愛美は三津林の死を信じることが出来なかった。それが誰の言葉だろうと。
すぐに城門の前で帰ってくる兵達を一人一人確認していた。夜通し城門の前にいたが、三津林は現れなかった。
「愛美さん、これ食べなさい。」
「ありがとう・・・。」
翌朝、心配した女中仲間が食べ物を差し入れてくれたが、愛美は食べることが出来なかった。
午後になって榊原隊が帰って来た。その隊列は疲れ果てた姿ばかりで、怪我人も多かった。そして愛美は、その隊列の中を必死で三津林の姿を捜した。
「嫁御どの・・・。」
一人の足軽が愛美に近寄って来た。
「あなたは・・・。」
見覚えがあった。その足軽は、出陣前に愛美達を祝ってくれた人達の一人だった。
「三津林は、帰ってるか?」
愛美は首を横に振った。
「そうか、あの時はぐれなければ・・・。」
「一緒だったんですか?」
「敵方に加太助さんが討たれて、二人で逃げたんだが、途中ではぐれてしまったんだ。でもきっと無事さ。」
愛美は、うつむいて首を振った。
「お殿様の身代わりになって死んだって・・・。」
「本当か?」
「うん・・・。」
男は何も言えなくなった。
「でも、私は生きてるって信じてる。だから待ってるのここで・・・。」
「そうか・・・。」
男は隊列に戻って行った。
また一夜が過ぎた。
昼頃だった。怪我をした足軽が槍を杖代わりにして門の所へやって来た。
「愛美さん!」
「渡名部さん!」
「一人か?三津林君は?」
その言葉を聞くと、愛美が泣き出し、その場に崩れ落ちた。その様子に渡名部は察した。
「帰っていないんだな、気を落とすな、きっと無事さ。」
「でも死んじゃったって・・・。」
「いや、大丈夫さ、まだ敵が多くて帰って来れないだけさ。俺だって、中根様や仲間が討たれても、生きて帰って来たんだ。」
渡名部は、愛美を抱き起こした。
「わ、私も生きてるって信じる・・・。」
「そうさ、敵がいなくなったら捜しに行こう!」
渡名部は、ひとまず愛美を連れ、城内へ入って行った。
三津林は、現代に戻っていた。
武田方に追われ、林の中を走っていた時、岩場を飛び越えるとその先には道が無く、崖を真っ逆さまに落ちてしまった。だが崖の下からあの洞穴と同じような光が現れ、三津林はその中に落ちて気を失った。
気がつくと三津林は、街中の一角にある崖下に倒れていた。周りを見るとコンクリートの水路や看板があり、明らかに戦国時代ではなかった。
三津林は、身に着けていた胴丸や籠手などの具足を脱ぎ、枯葉の下に隠した。幸いにもポロシャツとジーパンの上に直接着けていたので、汚れてはいたものそのまま現代を歩ける状態だった。
とりあえず知っている場所だったので、崖の端に回り低い所から上がり、藪を抜けて道へ出た。車が行き交う明らかな現代だった。だがタイムスリップする前と同じ時なのかは、すぐに判らなかった。
三津林は距離はあるが、とにかく自分の住んでいるアパートのある町まで歩いて行くことにした。
三十分くらい歩いただろうか、見慣れた風景が周りに現れ、もう角を曲がればアパートが見える所までやって来ていた。
しかし角を曲がると、アパートの前の道路に、パトカーや新聞社の車が何台も止まっていて、その周りを野次馬がたかっていた。
何だろう?・・・アパートを見ると二階の三津林の部屋の玄関を警察官達が出入りしているではないか。
三津林は野次馬の一人に尋ねた。
「何かあったんですか?」
「何だか、あそこの部屋に住んでる高校の先生が、同じ高校の女子生徒を連れ去ったとか・・・。」
「連れ去った!?」
どうしてそんなことになってしまったのか、三津林は呆然とした。
「最近は、先生でも何するか判らないわね・・・。」
「生徒さんは、学校で一番のアイドルだったみたいよ・・・。」
「殺されてなければ良いわねえ・・・。」
隣のおばさん達が話している。
殺すわけないだろ!・・・と思ったが、三津林は自然とそこから離れて行った。
