行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【日本取材ツアー⑪】中国語による日銀マンの日本エコ産業論

2017-04-16 20:48:37 | 日記
3月29日午前中、小倉駅前の宿泊先ホテルから歩いて日本銀行北九州支店に向かった。日本銀行の中で大阪に次いで2番目に開設された由緒ある支店である。初代支店長は後に首相、蔵相を務め、二・二六事件で倒れた高橋是清。どうしてこれほどの格式があるのか。それは近代日本の工業発展における北九州市の重要性を物語る。

我々を受け入れてくれたのは同支店長の福本智之氏。北京の日本大使館勤務、日銀北京事務所長の経験もある中国通で、学生に対するレクチャーはすべて中国語、用意された資料も中国語。これ以上望むべくもない待遇だった。私には日銀の知り合いはほかにいないが、唯一、知己を得られたのが福本氏であることは何よりも光栄である。福本氏には今回、有形無形の支援をいただいた。学生たちには「彼は日中の宝物だ」と教えた。

この日の取材には、中国留学から戻ったばかりという北九州市立大学の学生も同行した。日中学生交流の一環である。日本の学生にとってもめったにない機会である。しかも日銀マンから中国語で話を聞くのだから、なおさら稀有な体験だ。



レクチャーのタイトルは「北九州経済と産業のグリーン成長」。まずは北九州の歴史から始まる。国内有数の産出量を誇る筑豊炭田を控え、地震も少ない。1889年には門司港が国の特別輸出港に指定され、1901年には国内初の本格的近代溶鉱炉を持つ官営八幡製鐵所の操業がスタートする。これが北九州をして、近代日本の重要工業拠点たらしめる。だがそれは同時に戦後、深刻な公害の地となる宿命を負うことになる。



福本氏の中国通を物語る解説があった。北九州における公害克服の歴史は、女性(母親)が中心となって社会変革を主導し、自治体が規制に乗り出し、政府がイノベーションで応えるという、三位一体の形で進んだ。福本氏はこれを、中国で一般的に用いられる「協商民主(話し合いによる民主)」の概念を用いて説明した。これは中国人学生たちの頭に入りやすい。「日中の宝」の意味は、こうした点にもある。

また、福本氏が強調したのは「CP(Cleaner Production)」だ。UNEP(国連環境計画)が提唱しているもので、生産の過程で、生産方法や原材料、製品の設計などを通じて省資源化、省エネルギー化を図り、環境への負荷を抑える概念だ。CPによって生産コストが減り、また同時に、新たなリサイクル産業や自然エネルギー産業でのビジネス機会を創出することにつながる。経済的なメリットがなければ、私企業にはインセンティブが生まれず、持続可能なシステムとはならない。

とかく近視眼的、功利的な取材に陥りがちな学生にとって、マクロからものを捉える非常に重要な教えとなった。

前夜、福本氏とは小倉の町で深酒をしたのだが、しゃっきっとして話をしていたのはさすがだった。酒の場で、ひょんなことから北京時代に知り合った舛友雄大の名が出てきたときにはびっくりした。彼は中国の財新メディアグループで、唯一の日本人リサーチャーとして働いていた。その後、研究のためシンガポールへ行ったところまでは本人から聞いていたが、まさか帰ってきていて、しかも北九州出身だとは知らなかった。

福本氏は、メディアの企画で彼と知り合ったという。
ニューズウィーク日本版「習近平が言及、江戸時代の日本に影響を与えたこの中国人は誰?」http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/03/post-7177.php

舛友雄大は二次会から合流し、私と二人で三次会に流れることになった。翌日、日銀での福本氏のレクチャーには彼も座っていた。奇縁である。(続)

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