遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『献心 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-04-16 11:19:47 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第10弾。2013年6月に刊行された。これがこのシリーズの最終巻となる。

 冒頭に人事案についての会話が書き込まれる。おもしろい書きだし。だが、それは、その後背景に退いてしまう。方向性が暗示されるにとどまる。
 さて、第9弾の末尾の長野と高城の会話がこのストーリーの起点になる。
 長野は綾奈の白骨遺体が発見された後、長野は己の率いる班のメンバーとともに、己の裁量で潜行して聞き取り捜査を続けていたのだ。世田谷区北沢に住む平岡真之、45歳に聞き込みをした際、彼は思わず綾奈を見たと証言したのだ。平岡は12年前、事件の直後に今の住所に引っ越ししていた。平岡は携帯電話会社の営業部の課長で、結婚して1年か2年ぐらいで奥さんを亡くし、その後独身だという人物。
 
 白骨死体の発見を契機に、殺人・死体遺棄事件として、杉並西署に捜査本部が立った。そこには追跡捜査係も加わっている。だが、高城は捜査一課長から直々に、捜査本部への出入り禁止通告を受けていた。「被害者であれ加害者であれ、身内の人間がかかわった事件に関する捜査は担当しない」という原則が適用されたのだ。また、異例づくめ事件として、捜査本部の士気が上がっていないという噂も流れていた。
 長野と高城はひそかに会って相談する。長野は「捜査本部の連中を当てにしちゃいけない。今回はとにかく、俺たちだけでやるべきだ」(p18)と主張する。12年前に行方不明となった綾奈を探し回った長野は、熾火の如き復讐心に油が注がれた状態になっていた。高城は勿論、綾奈の遺体発見に対し、個人的な問題として、犯人の捜査と逮捕を己の使命とした。長野と高城は、二人で再度平岡に聞き取り捜査をすることからスタートする。

 高城と長野が飛び込みで平岡に面談し、聞き込み捜査をするのだが、綾奈を見たと証言した平岡の発言が後退し、目撃状況の発言が至極曖昧なものに変質した。高城と長野は、刑事の勘として、そこに違和感を感じる。長野は平岡を動向監視対象としていく。
 長野班の捜査のやり方が、平岡の反発を買い思わぬ物議を醸すことになる。弁護士を介して捜査一課長に抗議を申し立てる行動に出たのだ。意外なことに、弁護士である法月の娘・はるかがその仕事を担当したのだった。法月と娘が間接的に綾奈の件に関わりをもつ形になる。抗議を受け長野の立場は苦しくなることに・・・・。一方、高城はその件を、刑事総務課大友鉄からの連絡で知る。その大友が最後に「それより、高城さん?」「応援してますから」(p94)と個人的なメッセージを告げるところがいい!
 高城は愛美の同行で、法月はるかに面談する機会をもつ。
 読者にとっては、平岡の態度と行動に、それはなぜかと興味津々とならざるを得ない。
 
 高城は杉並西署の捜査本部に出入り禁止とされたが、自ら捜査本部にアプローチしていく。「他意はないですよ。娘のことでお世話になっているんだから、陣中見舞いぐらいは当然じゃないですか」(p62)と。所轄の刑事課長に挨拶した後に、捜査本部に加わっている追跡調査係の西川大和と沖田大輝に質問して状況を尋ねる。
 勿論、この事件に劇的な突破口などありえない。足を使った地道な聞き取り捜査が中心となっていく。高城の部下である第三方面分室のメンバーはこの捜査本部に加わっていた。当時の在校児童全員に連絡をとり、聞き取り捜査をするということが、12年前の捜査当時には完遂されていなかったのだ。西川の話では、507人中403人に連絡が取れた段階だった。当時の綾奈と同じ1年の子どもたちで未連絡は7人だった。その内、綾奈と同じクラスの未連絡が1人含まれていた。高城はまずその7人を集中的に探してみることを提案した。
 7人のリスト潰しに高城は強引に手を貸すという行動に出ていく。それを契機に高城の具体的な捜査活動が始まる。彼はまず、臼井裕を担当する。臼井裕とコンタクトを取れると、彼の話から残り6人のうち5人の状況はある程度わかった。だが、臼井は黒原晋とだけは連絡を取っていないと言う。2年になる時には引っ越していったので、顔も思い出せないのだと。高城はこの黒田晋を追跡捜査することを次のターゲットにする。仮に会えたとしても、何等かの手がかりが得られるかどうかは未知数なのだが・・・・。まず未連絡先をつぶすことから、次が始まるのだからと。
 ストーリーは高城の捜査行動を主体に進展して行く。捜査本部の状況は、西川・沖田との相互連絡及び第三方面分室長の真弓、メンバーたちとの相互連絡を密にする形になる。
 黒原晋と連絡をとるための追跡捜査が、結果的に綾奈の行方不明・殺人・死体遺棄という事件の核心に迫っていくプロセスとなる。捜査は高城を東北地方、秋田・盛岡へと導いていく。ここでの地道な追跡捜査がこのストーリーの読ませどころとなる。
 