三津林は歩いた。今度は目的地もなくただ歩いた。そしていつの間にか、またあの崖の近くまでやって来ていた。
どうしたらいいんだ・・・。三津林は近くの公園のベンチに座り、途方に暮れていた。
すると自分のお尻が、ブルブルっと震えた。正確にはズボンのポケットだが・・・。
三津林は、ポケットから携帯電話を取り出した。それは出陣前に愛美からお守り代わりにもらった携帯電話だった。
開くと相手は、“さゆみ”と出ていた。
愛美のクラスメートの“大庭さゆみ”・・・か?三津林はボタンを押して耳に当てた。
「愛美!愛美なの?今何処にいるの?本当にセンミツに誘拐されたの?」
口を挟む間がないほど、さゆみは捲くし立てた。
「あ、あのお・・。」
「えっ!誰!愛美じゃないの、愛美は何処?愛美をどうしたの?」
「あの、三津林だけど・・・。」
「えっ、先生?ホントに愛美を誘拐したの?」
「ち、違うんだ、本当に違うんだ。」
「じゃあ、愛美は何処なの?どうして愛美の携帯に先生が出るの?」
「簡単に説明は出来ないけど、とにかく誘拐はしていないし、本河田は無事だよ。」
事実であり、本当に説明も困難だった。
「申し訳ないが、どうたらいいのか判らないんだ、アパートには警察や何やら大勢いるし、本河田はいないし・・・。」
「いいわ、私が行くから先生逃げないでね!」
もし誰かを連れて来たらどうしようかと思ったが、望みを込めて大庭さゆみに居場所を教えた。
十分くらいで公園にさゆみが自転車に乗って現れた。
「先生!」
さゆみが自転車を降り、ベンチに座っている三津林の所へ駆け寄って来た。三津林は立ち上がった。
「先生、どういうこと?愛美はどこ?」
「とにかく落ち着いてくれ。俺も信じられないことが起こったんだ。」
三津林はさゆみをベンチに座らせ、自分も座った。
「今日、何日だ?」
「八日だけど・・・。」
「じゃあ、一昨日くらいに地震がなかったか?」
「うん、あったよ。大きな地震だったじゃない、先生だって知ってるでしょ。」
「その日、本河田に誘われて双俣の史跡へ行ったんだ。そこで・・・。」
さゆみにその時からのことを一部始終話した。
「先生、頭おかしいんじゃないの!そんな馬鹿げた話、私が信じると思う?やっぱり愛美を何処かに連れてったんでしょ!」
「本当なんだ、信じてくれ!」
「やっぱり、警察に連絡するわ!」
「ま、待ってくれ!・・・そ、そうだ、こっちへ来てくれ!」
三津林は、さゆみの手を掴んで立ち上がり、そのまま引き連れて公園の横の藪の中に連れ込んだ。
「先生!何処行くの?私まで誘拐する気!」
「違うよ、見て欲しいものがあるんだ!」
崖の間の水路を走って、タイムスリップで帰って来た所へさゆみを連れて行った。
「ここだ!」
三津林は、崖の途中にある木の下の枯葉をかき分けた。すると陣笠や胴丸、籠手などが出てきた。
「何、それ?」
三津林は、それを出陣の時のように身に着けた。
「ほら、これなら信じてくれるかい?」
「何処から盗んで来たの?」
「違うよ、本当に戦国時代に行ってたんだよ!」
その時だった。
「あっ!また地震!」
立っていられないくらいにグラグラと揺れた。
「きゃっ!」
足元のコンクリートの水路にひびが走った。さゆみは慌てて三津林の手を掴んだ。
「大丈夫だ!すぐに収まるさ!」
しかし期待に反して揺れはさらに大きくなり、水路に走ったひびも広くなったうえに、二人が立っていた所もドドッと沈んでしまった。その弾みでさゆみがひび割れの間に落ちてしまった。
「助けて!」
辛うじて三津林の手を掴んでいたので、深い地割れの中に落ちなかったが、三津林も倒れてしまっている。
「は、放すな!」
と言った三津林も、ズルズルと引きずり込まれそうな状態だった。
「うわっ!」「きゃあっ!」
再び強い揺れがあり、二人とも地割れの中に落ちてしまった。
そしてその時、またあの時と同じように眩しい光が二人を包み呑み込んだ。
※ この物語はフィクションです。