げ切れます。」
山の中腹に割れ目があり、その崖の間を人一人が渡れる幅の丸太とつるで作られたつり橋が掛けられていた。そこへたどり着いた作久間隊は、作久間を先頭に橋を渡り始めた。橋はギシギシと音を立て揺れた。半分以上が渡り終えた時、敵が現れた。
残っていた足軽達が応戦している。
「急げ!」
渡名部も橋を渡り始めたが、残されていた足軽達も続けて橋に殺到してしまった。
それを敵の弓隊が狙い済まして矢を放った。
「うわあっ!」
何人かは矢が当たり、谷へ落ちた。それでも渡名部のほか数名が渡り終えた。
「橋を落とせ!」
「しかし、まだ味方が残っています!」
反対側には、まだ数名の味方が武田部隊と戦っていた。しかしその数も次第に討たれて減っている。
「已むを得ん!」
「み、三津林君!」
応戦している味方の中に、三津林の姿があった。渡名部は思わず橋に戻り、反対側へ渡ろうとした。
「三津林君!来い!」
しかし、応戦していた三津林達味方の兵よりも先に、敵兵が橋を渡り始めてしまった。
「おのれ!」
渡名部は、橋を進み揺れる橋の上で敵兵と応戦した。何人かを倒して谷へ落としたが、敵兵は次々と渡ってくる。次第に渡名部も押し戻された。
「渡名部さん!戻って橋を落として下さい!」
「何を言ってる!今助けに行くから踏ん張れ!」
その時、三津林の左腕に敵兵の刀が当たった。
「あっ!」
三津林は、負傷しながらもその敵兵を倒し、そして大声を上げ、右手で刀を振りながら崖の淵を橋に向かって走った。一緒にいた味方の足軽も応戦しながらついて行った。
「渡名部さん!早く戻って!俺は愛美の元へ行きます!」
「何を言ってるんだ!愛美ちゃんは生きてるんだぞ!」
「えっ・・・。」
「うわっ!」
味方が斬られて倒れた。三津林は覚悟を決めた。
「渡名部さん!愛美に“先に行く”と伝えて下さい!」
三津林は、刀を振り上げ、橋を支えているつるに向けて振り下ろした。
「三津林君!」
渡名部が戻った時には、つるが次々音を立てて千切れ、橋は何人かの敵兵を振り落としながら崖の壁に衝突し、しがみついていた兵も衝撃で谷へ転がり落ちていった。
「三津林君、死ぬな!」
しかし、三津林は敵兵に囲まれていた。味方は皆討ち取られ、一人刀を振って応戦している。しかし敵兵達の槍に押されて、崖っぷちに立たされてしまった。足元を見ると深い谷だ。
「愛美っ!」
一本の槍が、三津林の腹巻の脇を突いた。三津林は、弾みで体勢を崩してしまい、足を滑らせた。
「三津林君!」
渡名部の叫びも空しく響くだけだった。三津林の身体は、ふわりと空中に投げ出され、そのまま谷底に向かって落ちて行った。そしてその姿は、白い光の中へと消え去った。
つづく
・・この物語は、すべてフィクションです。
一乗谷から158号線を東へ走り数十分で大野市へ。トンネルを抜けると山(亀山)の上にお城が見えました。車を停めて望遠で写真を撮り、再び車を走らせ越前大野城へ向かいました。最初は、西側の駐車場に停めたのですが、城へ登る階段が急で長いため却下、移動して南側の駐車場へ。門をくぐっての山道は、先ほどの階段に比べればなだらかでしたが、長い道のりでした。坂道を奥方様と汗をかきながら城へとたどり着きました。
越前大野城は、金森長近、織田秀雄、松平直政、土井氏などが城主になっています。
山を降りて車で大野市内へ。喫茶で休憩した後、計画通り今度は勝山市へ向かいました。
越前大野城は、金森長近、織田秀雄、松平直政、土井氏などが城主になっています。
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越前大野城 | ||||
