照る日曇る日 第1185回
1931年にカナダのオンタリオ州で生まれ、2013年にカナダ人初のノーベル文学賞を受賞した「短編の名手」アリス・マンローの処女作が、これまた翻訳の名手小竹由美子さんの手で邦訳されたので、早速読んでみました。
「ウオーカーブラザーズ・カウボーイ」から表題作「ピアノ・レッスン」まで、全部で15の短編が並んでいます。さすがに栴檀は双葉より芳し。マンローらしい鋭い切り口が、あちこちで柘榴の実のようにパックリ赤く開いています。
私が気に入ったのは、マンローを思わせる主人公が、小説を書くために自宅とは別のアパートに部屋を借りる「仕事場」。主人公に接近してくる家主の男のけたくそ悪さと孤独が、いやらしいくらい描写されています。
母親お手製の趣味の悪いドレスを仕方なく一着に及んで渋々Xマス・ダンスパーテイに出席した女学生の一夜の出来事を物語る「赤いワンピース―1946年」も面白い。
「壁の花」になりたくなくてトイレに逃げ込んだ彼女は、男の子にモテることなぞ歯牙にもかけない自立した女性と出会って意気投合するのですが、2人で脱出しようとした刹那、伸びてきた男性の腕に攫われて踊ってしまう「わたし」の情けなさが、それを読んでいる男のわたしにも切なく迫ってくるのです。
そんな秀作ももちろんあるのですが、彼女のその後の比類ない傑作の数々と比べると、プロット、文章とも総じてどことなく試行錯誤するようなぎこちなさが感じられたのは、やはり極度の緊張のもとで書かれた処女作ゆえなのでしょうか。
それと表題作「ピアノ・レッスン」は、なんか映画のタイトルみたいなので、原題の直訳、でなければ、「聖霊の踊り」にして欲しかったですね。
余談ながら印刷について一言。私はこの新潮社のクレストブックは、文芸専科の選定とお洒落な装丁ゆえに気に入っているのですが、本書で使われている活字は色が薄すぎて、黄昏時の読書には苦労しました。
しかし本書の290ページの冒頭の数行の活字が他より1級大きく、書体も異なっているのはいかなる仕儀なのでしょうか?
蒲焼の臭いがすれば蒲焼に喰らいつくのが検察だろうが 蝶人