 一方で、障害要因が加わっていた。平岡が捜査一課長に弁護士を通じて抗議したという情報が、新聞に漏れたのだ。その事態は法月はるかと関係がないところで動き始めたようなのだ。そのことを愛美がはるかに会った際に聞いたという。平岡自体が漏らした可能性が一番高い。そのことが、高城がはるかに面談したい一因となった。平岡はなぜそこまでのリアクションをするのか・・・・・・。
 東日の女性記者沢登有香が三方面分室長の真弓に電話を掛けてきたことから始まる。真弓は広報部に相談するアクションを取る。東日の沢登は高城に突撃取材をかける手段にも出る。この動きにどう対処していくのか。それも読者には気がかりとなる。

 高城の追跡捜査は、意外な事態に遭遇し、想いも寄らぬ真相に向き合う形となっていく。そのプロセスがこの最終巻の山場となる。

 「中学二年生の女の子が行方不明です。・・・・」という電話連絡が醍醐から盛岡に来ている愛美に入る。愛美は「戻ります」と自身のとるべき行動のみ高城に報告する。

 このストーリーのエンディングは始まりとなっていく。たぶん、そこからストーリー冒頭の人事案についての会話が示す方向へと動きだして行くのだろう。

 最後に、高城の夢想の会話を引用しておこう。
「ぼんやりと桜を眺めているうちに、ふいに綾奈が現れた。ずっと大きく育った・・・・少女ではなく女性の顔つき。
 -ありがとう。
 -何が。
 -パパなら絶対、ここまで辿りついてくれると思った。
 -何もできなかったな。
 -そんなこと、ないよ。
 -これでもう、終わりだ。これからどうしたらよいか、分からない。
 -どうして? パパにはまだ、やることがあるでしょう。パパを必要としている人はたくさんいるんだよ」(p478)
 
 娘が行方不明になる事実を抱えた中年刑事の悲嘆、哀切な思いと刑事としての葛藤の連鎖、長いドラマがここに一区切りを迎えた。
 刑事としての高城を必要とする人がいる。高城にはやることがあるのだ。
 本書は最終巻になるのだが、高城の完全復活の始まりを期待したい。

 お読みいただきありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
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『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』   堂場瞬一   中公文庫

2023-04-15 10:33:42 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第9弾。2013年3月に刊行された。

 土曜日の早朝。高城は自宅で酒浸りになり酔い潰れ夢を見ている状態から、水をぶっかけられ強引に目覚めさせられる。明神愛美と醍醐塁が眼前に居た。高城は無断欠勤していた。馘(くび)になる覚悟の上だった。なぜそうなったのか。高城の娘・綾奈が行方不明となった公園の近くの家で火災が発生した結果、その現場検証中に白骨遺体が土中から発見された。それが綾奈の遺体だと確認されたのだ。前作末尾の二行の意味が、冒頭のシーンにリンクしてくる。
 だが、愛美は「高城さん、ずっと出勤していることになっているんですよ」と冷たく言い放ち、高城に出番だと告げる。醍醐が「誘拐です。被害者は、七歳の女の子です」と言った。世田谷東署が管轄する桜新町に住む菊池真央、七歳、小学校二年生の失踪届が所轄に届け出られ、昨夜11時に第三方面分室に連絡が入ったという。

 2月15日、ピアノ教室で午後4時半から1時間半、レッスンを受けた真央は普通なら教室から自宅まで歩いて10分ほどなので6時半前には帰宅予定だった。その真央が7時をすぎでも戻って来ないことから大騒ぎになった。10時過ぎに交番に届け出られた。高城・醍醐・明神の3人がまず捜査に加わる。さらに田口が応援に加わることに。だが捜索は空しい結果に終わる。田口が高城に真央の遺体が見つかったと連絡を入れてきた。最初に真央のトートバックが発見された場所のすぐ近くにあるマンションの非常階段で絞殺死体が発見された。下着が持ち去られ下半身露出の状態だった。事件の担当は、失踪課から捜査一課に移る。世田谷東署に、捜査員100人態勢の特捜本部が設置される。
 分室長の阿比留真弓は撤退を宣言し、「余計なことをしないように」と釘をさす。だが、高城は彼女の命令を無視する行動に出る。高城には、真央と絢奈の死が重なっていく。高城が理不尽な形で娘をなくした菊池夫妻にどのような関わり方をすることになるのか。高城の内心の葛藤を含めて、それがまず最初の読ませどころとなる。

 高城は、真央が水泳教室にも通っていたことから、そこへの聞き込み捜査を行う。水泳教室に通う二人の女の子から有力な情報を得ることに。そして、鑑識課員の協力を得て、2人へのヒアリングから似顔絵作成をする。一つの有力な手がかりを得たのだが、それをどのように扱うか。似顔絵の特徴は、テレビでレギュラー番組を持ち、あるスキャンダルを起こした有名人の寺井慎介に似ていた。捜査一課強行班の中澤係長と高城とは捜査の進め方で意見が対立することに・・・・。事件捜査の進展として、それが最初の山場になっていく。