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山を降りて車で大野市内へ。喫茶で休憩した後、計画通り今度は勝山市へ向かいました。
賤ヶ岳SAから福井ICまでかなり走りました。しかし北陸自動車道を降りると一乗谷は案外近いです。158号線を東へ数キロ、天神の交差点を右折、川を渡って山の方へ走ります。最初に一乗谷朝倉氏遺跡資料館で復原町並との共通観覧券を買って、資料館を見学し朝倉氏についての知識を多少頭に入れ、朝倉氏遺跡へ向かいました。十数年前に訪れたことがありましたが、ほとんど記憶になく、初めて見るような新鮮な気持ちで見学出来ました。
朝倉氏は、五代義景の時、信長との戦いで敗北し、滅亡したことで知られている戦国大名です。
一乗谷から再び158号線に戻り、また東へ越前大野市に向かって車を走らせました。
朝倉氏は、五代義景の時、信長との戦いで敗北し、滅亡したことで知られている戦国大名です。
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一乗谷から再び158号線に戻り、また東へ越前大野市に向かって車を走らせました。
作久間浪之助率いる三津林達の部隊は、武田軍が包囲した堀枝城の南側にいた。
「三津林君、この城は、すぐに落ちるだろうな。」
「なぜそう思いますか?渡名部さん。」
「ここの城主は、気が小さいんだ。」
「本当ですか?」
「たぶん・・・。」
丘の上の木の陰に隠れて三津林と渡名部は、遠くに見える堀枝城周辺の戦況を眺めていた。
「三津林とやら、武田はこれからどうすると思う?」
作久間浪之助だった。
「これは作久間様。私のような者がお答えすべきことでしょうか?」
「家康様から、御主は予見が出来ると聞いておる。考えを言ってみよ。」
「はい、武田の本隊は刑部ですので、ここが落ちれば合流して三河へ向かうでしょう。」
「三河の何処じゃ?」
「野駄城でしょう。」
三津林は、自分の日本史の知識から答えを出した。
「そうか、ならば先回りをして奇襲を掛けよう。味方ヶ原の仕返しをしてやるぞ!」
「は、はい!」
三津林と渡名部は、作久間について行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/d0/73bded4f65f685288207d5403c083376.jpg)
浜奈城下の足軽長屋では、愛美が近所の女達と話をしていた。
「愛美さん、判らないことがあったら聞いてちょうだい。」
隣の足軽茂助の妻、およねが言った。
「ありがとうございます。」
「これ食べてちょうだい、今は食べ物も少ないから。」
団子のようなものを渡してくれたのは、向う隣の長屋に住むお初だった。
「ありがとうございます。」
戦国時代の生活に慣れていない愛美にとっては、ありがたい世話を焼かれていた。
その光景を長屋の外れの陰から見ていた女がいた。
「ちょっと、待ちなさい。」
その女は、通り掛かった長屋の女に声を掛けた。
「あっ、お良様。」
長屋の女は、驚いたように立ち止まった。
「あの女は?」
「あ、はい、あの娘は、新しく長屋に来た三津林と言う足軽さんの嫁御で、愛美と言います。気さくで可愛くていい娘ですよ。」
お良は、キッと長屋の女を睨んだ。
「あら、そう。まだ私の所には、挨拶が無いわね。」
「あ、あの、まだ来たばかりで何も判らないみたいで・・・。」
「ふん!」
そのままお良は立ち去った。そして長屋の女は、顔を青くして愛美たちの所へ走って行った。
「ちょっと、ちょっと大変よ!」
「どうしたの?お富さん。」
「今、あそこでお良様にあったの。それで愛美さんのこと聞かれて、私には挨拶が無いって帰って行ったわよ。」
およね達は、不安げな顔をした。
