遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『新選組』  黒鉄ヒロシ  PHP文庫

2023-04-02 09:38:20 | 新選組関連
 少し前に著者の文庫版『坂本龍馬』を読んだ。その時、この『新選組』が黒鉄歴画シリーズの第1作であることを知った。新選組関連本を集めていて、その一環でたまたま見つけて購入していたのだが、積ん読本になっていた。早速、この漫画本を楽しんだ。
 本書は、1996年12月にPHP研究所より刊行され、第43回文藝春秋漫画賞を受賞した作品だという。加筆修正されて、2000年1月に文庫化された。

 「あとがき」を読むと、著者は土佐生まれで、子供の頃、坂本龍馬を目撃したという曾祖母に何度も話をねだった。土地柄のせいで、幕末を身近に感じて育ったという。そして、「当然のように気分は龍馬さんの側に寄せていたので、近藤勇も、土方歳三も、沖田総司も敵ではあったが、いつの頃からか集団とししての新選組にひかれるようになった。
 思想性にも乏しく、血腥い話の連続ではあるけれど、幕末期に精一杯に踏ん張ったひとつの生き物のような新選組に、断末魔の叫びとともに地面に突っ伏す恐竜の景色が重なった」(p579)と記す。集団としての新選組に関心を抱いた著者が、「断片的であった幕末の景色を、新選組を中心にして繋ぎ合わせてみたく思った」(p580)という気持ちから、「一人遊び」の感覚で歴画化したのが本書だそうだ。

 主な参考文献が末尾に付されているが、著者は遺された幕末の登場人物達の古写真や肖像画を丹念に集め、それらをもとに登場人物の顔の特徴をとらえ漫画化して描いている。逆に、写真・肖像画が残されていない人物の顔は描かれず卵形ののっぺり顔で登場して来る。例えば、「柴司・麻田時太郎 切腹」(p81)、「芹沢鴨暗殺(一)」中の芹沢鴨(p153)、「壬生心中」(p219)の松原忠司などが具体例である。歴画という視点で、極力事実を踏まえるスタンスが根底にある故だろう。おもしろいのは「肖像写真ナシ」と付記されているところ。これも漫画ゆえのおもしろさである。勿論、肖像写真がある人物の顔はその特徴を捉えているといっても、歴画としては時にシュールに、時にはコミカルな顔貌としてデフォルメされていく。恐竜の景色が重なってという著者の言にあるとおり。勿論、それが漫画のおもしろさになっていく。

 本書の特徴をご紹介しよう。
1.たぶん読者へのインパクトという意味で、この歴画は「池田屋騒動」をまず描画していく。その後で、新選組の成り立ちと経緯が時系列で描かれる。一つのテーマは長くても10ページ前後までのコマ漫画としてまとめられている。
 池田屋騒動は4回シリーズで描ききる。シリーズ化されているのは限定的。「芹沢鴨暗殺」(2)、「坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺」(2)、「油小路事件」(3)、「土方歳三・北へ」(3) がこの部類になる。新選組にとっての重要な事項と言える。
 その他は、一つのテーマ(事件)は1回で終わる。

2.時系列で並べられた個々のテーマを繋いで行くと、新選組がどのように成立し、どのような行動をとり、どのような形で消滅していったのかが、大凡のところイメージできる。 そして、新選組の規律の下に、内部粛清が頻繁に行われていたことが見えて来る。

3.テーマにより、「新選組発見傳」という1ページ読み切りの絵入り解説ページが設けられている。発見した事実などを詳述補足してくれている。全体では26回に及ぶ。
 このパートは、文庫化にあたり新たに書き下ろされて大幅加筆された部分という。
 例えば、最初の「池田屋騒動(一)」は、四条木屋町薪炭商・桝屋喜右衛門(古高俊太郎)が壬生屯所に連行され拷問を受けた事実がテーマになっている。この歴画で古高の顔はのっぺらぼう表現。そこに、「新選組発見傳 1」が補足され、発見された古高の肖像画から古高の相貌を描き、解説を加えている。
 この「新選組発見傳」は歴画の補完として、結構読み応えがある内容になっている。

4.「序」は、池田屋騒動の起こった当日を表現しているだけなのだが、その漫画化がやはりおもしろい表現になっている。祇園祭の山形の提灯が漫画的発想でアレンジされているところがなるほど・・・・なのだ。

5.人間集団・新選組史としては、冒頭の「池田屋騒動」を含め、「試衛館 天然理心流」から始まり、「土方歳三・北へ 花」中の「土方歳三 享年三十五」の描画で終わる。
 「土方歳三・北へ」を雪・月・花と区分して、土方の行動を死地に向かって重層化していくところが興味深い。

6.漫画のコマの絵の要所要所に遊び心、洒落、駄洒落的なちょっとストーリーの流れからのはみ出た絵が織り込まれている。吹き出しの台詞にも、駄洒落を交えた一種のノリの表現が盛り込まれたりしている。まさにコミカルなセンスがふんだんに取り込まれている。お堅い歴画でない点もおもしろい。

7.歴画といえども、漫画にはやはりオチがある方が楽しい。
 本書では、それが「明治四十四年」というタイトルで、例外的に32ページのコマ漫画としてのオチがついている。
 冒頭のページには邁進する蒸気機関車が描かれている。蒸気機関車の吐き出した煙が「誠」の文字風に描かれているところから始まって行く。
 その中身は? 本書を開いてお楽しみいただきたい。

 漫画を楽しみながら、新選組の総体的なイメージを掴むのには手軽な本だと思う。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『坂本龍馬』  PHP文庫
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