 そんな矢先に、明神愛美の両親が自動車事故に捲き込まれ、母親が死亡・父親が意識不明という事態が起こる。高城は明神を何とか説きつけて帰郷させることに。だが、それは捜査における愛美の存在の大きさを高城に再認識させることになる。高城は醍醐と独自に聞き込み捜査を継続していく。

 再び事件が起こる。真弓から高城に指示が出た。世田谷南署の管轄で女の子の行方不明事件が発生したという。同じ田園都市線の用賀駅近くに住む、小学二年生の女児でピアノ教室に行ったきり帰って来ないという。共通点がある行方不明事件の発生。
 捜索が続いていた。ところが、自宅から2キロくらい離れている南署の等々力不動前駐在所に行方不明の女の子が飛び込んできて、保護されたという連絡が入る。高城が現地に駆けつけると、救急車が出る直前だった。沙希と称する女の子は軽い外傷で、下着を穿いていなかったと救急隊員から高城は聞き取った。沙希とその両親への事情聴取をどのように進めることができるか。真央のケースと沙希のケースが同一犯人によるものなのかどうか・・・・。事情聴取が重要な要素となっていく。

 似顔絵を見た田口が、高城に身近に居たある人物が似ていると電話連絡してきた。それが捜査方法の転換となる。第三の事件発生を想定した形での捜査に進展していく。

 このストーリー、前作(第8弾)に組み込まれた伏線が浮上してくることに。

 高城は、綾奈と同じ年頃の女児の行方不明事件を連続で捜査する状況に投げ込まれた。そこから再び高城は己にとっての使命を自覚することに回帰していく。
 女児の両親たちにとって、この遭遇した事件は「闇夜(あんや)」そのものである。彼らがそこから立ち直れるかどうか・・・・・。高城はこれら事件を刑事として扱うだけでなく。被害者の精神的な側面にも関わっていくことになる。
 一方、ここで取り扱われる事件の捜査の進展は、高城自身の精神状態の「闇夜」を突き抜ける道程にもなっていく。そこに、このストーリーの大きな特徴があると言える。

 このストーリーの末尾に、初めて長野が高城の携帯電話に連絡をとってくるシーンが描かれる。
 「ようやく見つけたぞ。目撃者が出たんだ」と。高城は即座に「分かった。俺も話を聴く」(p475)と反応した。
 このやりとりを読めば、第10弾をすぐにでも読みたくなる。私は連続して読んでしまった。

 最後に、印象深い箇所をいくつか引用しておこう。
*警察も人の集まりだから、合う合わないというのはある。ましてや私の場合、他人に迷惑をかけてばかりだから、疎ましく思われて当然だ。それでも、たった一つの目的がある時には、個人的な感情を乗り越えて協力できるものである--犯人を逮捕し、被害者を安心させること。 p336-337
*どんなに大変なことでも、自分で直接やる方がはるかに楽なのだ、と思った。 p343
*娘さんに、憎む相手を与えてあげなさい、と。あなたたちも、相手を殺すぐらいのことは考えていいんだ、と。
 考えるだけならいいんです。そこから先、実際に手を出す人間は、まずいませんからね。もしも手を出したら、憎むべき犯罪者と同レベルになってしまう。人間は、どんなに最低の状態にあると思っていても、完全に落ち切ることはできないんですね。憎む相手と同じレベルになりたくないというか・・・・・。 p346
*恨みは、忘れられるんですよ。
 恨みも人生の一部分に過ぎません。いつか、通り過ぎていきます。恨んでも悲しんでも、人生は進んでいくんですですよね。マイナスの感情だって、生きる推進力になるなら、評価すべきでしょう。  p347

 ご一読ありがとうございます。


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『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2023-04-13 23:12:33 | 堂場瞬一
 警視庁失踪課・高城賢吾シリーズの書き下ろし長編第8弾。2012年12月に刊行された。
 高城はやっと娘・絢奈の失踪事件に向き合う行動をとり始めた。千葉県の内房中央署が管轄する区域である木更津の南、富津の岬の先の展望台で身元不明の若い女性の遺体が発見された。このストーリーの冒頭は、午前2時頃に血液型の一致、年齢が近いということから高城に情報が伝えられり。所轄署と連絡をとりあった上で、高城は絢奈の遺体かどうか現地確認に飛び出して行く。その状況描写が始まりとなる。

 富津に居る高城の携帯電話に醍醐から連絡が入る。失踪事件が発生した。失踪者は富津出身の花井翔太、18歳、高校三年生で、荻窪にある東京栄耀高校に自らの意志で進学し、野球部に所属し、エースとなる。ドラフトに引っかかり、歴史ある名門球団パイレーツへの入団が決まっていた。1年間プロ野球の世界に居た醍醐は花井の失踪事件の捜査に熱くなる。この時、警察組織としては重大な身内での問題が発生していた。渋谷中央署地域課の交番勤務、高木巡査が拳銃を持って深夜のパトロールに出たまま行方不明になっていた。そのため、醍醐以外の第三方面分室のメンバーは高木巡査の行方の捜査に組み込まれる。2つの事件の捜査がパラレルに進行することに。