「どうしたんですか?お良様って・・・?」
「お良様っていうのは、足軽大将の奥方様で・・・それが・・・。」
およねは、言葉に詰まった。
「どうしたんですか?」
「あのね、お良様って、あなたのような綺麗で可愛い娘をとても目の仇にするの。ご自分より目立つ女は許せないって性分なのね。」
「そうよ、出来る限りお気に触らないようにしなさいね。」
そう言うと、およね達はそそくさと帰って行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/48/3efd13ebbc8ce21d58f597793ffd0dac.jpg)
日が暮れかかってきた頃、愛美は長屋に一人で食事の支度をしていた。
板間に貰った団子のようなものを木の器に載せて置き、土間で火を焚き鍋で湯を沸かしていた。
「こんな葉っぱみたいなのしかないわ・・。」
その時扉が開いた。
「どちら様ですか?」
「足軽大将阿下隆作の妻お良よ、よろしくね。」
「あっ、はっ、はい、私は、三津林慶大の妻、愛美と申します。よろしくお願いします。」
皆が噂していたお良だったので、愛美も驚いた。
「あら、丁度夕げの支度してたのね。良かったらこれ食べてちょうだい、山で採ってきた茸なの美味しいわよ。」
お良は、持ってきた包みから茸を出し、愛美に渡した。
「今度は、私の屋敷にお寄りなさい。それじゃ・・・。」
「あ、ありがとうございます。」
お良はそれだけで出て行った。
皆が言うよりいい人じゃない・・と愛美は思ってしまった。
愛美は、さっそく貰った茸を千切って鍋の中に入れた。
「松茸かな?」なんて思いながらお椀に茸野菜汁を入れ、板間に上がり座った。
「先生、あっ、あなた、お先に頂きます。」
手を合わせてから団子を頬張った。
「うん、美味しい!」
続けてお椀の汁をキノコと一緒に一口飲んだ。
「ううん、イマイチかな・・・。」
少し経った時だった。
「ううううっ!」
突然、お腹に激痛が走り、目の前が暗くなり、愛美はお腹を押さえて這いつくばった。
「おうえええっ!」
愛美の顔は苦痛で歪み、勢いよく胃の中のものを吐き出した。
「ううっ、苦、しい・・・。だ、誰か・・・。」
外へ出ようと板間を進もうとしたが、手足が痺れて動かない。
「あ、あなた、た、たすけ・・・。」
もう声も出なくなり、身体は震え、意識も薄れ始め、伸ばした右手だけが、助けを求めていた。
「愛美、ご飯食べよ!」
勢いよく扉を開けて入って来たのはさゆみだった。しかし板間の光景を見て驚愕し、持っていた包みを土間に落とした。
「あ、愛美っ!」
慌てて板間に上がり、愛美の上半身を自分の膝の上に抱き上げた。
「どうしたの、しっかりして、愛美っ!」
身体を震わせ、白目を剥いてしまっている愛美を見て、さゆみは思わず涙を流した。
「だ、誰か来てええっ!」
さゆみが叫ぶとしばらくして人が来た。
「どうしたの?」
およねだった。
「おい、どうした!」
続けておよねの夫武三が入って来た。
「あ、愛美が死んじゃう!」
およねと武三も、愛美の所へ駆け寄った。
「いったい、どうしたんだ?」
「私も判らない、ここへ来たら愛美が倒れてたの・・。」
「あんた、これっ!」
およねが、汁がこぼれているお椀の中を指した。
「毒茸だ!」
「ええっ、嘘っ、愛美が死んじゃう!」
「全部吐かせよう!水、水だ!」
武三は、外へ出て行き、入れ替わりにお初が入って来た。
「どうしたの?・・あっ、愛美さん!」
「毒キノコ食べちゃったみたいなの!」
「どうして毒茸があるのよ!愛美さん出かけてないのに・・・。こんなの山に行かなきゃ無いはずでしょ!」
武三が、水を入れた桶を抱えて帰って来た。
「飲ませるぞ!口を開けろ!」
