あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

ブレーズ・パスカル著・田辺保訳「パンセ」を読んで

2024-07-25 09:13:54 | Weblog

 

 

照る日曇る日 第2083回

 

西暦1654年11月23日月曜日、夜10時半から12時半の間に、有名な「回心」が起こり、ブレーズ・パスカル(1623年6月19日 - 1662年8月19日)は、イエス・キリストの神の核心に触れ、生まれ変わった。

 

西暦2024年7月13日、米国の前大統領ドナルド・トランプは20歳のトーマス・マシュー・クルックスにライフル銃で銃撃され、九死に一生を得てから人生観が変わり、この世界を新しい光のもとで見直すようになった。かな?

 

「人間は1本の葦に過ぎない。自然の中でも一番弱いものだ。だがそれは考える葦である。これを圧し潰すには全宇宙はなにも武装する必要はない。しかし宇宙が人間を圧し潰しても人間はなお殺すものより尊いであろう。人間は自分が死ぬこと、宇宙が自分よりも勝っていることを知っているからである。」

 

「だから私たちの尊厳の全ては考えることのうちにある。まさにこころから私たちは立ち上がらなければならないのであって、それを満たすことの出来ない空間や時間からではない。だから、正しく考えるように努めようではないか。ここに道徳の原理がある。」

 

「語というものは、ちがった並べ方をすると、ちがった意味を生じるようになり、意味は、ちがった並べ方をすると、異なった効果を生じるようになる。」

 

「「武器を携行せずにすむ生活など、およそ考えもつかぬほど、野蛮な国民」。彼らは平和よりも死の方がよいと思っている。他の国民は戦争よりも死の方がよいと考える。」

 

「恋愛がどんな原因、どんな結果をもっているかを、とくと考察してみることほど、人間の空しさについて教えられることはない。全世界がそのために変化するほどである。(クレオパトラの鼻)」

 

「ユダヤ人はイエス・キリストを見捨て、神から見放されるようになるであろう。選ばれた民は、不実な、忘恩の・不信仰な民、「信仰もなく反抗する民」となるであろう。神は、その目を見えなくすることによって彼らを打ち給い、彼らは真昼間にも盲人のように手探りする者となるであろう。」

 

「すべての物体を合わせても、そこから小さな思想一つすら実を結ばせることはできないだろう。すべての物体と精神をもてしても、そこから真の愛の動き一つすら引き出すことはでないだろう。そんなことは不可能であり、別な・超自然的な秩序に属することである。」

 

「33年間のうち30年間を、彼は外に表さずに生きる。3年間はペテン師といわれ、最後に弟子の一人に裏切られ、もう一人の弟子に知らないといわれ、誰からも見捨てられて死ぬ。これほどの輝かしさを持ちながら、自分では享受できなかった人が、他にいるだろうか?」

 

「「この犬はぼくのものだよ」と、あのいたいけな子供たちは言ったものだ。「そこは、ぼくが日なたぼっこする場所だよ」。さて、これこそ、全地上における不当な専制の起こりであり、またその縮図である。」

 

「何一つ知らないのに、こんな風に安心していられるとは何とも奇怪なことである。だからこうした生活を送っている連中に対しては、無茶苦茶振りと馬鹿さ加減を目の前に突きつけ、思い知らせてやらねばならない。あの人たちには誠心誠意という気持ちがないのだ。」

 

「下らぬものに心誘われ、情念の害を受けないために、1週間の命しかないように行動しよう。生涯の1週間を捧げねばならないものなら、100年を捧げるべきである。もし1週間を犠牲にしなければならないなら、全生涯を犠牲にすべきである。」

 

「神が存在するということは分からないし、神が存在しないということも分からない。魂が肉体と共にあるということも分からないし、私たちには魂がないということも分からない。この世界が創造されたということも、創造されなかったということも、原罪があるということも、ないということも分からない。」

 

「3種類の人がある。一つはすでに神を見出して神に仕えている人、次は努力して神を求めている人、そして神を求めようともしない人。第1の人は道理にも叶い幸福である。最後の人は愚かであり不幸である。真ん中の人は不幸ではあるが、道理には叶っている。」

 

「正しい者についていくのは正しいことであり、いちばん強い者についていくのは仕方のないことである。力のない正義は無力であり、正義のない力は暴力である。力のない正義には反抗する者ができる。常に世に悪人は絶えないからである。」

 

「正義のない力には、非難する者ができる。だから正義と力とを一つに合わさなければならない。そのためには、正しい者を強い者にするか、強い者を正しい者にするかしなければならない。」

 

「なぜ人は大勢の方に従うのか。その方に正しさが多くあるからか。そうではない。力が多くあるからだ。なぜ古代の法律や古人の意見に従うのか。それが一番健全だからか。そうではない。それらがただ一つのものであって、種々雑多なものの芽生える原因を取り除いてくれるからだ。」

 

「力はこの世の女王である。世論は力をふるう女王のようにみえるが、むしろ力の方が世論をつくるのだ。」

 

       施設では息子は時折歌うらし父母にも聞かせよその歌声を 蝶人

 

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