 正月休みが終わり、学校の再開は7日月曜日。花井は日曜日の午後に実家を出て、寮に戻っていた。7日始業式の朝に居なくなっていたという。チームメートが気づき、監督⇒学校⇒実家の両親へと連絡が回り、探しまわったが手がかりなし。そこで、8日朝、つまり高城が富津に居るときに、失踪届が提出されたのだ。

 高城は富津に居る地の利を生かし、愛美が送ってくれたデータを踏まえて、花井の中学校時代の同級生への聞き込みから着手していく。その後、花井の実家を訪れ両親に面談するつもりだったが、母親の仁美の話を聞くだけになる。母親は翔太が野球漬けの毎日で、野球部以外の友達はほとんどいないと思うと言う。中学の同級生で、花井とバッテリーを組んでいた布施泰治は、冬休みに花井の自主トレにつき合っていたという。

 花井翔太の失踪事件の捜査には大きな制約があった。花井がパイレーツに入団することが決まっていたので、この失踪が公になればスキャンダル報道に発展し、入団取り消しに発展する可能性がないとは言えない。両親、監督、学校はみな、この捜査が内密に実施され、速やかに花井翔太を発見できることを願っていた。

 高城は東京に戻ると、拳銃を所持したままの高木巡査の行方不明の緊急性を判断し、醍醐にもそちらを担当させて、当面一人で花井の捜索に取り組むことにした。
 高木は東京栄耀高校を訪れ、野球部の監督平野への聞き込み捜査から着手する。監督からはほとんど花井のプライベートな側面に関連する情報を得られなかった。
 高木はかつて荻窪に住んでいた時期がある。東京栄耀高校から5分ほどの距離、商店街にある昔なつかし定食屋に立ち寄った。店主との雑談で、花井翔太がこの定食屋に来ていたこと。そして、「2回ぐらい、女の子と一緒にこの店に来ただけで。ちょっと派手な、ギャル風の子だったけど。ギャル風っていうのも古いかな?とにかくそれで少し心配になって、覚えていたんですよ」(p119)高城はその女の子が同じ高校の生徒であることと、彼女の容貌をさりげなく聞き出した。高城にとっては、それが捜査のとっかかりとなる。
 このストーリー、高城たちの地道な聞き込み捜査がどのようなアプローチで重ねられていくかが読ませどころとなる。
  このストーリー、派手な捜査活動は何もない。聞き込み捜査から得られた情報の累積と個別情報の整合性、思わぬ見過ごし・見落とし、不具合感などへの気づき・・・・・・刑事の経験をベースとした推論と感性の働きが、失踪背景の事実を明らかにしていくことになる。
 行方不明の高木巡査が発見された時点で、第三方面分室のメンバーは高城の捜査に加わっていく。高木巡査発見の顛末は本書をお読みいただきたい。

 最後の最後で、一つの裏事情が明らかになる。この展開が一番の読ませどころといえるだろう。警察の関与する失踪事件としては花井翔太を発見して一件落着となる。だが、警察が関与できないいくつもの課題が残された。本書をお楽しみ頂きたい。

 この第8弾には、次作以降への重要な伏線が書き込まれている。
 高城が平野監督から聞き込み捜査をした後、住宅街の中を抜けて、駅の南口をめざす。その辺りは高城がかつて家族で住んでいた街である。二階建ての一軒家の火事に出くわすことに。その家は、かつて同じ町内会に入っていた高井さんの家だった。高井さんは警視庁OBでもあった。その家は絢奈が消えた公園のすぐ近くにあった。
 この火事が、このストーリーのセクション19の最後の一行「長野が泣いていた。棒立ちのまま、声も上げず、ただ頬を濡らしている」(p473)および、たった一行のセクション20。「そして、世界は再び暗転した」(p473)にリンクしていく。
 この最後の文が、この後の第9弾『闇夜』、第10弾『献心』を連続して読ませるトリガーになった。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』  中公文庫
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『収容所から来た遺書』  辺見じゅん  文春文庫

2023-04-10 22:56:41 | 歴史関連
 本書はU1さんの「透明タペストリー」のブログ記事で知った。まず掲載されていた表紙の写真でタイトルに引き寄せられ、本書についての簡潔なご紹介から本書に関心を抱いた。シベリア抑留、強制収容所(ラーゲリ)という言葉は知っていたがその意味するところ、実態については、情報・知識を全くというほど持ち合わせてはいなかった。遅ればせながら読み終えた。

 文庫を手にして知ったこと:単行本は1989年6月に刊行され、1992年6月に文庫化された。手許の文庫は、2021年11月第24刷。裏表紙のメッセージから調べてみると、1990年の第21回受賞者3人のうちの一人として、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した作品である。
 併せて、2022年12月9日に公開された映画「ラーゲリより愛を込めて」は本書に基づいているという。 