さゆみに代わって武三が愛美を抱え、およねが愛美の口を両手で開いた。そこへお椀に汲んだ水を何杯も無理矢理流し込んだ。
「ぶうぉへっ!、ぐえへっ!」
「そうだ、吐け!吐くんだ!」
愛美が吐くたびに、また水を口へ流し込んだ。しかし意識は戻ってこない。
「ここじゃ、寝かせられない。榊原様のお屋敷へ連れて行こう。」
「うん、それがいいわ、薬もあるし・・。」
「愛美!死なないで、お願い、愛美!」
武三が愛美を背負って、榊原の屋敷へ急いで運んだ。およね、お初も泣いているさゆみを連れて後を追った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/8a/94e4842852f0349e476a04e3869b7c8d.jpg)
「放て!」
待ち伏せした崖の上から、武田軍の隊列に向かって、作久間隊の弓足軽達の矢が放たれた。そして武田軍の兵の何人かが倒れた。
「敵だっ!」
三津林達が大きな岩を崖から落とした。一部の隊列が乱れ、怪我をする兵もいた。
「上だ!上にいるぞ、討てえ!」
馬に乗った武将が足軽達に指示をし、矢を放ったり、他の部隊がなだらかな方から崖を駆け上がって来た。
「よし、引けい!」
作久間の号令で、三津林達の作久間隊は、山の反対側へと逃げた。一部の武田兵に追いつかれたが討ち取り、全員無事逃げ切ることが出来た。
武田軍は、それ以上追って来ず、そのまま三河方面へと進んで行った。
再び佐久間隊は、武田軍の最後尾を確認出来る所に潜んでいた。
「渡名部、仔細を城へ伝えて来てくれ。我らは、引き続き武田を追う。」
「はっ。」
渡名部は、伝令として浜奈城へ戻ることになった。
「三津林君、無事なことを愛美ちゃんに伝えてくるよ。」
「ありがとうございます。じゃあ気をつけて。」
「お前もな。」
そんな言葉を交わす二人だったが、勿論城下で、愛美が生死の境をさまよっていることなど知る由もなかった。
つづく
・・この物語は、すべてフィクションです。
「三津林君、この城は、すぐに落ちるだろうな。」
「なぜそう思いますか?渡名部さん。」
「ここの城主は、気が小さいんだ。」
「本当ですか?」
「たぶん・・・。」
丘の上の木の陰に隠れて三津林と渡名部は、遠くに見える堀枝城周辺の戦況を眺めていた。
「三津林とやら、武田はこれからどうすると思う?」
作久間浪之助だった。
「これは作久間様。私のような者がお答えすべきことでしょうか?」
「家康様から、御主は予見が出来ると聞いておる。考えを言ってみよ。」
「はい、武田の本隊は刑部ですので、ここが落ちれば合流して三河へ向かうでしょう。」
「三河の何処じゃ?」
「野駄城でしょう。」
三津林は、自分の日本史の知識から答えを出した。
「そうか、ならば先回りをして奇襲を掛けよう。味方ヶ原の仕返しをしてやるぞ!」
「は、はい!」
三津林と渡名部は、作久間について行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/d0/73bded4f65f685288207d5403c083376.jpg)
浜奈城下の足軽長屋では、愛美が近所の女達と話をしていた。
「愛美さん、判らないことがあったら聞いてちょうだい。」
隣の足軽茂助の妻、およねが言った。
「ありがとうございます。」
「これ食べてちょうだい、今は食べ物も少ないから。」
団子のようなものを渡してくれたのは、向う隣の長屋に住むお初だった。
「ありがとうございます。」
戦国時代の生活に慣れていない愛美にとっては、ありがたい世話を焼かれていた。
その光景を長屋の外れの陰から見ていた女がいた。
「ちょっと、待ちなさい。」
その女は、通り掛かった長屋の女に声を掛けた。
「あっ、お良様。」
