あまでうす日記

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柳田國男著「「遠野物語」「山の人生」」を読んで

2024-07-21 10:01:11 | Weblog

柳田國男著「遠野物語」「山の人生」を読んで

 

照る日曇る日 第2082回

 

冒頭に「この書を外国に在る人々に呈す」とあるが、さしずめ私などはこの國とその住民のやることなすことに違和感を覚え、今では外国ならずとも国内亡命者同然の暮らしを送り迎えしているので、柳田の異色の文芸作品のうってつけの読者だと自分でも思うのである。

 

この2つの作品を大いなる共感を覚えつつ読み進むにつれて、こういう「神隠し」ならつい最近も近所にあったなあと、思い当たる節が随所にあったので、それらをバイデン爺みたくならないうちにメモしておこうかしら。

 

1)近所のオジサンの母親が行方不明になった時は、町内会の有志が捜索隊を編成し、2度3度と付近の山探しを試みたが、ついに発見されなかった。まだ70台に手が届かない年齢で足元がおぼつかず、外出時は必ず車椅子に乗った状態でオジサンかその息子が付き添っていたのだが、ちょっと目を離したすきに行方知らずになってしまった。

 

自力で数メートルくらいは移動できたというが、車いすに乗ったままで山道に入ったり、車が行きかう県道を移動したりすることはそれまで一度もなかったし、今回もそう考えられたが、ともかく狭い生活範囲とその外延を目を皿にして歩き回っても、その行方は現在に至るも杳として知れなんだ。

 

2)昨日当地では5年ぶりに花火大会が開かれたが、以前は毎年決まって7月10日に開催された。当時私立大学の1年生の若い女性が行方不明になったのは、その年の花火大会の夜のことで、いつまで経っても母一人子一人の茅ヶ崎の自宅に帰宅しない娘の身を案じた母親が鎌倉の警察に届け出て、我らが町内会でも数次の捜索が行なったようだが、この度も行方不明のままで徒に月日が流れた。

 

その他)またある時には、近所の原っぱで、猟銃自殺した男の死体が発見されたり、朝夷奈峠の麓の茶屋跡で首吊り自殺の遺体があったり、滑川の橋の下に白いローブ姿の溺死体が浮遊していたりするのだが、当地の住民はもはやその程度の事件には慣れっこになっていて、だいいち現場に駆け付ける浄明寺派出所の警官だって2回まで拳銃自殺を遂げているのだから、暗殺者北条氏が暗躍する鎌倉が、今のガザやウクライナ以上の死都であったことを想起するまでもなく、中世鎌倉時代の「でんでらの」(政権の正式埋葬センター)があったここいらは、当の遠野よりも「死に近い場所」といえるのかもしれない。

 

 どんどはれいまもむかしもやまびともにほんおおかみもいきておるなり 蝶人

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