 1956(昭和31)年12月26日、「ソ連帰還者最終梯団」を乗せた興安丸が舞鶴港に着岸した。翌年の1月半ばに、山村昌雄さんが「私の記憶してきました山本幡男さんの遺書をお届けに参りました」といい、幡男さんの妻モジミさんに一通の封書を差し出した。さらに半年余を経て、最後の六番目の遺書がメモ・絵・葉書とともに、新見比助さんから小包で届けられた。

 最後まで帰国(ダモイ)の望みを堅持し、強制収容所で周りの仲間たちを靜かに淡々と鼓舞し続けた山本幡男さん自身は帰国できなかった。山本幡男さんは、1954(昭和29)年8月25日、ハバロフスクの強制収容所内の病室で息をひきとった。仲間たちの嘆願書により中央病院に入院できたのだが「喉頭癌性肉腫」の末期症状と診断され、翌日ラーゲリに戻されてしまったのだ。45歳の生涯だった。最終段階で山本幡男さんは遺書を書いた。それを仲間たちが分担し、記憶に留めて、帰国できた暁には山本幡男さんの家族に遺書として届ける役割を担ったのだ。(以下、敬称を略す)

 このノンフィクション作品は、シベリア抑留から帰国できた数多くの人々と関係者に取材し、事実をベースにしてまとめられている。シベリアに抑留された山本幡男の半生記を中軸に据え、ウラル山中に所在したスベルドロフスク俘虜収容所とハバロフスク地区のラーゲリでの日本人俘虜の収容所生活と思いの実態が描き出されて行く。
 収容所の実態には2つの側面がある。一つは収容されている日本人俘虜の生活環境と生活実態。もう一つはソ連側の収容所管理の実態である。その両面を著者は抑制された筆致で描き出していく。

 山本は東京外国語学校在学中に社会主義運動に関与したことが原因で学校を退学する。大連の満鉄調査部に入社。ロシア語が堪能だったので、昭和11年3月に北方調査室配属となる。戦争の末期に山本は軍隊に召集され、1945(昭和20)年1月に2等兵でハルビン特務機関に配属される。同年8月の敗戦でソ連軍に捕らわれ満州からシベリアに抑留されることに。本書を読むと山本が収容所生活を送った場所と何をやらされたかが大凡わかる。
 1946年 満州からスベルドロフスクの俘虜収容所へ。通訳業務 私的な勉強会開催
 1948年 正月過ぎ、ラーゲリから忽然と消える。8月の終りころラーゲリに戻る。
 1948年 9月下旬、スベルドロフスクからハバロフスクに。
     ハバロフスクの手前で何処かへ山本は連れ去られる。
     11月初め ハバロフスク地区のラーゲリ第18分所に。つるし上げの対象者に
 1949年 5月頃 ハバロフスク市南郊 通称「地獄谷」と呼ばれる囚人ラーゲリへ。
       ⇒ 一方的な裁判により戦犯に。重労働25年の判決
     夏、ハバロフスク市内のソ連邦矯正労働収容所第6分所に。
 1950年 4月、ハバロフスク地区の第21分所に。

 本書の構成では、「プロローグ」「一章 ウラルの日本人俘虜」「二章 赤い寒波」までが、山本の上記、1946~1949年に相当し、「三章 アムール句会」「四章 祖国からの便り」「五章 シベリアの『海鳴り』」が1950~1954年に相当する。「エピローグ」が収容所からの遺書が届く情景を語る。
 第21分所で、山本が行った密かで私的な活動が仲間たちにとり生きること、帰国することへの励みになっていた。個々の人々と山本との関わりが描き込まれる形で、帰国への意志が淡々と綴られていく。それに加えて、収容所での明るい側面と陰鬱な側面の存在が両輪の如くに織りなされていく。
 山本はアムール句会と称する句会を密かに開催し、参加者との交流を深めるとともに、帰国という望を持ち続けることを説き続けた。山本の帰国に対する発言は、単なる願望表明ではなく、ロシア語の実力を生かし、入手できる現地情報から世界の政治情勢などを判断した上で帰国可能性を分析した結果だったという。
 収容所に張り出される「日本新聞」はソ連の日本人俘虜に対する思想教育を狙いにしたものだったという。その「日本新聞」の編集を一時期山本が担当せざるを得ない立場になる。こんな一文が記されている。「『日本新聞』がどのようにして作られていたかをつぶさに見ていただけに後藤は、国際情勢を中心にした山本の客観的な壁新聞作りの苦心がほかの人びと以上に理解できた」(p120)と。
 学生時代に理想を持ち、社会主義運動に関わった経験を経て、ロシア語に堪能な山本が、シベリア抑留を経験することで培ったスタンスがここにもうかがえる。
 山本のスタンスは、彼が書き遺した遺書の中に色濃く表明されていると思う。