長屋の女は、驚いたように立ち止まった。
「あの女は?」
「あ、はい、あの娘は、新しく長屋に来た三津林と言う足軽さんの嫁御で、愛美と言います。気さくで可愛くていい娘ですよ。」
お良は、キッと長屋の女を睨んだ。
「あら、そう。まだ私の所には、挨拶が無いわね。」
「あ、あの、まだ来たばかりで何も判らないみたいで・・・。」
「ふん!」
そのままお良は立ち去った。そして長屋の女は、顔を青くして愛美たちの所へ走って行った。
「ちょっと、ちょっと大変よ!」
「どうしたの?お富さん。」
「今、あそこでお良様にあったの。それで愛美さんのこと聞かれて、私には挨拶が無いって帰って行ったわよ。」
およね達は、不安げな顔をした。
「どうしたんですか?お良様って・・・?」
「お良様っていうのは、足軽大将の奥方様で・・・それが・・・。」
およねは、言葉に詰まった。
「どうしたんですか?」
「あのね、お良様って、あなたのような綺麗で可愛い娘をとても目の仇にするの。ご自分より目立つ女は許せないって性分なのね。」
「そうよ、出来る限りお気に触らないようにしなさいね。」
そう言うと、およね達はそそくさと帰って行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/48/3efd13ebbc8ce21d58f597793ffd0dac.jpg)
日が暮れかかってきた頃、愛美は長屋に一人で食事の支度をしていた。
板間に貰った団子のようなものを木の器に載せて置き、土間で火を焚き鍋で湯を沸かしていた。
「こんな葉っぱみたいなのしかないわ・・。」
その時扉が開いた。
「どちら様ですか?」
「足軽大将阿下隆作の妻お良よ、よろしくね。」
「あっ、はっ、はい、私は、三津林慶大の妻、愛美と申します。よろしくお願いします。」
皆が噂していたお良だったので、愛美も驚いた。
「あら、丁度夕げの支度してたのね。良かったらこれ食べてちょうだい、山で採ってきた茸なの美味しいわよ。」
お良は、持ってきた包みから茸を出し、愛美に渡した。
「今度は、私の屋敷にお寄りなさい。それじゃ・・・。」
「あ、ありがとうございます。」
お良はそれだけで出て行った。
皆が言うよりいい人じゃない・・と愛美は思ってしまった。
愛美は、さっそく貰った茸を千切って鍋の中に入れた。
「松茸かな?」なんて思いながらお椀に茸野菜汁を入れ、板間に上がり座った。
「先生、あっ、あなた、お先に頂きます。」
手を合わせてから団子を頬張った。
「うん、美味しい!」
続けてお椀の汁をキノコと一緒に一口飲んだ。
「ううん、イマイチかな・・・。」
少し経った時だった。
「ううううっ!」
突然、お腹に激痛が走り、目の前が暗くなり、愛美はお腹を押さえて這いつくばった。
「おうえええっ!」
愛美の顔は苦痛で歪み、勢いよく胃の中のものを吐き出した。
「ううっ、苦、しい・・・。だ、誰か・・・。」
外へ出ようと板間を進もうとしたが、手足が痺れて動かない。
「あ、あなた、た、たすけ・・・。」
もう声も出なくなり、身体は震え、意識も薄れ始め、伸ばした右手だけが、助けを求めていた。
「愛美、ご飯食べよ!」
勢いよく扉を開けて入って来たのはさゆみだった。しかし板間の光景を見て驚愕し、持っていた包みを土間に落とした。
「あ、愛美っ!」
慌てて板間に上がり、愛美の上半身を自分の膝の上に抱き上げた。
「どうしたの、しっかりして、愛美っ!」
身体を震わせ、白目を剥いてしまっている愛美を見て、さゆみは思わず涙を流した。
「だ、誰か来てええっ!」
さゆみが叫ぶとしばらくして人が来た。
「どうしたの?」
およねだった。
「おい、どうした!」
続けておよねの夫武三が入って来た。
「あ、愛美が死んじゃう!」