 各地のラーゲリではシベリア民主運動が吹き荒れ、それが三期の推移をたどるという。それはソ連側の収容所管理の推移に呼応する。第一期が懐柔時代(入ソ当初)、第二期が増産期間(入ソ1年以降)、第三期が教育期間(昭和23年/1948年当初より)(p48-52)。「この三つの期間をスペルドロフスクの俘虜収容所からハバロフスクの第十八分所時代の山本の姿に重ねて見ていくと、まるで写し絵のように山本の光と影が明らかになってくる」(p48)と著者は記す。

 極寒の地にあるラーゲリの環境と収容所生活の実態が、山本幡男の半生を軸にして、山本と個々人との関係、仲間のつながりから描かれる。加えて日本人俘虜の間での人間関係、具体的な人物にスポットを当てた収容所での姿が淡々と描き込まれ、織り込まれて行く。その抑制された筆致が逆に、山本と仲間達への感情移入を促していく。
 佐藤健雄が山本に遺書を書くことを口にしたという。山本は遺書を書いた。「遺書は全部で四通、ノート十五頁にわたって綴られていた」(p223)佐藤はそれを仲間達で分担し、記憶して帰国し、山本の家族に届けることにしたのだ。紙類は帰国前の検査ですべて没収されるからだ。
 この遺書に関わるステージに入って行くと、涙なくしては読めなくなる。
 久しぶりに感情移入して行くことになった。

 山本幡男の遺書の文面が五章に出てくる。印象深い文章が各所に含まれている。だが、この遺書は本書を読むことでその意味合いが深まっていくことと思う。ここに引用はすまい。

 次の幾つかだけ引用しよう。
*どんなに理不尽ではあっても絶望することなく、いまいる状況のなかに喜びも楽しみも見いだし、しかもそれを他人にまで及ぼしてしまうところに、山本の精神の強靭さと凄さがある、と野本は理解した。  p108
*これは山本個人の遺書ではない。ラーゲリで空しく死んだ人びと全員が祖国の日本人すべてに宛てた遺書なのだ、と思った。 p243 (瀬崎清の思いとして記されている)

*「北溟子に遺書を書かせたらどうだろうか」
 佐藤健雄に提案したのは、団本部の初代団長だった瀬島龍三である。 p221
  ⇒ 北溟子は山本幡男の俳号である。
    瀬島龍三がラーゲリの経験者と言うことだけは知っていた。
    だが、ここで瀬島龍三の名前が出て来たことが私には印象に残る。

 戦後に生まれた世代の一人として、昭和史を捉え直してみる上で必要な一書という思いを強く感じる。

 ご一読ありがとうございます。

[付記] いつか読もうと思い書架に眠っている『瀬島龍三回想録 幾山河』がある。
 引っ張り出してきて、スキャンしてみた。第三章末尾の「心に残る人々」に次の記述が含まれていた。
 [佐藤健雄さん、山本幡男さん]という見出しがあり、その後半を引用する。
「山本さんは昭和29年8月、第21分所の粗末な病室でこの世を去った。私から佐藤さんに話し、佐藤さんが山本さんにしたためさせたその遺書は、山本さんを慕う人たちの記憶による復元によって(書きものは帰国のとき一切持ち帰れないので)遺族に渡された。このことは前に述べた通りである。
 佐藤さんは高僧のような風格で、敬愛する兄貴のような人だ。残年ながら数年前に逝去された」(p286)

 この回想録は1995年9月初版第1刷発行、扶桑社刊である。


補遺  シベリア抑留関連情報を少し調べてみた。
シベリア抑留   :「抑留者引揚」
抑留者引揚 舞鶴 :「抑留者引揚」
[研究ノート]シベリア抑留死の意味を求めて-妻と娘の記憶と語りから-
           桜井 厚  応用社会学研究 2018 No.60 273
シベリア強制抑留者が語り継ぐ労苦(抑留編) 第1巻 :「平和祈念展示資料館(総務省委託)
強制収容所「ラーゲリ」から生還 貴重な体験語る相模原市の97歳男性【News Linkオンライン】   YouTube
【ラーゲリ】101歳最後の証言…極寒の森で死んだ仲間の衣類を分けた ーシベリア抑留の記憶ー   YouTube
「忘れられた戦争~シベリア抑留の記憶」JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス
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シベリア抑留関係資料集成  :「リサーチ・ナビ」
なぜシベリア抑留者は口を閉ざしたのか ソ連の「赤化教育」の実態は…「やらねば自分がやられる」  :「産経新聞」
徳田要請問題  :ウィキペディア
映画『ラーゲリより愛を込めて』二宮和也×北川景子が夫婦役、不屈の日本人捕虜を描く奇跡の実話   :「FASHION PRESS」

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『流転 越境捜査』 笹本稜平  双葉社

2023-04-08 22:13:52 | 笹本稜平
 越境捜査シリーズの第9弾。多分これがこのシリーズの最後だと思う。「小説推理」(2020年11月号~2021年11月号)に連載された後、2022年4月に単行本が刊行された。
 著者は惜しくも2021年11月に逝去された。合掌。愛読作家の一人。未読本を今後読み継いでいきたいと思っている。

 この越境捜査シリーズの興味深い所は、警視庁捜査一課の扱いで迷宮入りした事件を継続捜査対象として取り組む警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係が担当する捜査活動という点である。捜査の対象となる事件自体が最初から難解な問題点を抱えている。第二係係長は三好章警部。第二係所属の鷺沼友哉が中核的存在となる。そこに相棒の井上拓海巡査部長が関わる。井上は法学部を卒業した大卒で、ITスキルに長けているという強みがある。第二係としては、鷺沼を核に上司の三好、相棒の井上とのチームプレイとなる。
 ここにおもしろみを加えるのは宮野裕之。彼は神奈川県警の瀬谷警察署刑事課所属の万年巡査部長で、鼻つまみ者の不良刑事として知られた存在。宮野が鷺沼に大金の匂いが紛々とする事件絡みの話を持ちかけてくる。彼はギャンブラー。入手した金をほとんど競馬等のギャンブルに注ぎ込みすっている。あくどい事件の犯人という証拠を掴み、まず密かに交渉して、経済的制裁という名目で金を強請りとりたい。その金をギャンブルの元手に一攫千金を夢見ている。己の臭覚が働くと、そのネタを鷺沼に持ち込んで来て、鷺沼たちの捜査にただ乗りして、経済的制裁を加えて余禄をせしめようという魂胆である。

 もともと鷺沼らが扱うのは迷宮入りした過去の事件で、一筋縄では行かない事件ばかり。それ故、通常の適正な捜査手法に依拠しているだけでは壁を乗り越え難い段階に立ち至る側面がある。事件の証拠を掴むために、とりあえずイリーガルな側面を持つ手法を捜査に採り入れたい場合が出てくる。そこで内密にタスクフォースとして、一歩踏み込んだ活動をパラレルに行う。この側面を伴うのがこのシリーズのおもしろさになる。このタスクフォースの側面に宮野が加わる。さらに、宮野の友人で、現在はイタリアンレストランチェーンの経営者となっている福富憲一が参加する。彼は元ヤクザで未だに情報収集面で古巣との繋がりを維持している。裏情報に強みを発揮し、グレーな情報収集手段の導入にも一役を果たす。もう一人、警視庁碑文谷警察署の刑事で、井上の恋人である山中彩香巡査が加わる。彼女は基本的には非番の日にタスクフォースが組まれるとその一員として役割を担っていく。
 宮野は経済的制裁を加えるという名目で如何に金をふんだくるかしか考えていない。鷺沼はその宮野が暴走しないように四苦八苦することに・・・・そこが毎回おもしろい局面になっていく。また、三好、井上、彩香が宮野の経済的制裁という考えに食指を感じ、宮野に染まりつつあると鷺沼が感じ始めている。それが行く先の微妙さというおもしろみにもなる。

 川崎競馬場で軍資金が底をついた宮野は、帰路に偶然、国際指名手配になっている木津芳樹を目撃した。大きなスーツを携えた海外旅行帰りのスタイルだった。宮野はその男の後を付け、新横浜通りから脇道に入ったところの小ぶりなマンションに入ろうとする時に、声を掛けてみた。そのリアクションから宮野はその男が木津だと直感した。それがこのストーリーの契機となる。宮野のそこに大金の匂いを感じ取る。なぜか?
 それは、12年前の殺人事件に絡んでいた。東京都下の奥多摩町の山荘で、IT分野でアクトサイト社を上場し富豪となった社長夫妻と息子の一家三人が惨殺された。被害者は沼田謙三45歳。妻39歳、息子12歳だった。遺体発見が数日後となり、初動捜査の遅れで捜査は難航。だが、現場の数少ない遺留品から、二人の中国人が被疑者と判明。彼らは犯行を認めたが、一方で二人が同一人に教唆された旨を告げた。それが木津だった。当時31歳の木津はメガバンクの行員で、被害者の銀行口座から20億円を上回る金額を引き出し、オフショアの匿名口座に振り込んでいた。被疑者が犯行を認めた時には、木津はすでに日本を離れていた。木津を教唆犯と判断した時点で、山荘において鑑識により収集されていた現場の遺留品の中には捜査対象として注目されていないものがあった。そのことを鷺沼は後に、鑑識の木下から知ることになる。
 その匿名口座の真の所有者の特定に手こずっている間にその口座そのものが消えてなくなっていた。木津は教唆犯として国際指名手配された。二人の中国人には死刑が確定したが、教唆犯の木津が逮捕されない限り彼らの死刑執行は先送りとなる。
 この事件、日本の警察は国外での捜査権がないので、国外逃亡した木津の逮捕は絶望視されるていた。そして、この事件は継続捜査の範疇に入れられた。
 本当に木津が帰国したということなら、鷺沼たちにとっては、まさに本来の捜査事案となる。さらに言えば、捜査一課の殺人班に横取りされかねない事案にさえなる。