およねと武三も、愛美の所へ駆け寄った。
「いったい、どうしたんだ?」
「私も判らない、ここへ来たら愛美が倒れてたの・・。」
「あんた、これっ!」
およねが、汁がこぼれているお椀の中を指した。
「毒茸だ!」
「ええっ、嘘っ、愛美が死んじゃう!」
「全部吐かせよう!水、水だ!」
武三は、外へ出て行き、入れ替わりにお初が入って来た。
「どうしたの?・・あっ、愛美さん!」
「毒キノコ食べちゃったみたいなの!」
「どうして毒茸があるのよ!愛美さん出かけてないのに・・・。こんなの山に行かなきゃ無いはずでしょ!」
武三が、水を入れた桶を抱えて帰って来た。
「飲ませるぞ!口を開けろ!」
さゆみに代わって武三が愛美を抱え、およねが愛美の口を両手で開いた。そこへお椀に汲んだ水を何杯も無理矢理流し込んだ。
「ぶうぉへっ!、ぐえへっ!」
「そうだ、吐け!吐くんだ!」
愛美が吐くたびに、また水を口へ流し込んだ。しかし意識は戻ってこない。
「ここじゃ、寝かせられない。榊原様のお屋敷へ連れて行こう。」
「うん、それがいいわ、薬もあるし・・。」
「愛美!死なないで、お願い、愛美!」
武三が愛美を背負って、榊原の屋敷へ急いで運んだ。およね、お初も泣いているさゆみを連れて後を追った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/8a/94e4842852f0349e476a04e3869b7c8d.jpg)
「放て!」
待ち伏せした崖の上から、武田軍の隊列に向かって、作久間隊の弓足軽達の矢が放たれた。そして武田軍の兵の何人かが倒れた。
「敵だっ!」
三津林達が大きな岩を崖から落とした。一部の隊列が乱れ、怪我をする兵もいた。
「上だ!上にいるぞ、討てえ!」
馬に乗った武将が足軽達に指示をし、矢を放ったり、他の部隊がなだらかな方から崖を駆け上がって来た。
「よし、引けい!」
作久間の号令で、三津林達の作久間隊は、山の反対側へと逃げた。一部の武田兵に追いつかれたが討ち取り、全員無事逃げ切ることが出来た。
武田軍は、それ以上追って来ず、そのまま三河方面へと進んで行った。
再び佐久間隊は、武田軍の最後尾を確認出来る所に潜んでいた。
「渡名部、仔細を城へ伝えて来てくれ。我らは、引き続き武田を追う。」
「はっ。」
渡名部は、伝令として浜奈城へ戻ることになった。
「三津林君、無事なことを愛美ちゃんに伝えてくるよ。」
「ありがとうございます。じゃあ気をつけて。」
「お前もな。」
そんな言葉を交わす二人だったが、勿論城下で、愛美が生死の境をさまよっていることなど知る由もなかった。
つづく
・・この物語は、すべてフィクションです。
お城でもそうですが、建物自体や石垣、堀なども歴史的な資料だったりしますが、そこには別に資料館があったり、説明立札があったりします。
気賀関所にも、姫様館という資料館がありました。見たり、読んだりして全てを憶えられるわけではありませんが、少しずつでもそれぞれの歴史の一部分が記憶の中に納まってきたような気がします。
気賀関所を出て、三ケ日を通って新城に抜け、野田城址に向かったのですが、近くまで行っても場所が判らず、この日の歴史探訪は終わりました。
気賀関所にも、姫様館という資料館がありました。見たり、読んだりして全てを憶えられるわけではありませんが、少しずつでもそれぞれの歴史の一部分が記憶の中に納まってきたような気がします。
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気賀関所を出て、三ケ日を通って新城に抜け、野田城址に向かったのですが、近くまで行っても場所が判らず、この日の歴史探訪は終わりました。