 宮野が追跡した小ぶりなマンションは、ファインマンスリー石川町というマンスリーマンションと判明した。鷺沼と井上はその運営会社への聞き込み調査から始め、木津の部屋を監視対象にしていく。鷺沼たちが赴いた運営会社・創栄エステートでは、総務部長の中村が応対した。鷺沼と井上は中村とのやりとりからスッキリしない感じを抱く。
 マンスリーマンションを監視中、中村が高木と名乗っている木津の部屋を訪れる。その様子を探っていた宮野は、中村のしゃべり方がヤクザまがいの口の利き方をしていることを見聞した。鷺沼と井上には中村の身辺捜査を広げ深めて行くにつれ、中村の素性が徐々に見えて来る。さらに、木津と中村の接点がメガバンクにあったことも判明する。鷺沼は木津の背後に中村が絡んでいるのではないかという推測に導かれていく。、

 この小説の転換点は、鷺沼と井上がマンスリーマンションを監視中に、木津がマンスリーマンションから飛び降り自殺を図る時点である。事件の教唆犯とみなされていた木津の自殺を思い留まらせようとする鷺沼に対して、木津は言う。「おれはどのみち死ぬしかない。あんたたちの手によるか、あいつの手によるかどうかの違いだけだ。おれはどっちにも殺されたくない。だから自分で自分の始末をつけることにしたんだよ」(p98)と。飛び降り自殺を図った木津は重態ながら命だけは繋ぎ留め、横浜市内の病院のICUで治療を受けるに至る。ここから事件は新たなステージにステップアップしていく。

 木津の発見に対して、警視庁捜査一課殺人班が特捜本部を設置して、三好らからこの事件を取り上げてしまう。一方、三好たちは、あくまで元の事件を継続捜査事案として捜査し続ける方針を貫く。そこには経済的制裁という思いも内心に潜んでいるのだが。
 この2つの流れがここから発生して進展していく。
 彩香が特捜本部に協力する所轄署刑事の一人として名乗り出て捜査に加わわる。いわば、タスクフォース側のスパイ的役回りを引き受け、二つの流れの状況・情報のリンキングポイントになる。この二つの捜査活動の流れとコントラストが一つのおもしろさとなる。
 
 鷺沼は、中村が教唆の本星ではないかという推測のもとに、中村とその周辺の人間関係を徹底的に捜査する。戸籍などの事実証拠が積み上げられ、聞き込み捜査が続けられる。様々な視点から状況証拠を累積する。だが、確定できる証拠なかなか見出せない。そこでタスクフォースの立場を持ち込み、刑事の捜査方法としてはイリーガルな捜査方法を併用するに至る。福富の経営するイタリアンレストランをうまく使い、中村とその関係者の行動に対する監視、盗聴・盗撮や中村のDNA鑑定用資料の収集まで踏み込んで行く。このあたりから通常の刑事警察小説とは異なるおもしろさが加わる。
 
 総ページは414ページ。木津が自殺を図る前後のシーンは第四章の冒頭、97~101ページに描写される。つまり、中村を本星と仮定した後、鷺沼たちの表の捜査とタスクフォースとしての裏の行動が織り交ぜられて進行する。それがこのストーリーの本命となっていく。

 キーワードの一つはDNA鑑定である。そのDNA鑑定は一旦挫折する。だが、そこにどんでん返しを起こす伏兵が潜んでいた。その盲点がまずこの作品発想のモチーフにあったのではないか。そんな気がする。
 もう一つ、中村がおかしたうっかりミスが彼にとっての致命的な痛手になっていく。それが何かも本書でのお楽しみみなる。それがいわゆる経済的制裁に関わっていくのだから。

 警察組織という点では、木津をあくまで教唆犯として一件落着させようとする捜査一課の特捜本部体制の結末と、三好や鷺沼たち捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係が捜査で出す結論が対立する事になる。当然ながら組織内での軋轢は必然である。この軋轢をどのように処理できるのか。これが重要問題になる。なるほど、その手があるのか・・・・。この落とし所も楽しめる局面である。

 このシリーズのこの後の構想を著者はいくつも温めていたのではないか。著者の逝去が惜しまれる。
 ご一読ありがとうございます。

補遺
刑事訴訟法  :「e-GOV 法令検索」
刑事訴訟法  :ウィキペディア
三次元顔画像識別システム  :「警察庁」
顔認識AIの仕組みを解説!顔認証システムの作り方と活用事例  :「AI Smiley」
画像認識技術の仕組みは?種類や最新の活用事例、AI(ディープラーニング)の活用における変化について  :「ASIA-AD」
筋弛緩薬の解説  処方薬事典  :「日経メディカル」
骨髄移植について  :「大阪府」
DNA型鑑定  :「警察庁」
DNA鑑定 法科学鑑定研究所 ホームページ
DNA鑑定について 遺伝子情報解析センター ホームページ
グローバル・ポジショニング・システム  :ウィキペディア
自動車ナンバー自動読取装置  :ウィキペディア
車両ナンバープレート認識管理システム  :「HITACHI」
リレーアタックとは?スマートキーの悪用による盗難から車を守る対策方法を解説
                    :「強くてやさしいクルマの保険」

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